六国見山
散策:2007年04月上旬
【街角散策】 六国見山
概 要 六国見山は、北鎌倉駅から北東へすぐの所にある低い山です。 山頂にある展望デッキからは鎌倉の街や海を見渡せる景色が広がっています。 空気が澄んでいれば富士山を望むこともできます。 登り道や降り道では浅い谷筋に畑地が広がる所もあって、長閑な里山風景に出会えたりもします。
起 点 鎌倉市 北鎌倉駅
終 点 鎌倉市 北鎌倉駅
ルート 北鎌倉駅…トンネル…八雲神社…権兵衛踏切…トンネル…畑地…六国見山登り口…大船高野配水池…六国見山…稚児墓…小ピーク…山道分岐…畑地…農道分岐…十字路…高野台…辻遊水池…供養塔…北鎌倉駅
所要時間 2時間30分
歩いて... 「六国見山森林公園」としての整備が進められていて、 高野台からと南口広場から山頂へ向う道には広くて歩きやすい横木の階段が設置され、 気軽に出かけられる所になっていました。 以前には低いながらも「山登り」の雰囲気があった六国見山は、森林公園としてその姿を変えようとしていました。 稚児墓より先は以前のままの山道になっていましたが、 六国見山の山頂へ至る三つの道の一つとして、近いうちに整備されていくのかも知れません。
関連メモ 六国見山, 鎌倉回峰, 六国見山, 六国見山, 六国見山, 六国見山
コース紹介
北鎌倉(きたかまくら)駅
北鎌倉駅(JR横須賀線)の北側にある臨時出口から歩いていきます。
大船・横浜方面から来た場合は、線路を渡らずに鎌倉寄りのホーム先端にある臨時出口からそのまま出ます。 そしてホーム沿いの細めの道を大船方面へと進んでいきます。
トンネル
駅のホームに沿って2分ほど進んでいくと、岩にくり抜かれたトンネルがあります。 10歩も歩けば通り抜けられるほどの短さで、背の高い人だと頭が天井につかえてしまいそうです。 背が低めの私の場合は、幸いにもギリギリで頭はつかえませんでした。
短いトンネルを抜けていくと、「雲頂禅庵」と「慈母観音菩薩」の石碑の立つT字路があります。 そこを直進して細い竹で組まれた塀沿いに進んでいくと、再びT字路があります。 右手の先には石段があって、その上のこんもりとした高みには神社らしいものが見えていました。 六国見山へは駅のホーム沿いに更に直進していった方が近いのですが、 ちょっと立ち寄っていくことにしました。
八雲神社
「村社 八雲神社」と刻まれた石柱の立つ石段を登っていきます。 左手へ曲がる角までくると「奉納 玉垣石段」と刻まれた石柱が立っていて、 そばにはその謂れを刻んだ石碑がありました。 一部判読できない文字もあったので間違っている部分もあるかも知れませんが、その内容を載せておきます。 その昔には木製の玉垣だったが荒廃してきたので石製の玉垣に復興し 併せて石段も修理したというような内容のようでした。 石段を登っていって「八雲神社」の扁額の架かる石製の鳥居をくぐると、 こんもりとした高みにある八雲神社の境内に着きます。
當社や雲神社ニハ昔時神域ヲ周スニ木作ノ玉垣ヲ以テシ爾来幾多ノ星霜ヲ径ニ従テ 其跡ヲ止メス實ニ遺憾ノ至リニテ_年復興ノ念ヲ_シ機ノ至ルヲ待シニ偶々今時ニ至リ 有志諸氏ノ賛同ヲ得テ是ニ石造ナル玉垣ノ復興ヲ完成シ併テ石段ノ修理ヲ為シテ 一層ノ神域ニ尊厳ヲ加ヘントス
 (昭和十一丙子年七月十五日 當町山ノ内 発起人誌)
境内の左手には一段高くなった所があって、 「国常立尊御嶽大神・大巳貴大神・少彦名大神」と刻まれた石碑や、 赤い稲荷社が納められた小祠などがありました。 刻まれた名前からすると八雲神社と関わりがあるようにも思えますが、 謂れなどを記したものは見かけませんでした。
立入禁止
周辺はガケがあり危険です。 立入らないで下さい。 あぶないからここであそばない。
 (山ノ内や雲神社氏子会)
鳥居の手前の石段を降った所にある小屋の左手から高みの裏手へと廻っていくと、 崖際には庚申塔などが並んでいました。 鎌倉市の有形民俗資料に指定されているようで、 「青面金剛」と刻まれたものや、「見ザル・聞かザル・言わザル」の像が付いたものなどがありました。
市指定有形民俗資料 庚申塔(寛文五年銘)一基
権兵衛踏切
庚申塔のある高みから舗装道路に降りて左手へと降っていきます。 住宅地の中を道なりに進んでいくとT字路に突き当たります。 そこを右手へ行くと高野台の団地を経て六国見山森林公園の南口広場へと続いていますが、 今回はT字路の左手すぐの所にある権兵衛踏切を右折して線路沿いに進んでいきます。 ここからしばらくは「北鎌倉美術館」の看板を目印にして進んでいきます。
八雲神社に立ち寄らずに線路沿いを真っ直ぐに進んできても権兵衛踏切の所へ来ます。
(T字路を右手へと曲がっていく道は「六国見山」を参照)
トンネル
線路のすぐそばに続く細い道を真っ直ぐに3分ほど進んでいくと、道は右手へと直角に曲がっていきます。 民家の間を進んでいくとすぐに岩肌に開いたトンネルがあります。 手前の左右から坂道や階段がトンネルの上へと続いていましたが、そのままトンネルを抜けていきます。 トンネルを抜けて左手へと崖沿いの道を進んでいくとT字路があります。 そこを右折して住宅地の中に続く広めの道を道なりに進んでいきます。
分岐1
小坂小学校を左手に見ながら進んでいくと、右手に北鎌倉美術館があります。 そこを過ぎて高野台へと続く道路の高架橋の下をくぐっていくと、 左手へと曲がっていく角に、大船壮年会の設置する 「六国見山 登山道入口、至ル 六国見山(約1.2粁)」と 書かれた標柱が立っていて、右手に分かれていく道を指しています。 左手へと曲がっていく道をそのまま進んでいっても、多聞院や熊野神社を経て六国見山へ登っていけますが、 今回はここを右折していきます。
(左手へと曲がっていく道は「鎌倉回峰」を参照)
分岐2
すぐの所にある突き当たりを右手へ曲がっていきます。 青い家の手前を左手へと曲がって塀や生垣沿いに進んでいくと、竹林が現れます。 その先のこんもりとした高みの手前で道が左右に分かれていますが、左手の坂道を緩やかに登っていきます。 山際に沿って坂道を緩やかに登っていくと程なくして道が分かれています。 角には大船壮年会の設置する標識が立っていて、 右手へと登っていく坂道は「至ル 長窪経由 六国見山」、 左手へ分かれていく道は「至ル高野経由 六国見山」となっています。 どちらでも六国見山へ行けますが、今回は左手の道を進んでいきます。
右手の道…
右手の道の先はどうなっているのか確かめてみました(所要時間には含めていません)。 緩やかな坂道を登っていくと高野公園があります。 その先の横木の階段を登っていくと左右に通る土の道に出ます。 左手へと進んで切通しのような所を過ぎていくと住宅地に出ます。 出た所の十字路を直進して坂道を登って住宅地を進んでいくと、広い道に出ます。 左手には大船高校の正門がありますが、右手へ曲がっていくとすぐに別の広い道路に出ます。 角には大船高校バス停があります。 そこを左手へと進んで青い金網が始まる辺りの横断歩道のあるT字路を右折した50mほど先に六国見山登り口があります。 ここから10分ほどで着きます。
畑地
民家の間を抜けていくとすぐに十字路があります。 その十字路を直進して土の道になってくると、 左手にはこんもりとした森が続き、右手には畑地が続いていました。 右手の方の高台は住宅地になっていましたが、 浅い谷筋には菜の花が黄色い花を咲かせていたりもして、 ここが鎌倉とは思えないような里山風景が広がっていました。 畑地に沿って1分ほど進んでいくと、道が二手に分かれています。 畑地はこの先へも続いているようでしたが、ここは左手の坂道を登っていきます。
左手に続く崖に沿って広めの土の坂道を登っていくと竹林が現れます。 何だか雰囲気のいい道が続きます。 鎌倉にもこんな所があったのだと小さな発見をしたようで、ちょっと嬉しくなってきました。 可能であるならば、この環境が今後もずっと残っていてほしいものだと思ったりします。
分岐3
金網柵と崖に挟まれた道を進んでいくと、程なくして竹林は終ってコンクリート崖が続くようになります。 このコンクリート崖は大船高校のグランドの周囲に設置されているようです。 やがて周囲が明るくなった所を過ぎていくと、正面に幅の広い石段が現れます。 その手前の左手から山道が登ってきます。 角に立つ大船壮年会の設置する「六国見山登山道標」によると、 正面の道は「至ル 六国見山(約六百粁)」、 左手の道は「至ル 本村経由大船駅方面」となっていました。 左手の道は先ほどの「分岐1」から分かれてきた道を進んでくるとここへ来られますが、 標識に従って正面の石段を登り、その先に続く舗装道路を緩やかに登っていきます。 左手には高野1号緑地が続いています。
(左手の道は「鎌倉回峰」, 「六国見山」を参照)
六国見山登り口
大船高校の校舎や校庭などがある敷地を左手から巻くようにして続く坂道を緩やかに登っていくと、 3分ほどでロータリーの所に出ます。 右手には高野台バス停があります。 高野台の住宅地に続く道路を右手へと緩やかに降っていくと、 1分半ほどの所に横断歩道のあるT字路があります。 そこを左手へ50mほど登っていくと、高野2号緑地になっている山に突き当たります。 その右手正面から石段が続いています。 ここが六国見山への登り口になります。 先ほどの「分岐2」から12分ほどで着きました。 脇には「六国見山森林公園」と書かれた真新しい標柱と案内図が設置されていました。 3ヶ月ほど前に来た時には見かけなかったので、つい最近になって設置されたようです。 山頂の展望広場へ至る三方向からの道が図示されていました。 「六国見山森林公園」という表記は初めて見かけました。 森林公園として整備が進められているようです。 また以前から設置されている 「六国見山登り口、至ル 六国見山(約三百五十米)」と記された標柱も立っています。 ここから六国見山の山頂を目指して石段を登っていきます。
六国見山森林公園で見られる生き物たち
ウグイス・コゲラ・コジュケイ・ノウサギ・アカネズミ・カナヘビ
六国見山森林公園は針葉樹と落葉樹の混った明るい林で、植物の種類が豊富です。 そのため、これらを求める昆虫や小動物、さらには野鳥たちも多く暮らしています。
大船高野配水池
傾斜の急な石段を登っていきます。 やがて坂道に変わってきますが、引き続き傾斜があったりして、脹脛が痛くなってきたりもします。 休み休みゆっくりと登っていきましょう。 右手の林の中へと広めの道が分かれていましたが、管理用通路とのことで通行止めになっていました。 再び現れる石段を登っていくと尾根に着きます。 左手には神奈川県企業庁水道局の大船高野配水池がありますが、 柵がしてあって中には入ることはできません。
立入禁止
ここには大切な飲料水を貯めてあります。 関係者以外の立ち入りを禁止します。
 (鎌倉水道営業所)
配水池に沿って山道が続いていましたが、 「至ル 六国見山(約二百五十米)」の標柱に従って、 右手に続く尾根道を登っていきます。 脇にある標識には「明月院・今泉台・散在ヶ池森林公園方面」となっていて、 右手の尾根道を指していました。 3ヶ月ほど前に来た時には細い山道が続いているだけでしたが整備されたようで、 その脇に幅の広い真新しい横木の階段が出来ていました。 これまでの道もまだ左手に残っていましたが、歩かれることもなくなって草木が生い茂るようになり、 やがて人知れず消えていくのでしょう。 「道」の盛衰の歴史的な瞬間に立ち会えたようで、何だか感慨深いものがあったりします。
傾斜が少し増してきて雑木林から植林帯へと変わっていきますが、 程なくして再び雑木林へと変わっていきます。 幅の広い横木の階段が途切れ途切れに続いています。 それほどの傾斜もなくて歩きやすくなっていました。 傾斜が急にならないようにとの配慮なのでしょうか、 以前の山道よりもかなり右手の方から回りこむようにして道が続いていました。 やがて左手へと大きく曲がっていって横木の階段が途切れると、緩やかな尾根になります。 その先へと進んでいくと、正面にこんもりとした六国見山の山頂部が現れます。 以前には山頂部の周りは背の高い笹竹が生い茂っていたのですが、 切り払われて見通しがよくて小綺麗になっていました。 鎌倉市や逗子市にあるハイキングコースでよく見かける 「No.34 ハイキングコース内での喫煙はやめましょう」 の標識も新たに設置されていました。 山頂部の周囲を巡る石畳の道も出来ていたりベンチが設置されていたりもして、 森林公園としての整備が進められているのを実感しました。 以前には低いながらも「山登り」という雰囲気があったのですが、 今回来てみるとそのような雰囲気はなくなっていて、 こんもりと高いながらも「公園」という印象を受けました。
六国見山 (標高147m)
正面にある横木の階段をひと登りすると六国見山の山頂に着きます。 「六国見山森林公園」の標柱があった高野台の石段を登り始めてから10分ほどで到着しました。 山頂は小広くなっていて「六国見山々頂(海抜一四七米)」と書かれた標柱が立っていますが、 かなり風化が進んでいてほとんど読めなくなっていました。 森林公園としての整備が更に進めば、この標柱も作り直されるかも知れません。 また、「浅間大神」と刻まれた大きな石碑や、 鎌倉市の設置する「三級基準点No.43219」やベンチも設置されています。
山頂の周囲には桜の木が沢山植えられています。 盛りを過ぎていたようで若葉が伸び始めていましたが、花はまだしっかりと付いていました。 白っぽい花だったのでソメイヨシノではないようでした。 よくは知らないのですが、若葉と花が一緒に開くオオシマザクラなのでしょうか。
六国見山の山頂には展望デッキがあり、鎌倉の街や海を見渡すことができます。 この時は晴れていたものの春霞がかかっていて遠くの方はあまりはっきりとは見えませんでしたが、 材木座海岸から逗子マリーナにかけての海は見えていました。 以前には樹木が生い茂っていて、冬枯れの樹間から僅かに富士山が見える程度でしたが、 この時には富士山の方角が切り払われていて、 天候などの条件が良ければいつの季節でも見えるようになっていました。 この時には春霞のため、冠雪した山頂部が僅かに見えていた程度でした。
「六国」という名前からすると、その昔にはここから六つの旧国を見渡せたということなのでしょう。 伊豆・相模・武蔵・安房・上総・下総の六つの国なのでしょうか。 以前に来た時にはなかったのですが、四角い井桁の上に乗せられた円盤状の解説板が設置されていました。 円く写された山頂部の魚眼写真が付けられていて、ここから見渡せる場所の名前が書き込まれていました。 それによると、北東側にはみなとみらい・ベイブリッジ、 南側には三浦半島・逗子マリーナ・由比ヶ浜・材木座海岸・伊豆大島、 南西から北西側には伊豆半島・江ノ島・箱根町・富士山・丹沢山となっていました。
六国見山の山頂からは展望デッキの左方向にある横木の階段を降っていきます。 降り切った所に「稚児墓入口 至ル 稚児墓(約八十米)」と書かれた標柱が立っています。 以前にはこの辺りにも笹竹が生い茂っていたのですが、切り払われてスッキリとしていました。 六国見山への登り道と同様に整備が行われたようで、これまでの尾根道の右手に広い道が付けられていました。 ここでも、これまでの細めの道は歩かれなくなって、いずれは消えていくのでしょう。
稚児墓
広くて緩やかな尾根道を進んでいくと、程なくして常緑樹の生け垣に円く囲まれた稚児墓があります。 生け垣の開いた所から入っていくと、大きな木の袂に石塔がありました。 少し前にお参りしていった人がいるのか、 白色・桃色・青色などの真新しいお花が供えてあり、ロウソクが1本立ててありました。 コップに入れた水や大きめの空缶にはお賽銭も供えてあったりしました。 「稚児墓」と書かれた標柱も立っていましたが、文字はほとんど消えかかっていました。
稚児墓を後にして雑木林の中に続く尾根道を進んでいきます。 高野台の登り口から稚児墓までは整備が進んでいて広い道が続いていましたが、 稚児墓から先は以前の細い山道のままになっていました。 登り口にあった「六国見山森林公園」の案内図にも記されている道なので、 いずれ近いうちに広い道に整備されていくのでしょうか。 鎌倉のすぐ近くにある所なのに、何だか深い森の中へ迷い込んだような雰囲気もしてきます。 笹竹や雑木などが生い茂っていて見通しはよくありませんが、 踏み跡はしっかりと続いていて迷う心配はありません。
小ピーク (標高147.3m)
背の高い笹竹の生い茂る尾根道を進んでいきます。 多少はアップダウンがあるものの息が切れるほどの傾斜はなくて快適に歩いていけます。 少し登り坂になった尾根道を登っていくと、稚児墓から4分ほどで小さな高みに着きます。 道の真ん中には短い標柱が設置されていました。 一見すると、よく見かける市町村の境界を示す標識のようにも思えましたが、 側面に刻まれた文字を確認してみると「三等三角点」となっていました。 手元の地形図によると、 先ほどの六国見山の山頂の南東300mほどの所にある「六国見山」と記された標高147.3mの高みのようです。
六国見山の山頂にあったのは「基準点」となっていて、 国土地理院の管理する「三角点」とは別物のようです。 前後の位置関係からすると、ここが地形図に147.3mの三角点のマークのある地点のようです。 先ほどの山頂にあった「六国見山々頂(海抜一四七米)」の標柱はどういう意味なのでしょうか。 地形図を見るとどちらもほぼ同じ高さのようだし、事実のほどはよく分かりません。
山道分岐
小ピークを過ぎて降っていくと植林帯へと変わってきます。 少し傾斜が増した尾根道を降っていくと、稚児墓から8分ほどの所で、道が右手へと分かれていきます。 辺りには道標などは見当たらず、どちらへ行けばいいのか迷うところです。 正面の道をそのまま真直ぐに降っていくと今泉台地区と山ノ内地区とを結ぶ道に降りられますが、 今回は右手に続く道へと進んでいきます。
(正面の道は 「六国見山」, 「鎌倉回峰」, 「六国見山」, 「六国見山」を参照)
これまでの道よりも歩く人が少ないのか少々草が目立ちましたが、 まだ夏草が生い茂る季節ではなかったこともあってか、踏み跡が分からなくなることはありませんでした。 道は浅い谷筋の山腹を横切るようにして続いていて、余り傾斜もなくて歩きやすくなっていました。 程なくして植林帯へと入っていきます。 日陰になっているためか、林床にはシダ植物が大きな葉を伸ばしていたりもしました。 先ほどの分岐から3分ほど進んでいくと、道の左手には青緑色の金網が続くようになります。 その手前から左手へと山道が分かれていましたが、そのまま金網沿いに進んでいきます。
先の方には若い母親と幼い女の子が普段着で散策していました。 何故こんな山深そうな所なのにいるのだろうと思っていると、人里はもうすぐそこの所にあったのでした。
(金網の手前から左手へと分かれていく道は 「六国見山」,六国見山」を参照)
山火事防止
お互いに守りましょう。 山中でのたばこ、たき火、火あそびをやめよう。
 (大船消防署)
畑地
金網に沿って1分ちょっと降っていくと、浅い斜面の谷筋に広がる畑地の脇に降り立ちました。 道は畑地の左手に沿って続いていますが、畑の中ほどへ続く道に入って下の方向を写してみました。 若葉が芽吹き始めていて山腹は斑模様になっていました。 そろそろ新緑の季節がやってきたようでした。 畑地の向こうは住宅地になっているようで、民家が沢山建っていました。 手元の地図によると高野台の住宅地のようでした。 撮った写真を後で確認してみると、住宅地の手前には六国見山森林公園の南口広場も写っていました。
農道分岐
畑地の脇に続く幅の広くなった道を金網に沿って緩やかに降っていきます。 右手に竹林が見えてくると、右手へ曲がっていく角で道が二手に分かれています。 道なりに右手へと降っていくと、 畑地を横切って左手へ曲がった所に六国見山森林公園の南口広場があります。 そこから高野台の住宅地を経て北鎌倉駅へと戻っていってもいいのですが、 今回はこの分岐から左手へと分かれて登っていく道を進んでいきました。
歴史的風土保存のための県有地
地番 鎌倉市大船高野2625
面積 399.00u
この土地は「古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法」にもとづき 歴史的風土を長く保存するため、平成10年3月、神奈川県が寄付受入れしたところです。 歴史的風土を協力して保存しましょう。
 (神奈川県横須賀三浦地区行政センター環境部)
金網に沿って続く道を登っていきます。 最初のうちは幅の広い道ですが、登っていくにつれて次第に細くなって普通の山道になってきます。 道の両側には背の高い笹竹が生い茂るようになります。 やがて高みの頂上を過ぎて降るようになります。 農道分岐から4分ほど進んでいくと、それまで続いていた金網は左手へと曲がって遠退いていきます。 笹竹が生い茂る所を抜け、背の低い常緑樹が生い茂る雑木林に続く道を進んでいきます。 笹竹や樹木がかなり生い茂っていて、このまま進んでいっても大丈夫なのかと思えてきますが、 踏み跡はしっかりと続いていました。 夏草が生い茂る季節では少々煩わしい思いをするかも知れません。 農道分岐から7分ほど進んで植林帯に変わってくると、左手から金網が近づいてきます。 ここからは金網に沿って降っていきます。 金網が途切れてからは少々心もとない道でしたが、ここからは安心して歩いていけるように思えて、 何だかホッとした気持ちになったりもしました。
十字路
金網に沿って植林帯を降っていくと、2分ほどで浅い鞍部に着きます。 金網はここから左手へと曲がっていきます。 尾根道はこの先にも続いていますが、左右にも道が分かれていて、ちょっとした十字路になっています。 道標類はありませんが、ここは右手の道を進んでいきます。
正面の尾根道を進んでいくと…
試しに正面の尾根道を少し歩いてみました。 しばらく緩やかな道が続いていましたが、その先からは急な降りになり、 遂には道がはっきりとはしなくなっていました。 草木を掻き分けて無理やり降っていけるような感じもありましたが、 ここまで引き返してきました。
高野台
雑木林の斜面に続く道を緩やかに降っていくと、やがて樹木の間から民家が見えるようになります。 少しU字形に抉れた感じの道を降っていくと民家の脇に降り立ちます。 細い水路に沿ってその先へと進んでいくと住宅地の舗装道路に出ました。 先ほどの十字路から5分ほど、六国見山の山頂から50分ほどで降りて来られました。 これで山道は終りになります。 降り立った所は高野台の住宅地になります。 ここからは舗装道路を北鎌倉駅へと向っていきます。 ここには道標類はありませんが、左右どちらからでも北鎌倉駅へと続いています。 左手の道から少し先の石段を降っていくと権兵衛踏切の所に続いていて、 右手の道を行くよりも近道になりますが、今回は右手の道を進んでいきました。 右手の道を進んでいくと、すぐにT字路があります。 角には大船壮年会の設置する道標が立っていて、 右手の道は「至ル 六国見山(約六百五十米)」、 今来た道は「至ル 北鎌倉駅方面」となっていますが、 電柱に寄り添うようにして立っているので、うっかりすると見落としてしまいそうです。
T字路を左折していくとすぐに2車線のバス道路に出ます。 その角の電柱には「高野20」の住所表記がありました。 左折して高野台の住宅地に続くバス道路を降っていきます。 正面の先の方には白い姿をした大船観音像が見えていました。
(かなり距離があったので、ぼやけた写真になってしまいました)
辻遊水池
2分ほどの所にある十字路を直進して更に降っていくと、道路の右手の深い山間に辻遊水池があります。 周囲は高いコンクリート壁が取り巻いていて、 池の中には植物が繁茂して湿地のようになっていました。 薄紫色の可憐な花も咲いていたり、カエルの鳴き声も聞こえてきたりして、 小さいながらも自然が復元してきているようでした。
辻遊水池
この池は、大雨の時、雨水を一時貯留して下流へ少しずつ流し、河川の氾濫を防ぐ大切な役目をします。
貯留量17,000t 水深6.4m 池面積2,593u
・きけんですからなかへはいらないでください。
 (鎌倉市下水道部)
辻遊水池の道路の脇には「完成記念」と刻まれた石碑と六本の石柱が立っていて、 「北鎌倉台土地区画整理事業竣功記念」と題して看板が設置されていました。 看板には高野台や大船高校と六国見山森林公園などの範囲の地図が載っていました。
鎌倉市北鎌倉台土地区画整理事業 竣功記念
現在地から東に位置する六国見山は海抜147m余で、南の方には眼下に若宮大路・由比ヶ浜が見え、 西方には藤沢の市街地も望める。 冬の天気の良い日には伊豆の大島・丹沢山系、その向こうに富士山が一望に眺められる。 六国見山は六国岳・六国峠とも呼ばれ、安房・上総・下総・武蔵・相模・伊豆の六国が見えるということで その名が付けられたとされる。 まっすぐ空に伸びる自然石のモニュメントは、街と人が未来に向って力強く成長していく姿と、 その名の由来となった六国と六国見山をあらわしている。
供養塔
高野3号緑地を過ぎていくと、道路の右手の一段高い所に「高野台 供養塔」と刻まれた石碑がありました。 多聞院の住職が施主とのことで裏面には「各戦場の諸武士之霊」と刻まれていましたが、 謂れなどは記されていませんでした。
石碑の裏手には塔婆が沢山立て掛けられていました。 また、石碑の左手の岩壁の袂には沢山の五輪塔が並んでいて、その前には綺麗な花束がお供えされていました。
供養塔のすぐ先で、車道から分かれて右手へ降っていく幅の広い階段があります。 その階段を降ってバス道路の高架橋の袂に降り立つと、 最初の小坂小学校や北鎌倉美術館を過ぎてきた道路になります。 そこを左折して元来た道を北鎌倉駅へと向っていきます。
北鎌倉(きたかまくら)駅
八雲神社には立ち寄らず、権兵衛踏切のある十字路を直進して真っ直ぐに線路沿いの小径を進んでいくと、 15分ほどで北鎌倉駅(JR横須賀線)に戻ってきます。 北側にある改札口は「出口専用」となっていますが、SUICA利用の場合は入場することができます。 通常の切符の場合は、少し先の踏切を渡って南側にある表口から入場します。