丸太の森
散策:2006年08月中旬
【低山ハイク】 丸太の森
概 要 丸太の森は箱根外輪山の山麓にある南足柄市の公園です。 幾つかある植物園や広場の他に、古民家や旧校舎やキャンプ場などもあります。 郷土資料館では、この地区の歴史や金太郎などが紹介されています。 また園内を巡る散策コースも幾つか設定されていて、歩きながら自然に触れ合うことが出来る所です。
起 点 南足柄市 丸太の森入口バス停
終 点 南足柄市 仁王門バス停
ルート 丸太の森入口バス停…丸太の森…郷土資料館…古民家…万葉植物苑…うぐいす会館…雑木の広場…無料休憩所…旧南足柄市立福沢小学校校舎…吊り橋…山野草苑…薬用植物苑…滝ポケット…せせらぎの小径…山ざくら亭…見晴らし広場…けやきの広場…山彦広場…薬用植物苑…クヌギの広場…管理棟…天狗の小径…仁王門…仁王門バス停…(南足柄神社)
所要時間 4時間20分
歩いて... 尾根筋にある見晴らし広場からは南足柄市などを一望できる景色が広がっていました。 園内には木製遊具も沢山ありましたがかなり老朽化しているようで、使用禁止の貼り紙がしてあるものが多くありました。 家族連れも多くやってきていて、虫取りなどをしながら休日を楽しんでいるようでした。
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コース紹介
丸太の森入口(まるたのもりいりぐち)バス停
大雄山駅(伊豆箱根鉄道大雄山線)の改札口を出た右手にあるバスターミナルから、 道了尊行きバスにて7分、1時間に2本から3本程度の便があります。
 毎日 7:48 8:15 8:40 9:15 9:48 10:25 10:40 10:50 11:15 11:25 11:48...
大雄山最乗寺(道了尊)へと続くこの車道の両側にはアジサイの木が沢山植えられています。 また杉の大木も並木を作っていて厳かな雰囲気のする道になっています。 バスを降りると道が二手に分かれています。 左手に分かれていく道は明星林道で、 正面の道は道了尊へと続く車道です。 車道も二手に分かれていますが、その先ですぐに合流します。
大雄山あじさい参道
このあじさいは、市民と大雄山の信者の方々の好意で作られました。 毎年、爽やかな花が参道を埋め、人々の目を楽しませる名所と成れば幸いです。
 (大雄山最乗寺)
大雄山杉林
大雄山杉林は、応永元年(1394)に、了庵慧明禅師がこの地に入山して、堂塔の建立と共にスギの植林をすすめ、 伐採禁止令をしいて以来今日まで保護育成されてきました。 最乗寺境内と参道を囲む約26ヘクタールが文化財指定をうけており、 指定地内のスギは樹齢350〜500年で、その最大のものは幹周り7メートル、樹高45メートルに及んでいます。 大雄山杉林内にはすでにこの土地本来の自然林構成種の常緑広葉樹であるウラジロガシ、シラカシ、 シロダモ、アオキなどが生育しています。 今日では高木層に位置づけられるスギを除いた樹林は、きわめて自然に近い構成種群からなりたっています。 スギ林の人為的管理は、植栽初期の下草刈り、枝打ちなどにとどまり、その後はスギの生長にまかされているため、 年数を経たスギ植林地内には、その土地の自然林構成種が多く復元し、 植林されたスギと調和し生育しているところが多いです。 神奈川県下ではスギ植林地は多いですが、当杉林のように自然林構成種が復元し、 自然林に近い林分を形成しているところは少なく、また面積も広く、林相も安定しており、 貴重な存在といえます。
林道 明星線
幅員4.0m 延長5642m
 (神奈川県足柄上地区行政センター)
バス停の先へと車道をほんの少し進んでいくと、右手の森の中へと続く道が分かれていきます。 また、道了尊への参道になっている「天狗の小径」も車道に沿って通っています。 両脇には、丸太の森や郷土資料館などの案内板が設置されています。 郷土資料館へは車道を少し戻った所からのルートの方が楽な旨の説明書きがありますが、 今回は「足柄森林公園 丸太の森 徒歩20分」に案内板に従って、森の中へと続く道を進んでいきました。
お知らせ
郷土資料館へは、山越えのハイキングコース(急な坂道です)と、 バス道路を下って戻って舗装道路からもいけます。
(舗装道路コースがたいらでお勧めです)
お知らせ
郷土資料館へは、舗装道路・天狗の小道を手前の歩道橋まで、もどってください。
杉林の中に続く広めの山道を進んでいくと、やがて横木の階段を登るようになります。 それほど歩きにくくはない横木の階段を登り切ると、森への入口から4分ほどで分岐があります。 「丸太の森・足柄ふれあいの村」や、 「丸太の森15分、郷土資料館15分、どんぐりの家10分、足柄ふれあいの村10分」の道標が 右手の道を指しています。 正面と左手にも踏み跡程度の細い道が分かれていましたが、道標に従って右手の広めの道を進んでいきます。
保安林区域図
この区域は森林がもっているいろいろな働きを守るため、保安林に指定されています。 保安林内で木を伐採したり、植物や土石を採取するときは許可が必要です。 くわしい事は右記へお問い合わせ下さい。
 (神奈川県足柄上地区行政センター農林部林政課)
降りになった山道を進んでいくと、森への入口から8分ほどで車道に降り立ちました。 森への入口の案内板にあった歩道橋経由の道のようです。 正面のガードレールに取り付けられた「←丸太の森・どんぐりの家・郷土資料館・ふれあいの村」に従って、 車道を左手へと進んでいきます。 左折してすぐに細めの道が右手へ分かれていきます。 脇にある案内板によると「花咲く里山・どろんこ大雄町」へと続いているようでした。 その案内板によると、このまま車道を進んでいくと小川を渡った先にT字路があり、 右手はふれあいの村、左手は丸太の森となっていました。 また、「足柄ふれあいの村」や「丸太の森」の道標も正面の車道を指しています。 これらの案内に従って、車道をそのまま真っ直ぐに進んでいきます。
緩やかな登り坂になった車道を進んで頂上辺りまでくると、林道が斜めに通っています。 そこから降り坂になる車道を更に進んでいくと、上総川に架かる平石通橋があります。 川を流れる水音を聞きながら橋を渡っていくとT字路があります。 角に立つ道標や案内板によると、右手の道は「足柄ふれあいの村1分」、 左手の道は「丸太の森6分、郷土資料館6分、どんぐりの家1分」となっています。 左手には道が二つありますが、その内の左側の道はロープが張られていて通行止めになっていました。
T字路を左折して緩やかな坂道を登っていくと左手に建物が見えていましたが、 そこへと続く道には鎖がしてあって「関係者以外立入禁止」となっていました。 小さな流れを過ぎて車道を道なりに進んでいくと、「足柄森林公園 丸太の森 駐車場」があります。 道に沿って設置されていてかなりの広さがありました。 料金所などは見当たらなかったので無料のようでした。 駐車場に沿って車道を進んでいくと分岐があります。 右手へと曲がっていく道は明神林道で、左手に分かれていく道が丸太の森へと続いています。 正面の上には郷土資料館が見えています。 「森林公園」と書かれた枯れた樹木の左手に「丸太の森案内図」があるので参考にしましょう。
林道 明神線
幅員4.0m 延長19,216m
 (神奈川県足柄上地区行政センター)
南足柄丸太の森鳥獣保護区区域図
この区域は鳥獣の捕獲が禁止されております。 鳥獣の保護にご協力をお願いします。 鳥獣を愛しましょう。
 (神奈川県)
丸太の森
坂道を緩やかに登っていくと丸太の森の入口があります。 管理棟で料金を支払ってから入園します。 丸太の森の案内図も貰えるので、それを参考にしながら園内を巡っていきましょう。 設定されている散策コースには各所に道標が設置されていて、分かりやすくなっています。
入園のご案内
休園 毎週月曜日、12月29日〜1月3日(祝祭日の場合はその翌日)
利用時間 4月〜10月まで:開園時間9時〜17時、 11月〜3月まで:開園時間9時〜16時
バーベキュー 期間:通年(休園日を除く)、 申込み:随時電話で受付けます
キャンプ 期間:7月1日〜9月30日(7月15日〜8月31日の間無休)、 申込み:3月1日より電話で受付けます(先着順)
自然と楽しむ会 丸太の森では、季節ごとに楽しめる数々の催しがあります。 自然と親しみ、自然を語り合いましょう。
足柄森林公園丸太の森ご案内
面積 25ヘクタール、 標高270メートル
【広場】自然のみどり・水・空気に包まれた八つの広場
けやきの広場・見晴らし広場・誌の広場・やまびこ広場・川の辺広場・雑木の広場・くぬぎの広場・杉の広場
【散策コース】遊んで・学んで・深呼吸
森林浴コース … 植物が発散する香りがあなたの健康を促がす
自然を学ぶコース … 学ぼう 鍛えよう 森林50の知識
バードウォッチング … さえずる小鳥たちを追いかけよう
オリエン・ティリング … 山に迷わない知識はここで学ぼう
【遊具のいろいろ】大人もこども・僕も君も大よろこび
木登り競争・お猿の楽園・ラクダの背中・森のケーブル・丸太のこみち・お馬のけいこ・丸太の大橋・ターザンロープ・ジャングル遊び
【植物苑】映ゆる自然・四季の花とみどり
自然植物観察園 … 自然の中での共存と競走の姿
万葉植物苑 … 1,200年前の万葉集に詠まれた植物130種
薬用植物苑 … 不老長寿を願った150種余の薬草
足柄山草苑 … 足柄の林床に育つ花木類
特用樹木園 … 山野に自生する珍しい樹木
【施設】多彩・足柄の風情満喫
キャンプ場 … テントとバンガロー完備、300名収容
バーベキュウ … 雨でも心配なし、350名収容
古民家 … 移築した明治の茅葺きの民家
木造小学校々舎 … 旧福澤小学校々舎の一部(移築)
うぐいす会館 … 研修LRなど多目的に利用
郷土資料館
管理棟の先にある「←正門」の標識が指す横木の階段を見送って舗装道路を右手へと曲がっていくと 郷土資料館があります。 歴史展示室では、足柄の道・縄文式土器・関本宿・矢倉沢関所・門前町など、 道をテーマに、原始・古代・中世・近世・近代の足柄地方の様子が展示・紹介されていました。 また、南足柄の昔の農家や農作業の様子なども展示されていて、内容の濃い資料館でした。 感知センサが取り付けてあるのか、人が近づいたら説明用のビデオが自動的に流れ出したりもしました。
いろいろな戸…
農家の様子や解説などを見ていると、建て替えて今はない茅葺屋根の実家を思い出しました。 土間もあったし、大戸や潜り戸もあったなあ…と懐かしくなったりしました。 潜り戸は高さ1m強で幅は60cmほどだったでしょうか、 子供だった私でも背を丸めて出入りしたように記憶しています。 大戸は壁全体が戸のようになっていてかなり強い力でないと開け閉めできませんでした。 障子戸の外側や縁側には雨戸があって、 夜になるとガラガラと音を立てながら雨戸を閉め、朝になると戸袋に収納したりもしました。
足柄の道
「足柄」の名は古く「古事記」の倭建命の東征伝説の中に初めて登場し、 「万葉集」には足柄山や足柄の坂を詠じた歌が18首収められています。 昌泰2年(899)には足柄峠に「関」の置かれたことが記録され、 また「延喜式」によると、「坂本駅」には大路なみの22疋の馬が置かれていたことが知られています。 足柄峠は古代から東西を分ける境として交通・軍事上の要地で、 「足柄路」は東西を結ぶ官道として栄えました。 鎌倉時代になると、源頼朝や歴代の将軍が足柄峠を越えて都に上りました。 この時代、交通量が増大し、新たに箱根を越える「湯坂路」が開かれましたが、足柄路を利用する人も多く、 戦国時代になっても、関東の入口として軍事上重要な位置にありました。 江戸時代、箱根を通る「東海道」が制定されると、足柄峠を超える道は「矢倉沢往還」と呼ばれ、 東海道の脇往還として機能するようになりました。 近代になり、鉄道や自動車の時代を向え、足柄の道を旅する人は少なくなりましたが、 足柄峠は雄大な富士と相模湾を臨む南足柄随一のビューポイントです。
昔の家(南足柄の農家)
代表的な家の間取りは「田の字型四間取り」と呼ばれ、 ニワ(土間)以外の部屋が田の字のように四つならんでいる形式です。 この間取りは江戸時代に完成し、日本全国に見られる典型的な農家の間取りです。 そのほかに、図のような間取りがありました。
ヘヤ(ナンド) お父さんやお母さん、こどもが寝る部屋。ふとんや着物もここにしまった。 南足柄では、ヘヤやカッテに仏壇が置かれるところが多かった。
オク(デエ) おじいさんやおばあさんが寝る部屋。床の間がある部屋は特別なお客さんが来た時に使った。
カッテ(コマ) 家族がごはんを食べる部屋。ここにいろりのある家もあった。
ザシキ いろりのある部屋。家族が集ったり、ちょっとしたお客さんに使った。
ニワ(土間) 家の3分の1ぐらいの広さがあり、農作業の準備や、ぞうりあみ・縄ない・俵あみなどの仕事をするところ。 北側にはかまどがすえられ、台所として使われた。据風呂もここに置かれた。
トンバグチ・
トンボグチ(玄関)
大戸は必要な時だけあける。ふだんは潜り戸を使う。
外に接する戸は障子戸で、夜は雨戸をしめる。稲の中は戸や襖戸でしきられ、 冠婚葬祭など人寄せのある時は、床の間のオクとザシキのあいだの戸をはずし、広くして使った。
 (南足柄市郷土資料館)
また郷土資料館では、夏期特別展として「金太郎と信州中野土人形展」も催されていました。 金太郎に関する解説や長野県中野市の土人形と、北は青森県から南は鹿児島県までの 全国70ヶ所の金太郎人形などが数百点も展示されていて圧巻でした。
南足柄市の伝説といえば「足柄山の金太郎」です。 金太郎という怪童の知名度の高さの恩恵を受け、南足柄市は「金太郎伝説のふるさと」として、 いまや全国的に知られています。 南足柄市に伝わる伝説には諸説があり、「雷神の子説」や「長者伝説」「山姥伝説」「地蔵信仰」などと 結びついた説話もあり、夢とロマンに溢れています。 金太郎説話は、単純に子ども向けの読み物にとどまらず、あらゆる方面で題材として取り上げられ、 江戸時代の浮世絵や歌舞伎の題材として、また古くから各地の郷土人形の題材にもなり、 小学唱歌にも歌われ親しまれてきました。 とくに五月人形に見られるように、子どもを持つ親にとっては、 金太郎という主人公は男の子の理想像であり、金太郎のようにたくましく育ってほしいとの願いをこめて 語り継がれてきたものといえるでしょう。 このように金太郎はいつの時代でもヒーローでありアイドルでもあり、そしてミステリアスな存在なのです。 このたびこのミステリアスな金太郎を題材とした金太郎土人形展を開催する運びとなりました。 とくに今回は信州中野市に江戸時代から伝わる中野土人形とその作者を中心に、 日本各地に伝わる金太郎土人形を一堂に会しご紹介いたします。 素朴で愛らしい様々な表情の金太郎を見ていると、 ますます足柄山の金太郎を身近な存在として感じていただけることでしょう。 ここに展示する金太郎土人形はすべて東京都在住の郷土人形コレクター・鹿野市夫氏のご協力により出品されたものです。 鹿野氏は金太郎をこよなく愛されている金太郎収集家でもあり、 鹿野氏のご協力なくしては実現できない展示会なのです。 また制作工程については中野土人形の作者、奈良久雄氏に特別に製作していただきました。 これだけ多くの日本全国の金太郎土人形を一度に観覧できるという機会はなかなかありません。 ぜに土人形の素朴さと土の香りを楽しんでほしいと思います。
 (南足柄市郷土資料館)
郷土資料館を出た正面の山際に足柄山神がありました。 小さめの祠の中に「足柄山神」と刻まれた石がありました。 由緒書きによると、この足柄山神は足柄地方の山神の総本山とのことです。 ハイキング等での災いを防いでくれる神でもあるとのことなので、今日一日の散策の安全をお祈りしていきましょう。 また足柄山神の隣には竹や木で出来た祠に入った道祖神もありました。
足柄山神
祭神 大山祇命
伊邪那岐命・伊邪那美命の二神の御子で、木花之佐久夜毘売命の父神にあたります。
山神や樹木を育て、山に住む鳥獣たちや山で働く人たちの安全を守る神様です。 またキャンプやハイキングなど山で楽しく遊ぶ人たちの災いを防いでくれる神でもあります。 昔から山で働く人たちは毎年1月、5月、9月の各17日には仕事を休んで、 赤飯を炊き藁で「すっとこ」を作り竹筒に酒を入れて山神に供えお祭りをしました。
足柄山神は足柄地方の山神の総本山です。
道祖神
祭神 衝立船戸神
道祖神は村境や橋のそばに安置され、疫病や災害が入らないよう守ってくれる神です。 平安のころからつたわったといわれています。 道祖神と左義長はいつの時代にか併せて行われるようになりました。 1月14日に各家庭から集めた門松や神にかかわる書初めなどを燃やし、 この火で焼いたダンゴを食べると病気にかからないと云われてきました。
郷土資料館の左手に続く坂道を登っていくと、道端に「春の七草」や「秋の七草」が寄せ植えされていました。 そこを過ぎていくと左手に駐車場のような広場があり、 その脇に「奈良時代の住居」というのが建っていました。 割と小振りの建物で、周囲は竹の柵に茅で葺かれた壁になっていました。 中へ入ってみると土間には椅子代わりに丸太の輪切りが幾つか置いてありました。
奈良時代の住居
足柄地方は古代から都に通じる官道が通っていたために万葉集にも数多くの詩が詠まれています。 その万葉集が作られた奈良時代の庶民の住居を復元しました。 万葉集の中の貧窮問答歌に詠まれた伏庵曲家(つぶれかかった家)もこの様な家と思われます。
自然
みごとに咲いた桜の花には、人が集ってきて、くちぐちにほめただえるでしょうが、
奥山の桜の花はどんなに見ごとであっても、人は見にきてくれません。
でも高い空から太陽が、月や星が見ています。
いいえ、山の小鳥やけものがみてくれています。
 (野口雨情)
古民家
「奈良時代の住居」のある広場の石垣の上の一段高い所に「足柄の古民家」があります。 土と板の壁や縁側や障子戸など、何だか郷愁を誘う造りでした。 土間には竈などの他にも大きな囲炉裏があって、 丸太の輪切りの上の渡された板が椅子代わりに四辺に置かれていました。 子供の頃に利用したスキー場の小屋を思い出してしまいました。 熱したコテで蝋を溶かしながらスキー板の裏に塗っていったものでした。
足柄の古民家
面積(建坪) 132u(40坪)
寄贈者 南足柄市狩野552 高木久彌氏
建 築 明治初年ごろ建築…いまから約120年前
移 築 昭和58年3月、ここ丸太の森へ移す
構 造 畳みの部屋4、土間1、柱は石の上にたててあるだけ
・主な部屋 ザシキ、コマ(茶の間)、ナンド、デー(オク)、台所
・いろり 根っ子を燃やしていぶし家の中の湿気を調節した。また害中駆除に効あり
・天井 板を使わない(後になって使う)
万葉植物苑
「奈良時代の住居」のある広場の奥に立つ「万葉植物苑→」の標識に従って、 植林帯の中へと続く山道へ入っていきます。 浅い谷を渡って尾根へと登っていくと、道は右手へと曲がっていきます。 藤棚があったり丸太の輪切りの椅子があったりする散策路を、 両脇に張られたロープから出ないようにしながら進んでいきます。 道の脇には万葉集に詠まれた歌や近代の歌人の歌などを記した立札が数多く設置されていました。 それらを読んでいると、何だか万葉の世界を垣間見たような気持ちになったりもします。 多く見かけた歌の中からその一部を載せておきます。
四季
春霞たつたの山に 初花をしのぶより 夏は妻恋ひする 神なびのホトトギス
秋は風に散るかつらぎのもみぢ 冬は白妙のふじの高嶺に雪つもる年…  (新古今集)
古の 人の植ゑけむ 杉の枝に 霞たなびて 春は来ぬらし  (万葉集 巻10-1814)
ひのき
桧の森の 黒木の山に うすらかに 降りぬる雪は 寒げにし見ゆ  (若山牧水)
谷しげけれど 西晴れたり。観念のなより なきにしもあらず。
春は藤波をみる。紫雲の如くして 西方に匂ふ。
夏は郭公を聞く。語らふごとに 死出の山路を契る。
秋はひぐらしの声 耳に満てり。うつせみの 世をかなしむほど聞こゆ。
冬は雪をあわれぶ。積り消ゆるさま 罪障にたとへつべし。  (方丈記より)
山のあなたを
山のあなたを見わたせば あの山恋し 里こひし
山のあなたの青空よ どうして入日がとおざかる
山のあなたのふるさとよ あの空恋し 母こいし  (北原白秋)
うぐいす会館
少し降るようになると、古民家の右手から続いてきた舗装道路に出ます。 左折して道路を少し進んでいくと、細い道が右手の高みへと分かれていきます。 その左手には石段の道も続いていました。 角に立つ道標によると、右手に戻るようにして登っていく山道は「うぐいす会館」、 その左手の石段の道は「雑木の広場」となっています。 先ずは右手の山道を登っていくと、石段の上に「うぐいす会館」の看板の掛かる建物がありました。 研修などに使用するとのことですが、中を覗いてみると、余り使われている様子はありませんでした。
雑木の広場
「うぐいす会館」の左手には雑木の広場があります。 広場と言っても平らな所ではなく、雑木林の山の斜面に石畳の道が続いている所です。 東屋や井戸などもあったりします。 解説板も設置されていましたが、掠れて読めない部分も少しありました。
雑木の広場(雑木と石だたみの小径)
足柄の自然はすばらしい。とくにコナラ・クヌギ・ゴンズイ・マメザクラ・コブシなどを始め、 この地域に珍らしいヒメシャラ・オオウラジ・アオハダなどの雑木の四季の移りかわりは格別です。 新緑の樹間に霧が湧き、去ってウグイスの声を聞く。 雷がやんで流れ星の夏の夜空。舞い落ちる木の葉など、どの一つをとっても美しい。 公園を訪れる人びとの心をとらえます。 このすばらしい雑木の自然を多くの方がたに_ってもらうため、 市制10周年に当り富士写真フイルム株式会社のご厚意によって ここ丸太の森に「雑木の広場」(雑木と石だたみの小径)が設けられました。 素朴ななかにも__の映りの美しい雑木と静かな石だたみの小径、 樹間に湧く水の調和のとれた姿を味わってください。
 (南足柄市)
無料休憩所
雑木の広場から舗装道路へ戻ると、道の向かい側に坂道が分かれています。 その道を降っていくと、すぐに左手からも道が登ってきていました。 その道を合わせてその先の階段をひと登りすると、無料休憩所や森林食堂のある小広くなった所に着きます。 この丸太の森は「かながわの探鳥地50選」にも選ばれているようで、 丸太の森・最乗寺から明神ヶ岳にかけての案内図も設置されていました。 無料休憩所では、オリエンティリングとして、野うさぎコース(90分)と子リスコース(50分)が紹介されていました。 森林食堂は閉店の貼り紙が出ていました。
フィールドの約束(や・さ・し・い・き・も・ち)
)野外活動は無理なく楽しく
)採集はしないで自然はそのままに
)静かにそーっと
)一本道、道から外れないで
)着るものにも一工夫
)持って帰ろう、思い出とゴミ
)近づかないで、野鳥の巣
 (神奈川県環境部自然保護課)
お客様へ
毎度ご利用下さいまして誠にありがとうございます。 この度都合に依り9月30日をもちまして森林食堂を閉店とさせていただきます。 永い間御利用下さいました皆様に心よりお礼申し上げます。 ありがとうございました。 店主
山火事に注意しましょう
山林内でのたき火やたばこの投げ捨ては山火事のもとです。 ご注意下さい。 緑の山をみんなで守りましょう。
 (神奈川県)
森林食堂を後にしてその先へと続く広めの道を緩やかに降っていくと、旧福沢小学校校舎の裏手に着きます。 左手から正面へ廻っていくと、木造の校舎の玄関があります。 脇には二宮尊徳の銅像が立っていました。 校舎の中へと入っていくと、木造の廊下がギシギシと音を立てて、子供の頃を懐かしく思い出したりしました。 校舎の中には校長室・職員室・衛生室・裁縫室などがありました。 校長室には、この地区の小中学校が写真や校旗・校章・校歌と共に紹介されていました。 職員室は、どういう訳か音楽室のようになっていました。 黒板や教壇に向かい合いようにして、生徒用の木製の小振りの机と椅子が並んでいました。 机の上には大玉の算板がひとつずつ置かれていました。 教育の基本である「読み・書き・ソロバン」の授業が行われていたのでしょう。 教壇の横には木製のオルガンもありました。 衛生室は立ち入り禁止になっていました。 裁縫室は畳み敷きの部屋になっていて、壁には万葉集の歌が沢山掲げられていました。
ごあんない(旧沢小学校校舎)
●旧福沢小学校校舎
なつかしい木造の校舎。みどりに映える瓦屋根。 この校舎は昭和8年に建設された旧福沢小学校の一部で、昭和62年3月ここ丸太の森に保存のため移築されました。 福沢の名は、かつて福沢諭吉先生がこの地においでになっていたので、先生の姓をいただいたといわれています。
●園内ご見学のはじめに
この建物の内部は、現在校長室を「南足柄教育コーナー」、職員室を「丸太の森四季コーナー」、 裁縫室を「万葉植物コーナー」と3つのコーナーに分けられています。 これらを通して、ご来園のみなさん方に丸太の森から次の3つのことに触れていただきたいと思います。
1.自然のみどり (詳細は省略)
2.ふるさとの香り (詳細は省略)
3.詩の心 (詳細は省略)
吊り橋
旧福沢小学校校舎の正面から「くぬぎの広場」への道が続いていますが、 校舎の裏手まで戻って、「ターザンロープ」や「足柄山草苑」の道標に従って、 左手の横木の階段を降っていきます。 森へ入って左手へ降っていくと、すぐに谷筋に架かる吊り橋があります。 谷の両側に立てられた木製の太い柱の間に金属製のロープが渡され、 横に並べられた丸太の橋を吊るす形になっていました。 橋の両側には鉄柱とロープが柵のように設置されているので怖くはありませんが、 端の方を歩くと少し横揺れしたりもします。
山野草苑
吊り橋を渡ってその先の横木の階段をひと登りすると、山道が左右に通っています。 正面には山野草苑が広がっています。 道標によると、右手の道は「薬用植物園」、左手の道は「くぬぎの広場」となっていますが、 今回は左手に植えられたカタクリの群落を見ながら、正面に続く横木の階段を更に登っていきました。
かたくり (万葉名 カタカゴ) ユリ科
山地の樹陰に群落を作って生える多年草。 早春、楕円の二葉から伸びた茎にヒメユリに似たローズピンク色の花を一つつけ、 うつむいて咲くゆかしい風情の花です。
物部の 八十少女らが 汲みながふ 寺井の上の 堅香子(かたかご)の花 万葉集 巻19-4143
大ぜいの少女たちが寺の上に湧き水を入り乱れて汲んでいる。 ペチャクチャとおしゃべりしながら春の喜びを心いっぱいにして。 その脇に美しいカタクリが一面に咲き、ときは春。花も美しいが人も美しい。 足柄では余り姿を見せない花だが、丸太の森開園(昭和43)津久井郡藤野町の雑木林からす浮かぶ移し植えたのが、 今では数百株に増え春を彩っています。 カタクリは播いて5〜6年目に咲く気長な花です。 花の命は短かいというが、特にカタクリは短かく、この短かい間にエネルギーを蓄え休眠するので、 スプリング・エフエメラル(春のはかない命)とも呼びます。
薬用植物苑
柿の木などを眺めながら幅の広い横木の階段を登っていくと、小広くなった丘に着きます。 何の目的なのか太い柱が3本立っていて、そばにはベンチも設置されています。 右手には薬用植物苑・特用樹木園などが続いています。 すぐそばには「おきなぐさ」が植えられていました。 ここで道が幾つかに分かれていますが、先ずは道標「ターザンロープ」に従って、 左から2番目の道を降っていきました。
おきなぐさ (万葉名 ネッコグサ) キンポウゲ科
足柄地方ではホウキナスと呼んでいる。 全身に産毛のような白い毛に包まれた紫色がかった大弁花でうつむいて咲くさまは優しいが、 さて、ネッコグサとは、根太で長くたくましいところから名づけられたのか。
芝付の 美宇良崎なる 根都古草(ねっこぐさ) 相見ずあらば 我恋ひめやも 万葉集 巻14-3508
あの娘に一度も逢っていなかったら、私はこんなに恋ひ焦がれることもなかったろうに逢ってしまって、 と燃える心をこの花に寄せています。 根都古草の「根」と「寝」を結びつけています。 美宇良崎は三浦三崎だとされているが、どの辺かは不明。 横須賀市の西方にある佐島が「御浦良」の遺名があるが、この真更に研究の余地があります。 この辺でも昭和の中程までは道了尊の奥や足柄峠に姿を見せていたが、 今は全くその影はなく、幻の花とされています。
植林帯の中に続く横木の階段を2分ほど降っていくと、少し開けた所に着きます。 そこには木製遊具の「ターザンロープ」がありました。 両側の支柱の間に渡されたロープに取り付けられた滑車付きの紐につかまって移動する遊具です。 ここから道が幾つかに分かれています。 道標も立っていて、左の道は「運動広場」、右手の道は「滝ポケット」、 今降ってきた道は「足柄山草苑」となっています。 正面へも道が続いていました。 道標には何も示されてはいませんでしたが、歩いてみるとすぐに上総川の畔へ出ました。 左手すぐの所には樹木に囲まれた「運動広場」がありましたが、誰もいなくてひっそりとしていました。
滝ポケット
「ターザンロープ」から道標「滝ポケット」に従って右手の道へと進んでいきます。 最初に道が二つあってどちらへ行ったものかと悩んでしまいましたが、すぐ先で合流して一つになります。 植林帯の中に続く道を3分ほど進んでいくと小さな木橋が架かっています。
左手を流れているのは上総川で、右手から細い沢が合流してきていて小さな滝がありました。 これが「滝ポケット」というようで、滝の上に標識が立っていました。 ここで道が二手に分かれています。 角に立つ道標によると、正面へ続く上総川沿いの道は「キャンプ場・バーベキュー場」、 右手の沢沿いの道は「せせらぎの小径」となっています。 このまま上総川沿いに進んでいくと2分ほどでキャンプ場に着きますが、 今回は右手の沢沿いに続く「せせらぎの小径」を登っていきました。
せせらぎの小径
「滝ポケット」の右手から沢沿いに続く山道を登っていきます。 沢に架かる木橋を二度ほど渡りながら、小さな谷筋に続く小径を緩やかに登っていきます。
やがて現れる横木の階段をひと登りすると、滝ポケットから3分ほどで、古民家の右手から続く広めの道に出ます。 角に立つ道標「キャンプ場・バーベキュー場」に従って、左手へと進んでいくと、 10mほど先に丸太が山積みされた所があり、その脇から右手へ道が分かれていきます。 最初の管理棟でもらった案内図によると、「せせらぎの小径」はその道へと続いているようです。 道標「詩の広場」に従って、沢沿いに続くその道へと入っていきます。
沢に架かる木橋を何回か渡りながら、谷筋に続く山道を進んでいきます。 横木の階段もあったりしますが、全体的にはそれほど傾斜が急な道ではありません。 谷間に響く沢の水音を聞きながら進んでいきます。
森のケーブル分岐
横木の階段を登って広めの道から5つ目の木橋を渡って沢筋から離れていくと、すぐに分岐があります。 道標によると、右手の道は「森のケーブル」、左の道は「詩の広場」となっています。 ここは道標「詩の広場」に従って左手の道へと進んでいきます。 分岐の手前に設置された解説板によると、この辺りは「仏石(ほとけいし)」と呼ばれる場所のようです。
仏石 仏石の伝説
どうして「仏石」と呼んだのか。 小田原城の改修工事が寛永年間に行われたとき、この地「仏石」からも石が運び出されたという。 箭穴の大きさ等、小田原城の石垣のものとほぼ同じであり(調査の結果)、 また、市の明細帳に塚原の畑屋敷・かまつか・石畑・大畑の石場から割石…が記録され、 恐らくここ仏石は関連場所ではないかと思われる。 この地を古老たちは小田原山と呼び、ここの清水は旱魃のときでも水が涸れなかったから、 近くの農家はここの湧水を生活に利用したといわれている。
分岐
植林帯の中に横木の階段が続きますが、をそれほどの傾斜はないので息が切れるようなことはありません。 1分半ほど登っていくと分岐があります。 道標によると、右手の道は「樹木ウォッチングコース」となっています。 左手の道は何も示されてはいませんが、ここは左手の道を登っていきます。
山ざくら亭
植林帯から雑木林へと変わっていく森の中に続く横木の階段混じりの山道を登っていくと、 分岐から3分ほどで東屋がありました。 真ん中の支柱を取り囲むようにして座る所が設けられていました。 蒸し暑くて汗が後から後から噴き出してくるので、ここで休憩していきました。 管理棟でもらった案内図によると、この東屋の右手一帯が「詩の広場」になるようですが、 「広場」とは云うものの、森の中の斜面になっています。
春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪冴えて 冷しかりけり 道元
この丸太の森には東屋が幾つかありますが、各々には名前が付けられているようです。 この東屋には「山ざくら亭」の看板が掛かっていました。 東屋の脇には「森林浴コース・樹木ウォッチングコース」の標識もありました。 この森では、設定されている散策コースに沿ってコース名を記した標識が点々と設置されていて、 とても分かりやすくなっています。 管理棟でもらった案内図によると、「樹木ウォッチングコース」というのは、 最初の入口にある解説板に書かれていた「森林浴コース」の別名のようです。
東屋からその先へと登っていくと、ほどなくして尾根道に出ます。 そこには木製遊具「らくだの背中」が設置されていて少し広くなっていました。 遊具はかなり老朽化しているようで、「使用禁止」の貼り紙がしてありました。 ここを左折していくと、すぐに分岐があります。 道標によると、右手に分かれていく道は「お猿の楽園」、正面の尾根道は「見晴らし広場」となっています。 ここから尾根の上を経て「見晴らし広場」へと続く山道を歩いていきます。 「自然を学ぶコース」の一部にもなっていて、森などに関する設問を記した板がコースに沿って設置されています。 ここの設問は如何でしょうか。ちょっと悩んでしまいますね。 高さ5mの木が10mになったのだから、1mの所は2mに? もう少し考えてみましょう。
自然を学ぶコース 問11
幹の直径30cm、高さ5mくらいの木の地上1mの高さに、自分の名前を彫り込んだとします。 木は毎年成長を続け、10年後に再び訪れた時には木の高さは10mになっていました。 さて、地上1mに彫り込んだ名前は、どの位の高さになっているのでしょうか?
分岐
2分ほど進んでいくと、「せせらぎの小径」が左手へと分かれていきますが、 道標「見晴らし広場」に従って、尾根道を真っ直ぐに進んでいきます。 植林帯の尾根にしっかりとした山道が続いています。 横木の階段もあったりしますが、それほどの傾斜はありません。 9分ほど登っていくと、その先からは降り気味の緩やかな道になります。 3分ほど進んでいくと分岐があります。 角に立つ道標によると、左手の道は「公園外」、右手の道は「見晴らし広場」となっています。 左手の道にはロープが張られていて進入禁止になっているので、 ここは道標に従って右手の道を降っていきます。
見晴らし広場 (標高420m)
植林帯から雑木林へと変わっていく尾根道を降っていくと、3分ほどで「見晴らし広場」に着きます。 「広場」とは云っても、下草が刈られて尾根が少し広くなった程の所で、 東屋「みはらし亭」が建っています。 広場には標高と緯度経度の記された標柱も立っていました。
右手が開けていて南足柄市の街並みなどを見渡すことができました。 ベンチも設置されているので、景色を眺めながらひと休みしていきました。
標高420m 北緯35度18分21秒 東経139度4分18秒
東屋からその先へと降っていくと、「見晴らし広場」と書かれた看板が立っています。 その先から右手へ曲がって、傾斜の増した横木の階段を降っていきます。 植林帯を掠めて更に雑木林の中を降っていくと、 見晴らし広場から5分ほどで、木製遊具「お猿の楽園」のあるちょっとした広場に着きます。 ここで道が二手に分かれています。 道標によると、右手の道は「詩の広場」、左手の道は「けやきの広場」となっています。 ここは道標「けやきの広場」に従って左手の道を進んでいきます。
分岐
木製遊具の脇を過ぎて、幅の広い横木の階段を緩やかに降っていくと、1分ほどで分岐があります。 道標によると、右手の道は「野うさぎのブランコ」、左手の道は「けやきの広場」となっています。 どちらの道を降っていっても「けやきの広場」へ続いていますが、 今回は右手の道を進んでいきました。 木製遊具のそばの横木の階段を更に降っていくと、「森のケーブル」への分岐がありますが、 道標「けやきの広場」に従って、左手へと降っていきます。
尾根筋に続く幅の広い横木の階段を降っていくと、 程なくして木製遊具「野うさぎのブランコ」のある所に着きます。 そのすぐ先には木製遊具「木登り競走」もありました。 遊具を過ぎて植林帯の中に広がった道を降っていきます。
けやきの広場
尾根から降りると、左手の谷間には「けやきの広場」があります。 その真ん中には「野外ステージ」がありました。 何だか古代ローマ時代の遺跡で見かける劇場ようにも思えてきます。 山の手の方には東屋「雲紋亭」も見えていました。
けやきの広場
この巨木、樹令180年という。 けやきの実は米粒より小さいがこんなに大きく成長します。 春は新緑、夏は緑濃く空を染め、秋は紅葉に彩られ、冬はすっかり落葉して枝の隅々まで陽光が射し込む。 かつてはこのあたりはけやきが多く育ち、小田原城につかわれたそうで、 古老たちはここを小田原山と呼んでいる。 樹の肌に雲のような模様が出ています。 これを雲紋といい、けやきの貫禄を示します。
森林浴=フィトン・チッド
森林の香り、いかがです。
フィトン・チッド(ギリシャ語) フィトン(植物)、チッド(殺す)
植物は絶えず人間を侵そうとする最近を殺してくれるという。
森林浴の効果 健康増進、若がえる
「けやきの広場」からは、左手の土の道と正面の簡易舗装道の二つがありますが、 今回は正面の簡易舗装道を降っていきました。 植林帯の中を降っていくと、すぐに古民家からキャンプ場へと続く広い道に降り立ちます。 ここを右折して広い道を進んでいきます。 すぐにある「けやきの広場」への山道は見送って、 道標「キャンプ場・バーベキュー場」に従って、 小さな沢を渡ってその先へと続く道を真っ直ぐに進んでいきます。
守ります 山の緑と 防火のマナー
 (南足柄市消防本部、南足柄市消防署)
山彦広場
1分ちょっと進んでいくと、広い道と尾根道が交わる十字路があります。 角に立つ道標によると、正面の道は「キャンプ場・バーベキュー場」、 右手の尾根を登っていく広い道は「詩の広場」、 左手へ降っていく道は「薬用植物園」となっています。 右手の尾根には山彦広場があり、木製遊具「丸太の大橋」や、 丸太を横に並べた小径「丸太のみち」があります。
山彦広場
「オーイ」「オーイ」。アッ、俺の声だ。 谷間から尾根へ、尾根から峯へ飛んで行く。「山彦」だ。 「僕の声と、もう一人の僕のこえ」。
青い空、みどり、樹間から洩れる陽光。
小鳥は歌う
ウグイス…ホーホケキョ、ヒヨドリ…テイジクジク、シジュウカラ…ツーピーツーピー、ホウジロ…テッペンカレタカ、メジロ…チリチリチリ
リスもウサギも遊ぶ。
健康は足のうらから
あなたが毎日元気で暮せるために、足が果たしている役割を考えてみませんか。
利用上の注意
1.土足を禁じます。履物をぬぎ、持って歩こう。
2.一列になって歩こう。
3.すべらないよう注意しましょう。
薬用植物苑
道標「薬用植物園」に従って左手へと降っていきます。 「山野草の丘」や「薬用植物苑」などの看板を過ぎていくと、吊り橋から登ってきた分岐に戻ってきます。 先ほどは「ターザンロープ」へと降っていったのですが、今回はその左手の道を降っていきます。
坂道から横木の階段へと変わっていく道を降っていくと左手へ道が分かれていますが、 そのまま横木の階段を降っていきます。 吊り橋から続く道に降り立って、右折して植林帯に続く道を降っていきます。 「←クヌギの広場・川辺の広場→」の標識の所を左手へ降り、沢に架かる木橋を渡っていきます。
クヌギの広場
木橋を渡って横木の階段を登っていくと「クヌギの広場」に着きます。 東屋「どんぐり亭」も建っていて、ジャングルジムの木製遊具「ジャングル遊び」もありました。 右手の方には「自然植物観察園」もありましたが、 ジャングルジムの左手から続く道を進んでいきます。
ジャングル遊び 使用上の注意
一、遊具を点検しよう。
一、ロープをしっかりにぎって前に進もう。
一、高い所でお友だちとふざけてはいけません。
一、始めから最後までロープを離さないようにしよう。
一、ジャングルの中で遊んでいる気分をもとう
使用上の注意
一、小さな子ども(小1,2年生くらいまで)は危険ですからご遠慮下さい。
二、のぼるときとおりるときも遊具から手や足をはなさない。
三、あがったら友だちとふざけない。
四、雨あがりの日はすべるから注意する
管理棟
植林帯の中に続く緩やかな道を降っていくと、沢に架かる木橋を渡っていきます。 木橋の先の短い階段を登ると休憩所へと続く広めの道に出ます。 道標「チェックゲート」に従って、右手へと緩やかに降っていきます。 万葉植物苑への階段を見送っていくと、「←正門」と書かれた標識の立つ最初の管理棟の脇に戻ってきます。 歩いていない散策路はまだありますが、 「丸太の森」の散策はこの辺りで終りにして、元来た道を引き返していきました。
「丸太の森」の入口にある駐車場や平石通橋を過ぎて坂道を登っていきます。 斜めに横切っていく林道を見送って緩やかに降っていくと、丸太の森入口バス停から森を越えてきた所に戻ってきます。 森を越えて元のバス停へ行ってもいいのですが、 今回は一つ大雄山駅寄りの仁王門バス停まで歩いていくことにしました。 森への山道を見送って舗装道路をこのまま進んでいきます。
舗装道路を3分ほど進んでいくと陸橋があります。 陸橋をくぐった所に道了尊へと続くバス道路が左右に通っています。 陸橋の上には仁王門から道了尊へと続く参道「天狗の小径」が通っています。 陸橋をくぐった右手から参道へと石段が続いていますが、 バス道路を左折して少し降った所から「天狗の小道」へと入っていきます。
天狗の小径
「天狗の小径」は車道に沿うようにして杉並木の中に続いています。 概ねは緩やかな降り道ですが、一部には階段の箇所もあったりします。 車道に出られる箇所も所々に設けられています。 小径は舗装されていて、その上に木片チップが硬く敷きつめられています。 敷かれてからなかり年月が経つのか、しっかりと道に馴染んでいます。 硬いスポンジのような感触で、歩くとフワフワとして気持ちがいいのですが、 表面に苔が生えていたり水分を含んでいたりしているので、少し滑りやすくなっています。 この時も降りの勢いに任せて大股で歩いていて、滑って転びそうになったりもしました。
注意
スベリやすいので注意して御歩き下さい。
 (松田土木事務所)
仁王門
「てんぐのこみち」の石標を過ぎていくと、「天狗の小径」も終わりになって車道に出ます。 陸橋をくぐってから15分ほどで到着しました。 車道の向かい側には仁王門が建っていて、門の左右には仁王像が立っています。 門をくぐって石段を降っていくと仁王門バス停に着きます。 ここに「てんぐのこみち案内図」がありました。 仁王門バス停から大雄山最乗寺(道了尊)まで続く道が図示されていました。 丸太の森入口バス停まで1.4km徒歩30分、 導了尊バス停まで1.9km徒歩40分となっていました。
バス停には「道了尊」となっていますが、案内図では「導了尊」という漢字になっていました。 読みはどちらも「どうりょうそん」で同じなのですが、両方の表記とも普通に使われているのでしょうか。
仁王門(におうもん)バス停
仁王門をくぐって短い石段を降っていくと仁王門バス停があります。
大雄山駅(伊豆箱根鉄道大雄山線)まで、大雄山駅行きバスにて5分、 1時間に2本から4本程度の便があります。
 毎日 ... 12:05 12:30 13:00 13:15 13:30 13:50 14:05 14:25 14:35 14:55 15:25 15:55 16:25 16:51 17:20
南足柄神社
大雄山駅まで歩いても15分ほどなので、余裕があれば歩いてみましょう。 バス停のすぐ先で右手へ道が分かれていきますが、正面の坂道を降っていきます。 観音堂を過ぎていくと、バス停から3分ほどで南足柄神社があります。 鳥居をくぐって参道の先の短い石段を登ると社殿があります。 境内の左手には神楽殿もありました。 由緒書きによるとかなり古くからある神社のようでした。
南足柄神社(飯沢八幡社)
室町時代の1394年(応永1年)に大雄山最乗寺が創立された時に、 毎日のこと足柄明神と飯沢八幡の二人の神が手伝いにきたといわれています。 もちろんこの話は伝説に過ぎませんが、それでも最乗寺の山主様が代わられた時は 必ず八幡社に参詣して挨拶する事になっています。 昔から境内には多くの五輪塔がありましたが、今は崩れて下の畑に積まれています。 しかしこれらの塔は鎌倉時代から室町時代にかけてのもので、石造物としても文化財の価値の高いものです。 この五輪塔の細かな形の移り変りを一目で知る事ができます。 この五輪塔は、昔は武士階級でないと造る事が出来ませんでしたから、 古くから八幡社を管理していた豪族がいたと考えてよいでしょう。 「新編相模風土記稿」には磯崎左京太夫という人から12代目の惣左衛門という人が管理者であるとなっていますが、 或いはこれらの家の者かも知れません。 祭神は八幡、明神、白山などの神々様で、江戸時代の例祭は8月でしたが今は4月の桜の花の満開の頃で、 最近まで神楽殿で神楽や歌舞伎などが行なわれていました。 明治になって市内の神様を合祀して南足柄神社と呼ばれ現在に至っております。
 (南足柄市観光協会、南足柄市教育委員会)