汐吹崎
散策:2007年05月上旬
【海辺散策】 汐吹崎
概 要 汐吹崎は伊東市にある相模湾に突き出た岬です。 磯辺には潮を10mも吹き上げる汐吹岩があります。 岬にある扇山の展望台からは360度の眺めが広がっています。 今回は伊東駅から海沿いの車道に出て汐吹崎へ歩いていきます。 そこから川奈港へ向かい、川奈崎灯台まで往復してから川奈駅へと向っていきます。
起 点 伊東市 伊東駅
終 点 伊東市 川奈駅
ルート 伊東駅…川口公園…渚橋…伊東港…新井神社…新井バス停…新井白砂海岸…汐吹崎…汐吹岩…扇山…汐吹隧道…姥子神社…川奈いるか浜公園…川奈港…夷子神社…川奈崎灯台…蓮慶時バス停…川奈港口バス停…川奈駅
所要時間 4時間40分
歩いて... 訪れたのが干潮時だったので、残念ながら汐吹岩の雄姿は見られませんでした。 満潮時を狙って出かけるのがよさそうです。 扇山の山頂からは手石島や初島などを見渡せる景色が広がっていました。 条件がいいと富士山も望めるようですが今回は見えませんでした。 浜辺では磯遊びや海釣りなどをしている人を多く見かけ、 早くも夏の行楽シーズンが近づいてきているような様子でした。
関連メモ 今のところ、関連メモはありません。
コース紹介
伊東(いとう)駅
伊東駅(JR伊東線)から歩いていきます。
駅を出た正面に「めおと椰子」があります。 伊東駅の開業に合わせてここに移植された雌雄同株のヤシなのだそうです。 その奥から続く道を真っ直ぐに進んでいきます。 道の入口の左手には伊東市観光案内所があるので目印にしましょう。
めおと椰子
学名[フェニックス・カナリエンシス]通称カナリーヤシ(原産地・カナリア諸島)。 この椰子は昭和13年12月15日、国鉄伊東線開通の記念樹として故岡見聞多氏より寄贈されたものです。 明治38年大の植物愛好者であった聞多氏の父、千吉郎氏がアメリカ・カリフォルニア、 リバーサイド市より種を取り寄せ、10個の種を蒔き発芽させた内の2本です。 伊東駅開業一ヶ月前、駅付近にあった岡見別荘より移植しましたこのカナリーヤシは、 雌雄同株に自生しているので雌株に果実を有します。 伊東観光協会では縁起の良い樹として毎年12月に種を採取、 お正月にご遊覧のお客さまに進呈しています。
 (伊東ライオンズクラブ)
左右の道を見送って伊東の街を真っ直ぐに歩いていきます。 駅から600mほどの所にある伊東大川に架かるいでゆ橋を渡って 左手へと川沿いに進んでいきます。 道に沿って枝垂れ柳が植えられ、対岸には木造三階建ての旅館もあって、 「静岡県まちまみ50選」に選ばれているようです。 川辺には松川遊歩道が続いていて、雰囲気のいい所になっていました。 大川橋が架かる車道を横切って、海へ向って更に進んでいきます。
沿道では「松川」という文字もよく見かけました。 「伊東大川」は「松川」とも云うようです。
静岡県まちまみ50選
ここは1988年度の「静岡県まちまみ50選」に選定されたところです。 「静岡県まちまみ50選」に選ばれた対岸の3階建ての温泉旅館は、今も湯のまち情緒を醸し出しています。
 (静岡県知事)
「リエティ・伊東 永遠なれ!」と題したモニュメントを過ぎ、藤棚が見事な松川藤の広場を過ぎていくと、 大きな石が並んでいて松が生えている所がありました。 江戸城の修築時に、切り出した石をここから運んだのだそうです。
江戸城 築城石
江戸城大修築工事は、慶長10年(1605)から半世紀にわたり、伊豆各地から石を切出した。 ことに伊東は、二十家に及ぶ西国大名により、56ヶ所の石切帳場が開かれ、 数万人が採石に関わり、石船数千艘が伊東と江戸を往復し、 伊東にはかつてない賑わいにわいた華やかな時期であった。 ここに集められた築城石は、大名の所有を示す刻印が残っている。 ・・・印等は加賀百万石前田家、更に・印は島津家のものと考えられている。 石のあちこちにある穴やV形の切り込みは箭穴といわれ、 この穴に堅い樫や欅で作ったクサビを打ち込んで、石を自在に割った跡である。
 (伊東市、伊東観光協会)
川口公園
築城石のすぐ先では川沿いがちょっとした公園のようになっていました。 脇にあった石標によると川口公園というようです。 「ウイリアム・アダムスの記念碑」や「按針音頭」の石碑がありました。 三浦按針は、太平洋横断に使われた船をこの地で建造したのだそうです。
石碑に「按針音頭」の楽譜が載っていたのでMIDIファイルにしてみました。 見づらい箇所もあったので間違っている部分があるかも知れません。
ウイリアム・アダムスの記念碑
ウイリアム・アダムスこと日本名三浦按針(英国ケント州ジリンカム市生まれ)は、オランダの東洋遠征隊の航海長として苦難の航海の末、 テ・リーンテ号で1600年4月19日、九州豊後に漂着した最初の英国人です。 大阪城で徳川家康の取調べを受けた後、1603年将軍となった家康から日本橋に一軒の家を贈られ、外交顧問にとりたてられました。 1604年から1605年頃、浦賀水軍の総帥 向井将監とその部下と共に、伊東市松川河口でわが国初の80トンと120トンの 洋式帆船二隻を伊東の優れた船大工の助けを得て建造しました。 (この史実は慶長見聞録に記されています) アダムスはこの功績で横須賀市逸見に250石の領地を与えられました。 やがて120トンの船は日本から太平洋を横断してメキシコに渡り、マニラ貿易に使われました。 アダムスは英国平戸商館に勤務した後独立し、南方貿易にも従事しましたが、 1620年5月16日病気のため平戸の地で56才の生涯をとじました。 伊東市はアダムスの事蹟を顕彰すると共に国際親善を願い1948年7月28日この碑を建て、 英連邦軍サー・ロバートソン中将により除幕されました。
按針音頭  作詞:牧野正 作曲:関野幾生 唄:竹内森水女 【♪演奏
♪伊豆の湯けむり伊東にあつめ ぱっと花火は海に咲く 見たか聞いたか按針祭は いでゆ伊東の夏げしき
♪船をつくった按針さんは 青い目をしたサムライよ 見たか聞いたか按針祭は いでゆ伊東の夏げしき
唐人川
この川の源流は多くあって、まず音無神社裏、大川より取水の竹の内用水、浄の池排水等であるが、 知られていない源流に熊野神社にあった池を本流とし、和田村境を流れた十王川を合流させ水量は豊かであった。 唐人川の語源は判然とはしないが、外国人を指す言葉として用いられていたので、 おそらく江戸時代初期、家康の命によって、伊東浜で作らせら三浦按針(アダムス)の造船の事蹟で、 この川を利用したことがもたらした名ではあるまいか。 今日、唐人川は現況の如き状態で、往時を偲ぶことはできないが、 江戸時代には横川とも言われ、時化の時、小型の船の繋留場所であったと伝え、 水量豊かな川であったことを示している。 また、そうした川なればこそ、わが国最初の大型洋式帆船、建造に適した条件を満たし得た造船最適の地だったのである。
 (伊東市、松川周辺地区まちづくり推進協議会)
渚橋
川口公園の先には国道135号が通っていて、左手には渚橋が架かっています。 道路を渡った所に「日本初 洋式帆船建造の地」の標識が立っていて、 その脇には三浦按針の胸像とサン・ヴェナ・ベンツーラ号の像があります。
ウイリアム・アダムス
ウイリアム・アダムス(日本名 三浦按針)は1564年9月24日、イギリス・ケント州・ジリンガム市に生れた。 青年時代に造船所で働き、造船術、航海術を学んだ。 アダムスはオランダの東洋遠征船隊に主任航海長として参加、2年間もの苦難の航海の末、 1600年4月19日、九州豊後(大分県臼杵市)に漂着。 1604年頃、家康の命を受け、伊藤市の松川河口で日本最初の洋式帆船2隻を建造した。 これらの功績により、三浦郡逸見村(横須賀市)に250石の領地を与えられ、名を三浦按針とした。 その後、中国や南方貿易を営み、九州平戸にて病のため1620年4月、56歳でこの世を去る。 この胸像はアダムスの業績を称え、伊東市制40周年を記念し、多くの市民の協力を得て建造した。
 (伊東市制40周年記念三浦按針碑整備事業委員会)
太平洋を横断するサン・ヴェナ・ベンツーラ号
1604年頃、英国人ウイリアム・アダムス(日本名 三浦按針)は徳川家康の命を受けて、 浦賀水軍の総帥、向井将監とともに伊東市の松川河口で、 日本最初の洋式帆船二隻を地元の船大工の協力を得て建造。 最初に完成した80トンの帆船に試乗した家康はアダムスの力量に感服、この船は日本の沿岸測量に活躍した。 翌年の早春、120トンの大型外洋帆船も完成。 家康は外房で難破したノバ・イスパニアのドン・ロドリコにこの船を貸し与えた。 「サン・ヴェナ・ベンツーラ号」と名づけられたこの船は、太平洋を横断し、 メキシコのアカプルコへ到着しました。 帆に風をはらみ、荒波を切り裂いて進む姿をイメージし重岡氏独特の力強いタッチで表現した作品です。 このモニュメントはウイリアム・アダムスの業績を称え、伊東市制45周年を記念し建造した。
 (伊東市、伊東按針会)
伊東港
渚橋の所から国道135号を右手へと進んでいきます。 観光会館別館を過ぎた所の十字路を左折していくと伊東港があります。 貨物船・旅客船・漁船などが利用する港になっているようです。 左手の突堤では釣りをしている人を多く見かけました。 港の中ほどには初島までのフェリー乗り場がありますが、1日に2便しかありません。 熱海から初島へ出ている便の方が多いので、初島へ行く時は熱海からの方が便利なようです。
伊東港耐震強化岸壁(緊急輸送用指定岸壁)
玖須美耐震岸壁 水深4.5m 延長60m
この岸壁は災害時において、緊急物資・避難者の輸送に利用されます。 自動車・物資等を放置しないでください。
 (静岡県熱海土木事務所)
伊東港を出て国道135号を進んでいくと、道は左手へと曲がっていきます。 伊東港の東の方へと進んでいくと、漁船が沢山陸揚げされていました。 伊東水産物総合管理センターや地方卸売市場「伊東魚市場」を過ぎていきます。
新井神社
伊東魚市場を過ぎた所に横断歩道があります。 汐吹崎へはそのまま国道を進んでいくのですが、 横断歩道を渡った先に新井神社があるのでちょっと立ち寄っていきました。 横断歩道を渡った所の路地へ入っていくと、すぐに十字路があります。 そこを左折して100mほどの所に「新井神社」の標柱と鳥居が立っています。 「伊東七福神」の橙色の幟も立っていました。 脇には角が取れて丸くなった石像が並んでいました。 鳥居の先の石段を登り、左手にある鳥居をくぐって更に石段を登った所に社殿がありましたが、 由緒などを記したものは見かけませんでした。 社殿の前には太鼓が吊るされていました。 社殿の左手には赤い鳥居があって、その奥には淡嶋神社・大漁稲荷神社・八十稲荷神社が合祀されていました。 境内からは伊東港の東側の突堤を見下ろすことができました。
新井バス停
新井神社からその先へと進んでいくと新井バス停があります。 伊東駅からの便が、朝夕には1時間に2本程度、日中は1時間に1本程度あります。 また、「なぎさループ」と「いでゆループ」の「按針号」も1時間に1本程度廻ってくるようです。 バス停の先がH字路になっていますが、正面の道は行き止まりになっています。 角には「行き止まりです 左折して下さい」の看板が立っています。 左折して国道135号に出て横断歩道を渡り、国道を更に進んでいきます。
宅地造成工事規制区域
左図赤枠内の区域は宅地造成工事規制地です。 この区域内で宅地造成(擁壁排水施設)工事等をする時は知事の許可がひつようです。 区域内において宅地・建物等を売買・交換若しくは賃借する場合は相手方に対し、 宅地建物取引業法による「この区域が宅地造成規制区域である」旨の説明をしなければなりません。 詳しくは伊東市又は熱海土木事務所へ
 (静岡県)
内に目をむければむけるほど 外の世界がひろがってくる 章子
国道135号を進んでいくと、左手の海に小さな港のようなものがありました。 陸側は緩やかな坂になっていて小型船を陸揚げするのに良さそうな形になっていました。 潜水の練習でもしていたのでしょうか、 アクアラングを着けた人達がロープを伝って海へ入っていくところでした。
警告
この周辺は共同漁業権漁場につき、漁業者以外の者の魚貝藻類(サザエ・アワビ等)の採捕を禁止する。 万一、採捕した場合は処罰没収する。
 (伊東警察署、伊東市漁協)
すぐ先のホテルの前を過ぎて国道135号を更に進んでいくと、 正面には手石島が、左手の沖の方には初島が見えてきます。 やがて、道が二手に分かれていきますが、左手の県道109号を進んでいきます。 角には「←川奈港2km」の標識も立っていました。
新井白砂海岸
海辺は磯浜になっていて消波ブロックも置かれていたりもします。 所々から海辺に降りて行けるようになっていました。 新井白砂海岸駐車場を過ぎていくと、磯浜や砂浜が広がってきます。 浜辺ではバーベキューや磯遊びをしている人をかなり見かけました。 この季節にしては気温の高い日で、早くも夏の行楽シーズンが始まったような雰囲気でした。 正面には汐吹崎の沖合いに浮ぶ手石島がよく見えていました。
民家が建ち並んだ所を過ぎていくと、目指す汐吹崎が正面に見えてきます。 こうして見ると、急峻な岬になっているのがよく分かります。 少し登り坂になった県道を更に進んでいきます。
この道路は、新井〜川奈まで、連続雨量150ミリをこえると通行止になります。
 (静岡県熱海土木事務所)
汐吹崎
登り坂を進んでいって右手へ曲がって高みに着くと、左手に「汐吹公園」の標識が立っていました。 伊東駅から1時間30分ほどで到着しました。 左手はちょっとした駐車場になっていてトイレも設置されていました。 右手には有料駐車場がありました。 また右手のブロック塀には「汐吹岩」と題したの解説文が載っていました。 「伊東温泉観光案内図」の左手から山道を登っていくと汐吹崎にある扇山に行けますが、 先ずは汐吹岩を見るべく、左手の坂道を降っていきました。
伊東温泉観光案内図
温暖な気候に恵まれた伊豆半島。その表玄関である伊東温泉は、日本三大温泉場の一つに数えられ、 日本屈指の温泉リゾート地として知られております。 また伊東温泉は、名門ゴルフコースを始め、美術館・植物園・郷土資料館等芸術文化施設や 城ヶ崎海岸・一碧湖など海・山の豊かな自然に恵まれ、四季折々の楽しさをみせてくれます。
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坂道を降っていくと、程なくして海辺へ着きます。 正面は磯浜になっていて、沖合いには手石島が浮んでいました。 水道設備もあって、バーベキューなどで使用する鉄板を洗っている人達も見かけました。
汐吹岩
柵が付けられた歩道が右手の磯に沿って延びています。 歩道を進んでいくと、小さな橋の先で行き止まりになっていました。 満潮時には10mもの高さに潮を噴き上げるのだそうですが、 この時には生憎と干潮時だったので、その雄姿を見ることは出来ませんでした。 ここは満潮の時を見計らって出かけてくるのがいいようです。 どの岩が汐吹岩なのかと探してみましたが、よく分かりませんでした。
汐吹岩
前の坂道を降り右に磯を廻ると汐吹岩があります。 中は水面から高さ四米、奥行六米、深さ二米、約4.5畳〜5.0畳敷位のまるい空洞になっていて北向きで、 満潮時には約十米位吹き上げ壮観であります。 又扇山の頂上には、神浦、与望島、川奈崎から大島、手石島から房総方面、西に富士山とすばらしい眺めです。
汐吹岩から引き返して扇山へと登っていきます。 四角柱の枕木のようなものが埋められた階段状の道を登っていきます。 斜面を右・左と折れ曲がりながら登っていくと分岐があります。 以前には扇山の山頂をぐるりと巡って来られるようになっていたようですが、 崖崩れでもあったのか、右手から登っていく道は立入禁止になっていました。 ここは左手の道を登っていきます。
扇山 (標高52m)
ロープや柵が取り付けられた道を登っていくと、車道から5分ほどで扇山の山頂に着きます。 山頂には展望台が設置されていて、見晴しのいい場所になっています。 展望台の下には円いテーブルと椅子が幾つか設置されていて、陽射しを避けて休憩するのにはいい場所でした。
また山頂には小さな祠もありましたが、名前などは分かりませんでした。 祠には御幣の下がった真新しい注連縄が掛けられていました。 弁財天と思われる琵琶を持った天女の透かし彫りもありました。 この汐吹崎の岬の上から海の安全を見守る神様を祀った祠なのでしょうか。 祠の中を伺ってみると、石碑がふたつ安置されていました。
先ずは展望台の上に登って360度の眺めを楽しみましょう。 正面には手石島が浮び、その沖の方には初島が見えていました。 ここからだと、これらの島が丁度上下に重なる位置に見えます。
右手の方には、これから向う川奈崎へと続く海岸線が見えていました。 背後には山並みが続いていました。 先ほどの解説文によると富士山も望めるようですが、この時には見えませんでした。
汐吹公園を後にして県道109号をその先へと進んでいきます。 右手にある有料駐車場を過ぎて道は緩やかな降りになります。 右手には背の高い金属性の防護網が続いています。 大きな樹木が道の上を覆っていて、緑のトンネルのようになっている所もあったりします。 樹木が低くなって、川奈崎が見える所もあったりします。 振り返ると、先ほど登った扇山のある汐吹崎がよく見えていました。
当初は、手元の地形図にある汐吹崎の200mほど先から分かれていく山道から 164m峰や225.3m峰へ登ろうかとも思っていたのですが、 道路を進んでいっても防護網が続くばかりで、山道などは一向にありませんでした。 汐吹公園の右手の有料駐車場の奥に車止めの柵があって、その先へと道が続いているようだったので、 もしかしたらその道が山頂へと続いていたのかも知れません。
汐吹隧道
汐吹公園から8分ほど進んでいくと汐吹隧道があります。 歩道と車道には分かれていませんが、県道の割りにはそれほど自動車が通っていかないので助かります。 手元の地形図によると300mほどはあるでしょうか、かなり長いトンネルで、抜けるのに3分半ほどかかりました。
汐吹隧道を抜けて切通しを過ぎて緩やかに降っていくと、左手へ分かれて降っていく道がありました。 その下には磯浜が広がっていたのでちょっと降りて行ってみました。 磯の先の方は行き止まりになっていて、右手には浜辺が続いていました。 これから向う川奈崎も間近に見えていました。
姥子神社
浜辺へ降りていくと、左手の岩壁には大きな洞があって、そこに姥子神社がありました。 手前には黄色い鳥居が立っていて珍しく思いました。 祠の奥の石積みの上に小さな祠があり、その前には白木の鳥居がありました。 脇には「姥子神社」と書かれた幟も立っていました。 祠の直前には極小の鳥居も立っていて、横には一升瓶が何本かお供えされていました。 この海の守り神なのでしょうか。
姥子神社の海側にはちょっとした岩場が突き出ていて、その上に小さな祠と石碑がありました。 何だろうと思って慎重に足場を確認しながら側まで行ってみましたが、 「南無妙法蓮華経」とだけ刻まれていて、どういう謂れの祠なのかは分かりませんでした。
川奈いるか浜公園
浜辺から県道109号まで引き返してその先へと進んでいくと、 右手に続いている防護柵の高さが次第に低くなってきます。 やがて柵がなくなると桜並木がしばらく続きます。 桜並木が終ると左手が開けて海が広がってきます。 次第に民家が増えてくると、「磯のみそ汁」などの海の料理を商う飲食店が数軒あったりします。 美味しそうだったので食べてみようと思いましたが、 店の前には長蛇の待ち行列が出来ていたので、またの機会にということにして、 その先へと進んでいきました。 車道と浜との標高差も少なくなってくると、川奈港に隣接するようにして、川奈いるか浜公園があります。 砂浜になっていて、円弧を描くようにして沖の方に突堤が延びています。 砂浜ではパンツ一枚の姿になって波打ち際で遊んでいる子供達を見かけました。 突堤では多くの人達が釣り糸を垂れていました。
川奈いるか浜公園の由来
いるか漁は、縄文期の遺跡(貝塚)からその骨が出土されていることから、 古くは縄文時代から行われていたとみられています。 伊豆では、かつて江戸時代からいるかの追い込み漁が盛んに行われ、 伊東においても当川奈港や富戸港を中心に、明治時代以降にはかなりの漁獲高があったことが、 川奈三嶋神社前に建てられている「海豚漁記念碑」から推測されます。 また、江戸時代後期に浜野建雄が書いた「伊東誌」によると、いるかは江豚、入鹿と書かれていた。 そして「いかほど大なる魚にても一切人を害することなく、自由執われて上がるなり。 水際をはなるるとクシクシとなくなり」と記述されています。 現在、川奈港ではいるか漁は行われていませんが、古くから川奈地区はいるかとの関わりが深いため、 観賞用としてブロンズオブジェクトやいるかを形どったベンチ等を設置し「川奈いるか浜公園」と名付けました。
振り返ると、先ほど降っていった浜辺の先の岬にある与望島と思われる島が見えていました。 それほど大きくはなさそうなので、島というよりも岩礁という雰囲気でした。 同じような大きさの島が二つ並んでいましたが、 そのどちらかが与望島なのでしょうか、それとも両方を合わせて与望島なのでしょうか。 右手の奥には手石島が見えていて、更に少し離れた右手の沖の方には初島が海に浮ぶように横たわっていました。
川奈いるか浜公園では、以下の事項を厳守して下さい
1.午後9時以降の花火は、近隣住民の迷惑となりますので禁止します。
2.公園内でのキャンプ・直火によるバーベキューは禁止します。
3.夏季シーズンの砂浜での犬の散歩はご遠慮下さい。犬のフンは飼い主が責任を持って始末して下さい。
4.ゴミは持ち帰りましょう。
 (伊東市観光課、川奈区)
川奈港
川奈いるか浜公園から県道109号に戻ってその先へと進んでいくと、すぐに川奈港があります。 川奈いるか浜公園の砂浜と港を隔てる突堤と、右手から延びる突堤との間にある港になっていました。 漁船が沢山繋留されていたり陸揚げされていたりしたので漁港のようでした。 道端には伊東市漁業協同組合の「川奈漁民の家」という高床式の建物もありました。
漁協前T字路
川奈地区に続く県道109号をその先へと進んでいくと、程なくして右手へ分かれていくT字路があります。 左手には「伊東市漁業協同組合川奈支所」があり、右手には商店や川奈ダイビングサービスがあります。 今回はここを右折して川奈駅へと向っていくのですが、 その前に川奈崎にある灯台まで往復してくることにしました。 T字路を直進したすぐ先でT字路に突き当たります。 正面には「左右の道は行き止まり」の旨の標識がありますが、そこを左折していきます。
川奈地区の集落の中を進んでいくと小さなY字路があります。 そこを左手へと海側に進んでいきます。 圧縮空気充填所を過ぎて右手へと曲がっていくと、道端に松の木が一本ポツンと生えていました。 振り返ると、先ほど訪ねてきた特徴的な姿をした汐吹崎が小さく見えていました。 右手にあるのは手石島のようで、その背後に続く陸地は熱海から真鶴半島にかけての海岸線のようです。
「諏訪市海の家」への道を右手に分けて左手へと曲がって進んでいきます。 樹木が道の上にまで覆い被さって雰囲気のいい道を進んでいくと、 樹木の間から突堤や建物や鳥居などが垣間見られました。 その先へと進んでいくと、漁協前T字路から12分ほどの所で、右手に分かれていく土の道があります。 川奈崎灯台へはこの右手の道を進んでいくのですが、 その前に、先ほど見えていた突堤の辺りまで往復してくることにしました。 右手の坂道を見送って正面の道を進んでいきます。
夷子神社
正面の建物の手前を左手へと進んでいきます。 建物から海へ向ってレールが続いていました。 どうやらその建物は船の修理などをするドックのようでした。 その先の民家風の建物を抜けていくと、先ほど見えていた突堤のある磯に出ました。 磯の右手の方には鳥居が立っていました。 鳥居の奥の石垣に囲まれた所に社が建っていて、「夷子神社」の扁額が掛けられていました。 社の右手には小さな石祠と赤い鳥居があり、その脇には「海神」と刻まれた石碑もありましたが、 神社の由緒などを記したものは見かけませんでした。
神社の先へと舗装された道が続いていましたが、少し先で行き止まりになっていて、 その先は石がゴロゴロした磯浜になっていました。 先ほどの分岐まで引き返して、土の道を緩やかに登っていきます。 広めの道を2分ほど進んでいくと、道に大きな石が並べられていて車止めのようになっていました。 石を越えていくと、50mほど先にもまた同じような石が並べられていました。
川奈崎灯台
二つ目の車止めの石を過ぎていくと道幅が急に狭まってきて、普通の山道のようになってきます。 すぐに青色の小屋のある所で道が左右に分かれています。 道標などはありませんが、右手の道を進んでいくとゴルフコースの脇に出ます。 川奈崎灯台へは左手の道を更に進んでいきます。 余り人が歩かないのか心細くなるような道を1分ほど進んで最後に少し登っていくと、 正面に白い色をした川奈崎灯台が立っています。
右手にはゴルフコースが広がっていました。 三本柱の真ん中には上へと続く梯子がありましたが、登ってはいけませんでした。 灯台の袂が一段高くなっているのでちょいと登ってみました。 手前の樹木に邪魔をされて展望は今ひとつでしたが、樹木の間からは手石島や初島が見えていました。
川奈灯崎台から先ほどの漁協前T字路まで引き返していきます。 漁協の前に続く路地へと入っていくと、1分もしない所から右手へと細い坂道が分かれていきます。 角に立つ電柱には「ここの地盤は海抜3.0m」の看板が括り付けられているので目印にしましょう。 坂道を道なりに3分ほど登っていくとT字路があります。 そこを右折して坂道を更に登っていきます。
蓮慶時バス停
階段混じりの坂道を登って左手へと更に登っていくと、 漁協前T字路から6分ほどで高台を通る県道109号に出ます。 振り返ると、与望島や手石島などがよく見えていました。 県道を右手へと進んでいくと、程なくして蓮慶時バス停があります。 かなり少ないものの伊東駅までの便があるので、時間が合えば乗っていきましょう。 今回はバスの便までかなり時間があったので、最寄の川奈駅まで歩いていくことにしました。
 全日 ...12:21 13.57 16:31 17:21 20.07 21:32
川奈港口バス停
川奈漁港や与望島・手石島・初島などを見下ろしながら県道を進んでいきます。 見晴バス停を過ぎて更に進んでいくとT字路があります。 右手から登ってくる道は川奈港から続いてくる道になりますが、そのまま直進していきます。 T字路の先の左手にある「恵鏡院」への参道を見送ったすぐ先に川奈港口バス停があります。 川奈港方面からの便もあるのか、先ほどの蓮慶時バス停や見晴バス停よりも便が多くなっていました。
 全日 ...12:22 12:37 1337 13:58 14:37 15:37 16:32 16:37 17:22 17:37 19:35...
川奈(かわな)駅
川奈港口バス停を過ぎて3分ほど進んでいくと、歩道と車道の間に樹木が生えている所があります。 そこから左手へと入っていくと川奈駅(伊豆急行線)があります。 建物に沿って右手へと進んでいくと入口があります。 漁協前T字路から20分ほどで到着しました。
伊東や熱海方面へ1時間に2本程度の便があります。