塔ノ峰
散策:2007年09月上旬
【低山ハイク】 塔ノ峰
概 要 塔ノ峰は箱根外輪山にある低い山で、その昔には小田原北条氏の出城があった所です。 今回は丘の上に続く荻窪用水散策コースから林道を経て塔ノ峰へ登り、 阿弥陀寺を経て箱根湯本へと降るコースを歩きます。 丘の上に続く道からは小田原の海などを見下ろせる景色が広がっています。
起 点 小田原市 風祭駅
終 点 箱根町 箱根湯本駅
ルート 風祭駅…萬松院…荻窪用水…上水之尾用水溜池…車止めゲート…登山口…塔ノ峰…修行の岩屋…阿弥陀寺…阿弥陀寺入口…箱根湯本駅
所要時間 3時間40分
歩いて... 今回は生憎と細い霧雨が降り続く中での散策になりました。 天気が良ければ綺麗な景色も望めたようですが、残念ながら霧がかかっていてぼんやりとしていました。 阿弥陀寺はアジサイの寺でもあるようなので、花の季節に合わせて訪ねてみるといいかも知れません。
関連メモ 明星ヶ岳, 小田原宿
コース紹介
風祭(かざまつり)駅
風祭駅(箱根登山鉄道)から歩いていきます。
改札口を出てすぐの所にある風祭踏切を渡った所に、 「荻窪用水コース[萬松院・丸塚隧道へ]」と書かれた道標が立っていて正面の道を指しています。 ここから荻窪用水散策コースに沿って萬松院へと向かっていきます。
改良工事中…
平成19年2月から平成20年12月末までの予定で、風祭駅の改良工事が行われていました。 これまでは島式で1両しか停車できませんでしたが、相対式にして4両が停車可能になるようです。 上下線共に待合室と約40mの屋根が設置され、駅舎と改札口も各々に出来るようです。
風祭踏切を渡って真っ直ぐに進んでいくと、すぐにT字路があります。 正面には箱根病院があり、 柵には「荻窪用水散策コース(萬松院・丸塚隧道へ)」の道標が括り付けられています。 道標に従ってT字路を左折していきます。 程なくしてある風祭公民館を過ぎていくと、 風祭駅から3分ほどの所から右手へと道が分かれていきます。 角の壁に括り付けられた道標「荻窪用水散策コース(萬松院・丸塚隧道へ)」に従って右手の道へ入っていくと、 すぐの所の民家の脇に「小田原市指定重要文化財 小田原の道祖神」の標柱が立っていて、 その前には角が取れて丸くなった石仏が一体ありました。 手前に置かれたコップには水が入られ、小銭やおもちゃなどがお供えされていました。 また黄・桃・青・白などの真新しい花束も手向けられていました。 標柱の奥には「東海道風祭の一里塚」と題した解説板がありました。
東海道風祭の一里塚
ここは、旧東海道に設置された江戸から21番目の一里塚があった場所である。 慶長9年(1604)江戸幕府将軍徳川家康は、息子秀忠に命じて、 東海道、東山道、北陸道に、江戸日本橋を起点として一里(36町・約4キロ)ごとに塚を造らせた。 塚は男塚、女塚と、街道の左右に対で置かれ、広さは通常5間(約9メートル)四方であった。 塚には榎を植え、旅人の1里ごとの目印とするとともに、夏季における木陰の休憩場所とした。 風祭の一里塚については、天保年中の相模国風土記稿に 「東海道側に双塚あり、高各一丈、塚上に榎樹あり、囲各八九尺、東方小田原宿、西方湯本茶屋の里_に続けり」とある。
道祖神を過ぎて30秒ほど進んでいくと、道が三方に分かれています。 道標類は見かけませんでしたが右手の道を1分ほど進んでいくと、右手へと道が分かれていきます。 角の金網柵に設置された道標によると、右手の道は「荻窪用水散策コース(丸塚隧道へ)」、 正面の道は「荻窪用水散策コース(萬松院正門入口へ)」となっています。 今回は萬松院へ向かうべく、正面の道を進んでいきました。 小川沿いに1分ほど進んでいくと、小川に小さな橋が架かっています。 右手の奥の方には茅葺き屋根の家が見えていました。 道標類は見かけませんでしたが、この橋を渡っていきます。
ホタルの里
この地域はホタルを養殖して放虫している水路です。 水をきれいにし、ホタルを可愛がりましょう。
 (小田原ホタルをふやそう会)
萬松院
右手の小橋を渡って道なりに1分ほど進んでいくと、白壁に囲まれた萬松院があります。 風祭駅から9分ほどで到着しました。 門から中へ入っていくと、正面には今風な形のコンクリート製のお堂があり、 左手には小振りな薬師堂や石仏などがありました。 お寺の謂れなどを記したものは見かけませんでしたが、 大久保忠世が徳川家康の長男・松平信康の菩堤を弔うために建立したお寺なのだそうです。 右手に建つ趣きがある茅葺き屋根の建物は萬松院の庫裡のようで、玄関には「萬松院」の表札がありました。
(写真はお堂の右手にある庫裡です)
荻窪用水
萬松院の庫裡の玄関先を過ぎて右手へと進んでいきます。 門から出て左手へと続く簡易舗装された坂道を登っていきます。 民家が途切れて畑地が続くようになった丘を登っていきます。 緑のトンネルのようになった所を抜けてかなりの急坂を登っていきます。 キウイ畑を過ぎていくと、萬松院を出てから5分ほどで、簡易舗装された道が二手に分かれています。 また横木の階段が右手へ分かれています。 正面の金網には「荻窪用水」の標識や「荻窪用水散策コース」の解説板がありました。 コース図も載っているので参考にしましょう。 金網の下には荻窪用水と思われる水路があって、水が勢い良く流れていました。 解説板を眺めながら、ここでひと休みしていきました。 解説板のコース図によると、ここが丸塚隧道のようです。 周りには道路のトンネルのようなものは見当たらなかったので、 丸塚隧道とは右手の高みの下を通っている水路のトンネルのように思えました。 右手の脇には荻窪用水散策コースの道標が立っていて、右手の横木の階段は「山縣水源地・桜田隧道へ」、 今登ってきた道は「風祭駅・萬松院へ」となっています。 山縣水源地を指す道標の向きが、正面の簡易舗装道なのか右手の横木の階段なのか分かり難いのですが、 正面の道はすぐに行き止まりになるので、ここは右手へ続く細い横木の階段を登っていきます。
農林水産大臣認定 全国疏水百選 荻窪用水
荻窪用水散策コース
荻窪用水は、200年ほどむかし、畑を水田にして農家の生活を豊かにするために開かれたものです。 小田原市では、緑と水の自然の中で、 先人の労苦と知恵と喜びと感謝の営みを感じることができる散策コースをつくりました。 箱根登山鉄道の風祭駅から万松院、丸塚隧道(現在地)、山縣水道水源地、桜田髄道、 板橋用水分堰、溜池跡、荻窪の水車、市方神社などを通ると、 小田原駅まで約7km、およそ4時間のコースです。 また、煙硝堰などの分水コースをとると、等高線歩きという趣のある散歩も楽しめます。
横木の階段を10mほど登っていくと、コンクリート製の水溜のようなものがあります。 水溜を過ぎていくとすぐに簡易舗装された道に出ます。 その道を左手へと降っていくとすぐにT字路に突き当たります。 正面には荻窪用水散策コースの道標があって、右手に降っていく道は「風祭駅・萬松院へ」となっていますが、 左手へと登っていきます。 森の中へ続く簡易舗装された道を登っていくと、すぐに道が分かれています。 角には荻窪用水散策コースの道標が立っていて、 右手に分かれていく土の道は「山縣水道水源地・桜田隧道」となっています。 今回はここで荻窪用水散策コースと分かれて、正面に続く簡易舗装された坂道を更に登っていきます。
森に続く簡易舗装された坂道を登っていきます。 先ほどの分岐から3分ほどで右手へ道が分かれていきますが、道なりに左手へと進んでいきます。 すぐに左手へ土の道が分かれていてその先には小屋も見えていましたが、 正面の坂道を更に登っていきます。 所々では左右の樹木が途切れて展望が開けたりもしますが、 霧雨が降る生憎の天候だったので、遠くの方は霞んでいてぼんやりとしていました。 石垣山から聖岳へと続く尾根でしょうか、 晴れていたらいい眺めなのだろうと思いながら進んでいきました。
緩やかなになった道を更に進んでいきます。 やがて少し降るようになると、荻窪用水から9分ほどで広めの舗装道路に降り立ちました。 手元の地形図によると、ここは萬松院の北450mほどの所で、 東西に通っている道の脇の建物記号がある辺りで、 送電線と道路が交わっている所の100mほど北東の所になるようです。 道標類は見当たりませんでしたが、ここは左手へと登っていきます。
広くなった舗装道路を登っていきます。 1分ほど登っていくと、道端に双体の石像がありました。 石像を過ぎていくと左手が開けてきて展望が得られるようになります。 生憎の天候のため霞んではいましたが、 小田原漁港の先には、西湘バイパスの小田原ブルーウェイブリッジと思われる橋も見えていました。 良くは知らないのですが、天気がいい日には伊豆大島も見えるのでしょうか。
登りの傾斜が緩やかになってくると、送電線の鉄塔「真鶴線No.19」の袂を過ぎていきます。 植林帯に入っていくと、左手に坂道が分かれて降っていきますが、そのまま正面へと続く道を進んでいきます。 しばらくは緩やかな道が続くようになります。 右手の高みが低くなってくると、右手の先の高みに送電線の鉄塔が立っていて、 そこで送電線が直角に曲がっているのが見えました。 青緑の金網が続くようになると、右手から道が合流してきますが、 その道を合わせて左手へと続く道を更に進んでいきます。 19番鉄塔から7分ほどの所で、 手元の地形図では、二重線の道から一本線の道に変る辺りになります。
火気に注意
 (神奈川県)
駐車禁止
農道につき、この場所に駐車しないで下さい。
 (上水ノ尾自治会)
一旦砂利道になりますが、2分もすると再び舗装道路になります。 右手に降っていく道を分けていくと、右手から登ってくる坂道が合流してきます。 手元の地形図では、実線の道に北東側から破線の道が合流している辺りになります。 この辺りの道の脇にも用水が通っていて、水が勢い良く流れていました。 右手からの道を合わせてその先へ1分ほど進んでいくと、右手へ降っていく道が分かれていきます。 その道を見送っていくと、すぐに道が二手に分かれていく所がありました。 どちらも広い道になっていて迷う所ですが、左手は土の道で、 舗装された道は右手へと続いていたので、ここは右手の道を進んでいきました。 手元の地形図では、先ほどの分岐の西150mほどの所で、実線の道が二手に分かれている辺りになります。
ゴミを捨てるのはあなたですか!
海・山・川 この自然を大切に!
小田原市では「ごみの持ち帰り運動」を行っています。
 (小田原市生活環境課)
上水之尾用水溜池
緩やかな舗装道路をその先へと進んでいきます。 少し登り気味になってくると、右手に青色のトタン塀が現れます。 トタン塀を過ぎて、大きなシュロが生える畑を右手に見ながら緩やかに登っていくと、 左手の森に上水之尾用水溜池があります。 荻窪用水から30分ほど、風祭駅から55分ほどで到着しました。 入口には大きな解説板が設置されていました。 左手へと続くコンクリート舗装された歩道へ入っていくと、浅い谷間に囲まれるようにして溜池がありました。 浅い谷間にしては大きな池で、水量もかなりあるようでした。 歩道の先から右手へと曲がって池の中ほどへと板敷きの桟橋が延びていたりもしました。 降り続く僅かな霧雨にも濡れてきたので、 静かな溜池を眺めながら、ここでもひと休みしていきました。
上水之尾用水溜池
この溜池は、上水之尾用水の源である。 この地に溜池を設け山腹をぬって水を引き、高台の上水之尾に水田を開いたのは享和年間のことで、 大久保藩の藩費によって行われたと伝えられている。 享和は元年(1801)から四年までの短い期間であった。 今から180年余り前のことである。 享和2年(1802)は荻窪用水が完成して、それまで水に乏しかった荻窪村が一変した年である。 この、うなぎ沢の水も利用していた荻窪村に水の余裕が生じたので、 上水之尾に水田を開くことが可能になったのであろう。 うなぎ沢上流のここ二股窪に貯水池を設け、上水之尾地区に2ヘクタールたらずの水田を開き、 十数戸の農家を支えることが出来た。 なお、この付近一帯は、昔、大久保藩の直轄地で、威張山と呼ばれ、 狩などによって藩士が武を練った所といわれている。 藩主の休息にあてられた小屋があったので、この付近の地名を御小屋(おこや)という。 これより東方300メートルにある樹齢200年(推定)をこえる二本の杉の大木は、 御小屋の二本杉と呼ばれている。 平成元年、小田原市によって溜池が修復され、同時に辻村植物園に分水して、 流れや池を設ける工事が行われた。
 (上水之尾自治会)
10分ほど居た溜池を後にしてその先へと進んでいきます。 植林帯の中に続く広い舗装道路を溜池を巻くようにして左手へ曲がっていくと、 1分ちょっとで右手へと曲がっていく角から広い道が左手へと分かれていきます。 手元の地形図では、溜池のすぐ西側にある実線の道から破線の道が北側へと分かれていくT字路のような所になります。 地形図では右手の道は破線になっていますが、 実際には右手の道の方がこれまで歩いてきた道と自然な感じで続いています。 道標はないかと辺りを見回していると、 道が分かれていく角に、樹木の切り株のような高さ1mほどの柱が立っていて、 そこに白ペンキで塗られた地に黒色で何やら文字が書かれていた形跡がありました。 ペンキが剥がれ落ちてしまっていて殆ど読めませんでしたが、 僅かに「登り」,「口」,「ートル」の文字を読み取ることが出来て、左手を指す矢印らしいものもありました。 どうやら塔ノ峰への登り口を指しているように思えて、ここは左手へと分かれていく道を進んでいきました。
車止めゲート
左手の広い道へと入ってすぐの所にある突き当たりを左手へ進んでいくと、 1分もしない内に車止めゲートがありました。 右手には道標が立っていて、正面の道は「塔の峰」、今来た道は「水之尾」となっていました。 先ほどの分岐から続くこの道は林道のようで、 脇には「一般車両通行禁止」の大きな看板が設置されていました。 左手には、先ほどの分岐の角にあったのと同じような樹木を少し削って白ペンキを塗り、 その上に黒色で文字を書いた標識が立っていました。 一部が剥がれていましたが、「無理のない行程で楽しいハイキングを!」となっていました。 車止めゲートの左手を抜けて、その先に続く林道を進んでいきます。
お知らせ
これから先の林道は車両通行止めです。
一般車両通行禁止
ここは林道です。 許可を受けていない車両は通行できません。 許可車両は次のことを守ってください。
1 速度 20km/h以下
2 重量 20t以下
3 台風・集中豪雨・地震・積雪・路面凍結時は通行禁止
4 夜間の通行禁止
 (神奈川県西湘地域県政総合センター)
登山口
緩やかな登り坂が続く林道を進んでいきます。 左手に植林帯が続く林道を進んでいくと、 大きくS字形に曲がっていった先で、左手の高みへと登っていく山道が分かれていきます。 脇には道標が立っていて、左手に登っていく横木の階段は「塔の峰」、今来た道は「水之尾」となっています。 ここが塔ノ峰への登山口になります。 上水之尾用水溜池から15分ほどで到着しました。 手元の地形図では、364m峰の南南東200mほどの辺りで、実線と破線の道が分かれている所になります。 ここで林道から分かれて、道標「塔の峰」に従って、左手へと続く横木の階段を登っていきます。
登り始めの所に生い茂る夏草には、僅かに降り続く霧雨のために水滴が付いていて、 ズボンが濡れてきたりもしました。 この先、山頂までずっとこんな感じなのかと心配になったりもしますが、 1分ほどして植林帯へ入っていくと下草も少なくなって、道が分かりやすくなってきました。 傾斜がかなりある山道を6分ほど登っていくと、少し緩やかな道になってきます。 V字形に抉れた所を過ぎていくと、なだらかな道がしばらく続くようになります。 この辺りは418m峰の東150mほどの所にある傾斜が緩やかな尾根になります。 山道に沿って「小田原市外二ヶ市町組合杭見出標」の杭が点々と続くようになります。
山火事注意!
守ります 山の緑と 防火のマナー
 (小田原市外二ヶ市町)
傾斜が少し増してくる道を登っていくと、右手の樹木が少なくなって明るくなってきます。 そこを過ぎて再び植林帯へ入っていくと、再び緩やかな道が続くようになります。 どういう訳だか、道端に小型の自動車が放置されていました。 ナンバープレートは付いていなかったので廃車なのだろうと思いますが、 自動車でここまで登って来られるようにも思えないし、どうやって運んできたのでしょうか。
(かなりのブレ写真で見苦しいとは思いますが、恥を忍んで載せておきます)
再び傾斜が少し増してきた道を登っていくと、 辺りは白い霧のベールに包まれるようになってきました。 時折、梢から大きめの雨粒がポタリと落ちてきたりもしましたが、 雨具を着るほどの降りではなかったので、そのまま登っていきました。 僅かに降り続く霧雨が頬に当って、ヒンヤリとして気持ちが良かったりもします。
傾斜が緩やかになってくると少し降るようになります。 手元の地形図によると、この辺りは503m峰の南西にある緩やかな尾根になります。 登山口から30分ほど登ってきた所で、塔ノ峰の山頂まではもうひと踏ん張りです。
塔ノ峰 (標高566m)
右傾斜の斜面を進むようになると登り坂になってきます。 傾斜が増してきた山道を登っていくと、次第に道幅が広がってきます。 傾斜が緩やかになって広くなった尾根の背を進むようになると、少し明るくなった高みに着きました。 ここが塔ノ峰の山頂になります。 登山口から40分ほどで登って来られました。 解説板と三等三角点のある山頂は狭くて、周りは樹木が生い茂っていて展望は得られません。 お昼を少し過ぎた頃だったので、昼食タイムにすべく座る所を探していると、 正面の広い尾根道の10mほど先に、切り倒された丸太が幾つかベンチ代わりに転がっていました。 霧雨で濡れていたので上面にビニールシートを敷いて、 霧に包まれた梢から落ちてくる雨粒を気にしながら、ここで昼食タイムにしました。
塔の峰(566m)
西インドの阿育(あしょか)大王が仏舎利(釈迦の遺骨)を安置した宝塔の一つが、 この山の中腹、阿弥陀寺の岩屋で見つかったといわれ、この山を塔ノ峰といいます。 山頂には小田原北条氏の出城の跡が見られます。
豊かな緑 山火事注意
たばこ・たき火は完全に消そう!
 (森林国営保険、神奈川県)
昼食を終えても霧雨が止む気配はないので長居は無用と、10数分いた塔ノ峰の山頂から下山していきました。 山頂からは道が二手に分かれています。 道標によると、正面へと続く広い尾根道は「明星ヶ岳115分」、 左手へ降っていく道は「阿弥陀寺30分・塔之沢45分」、これまで登ってきた道は「水之尾60分」となっています。 正面の広い尾根道は、明星ヶ岳・明神ヶ岳を経て矢倉沢峠から金時山へと続く箱根外輪山の登山道になっていますが、 今回は山頂から左手へ続く道を阿弥陀寺へと降っていきました。 雑木林の中に続く緩やかな道を2分ほど進んでいくと、降りの傾斜が増してきます。 道は比較的広くなっていて、緩やかになったり少し傾斜が増したりしながら続いていました。
倒木があったり、切り倒された木が転がっていたりする道を降っていきます。 少し樹木が薄れて明るくなった所を過ぎて降っていくと、左手には植林帯が続くようになります。 山頂から11分ほど降っていくと、道標が立っていました。 左手にも細い踏み跡程度の道があるようでしたが、道標「阿弥陀寺20分」に従って、 正面に続く道を更に降っていきます。
山を緑に 山火事注意
 (神奈川県)
次第に傾斜の増してくる山道を降っていきます。 植林帯に続く山道を降っていくと、山頂から15分ほどの所で道が鋭角に右手へと曲がっていきます。 そこからは雑木林の斜面を進むようになります。 木の根が張り出していたり大きな岩が頭を覗かせていたりする道になってきます。 滑って転ばないよう注意しながらゆっくりと降っていきました。 根から倒れた木が道を塞いでいたりもして、 「危険のため、十分注意して通行してください」の 貼り紙があったりもしました。
緑は森呼吸 山火事注意
たばこ・たき火はよく消そう!
 (森林国営保険、神奈川県)
鋭角に右手へ曲がる所から12分ほど降っていくと、道が二手に分かれています。 右手へ登っていく道にはロープが張られていて、ハイキングコースは左手の道である旨の貼り紙が付いていました。 以前にはここにはロープなどは張られていなくて、どちらへ行ったらいいのか迷う所でしたが、 今回は分かり易くなっていました。 ここは左手へと曲がって更に降っていきます。
3分ちょっと降っていくと再び分岐があります。 ここには道標が立っていて、左手へと降っていく道は「阿弥陀寺5分」、 今降ってきた道は「塔ノ峰40分」となっています。 また「←修行の岩屋」と手書きされた板が道標に取り付けられていて、右手の道を指していました。 「まっすぐ1分」とも書き添えられていたので、ちょっと岩屋まで往復してくることにしました。
修行の岩屋
ほとんど傾斜のない斜面に続く道を進んでいきます。 岩壁の脇を過ぎて谷筋へ差し掛かると、向かい側の岩壁に開いた岩屋がありました。 手前には大きな岩があって、その上に小さな石祠がありました。 解説板などは見かけませんでしたが、 ここが先ほどの道標にあった修行の岩屋なのでしょうか。 ひっそりとした感じの場所でした。
後日に調べてみると、ここの右手の少し上に「奥の院」と称する岩屋があるようです。 この時は夏草が生い茂っていて気が付きませんでした。
先ほどの分岐まで引き返して、道標「阿弥陀寺」に従って、その先へと降っていきます。 右手に折れ曲がっていくと、倒木が道の上に倒れていました。 その下を過ぎていくと、鉄の鎖の付いた石段が現れます。 左手へと曲がりながら降って谷筋に降り立つと、大きな岩がゴロゴロとした竹林になります。 道端に佇む石像を眺めたりしながら降っていきます。 気が付くと、降り続いていた霧雨はいつしか止んでいました。 山頂付近にだけ霧がかかっていたということなのか、 天候が快方に向かっていたのかはよく分かりませんでした。
阿弥陀寺
やがて現れる木塀に沿って進んでいくと阿弥陀寺の境内に降り立ちました。 岩屋への分岐から9分ほど、塔ノ峰から45分ほど(岩屋への往復時間の5分も含む)で降りて来られました。 これで山道は終りになります。 この阿弥陀寺は木食遊行僧こと弾誓上人の創建した寺で、 「悲劇のヒロイン」として有名な和宮親子内親王の位牌も祀られているそうです。 本堂の左手の三葉葵の紋が掲げられた皇女和宮香華院の「葵の御堂」に祀られているのだろうと思います。 この時には「皇女和宮様念持佛特別御開帳」とのことで、 本堂に多くの人が集まって和尚さんが法話をされていたようでした。 本堂の入口には大きな「百万遍轉法輪」というのがありました。 直径1m以上はあろうかという滑車に数珠の紐が通してあります。 この滑車に名前を刻み、数珠の紐を引っ張って滑車を回すことで念仏を唱えたことになるのだそうです。
5分ほど居た阿弥陀寺を後にして更に降っていきます。 本堂の正面へ続く広い道を進んでいくと、 左手へ降っていく簡易舗装された坂道、真ん中から降っていく石段、右手へ続く境内とに分かれていますが、 今回は参道にもなっている真ん中の石段を降っていきました。 石段の両側には石仏などが点々と設置されています。 簡易舗装された坂道が左手から近づいてきてから左手へと曲がって降っていく所で、道が三方に分かれています。 右手は山道のようでしたが、正面へと続く石段を更に降っていきます。
うれしいときには 感謝をこめて 苦しいときには 願いをこめて
反省あるとき ゆるしを乞うて なむあみだぶつと 唱えます
 (賢世 合掌)
正面の石段を降って森の中へ入っていくと、幅の広い山道のような雰囲気がするようになります。 右手に山道を分けて左手へ曲がって降っていくと、石仏などが立ち並ぶ所に降り立ちました。 角には道標が立っていて、右手へ降っていく石段は「塔之沢駅13分・銭洗弁天13分」、 正面の道は「湯本駅20分・茶の花15分」となっています。 右手の石段は以前にも歩いているので、今回は箱根湯本駅へと続く正面の道を進んでいくことにしました。 道標が指す正面にある番傘の姿をした東屋の脇まで行ってみました。 道標が指しているのはここのはずだと思って辺りを見回してみても道らしいものは見当たりません。 左上には先ほど分かれてきた簡易舗装された坂道がありました。 どうやらこの坂道のことを指しているようだと思い、その坂道へ登ってからその先へと降っていきました。
かなり傾斜のある坂道を降っていきます。 2分ほど降って谷筋に降り立つと、左手には何段にもなった砂防ダムがありました。 そこから大きく右手へと曲がっていく急坂を更に降っていきます。 こんな急坂を登るのは避けたいものだと思いながら降っていると、下から登ってくる人もいたりしました。
復旧治山事業
荒廃した森林をもとのすがたにもどし災害を防止するため、 治山事業を行なっています。
 (神奈川県西部治山事務所)
阿弥陀寺入口
程なくして左手には涸れ沢が続くようになります。 その沢を渡って更に降っていくと、しっかりとした車道に降り立ちました。 阿弥陀寺から17分ほどで降りて来られました。
脇には観音像や「阿育王山阿弥陀寺」と題した案内図などが設置されていて、 「阿弥陀寺入口」の看板も立っていました。 あまりの急坂のためか、竹製の杖が幾つも用意されていたりもしました。 角に立つ「阿弥陀寺登り口」の道標によると、左手へ降っていく車道は「湯本駅10分・白石地蔵10分」、 今降ってきた坂道は「阿弥陀寺17分」となっています。 湯本駅を指す板の向きが少し分かり難くなっていましたが、ここは車道を左手へと降っていきます。
浄土宗 阿育王山阿弥陀寺(寺まで15分)
・皇女和ノ宮香華院
・弾誓上人修行の岩屋
・古刹紫陽花参道
この杖を寺ののぼりくだりにお使い下さい
虚構の枷に 泣きながら 移り行く世に 眼を閉じて
仏のみてに すがる身の 悲しや 皇女和宮
時の流れの はかなさよ 昔を語る 者もなく
ゆかりを秘めて この寺は 三葉葵の 紋所
 (塔之峰 阿弥陀寺)
広くなった車道を6分ほど降っていくと送迎バスのりばがありました。 箱根湯本駅までの便が1時間に6本程度ありますが、 バスに乗っていくほどの距離でもないので、そのまま歩いていきました。 左手には「箱根パターゴルフ」、右手には「北原コレクション箱根トイミュージアム」があります。 箱根トイミュージアムの向こう側には箱根の山々を望む景色が広がっていましたが、 山頂付近には霧がかかっていてぼんやりとしていました。
箱根湯本(はこねゆもと)駅 (標高108m)
勾配21%の急坂を降っていくと、右手には箱根湯本の街並みが見下ろせるようになります。 街並みや箱根登山鉄道の線路を見ながら車道を降っていくと、線路の袂のY字路に降り立ちます。 線路の下をくぐって左手へ進んでいくと、正面に箱根湯本駅(箱根登山鉄道)があります。 阿弥陀寺入口から13分ほどで降りて来られました。