舞岡公園
散策:2007年03月下旬
【里山散歩】 舞岡公園
概 要 舞岡公園は横浜市の戸塚区から港南区にかけて広がる自然公園で、 舞岡ふるさと村や舞岡ふるさとの森とも隣接しています。 谷戸田を取り巻くようにして森や丘が続いていて、小谷戸の里を中心として保存活動が続けられている里山です。 今回は舞岡ふるさとの森を抜けて南東側から舞岡公園へと入っていきます。
起 点 横浜市 道岐橋バス停
終 点 横浜市 戸塚駅
ルート 道岐橋バス停…舞岡ふるさとの森…四阿…農道出合…ふれあい広場分岐…くぬぎ休憩所分岐…三枚畑の森…みずき休憩所分岐…中丸の丘分岐…明治学院大学…舞岡公園…南門…南の丘…小谷戸の里…旧金子家住宅主屋…やとひと情報館…北門…瓜久保…三枚畑の森…戸塚駅
所要時間 2時間50分
歩いて... 舞岡公園の南西側では新たな車道の建設工事が行われていて、 昔からあった尾根道は切り開かれて分断されていました。 舞岡公園にある池も水脈が途絶えて瀕死の状態のようでした。 小谷戸の里の古民家は屋根の葺き替えが行われたようで、真新しい淡い色になっていました。
関連メモ 舞岡ふるさと村, 舞岡ふるさとの森, 舞岡ふるさと村, 舞岡公園, 舞岡公園, 舞岡公園, 舞岡公園, 舞岡公園,
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コース紹介
道岐橋(どうきばし)バス停
戸塚駅(JR東海道線)の東口のバスターミナルから、 舞岡台循環バス,または,京急ニュータウン行きバスにて5分、1時間に8本程度の便があります。
バス停の手前にある道岐橋交差点を渡って道路向かいに行くと、 地下鉄舞岡駅の出口に大きな「ふるさと舞岡ぶらりマップ」があります。 今回歩くルートも掲載されているので参考にしましょう。 横浜市戸塚区のホームページにも掲載されているので、印刷して持参するととても参考になります。 舞岡公園は舞岡ふるさとの森や舞岡ふるさと村と隣接した公園です。 歩いていてもその境界を余り意識することもなく、これらの3つで一つの里山風景のある場所になっています。 今回はその中の舞岡ふるさとの森と舞岡公園の一部を散策します。
里山、田園、草花、せせらぎ、小さな動物たち、歴史、そして人々…。
舞岡には、そんなふるさとの原風景が今なお広がっています。
横断歩道を渡ってバス通りを少し引き返していきます。 舞岡川に架かる道岐橋を渡って戸塚駅方向へ車道を150mほど進んでいくとT字路があります。 角に立つ道標「舞岡ふるさとの森・舞岡公園」に従って左折していくと、正面にこんもりとした森があります。 すぐの所にある二俣を左へ進み、小さな小倉橋を渡っていきます。 民家のそばを過ぎて小竹の生い茂る道を進んでいくと、竹林の前にT字路があります。 正面に立つ道標によると、右手は「舞岡ふるさとの森・舞岡公園」、 左手は「舞岡八幡宮を経て舞岡公園へ」となっています。 今回はここを右折して舞岡ふるさとの森へ向っていきます。
舞岡ふるさとの森入口
小さなせせらぎ沿いに進んでいくと、右手には水田が広がっていて昔懐かしい里山風景が続きます。 民家の所まで来ると、右手に曲がっていく角から道が左手へ分かれていきます。 角に立つ道標によると、左手に分かれていく道は「散策道を経て舞岡公園へ」となっています。 ここが舞岡ふるさとの森の入口になります。 そばには「舞岡公園・舞岡ふるさとの森・舞岡ふるさと村案内図」もあるので、 これからのコースを再確認しておきましょう。 今回は、舞岡ふるさとの森を通って、南東側から舞岡公園へと入っていきます。
「ふるさとの森」は、山林所有者の御好意で保存されています。 山林、竹林、農地内への立入りはできません。 利用時間は日の出から日没までが原則です。
フィールドマナー
自然の中でのルールを守ろう!
・火は出さない。バーベキュー禁止。
・ポイ捨て禁止。
・しずかさをみださない。
・ペット(犬など)はつないで。
・ゴミはうちまで。
・生きものをもちかえらない、もちこまない。
・ボール遊びはできません。
・道からはずれない。
ミツバチは蜜を吸う時に花を傷つけません(ファーブル)
 (横浜市緑政局南部農政事務所)
畑が続く狭い谷筋に続く坂道を緩やかに登っていきます。 この辺りの畑は横浜市の「特区農園」になっているようです。 谷筋の奥までくると森の中へと続く広い階段が現れます。 階段を登っていくとすぐに小さな切り通しがあります。 左手には細い道が分かれていますが、道標「ふれあい広場・舞岡公園」が指している右手の階段を進んでいきます。
横浜市市民利用型農園 特区農園
平成18年3月認定
この農園は、特定の内貸付法に基づき開設された市民利用型農園です。
 (横浜市)
なだらかな雑木林の尾根筋に、階段混じりの広い山道が続いています。 細い分岐道もありますが、「この先は立入り禁止です」の看板が立っていたりします。 所々には笹竹が生い茂ってもいて、何だか風情が感じられます。
山火事注意
タバコの投捨て・たき火は禁止です。
 (市民の森愛護会、横浜市)
四阿(あずまや)
尾根道を5分ほど進んでいくと、散策路の右手に四阿(あずまや)があります。 テーブルやベンチが幾つも設置されています。 周りは雑木で囲まれ、森林浴を楽しみながらの休憩ができる場所です。
農林水産省補助事業
−農業農村活性化農業構造改善事業−
地区名横浜市戸塚区舞岡地区
設置年度平成3〜4年度
事業主体横浜市
施設概要施設名 地域農業活用施設連絡路
事業量 連絡通路 四阿 延長955m
四阿から先にも広くて緩やかな尾根道が続きます。 ちょっとした坂を越えていくと、開けた場所に出ます。 その先へと進んでいくと左右には畑が広がり、右手の畑の向うには戸塚の上倉田地区の街並みが見渡せます。
左手が少し開けて竹が生えている所を過ぎていきます。 散策路と並行するように左手に農道が続くようになりますが立入禁止になっています。 低い柵で囲まれた右手の散策路をそのまま進んでいきます。
農道出合
少し登っていくとやがて階段が現れます。 その階段を降っていくと舗装された農道に出ます。 ここにも「舞岡公園・舞岡ふるさとの森・舞岡ふるさと村案内図」があるので、 これからのコースを再確認しておきましょう。 この農道は舞岡ふるさと村から森を越えて上倉田地区へと続く舗装された道ですが、 自動車はめったに通っていきません。 農道を真直ぐに50mほど進んでいくと、左手の土手に開いた場所があります。 脇には「舞岡公園・舞岡ふるさとの森・舞岡ふるさと村案内図」があります。 そこから畑の中に続く道へと入っていきます。
左手の畑への道を見送って右手へと曲がっていくと、すぐ先で道が二手に分かれています。 角に立つ道標「舞岡公園」が右手に分かれていく道を指しています。 正面は舞岡ふるさと村へ降っていく道で、舞岡ふるさとの森の散策路は右手の道を進んでいきます。 ここに「チップのひいてある散策道の案内図」というのがあって、この前後の散策路が図示されています。
農地への立入り禁止です。
 (緑政局南部農政事務所)
ふれあい広場分岐
散策路は畑地を過ぎて雑木林の中へと入っていきます。 明るい雑木林の中の緩やかで快適な尾根道を進んでいくと分岐があります。 角に立つ道標によると、左手に降っていく階段は「ふれあい広場」、 正面の尾根道は「舞岡公園」となっています。 左手は舞岡ふれあいの森のふれあい広場へ降っていく道ですが、 今回は舞岡公園へ向ってこのまま真直ぐに進んでいきます。
くぬぎ休憩所分岐
雑木林の中に続く散策路を緩やかに登っていくと、 やがて左手が明るくなり道が二手に分かれています。 ここにも「舞岡公園・舞岡ふるさとの森・舞岡ふるさと村案内図」があります。 左の道はくぬぎ休憩所前田の丘を経て舞岡公園へと降っていきますが、 正面の道は尾根筋を通って明治学院大学の構内を横切る車道へと続いています。 案内板によると、舞岡ふるさとの森はここまでで終わり、 これから先は舞岡公園になるようで、「舞岡公園」と書かれた標識が立っています。
三枚畑の森
くぬぎ休憩所への分岐を見送ってその先へと進んでいきます。 すぐの所の左手にある双体のお地蔵さんを過ぎていくと左手に小径が分かれていきます。 小径を見送って、桜の木が並んでいる広くて緩やかな道を進んでいきます。 少し降っていくと分岐があります。 角に立つ道標によると、右手から来る道は「舞岡駅へ千五百米」、 今歩いてきた道は「前田の丘」となっています。 少し先には「三枚畑の森」の標柱が立っています。 ここから右手へ進んでいくと舞岡駅や戸塚駅へと続いていますが、正面に続く道を進んでいきます。
火気厳禁
森は生きものたちのすみかです。
 (戸塚消防署、南部公園緑地事務所)
瓜久保への分岐を見送って尾根道を進んでいきます。 この尾根道は舞岡公園の縁に沿って続く道で、この左手が舞岡公園になります。 少し進んだ所で道が左右に分かれています。 角に立つ道標によると、右手の道は「大学前バス停へ四百米」、 今来た道は「ふるさと村・舞岡駅」となってますが、柵に沿って左手へと進んでいきます。
みずき休憩所分岐
柵沿いに進んでいくと、すぐに道が左手へと分かれていきます。 角には「舞岡公園」の標柱が立っています。 左手へ分かれていく道を進んでいくと、舞岡公園のみずき休憩所へと続いていますが、 正面に続く柵沿いの道を進んでいきます。
中丸の丘分岐
みずき休憩所への分岐を見送って柵沿いに進んでいきます。 程なくして送電線の鉄塔「吉田線No.24」の袂を過ぎていきます。 右手に続く明治学院大学の校舎や校庭などを眺めながら緩やかな尾根道を進んでいくと、 左手へと道が分かれていきます。 ここにも角に「舞岡公園」の標柱が立っています。 左手の道は舞岡公園の中丸の丘へと続いていますが、 正面に続く柵沿いの道を進んでいきます。
鳥獣保護区
ここは保護区域です。 鳥や獣を守ってください!
 (神奈川県)
明治学院大学
中丸の丘への分岐を見送って緩やかな尾根道を柵沿いに進んでいくと、 左手の樹木が低くなってきて、下の方に舞岡公園が見えるようになります。 送電線の鉄塔「吉田線No.23」の袂を過ぎていくと幅の広い階段が現れます。 前方には明治学院大学の校舎が建ち、手前には広い車道が通っています。 大学の敷地はこの車道で二分された形になっていて、車道の上には陸橋が架かっています。 最初の舞岡ふるさとの森入口からここまで35分ほどかかりました。 ここで尾根道は終りになり、暫くは舗装された道を進んでいきます。 階段を降りて左手へと進んでいくと、道はすぐに右手へと曲がっていきます。 その角から広い車道が分かれていましたが工事中のようで、柵で閉じられていました。
工事が始まる以前から手前の車道は広くなっていました。 山の中なのにどうしてこんなに広い車道が必要なのだろうかと不思議に思っていましたが、 今になって思うと、工事中の車道が元々計画されていて、その一部が先行して開通していたということのようです。
明治学院大学南門バス停
明治学院大学の校門を過ぎて緩やかな登り坂を進んでいくと、 道路の左手の膨らんだ所に明治学院大学南門バス停があります。 戸塚駅までの便がありますが、平日と週末では便数がかなり違っています。 また季節によっても違うのか、AダイヤとBダイヤの二種類が掲示されていました。 週末には、朝夕は1時間に3本程度、日中は1時間に2本程度の便があります。
以前にはこの辺りには土手や畑地が続いていてバス停などはありませんでした。 何時出来たのでしょうか。 先ほどの工事中の車道といい、しばらく来ないうちに随分と雰囲気が変わってしまいました。
緩やかな坂道を登りきると、道が二手に分かれています。 どちらの道を行ってもいいのですが左手の方が近道なので、今回は左手の道を進んでいきます。 送電線の鉄塔「吉田線No.21」の脇を過ぎ、 KDDIの下永谷局やNTTドコモのCV日限山の無線設備を過ぎていきます。
作業場への道を右手に分けて「車両通行止」の標識を過ぎて舗装された道を緩やかに降っていきます。 以前には笹竹の生い茂る狭い道だったのですが、開けた感じのかなり広い道になっていました。 程なくして左手が開けてくると、右手から道が合流してきます。 以前には尾根道が右から左へと続いていたのですが、 道路を通すために切り開かれて分断されていました。 工事中の道路の上には仮設の橋が架けられていました。 脇にある看板によると、下を通っている工事中の道路は「都市計画道路 桂町戸塚遠藤線」というようで、 先ほどの明治学院大学の手前にあった車道から続いています。 かなり幅の広い道路で、4車線は通せそうな幅がありました。 仮設橋を渡って、向こうに見えているこんもりとした尾根へと進んでいきます。
切り開かれる前まではここには尾根が続いていて、そこに土の道が緩やかに延びていました。 雰囲気のいい尾根道でしたがいつしか舗装され、今度は切り開かれて広い車道で分断されてしまいました。 右手の方には住宅がかなり増えてきたし、昔の面影はもうほとんど残っていません。
仮設橋を渡った先に大きなスダジイが生えていて、その間に庚申塔があります。 今では青緑色の金網の向こうにひっそりと佇んでいますが、 この尾根に土の道が続いていた頃からずっとここにあります。 この庚申塔は道路工事の難を何とか免れたようです。
後日に訪ねてみると、スダジイは舞岡公園の南の丘に移植され、 庚申塔は新たに出来た舞岡南の橋の傍に移設され、解説板も設置されていました。 (「舞岡公園」を参照)
舞岡公園
青緑色の金網が終って道幅が少し広がってくると、 左手の歩道の脇に「舞岡公園」の標柱が立っています。 この辺りが舞岡公園の南東部になります。 この道は横浜市の戸塚区と港南区の区境になっていて、 左手が戸塚区、右手が港南区になります。 舞岡公園の大部分は戸塚区に属していますが、一部は港南区にかかっています。 右手のこんもりとした丘はおおなばの丘で、春には桜の花が綺麗に咲く所です。 その先の方にはけやき広場こぶし広場や公園管理詰所などがあります。 この先の車道に出た辺りから左手へ行くともみじ休憩所ばらの丸の丘などがあります。
南門
左手に続く生垣が途切れた所から左手へと土の道が分かれています。 角には道標が立っていて、左手の道は「谷戸・水田」、正面へ続く道は「バス停0.3km」となっていて、 「小谷戸の里・瓜久保」の標識も左手の道を指しています。 この先の車道の少し先に京急ニュータウンバス停がありますが、 今回はここを左折して舞岡公園の中央部を歩いていきます。 広場になったさくら休憩所を右手に見ながら広い土の道を進んでいくと、 すぐに舞岡公園の南門があります。 門を抜けてその先へと広い道を緩やかに降っていきます。
お知らせ
ここより先は野生動植物の保護及び自然環境を維持して行くため、 犬(補助犬を除く)等を連れての立ち入りはできませんのでご協力をお願い致します。
公園門(東・南・北)内の利用時間
  夏期間(4月〜10月)… 8:30〜19:00
  冬期間(11月〜3月)… 8:30〜17:00
なお、野生動植物の保護及び自然環境の維持のため夜間は公園門の開閉を上記の時間で行います。
 (横浜市環境創造局南部公園緑地事務所、舞岡公園田園小谷戸の里管理運営委員会)
自転車ご利用の方
自転車はゆっくり。 歩いている人のことも考えてね。
一般車両進入禁止
南の丘
広くて緩やかな道を進んでいくと、右手へ曲がって降っていく角から左手へと道が分かれています。 左手の道の先のこんもりとした所には南の丘があります。 以前は谷戸見の丘と呼ばれていたのですが、最近になって名前が変更されたようです。 しかし公園内の案内板などにはまだ「谷戸見の丘」と記されています。 「谷戸見の丘」という名前は、ここから谷戸が見えるということから付けられた名前なのでしょうが、 手前の樹木が邪魔をしていて、あまりよくは見えません。 以前にはこの丘には菜の花が一面に植えられていたのですが、最近では見かけなくなりました。
谷戸見の丘の植林について
舞岡公園の田んぼや湿地は、周りの雑木林からわき出す水で潤っています。 その水源である林に道路が建設されます。 そこで、谷戸の水が少しでも増えることを願い、この谷戸見の丘に木を植えることにしました。 美しい景観と生き物たちを育み舞岡川から柏尾川をへて海へと続く最源流でもあるこの谷戸の水を守るため、 皆様のご理解をお願い致します。
南の丘の先に続く幅の広い横木の階段を降っていくと、丘の手前で分かれた道に降り立ちます。 左手には大原谷戸池がありますが、すぐ側の車道建設のために水脈が途絶えて瀕死の状態です。 すぐの所から右手へと降っていく道が分かれています。 角に立つ道標によると、右手の道は「ばらの丸の丘」、正面の道は「小谷戸の里・お手洗」となっています。 右手の階段を降ると、浅い谷筋には田んぼが続いています。 奥には満々と水を湛えた大原おき池があります。 谷戸の田んぼは荒起しも終わり、後は水を張って田植えをする季節が来るのを待っているようでした。
火気使用禁止
この公園は人と野生等物が共存するオアシスです。 何気なく使う火が動物たちの生活をおびやかしています。 火は絶対に使わないで下さい。
谷戸から元の広い道まで引き返してその先へと進んでいきます。 長久保池を過ぎていくと、左手の横木の階段の上にねむのき休憩所があります。 その階段の手前に手押しポンプの付いた井戸があります。 まだ現役で使えるようですが飲むことはできず、農作業用として使われているようです。 このような井戸は以前にはよく見かけたものですが、最近ではほとんど見かけることがなくなりました。
ここの井戸では必要なのかどうかは分かりませんが、呼び水が必要な井戸もあったようです。 上から呼び水を入れて、それが無くならないうちに一生懸命取っ手を上下させて、井戸の底の水を上へと呼び上げます。 コツを掴むまでには少し練習が必要だったように記憶しています。
この水は飲めません
(農作業に使います)
広い道を緩やかに降っていきます。 左手には雑木林が続き、右手の浅い谷筋には田んぼが続いています。 田んぼの脇には小川も流れていて、長閑な昔懐かしい里山の光景が広がっています。 田んぼの脇の畦道が少し広くなっていて、小川沿いの散策路にもなっています。 道に沿って休憩所も幾つか建っていたりもします。 谷が黄金色に変わる頃には、毎年恒例になっている「案山子祭り」も行われるようです。 そんな道端にはひっそりと歌碑が立っていました。
ただひとつのために生き ただひとつのために枯れていく草よ
そんなふうに生きても おまえは誰も傷つけなかった
 富弘
小谷戸の里
緩やかな道を進んでいくとX字路があります。 右手からは田んぼの脇に続いていた土手道が登ってきます。 左手には小谷戸の里への道が分かれていきます。 谷筋は正面の道に沿ってその先へと続いていますが、 左手すぐの所にある小谷戸の里を訪ねていきましょう。
"小谷戸の里"休館日
毎週 第3月曜日(祝日の場合は翌日)
開館時間:午前9時〜午後5時
年末年始の休み:12月29日〜1月3日
 (横浜市環境創造局南部公園緑地事務所、舞岡公園田園・小谷戸の里管理運営委員会)
舞岡公園憲章
私たちは、横浜市の原風景である谷戸を愛する市民です。 舞岡公園は、水や土、それに私たち人間をはじめとする、生けとし生けるものの調和によって、 成り立ってきた谷戸の景観をとどめています。 この緑あふれる谷と丘を良好に維持保全し、ながく後世に引き継ぐことを目的として、 ここに憲章を定めます。
・私たちは、舞岡公園で自然と触れ合い、様々な生き物たちと共にあることを大切にします。
・私たちは、谷戸で引き継がれてきた文化や農体験を大切にします。
・私たちは、舞岡講演を市民の手作りによる市民のための公園にします。
絵を描かれる皆様へおねがい
この公園では「舞岡公園憲章」に基づいて、動植物の保護のため、化学肥料・農薬等を使っておりません。 つきましては、その主旨をご理解頂き、水と土等へのご配慮をお願いし、 次の事項にご協力ください。
・筆を洗った水は持ち帰る(容器がない場合はご相談下さい)
・園路や広場以外には踏み込まない
詳しくは小谷戸の里へ
小谷戸屋
小谷戸の里の門から中へと入っていくと、 舞岡公園田園・小谷戸の里管理運営委員会事務所の前に小谷戸屋があって、 ボランティアの方々が作られた品物が売られています。 この時には、米ぬか・草木灰・もみ殻・竹炭・竹トンボ・わら馬・ポックリ・草鞋などが販売されていました。 この谷戸で作製された案山子の写真をあしらったカレンダーもあったりします。
小谷戸屋はこんな店
私達は、横浜の原風景である谷戸を愛し、いつまでもこの姿を残し育んでいきたいと考えておりますが、 現実の自然環境保全の活動は大変です。 当店では、ボランティアの方々の苦心作を取り扱っておりますので、 皆様のカンパによるご利用が頂ければ幸いです。 ご厚志は、全額当公園の維持運営の一助とさせて頂きますのでよろしくお願い申し上げます。
お客様へ
ご面倒ながら、代金はカンパの竹筒の中に入れえ品物をお持ち下さい。 (両替は事務所まで) 宜しくお願いします。
−お知らせ−
小谷戸屋の品は、ボランティアが作製しております。 また、公園内の産物は園内の行事や整備等に使うことを基本としており、 余った物を小谷戸屋の品の材料としています。 そのため、ご好評の品がいつも揃えられるとは限りませんので、どうぞご了承ください。
小谷戸屋の品物(竹細工・ワラ細工・竹炭焼き・などなど)を作るボランティア募集中
継続的に作る意思のある方なら、初心者でもお教えします。 詳しくは事務所まで。
旧金子家住宅主屋
小谷戸屋を過ぎて奥へと進んでいくと、古民家「旧金子家住宅主屋」があります。 近年になって茅葺き屋根が葺き替えられたようで、真新しい淡い色をした屋根になっていました。 外には独楽やポックリなどの遊具が置いてあったりして、家族連れが休日のひと時を楽しんでいました。 主屋へ入っていくと、板の間の囲炉裏の上には天井から自在鉤が下がり、鉄瓶が掛けられていました。 この時にはボランティアの説明会のようなものが開かれていたようで、 主屋の座敷には多くの人が上がりこんでいました。 土間の壁には、舞岡公園開園10周年を記念して、2002年9月に古民家で行われた結婚式の写真が掲げられていました。 白い角隠しをした和服姿の花嫁行列の写真でした。
私の子供の頃には、結婚式といえば和式が一般的でした。 白い角隠しをした和服姿の花嫁が、仲人や親たちに付き添われて嫁ぎ先の家へと入っていきます。 式が終ると、家の前で待っている近所の人たちにお菓子などを入れた小袋を投げていました。 そのお菓子を貰いたくて、一生懸命に手を差し伸ばしたことを思い出したりします。 幸せを分け与えたいという気持ちからなのでしょうか、 私の故郷ではそんな慣習が続いていましたが、最近では見かけなくなりました。
古民家 懐かしい明治後期の古民家「旧金子家住宅主屋」
明治後期に建築されたと思われる旧金子家住宅主屋は、戸塚区品濃町にあったものを平成7年6月に 納屋なども含めて舞岡公園小谷戸の里に移築し、復元したものです。 建築様式は、木造平屋建て、寄棟茅葺屋根で、平成7年度に横浜市認定歴史的建造物に指定されました。 間取りは整形四間取りと呼ばれ、8畳の部屋を4室、田の字に並べたもので、 間仕切りにはすべて戸・障子が用いられて開放的になっています。 こうした間取りは、江戸時代末期から明治初期にかけて座敷で蚕の飼育をしたために、 間取りの壁を取り払った結果できたものと考えられています。
人生は七十才より
七十才にてお迎えあるときは 今留守と言へ
八十才にてお迎えあるときは まだまだ早いと言へ
九十才にてお迎えあるときは そう急がずともよいと言へ
百才にてお迎えあるときは 時機を見てこちらからボツボツ行くと言へ
ミニミニ博物館
古民家の一角に小谷戸の里ミニミニ博物館があります。 この辺りに生息している鳥や小動物や昆虫などが展示されていました。 また金子家の所蔵品の日記や高等小学読本や高等小学国史などもありました。 高等小学読本をちょっとめくってみると、難しい漢字が並んでいました。 よくは知らないのですが、「高等小学校」というのは現在の中学校に相当するのでしょうか。 「巻三」とあったので、今の中学三年生の国語の教科書に相当するということでしょうか、 かなり難しい読本のようでした。 参考までに、その最初の部分を載せておきます。 東京から汽車に乗って京都まで旅をする情景などを記した内容のようでした。 高等小学国史の最初のページには天照大神から今上天皇へと続く系譜が載っていました。
大人になって小学生の頃の教科書が無性に懐かしくなったりします。 特別に好きでもなく音痴でもあったはずなのに、何故だか音楽の教科書を見たくなって、 「小学生の頃の教科書はどうしたの?」と以前親に聞いたことがありましたが、 「捨てた」との答えを聞いてガックリしたことを思い出しました。 昔を懐かしく思うようになるのは、若さがなくなってきた証拠なのかも知れません。
第一課 春晴千里
春晴千里、山又山、水又水。 近き水は澄みて山の緑を浮かべ、遠き山は霞みて水に藍を流す。 東京を発せし我が汽車は、此の間に一線を引きて、今や東海道を下りつゝあり。 海に面して窓に倚る客、筆と紙とを手にして寫し出せるは、歌か、詩か、そもそも繪か。 七砲臺(品川菖砲臺)邊波穏やかにして、高く低く群れぶ鴎、落花の風にひるがへるに似たり。 帆を半ば張りて出で行く舟あり、櫓を繰りて横ぎる舟あり。 房總二州の山は霞に消えて探れども見えず。 松き處、色どり添ふるに桃の紅なるを以てす。 自然は是等の美を贈りて旅客を慰め、詩人は其の美を詠じて春に謝せんとす。 藤澤の野、山北の谷、人々唯美しと叫ぶ。 三保の磯に砕けて折れかへる波、波路の末に浮立つ雲、何ものか造化の妙筆に濡れん。 近き舟は行けども、遠き帆影は動かんともせず。 遠くかすかに横たはれるは伊豆なるべし。 富士は水彩もてゑがかれたるが如く、窓の右に立ち、又左に現る。 平原十里、麥は緑に、菜の花は黄なり。 熱田の社を左に見て春風に吹かれ行けば、名古屋の城はまがはぬ影を見せ初めたり。 彦根去り、草津来り、瀬田川を渡れば、京都も早近くなりぬ。 朝日将軍の遺蹟は何れの處ぞ。 霞に包まるゝ遠近の山影、或は淡く或は濃く、鳰の浦風波に眠りて、粟津の松原濁り昔に似たり。
やとひと情報館
小谷戸の里を後にして、谷筋に続く道をその先へと進んでいきます。 小谷戸池を過ぎていくと、水車小屋の先にやとひと情報館があります。 舞岡公園の一年の移り変わりや作業などが紹介されています。 また1993年から毎年恒例になっている「案山子祭り」の優賞作品の写真が展示されていました。 2006年は「カブ」,「やっぱだけ」,「豊作!!稲妻王子」,「稲藁乳母」,「みみずくパパ」,「谷戸の原始人」が 人気があったようです。
やとひと情報館
「雑木林」や「里山」と言った言葉が最近流行っている。 農的な営みの中で成立してきた人の手の入った自然−雑木林−は、 その分だけ「親しみ」や「懐かしさ」を感じることが出来る等、 雑木林の魅力については様々な方面で論陣が張られ讃歌されている。 ここ舞岡公園での雑木林の価値も、田んぼの水の水源として、 生き物の生活の場として、その他いろんな必要性・魅力があげられるのは言うまでもない。 しかし、あえて一言で言うなら「それがあることで、自分が、地域が、世の中が元気になる」存在なのである。 例えば、1年間の雑木林活動を示した図「雑木林の曼荼羅」を見れば、 この公園での市民の元気さが伝わってくるはず。 今、夢でも幻でもなく現実のものとして見事な曼荼羅が広がっているこの雑木林に、 市民が始めて鎌をいれたのはいつのころか。 改めて雑木林の持つ「関わり続けていく面白さ」を感じないわけにはいかない。
さあ、胸を張って謂おう! 「雑木林はわたしたちのまちの恋人!!
谷戸ってな〜に?
横浜市やその近辺には、小さな丘に囲まれた小さな谷がたくさんあり、 この谷を谷戸と呼びます。そこでは、雑木林に育まれた湧水が小川となり、 人々は田んぼや畑をつくって、ホタルやトンボ、タヌキやノウサギなど、 生き物たちと共にくらしていました。 都市化の前の横浜ではあちこちで見られた原風景です。
舞岡公園は谷戸の公園
この自然と農文化の息づく風景を残したいと願う市民が、 横浜市緑政局とともに試行錯誤を重ね、谷戸を中心にした公園が生まれました。 現在、市民団体「やとひと未来(舞岡公園田園・小谷戸の里管理運営委員会)」が 市からの委託を受け、市民の手で公園の田圃体験区域を運営しています。
あなたもいっしょに…
田んぼ、畑、雑木林、古民家、広報などなど、赤ちゃんからお年寄りまで、 好きなこと、得意なことで力を出しあい、楽しみながらこの公園をささえています。 詳しくは、小谷戸の里 事務局へ、ぜひいちどお立ち寄りください。
北門
きざはし池を過ぎていくと北門があります。 ここにも南門と同じ「お知らせ」が掲げられています。 門を過ぎた所に「舞岡公園案内図」と題した大きな看板が立っているので参考にしましょう。 この左手の丘は中丸の丘で、舞岡公園の谷戸や谷向かいのばらの丸の丘などを見渡せます。 以前には菜の花の咲く丘だったのですが、最近では花は見かけなくなりました。 右手の浅い谷筋にはさくらなみ池宮田池があります。 池の畔には枝垂れ柳の木が生えていて、絵になりそうな雰囲気のいい所です。
愛犬家のみなさんへ
舞岡の谷戸はやしは市民に残された数少ない野生動物たちの貴重な生息地の一つです。 このため、これより先へは愛犬と一緒には入場できません。 タヌキ・ノウサギ・キジなど、ふるさとの動物たちが安心して暮らすための環境作りにご協力下さい。 家族一員の愛犬に社会のルールを教え守らせることも飼い主の責任の一つです。
瓜久保
右手の池への分岐を見送っていくと、これまで続いてきた土の道が終わって舗装された道になってきます。 右手に広がる池や田んぼなどを眺めながら、少し幅が広がった緩やかな道を進んでいきます。 松原越休憩所への登り道を見送っていくと、左手に畑地になった浅い谷筋があります。 「至 きつねくぼ」と刻まれた石標のある所から広めの道が分かれていきます。 狐久保への分岐を見送っていくと車止めゲートがあります。 ゲートには「小谷戸の里500m」と書かれた板がくくり付けられていました。 その脇には公園の浮世絵風の地図が描かれた案内板もありました。 ゲートを抜けた左手に瓜久保があります。 ゲートの少し先の方に「ここより舞岡公園」の三本組の標柱が立っています。 舞岡公園はその辺りで終って、その先へ行くと舞岡ふるさと村へと続いていますが、 今回は左手の瓜久保へと入っていきます。 火の見櫓やトイレもあって小広くなった所です。 広場には「瓜久保の家」があって、土間付きの日本間のような雰囲気のする部屋では 自由に休憩していくことができます。
舞岡公園へようこそ
ここ舞岡公園は、市内でも残り少なくなった昔ながらの田園風景が残され、 横浜の特徴的な景観である谷戸の地形をいかした公園です。 田んぼや畑、雑木林などの農的自然を四季折々に育み続け、 そこに息づく生きものたちへの心配りも大切にし、 さまざまな生きものが織りなす豊かな自然の営みが末永く続くことを願って開設されました。 ここで多くの市民の汗と創意が何よりも重んじられています。 横浜市環境創造局と市民団体が、1993年6月の開園までの約10年間、 他にほとんど例のない公園の維持と運営に向けて少しずつ試行錯誤を重ね、 その成果が実りさまざまな工夫と知恵が活かされて現在にいたっています。 公園内の「田園体験区域」では、田や畑の農作業、雑木林の維持作業、自然観察会、炭焼き、わら細工、 季節の行事などが行われています。 ここの管理運営を行っているのが「舞岡公園田園・小谷戸の里管理運営委員会」です。 指定管理者としてさまざまな事業を行っており、作業参加のボランティアの方々や、 散策の市民の歓声や笑い声がいつも絶えない日常です。 茅葺き屋根の古民家では、竃の煙が立ち上り、敷居を一歩またぐとそこにはもう明治・大正時代にタイムスリプ! 囲炉裏や太い大黒柱がピカピカに黒光りしている佇まいは、そこにいるだけで身体全体が「ほっ!」とします。 ボランティアとして会の活動を支えている登録者は約400口。登録内容も多種多様。 登録関連諸経費として年間2000円と3000円のどちらかを選択し、登録時に支払います。 他に主に資金面で協力してくださる登録もあります。 内容は、田んぼ・雑木林・畑・古民家・農芸・会報編集・生物環境・谷戸学校・こども谷戸教室・親子自然教室などがあります。 谷戸学校は、会の運営を担うスタッフ(指導員)の養成を目的にした1年間の講座で、座学と実習があります。 作業を共にして一緒に流す汗は、それだけで心をなごませ会話が弾みます。 老若男女どなたでも参加できます。 お気軽に声をかけてください。
瓜久保池
木戸を過ぎていくと、浅い谷筋には階段状の田んぼが続いています。 みずき休憩所への分岐を見送っていくと、正面に瓜久保池があります。 周囲には野鳥もいるようで、探鳥目的の人もかなり見かけました。 池の奥には広場があります。 池の右手の畔にはカッパが相撲を取っている像があります。 ベンチも設置されているので、腰掛ながらひと休みしていきましょう。
飼い主のみなさんへ
犬を放さないで下さい。
公園内には地上を生活の場としているニホンキジ・コジュケイ・ノウサギなどがいます。 彼らを安心させてあげて下さい。 野生動物たちにも愛犬と同様な思いやりをお願いします。
三枚畑の森
カッパ像の右手からは前田の丘からくぬぎ休憩所へと続いていますが、 今回は左手に立つ「至 三枚畑の森」の標識の脇から続く横木の階段を登っていきます。 舞岡ふるさとの森から進んできた元の尾根道に出た所に「三枚畑の森」の標柱が立っています。 右手のすぐ先で道が二手に分かれていますが、 角に立つ道標「舞岡駅へ千五百米」に従って左手の道を進んでいきます。
森から出た所に「舞岡公園」の標識が立っています。 ここで舞岡公園は終わりになり、この先は一般の上倉田地区になります。 左手に広がる畑地を眺めながら、舗装されて広くなった道を真っ直ぐに進んでいきます。
畑には草花が一面に生えていて、春のいい香りを漂わせていました。 草花の名前は覚えてはいませんが、子供の頃には身近に沢山ありました。 土手道・空き地・小川・畦道などは子供達の遊び場になっていたものです。 自然の中でのびのびと育ってこれたように思います。
舞岡ふるさと村
ここから先は、公園地域ではありません。 これらの畑と田んぼは、舞岡の農家が丹精込めて耕作している私有地です。 入らないで下さい。
ビニールハウスの先で道が二手に分かれています。 角に立つ道標によると、右手へ登っていく坂道は「舞岡駅」、 正面の道は「小田急団地を経て戸塚へ」、今来た道は「舞岡公園へ」となっています。 右手の坂道を登っていくと、最初の農道出合の所から丘を越えて舞岡ふるさと村へと続いていますが、 今回はこの辺りで散策を終えて、正面の道を戸塚駅へと向っていきます。
右手の坂道を少し歩いてみました。 1分ちょっと登っていくと丘の上に着きます。 沿道には桜の大木が沢山生えていました。 蕾も大きく膨らんでいて、既に花を開いている枝もかなりあったりしました。
戸塚(とつか)駅
やがて左へと曲がっていく道を道なりに進んでいくと住宅地の中のT字路に出ます。 そこを右折して住宅地の中に続く道を進んでいきます。 道なりに少し左手へ曲がっていくと、五叉路になった広い車道に出ます。 車道を右手へと進み、左手からの道を合わせて緩やかに登っていくと小田急団地入口交差点に出ます。 そこを左折して、戸塚の街並みを正面に眺めながら車道を降っていきます。 日立和敬寮前バス停・吉田町バス停・東戸塚小学校入口バス停を過ぎ、 上倉田交差点を直進して柏尾川に架かる吉倉橋を渡っていくと、 戸塚駅(JR東海道線)の東口に着きます。 舞岡公園を出てから30分ほどで到着しました。
戸塚駅の地下通路の壁には、安藤広重の「東海道五拾三次之内戸塚」の特大の浮世絵があります。 戸塚の街には、原宿の一里塚跡・大坂上の松並木・上方見附跡・富塚八幡宮・沢辺本陣跡・(吉田)大橋・ 戸塚(元町)の一里塚跡・江戸方見附跡など、当時を偲ばせる史跡が旧東海道沿いに残っています。 駅の側を流れる柏尾川の土手道には桜が並木を作っていて桜の名所にもなっています。
歴史の道 東海道戸塚宿周辺散策案内図
戸塚宿は、品川・川崎・神奈川・保土ヶ谷に次ぐ五番目の宿場として、 神奈川・保土ヶ谷に3年遅れた慶長9年(1604)に成立しました。 戸塚宿は江戸から約10里(40km)で、当時の一般的な旅人の一日の行程の位置にありました。 しかも、隣接する宿場の保土ヶ谷宿と藤沢宿寄りに、県内では箱根に次ぐ難所の権太坂と大坂があることから、 江戸を出発した旅人の最初の宿泊地となったようです。 また、戸塚宿付近は大山道や鎌倉道への分岐点であり、 大山詣や鎌倉の寺社参詣の人々で大いににぎわったと伝えられています。