大山西尾根
散策:2006年12月下旬
【低山ハイク】 大山西尾根
概 要 大山西尾根は諸戸から丹沢大山へと続く尾根で、コンピラ尾根や諸戸尾根とも呼ばれています。 今回は諸戸から西尾根を大山へと登っていきます。 山頂からは唐沢峠へと続く尾根の途中から分かれて大沢分岐を経て梅の木尾根を降り、 その途中から浄発願寺奥の院へ降りて日向薬師バス停へと向っていきます。
起 点 秦野市 ヤビツ峠バス停
終 点 伊勢原市 日向薬師バス停
ルート ヤビツ峠バス停…門戸口…諸戸…13番鉄塔分岐…諸戸尾根…12番鉄塔分岐…北側巻き道…展望地(北側)…展望地(東側)…大山…見晴台分岐…989m峰…893m峰…778m峰…大沢分岐…梅の木尾根…二ノ沢ノ頭…浄発願寺奥の院分岐…奥の院岩屋…浄発願寺奥の院(跡)…日向林道…石雲寺…浄発願寺…白髭神社…日向薬師バス停
所要時間 6時間10分
歩いて... 諸戸から大山へと登るルートは地形図には載っていませんが、ハイキング用地図には細い破線で載っています。 登り坂が続くコースで、かなりの傾斜の所もあって脹脛が痛くなったりもしました。 降りに選んだ唐沢峠へと続く尾根から分かれて梅の木尾根を降るルートは地図には載っていません。 痩せた所などもあったりしますが、かなり知られたルートのようです。 整備が行き届いているという訳ではありませんが要所には道標などもあって、迷いそうな所はありませんでした。
関連メモ 大山参り蓑毛のみち, 丹沢大山, 梅の木尾根, 大山北尾根, 鐘ヶ嶽北尾根, 日向山, 丹沢大山, 梅の木尾根
コース紹介
ヤビツ峠(やびつとうげ)バス停
秦野駅(小田急小田原線)の北口から、[秦21]ヤビツ峠行きバスにて38分、 便は少ないので事前に確認しておきましょう。
 土曜 7:35 8:18 8:55 14:45...
 日曜 7:35 8:18 8:55 9:20 14:45...
乗客が多いようだと定刻の少し前に臨時便が出るようですが、今回は運行されませんでした。 峠にあるトイレの壁には色々な貼り紙がありました。 「地名・山名の由来」や「丹沢 山の高さベスト40」というのがありました。 丹沢には1000m以上の山が63峰あるのだそうで、 1位は蛭ヶ岳(1673m)で、塔ノ岳(1491m)は12位、今回登る大山(1252m)は36位となっています。 「クマ出没注意」の貼り紙もありました。 3ヶ月ほど前のことのようで、先行きに不安を感じながらのスタートになりました。
丹沢大山国定公園
丹沢は、素晴らしい自然や景色を残すため、自然公園に指定されています。 中心部は丹沢大山国定公園(26,345ヘクタール)で、 これらをあわせると神奈川県の面積の約1/6にもなります。
・昭和35年(1960):神奈川県立自然公園に指定。
・昭和40年(1965):中心部を丹沢大山国定公園に指定。
自然にやさしい登山を心がけていますか
【階段や木道を歩きましょう】 登山道沿いや山頂では、登山者の踏みつけによって植物が枯れて荒地が広がっています。 山を愛する登山者のみなさん、歩きにくくても階段や木道を歩きましょう。
【野生動物と共存するために】 餌を与えないでください。餌をもらうことを覚え自分で餌をとれなくなった動物は、野生では生きていけません。 ペット同伴は控えてください。ペットから野生動物に病気が移ったり、 逆にペットが病気を持ち帰る原因になります。
【紙は持ち帰るのが「山のトイレ」のマナーです】 下水道も電気もない山のトイレ。し尿はバクテリアによって処理されますが、 紙までは分解できないため、持ち帰りをお願いします。
【ゴミはすべて家まで持ち帰りましょう】 生ゴミは土に帰るからいいと捨てていく人がいますが、分解には数十年かかるうえ、 野生動物がゴミをあさることがキャンプ場などで問題になっています。
 (神奈川県自然環境保全センター)
クマ出没注意
平成18年9月28日午前6時頃、秦野市菩提地内にクマが出没しました。 ハイカー・登山者は、ご注意ください。
もしもクマに遭遇してしまったら…
《すみやかに遠ざかりましょう》  刺激しないようにし、あわてないで静かに立ち去りましょう。決して走って逃げだしたりしてはいけません。逃げるものを追いかける習性があります。
《もし近づいてきたら》  大声を出さず、リュックサックなどの持ち物をひとつずつ置いて、クマの気をそらしながら、ゆっくりと立ち去りましょう。
《子グマを見かけたら》  近くに親グマがいます。危険ですので、速やかに安全なところへ立ち去りましょう。
 (秦野市観光課、秦野警察署、秦野市環境保全課)
バス停を後にして駐車場の脇に立つ 「丹沢表尾根方面 これより1.5km先 富士見橋渡り左折」の案内表示に従って、 その先へと続く県道70号を進んでいきます。 県道とは云っても山の中の道なので、自動車はたまにしか通っていきません。 等高線に沿うようにして緩やかに2分ほど降っていくと、土の道が左手へと分かれています。 手前には車止めゲートが設置されています。 旧ヤビツ峠への道で、少し先で行き止まりになっています。 その道を見送って県道を更に進んでいきます。 左手に石垣が続くようになると、ヤビツ峠から10分ほどの所にカーブミラーが設置された曲がり角があります。 「名水きまぐれ喫茶」の大きな看板も設置されています。 県道はこの先で左手へと曲がり、富士見山荘や「護摩屋敷の水」を経て門戸口へと続いていますが、 地図を見るとかなり遠回りになりそうな感じです。 ガードレールがそこだけ途切れていて、カーブミラーの脇から細い山道が植林帯へと続いています。 このまま県道を歩いていくよりもこの山道の方が早く着くだろうと思って降っていきました。
門戸口
植林帯の中に続く山道を降っていくと、すぐに「神奈川県森林公社分収造林地」の看板が立っています。 林業関係者以外には利用しない道なのか、少し歩き難い所もあったりしますが、 分岐もなくて道なりに降っていきます。 やがて正面に広場や建物などが見えてくると、県道から7分ほどで広場に降り立ちました。 少し歩き難い山道だったので、短いわりには時間がかかったようです。 広場を左手へと進んで小さな橋を渡っていくと県道70号に出ます。 ここが門戸口になります。 ヤビツ峠から20分ほどで到着しました。 県道をそのまま進んでくるよりも早く着いたのかどうかはよく分かりませんでした。 左手には「名水きまぐれ喫茶」があって、名水コーヒーやママの手作りケーキなどが人気のようです。 店の前には名水を飲むことのできる蛇口があって柄杓も用意されています。 また、そばにはお宿の青山荘もありました。 オートキャンプやバーベキューもできるようでした。 県道に沿って流れているのは藤熊川で、左手には門戸口橋が架かっています。 角に立つ道標によると、正面の道は「札掛・宮ヶ瀬」、左手の道は「ヤビツ峠」となっています。 ここは道標「札掛・宮ヶ瀬」に従って、正面に続く県道70号を藤熊川に沿って進んでいきます。
お客様にお願い
勝手ながら水くみは防犯のため、お店の開店中のみといたします。 閉店後の水くみはご遠慮くださいます様お願いいたします。
 (店主)
保安林区域図
この区域は森林がもっているいろいろな働きを守るため、保安林に指定されています。 保安林内で木を伐採したり、植物や土石を採取するときは許可が必要です。 くわしい事は右記へお問い合わせ下さい。
 (神奈川県湘南地区行政センター農林部林務課)
ここは鳥やシカなどの動物たちを保ごしている場所です。 皆さんもかわいがってください。
 (神奈川県)
諸戸
藤熊川を流れる水音を左下に聞きながら県道を緩やかに降っていきます。 桧沢橋を過ぎ材木置場を過ぎていくと、門戸口から10分ほどで建物が幾つか建っている所があります。 ここが諸戸になります。
入口の脇に道標が立っていて、 正面の道は「札掛 約50分」、これまで歩いてきた道は「ヤビツ峠 約45分」となっています。 入口の坂の右手にある大きな樹木の袂に「至 大山2時間半」の標識がありますが、 余りにも地面に近い所にあるので見落としてしまいそうです。 今回はここから丹沢大山へと登っていきます。 諸戸山林事務所の前を通り過ぎて小さな鳥居をくぐって森の中へと入っていくと、 すぐに小振りの諸戸神社が左手にあります。 神社の由緒などを記したものは見当たりませんでしたが、これからの散策の安全をお祈りしていきましょう。
カンスコロバシ沢
諸戸神社の前を過ぎてその先の植林帯へと進んでいきます。 極細い流れを横切っていくと、すぐにカンスコロバシ沢に出ます。 沢には砂防ダムが点々を設置されていて、堰提を流れ落ちる水が心地よい音を響かせていました。 この沢に沿って進んでいきます。
13番鉄塔分岐
カンスコロバシ沢に沿って進んでいくと、諸戸から3分ほどの所に小さな木橋が架かっています。 その橋を渡っていくと道が二手に分かれています。 角には送電線巡視路の黄色い標識が立っていて、左手の道は「新多摩線13号に至る」、 右手の道は「新多摩線12号に至る」となっています。 また樹木の袂に「大山登口」と書かれた手製の道標があって右手の道を指しています。 沢沿いの道は正面へと続いているようでしたが、ここは右手の道を進んでいきます。
諸戸尾根
植林帯の中に続く山道を登っていきます。 横木の階段や木の根が張り出した所もあって急な登り坂が続きますが、 分岐などはなくて道に迷うようなことはありません。 斜面を通ったり小尾根を通ったりして続く急坂を9分ほど登っていくと、 左傾斜の斜面を横切るようにして続く緩やかな道になってきます。 そこを過ぎて再び傾斜の増した山道を3分ほど登っていくと、諸戸から17分ほどで尾根に着きます。 手元の地形図によると標高750mほどはあるようです。 右から左へと広くてしっかりとした尾根道が通っています。 左右のどちらへ行ったものかと辺りを見回してみても道標の類はありませんでした。 右手の道は方向からして檜沢や県道の方へ降りていくように思えるので、 ここは左手へと続く尾根道を登っていきました。 この尾根の正式名称は知りませんが、コンピラ尾根とか諸戸尾根とか呼ばれているようです。
12番鉄塔分岐
植林帯に続く広い尾根道を登っていくと、程なくして雑木林へと変わっていきます。 左手に送電線の鉄塔を眺めながら登っていくと、尾根に出てから2分半ほどで尾根の肩に着きます。 その先へと少し降り気味に続く尾根道を進んでいくと、すぐに分岐があります。 角に立つ送電線巡視路の標識によると、右手に降っていく道は「新多摩線12号ニイタル」となっています。 正面の尾根道は何も示されてはいませんが、ここは正面の尾根道を更に進んでいきます。
浅い鞍部を過ぎて坂道を登っていきます。 程なくして左手に鹿避け柵が続くようになると、左手が開けてきます。 真上には送電線が通っていて、左手の谷筋の向こうにある尾根には鉄塔も見えています。 沢筋にあった標識からすると13番鉄塔のようです。 振り返ると丹沢三峰の特徴的な姿も見えていました。
柵沿いに4分ほど進んでいくと柵は終わって、雑木林へと変わっていきます。 緩やかな箇所も少しはあったりもしますが、概ねは登り坂が続いています。 痩せた所や岩がゴロゴロした所もあったりしますが、道はしっかりと続いています。 植林帯を掠めて砕石の道を登っていくと、諸戸尾根に乗ってから18分ほどで尾根の幅が広がってきます。 しかし傾斜がかなりあって、脹脛が痛くなってきたりもします。 時々は立ち止まったりしながら休み休み登っていきます。 あそこのピークに着いたら少し休憩しようと思いながら登っていきますが、 いざ着いてみるとそこはピークではなくて、更にその先へと登り坂が続いていたりします。 そんなことを何度か繰り返しながら、 リュックを下ろして休憩する機会が得られないまま、ズルズルと坂道を登っていきました。
雑木林の尾根道を更に登っていきます。 この時は冬枯れの木立が続くばかりで殺風景でしたが、新緑の頃には綺麗な景色になるのでしょうか。 時々は後ろを振り返ってひと息入れながら、広いながらも急な坂道を登っていきます。 20分ほど登っていくと、緩やかな尾根道がしばらく続くようになります。 少し降り気味の所もあったりして、登り坂で疲れた脹脛を休めながら歩いていきます。 この先は再び登り坂が続くようになるので、 この辺りの適当な所でリュックを下ろして休憩していきましょう。
疲れも癒えたところで、尾根道を更に進んでいきます。 緩やかな尾根道を少し進んでいくと、程なくして登り坂になってきます。 振り返ると、丹沢の山並みを見渡せる所もあったりします。 岳の台から菩提峠にかけてでしょうか、山肌が露出した小さな山も見えていました。 次第に稜線が近づいてきて、樹木の間からは左手の上の方に大山の電波塔が見えるようになります。 気のせいか、この場所との標高差はそれほどはなさそうにも思えます。 もう少しで頂上に着くようだと思うと、何だか元気が出てきたりします。
(実際には25分ほどかかりました)
緩やかな尾根の所から11分ほど登っていくと、笹竹が生い茂るようになります。 この時には冬枯れていましたが、若葉が芽吹くとどんな雰囲気になるのでしょうか。 次第に道が抉れて傾斜も増してきて、少し歩きにくくなってきます。 今朝は寒かったので、道端には霜柱があったりもしました。 笹竹が一旦途切れて広くなった疎林を進んでいくと、またすぐに笹竹が生い茂るようになります。
北側巻き道
笹竹の生い茂る坂道を17分ほど登って緩やかな道になってくると、 右手の樹木が低くなって明るくなってきます。 広がる景色を眺めながら笹竹の間に続く道をその先へと登っていくと広い道に出ました。 諸戸から1時間30分ほどで到着しました。 脇には「水源協定林」の看板が立っています。 右手の数10m先の所に鳥居が見えていたので試しにそこまで行ってみると、 それは大山の山頂へと続く表参道にある鳥居で、その脇には「二十七丁目」の石標も立っていました。 登り着いたこの道は、その鳥居の左手から分かれて大山の北側にある展望地へと続く巻き道になっています。 今回はここまで引き返してきて、左手の道を北側の展望地へと向っていきました。
神奈川県「水源の森林づくり」契約地(水源協定林)
水資源を大切にしましょう。
 (神奈川県農政部水源の森林推進室、神奈川県湘南地区農政事務所森林保全課)
展望地(北側)
横木の階段混じりのしっかりとした道を2分ほど軽く登っていくと、 丹沢などの山並みを一望できる展望地に着きます。 諸戸から1時間40分ほどで到着しました。 展望地の先には先ほど見えていた電波塔が建っています。 ここは大山の山頂から一段低い所になりますが、この先1分もすれば山頂なので、 頂上の一部といっても良さそうな所です。 この日は朝早くに出発したこともあって正午にはまだ時間がありましたが、ここで昼食タイムにしました。 登ってきている人はまだ多くはありませんでしたが、 食事をしているうちにハイカーの数が次第に増えてきました。
展望地からは、北から西にかけての眺めが広がっています。 「大山山頂から見た景観」と題して、ここから望むことのできる山々の名前を記した案内板も設置されています。 朝方は晴天だったのですが、いつ湧き出してきたのか、手を伸ばせば届きそうな低い所に雲が流れていました。 晴れていれば正面には丹沢の山並みが、左手の方には富士山を望めるのですが、 登り着いた時には辺り一面は白い霧のベールに包まれていて、全く何も見えない状況でした。 雲の流れていくのが速かったので暫く待っていると、 丹沢の辺りの雲が晴れてきて山並みを見渡すことができました。 三ノ塔へと続くよもぎ尾根や新大日へと続く長尾尾根、その奥の方に聳える丹沢主稜の峰々も綺麗に見えました。 しかし富士山は結局その姿を見せてはくれませんでした。
大山山頂から見た景観
丹沢・大山国定公園 丹沢山頂 標高1251.7m
二ノ塔1140m、富士山3776m、三ノ塔1205.2m、南アルプス、行者岳1180m、塔ノ岳1490.9m、 新大日1340m、日高1401m、竜ヶ馬場1504m、不動の峰1614m、丹沢山1567.1m、瀬戸沢の頭1375m、 太礼の頭1352m、円山木の頭1360m、本間の頭1345.4m、秩父連山
 (健康・文化都市−伊勢原)
展望地(東側)
電波塔の右手にある化粧処の脇を抜けた所にも展望地があって、東から南にかけての眺めが広がっています。 天気がいいと、相模平野に広がる街並みや相模湾や房総半島までも見える素晴らしい景色が広がっているようですが、 この時には霧が出てきて全体が白く霞み、ほとんど見えませんでした。 何度か登っている大山ですが、いつも霞んでいて綺麗な景色にはまだ出会えていません。 手前の方は霧が少し薄くなっていて、左手へと延びる尾根筋が見えていました。 これから向う唐沢峠へと至る尾根なのでしょうか。
大山 (標高1252m)
東側の展望地から抉れて歩き難い横木の階段をひと登りすると、大山阿夫利神社の本社の建つ山頂に着きます。 大山の山頂は「かながわの景勝50選」にも選ばれている眺めの素晴らしい所です。 奥の院の建つ一番高い所には「丹沢大山国定公園 大山山頂 標高1251.7m」の標柱が立っています。
本社のある少し低い所には「国定公園 大山頂上本社 標高1247m」の石標が立っています。 石標の後ろにある樹木は御神木の「雨降木(あめふりのき)」になります。 参考までに、下社の所にある神社の由緒書きを載せておきます。
大山々頂
神奈川県の自然公園
自然公園とは、すぐれた自然の風景地の保護とその利用の増産を目的に指定されています。 神奈川県では、富士箱根伊豆国立公園箱根地区を始めとして、 丹沢大山国定公園、県立奥湯河原自然公園、県立真鶴半島自然公園、県立丹沢大山自然公園及び、 県立陣馬相模湖自然公園と、6箇所の自然公園があり、 ここ大山は丹沢大山国定公園内に位置します。
貴重な自然を大切にしましょう!!
 (環境庁、神奈川県)
大山阿夫利神社の由緒
大山は、またの名を「あふり山」という。 あふりの名は、常に雲や霧を生じ、雨を降らすのでこの名が起こったといわれる。 標高は1251.7mで、関東平野にのぞんで突出している雄大な山容は、丹沢山塊東端の独立峰となっている。 阿夫利神社は、古代からこのあたりに住む人達の心のよりどころとなり、 国御岳(国の護りの山)・神の山としてあがめられてきた。 山野の幸をつかさどる水の神・山の神として、また、海上からは羅針盤をつとめる海洋の守り神、 さらには、大漁の神として信仰をあつめると共に、庶民信仰の中心として、今日に及んでいる。 山頂からは、祭りに使ったと考えられる縄文時代(紀元前約1,000年頃)の 土器片が多く出土していて、信仰の古さを物語っている。 仏教が伝来すると神仏習合の山となり、阿夫利神社は延喜式内社として、 国幣の社となった。武家が政治をとるようになると、代々の将軍たちは、開運の神として武運の長久を祈った。 引目祭・筒粥祭・雨乞い・納め太刀・節分祭・山開きなど、 古い信仰と伝統にまもられた神事や、神に捧げられる神楽舞・神事能・狂言などが、昔のままに伝承されている。 全山が四季おりおり美しい緑や紅葉におおわれ、神の山にふさわしい風情で、 山頂からの眺望もすばらしい。都市に近いため、多くの人達に親しまれ、常に参詣する人の姿が絶えない。
見晴台分岐
45分ほどいた大山の山頂部を後にして、 道標「見晴台2.2km、不動尻4.2km」に従って、東側の展望地の右手から続く横木の階段を降っていきます。 途中で緩やかな部分もありますが、その先で再び横木の階段が続くようになります。 両側に笹竹の生い茂る横木の階段を降っていくと、山頂から12分ほどで分岐があります。 角に立つ道標によると、正面の道は「(見晴台経由)日向薬師5.9km、下社3.1km」、 左手に分かれていく道は「不動尻3.9km、広沢寺温泉バス停7.1km」、今降ってきた道は「大山0.6km」となっています。 道標の支柱は以前のままでしたが、板の部分だけが真新しくなっていました。 今回はここを左折して、唐沢峠へと続く尾根道を降っていきます。 左の道に入ってすぐの所に、以前の道標のものと思われる「不動尻3.7km」と書かれた板が落ちていました。 頂上にあった道標や落ちている道標やここにある道標との間には距離に若干の相違があるようですが、 あまり気にしないことにしましょう。
(後日に見晴台への道を歩きました。「丹沢大山」を参照)
お知らせ
最近、鹿による事故が起きております。 鹿にえさをやったり、近づかないようにしましょう。
 (神奈川県丹沢大山自然公園管理事務所)
笹竹の生い茂る横木の階段を降っていきます。 かなり段差があったり土が抉れている所もあって、歩き難い思いをしながら降っていきます。 一旦は少し緩やかな道になりますが、再び傾斜の急な横木の階段を降るようになります。 尾根には冬枯れの雑木が生えていて、両側には笹竹が生い茂る道が続きます。
見晴台分岐から9分ほど降っていくと、次第に傾斜が緩やかになって笹竹も疎らになってきます。 左手には電柱や電線が続くようになります。 その電線は大山山頂の方へと続いているようでした。 大山三峰でしょうか、行く手の左の方にはギザギザの稜線をした山が見えてきます。
大山三峰はかなり急峻な山なので、初心者は避けた方がいいとのことです。 まだ行けないでいますが、いつかは登ってみたい山ではあります。
989m峰
「青少年歩道」と書かれた道標「←大山0.8km・不動尻3.4km→」を過ぎていくと、 見晴台分岐から15分ほどで傾斜が緩やかになって尾根の幅も広がってきます。 「水源協定林」の看板を過ぎ、先ほどから続いている電線の下を過ぎていくと、 見晴台分岐から18分ほどで開けたカヤトの原に着きます。 シートを広げて弁当などを食べるのには良さそうな所でした。 場所を示す標識などは見当たりませんでしたが、この先からは再び降り坂になってくるので、 この辺りが地形図にある989m峰のように思われます。
少し降り気味になったカヤトの原に続く道を進んでいくと、 「←不動尻3.1km・大山1.1km→」の道標が立っています。 その側には幅の広いベンチがひとつ設置されていました。 そこからは傾斜の増した横木の階段を再び降るようになります。 途切れ途切れに続く横木の階段を降っていくと、軽く登るようになります。 右手には街並みが広がるようになりますが、霞んでいてはっきりとは見えませんでした。 やがて多少は起伏があるものの、緩やかな尾根道がしばらく続くようになります。
崩壊地
「水源協定林」の看板を過ぎていくと、軽く登るようになります。 大きな松の木の間を抜けて幅が広がって緩やかになった尾根を進んでいくと、少し登るようになります。 高みに登り着くと、その先は崩壊地になっています。 989m峰の先のベンチから15分ほどの所になります。 細い尾根に道が続いていますが、道の両側に鎖が設置されているので安心して歩いていけます。
足下に気をつけて歩きましょう。
 (神奈川県)
893m峰
崩壊地を過ぎて軽く登っていくと、程なくして右手へ道が分かれている所に着きます。 大山の山頂から50分ほどで到着しました。 角には真新しい道標が立っていて、正面の道は「不動尻2.7km、広沢寺温泉バス停5.9km」、 今来た道は「大山1.8km」となっています。 また道標の支柱にマジックで書き込まれたメモによると、 右手に分かれて降っていく道は「広沢寺・日向薬師・鐘ヶ岳(マイナールート)」となっていました。 地形図に載っている893m峰はこのすぐ先にあるようですが、 今回はここで唐沢峠へと続く尾根道から分かれて、右手の山道を降っていきます。
(唐沢峠への道は「丹沢大山」を参照)
雑木林の斜面を降っていくと、落ち葉の積もった冬枯れの急な降り坂になってきます。 丸くなった尾根に続く坂道には、 木の根が張り出していたり痩せていたり傾斜の急な所などがあったりもしますが、 分岐などはなくて道に迷うようなことはありません。 小さな高みを幾つか越えたりしながら降っていきます。 尾根道には「水源の森林」の標柱が点々と設置されていて、目印になります。
小ピーク
雑木に混じって大きなモミの木が生えるようになった尾根を降っていくと浅い鞍部に着きます。 そこから木の根が張り出したり岩がゴロゴロとした尾根道を少し登り返していくと、 893m峰の分岐から15分ほどで小広くなった小ピークに着きます。 手元の地形図によると標高780mほどはあるようです。 緩やかな傾斜地になったピークの一番高い所には「水源の森林 No.K20」の標柱が立っていました。 左手の方の樹木の間からは、頭を覗かせた大山三峰が見えていました。
これから向う778m峰と思われる高みを正面に見ながら、傾斜の増した坂道を降っていきます。 左手には引き続き大山三峰が見える景色が続いていました。 痩せた細い尾根から幅が少し広がってくると、先ほどの小ピークから5分ほどで浅い鞍部に着きます。 ここで細い道が右手へと分かれていきます。 尾根に立つ「水源の森林 No.K16」にマジックで書き込まれたメモによると、 右手の道は「行き止まり」、正面の道は「登山道」となっています。 裏側にもメモが書き込まれていて、今降ってきた道は「大山」となっていました。 ここは正面の尾根道を登り返していきます。
778m峰
1分ほどで高みを越えて少し降り気味に進んでいくと、再び登り坂になってきます。 木の根が張り出したり砕石が転がっていたりする尾根を登っていくと小ピークに着きます。 893m峰の分岐から25分ほどで到着しました。 植林帯になったピークには「水源の森林 No.K7」の標柱が立っています。 そこにマジックで書き込まれたメモによると、今来た道は「大山」となっていました。 ベンチ代わりなのか、切り倒された丸太が置かれていたりもします。
真ん中に生えている大きな樹木の袂には、新しそうな手製の道標がありました。 それによると、このピークは地形図にある778m峰となっています。 ここで道が二手に分かれていて、右手の道は「ふれあいの森・日向キャンプ場」、 左手の道は「日向山・大沢分岐・鐘ヶ岳」、今来た道は「大山・不動尻」となっていました。 ここから日向キャンプ場へと降っていってもいいのですが、 今回は左手の尾根道から大沢分岐を経て梅の木尾根を降っていきます。
(右手の道は「鐘ヶ嶽北尾根」を参照)
大沢分岐
778m峰で少し休憩してから、植林帯と雑木林を分ける左手に続く尾根道を降っていきます。 馬の背のような尾根を過ぎていくと、やがて登り坂になってきます。 尾根を真っ直ぐに登っていくと、尖ったピークに着きます。 778m峰から9分ほど、893m峰の分岐から40分ほどで到着しました。 ここが大沢分岐と呼ばれるピークで、手元の地形図によると標高720mほどはあるようです。 ここでも少し休憩していきました。
大沢分岐からは道が二手に分かれています。 道端に立つ手製の道標によると、左手の道は「鐘岳」、今来た道は「大山」となっています。 また古くなって倒れてしまった道標もそばにあって、 右手の道は「日向薬師(1時間)」、今来た道は「大山(20分)80」となっていました。 ここから丹沢大山まで20分で行けるようには思えないのですが、 「(20分)80」の意味はよく分りませんでした。 左手の道は、巨木の森や、見晴広場・鐘ヶ岳へと続いていますが、 今回は道標「日向薬師」の指す右手の梅の木尾根を降っていきます。
(左手の道は「梅の木尾根」, 「鐘ヶ嶽北尾根」, 「梅の木尾根」を参照)
梅の木尾根
雑木林と植林帯を分ける急な尾根を降っていきます。 痩せて岩がゴロゴロした所もあったりするので注意しながら降っていきます。
5分ほど降っていって痩せた尾根に差し掛かると、左手の谷向かいには見晴広場の尾根が、 右手には大山が遠くに聳える眺めが広がっていました。 もうこんなに降ってきたのかと実感したりします。
二ノ沢ノ頭
「水源協定林」の看板を過ぎていくと尾根も広がってきて、植林帯を降るようになります。 やがて登り坂になった尾根を進んでいくと、大沢分岐から14分ほどで小ピークに着きます。 大きな松の木が何本か生えていました。 場所を示すようなものは見当たりませんでしたが、大きな松の木の袂には「水源の森林34」の標柱が立っていました。 手元の地形図によると標高670mほどはあるようです。 他サイトなどを見ると、ここは「二ノ沢ノ頭」というようです。 天気がいい日には相模平野や相模湾や江ノ島までも見えるようですが、この日は霞んでいて見えませんでした。 標柱にマジックで書き込まれたメモによると、今来た道は「大山 NW」、 左手前方へと降っていく道は「日向薬師 E」となっていました。 手元の地形図などと合わせて考えると、「NW」や「E」は方角を示すものと思われます。
浄発願寺奥の院分岐
背の高い松の木が何本か並んでいる所を過ぎて降っていくと雑木林へと変わっていきます。 痩せた尾根を過ぎていくと、尾根の幅が広がって歩きやすくなってきます。 やがて杉の木が混じるようになると、 二ノ沢ノ頭から10分ほど、大沢分岐から25分ほどで、少し開けた感じの所に着きます。 ここは分岐になっていて、真ん中に立つ道標によると、 正面の尾根道は「日向薬師1.7km」、右手の道は「浄発願寺奥の院0.9km」となっています。 道標にマジックで書き込まれたメモによると、今降ってきた道は「大山・大沢分岐・唐沢分岐」となっていました。 左手にも細い道が分かれていますが、道標などは特に見あたりませんでした。 左右にはテーブルやベンチが設置されているので、ひと休みしていきましょう。 正面の尾根を進んでいくと、日向薬師や日向山へと続いていますが、 今回はここを右折して、浄発願寺奥の院へと降っていきます。
(正面の道は「梅の木尾根」, 「日向山」, 「梅の木尾根」を参照)
斜面を横切るようにして続く緩やかな道を進んでいきます。 土砂崩れ防止用なのか、道に沿って木杭で補強されていたりもします。 尾根まで来ると道標が立っていて、左手へ降る尾根道は「浄発願寺奥の院0.5km」、 今降ってきた道は「日向薬師2.1km」となっていました。 尾根を右手へと登っていく道も僅かに認められましたが、何も示されてはいませんでした。 道標に従って、左手へと続く丸くなった尾根の背を降っていきます。 傾斜が急な所もあったりしますが道はしっかりと続いていて、歩き難いということはありません。
浄発願寺奥の院から梅の木尾根を経て日向薬師や日向山へと続く道はハイキングコースになっています。 道標やベンチなどが各所に設置されていて歩きやすくなっていますが、地図には載っていません。
奥の院岩屋
尾根にポツンと設置されたベンチを過ぎて更に降っていきます。 傾斜が少し緩くなってくると分岐があります。 真ん中に立つ道標によると、戻るようにして左手へと続く道は「浄発願寺奥の院岩屋0.2km」、 今降ってきた道は「日向薬師2.4km」となっています。 尾根は正面へと更に続いているようでしたが、道標に従って左手へと進んでいきます。 雑木林の斜面を横切るようにして進んでいくと、平らな所に降り立ちます。 降りた所には道標が立っていて、今降ってきた道は「日向薬師2.6km」、 すぐ先の所から右手へと降っていく道は「日向林道0.5km」となっています。 左前方へ少し行くと浄発願寺奥の院の岩屋があります。 石仏や墓石などが並んでいて、岩壁には弾誓上人によって開かれた岩屋があります。
奥の院の岩屋
慶長13年(1608)尾張国(愛知県)生まれの弾誓上人によって開かれた岩屋で、この世の浄土と考えられていた。 岩屋内中央に弾誓上人の石像があり、右側には榮珠院殿(新君と称し、後奈良天皇の孫娘で尾張徳川第3代綱誠夫人)や 佐竹、藤堂等と大名の墓石、二世但唱等の墓石が並んでいる。 岩屋前には、四世空誉上人の卵塔(伊勢原市最大)をはじめ歴代上人の墓石等がある。 尚、右方には観音堂や観骨堂(六角堂で地蔵を置く)、 左方には五社権現(明神・八幡・春日・熊野・住吉)が祀られていた。 朝日が差し込む岩屋での行や、御神木の桜で諸仏像を彫刻する等、神聖な岩屋内は一般人の立ち入り禁止の聖域であった。 男の駆け込み寺で有名な浄発願寺は字の通り浄く発願する寺である。 但し放火、殺人等は入山禁止であった。 明治末年、大正12年(1923)、昭和13年(1938)等の山津波で埋没した歴代住職の墓石等は、 平成3年春発掘し復元された。
 (伊勢原市)
浄発願寺奥の院(跡)
岩屋から少し戻って、道標「日向林道0.5km」に従って石段を降っていきます。 すぐに横木の階段に変わっていく道には、谷側にロープが張られていたりします。 大きく左へ折れ曲がって鐘楼跡や子安地蔵跡を過ぎていくと、浅い谷筋に降り立ちます。 小さな橋を渡った所には石積みがあります。 ここが浄発願寺奥の院(跡)になります。 梅の木尾根の分岐から23分ほどで降りて来られました。 脇にある解説板には、往時の堂宇配置図や見取図なども載っていました。 かなり立派な寺院だったようですが、 昭和13年の山津波で倒壊して、今では石灯籠と礎石だけが残されています。 現在の浄発願寺は1kmほど降った所にあります。
堂宇跡
昭和13年(1938)秋の山津波で倒壊するまで浄発願寺の本堂・庫裡などはここにあった。 本堂は、貞亨2年(1685)秋田城主佐竹氏出身の4世空誉上人の時代に完成したが、 寛政7年(1795)の火災で焼失した。 その後、文化元年(1804)22世速阿上人の時代に再建され、間口は7間(約12.73m)、奥行12間(約21.81m)で、 廊下・居間・庫裡等を合わせて約230坪あり、三方は自然の岩を掘り割って排水溝とし、 非常の時は貯水槽となった。 周囲の山は原生林だったが、明治末の官林払い下げで伐採された。 なお、山の境界には70余の塚があった。 三日三晩のお十夜法要には、本堂・庫裡等が信者であふれ、相模の三大十夜と称された。 本堂にあった浄発願寺の寺号額は、徳川家康の師寒松の筆によるもので、 現在は約1km下の本堂に掲げてある。
 (伊勢原市)
浄発願寺奥の院を後にして石段を降っていきます。 堂宇前から続く石段は、四世空誉上人の代に駆け込んだ53人の罪人が一段ずつ築いたのだそうです。 左右に並ぶ石仏や石碑などを見ながら降っていきます。 何故だかどの石仏も頭の部分がなくなっていて、代わりに石などが乗せられていました。 やがて横木の階段になりますが、段差も低くて歩き難くはありません。 左手には涸れ沢が続いていて、埋もれかかった砂防ダムもあったりします。 浅い谷筋に続く山道を7分ほど降って水の流れの音が聞こえてくると、小広くなった所に降り立ちます。 これで山道は終わりになります。 大沢分岐から1時間ほどで降りて来られました。 山門跡・宝篋印塔・閻魔堂跡などがあり、東屋もひとつ建っています。 ここは往時の浄発願寺への入口だったようです。
山門跡
南岳悦山筆の「無常山」の山号額がかけてあった浄発願寺の山門跡。
宝篋印塔
元禄5年(1692)に名古屋城主徳川綱誠の正室榮珠院殿を弔うため建立された。 大正12年(1923)の山津波で流失したが、昭和5年(1930)に再建された。
閻魔堂跡
地獄の王閻魔を安置したお堂があったが、大正12年(1923)の関東大震災の山津波で流失した。
左手を流れる日向川に架かる一の沢橋を渡っていくと、 「浄発願寺奥の院」と題した解説板があります。 ここから奥の院や岩屋までの「全体案内図」も掲載されていました。 解説板の横の方には「亮台(天阿)上人の念仏石」という岩があります。
(写真は振り返って写したものです)
浄発願寺奥の院
無常山浄発願寺は、慶長13年(1608)弾誓上人開山の天台宗弾誓派本山である。 上野寛永寺の学頭寺凌雲院の末寺として、江戸時代に繁栄し、四世空誉上人の時代が全盛期だった。 「男の駆け込み寺」で知られ、放火・殺人以外の罪人は駆け込めば助かった。 また、木食行(穀物をさけ、木の実・草の実などを火を通さないで食べる)の戒律を 大正初期まで守り続けた。さらに、雨乞い・安産信仰等でも知られ、 10月の「お十夜法要」は鎌倉市の光明寺、平塚市の海宝寺とともに相模の三大十夜に数えられ、 昭和初期まで盛大であった。 信者には、公家の広幡家や、徳川家、尾張徳川家、藤堂、佐竹、大久保、黒田、有馬、 織田氏等があり、境内は165,600坪もあった。寺宝としては、市重要文化財の縁起絵巻三巻や、 雨乞軸、唐金の子安地蔵、出山の釈迦像など、数多くの像がある。 昭和13年(1938)の山津波で、この地にあった浄発願寺は、諸堂宇が潰滅し、当地に復旧困難なため、 昭和17年(1942)に約1km下の地に再建し、以後この地は浄発願寺奥の院と称し、市指定史跡にもなっている。 この地には、弾誓上人が修行した岩窟や、罪人53人に一段ずつ築かせた石段(平成3年3月再建)等があり、 参道には、浮世絵師歌川国経の供養塔(現在は浄発願寺に移してある)や 極楽浄土に往生できるよう祈願した「南無阿弥陀仏」の名号碑などがある。
 (伊勢原市)
亮台(天阿)上人の念仏石
12世亮台(天阿)上人が念仏修行された石。 そばに欅の大木があり、樹下石上の念仏といわれた。
日向林道
解説板のすぐ先で日向林道に出ます。 道路の向かい側には「日向薬師バス停 徒歩30分」の標識がありました。 舗装された日向林道を左手へと降っていきます。 クアハウス「山小屋」を過ぎていくと、日向渓谷の石碑があります。 更にその先へと進んでいくと、梅ヶ尾橋を渡っていきます。 日向川には「日向渓谷マス釣り場」もあったりします。
一ノ沢・二ノ沢・三ノ沢・鍵沢・屏風沢・不動沢と六つの枝沢が梅ヶ尾橋上流付近に 集まっていて、この辺りを日向渓谷といいます。 不動滝(不動沢に入る)は、大山登山の禊の滝として知られ、 古くは浄発願寺に起居する僧侶修行の場とされていました。
石雲寺
梅ヶ尾橋を渡って3分ほど降っていくと、左手に石雲寺があります。 門前の石碑や少し先の駐車場にある縁起によると、かなり古い歴史のあるお寺のようです。 この時には法要が行われていたようで、黒服姿の人たちを見かけました。
石雲寺縁起
寺伝によれば、八世紀初めの養老2年、諸国を行脚していた華厳妙瑞という法師が日向へやってきた。 法師が山中の石上に座し瞑想すると、渓谷に紫雲を認め、不思議に思った法師が河原に降りると、 周囲三丈(10メートル程)の石の上方に紫雲がたなびいていて、 法師は一心に仏・菩薩の名号を唱えたところ、仏・菩薩の御姿が現れたという。 里人に尋ねたところ、その昔、壬申の乱に敗れた大友皇子が近江国から逃れ住まわれ、 この地で亡くなられ、従者も殉死したという。 哀れに思った法師は精舎を建て、皇子の菩提を弔うこととした。 これが石雲寺の草創である。 皇子の墓所は当所、遺言により松を植えただけであったが、 鎌倉時代になって従者の子孫が石で五重の塔を建てたという。 長禄年間、天渓宗思和尚が曹洞宗として中興開山され、天文12年に北條幻庵から朱印状を拝領した頃、 寺院としての基盤が確立したようだ。 当初の寺院名は「雨降院」で、後に開創の縁起に因んで「石雲寺」と改められている。
石雲寺
山号は雨降山、寺伝では壬申の乱に敗れた大友皇子 が日向の地に隠れ住まわれ没後皇子の菩提を弔うために養老 2年(718)華厳法師がこの地に開創した雨降院が石雲寺の前身とされる 雨乞い信仰に関係して雨降石が御神体の石尊社が境内の一角に有 る。江戸時代の初め大山寺との雨降石の争奪戦で石雲寺本堂が大山 寺の衆徒に焼かれてしまったと言う。 末寺には二宮尊徳の菩提寺である柏山の善栄寺を始め五ヶ寺 があり、小田原の北条氏の信仰も厚かった。
 (文化財協会、石雲寺28世義仙代)
浄発願寺
石雲寺を後にして植林帯の中に続く林道を降っていきます。 「日向山荘キャンプ場」を過ぎていくと、日向山荘の先にT字路があります。 右手に分かれていく道は「大友皇子の墓5分」,「御所入口 森のコテージ5分」となっていますが、 「日向バス停15分」に従って、そのまま林道を正面へと降っていきます。 やがて、欄干を赤く塗った橋が右手に見えてきます。 橋を渡っていくと浄発願寺があります。 本堂の左手には立派な三重の塔が建っていました。
浄発願寺の文化財
天台宗弾誓派本山で、上野寛永寺内凌雲院の末寺として繁栄した無常山浄発願寺は 開山の木食弾誓上人をはじめ、代々木食行の厳しい戒律をよく守り続け、山岳修行者・ 全国行脚の修行僧などの行場として、また、殺人・放火以外の犯罪人が許される駆け込み寺としても 有名であった。 明治維新の廃仏殷釈運動では厳しい弾圧を受け、寺僧はわずか2名となり、徳川本家、 尾張徳川家、藤堂、佐竹氏といった大名や公家の広幡家等の有力な信者層を失い、 寺領も減少して衰退の一途をたどった。ただお十夜法要は相模の三大十夜と称され、 昭和初期まで盛大であった。 また、相模平野を潤す花水川の一支流としての日向川の水源地に位置した寺は、 下流住民の雨乞い信仰の寺としても有名であった。ここより約1km上流にある奥の院 (浄発願寺旧跡、昭和13年9月の山津波後現在地へ移転)や寺に残る文化財に往時の 面影を伺い知ることができる。
 (伊勢原市教育委員会)
薬師林道分岐
浄発願寺を後にして林道を更に進んでいくと田んぼが現れます。 「谷戸田オーナー制度」の看板を過ぎていくと、 右手を流れる日向川に神明橋が架かっています。 角には「日陰道 1km20分」の道標が立っています。 日陰道を見送って民家が点在するようになった道を進んでいくと、 薬師林道が左手へ分かれていきます。 空気が澄んでいると田んぼ越しに横浜のランドマークタワーまでも見えるのですが、 この時は霞んでいて見えませんでした。 秋には彼岸花が咲いて綺麗な光景が広がる所でもあります。
伊勢原市谷戸田保全整備事業【谷戸田オーナー制度】
伊勢原市は、農業従事者の高齢化、後継者不足等により、遊休・荒廃化する谷戸田が増加していることから、 遊休化した谷戸田の復元整備を行うとともに、市民の農業体験の場(谷戸田オーナー制度)として活用することで、 谷戸田の原風景の復元と維持を図っています。 谷戸田オーナー制度は、地区農業者の指導のもとに、田植えから収穫までの一貫した農作業を 体験することができる制度です。
 (伊勢原市)
注意 野猿の出没区域
・決してエサを与えない
・お弁当等の残りは持ち帰る
一人一人のマナーがサルからの農作物被害を減らします。
 (JAいせはら農政対策委員会)
林道薬師線(終点)
この林道は林業経営のためにつくられたものです。 一般道路とは異なり、急カーブや落石の危険がありますので、 林業関係者及び地元関係者以外の通行を禁止致します。 なお、利用に際しては承認等が必要となりますので、ご注意願います。
標準幅員 W=4.0m 全体延長 L=3,061m
 (神奈川県湘南地区農政事務所森林土木課)
白髭神社
薬師林道を見送って左右に田んぼや畑を見ながら緩やかに降っていくと、 生垣の先のT字路の角に白髭神社があります。 石垣の間の石段を登って、「白髭神社」の扁額の架かる鳥居を過ぎていくと境内になります。 普通の神社の屋根は瓦葺きやトタン葺きのものが多いのですが、 ここのは茅葺きになっていて珍しく思ったりします。 萱葺き職人が減少していく時代にあって、このような屋根を維持していくのは大変なのでしょうが、 とても趣きのある佇まいでした。 無事に下山できたことを報告していきましょう。
日向薬師(ひなたやくし)バス停
白髭神社を後にしてその先へと進んでいくと、すぐの所に日向薬師バス停があります。 日向林道に出てから35分ほどで到着しました。
伊勢原駅(小田急小田原線)まで、伊勢原駅北口行きバスにて23分、 1時間に2本から3本程度の便があります。
関東ふれあいの道
関東ふれあいの道は、一都六県を巡る自然歩道です。 沿道の豊かな自然にふれ、名所や史跡をたずねながら、ふる里を見直してみませんか。 この地点は、県内17コースのうち「順礼峠のみち」・ 「大山参り蓑毛のみち」・「太田道灌・日向薬師のみち」の分岐点です。 みどころは、白山・順礼峠・日向薬師・日向渓谷・二重の滝・ 阿夫利神社・太田道灌の墓・三之宮比々多神社など各コースとも他にいろいろあります。
【大山参り蓑毛のみち】
蓑毛バス停…蓑毛越え…下社…見晴台…青年の家…日向薬師バス停
【太田道灌・日向薬師のみち】
坪ノ内バス停…長福寺…三之宮比々多神社…伯母様橋…上粕屋神社…太田道灌の墓…上粕屋神社…産業能率大学…鎧塚…諏訪神社…日向薬師入口…日向薬師バス停
【巡礼峠のみち】
日向薬師バス停…日向薬師…展望台…七沢神社…巡礼峠…物見峠…むじな坂…白山御門橋分岐…御門橋バス停
 (環境庁・神奈川県)