明神ヶ岳
散策:2006年12月中旬
【低山ハイク】 明神ヶ岳
概 要 明神ヶ岳は箱根の古期外輪山のひとつで、明星ヶ岳と共に箱根の北東側に聳える山です。 山頂からは素晴しい眺めが広がっています。 今回は2004年に開かれた矢佐芝地区からのハイキングコースから明神ヶ岳へ登っていきます。 山頂からは電波反射板の手前から最乗寺奥の院へと降ります。
起 点 南足柄市 塚原駅
終 点 南足柄市 道了尊バス停
ルート 塚原駅…矢佐芝入口…矢佐芝公民館…十字路…車止めゲート…登山口…見晴台…久野林道…縦走路…最乗寺分岐…最乗寺分岐…明神ヶ岳…奥の院分岐…足柄林道…41番鉄塔…最乗寺奥の院…大雄山最乗寺…道了尊バス停
所要時間 6時間30分
歩いて... 矢佐芝から縦走路へ登るハイキングコースにはそれほどの急登はなくて、コースも分かりやすくなっていました。 明神ヶ岳からの下山コースに選んだ奥の院へのルートは一般登山道ではありませんが、 ハイキング用地図には細い破線で示されています。 分岐も幾つかありましたが、手製の道標を頼りにして歩けば大丈夫です。
関連メモ 明神ヶ岳, 明星林道, 明神ヶ岳
コース紹介
塚原(つかはら)駅
塚原駅(伊豆箱根鉄道大雄山線)から歩いていきます。
改札口を出てすぐの所にある塚原踏切を渡り、その先の塚原駅入口交差点を直進していきます。
目指す明神ヶ岳を正面に見ながら車道を進んでいくと、塚原駅から3分ほどの所にY字路があります。 角には「日影入口」の看板が立っていて、石仏や石碑などが幾つか並んでいました。 ここは「岡本公民館500m」や「リサイクルセンター500m」の標識の指す左手の広い方の道を進んでいきます。 小山の裾に沿って登り気味に坂道を進んでいくと、右手の畑地や住宅地の向こうには、 青空を背景にして、冠雪した富士山やお椀を伏せたような形の矢倉岳が並んで見える所がありました。 その右手の方には丹沢の峰々もよく見えていました。 天候がこのまま昼過ぎまでもつと明神ヶ岳からの眺めは素晴らしいだろうと期待を膨らませながら、 車道を進んでいきました。
T字路
右手への分岐を見送って車道を更に進んでいくと、塚原駅から10分ほどでT字路があります。 正面の左手には南足柄市リサイクルセンターが、右手には足柄消防組合岡本分署があります。 角には道標が立っていて、右手の道は「至 矢佐芝・明神ヶ岳ハイキングコース」となっています。 ここは道標に従って、右手へと進んでいきます。
1分ほど進んでいくと、左手に「←岩原城跡」の道標が立っていました。 近くにあるなら訪ねてみようと思いましたが、指している道は民家に入っていくように思えたので、 今回は訪ねるのはやめておきました。 更に1分ほど進んでいくと、この地区の改良工事の記念碑が立っていました。 その他にも石碑が沢山並んでいました。 明神ヶ岳へ向って真っ直ぐに続く車道を進んでいくと、 先ほどのT字路から10分ほどで十字路があります。 左右に横切っている道は広域農道のようです。 道標「長泉院」が右手を指していますが、そのまま十字路を直進していきます。 少し降り気味になった道を4分ほど進んでいくと、右手に道が分かれていきます。 角に立つ標識によると「なつめ通り」というようです。 その道を見送って車道を進んでいくと、すぐにグリーンヒル入口バス停があります。 土日曜は運休で、平日もバスの便がポツポツとある程度です。
矢佐芝入口
バス停を過ぎて登り気味になった道を3分ほど進んでいくと、再び道が右手へと分かれていて、 「プール通り」,「集会所通り」の標識が立っていました。 今歩いている道には「中央通り」の標識が立っていました。 角には大きな「グリーンヒル案内図」があって、この付近の道路などが図示されていました。 中心となる「中央通り」が橙色で示され、そこから分かれていく支線や枝線の道が沢山描かれています。 「現在位置」と、これから向う「矢佐芝口通り」の位置を確認しておきましょう。 分岐を見送って「中央通り」を1分ほど進んでいくと、アーチ型をした歩道橋があります。 その下をくぐっていくとグリーンヒル南足柄バス停があります。 広くなった所にあってバスの折り返し点になっているようです。 右手へと曲がっていく道をその先へと進んで矢佐芝川を渡っていきます。 「グリーンヒル第二公園」を過ぎていくとすぐに分岐があります。 角には「矢佐芝入口」の看板が立っています。 道標も立っていて、左手の道は「矢佐芝口通り」,「至 矢佐芝・明神ヶ岳ハイキングコース」となっています。 「中央通り」は右手へと曲がっていきますが、道標に従って左折して登り坂を進んでいきます。
沼田分岐
坂道を5分ほど進んでいくと、左手に二宮金次郎の石像が立っていて、 「二宮金次郎柴刈りの里山」と書かれていました。 脇にはベンチや小さな池や噴水があり、「これより矢佐芝」と書かれた岩もありました。 ここから先が矢佐芝地区になるようです。 ここで道が二手に分かれています。 角に立つ道標によると、右手の道は「至 矢佐芝・明神ヶ岳ハイキングコース」となっています。 その支柱には、左手の道は「沼田駅まで45分」、今来た道は「塚原駅まで35分」と書かれていました。 今回は塚原駅からここまで40分ほどかかりました。 道標「明神ヶ岳 二宮金次郎柴刈りコース」に従って、右手へと進んでいきます。
矢佐芝公民館 (標高210m)
傾斜の増してきた坂道を真っ直ぐに登っていきます。 左手への分岐を見送って更に登っていくと森の中へと入っていきます。 「吉田工房」を過ぎていくと、沼田分岐から7分ほどで矢佐芝公民館があります。 塚原駅から50分ほどで到着しました。 道路向かいの右手には八坂神社が建っていて、その前には滑り台などもありました。 公民館の前の「公民館活動」を紹介する掲示板では、 八坂神社祭りで上演される矢佐芝劇団の「二宮金次郎ものがたり」、 小田原の尊徳記念館までの「二宮金次郎柴刈りウォーク」、 「金次郎の観光看板」などが紹介されていました。 ここが明神ヶ岳へのハイキングコースの起点になっているようで、 「明神ヶ岳ハイキングコース起点」の標柱が立っています。
畑の駅
矢佐芝公民館と八坂神社の間の坂道を進んでいくと、すぐに畑の駅があります。 「畑ノ駅 まさがず農園前」と書かれたバス停風の標識も立っていました。 無人直売所になっていて、野フキ・竹の子・無農薬ミカンなどを販売されているようでしたが、 この時には品物は見当たりませんでした。 右手には「はたけの小屋」や「無料休憩所」もありましたが閉まっていました。
十字路
畑の駅を後にしてその先へと進んでいきます。 路傍の石仏や竹林などを過ぎていくと、左手の矢佐芝川へと降っていく道が分かれていました。 明神ヶ岳へは正面の道を進んでいくのですが、ちょっと降りていってみると、 石ごろごろの川沿いには竹林や黄葉した樹木も混じっていい雰囲気を醸し出していました。 元の道まで引き返してその先へと進んでいくと、石仏が幾つか並んだ先に十字路があります。 左手に架かる矢佐芝橋の先へと延びている道は和留沢林道というようで、 和留沢地区へと続いています。 正面に延びる道も林道のようですが、名前は書かれてはいませんでした。 手元の地図によると石畑林道というようです。 脇には「矢佐芝橋央蹟石割り跡」や「二宮金次郎腰掛け石これより400メートル右側」の標識が立っていて、 正面の林道を指していました。 右手の道も名前は記されてはいませんでしたが、 手元の地図によると明星林道というようで、大雄山最乗寺の手前の丸太の森入口バス停へと続いています。 今回は左右の林道を見送って、正面へと続く石畑林道を進んでいきます。
利用者の皆さんへ
この道路は森林施業を行うためにつくられた林道です。 森林関係者以外の車両の通行は遠慮して下さい。 林道は安全施設が完備されておりませんので、 利用者は次の事を厳守し、安全走行を心掛けて下さい。
・走行速度は時速20km以下で走行して下さい。
・降雨時等の走行は避けて下さい。
・ゴミの投棄や土石・植物の採取をしないで下さい。
事故等については一切責任は負いません。
 (南足柄市役所経済部農政課)
林道和留沢線
幅員4.0m 延長6,013m
 (神奈川県足柄上地区行政センター)
矢佐芝おでん印石場
左手を流れる矢佐芝川には砂防ダムが点々と設置されています。 ダムを流れ落ちる水音を聞きながら植林帯に続く林道を進んでいくと、 十字路から1分半ほどで、道の脇に岩がありました。 側の樹木に括り付けられた新聞の切り抜き記事によると「矢佐芝おでん印石場」というようですが、 どういう謂れの岩なのかは記されていませんでした。
二宮金次郎腰掛け石
矢佐芝川1号ダムを過ぎて矢佐芝川2号ダムまで来ると、 その手前には根元から三つに分かれた大きな楢の木がありました。 そのすぐ先の所に立つ道標「二宮金次郎腰掛け石」が右手を指しています。 右手にある短い階段を登った所に腰掛け石と二宮金次郎の像が立っていました。 薪を背負って本を読んでいるお馴染の姿の銅像です。 読んでいる本を上から覗いてみましたが難しい字ばかりで、 無学の私には意味がよく分かりませんでした。 お供えのつもりなのか、本の上には十円玉がひとつ置いてありました。 石には円い縄が掛けられていました。
三ツ又小楢
この地を矢佐芝上と言い、旧桧山村地方の入会山でした。 薪や炭にするのに最適な小楢がたくさんあったことから、 二宮金次郎がこの地に柴刈りに来たと言われている。 (柴とは祖朶・小枝のこと)
二宮金次郎腰掛け石
この地に柴刈りに来た金次郎がこの石に腰を掛け休んだと言い伝えられています。
腰掛け石の奥には金次郎の観光看板もありました。 先ほどの矢佐芝公民館にあった掲示板の記事によると、 矢佐芝自治会と矢佐芝福祉会が設置した手作り看板で、 金次郎が矢佐芝山をバックに石に腰をかけ本を読んでいる姿とのことです。 板をくり抜いた所から顔を出せば金次郎が生きた江戸時代にタイムスリップでき、 記念写真のスポットと憩いの場所として良さそうでした。
車止めゲート
腰掛け石を後にして林道を更に進んでいきます。 水道施設を過ぎて傾斜の増してくる坂道を登っていきます。 「明神ヶ岳登山口400m」の道標を過ぎていくと、舗装されていた林道は土の道へと変わっていきます。 水道施設のある沢筋を過ぎ、砂防ダムなどを見ながら林道を進んでいきます。 道幅が少し膨らんで小さな駐車場のようになった所まで来ると、そのすぐ先に車止めゲートがあります。 手前に立つ「明神ヶ岳登山口100m」の道標に従って、ゲートの脇を抜けてその先へと進んでいきます。
砂防指定地 矢佐芝川
この土地の区域において、宅地造成・家屋の新築・土採取等の行為をする場合は神奈川県知事の許可が必要ですから、 松田土木事務所にご連絡下さい。
 (神奈川県松田土木事務所)
通行禁止
この林道は南足柄市外二ヶ市町組合関係車両及び許可車両以外の一般車両の通行を禁止します。 またゴミの不法投棄や植物、土石採取を禁止します。
 (南足柄市外二ヶ市町組合、南足柄市役所、平塚営林署)
登山口
植林帯に続く緩やかな林道を進んでいくと、程なくして水の流れが道を横切っている浅い谷筋に着きます。 矢佐芝公民館から35分ほど、塚原駅から1時間30分ほどで到着しました。 角に立つ道標によると、林道から分かれて右手へと登っていく山道は「明神ヶ岳120分」、 今来た道は「至 矢佐芝・塚原駅」となっていて、支柱には「塚原駅マデ60分」と書かれていました。 寄り道をしたり写真を撮ったりしていたので標準よりもかなり時間がかかったようです。 この右手の山道が明神ヶ岳への登山口になります。 脇には大きな石があって、竹の樋から水が勢いよく流れていました。 暑い夏場に山から降ってきた時などには心地よい水になりそうでした。 石畑林道はこの先へと続いているようでしたが、ここで林道と分かれて、 「明神ヶ岳登山口」の標柱の立つ山道を登っていきます。
植林帯に続く山道を登っていきます。 最初は傾斜が急ですが、程なくして緩やかになってきます。 左傾斜の斜面に続く道を進んでいくと、登山口から5分ほどの所に「至 明神ヶ岳」の道標が立っていました。 支柱には「見晴らし台まで40分」と書かれていました。 その少し先の浅い谷筋を過ぎて尾根に乗り、右手へと尾根道を登っていきます。 尾根道の両側には笹竹が生い茂っていました。 登山口から15分ほど登っていくと、左手に緑色の背の低い金網柵が続くようになります。 柵に沿って登っていくと、植林帯の手前で道が二手に分かれています。 正面の尾根を直登する道と、右手から遠回りで登っていく道ですが、 角に立つ道標「至 明神ヶ岳」の指す右手の道を進んでいきます。 V字形に折れ曲がって登っていくと、道標「至 矢佐芝」が手前に向いて立っています。 そこから尾根を真っ直ぐに降っていく道がありました。 先ほどの直登する道のようで、どちらの道を進んでいっても良さそうでした。 この辺りは傾斜が少し急になっていたので、道標の通りに歩くのが良さそうでした。 「至 矢佐芝」の道標の先からは、しばらくは緩やかで歩きやすい道が続くようになります。
見晴台
笹竹が終って緩やかな道を進んでいくと、再び傾斜が増してきます。 林床に雑木が生い茂る植林帯に続く尾根道を登っていきます。 やがて正面が明るくなってくると、登山口から35分ほどで林道に出ました。 右手にはテーブルとベンチが設置されていて「見晴台」の標識が立っていました。 手前の樹木が少し邪魔をしていますが、南足柄市の街並みなどを見渡すことができました。 景色を眺めながらひと休みしていきましょう。
久野林道
見晴台の左手に立つ道標「明神ヶ岳」に従って、林道を左手へと進んでいきます。 何という林道なのかは書かれていませんでしたが、手元の地図によると久野林道というようです。 明神ヶ岳から明星ヶ岳にかけての稜線でしょうか、左手には山並みが綺麗に見えていました。
登り口
久野林道を左手へ3分ほど進んでいくと、右側に登っていく階段があります。 脇に立つ道標「明神ヶ岳70分」がこの階段を指しています。 道標に従って、段差が高くて急傾斜の横木の階段を登っていきます。
急傾斜の横木の階段は程なくして終わり、植林帯の中に続く歩きやすい道になってきます。 「水源の森林づくり契約地」の看板を過ぎていくと、「至 明神ヶ岳」の道標が立っています。 道標を過ぎて、歩きやすい尾根道を進んでいきます。
神奈川県「水源の森林づくり」契約地(水源立木林)
水資源を大切にしましょう。
 (神奈川県環境農政部水源の森林推進課、神奈川県足柄上地区行政センター森林保全課)
6分ほどして「←矢佐芝・明神ヶ岳→」の道標を過ぎていくと、雑木林へと変わっていきます。 道には落ち葉がびっしりと敷き詰められたようになっていました。 やがて少し傾斜が増してきますが、それほどの急登という訳ではありません。 前日に雨でも降ったのでしょうか、所々ぬかるんだ所もありました。 そのために湿度が高かったのか、あるいは体調が十分ではなかったのか、 この季節にしては珍しく、後から後から汗が噴き出てきました。 頻繁に立ち止まってはタオルで汗を拭きながら登っていきました。 山岳マラソンの練習でもしていたのでしょうか、 若者が後から駆け足で登ってきて私を追い抜いていきました。 何とも羨ましい体力です。 外国人の初老の女性もダブルストックで登ってきました。 その人にも道を譲って、ゆっくりとしたペースで登っていきました。
雑木林を10分ほど登っていくと、道の両側には熊笹が生い茂るようになります。 所々には大きな岩があったりもします。 苔蒸している岩もあったりして、古びた雰囲気が漂っていました。 傾斜はそれほど急ではなくて道もしっかりとしているのですが、 噴き出す汗を拭き拭き進んでいきます。
やがて右手の樹木の間からは明神ヶ岳の頂上が見えるようになります。 明神ヶ岳から明星ヶ岳へと続く縦走路にもう少しで着くだろうと期待しながら登っていきます。 熊笹は一旦途切れて明るい雑木林の尾根になりますが、程なくしてまた熊笹が生い茂るようになります。
縦走路
次第に道幅が広がり傾斜も緩やかになってくると、広くなった縦走路に出ます。 見晴台の先の登り口から60分ほど、石畑林道にあった登山口から1時間45分ほどで到着しました。 角に立つ道標によると、右手の道は「明神ヶ岳頂上10分」、 今登ってきた道は「至 矢佐芝、塚原駅2時間50分」となっています。 左手の道は何も示されてはいませんが、明星ヶ岳へと続いています。 ここは道標「明神ヶ岳」に従って、広くて緩やかな縦走路を右手へと進んでいきます。
最乗寺分岐
広くて緩やかな尾根道を進んでいきます。 両側には笹竹や灌木が生えていて、見晴らしの利かない回廊のようになっています。 3分ほど進んでいくと、右手に道が分かれていきます。 角に建つ道標によると、右手の道は「大雄山最乗寺90分」、 正面の道は「明神ヶ岳10分、金時山140分」、 今来た道は「明星ヶ岳80分、宮城野70分」となっています。 右手の道は最乗寺の明神橋へと降るハイキングコースですが、正面の尾根道をこのまま進んでいきます。
緑は森呼吸 山火事注意
たばこ・たき火はよく消そう!
 (神奈川県、森林国営保険)
最乗寺への分岐を見送って尾根道を直進していくと、正面の視界が開けてきます。 背の低くなった笹竹などの生い茂る道を進んでいくと、正面から左手にかけて箱根の山々が見渡せるようになります。 小さな植林帯の脇を過ぎていくと、目指す明神ヶ岳が正面に近づいてきます。
山火事予防
 (箱根町消防本部)
最乗寺分岐
笹竹や雑木の生い茂る間を過ぎていくとガレ場に出ます。 ガレ場を右手から回り込むようにして進んでいくと分岐があります。 角に立つ道標によると、右手へ降っていく道は「大雄山最乗寺90分」となっていますが、 「明神ヶ岳・金時山」の指す左手へとガレ場に沿って登っていきます。
先ほどの最乗寺分岐から降っていっても、ここから降っていっても、 少し下の所で合流して1本の道になって最乗寺へと続いています。
明神ヶ岳 (標高1169m)
ガレ場を過ぎて笹竹の間を抜けていくと明神ヶ岳の頂上に着きます。 縦走路に出てから13分ほどで到着しました。 左手には箱根の中央火口丘・仙石原・外輪山などを望む素晴らしい景色が広がっています。 正午の少し前でしたが、景色を楽しみながら、ここで昼食タイムにしました。 左手にはガレ場があるので余り近寄らないようにしましょう。 山頂にはコンクリートで固められた円柱の石積みがあり、 その上面には山頂から見渡せる山や街までの距離などが記された円盤が設置されているので参考にしましょう。
明神ヶ岳(標高1169m)
古期外輪山の一つです。 南足柄からこの山を越え、宮城野の碓氷峠に下る道は、日本武尊東征の道と伝えられています。 崩落地に多く生えているのはフジアザミです。
 (箱根町)
金時山の奥には富士山も見えていました。 小田原へと向う車窓からは雲ひとつない青空に頭を覗かせていたのですが、 いつ湧き出してきたのか、裾野の辺りには雲が棚引いていました。 山頂付近にも雲がかかっていましたが、しばらく待っていると流れていって、 山頂部が綺麗な姿を見せてくれました。 望むらくは裾野まで綺麗に見える姿を期待していたのですが、山頂を見られただけで良しとしましょう。
今回はPLフィルタを使ってみました。 グルグルと回してみてもコンパクトデジカメでは合っているのかよく分からないので適当に合わせて写しましたが、 少しはフィルタ効果が出ているような気もします。
明神ヶ岳山頂
標高1169m、北緯35度17分、東経139度03分
【北西から南にかけて】
三ツ峠山37km、黒岳41km、節刀ヶ岳43km、王岳45km、富士山30km、 金時山4.5km、乙女峠5.8km、丸岳6.5km、 越前岳23km、位牌岳22km、愛鷹山24km、台ヶ岳4.5km、小塚山3.5km、三国山9.4km、 神山5.8km、駒ヶ岳6.5km、上二子山7.2km、下二子山8.0km
【北東から南東にかけて】
大山24km、秦野19km、伊勢原27km、平塚28km、藤沢40km、三浦半島(三浦崎)52km、房総半島(洲ノ崎)70km
お腹も満ちて山頂からの景色も堪能したら、明神ヶ岳から下山していきます。 南側の明星ヶ岳や宮城野へ降るか、北側の矢倉沢峠から仙石原へ降るか、東側の最乗寺へ降るかと考えた末、 今回は最乗寺奥の院へと降るルートを歩くことにしました。 道標「矢倉沢峠90分、金時山130分」の指す笹竹の生い茂る道を進んでいきます。 笹竹を抜けていくとすぐにガレ場の上に出ます。 尾根道はガレ場に沿うようにして続いています。 正面には金時山を前景にした富士山がよく見えていました。 金時山との間には雲が棚引いていて、 正に「♪頭を雲の上に出し」という状態でした。 何だか小学校の音楽の教科書に出てきそうな光景でした。
笹竹や雑木の生い茂る尾根道を進んだりガレ場の脇に出たりしながら進んでいくと、 やがて正面に電波反射板が見えてきます。 その左手には金時山から丸岳へと続く箱根外輪山が延びていて、その奥には富士山も頭を覗かせていました。 本コース最後の眺めを楽しんでいきましょう。 明神ヶ岳から見ると金時山のほぼ真後ろに富士山が見えるのですが、 この辺りに来ると右手の方に見えるようになります。 ほんの少ししか歩いていないように思えるのに、随分と見え方が変わってくるものです。 富士山に比べてそれだけ金時山が近いということなのでしょうか。
(後日に来てみると、電波反射板はなくなっていました)
奥の院分岐
正面に富士山を見ながら尾根道を緩やかに降っていくと、明神ヶ岳の山頂から12分ほどで浅い鞍部に着きます。 ここで右手へ道が分かれていきます。 脇の樹木に黄色い板がぶら下げられていて「最乗寺奥の院 右へ」と記されていました。 その袂には小さな道標もあって、正面の道は「金時山」、今歩いてきた道は「明神ヶ岳」となっていました。 電波反射板はこの少し先にありますが、ここで尾根道から分かれて、右手の道を奥の院へと降っていきます。 最乗寺奥の院へと降っていくこの道は、 ハイキング用地図には細い破線で示されているルートで一般登山道ではありませんが、 それほど荒れている訳でもなくて歩き難いということはありません。
分岐1
冬枯れの雑木林の中に続く道を降っていくと、 少し抉れた感じになってきて熊笹が生い茂るようになってきます。 V字形に窪んだ所を過ぎて傾斜が緩やかになってくると、縦走路から15分ほどの所に分岐があります。 角の樹木に金属板の道標が括り付けられていましたが、文字はほとんど読めなくなっていました。 文字の痕跡から判断すると、今降ってきた道は「明神ヶ岳」、 正面に降っていく道は「道了尊」となっているようでした。 その他にも文字らしきものはありましたが判読できませんでした。 右手に分かれていく道も広くてしっかりとした感じでしたが、 その道標からは何処へ続いている道なのかは分かりませんでした。 どちらへ行ったものかとしばらく考えていましたが、 「道了尊」の部分が正面の道を指しているように思えたので、 ここは正面の尾根道を降っていきました。
分岐2
熊笹の生い茂る所を過ぎて更に降っていくと、左手に少し窪んだ浅い谷筋が続くようになります。 谷筋に沿って降っていくと、先ほどの分岐1から9分ほどの所で、 道はその谷を渡って向こう側へと続いていきます。 その手前から右手へと分かれて降っていく道があります。 角の樹木には、縦走路の「奥の院分岐」にあったのと同じような黄色い板がぶら下げられていて 「最乗寺奥の院 右へ」と記されていました。 右手に分かれていく道の歩き出しの部分が少し分かりにくくなっているので、 この標識がないと、谷を渡って向こう側へと進んでいくこと間違いなしの所でした。 何とも的を射た箇所に標識が設置されているものです。 ここは標識の指す右手の道を更に降っていきます。
分岐3
尾根を少し降ってから小さな高みを越えてその先へと降っていくと、 雑木に混じって松の木が生えるようになってきます。 右手へ降っていく細い道を分けて尾根道をその先へと降っていくと、 先ほどの分岐2から9分ほどの所に分岐があります。
左手からもしっかりした道が合流してきていました。 角には手製の道標が立っていて、今降ってきた道は「金時山・明神ヶ岳」、 右手の道は「大雄山」となっていました。 左手の道を指す矢印の痕跡もありましたが、白ペンキで塗り潰されていました。 右手から登ってくると正面に見える向きに立っていることを考えると、 右手の道が大雄山(最乗寺のこと)へと続いているようなので、ここは右手へと降っていきました。
左手の道は何処へ続いているのかは確かめませんでしたが、 もしかしたら先ほどの分岐2を直進して谷筋を渡っていく道に続いているのかも知れません。
足柄林道
尾根を降っていくと一旦右斜面を進むようになりますが、またすぐに尾根を降るようになります。 松の木が生える尾根を降っていくと、やがて尾根の右斜面を降るようになります。 植林帯の斜面を横切るようにして降っていくと、やがて雑木林へと変わっていきます。 樹間から南足柄の街並みを眺めながら、雑木林の斜面を横切るように更に降っていくと、 「神奈川県優良林」の看板を過ぎた先で、舗装された林道に降り立ちます。 先ほどの分岐3から17分ほど、縦走路の「奥の院分岐」から50分ほどで降りて来られました。 どういう訳だか、降り立った所には白ペンキで横断歩道のような表示がされていました。 今回のルートが登山道として認められている証のように思えて、何だか安心したりしました。 林道に降りて左手の少し先のガードレールが途切れた所から山道が分かれているので、 その道を降っていきます。 脇には「落石注意」の標識や「自然環境保全地域」や「明神線No41 緑を大切にしましょう」の看板が立っていて、 その先にはカーブミラーも設置されているので目印にしましょう。 標識や看板とカーブミラーの間から山道が続いています。
「神奈川県優良林」の看板には、今回降ってきたルートが「登山道」として図示されていました。 一本道のように描かれていますが、実際には幾つかの分岐がありました。 看板のすぐ先にあるこの林道は「足柄林道」というようで、 右手へ行くと奥権現橋を渡って塚原へ、左手へ行くと矢倉沢へと続いているようでした。 また、林道を横切って大雄山へと登山道が延びているのが図示されていました。 降ってきた山道と林道を横切った先の山道をつないでみると真っ直ぐになりそうでした。 この林道によって登山道が分断されてしまったようです。
自然環境保全地域
自然を大切にしましょう。 建築物の新改増築、土地の形質変更等は届出が必要です。
 (神奈川県)
41番鉄塔
短い横木の階段を降っていくと、すぐに歩きやすい尾根道になってきます。 程なくして植林帯に沿って降るようになります。 「神奈川県森林公社分収造林地」の看板を過ぎていくと、降りの傾斜が少し増してきます。 一旦緩やかになってから再び降り傾斜が増してくると、正面には丹沢の山並みが見渡せるようになります。 再び傾斜が緩やかになってくると、足柄林道から10分ほどで、送電線の鉄塔「明神線41」が立っている所に出ます。 足柄林道の所にあった「明神線No41」というのは鉄塔の番号だったようです。 左右の樹木が切り払われていて、見通しが良くなっていました。 鉄塔の下をくぐって更にその先へと降っていきます。
松林を過ぎて桧の植林帯へと入っていく所に、南足柄市外二ヶ町組合の壊れた「官行造林地」の看板がありました。 広くなった植林帯の中の道を降っていきます。 途中には小さな梯子階段もあったりしますが、大したことはありません。 「大雄山」と刻まれた石柱を過ぎていくと、41番鉄塔から14分ほどで開けた所に降り立ちます。 脇には消えかかった道標が立っていて、今降ってきた道を指しているようでした。 読める文字をつなげてみると 「神明水・見晴台・明神山・明星山 入口 林道を左へ曲る」 と書かれているようでした。 先ほどの足柄林道を曲っていった先のことを表わしているようでした。 右手にも戻るようにして道が続いていましたが左手へと進んでいくと、 すぐに左手へ降っていく道と右手に続く道に分かれています。 いずれも広い道になっていました。 角には縦走路の「奥の院分岐」にあったのと同じような黄色い板がぶら下げられていて 「最乗寺奥の院 右へ」と記されていました。 ここは標識に従って右手の道を進んでいきます。
最乗寺奥の院
広い道を進み、アジサイの木が植えられた間隔の広い横木の階段を降っていくと、 程なくして最乗寺奥の院に着きます。 足柄林道から25分ほど、縦走路の「奥の院分岐」から1時間20分ほどで到着しました。 これで山道は終わりになります。 着いた所には今降ってきた道を指す道標が立っていて、 「明星岳4.30時間、明神岳3.20時間、見晴台4.30時間 登り口」となっていました。 右手からは急な石段が登ってきていました。 最乗寺から続く参道だと思われます。 左手の太い門柱の先に奥の院の御堂があります。 扉が開かれていて、自由に上がっていって参拝できるようになっていました。 無事に下山できたことを報告していきましょう。 御堂の左手の脇には札所があって、お守りや開運招福扇やオリジナルカレンダーなどが販売されていました。
御堂の中に御自由に御入りに成って御詣り下さい。
 (大雄山奥の院)
開運招福扇
当山道了尊の化身であります天狗様の持つ羽団扇を象った開運招福扇です。 羽団扇は魔を祓い、剣は悪を切り伏せる、福を招く縁起のよい御札です。 開運・交通安全・商売繁盛・身体健全・諸縁吉祥・五穀豊穣・海上安全・厄災消除などを願う 多くの方々にお分かち致しております。 皆様の心願成就を御祈念致します。 合掌
 (大雄山最乗寺)
奥の院からは正面の石段を降っていってもいいのですが、 今回は「帰路→」の案内板に従って、御堂の右手から続く坂道を降っていきました。 舗装された坂道の両側にはアジサイの木が沢山植えられていて、 花の季節にはさぞ綺麗な眺めになるのだろうと思いながら降っていきます。 周囲は大きな杉の木の生える林になっていて、神聖な雰囲気が漂っていました。 右手に戻るようにして分かれていく道をひとつ見送って更に坂道を降っていくと、 奥の院から7分ほどで再び分岐があります。 角に立つ大きな看板によると、右手に戻るようにして続く道は「御真殿」、 今降ってきた道は「奥の院」となっていました。 正面から左手へと曲がっていく道は何も示されてはいませんでしたが、 奥の院にあった案内板によると駐車場へと降っていくようです。 今回はここを右折して最乗寺の御真殿へと向っていきました。
(写真は振り返って写したものです)
御真殿
門をふたつくぐっていくと御真殿があります。 この時には丁度法要が行われていたようで、中からお経を上げる声が聞こえてきました。 「妙覚宝殿」と題された石碑が御真殿の前にありました。 妙覚宝殿とはこの御真殿のことなのでしょうか。 達筆な旧字で書かれていて無学の私には分からない文字もありました。 間違っている箇所もあるかも知れませんが、参考のために石碑に書かれていた内容を載せておきます。
妙覚宝殿
当山鎮護妙覚道了大菩薩の御真殿也。 大菩薩了庵慧明禅師の随侍たり。 慧明禅師当山を開創さるるに、三井寺より飛来し天恵の力を振い建設の鴻業にあたる。 応永元年也。 以後監司に就き一山を敬い禅師の仮益を補佐して遺す所なし。 応永十八年三月廿七日禅師ご入寂。 大薩タは俄然身を変じ、余の因縁はここに終るも 永遠に当山に在りて山門を守護し、象人を利済せんと五大誓願を発し虚空に全身を蔵したもう。 依って賽堂を建立す。 象無の利益を破るもの、その数を知らず。
 (中建道了講)
和合下駄
御真殿の左手には大きな下駄が沢山並んでいました。 中でも特大のは「和合下駄」として別けて置かれていました。 解説板によると色々な願いが叶うのだそうです。 その他にも仏像や烏天狗像などが並んでいました。 左手の奥の方から上へと登っていく石段がありました。 先ほどの奥の院へと続いているようでした。
大下駄の功徳
そもそも神通力を持つ天狗は着物、これ高下駄である。 下駄こそは左右揃って一速、即ち二つが相伴ってこそ有態を成す。 男女の一体をみて夫婦の如である。 よって夫婦の和合を意味し、ここに和合の大下駄と呼ぶ。 故に縁結びの象徴なり。 また、この下駄をくぐり通ると安産の願い叶うとも人の言う。 健脚の願い、これも鉄下駄に望むなり。 移動の基盤、すべて下駄より発する。 したがって交通安全を祈願するもよし。 古来より我が国に「下駄を預ける」との言葉在り。 ゆえに受験ごと、家内安全総じて叶うと思うべし。 合掌
天狗にも 喰わせたいぞえ みそおでん
奥之院と参道
これより三百五十余の石階を登れば奥之院慈雲閣に到る。 鎮護道了大薩タの御本地十一面観世音菩薩を奉安する。 内陣渡殿拝殿ともに昭和四十三年再建された。 総坪十七余。
大雄の 石段ともす 奥の院 信者寄進の 三十四の灯
大雄山最乗寺
御真殿の正面の石段を降り、左手にある結界門をくぐってその先の橋を渡っていくと、 大雄山最乗寺の広い境内に着きます。 開山堂・本堂・書院が並んで建っていて規模の大きな寺院です。 手前には金剛水堂という六角形のお堂もあって、コップや柄杓が置いてありました。 中には水が流れ出ていたので、私も柄杓で受けてちょっと飲んでみました。
大雄山最乗寺は応永元年、了庵慧明禅師によって開創された曹洞宗の古刹です。 この了庵禅師に随侍されたのが妙覚道了菩薩で、十一面観世音菩薩の化身といい伝えられ、 今もなお当山の護持と多数信仰者の守護のために法力を不断に発揮しておられます。 更に当山は当初より叢林として多くの雲衲の禅修行の道場として著名なることは周知のところです。
 (大雄山最乗寺独住第十七世)
金剛水堂
当山開創のとき、道了尊者は自から井を堀り、 土中深く一顆の鐵爾を得たがこれ当山の重宝、御金印である。 この跡から清冽なる泉水が湧出し、以来六百年衆人の活渇を救う金剛水と称して珍重される。 お堂は昭和二十八年の再建奉納。
碧落門から外へ出ると、正面には大きな赤い下駄があります。 その先には明神橋が架かっていて、脇には「明神ヶ岳ハイキングコース入口」の標識や 「明神ヶ岳2時間」の道標などが立っています。 また大きな「南足柄市内ハイキングコース案内図」もあって、 矢倉岳・足柄峠・金時山・明神ヶ岳・明星ヶ岳・塔ノ峰などへの登山道が図示されていました。 ここを左手へと曲がって石段を真っ直ぐに降っていきます。
「大雄山最乗寺全景」と題した大きな看板のあるT字路を直進して、立派な山門をくぐって更に降っていきます。 沿道には直径1mは優に超える杉の大木が並木を作っていて、厳かな雰囲気を漂わせていました。
大雄山杉林
大雄山杉林は、応永元年(1394)に、了庵慧明禅師がこの地に入山して、堂塔の建立と共にスギの植林をすすめ、 伐採禁止令をしいて以来今日まで保護育成されてきました。 最乗寺境内と参道を囲む約26ヘクタールが文化財指定をうけており、 指定地内のスギは樹齢350〜500年で、その最大のものは幹周り7メートル、樹高45メートルに及んでいます。 大雄山杉林内にはすでにこの土地本来の自然林構成種の常緑広葉樹であるウラジロガシ、シラカシ、 シロダモ、アオキなどが生育しています。 今日では高木層に位置づけられるスギを除いた樹林は、きわめて自然に近い構成種群からなりたっています。 スギ林の人為的管理は、植栽初期の下草刈り、枝打ちなどにとどまり、その後はスギの生長にまかされているため、 年数を経たスギ植林地内には、その土地の自然林構成種が多く復元し、 植林されたスギと調和し生育しているところが多いです。 神奈川県下ではスギ植林地は多いですが、当杉林のように自然林構成種が復元し、 自然林に近い林分を形成しているところは少なく、また面積も広く、林相も安定しており、 貴重な存在といえます。
大雄山あじさい参道
このあじさいは、市民と大雄山の信者の方々の好意で作られました。 毎年、爽やかな花が参道を埋め、人々の目を楽しませる名所と成れば幸いです。
 (大雄山最乗寺)
お願い
この天然記念物を伐採したり荒らしたりしないで、大切に保護してください。
 (南足柄市教育委員会)
道了尊(どうりょうそん)バス停
碧落門を出てから6分ほど降っていくと、大きな石灯籠の立つ車道に出ます。 広い車道の両側には土産物屋があります。 その先へと進んでいくとすぐに道了尊バス停があります。 大雄山駅(伊豆箱根鉄道大雄山線)まで、大雄山駅行きバスにて10分、 夕方には1時間に2本程度の便があります。 最終便が早めになっているので、下山してくる時間などをよく検討しておきましょう。
 全日 ...13:10 13:25 13:45 14:00 14:20 14:30 14:50 15:20 15:50 16:20 16:46 17:15