池子の森
散策:2007年01月下旬
【低山ハイク】 池子の森
概 要 池子の森は逗子市に広がる低い丘陵で、現在では在日米軍施設があって立入禁止になっています。 今回は逗子駅から池子の森の周囲を廻るようにして続く尾根道を通って十二所果樹園へと向かっていきます。 そこから熊野神社を経て朝比奈地区へと降り、朝比奈切通を越えて十二所地区へと歩いていきます。
起 点 逗子市 逗子駅
終 点 鎌倉市 十二所神社バス停
ルート 逗子駅…久木随道…久木神社…登り口…久木大池分岐…清寿苑分岐…十二所果樹園…展望台…六浦分岐…朝比奈分岐…切通分岐1…熊野神社…切通分岐2…朝比奈地区…朝比奈バス停…朝比奈切通入口…熊野神社分岐…朝比奈峠…朝比奈切通出口…梶原太刀洗水…泉橋…十二所神社バス停
所要時間 3時間20分
歩いて... 「山火事注意」の看板が点々と設置されていたり、「やまなみルート」の道標も見かけたので、 ハイキングコースとして認められたルートのようです。 しかし、道標類の整備はまだ十分ではないようで、どちらへ行けばいいのか迷う所もあったりします。 次第に歩く人が増えてきているようだし、道標類の更なる整備が期待されます。
関連メモ 朝比奈切通, 池子の森, 十二所果樹園, 朝比奈切通, 池子やまなみルート, 鎌倉アルプス, 鎌倉アルプス, 衣張山,
朝比奈切通
コース紹介
逗子(ずし)駅
逗子駅(JR横須賀線)から歩いていきます。
橋上にある西口の小さな改札口から出て、「山の根・池子方面→」の案内に従って階段を右手へ降り、 線路沿いの車道を進んでいきます。
久木随道
山の根歩道橋の架かる分岐を左折していきます。 すぐにあるY字路を左手へ曲がって道なりに進んでいくと、逗子駅から7分ほどで久木随道があります。 ナトリウム燈のついたトンネルを抜けて緩やかに降っていきます。 聖和学院の校門のある十字路を直進していくと、久木小学校の校庭に突き当たります。 そこを右手へ進んでいきます。
久木神社
久木デイサービスセンターの前を過ぎて左手へと曲がっていくとT字路があります。 池子の森へは右手へと進んでいくのですが、正面から右手へ入っていくと久木神社があるので、 ちょっと立ち寄っていきましょう。 稲荷社だからなのでしょうか、ここの鳥居にある注連縄は、他の神社のものとは少し違って橙色をしていました。 お下がりも白い紙の御幣ではなく、藁を束ねて太い房状にしたもので、同じく橙色に塗られていました。 鳥居を抜けてその先の石段を登っていくと社殿があります。 祭りでも近いのか、この時には赤い幟などを立てる作業が行われていました。
久木神社由緒
御祭神 宇迦之御魂命
相模風土記稿に「稲荷社妙光寺持」とあり、久野谷村の総鎮守として享和2年(1802)に再建された記録がある。 また「柏原明神社は柏原村の鎮守なり古は子の神と号せしが元禄中(1688〜1703)今の神号に改む」とあり、 ともに古社であったが、明治維新神仏分離令により、妙光寺の管理を離れ、明治6年(1873)稲荷社が鎮守として 「村社」に列格された。その後、明治7年両村が合併して久木村となるにおよび、両村民合議の上、 明治15年両社および字内鎮守五社が合併して久木村総鎮守とし「稲荷神社」と称し、社殿が新築された。 大正12年9月、関東大震災により社殿倒壊したが、大正14年10月、現社殿を新築した。 昭和19年11月、神饌幣帛料供進神社に昇格指定された。 昭和20年、終戦とともに神社制度の改正により、国の管理を離れ神社本庁に所属した。 昭和25年8月、境内官有地が神社に譲与され、昭和28年10月、宗教法人となり、 昭和45年7月、神社本庁および県知事の認証を得て、社号を「久木神社」と改称した。
久木神社を後にして住宅地に続く道を左手へと進んでいくと、2分ほどで十字路があります。 左手へと進んでいくと久木大池公園へと続いています。 公園からも池子の森の散策路へ登っていかれますが、今回はこの十字路を直進して、 久木中学校の裏手から登っていきます。
登り口
十字路を直進して、こんもりとした山を正面に見ながら進んでいくとT字路に突き当たります。 T字路を左折していくと程なくして久木中学校の脇に出ます。 その手前から右手へ続く細い道を進んでいきます。 民家の脇を過ぎていくとすぐに山際に突き当たります。 左手へ曲がって久木中学校の裏手を山沿いに進んでいきます。 突き当たりを右手へ曲がっていくと、久木中学校のプールの脇に出ます。 そこから小さな谷筋の奥へと続く金網に沿って山道が始まります。 逗子駅から25分ほどで到着しました。
突き当たりを左手へ曲がって、谷筋を右手へと登っていきます。 ほどなくして横木の階段が始まります。 右手には鉄線柵が続きます。 その向こう側は在日米軍施設のあるエリアになっていて、立入禁止になっています。 柵はこの先にもずっと続いていて、「立入禁止」の看板が点々と貼り付けられています。 その看板にマジックで道案内が書き込まれているものもあるので、 それらを参考にしながら歩いていきましょう。 かなり傾斜のある横木の階段を登っていくと、久木中学校のプールから3分ほどで尾根筋に着きます。 ここから左手へと続く尾根道を進んでいきます。
在日米軍施設につき立入りを禁ず
許可無き立入りは、日本国法令により罰せられます。
 (米海軍横須賀基地司令官、横浜防衛施設局長)
雑木林に続く緩やかな尾根道を鉄線柵沿いに進んでいきます。 小さな高みも幾つかあったりしますが、傾斜はそれほど急ではなくて道もしっかりと続いています。 両側に笹竹の生い茂る道が続きます。 この時は冬枯れの季節だったので見通しが良かったのですが、 夏草が生い茂る季節だと、どのような雰囲気になるのでしょうか。 尾根に登ってから7分ほど進んでいくと、 こんもりとした所に送電線の鉄塔「逗子分岐14号」が立っています。 そばには、逗子市消防本部の設置する「山火事注意 ひさぎ8」の立札も立っています。 14号鉄塔を過ぎて3分ほど進んで小高い所に着くと、 送電線の鉄塔「逗子分岐13号」と「ひさぎ9」の立札が立っています。 「山火事注意」の看板にもマジックで道案内が書かれていたりもするので、それらも参考にしながら進んでいきます。
この送電線の鉄塔は、ここから熊野神社の手前の辺りまで、散策路の続く尾根に沿って点々と設置されています。 また「緊急時はこの番号をお知らせください」と書かれた山火事注意の立札も、 尾根道に点々と設置されていて、散策路として認知されたルートになっているようです。
山火事注意
・吸いがらの投げ捨てを禁ず
・無断で火を焚くことを禁ず
久木大池分岐
岩が露出した高みを越えていくと、13号鉄塔から3分ほど、尾根に登ってから13分ほどで分岐があります。 角には真新しい道標が立っていて、正面の道は「やまなみルート」、 今来た道は「行き止り」となっています。 その道標にマジックで書き込まれたメモによると、正面の道は「十二所・朝比奈切通」、 今来た道は「久中プール出口10分」、左手へ降っていく道は「久木大池」となっています。 左手の道を進んでいくと、4分ほどで久木大池公園へ降りて行かれますが、 今回は正面の尾根道を十二所果樹園へと向かっていきます。
やまなみルート
左手の道を進んで久木大池公園へ降り立った所に、 真新しい「やまなみルート入口」の看板が設置されています。 「やまなみルート」はどこまで続いているのかは分かりませんが、 久木大池公園からここまで登ってきて、正面の尾根道へと続いているようです。 「行き止り」の表示もあることだし、 久木中学校の裏手からここまでの尾根道はあまりお薦めのルートではないということなのでしょうか。 しかし、この先の尾根道とこれまでの尾根道の状況などを比べてみても、特段の違いは見当たりませんでした。 逗子市消防本部の設置する「山火事注意」の立札も立っているし、 「行き止り」と表記されている理由はよく分かりません。 学校の裏手や民家の脇へ出るからというのが理由なのでしょうか。
久木大池分岐からその先へと進んでいくと、すぐに小高い所に着きます。 脇には送電線の鉄塔「逗子分岐12号」と「ひさぎ10」の立札が立っています。 鉄塔を過ぎてその先へと進んでいきます。 道の右手には、引き続き鉄線柵が続いています。 所々には「防衛施設」と刻まれたコンクリート杭があったりもします。 「ひさぎ11」の立札を過ぎていくと、久木大池分岐から5分ほどで 送電線の鉄塔「逗子分岐11号」の立つ小高い所に着きます。 鉄塔を過ぎて尾根道をその先へと更に進んでいきます。
清寿苑分岐
ひさぎ11」の立札を過ぎていくと、11号鉄塔から2分ほどで 送電線の鉄塔「逗子分岐10号」が立つ所に着きます。 ここで道が二手に分かれています。 鉄塔を取り囲む鉄柵に付けられた真新しい標識によると、 左手の道は「清寿苑・ハイランド」、今来た道は「久木大池」となっています。 正面の道は特に何も示されてはいませんが、ここは正面の道を進んでいきます。
(左手の道は「衣張山」を参照)
樹木の間からハイランドの街並みなどを眺めながら、笹竹の生い茂る尾根道を進んでいきます。 「ひさぎ23」の立札を過ぎていくと、清寿苑分岐から3分ちょっとで 送電線の鉄塔「逗子分岐9号」が立つ所に着きます。 岩が露出して切通しのような所を過ぎていきます。 9号鉄塔から3分ほど進んで小高い所に着くと、「ひさぎ24」の立札が立っています。 そこで左手へと道が分かれていきますが送電線の鉄塔への巡視路のようなので、 右手へと続く尾根道を降っていきます。 露出した岩の上を過ぎて桧林を抜けていくと、左手へ戻るようにして道が分かれて降っていきます。 そばに生えている樹木の幹にはその道を指すかのようにして黄色いペンキで矢印が書かれていました。 かなりしっかりとした道でしたが、そのまま正面の尾根道を進んでいきます。
(「ひさぎ24」の脇やその先から左手へ分れていく道は「池子やまなみルート」を参照)
岩の露出した坂道を軽く登っていくと、9号鉄塔から10分ほどで、 送電線の鉄塔「逗子分岐7号」や「ひさぎ25」の立札が立つ小高い所に着きます。 短い急坂を降って緩やかになった尾根道をその先へと進んでいきます。 「ひさぎ26」の立札を過ぎて軽く登っていくと、7号鉄塔から5分ほどでコンクリート塀が現れます。 塀に沿って左手へと進んでいきます。 「ひさぎ27」の立札の所で左手へ降っていく細い道が分かれていますが、 そのまま塀沿いに進んでいきます。 塀から少し離れていくと、笹竹が生い茂る所を過ぎていきます。 笹が道の上まで覆っていて、まるでトンネルのようになっていました。
(「ひさぎ27」の脇から左手へ分れていく道は「池子やまなみルート」を参照)
笹竹のトンネルを抜けていくと、 送電線の鉄塔「逗子分岐5号」や「ひさぎ28」の立札が立つ所に着きます。 そこを過ぎて再び塀沿いに進んでいきます。 程なくして塀から離れて植林帯を進んでいきます。 やがて近づいてくる塀に沿って暫く進んでいくと塀は終りになります。 その角には鉄の扉が設置されていましたが閉ざされていました。
十二所果樹園
扉を過ぎてその先へと進んでいくと道幅が広がってきます。 「ひさぎ29」の立札を過ぎて緩やかに登っていきます。 岩壁を切り開いたような所を過ぎていくと正面が開けて、目の前には十二所果樹園が広がっています。 久木中学校の裏手の登り口から45分ほどで到着しました。 右手に鋭角に曲がって、円弧を描くようにして進んでいきます。 谷側には黒色と黄色のトラロープが張られていて、果樹園と散策路とを隔てています。 右手の高みに立つ送電線の鉄塔「逗子分岐4号」を過ぎて、 浅い谷筋に広がる果樹園の上辺を横切るようにして進んでいきます。
お知らせ
この十二所果樹園は(財)鎌倉風致保存会の所有地です。 園内の樹木等保護のため立入りはご遠慮ください。
 (鎌倉風致保存会)
立入禁止
下記の期間、これより先は閉鎖しています。 通り抜け出来ません。
・5月11日〜6月30日
・8月21日〜10月30日
 (鎌倉風致保存会)
立入禁止
この十二所果樹園は(財)鎌倉風致保存会の私有地です。 梅、栗、柚子などの果実や野菜を持ち去ると窃盗罪になります。
果実の持去禁止
ひさぎ30」の立札を過ぎていくと、ロープが開いた所があります。 そこから果樹園へと降りていかれるようですが、 今回は果樹園に入っていくのは見送って、そのまま真っ直ぐに進んでいきます。 左右に延びる尾根の袂まで来ると、急傾斜の階段が始まります。 脇には「ひさぎ31」の立札が立っています。 左手へも道が分かれていますが、ロープが張られていて通行止めになっていました。 正面の階段を1分ほどで登り切って尾根に着くと、送電線の鉄塔「逗子分岐3号」が立っています。 ここで道が左右に分かれています。 熊野神社へは正面の尾根道を更に進んでいくのですが、 左手の尾根を少し進んでいくと展望台があるので、立ち寄っていきましょう。
展望台 (標高149m)
ススキの生い茂る所を抜けていくと、広くて緩やかな尾根道が延びています。 左手から登ってくる急傾斜の坂道を合わせてその先へ2分ほど進んでいくと、 小広くなった広場に着きます。 ここが展望台で、テーブルやベンチが幾つか設置されています。 神奈川県内広域水道企業団の設置する基準点もあったりします。 この展望台のある尾根は果樹園の中ほどに突き出るようになっていて、 その左右の浅い谷筋に果樹園が広がる形になっています。 展望台とは云っても塔のようなものがある訳ではなく単なる広場ですが、 展望が開ける所なのでそう呼ばれているようです。 樹木が少し邪魔をしていたりもしますが、かなり展望の開ける所です。 景色を眺めながらひと休みしていきましょう。 この時は生憎の曇天で、遠くの方はモヤっていてはっきりとは見えませんでした。
展望台でひと休みしたら、先ほどの3号鉄塔の所まで引き返して、 左手に広がる果樹園の上辺を横切るようにして続く尾根道を進んでいきます。 すぐに右手の一段高い所を通っていく道が分かれていきますが、 果樹園の端までくると再び合流します。 ここは十字路になっていて、左手は果樹園へ降っていく道、右手は先ほどの高みへ登っていく道ですが、 熊野神社へは正面の笹竹の生い茂る道へと入っていきます。 林床に笹竹の生い茂る植林帯を進んでいきます。 「ひさぎ32」の立札を過ぎていくと、 3号鉄塔から6分ほどで送電線の鉄塔「逗子分岐2号」の袂に出ます。 鉄塔の下をくぐってその先へと進んでいきます。
六浦分岐
背の低い常緑樹が混じるようになった植林帯を更に進んでいきます。 やがて植林帯が終って、笹竹の生い茂る雑木林へと変わっていきます。 「ひさぎ33」の立札を過ぎて笹竹の生い茂る坂道を登っていくと、 展望台から13分ほどの所に十字路があります。 角に立つ真新しい道標によると、右手の道は「六浦方面」、 正面の道は「熊野神社・朝比奈切通し」となっています。 左手の道や今歩いてきた道には何も示されてはいませんが、 左手の道を少し登っていくと、送電線の鉄塔「逗子分岐1号」が立つ小高い所で行き止まりになっています。 ここは正面の尾根道を更に進んでいきます。
(右手の道は「池子やまなみルート」, 「鎌倉アルプス」を参照)
六浦分岐を直進して、笹竹や背の低い常緑樹の生い茂る尾根道を進んでいきます。 少し降っていって緩やかな道になってくると、 六浦分岐から3分ほどの所で、左手の高みへと道が分かれていきます。 広めの道になっていますが道標などは見当たりませんでした。 正面付近の樹木の幹に黄色いペンキで「→」と右手を指す矢印が書かれていました。 ここは右手へ続く尾根道を進んでいきます。
左手の道を進んでいくと…
小さな高みを越えていく左手の道を進んでいくと、1分ほどで送電線の鉄塔「大-田31号」の袂に出ます。 その先は行き止まりになっていたので、鉄塔の巡視路のようでした。
朝比奈分岐
次第に降るようになる道を進んでいくと植林帯へと入っていきます。 日当たりが余り良くないのか、林床にはシダ類が沢山生えていました。 更に降っていって、ちょっとした岩が露出した所を降っていくと道が二手に分かれています。 先ほどの31号鉄塔への分岐から2分ほどの所になります。 辺りに道標などは見当たらず、どちらへ行ったらいいのか迷う所ですが、 ここは左手へと曲がっていく道を進んでいきます。
以前にここを歩いた時には手製の道標などがありましたが、撤去されたのか今回は見かけませんでした。 それによると、右手の道は「朝比奈」、左手の道は「熊野神社」、 今来た道は「果樹園・久木・逗子」となっていました。 (右手の道は「鎌倉アルプス」, 「朝比奈切通」を参照)
2分ほどで植林帯が終って、雑木林の中を進むようになります。 笹竹が生い茂るようになった道を軽く登っていくと、朝比奈分岐から5分ほどで分岐があります。 ここでも道標は見当たりませんでした。 正面の樹木に「←」矢印が書き込まれいて紛らわしいのですが、ここは右手へと進んでいきます。
左手の道を進んでいくと、送電線の鉄塔の脇を通って谷筋へと降ってしまいます。
切通分岐1
雑木林の中の道を進んでいくと、やがて背の低い常緑樹が生い茂る植林帯へと入っていきます。 先ほどの分岐から1分半ほど進んでいくと、道が二手に分かれています。 ここにも道標は見当たりませんでした。 右手の樹木に黄色ペンキで鳥居マークが書き込まれていました。 ここは右手の道へと入っていきます。
以前にここを歩いた時には手製の道標などがありましたが、撤去されたのか今回は見かけませんでした。 それによると、右手の道は「切通・十二所神社」、今来た道は「果樹園・ズシ駅」となっていました。 正面から左手へと曲がっていく道には何も示されてはいませんでしたが、朝比奈切通へと降っていく道です。 (左手の道は「鎌倉アルプス」を参照)
熊野神社
切通分岐1を右手へと進んで降るようになると、すぐ下に社殿が見えてきます。 社殿の左手に続く道を降っていくと、熊野神社の境内に降り立ちます。 展望台から35分ほどで到着しました。 脇には小さな祠もありました。 ここにあるのが本殿で、正面の石段を降った所に拝殿があります。 境内には横浜市の名木古木に指定されているスダジイの大木があったりもします。
境内はきれいにしましょう。ごみは捨てずに持ち帰って下さい。
 (熊野神社)
此のしき石をもちさらないで下さい。
 (熊野神社)
左手に続く石段を降っていくと、本殿から一段低い所に拝殿があります。 本殿よりも大きな社で、正面には鳥居も立っています。 構えも立派だし、こちらが本殿かと見間違えそうになります。 ここにも脇に小さな祠がありました。 こちらには横浜市の名木古木に指定されているスギやイチョウの大木がありました。 神社の由緒書きは見当たりませんでしたが、 朝比奈切通から登ってくる所にあるものを参考までに載せておきます。
朝比奈町鎮守 熊野神社
御祭神
速玉男之命、伊邪那岐命、伊邪那美命
御由緒
古傳に曰、源頼朝鎌倉に覇府を開くや、朝比奈切通の開削に際し、 守護神として熊野三社大明神を勧請せられしと、 元禄年中地頭加藤太郎左衛門尉之を再建す。 里人の崇敬亦篤く、安永及嘉永年間にも修築を加え、明治6年村社に列格、 古来安産守護に霊験著しと云爾
建物内への無断立入禁止
 (熊野神社)
拝殿の正面にある鳥居をくぐり、その先にある石段を降っていきます。 石段の先にある鳥居をくぐって、車止めの先を左手へと進んでいきます。
境内制札
一、社殿をいためぬこと
一、樹木をいためぬこと
一、鳥獣をとらぬこと
一、たき火をせぬこと
 (熊野神社)
切通分岐2
植林帯の中に続く緩やかでしっかりとした道を進んでいくと、熊野神社から2分ほどで分岐があります。 角には石標が立っていて、今来た道は「右 熊野神社」となっていました。 文字が刻まれている向きからすると、左手の道から来た人に対する案内のようでした。 左右の道は何も示されてはいませんが、 左手の道を3分ほど進んでいくと朝比奈切通の途中に出ます。 左手の高みへと登っていく細い山道もありますが、今回は右手の道を進んでいきました。
左手の高みへ続く道…
左手の高みへ登っていく道は、熊野神社の本殿の脇へと続いていて、4分ほどで着きます。 細めですが傾斜はそれほど急ではなくて、分かりやすい道になっています。
緩やかな尾根道を降り気味に1分半ほど進んでいくと、右手に細い道が分かれていきます。 正面にはほんの少し高くなった所があります。 右手の道はその高みを巻いていく巻き道になっています。 高みを越えて降っていくと、ちょっとした岩場の先で再び合流します。 こちら側から歩いていくとそれほどの傾斜もなくて巻き道の必要性は余り感じませんが、 向こう側から歩いてくると岩場があるので、巻き道があってもいいようにも思えてきます。
(写真は、高みを越えて巻き道と合流した所から振り返って写したものです)
雑木林の中に続く尾根道をその先へと進んでいくと、 軽く登った所に送電線の鉄塔「東京南線3・4号線No.53」が立っています。 鉄塔を過ぎて両側に鉄線柵が続くようになった尾根道を少し進んでいくと、 送電線の鉄塔「東京南線1・2号線No.53」が立っています。 そこを過ぎていくと、両側に背の高い笹竹が生い茂るようになります。 笹竹の回廊を進んでいくと、太い竹も混じる林になってきます。
朝比奈地区
竹林が終ると、それまで続いていた鉄線柵も終りになります。 右手にある小さな祠を過ぎて植林帯を進んでいきます。 雑木林へと変わって笹竹が再び生い茂るようになると崖の上に出ます。 道なりに右手へ曲がって、笹竹や常緑樹のトンネルを抜けていくと、高台にある畑地に降り立ちます。 畑地の中に続く道を正面へと進んでいくと「←通路」と書かれた看板が立っています。 看板に従って畑地の中の道をその先へと進んでいくと、程なくして降るようになります。 坂道を降っていくと、朝比奈地区の浅い谷筋にある畑地の舗装道路に降り立ちます。 熊野神社から16分ほどで降りて来られました。
朝比奈バス停
舗装道路を左手へ曲がって集落の中を降っていきます。 突き当たりを道なりに左手へと曲がっていくと、2分ほどで県道23号に出ます。 県道を左手へと進んでいくと、すぐに朝比奈バス停があります。 ここからバスに乗って帰ってもいいのですがまだ時間に余裕があったので、 朝比奈切通を越えて十二所まで歩いていくことにしました。
鎌倉駅(JR横須賀線)まで、[鎌24]鎌倉駅行きバスにて20分、 1時間に2本程度の便があります。 大船駅(JR東海道線)まで、[船08]大船駅行きバスにて25分、 1時間に1本から3本程度の便があります。 道路の向かい側のバス停からは、金沢八景駅(京浜急行本線)まで、 [金24][金25][金26][金28][船08][鎌24]金沢八景駅行きバスにて8分、 1時間に4本から6本程度の便があります。
朝比奈切通入口
朝比奈バス停の先の横断歩道を過ぎていくと、左手へと入っていく路地があります。 角には「朝夷奈切通 200m」の標識が立っています。 その道へと入ってまっすぐに進んでいきます。 朝比奈町内会館や鉄工所を過ぎていくと分岐があります。 そばには「朝夷奈切通」と記された石標があります。 「左 熊野神社」となっていますが、左手の道は鉄工所の奥で行き止まりになっています。 ここは右手の方の坂道を登っていきます。 そばには「朝夷奈切通」の解説板があります。 「朝比奈」は「朝夷奈」とも書くようです。
国史跡 朝夷奈切通
鎌倉幕府は、仁治元年(1240)六浦津との重要交通路として、 路改修を議定、翌年4月から工事にかかりました。 執権北条泰時自らが監督し、自分の乗馬に土石を運ばせて工事を急がせたといいます。 当時の六浦は、塩の産地であり、安房・上総・下総等の関東地方をはじめ、 海外(唐)からの物資集散の港でした。 舟で運ばれた各地の物資は、この切通を越えて鎌倉に入り、六浦港の政治的・経済的価値を倍増しました。 また、鎌倉防衛上必要な防禦施設として、路の左右に平場や切岸の跡とみられるものが残されています。 鎌倉市境の南側には、熊野神社がありますが、 これは鎌倉の艮(鬼門)の守りとして祀られたと伝えられています。 鎌倉七口の中、最も高く険阻な路です。
 (横浜国際観光協会、横浜市教育委員会文化財課)
保健保安林
保安林内で知事の許可なく次の行為をすることは禁止されています。
立木竹の伐採、立木の損傷、家畜の放牧、下草落葉落枝の採枝、土石樹根の採掘、開墾、 その他土地の形質を変更すること。
(注)これに違反した場合は、森林法の規定により処罰されます。
 (神奈川県自然保護課)
すぐ先にある庚申塔群を過ぎ、横浜横須賀道路の下をくぐって石畳の坂道を登っていきます。 3分ほど登っていくと、狭い切通しの間を抜けていきます。 両側には、シダ類が繁茂した高い崖がそそり立っています。
森はみんなのたからもの
やめよう火あそび たばこの投げすて!
 (金沢消防署、金沢火災予防協会)
熊野神社分岐
岩畳の道を更に登っていきます。 両側にある崖や道の岩畳を見ていると、岩盤を開削して造られたというのがよく分かります。 朝夷奈切通入口から6分ほどで分岐があります。 分岐には「右 かまくら道、左 熊野神社」の石標が立っています。 また「熊野神社」と刻まれた大きな石碑や神社の由緒書きなども設置されています。 ここを左手へ曲がって3分ほど先の分岐を右手へと進んでいくと、先ほど訪ねた熊野神社に着きますが、 今回は正面に続く朝夷奈切通の坂を越えていきます。
朝夷奈切通
落石に御注意ください。
 (横浜市金沢土木事務所)
朝比奈峠
岩がごろごろした坂道をひと登りしていくと、左右が切り立った岩壁になった峠に着きます。 朝比奈切通の中での最高地点で、この先からは降り坂になります。 ここは横浜市と鎌倉市との市境にもなっています。
左手の崖が大きくくり抜かれていて、その壁には等身大の仏像が一体彫られていました。 いつの頃に彫られたのでしょう。朝比奈切通ができた鎌倉時代からあったのでしょうか。 その下には小さな石積みが沢山並んでいました。
峠を過ぎて、シダ類の生い茂るようになった坂道を降っていくと、 やがて岩畳の道になってきます。 岩の上には水が流れていたりもするので、滑って転ばないように気をつけながら慎重に降っていきます。 峠から3分ほど降っていくと、石仏が一体佇んでいました。 いつの頃からここに立っているのでしょうか。 長い間風雨に晒されて、傷だらけのようです。 優しそうな顔を見つめていると、何だか癒されそうな気持ちになります。 この切通しを行き交う鎌倉時代の武士達も祈っていったのでしょうか。 石仏の上には一円玉や五円玉が沢山お供えされていました。
石仏を過ぎていくと道幅が少し狭くなってきて水も流れるようになった所がありますが、 またすぐに道幅は広がってきます。 左手に続く岩壁に沿って進んでいきます。 小さな流れを渡って更に降っていくと次第に道幅が広がってきます。 引き続き岩畳の道が続いています。 少し降っていくと、左手に登っていく道が分かれていきます。 熊野神社の手前にあった切通分岐1を直進してくると、ここに降りて来られます。
歴史的風土特別保存地区
昭和63年6月17日から、この地区は、歴史的風土特別保存地区になりましたので、 建築物、工作物の新築・増築・改築、土地形質の変更、木竹の伐採、土石の類の採取、 建築物、工作物の色彩の変更、屋外広告物の表示又は、掲出及び水面の埋立又は、 干拓の現状変更行為をするときは、許可がいります。 違反すると刑罰に処せられます。 なお行為の申請、質問等の申出は下記へ。
 (神奈川県横須賀三浦地区行政センター、鎌倉市役所)
朝比奈切通出口
分岐道を見送って岩畳の坂道を更に降っていくと、峠から11分ほどで左手に小さな滝があります。 その側には「朝夷奈切通」の記念碑が建っています。 滝のすぐ先にある車止めを過ぎるとT字路になっています。 その脇には「史跡 朝比奈切通」や「朝夷奈切通」の標柱も立っています。 左手の道は先ほど訪ねてきた十二所果樹園へと続いていますが、 右手の道を緩やかに降っていきます。
朝夷奈切通
鎌倉七口ノ一ニシテ鎌倉ヨリ六浦ヘ通ズル要 衝ニ当リ大切通小切通ノニツアリ土俗ニ朝夷 奈三郎義秀一夜ノ内ニ切抜タルヲ以テ其名ア リト伝ヘラルルモ東鑑ニ仁治元年(皇紀一九 〇〇)十一月鎌倉六浦間道路開削ノ議定アリ 翌ニ年四月経営ノ事始アリテ執権北条泰時其 所ニ監臨シ諸人群集シ各土石ヲ運ビシコト見 ユルニ徴シ此切通ハ即チ其当時ニ於テ開通セ シモノト思料セラル
 (昭和十六年三月建 鎌倉市青年団)
史跡 朝比奈切通
文化財をたいせつに
梶原太刀洗水
朝比奈切通が終って、土の道を右手へと太刀洗川沿いに少し進んでいくと、 川向こうの岩肌をくり抜いたような所から水が流れ落ちている所があります。 そこから管で川へと導かれていました。 解説板などは見当たりませんでしたが、これが梶原太刀洗水なのでしょうか。 石仏もあるとのことですが、草が邪魔をしていて確認はできませんでした。 この崖の上の方にでもあるのでしょうか。
寿永2年(1183)、梶原景時が上総介千葉広常を討ってその太刀を洗った所と云われ、 鎌倉五名水の一つとされている。この付近の地名に「太刀洗い」の名が残っている。
 (鎌倉市ホームページより抜粋)
泉橋
太刀洗川沿いの雰囲気のいい道を4分ほど進んでいくと住宅地になってきます。 舗装された道を川沿いに2分ほど進んでいくと、滑川に架かる泉橋があります。 ここで太刀洗川は滑川へと注いで終りになります。 泉橋を渡った所に道標が立っていて、左手の道は「十二所神社300m」、 今歩いてきた道は「朝比奈切通し400m、十二所果樹園600m」となっています。 ここは道標に従って左手へと滑川沿いに進んでいきます。
砂防指定地 太刀洗川
この土地の区域内において、宅地造成・家屋の新築・土採取等の行為をする場合は、 神奈川県知事の許可が必要ですから、藤沢土木事務所に御相談下さい。
 (神奈川県)
十二所神社(じゅうにそうじんじゃ)バス停
集落の中に続く道を2分ちょっと進んでいくと県道204号に出ます。 その左手の脇に十二所神社バス停があります。 朝比奈バス停から40分ほどで到着しました。
鎌倉駅(JR横須賀線)まで、鎌倉駅行きバスにて13分、1時間に3本から4本程度の便があります。
(この時は道路が渋滞していて25分ほどかかりました)