葉山堀内
散策:2007年11月上旬
【海辺散策】 葉山堀内
概 要 葉山町の堀内地区の海岸沿いを歩きます。 岩礁混じりの浜は釣り船も停泊する所になっていて、漁村の雰囲気が感じられる所です。 正面の相模湾には江の島が浮かび、その向こうには丹沢や箱根・伊豆などの山並みが広がり、 奥には富士山も望める景色が広がっています。
起 点 葉山町 元町バス停
終 点 葉山町 鎧摺バス停
ルート 本町バス停…相福寺…清浄寺…諏訪神社…堀内海岸…旗立山…鎧摺バス停
所要時間 1時間10分
歩いて... 朝早くに起きてみるといい天気だったので、 相模湾の向こうに綺麗な富士山が見えるかと期待していたのですが、 残念ながら霞んでいて、山頂が僅かに見える程度でした。
関連メモ 仙元山, 葉山, 仙元山, 葉山海岸
コース紹介
堀内海岸
逗子駅(JR横須賀線)からバスに乗って元町バス停で下車します。 堀内地区の相福寺・清浄寺・諏訪神社などを訪ねながら県道207号を歩いていきます。 県道から海へと分かれていく路地が幾つもあるので、その内のひとつから海へと向かっていくと、 少し岩礁が混じった浜辺が広がっていました。 正面に広がる相模湾の向こうには江の島が浮かび、その奥には丹沢や箱根・伊豆の山並みが続いていました。 天気がいいと富士山も綺麗に見えるのですが、 この時には霞んでいて、白い雪を頂いた山頂部が僅かに見えただけでした。 浜は釣り船が停泊する港にもなっていて、作業場では魚介類をさばいていたり、 漁具の修繕をしたりといった漁村の風景が見られました。 仕立て船や民宿などもあるようでした。 魚介類のおこぼれを目当てにしているのか、多くの猫が集まってきていたりもします。
旗立山の山頂広場
県道を逗子方面へと進んでいくと、葉山マリーナの先に旗立山があります。 鉄製の階段を登り、その先の岩盤の道をジグザグに登っていくと旗立山の山頂に着きます。 半月ほど前に来た時には、小広くなった山頂にはススキなどが一面に生い茂っていて、 歩くのも躊躇われる状態でしたが、この時には綺麗に刈り払われてすっきりとしていました。 山頂の脇の植え込みに囲まれたこんもりとした所には伊東祐親入道供養塚があります。 設置されている解説板によると、かなしい歴史があるようです。 旗立山から車道に戻ってその先へ進んでいくと、鎧摺葉山港入口交差点の先に鎧摺バス停があります。
葉山町指定史跡 旗立山(鎧摺山) 伊東祐親入道供養塚
伊東祐親には、娘が4人あった。 長女は相模の三浦義澄の妻になり、次女ははじめ工藤祐経に嫁いだが、のち取り帰されて土肥遠平に再縁した。 三女と四女は、まだ父のもとにいた。 源頼朝は既に13歳のとき伊豆の国へ流されたが、伊東、北条の両人を頼みに暮らしていた。 三女は、美人の名が高かったので、頼朝はそれを知って、 つれづれになぐさめとしてひそかに通ううち、男の子が生まれた。 頼朝はおおいに喜んで、その男子に千鶴御前という名をつけた。 …(中略)… 伊東祐親入道は、大いに腹を立て、 …(中略)… さらにそのうえ、頼朝を夜討ちにしようとして、郎党どもをあつめた。 しかし、伊東祐親入道の二男、九郎祐清が事情を話し、ひそかに北条の方へ逃れるように進言した。 源氏の時代になってから、伊東祐親入道は、かつて頼朝に不信をはたらいたかどで、 ついに生けどりになって、婿の三浦介義澄にあずけられた。 三浦介義澄は、伊東祐親入道の長女を妻にしていたのである。 前の罪をのがれたく、伊東祐親入道は、三浦の鎧摺というところで首をはねらえた。
 (曽我物語より)