仙元山
散策:2007年10月下旬
【低山ハイク】 仙元山
概 要 仙元山は葉山町にある低い山で、桜の名所にもなっています。 山頂からは相模湾の向こうに、箱根や伊豆半島や富士山までも見渡すことができます。 今回は仙元山へ登ってから堀内地区へ降りて旗立山を訪ねます。
起 点 葉山町 風早橋バス停
終 点 葉山町 鐙摺バス停
ルート 風早橋バス停…木の下交差点…葉山教会…仙元山…木の下交差点…長徳寺…亀井戸橋…亀井戸橋バス停…元町バス停…清浄寺…清浄寺バス停…葉山マリーナ…旗立山…鐙摺葉山港入口交差点…鐙摺バス停
所要時間 1時間50分
歩いて... この日は朝から天気が良かったので、富士山が綺麗に見えるだろうと期待して出かけたのですが、 山頂部が僅かに見えてはいたものの、ぼんやりとしていてほとんど見えませんでした。
関連メモ 仙元山, 葉山, 葉山堀内, 葉山海岸, 葉山アルプス
コース紹介
仙元山から望む相模湾や山並み
逗子駅(JR横須賀線)からバスに乗って風早橋バス停で下車すると、正面に葉山隧道があります。 その手前を右折して県道207号を200mほど進んでいくと木の下交差点があります。 そこから戻るようにして左手へ登っていく坂道を進んでいきます。 かなりの傾斜のある坂道を4分半ほどかけて登り切ると葉山教会があります。 その左手から仙元山ハイキングコースが始まります。 雑木林に続く広くて歩きやすい尾根道を進んでいきます。 登り気味に6分ほど進んでいくと正面が開けてこんもりとした高みが現れます。 周囲には桜の木が沢山植えられていて、春には綺麗に彩られる所です。 傾斜の増した横木の階段を3分ほど登っていくと仙元山の山頂に着きます。 振り返ると葉山の森戸海岸の向こうには相模湾が広がり、その奥には丹沢や箱根の山並みが横たわっています。 「不二仙元大菩薩」の石碑が立つ山頂からは、空気が澄んでいると綺麗な富士山も見えるのですが、 この時には山頂が薄っすらと見えただけでした。
旗立山からの眺め
仙元山から引き返していきます。 横木の階段が終わって広くて緩やかな尾根道に変わる所から右手へ細い道が分かれてます。 その道を5mほど降った所から更に左手へ曲がっていくと、山の斜面に細い山道が続いています。 以前にはよく歩かれた道なのか、細い道の割りにはしっかりとしています。 10分ほど降って最後に石段を降ると最初のバス道路に降り立ちます。 再び木の下交差点へ向かい、更にその先へと進んでいきます。 長徳寺の先にある森戸川に架かる亀井戸橋を渡っていきます。 亀井戸橋バス停を過ぎた先の分岐を右折して、元町バス停・清浄寺・清浄寺バス停と過ぎていくと、 葉山マリーナを過ぎた左手にこんもりとした森があります。 鉄製の階段を登り、その先の岩盤の道をジグザグに登っていくと旗立山の山頂に着きます。 小広くなった山頂にはススキなどが生い茂っていました。 ここからも条件がいいと富士山が綺麗に見えるのですが、この時には山頂が僅かに見えていただけでした。 山頂の脇には伊東祐親入道供養塚もあります。 旗立山から車道に戻ってその先へ進んでいくと、鎧摺葉山港入口交差点の先に鎧摺バス停があります。
葉山町指定史跡 旗立山(鐙摺山)
伊豆蛭ヶ小島は配流されていた源家の嫡流頼朝が、治承元年(1177)三浦微行の折、 鎧摺山城に登るとき、馬の鐙が地に摺れたのでこの名が付いたと言われる。 源平盛衰記では、石橋山に旗上げした頼朝に呼応した三浦一族の三浦党は、 この鐙摺の小浜の入江から援軍として出陣したとしている。 この合戦で頼朝は敗走するが、三浦党も酒匂川畔まで行き、敗戦を聞き引き返す途中、 小坪あたりで畠山重忠軍と遭遇したとき、お互いの誤解から合戦になるが、 この時鐙摺山城にいた三浦党の総帥三浦義澄はこの様子を望見し援軍を送ったが、 和解が成立し、再び軍をこの鐙摺山城に引きかえした。 鐙摺山を旗立山(はたたてやま)と呼ぶのはこのためである。 …(中略)… 歌人佐佐木信綱によれば、建保5年(1217)源実朝はこの地に観月し、 「大海の磯もとどろに寄する波われくだけてさけて散るかも」と詠んだと言われる。 ここから見る景色は富士・箱根・江の島など抜群である。
 (葉山町、葉山町教育委員会)