鎌倉回峰
散策:2007年01月上旬
【低山ハイク】 鎌倉回峰
概 要 鎌倉は三方を山に囲まれ、一方を海に面した地形になっています。 鎌倉の街を取り巻くようにして続く峰々には、 大仏・葛原岡/六国見山/天園/衣張山/祇園山の各ハイキングコースが設定されています。 今回は、鎌倉駅を起点にしてこれらのハイキングコースを順に巡り、再び鎌倉駅へと戻るルートを歩きます。
起 点 鎌倉市 鎌倉駅
終 点 鎌倉市 鎌倉駅
ルート 鎌倉駅…大仏・葛原岡ハイキングコース…六国見山ハイキングコース…天園ハイキングコース…衣張山ハイキングコース…祇園山ハイキングコース…鎌倉駅
所要時間 8時間10分
歩いて... 一つひとつのハイキングコースはそれほど長くありませんが、 五つのコースを続けて歩くとかなり歩き出があります。 陽の短い季節だと朝早めに出発するのがいいでしょう。 途中には富士山を眺められるポイントが幾つかありますが、 今回は雲がかかっていて綺麗な姿を望むことはできませんでした。
関連メモ 鎌倉アルプス, 六国峠, 衣張山, 名越切通, 祇園山, 鎌倉大町, 鎌倉アルプス, 六国見山, 鎌倉アルプス, 化粧坂,
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コース紹介
鎌倉(かまくら)駅
鎌倉駅(JR横須賀線)から歩いていきます。
西口の改札口から駅を出て、左手に続く御成通りを進んでいきます。
大町操車場跡
五叉路を直進し左右の路地を見送って、御成通りを真っ直ぐに進んでいきます。 4分ほどで御成通りを抜けると県道311号に出ます。 左手のすぐの所には江ノ電の踏切があります。 道路向かいには江ノ電の大町操車場跡があり、解説板と駅名を書いた往時を偲ばせる看板があります。 ここを右折して県道311号を真っ直ぐに進んでいきます。
江ノ電ビューポケットパーク
江ノ電は1902年に藤沢〜片瀬(現江ノ島)が開通し、その後鎌倉に向かって延長され、 1910年に藤沢〜小町(後に鎌倉に改称)が全線開通しました。 当時、39ほどあった停留所(現在は15駅)は、電柱に駅名の看板をつけただけの停留所が多かったようです。 この地には、1907年から1944年まで「大町停留所」がありました。 プラットフォームのある比較的大きい駅だったようです。 写真は、1935年頃に「大町停留所」から由比ガ浜通りを写したもので、 右側の電柱に「大町」の文字が読みとれます。 当時、由比ガ浜通りは鎌倉で最もにぎやかな商店街でした。
昭和初期の鎌倉長谷間の駅(停留所)。四角枠が現存する駅。
[鎌倉]−(蔵屋敷)−(大町)−(琵琶小路)−(学校裏)−[和田塚]−(原之台)−(海岸通)−[由比ヶ浜]−[長谷]
 (鎌倉由比ガ浜商店街振興組合)
三叉路の角に立つ六地蔵、お城風の寸松堂、石碑が並ぶ盛久之頸坐、商家風の安齊商店などを見ながら、 県道311号を道なりに進んでいくと、16分ほどで長谷観音前交差点に着きます。 正面の上の方には長谷寺が見えていますが、今回は訪ねるのを省略して、 交差点を右折して県道32号を進んでいきます。
六地蔵
此地は銭渇畑と称し鎌倉時代刑場 の蹟と伝へられ六躯の石造地蔵尊 を祀られしに由り俗に六地蔵と曰 ふ天明年間に建てられたる芭蕉翁 の句碑を有す大正七年鎌倉同人会 石柵石垣を築き此を整理せしが同 十二年大震災にて崩壊同十四年同 会復之を修理す_者有志相謀り新 に菩薩の六尊像を造り之を安置し 以て舊観に復するを得たり仍りて 石を建て其の所以を勅す
寸松堂
この建物は、鎌倉彫の店舗併用住宅として建てられたもので、 1階店舗部分のガラス戸、ショーウィンドーなどに近代洋風建築の技術が見られますが、 全体としては寺院建築と城郭建築が合体したような特異な外観が印象的です。 長谷にある白日堂も同一施工者の作品で、その外観も寸松堂と並び印象的です。
 (鎌倉市)
主馬盛久之頸坐
盛久ハ主馬入道盛国ノ子ニシテ平家累 代ノ家人ナリ、然ルニ平家滅亡ノ後京 都ニ潜ミ年来ノ宿願トテ清水寺ニ参詣 ノ帰途北條時政人ヲシテ召捕ヘシメ鎌 倉ニ護送シ文治二年六月此地ニ於テ斬 罪ニ・セラレントセシニ奇瑞アリ宥免 セラレ剰ヘ頼朝其所帯安堵ノ下文ヲ給 ヒシトイウ
 (鎌倉町青年団)
謡曲「盛久」と由比ヶ浜
平家の武将・平盛久は、源氏に破れ捕らえられて鎌倉に送られ、 この由比ヶ浜の地で首を切られることになりました。 盛久は、京都清水寺の観世音菩薩を深く信仰していたので熱心に祈りを続け、 処刑前夜に観世音の霊夢を見ました。 そしていざ処刑の時、持っていた経巻から光が発散し、 処刑人は目が眩んで振り上げた刀を取り落とし、太刀も二つに折れてしまいました。 これを聞いた源頼朝は盛久を招き「自分も同じ夢を見た、観世音のお告げである」と言って助命し、 盛久は所望されて舞を舞うのでした。
 (謡曲史跡保存会)
のり真安齊商店
安齊商店は、長谷界隈の商業地としての歴史を伝える貴重な建物です。 石造の基礎や土間、揚戸など近世の商家を思わせるつくりは創建当初の姿をよく留めています。 店舗の奥には、昭和13年に建てられた倉庫兼住宅も残されています。
 (鎌倉市)
高徳院
鎌倉長谷郵便局を過ぎていくと、長谷観音前交差点から4分ほどで高徳院に着きます。 今回は中に入って参拝するのは見送って、大仏の姿を遠くから眺めるだけに留めておきました。
私たちの宗旨
名称 浄土宗
宗祖 法然上人(源空)(西暦1133年〜西暦1212年)
開宗 承安5年(西暦1175年)
ご本尊 阿弥陀佛(無量寿佛)
称名 南無阿弥陀佛(なむあみだぶつ)
教え 阿弥陀佛を深く信じてひたすら南無阿弥陀佛と称えるだけで、 どんなに罪深い人でも必ず救われて明るい毎日を送り、 浄土に生まれることができる教えです
お経 お釈迦さまが説かれた無量寿経、観無量寿経、阿弥陀経の三部経をよりどころとします
 (鎌倉大佛殿 高徳院)
高徳院から大仏隧道へ向かっていきます。 隧道の手前から石段を登って大仏ハイキングコースを歩いていきます。 源氏山公園までくると大仏ハイキングコースは終って、葛原岡ハイキングコースになります。 葛原岡神社や浄智寺などを経て北鎌倉駅へと向かっていきます。
北鎌倉駅から大船方面へ進み、突き当たりから熊野神社を経て大船高校のある高野台へと向かっていきます。 高野台から六国見山ハイキングコースを登っていきます。 山頂からの眺めを楽しんだら稚児墓を経て山ノ内地区へと降っていきます。
山ノ内地区から小ピークを経て今泉台分岐へ向かっていきます。 そこから天園ハイキングコースを通って、勝上献・十王岩・鷲峰山・大平山などを経て天園へと登っていきます。 天園の岩場からの眺めを堪能したら、貝吹地蔵・はじめ弁天を経て明王院へと降っていきます。
明王院から犬懸橋まで県道を歩き、そこから衣張山へと登っていきます。 山頂からの眺めを楽しんだら、展望地や子ども自然ふれあいの森を経てパノラマ台へと向かいます。 パノラマ台からの眺めを堪能したら、大切岸から名越切通を経て名越踏切へと降っていきます。
名越踏切から県道を進んで八雲神社へ詣で、そこから祇園山ハイキングコースを歩いていきます。 祇園山展望台からの眺めを楽しんでから尾根筋に続くハイキングコースを高時腹切りやぐらへと向かい、 東勝寺跡を過ぎて東勝寺橋を渡っていきます。
鶴岡八幡宮
東勝寺橋を渡り「紅葉山やぐら」への道を右手に見送って真っ直ぐに進んでいくとT字路に出ます。 道標「宝戒寺100m」に従って右手へと進んでいくと県道204号に出ます。 そこを左手へ200mほど進んでいくと、鶴岡八幡宮の三ノ鳥居の所に着きます。 太鼓橋の脇から境内へ入っていくと、両側に源氏池と平家池があります。 広い参道を進んでいくと舞殿があり、その先の石段を登っていくと本宮があります。 参道の脇に大きな「史跡鶴岡八幡宮境内案内図」があるので参考にしましょう。 この時には松の内の最後とあって食べ物などを販売する出店が沢山並んでいました。 初詣をして帰ろうかとも思っていたのですが、 余りに多くの人出だったので、遠くから遥拝するだけに留めておきました。
鶴岡八幡宮
御祭神 応神天皇、比売神、神功皇后
当宮は源頼義公が前九年の役平定後、康平6年(1063)報賽のため由比郷鶴岡の地に八幡大神を勧請したのに始まる。 治承4年(1180)源頼朝公は源氏再興の旗を挙げ、父祖由縁の地鎌倉に入ると、 まず由比郷の八幡宮を遥拝し「祖宗を崇めんが為」小林郷北山(現在地)に奉遷し、 京に於ける内裏に相当する位置に据えて諸整備に努めた。 建久2年(1191)大火により諸堂舎の多くが失われたが、頼朝公は直ちに再建に着手し、 大臣山の中腹に社殿を造営して上下両宮の現在の結構に整えた。 以来当宮は武家の守護神として北条・足利・後北条・徳川各氏も社領等の寄進、社殿の修造を行い篤く尊崇した。
鶴岡八幡宮
鎌倉に八幡宮を祀ったのは、八幡大神が清和源氏の氏神であり、源頼義、義家、頼朝らが鎌倉を根拠地としたからです。 治承4年(1180)源氏再興の旗を上げた源頼朝は、直に社頭の整備に取り掛かり、御台所政子の安産祈願のため、 由比ヶ浜に至る参拝道を(現在の段葛)を造りました。 建久2年(1191)には、今日まで続く上・下両宮の姿となり、頼朝の征夷大将軍の任命拝受が神前にて執り行われました。 境内は国の重要文化財を擁する史跡として、史都鎌倉にて四季折々繰り広げられる数々の行事の中心となっております。
鶴岡八幡宮を後にして鎌倉駅へと向かっていきます。 正面の若宮大路や段葛を通っていってもいいのですが、 今回は100mほど線路側にある小町通りを歩くことにしました。 三ノ鳥居を出て右手へ進んでいきます。 道路が右手へ曲がっていく角から左手へと小町通りが始まります。 その入口の所に鎌倉十井の一つの鉄の井があります。 鉄の井を過ぎて小町通りを進んでいきます。 松の内とあってか通りは大勢の人出で満ちていて、思うように前に進むことができません。 ゆっくりとしたペースで気長に歩いていきました。
鉄の井(くろがねのい)
この井戸は鎌倉十井の一つです。 かつて扇ヶ谷に所在した新清水寺に蔵されていたと伝わる鉄観音像の首が この井戸の中から掘り出されたということから、 この名がついたといわれています。
 (鎌倉青年会議所)
鎌倉(かまくら)駅
8分ほどかかって小町通りを抜けると、鎌倉駅(JR横須賀線)の東口に着きます。
朝早めに鎌倉駅の西口を出発しましたが、鎌倉の街を取り巻く山々をひと巡りして東口に戻ってくると、 陽の短い季節ということもあって、日暮れ近くになっていました。