江の島
散策:2007年11月中旬
【海辺散策】 江の島
概 要 江の島は、湘南海岸に浮かぶ島です。 島内には、神奈川県および藤沢市指定の多くの文化財が遺され、 島先端の浸食海礁や自然美を加えて、全島が史跡・名勝に指定され、 四季を通じ参詣や行楽の人々が来遊している所です。 今回は聖天島公園と辺津宮など、その一部を散策します。
起 点 藤沢市 湘南江の島駅
終 点 藤沢市 江ノ島駅
ルート 湘南江の島駅…湘南すばな通り…江の島弁天橋…青銅鳥居…聖天島公園…南海岸…青銅鳥居…参道…辺津宮…瑞心門…参道…江の島弁天橋…湘南すばな通り…江ノ島駅
所要時間 2時間30分
歩いて... 江の島乗合船で岩屋洞窟まで行って、そこから歩いて弁天橋まで引き返してこようかと思っていたのですが、 今日は生憎と乗合船は運休でした。 辺津宮の前では真新しい「茅の輪くぐり」があり、訪れた人達がくぐっていました。 午後からは晴れ間ものぞく天気になって、江の島は多くの人でごった返していました。
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コース紹介
江の島弁天橋と聖天島
湘南江の島駅(湘南モノレール)を出てすぐ南側にある江ノ島駅入口交差点を直進し、 その先の江ノ電の踏切を渡って「湘南すばな通り」を進んでいきます。 国道134号の下をくぐっていくと、正面に江の島が浮かんでいます。 車道の江の島大橋と歩道の江の島弁天橋が並行して架けられています。 橋を渡って青銅鳥居から左手へ裏通りを進んでいくと聖天島公園があります。 もとは海に浮かぶ岩だったようですが、関東大震災の時に江の島と陸続きになったとのことです。 いつ頃の写真なのかは分かりませんが、古い絵はがきの写真が載っていました。 江の島弁天橋や聖天島の昔の様子が良く分かるので、 葛飾北斎の「富嶽三十六景 相州江の嶌」と併せて載せておきます。 橋が架かる以前には、砂州を渡って江の島まで行ったようです。
江の島弁天橋の由来
江の島に最初に橋が架かったのは、明治24年(1891)のことであります。 片瀬川河口の砂州の先端と江の島を結ぶ簡単な木橋のため、暴風雨に洗われ幾度となく流失を 繰り返していました。 明治30年(1897)には現在橋が架かっている州鼻の入口から江の島までの橋が完成し、 渡り賃は1銭5厘の有料橋でした。 昭和24年(1949)には延労力25,000人を費やし、橋脚を鉄筋コンクリート、上部を木造に改築し、 渡り賃を大人5円、子供3円徴収したが、多いときは一日30,000人にものぼる通行量のため、 敷板の傷みが激しく、維持管理に多額の費用を必要としました。 橋の名前はこの時一般から公募し、「江の島弁天橋」と決まりました。 その後、昭和33年(1959)に全長389メートル、幅4メートルのコンクリートの永久橋を架橋し、 この近代的な橋が完成しました。 昭和39年(1964)には東京オリンピックが開催され、江の島がヨット会場となり、 それを機に、自動車専用橋が並行して架橋され、江の島弁天橋は人道橋となり、 渡し賃はこの年に廃止されました。
聖天島
もとは海に浮かぶ二つの岩からなる島でしたが、 大正12年(1923)の関東大震災の時に隆起して、江の島と陸続きになりました。 その後、昭和39年東京オリンピックのヨット競技場の整備のため海が埋め立てられ、 現在のように上部だけが丘となって残されました。 この丘は、海底火山噴出物と砂岩と凝灰岩から出来ています。 聖天島の名称は、二つの岩の形が仏教守護神の一つである「歓喜天(かんきてん)」の姿に似ていることから名付けられました。 建仁2年(1203)、僧良真が千日間の修行満願の夜、天女が現れ「お告げ」があったと伝えられています。 また、昔は八坂神社祭典の日に神輿を担ぐ者全員が、この場所で禊ぎをし、 新しい下帯をして神社に向かったという神聖な場所でした。 今も残る社の中には、良真上人像が安置されています。
 (藤沢市観光課)
江島神社 辺津宮
かながわ女性センターの裏手から江の島の南側の海岸へ出てみると、 岩畳の上まで海水が来ていて寒々とした光景が広がっていました。 青銅鳥居まで引き返して、土産物屋やお食事処などが建ち並ぶ参道を緩やかに登っていきます。 瑞心門の手前の大きな赤い鳥居の所から左手へ曲がって、エスカー乗り場を過ぎて石段を登っていきます。 児玉神社への道を分けて右・左と曲がりながら登っていくと、展望デッキのある広場に出ます。 その手前の右手にある鳥居をくぐっていくと、江島神社の辺津宮の境内になります。 八坂神社や奉安殿などを過ぎていくと、辺津宮の社殿があります。 この時には「茅の輪くぐり」が設置されていました。 見ていると多くの人がくぐっていたので、恥ずかしながら私もくぐってみたのでした。 左・右・左と三度回るのだそうです。 罪穢を祓い清め、清々しい心になれたでしょうか。 辺津宮から瑞心門へと降って、参道を過ぎて弁天橋を渡り、 湘南すばな通りを江ノ島駅(江ノ島電鉄)へと戻っていきました。
辺津宮(へつみや)
御祭神 田寸津比売命(たぎつひめのみこと)
江島神社は欽明天皇の御代(6世紀)島の南端のお岩屋にお祀りされたのが起源で、 文徳天皇の御代(835)に中津宮が、土御門天皇の御代(1206)にこの辺津宮が源実朝公により創建された。 現在の社殿は昭和51年の再建である。 後宇多天皇の蒙古撃退御礼の勅願、源頼朝公の為居寄進、徳川家康公の参詣等、朝廷幕府の信仰が隆盛を極め、 江の島弁才天とも称えられ、江の島詣が盛んとなった。 更には江戸人の要望に応えて度々の出開帳も行われた。 すぐれた風光は浮世絵の画題となり、多くの名作を今に残し、和歌・俳諧・川柳・紀行文等にも大いにうたわれている。 現在、四季を通じて多数の参詣者があり、佐藤栄作元総理大臣も大衛立を奉納される等、信仰は全国に及んでいる。
茅の輪神事
人形に罪穢を、車形に交通安全を託し、茅の輪を下図のように三度くぐって、 家内安全・身上安全・無病息災・無事故をお祈りしましょう。 御参拝の前にこの茅の輪をくぐり、自らの罪穢を祓い清め、清々しい心で静かにお参りしましょう。