霧降り渓流のみち
散策:2006年08月上旬
【低山ハイク】 霧降り渓流のみち
概 要 平塚市が設定している湘南平,霧降りの滝,鷹取山を結ぶ「湘南平・霧降り渓流のみち」を歩きます。 今回は湘南平は省略して、その麓から寺社などを訪ねながら霧降りの滝のある渓流から鷹取山へと登っていきます。 途中には畑地が広がっていたり池や雑木林もあったりして、豊かな自然にも出会えるコースです。
起 点 平塚市 小向バス停
終 点 平塚市 生沢バス停
ルート 小向バス停…万田の池…万田八重窪横穴墓群…蔵王神社…万縄の森公園…愛宕神社…八剣神社…松岩寺…霧降りの滝…妙覚寺分岐…立石分岐…日之宮神社…立石…妙円寺分岐…鷹取山…生沢バス停
所要時間 4時間10分
歩いて... 万田の池から鷹取山へと続く「湘南平・霧降り渓流のみち」には要所要所に道標が設置されていて、 とても分かり易くなっていました。 今回は歩きませんでしたが、 鷹取山から北側へと降っていくと富士山や表丹沢の山々を眺められる景色のいい所があるので、 そちらのルートを選んでみるのもいいかも知れません。
関連メモ 鷹取山・里のみち, 霧降りの滝, 大磯鷹取山, 大磯鷹取山, 大磯鷹取山, 大磯鷹取山, 大磯鷹取山
コース紹介
小向(こむかい)バス停
平塚駅(JR東海道線)の北口のバスターミナルから、 [平33]松岩寺行きバス,または,[平36]二宮駅行きバスにて14分、 1時間に2本程度の便があります。
バス停から車道を100mほど引き返していくと、左へ曲がっていく辺りから右手へ分かれている道があります。 角には「平塚市消防署 消化器 11NO4622」と書かれた赤い小さな消化器があるので目印にしましょう。 そこを右折して民家の脇を抜けて緩やかな坂道を登っていくと、浅い谷筋に広がる畑地に出ます。 左・右とクランク型に曲がって谷筋の奥へと進んでいきます。 草むらからは虫たちの鳴き声が聞こえてきて、気分も爽やかに歩いていきます。
万田の池
突き当たりの右手から続く石段を登って左右に通る道に出ると、正面には万田の池がありました。
あぶない!!
入ってはいけません。 ごみを捨てないで下さい。
 (神奈川県、平塚市)
右手へと進んでいくとすぐに道標が立っています。 正面の道は「霧降りの滝、松岩寺」、左手の道は「万田八重久保横穴墓群」となっています。 道標の指す左手には道がなくてどうしたものだろうと思っていると、 すぐ先にある小屋風の建物の右手から道が続いていました。 道標の立っている所が少し手前過ぎるようです。 入口には鎖で柵がされていますが、車止めだと解釈して鎖を越えて進んでいきます。
万田八重窪横穴墓群
貯水施設を過ぎていくと、すぐに「万田八重窪横穴墓群」の解説板が立っていました。 裏手をみると、山の斜面に穴が幾つか開いていました。 解説板に載っている写真には10個ほど写っていましたが、 今では生い茂る樹木被われているのか、2・3個しか確認できませんでした。
万田八重窪横穴墓群
横穴墓は、学史的には"横穴"あるいは"横穴古墳"と呼称されており、崖面を整形し、 そこに横穴を掘り込んで埋葬施設としたものである。 五世紀に遡って北九州地方で成立し、漸次各地方に伝播し、 六世紀後半までには東北地方へも波及したように考えられている。 現在、1都2府32県にその分布が知られているが、当地方(旧餘綾郡)は、全国的にみても、 もっともその分布密度の高い地域の一つである。 この万田八重窪横穴墓群、七世紀から八世紀にかけて造営されたもののようで、 これまでに、八重窪池畔に33基、進和学園裏に21基の都合54基が確認されている。 が、なお多くの埋没したままの横穴墓の存在が予想されている規模の大きい横穴墓群である。 調査を実施した範囲で、横穴墓の形式は、数基の玄室と羨道の区別されたものが検出されているものの、 その大半が区別されない形式で、天井の形態も、ドーム形や舟底形をなすものは皆無で、 すべてアーチ形断面を呈するものであった。 内部施設としては、棺座や排水溝・礫敷などが検出されているが、棺座の施設されたものが多い。 造付石棺をなすものも存在する。 本横穴墓群についてははやく、明治31年(1898)に、坪井正五郎の委託を受けた八木弉三郎などの踏査が行われており、 その時の記録によれば、すでに20基ほどが開口し、須恵器・土師器・鉄鏃などの遺物が出土していたようである。 昭和58年(1983)の調査は、受水槽の建設に伴って実施され、未開口のものを含む18基が発掘された。 未開口横穴墓では、須恵器・土師器・直刀・鉄鏃・耳環・勾玉・管玉・切子玉・小玉など多くの副葬品が検出され、 当地方の古代史研究に貴重な資料が提供された。 出土資料については、平塚市教育委員会が管括している。
 (平塚市教育委員会、万田八重窪横穴墓群調査団)
元の道まで引き返してその先へと進んでいくと、赤レンガの門のある家があります。 そこで道が左右に分かれていますが、 側の杭に括り付けてある「松岩寺・霧降の滝→」と書かれた板切れが右手の道を指していました。 その表示に従って右手の道を進んでいきます。
少し降ってから登っていくと道が二手に分かれていますが、 道標「霧降りの滝、松岩寺」に従って、左手へと降っていく道を進んでいきます。 やがて竹林が現れると道が二手に分かれていますが、 角に立つ道標「霧降りの滝、松岩寺」に従って、左手の坂道を登っていきます。
蔵王神社
短い坂道を登った所に石仏が幾つか並んでいました。 その右手には小さな祠があって、その中には小振りの祠が三つありました。 真ん中の一番小さい祠の前には狐の人形が狛犬のように二体並んでいました。 更に右手には石段があって、その上にはもう少し大きめのトタン葺きの祠がありました。 中には木製の小祠がありました。 神社の名前は見当たりませんでしたが、手元の地図などによると蔵王神社というようです。
蔵王神社を後にしてなだらかになった道をその先へと進んでいくと畑地の脇に出ます。 山際の道を進んでいくと、畑地越しに平塚の街並みが広がっていました。
万縄の森公園
山際を進んで畑地を過ぎていくと、小さな墓地の先に分岐があります。 角に立つ道標によると、左手の道は「万縄の森」、 正面の道は「霧降りの滝、松岩寺」となっています。 左前方の樹木に囲まれた所には東屋があって、その下にはベンチが二つほど設置された所もありました。 東屋のそばには「湘南平・霧降り渓流のみち案内図」があって、 湘南平から関東ふれあいの道「鷹取山・里のみち」を経て、鷹取山や南平橋へと続くルートが紹介されていました。 尾根から七国峠や遠藤原を経て南平橋へと続くルートも紹介されていました。 「湘南平・霧降り渓流のみち」は鷹取山まで往復して北側にある早田寺前バス停へと降っていきますが、 今回は鷹取山から南側にある生沢へと降るルートを歩きます。
万縄の森
左手の「万縄の森」というのが気になったので、ちょっと歩いてみました。 雑木林の中に山道が続いていて、所々にはベンチも設置されていました。 更に登って頂上辺りまで来ると細い竹が生い茂るようになります。 その竹林を過ぎて降っていくと車道の上を通っていきます。 更に進んでいくと道が二手に分かれていますが、正面の簡易舗装された坂道を降っていきます。 かなり傾斜のある坂道を降っていくと車道に降り立ちます。 左折して車道を降っていくと、ここから20分ほどで最初の万田の池の所へと戻ってこられます。
道標「霧降りの滝、松岩寺」に従って正面の坂道を降っていきます。 四角い倉庫のようなものがある所の分岐を左折していくと、すぐ先に分岐があります。 いずれにも道標が設置されていますが、二つ目のは崖の上の高い所にあるので、見落としてしまいそうになります。 二つ目の分岐を右折していくとT字路があります。 角の石段の上には石仏などが並んていて、左右には薄紫色の小さな花が沢山咲いていました。 そのT字路を道標「霧降りの滝、松岩寺」に従って左折していきます。
T字路を左折していくと、道路が右手へと曲がっていく所で、左手へと分かれていく道があります。 角に立つ道標によると、霧降りの滝は右手へと曲がっていく道を進んでいくのですが、 左手の坂道の先に愛宕神社があるというので、ちょっと立ち寄っていくことにしました。 坂道を登っていき、左手への分岐を見送って真っ直ぐに進んでいくと、 「愛宕神社」の扁額の架かる鳥居があります。
愛宕神社
両脇に控える狛犬を見ながら鳥居をくぐって坂道を登り、最後に短い石段を登っていくと 愛宕神社の社殿のある境内につきます。 境内の右手には神輿殿があり、正面に本殿がありました。 神社の由緒などを解説したものは見当たりませんでした。
先ほどの分岐まで引き返して、道標「霧降りの滝、松岩寺」に従って進んでいくと、すぐに分岐があります。 ここにも道標が立っているので、道標の指す右手の道を進んでいきます。 石垣や竹林の脇を過ぎていくと、送電線の鉄塔「JR二宮線17号」が立っています。 そこの分岐を直進してその先のT字路を更に直進していくと、畑地が広がる高台に出ます。 振り返ると、湘南平周辺の丘陵が横たわっていました。
丘の上に続く道を進んでいきます。 突き当たりのT字路を左折して、民家の建つその先の十字路を直進して坂道を降っていきます。 正面に丹沢の山並みを眺めながら降っていくと車道に降り立ちます。 要所要所には「湘南平・霧降り渓流のみち」の道標が設置されているので、道に迷うようなことはありません。
角にある道標に従って右折していくと、道路の左手には囲いがされた一角がありました。 何だろうと思って中を覗いてみると、野外彫刻作品「出縄」とのことでした。 しかし囲いがあって中には入ってはいけないので、 庭に幾つか置かれたものが作品なのか、建物自体も含めたすべてが作品なのかはよく分かりませんでした。
原住居空間をテーマとする作品「出縄」のなりたち
この地出縄をかこむ相模の風景にささげるモニュメントとして私は長年の夢である作品「出縄」をここに刻み、 第二回の野焼作品として誕生いたしました。 この作品は凡て陶土で作られたもので、手で一日一日と積み上げていきました。 野外での制作でしたのでテントを張り、雨と風の中での闘いでした。 この制作は協力者ぐるーぷ「青てんと」が一緒になって約二年の間制作に当りました。 延べ四千人にもなりました。 1976年8月1日に開始、1977年の11月末日に完成いたしました。 この焼成に開拓的な野焼技法で古代的な技法をとり入れ、世界で始めての巨大な野焼作品となりました。 そしてこの土地には地元の須藤新平氏の誠意ある御好意によりその実現を見ることになりました。 この作品「出縄」はこれからも新しい舞台になって皆さんを待っています。 そしてこの土地に根づく様になります。 「出縄」よ永久に根を下ろしてくれ。
 (彫刻家 藤田昭子)
更に車道を進んでいくとT字路があります。 角に立つ道標によると、右手は上出縄バス停へと続いていますが、 「湘南平・霧降り渓流のみち」は左手へと曲がっていきます。 50mほど進んでいくと、右手に道が分かれていきます。 道標「霧降りの滝2.1km、松岩寺1.5km」に従って、右手の道へと入っていきます。 金網沿いに続く道は東海道新幹線の上を越えていきます。 すぐに右手への道が分かれていますが、左手へと降っていきます。 坂道を降っていくと、上り電車と下り電車がすれ違っていきました。
坂道を降っていくと、小さな橋の先で分岐があります。 道標は見当たりませんでしたが、正面の道を進んでいくとすぐに県道63号の入会橋の袂に出ます。 どちらの道を進んでいってもいいのですが、今回は右手に広がる畑地の中に続く道を進んでいきました。
トウモロコシやネギや芋などが植えられた畑を見ながら真っ直ぐに進んでいきます。 この時にはトウモロコシが高く背を伸ばしていました。 そろそろ収穫の時期が近づいているようで、大きな実が沢山生っていました。 突き当たりを左折していくと県道63号に出ます。
県道に出て右手へと進んでいきます。 小田原厚木道路の下をくぐっていくと、左手に牛舎がありました。 中では丁度乳牛の採乳作業が行われていました。 牛舎を過ぎていくと「弁天神社」と刻まれた小さな石碑がありました。 その奥にも石碑が幾つか並んでいました。 その昔にあった神社の跡地なのでしょうか。 弁天通りバス停を過ぎていくと、県道に出てから7分ほどで、地区の集会所の所で左手に道が分かれていきます。 角には「地神社」と刻まれた石碑や三ザルの石碑がありました。 「八剱神社、八坂神社、国重要文化財 漢漫不動明王安置処入口」と書かれた看板もありました。 松岩寺へは車道を直進していくのですが、ここを左折していくと八剱神社があるので立ち寄っていきましょう。
民家への分岐を見送って坂道を登っていくと畑地に出ます。 正面に続く道を真っ直ぐに進んでいくと、山際に鳥居が見えてきます。 右手には不動明王立像の収蔵施設があります。 「木造不動明王立像保存施設敷地」の石標も立っていますが、 入口には柵がしてあって入っていくことは出来ません。 その左手には、下吉沢自治会館と社務所を兼ねた建物があります。
国指定重要文化財 木造 不動明王立像 一躯
一木造。彫眼。像高95.8cm。
平安時代後期の作風を備えた像です。 左脚を踏み出し腰をわずかにひねっているものの、ほとんど正面を向いて磐石座に直立し、 均整のとれた静かな姿勢をとっています。 右手に利剣を、左手に_索を持っています。 頭髪(直毛の総髪)を中央で左右に分け、渦巻状の頭飾(髪止め・通常は花冠)を付けています。 その表情は不動明王らしく忿相(怒った表情)で、額にしわを刻み、左目を細めて右目は見開き(天地眼)、 口の両端に右上と左下の牙をのぞかせていますが、拝む人に恐ろしさを感じさせません。 全体的におとなしく温和な感じがする像です。 本像が造られた場所については、明らかになっていませんが、畿内説と東国説があります。 もともとは下吉沢北西の不動平にあった不動堂に安置されていたと伝えられています。 その後、大光寺(現廃寺)、八剱神社、松岩寺と安置場所が移りましたが、 現在はここの収蔵施設に安置されています。 地元では「かんまん不動」あるいは「がんまん不動」の名で呼ばれています。
 (平塚市教育委員会)
八剣神社
鳥居をくぐり石段を登っていくと八剣神社の境内に着きます。 社殿の中を覗いてみると、木製の小さな祠が安置されていました。 先ほどあった看板には「八剱神社」とあり、ここにある解説板では「八剣神社」となっていますが、 同じ意味だと思われます。 以前はここで流鏑馬の行事が行われていたようです。
下吉沢地区の鎮守。祭神は日本武尊、素盞鳴命、宇迦之御魂命、猿田彦命、大宮比売命、市杵島姫命の六柱。 上下両吉沢村は往古吉沢郷と称し、八剣神社も元は一社であったが、 のち分村によって、上下吉沢両八剣神社の二社となった。 明治時代当地に祀られていた午頭天王社その他を合祀し、現在の数多い祭神となった。 現在境内下段の広場は、昔の通し流鏑馬又は鉄砲馬場と呼ばれた一部で、 往時はここで流鏑馬の祭事がなされた。
八剣神社から県道63号まで引き返してその先へと進んでいきます。 100mほど進んで松岩寺バス停の手前までくると、「曹洞宗 松岩寺」の看板が立つT字路があります。 左手には「大本山総持寺恩直末 萬年山 曹洞宗 松岩寺」と刻まれた石碑があります。 また、「松岩寺 徒歩10分380m、霧降りの滝 徒歩36分1400m」の案内柱も立っています。 案内に従って、左手に分かれていく道へ入っていきます。
民家が続く坂道を緩やかに2分ほど進んでいくと、牛舎の建つ十字路があります。 角に立つ道標によると、正面の道は「松岩寺 徒歩7分220m」、 右手の道は「霧降りの滝 徒歩33分1260m」となっています。 右手の道は「吉沢の池」を経て霧降りの滝へと続いているようですが、 今回は松岩寺を経由して霧降りの滝へと向っていきます。
十字路を直進して坂道を2分ほど進んでいくと、坂道と階段とに分かれています。 どちらを進んでいっても松岩寺へ着きますが、今回は右手の石段を登っていきました。
何段あるのか分からない長い階段を登っていくと、松岩寺の山門に着きます。 右手には「平塚八景 松岩寺」と刻まれた石標と解説板があります。 石柱の横に霧降の滝へ向う道の案内図があります。 お寺には入らずに石標の左手から続く細い道を進んでいくのですが、 先ずは山門をくぐって松岩寺へお参りしていきましょう。
松岩寺
山門をくぐって六地蔵などに迎えられながら参道を真っ直ぐに進んでいくと、 鐘楼の先に本堂があります。 以前境内に不動明王像があったと記されていますが、先ほど訪れた八剣神社の解説板にもある通り、 今では八剣神社の収蔵施設に移されているようです。
松岩寺
曹洞宗、萬年山と号す。文亀2年(1502)後北条氏の家臣で、この地の領主であった 布施三河守康貞が建立し、同郷の山城国の僧、如幻宗悟を講じて開山とした。 本尊は釈迦牟尼仏。早くから曹洞宗の修業道場として知られ、昔は寺内に禅堂と 衆寮があった。寺の裏には不老水と名づける湧き水があり、開山の如幻禅師が、 竜神に祈って得たものと伝えられている。以前境内の不動堂に、国の重要文化財の 不動明王像(カンマン不動尊)を安置してあった。
不老水
松岩寺の本堂の左手には不老水があります。 周りには柵がしてありますが、開けられるようになっています。 今でも水が湧き出ていて、容器を持って水を汲みにくる人もいるようです。 水を貰う時には脇に設置された缶に小銭を入れていくのが決まりのようです。 この時にも、ポリ容器を沢山持参して水を汲みに来た人を見かけました。
不老水
平保12年(1841)に編纂された「新編相模国風土記稿」の松岩寺の項には、 「當時起立の時、此地水乏かりしに、如幻が法力にて、水を得たりと云、 今も本堂の裏に、湧出する清水是なり」と記されています。 如幻宗悟は松岩寺の開山で、享禄3年(1530)11月の示寂ですので、 ここに記された清水は1400年代末あるいは1500年代の初め頃から湧き続けていることになります。 枯れることなく、約500年にわたって湧き出していることから不老水と命名され、大切にされています。
 (平塚市観光協会)
松岩寺の山門を出て、「平塚八景」の石標の左手から続く道を進んでいきます。 すぐにT字路があるので左手へと続く坂道を登っていきます。 右手に畑地や作業小屋などを見ながら進んでいくと、こんもりとした丘の手前で左手へと曲がっていきます。 その丘を巻くようにして進んでいくと、周りには畑地が広がっていて雰囲気のいい尾根筋に出ます。 やがて左右に通る尾根道と、右手にある丘へ登っていく道が交差するX字路があります。 角に立つ道標によると、右手の尾根道は「霧降りの滝 徒歩15分520m」となっています。 左手にも広めの尾根道が続いていましたが、道標には何も示されてはいませんでした。 右手の丘には墓地があるようでした。 ここは道標「霧降りの滝」に従って、右手の尾根道を進んでいきます。
尾根道を右手へと進んでいくと送電線の鉄塔「西-平77号」があります。 そこを左手へと降っていきます。 トウモロコシ畑を見ながら坂道を降っていくと分岐があります。 角に立つ道標によると、左手の道は「霧降りの滝 徒歩10分320m」、 今来た道は「松岩寺 徒歩13分460m」となっています。 右手にもしっかりとした道が続いていましたが、道標には特に何も示されてはいませんでした。
道標に従って左折して坂道を降ってくと、やがて雑木林の中へと入っていきます。 緩やかに降って浅い鞍部に着くと、「湘南平・霧降り渓流のみち」の石標が立っています。 そばには道標が立っていて、正面の道は「鷹取山2.0km、関東ふれあいの道1.5km」、 今来た道は「松岩寺0.7km」、右手に降っていく道は「霧降りの滝、吉沢の池0.4km」となっています。 また横には「湘南平・霧降り渓流のみち」の案内図があって、 ここから鷹取山までのルートが載っているので参考にしましょう。 まずは、右手の下すぐの処にある霧降りの滝を訪ねていきます。
霧降りの滝
短い横木の階段を降ると、疎らに樹木が生えた小さな広場があります。 テーブルもひとつ設置されているので休憩するのに良さそうですが、 先ずはその下にある滝を訪れましょう。 急な横木の階段を降っていくと沢筋に降り立ちます。 左手を振り返ると、黒い岩肌をした霧降りの滝があります。 以前に訪れた時には流れ落ちる水は少なかったのですが、今回はその時よりは水量が多くなっていました。 沢へ降りて、滝から落ちて流れてくる水をすくって顔を洗うと、冷たくて気持ちもスッキリとしました。 手前には「平塚八景 霧降りの滝」の石標と解説板がありました。 解説板に載っている写真では今回よりも多くの水が流れ落ちていて、 当に「霧降り」のような感じになっていました。
霧降りの滝
この滝は、日之宮山を水源とする宮下川の上流に位置している。 高さ12mの所から水量の多い時はまるで霧のように流れ散るので、 この名が生まれたといわれている。天保4年(1833)に建立された 「霧降爆の碑」によれば、このころから名爆として知られていた。 かつてこの滝は「魔王の滝」ともいわれ、傍に不動堂があり毎年7月28日には、 滝の不動尊祈願を上吉沢妙覚寺の住持が修法している。
沢に架かる木橋を渡って沢沿いに進んでいくと「吉沢の池」があるのですが、 今回は訪れるのは省略しました。 先ほどの広場へ戻ってベンチに腰を掛けて、汗を拭いながらひと休みしていきました。 滝を流れ落ちる水の音が静かな谷間に響いて、何だか清々しい気持ちになってきます。
汗も引いたところで、道標に従って渓流沿いの道を鷹取山へと進んでいきます。 木橋を渡っていくと、道標「鷹取山、日之宮神社」が立っています。 「まむしに注意」の標識を見つけてドキッとしながらも進んでいくと、再び木橋を渡っていきます。 橋を渡った所にも、「鷹取山、立石」の道標が立っていましたが、 大きな樹木が倒れ掛かってきていて、文字が読みにくくなっていました。 沢を流れる水の音を聞きながら渓流沿いに続くしっかりとした道を進んでいきます。
まむしに注意
自然を大切に
野草を取らないで
妙覚寺分岐
更にふたつほど木橋を渡っていくと分岐があります。 沢沿いには道(*)が更にその先へと続いていましたが、 道標「鷹取山」に従って右手に戻るようにして登っていく坂道を進んでいきます。 沢筋を離れて4分ほど登っていくと尾根道に出ます。 角に立つ道標によると、右手の道は「妙覚寺、寺前橋バス停1.3km」、 左手の道は「鷹取山1.4km、関東ふれあいの道0.8km」、 今歩いてきた道は「霧降りの滝0.6km、松岩寺1.4km」となっています。 今回は道標に従って、左手へと続く尾根道を鷹取山へと進んでいきます。
*沢沿いの道は「大磯鷹取山」を参照。 妙覚寺への道は「大磯鷹取山」を参照。
立石分岐
雑木林の中に続く広くてしっかりとした尾根道を進んでいきます。 傾斜も緩やかで歩きやすくなっている道を7分ほど進んでいくと分岐があります。 角に立つ道標によると、正面の道は「鷹取山」、左手の道は「日之宮神社60m、立石140m」となっています。 それほど距離はないようなので、鷹取山へ向う前にちょっと立石まで往復してきましょう。
注意
タバコの投げ捨て禁止。 緑を大切にしましょう。
 (平塚市消防本部、日本土地建物株式会社)
日之宮神社
広くて緩やかな道を1分ほど進んでいくと小振りな石の祠がありました。 脇には「日之宮神社」と刻まれた石柱が立っています。 祠の側面には「上吉沢村氏子中、平塚市上吉沢氏子中」や「文政二年五月十五日建之」の文字が刻まれていたので、 江戸時代の末期からある祠のようです。 御神木だったのでしょうか、横には枯れた大木が切り倒されていました。
日之宮神社
日之宮山(標高約150m)の山頂に祀られた由縁をもって社名としている。 祭神は大日霊貴命。祭神の年代は不明だが、石祠の側面に「文政2年(1819)5月15日上吉沢村氏子中」とあるので、 江戸時代において祀られていたことがわかる。 明治41年(1908)上吉沢村の鎮守八剣神社に合祀されたため、お宮は放置されていましたが、 のちに水不足に悩む氏子達によって、祈願のための台石の一部を新調し、再建したのが現在の石祠である。
立石
祠のそばにある道標「立石80m」に従って、祠の左手から続く坂道を降っていきます。 これまでの緩やかな尾根道から一転して急な降り坂になります。 黒色と黄色のトラロープが張られていたりします。 滑り落ちないように気をつけながらロープに掴まって降っていくと、やがて横木の階段が現れます。 階段を降っていくと、すぐに大きな岩があります。 これが立石と呼ばれる岩のようで、そばには解説板が設置されていました。 この岩を七回半廻ると大蛇が出てくるというので、蛇嫌いの私は一回だけ廻って終りにしておきました。
立石
この立石は、底部3.3m高さ3.5mほどの座像を思わせるような形をした自然石である。 この立石には、二つの伝説があり、その一つは日本武尊が東征の折、 山づたいにここまで来られ、この石に腰掛けてしばし休息をされて、附近一帯を眺められたという。 もう一つの伝説は、この石を七回半廻ると、どこからか大蛇が出てくると伝えられ、昔から不思議な石である。
先ほどの分岐まで引き返して尾根道を進んでいきます。 雑木林の尾根に続く広くて緩やかな道を4分ほど進んでいくと、 「火気に注意」の標識の脇から細い山道が左手へと分かれていく所があります。 そばには「鷹取山」を指す道標も立っていますが、その山道の説明はありませんでした。 左手への分岐は見送って正面の尾根道を更に進んでいきます。
左手の道は鷹取山の北500m辺りにある標高200mほどの高みへ続いています。 1分もせずに73番鉄塔が立っていて、更にその先へ進んでいくと72番鉄塔が立っています。 更にその先へ進んでいくと、この先の妙円寺分岐から鷹取山へ続く道に降り立ちます。 (「大磯鷹取山」を参照)
妙円寺分岐
軽く登りになった尾根道を更に進んでいきます。 「鷹取山」を指す道標を過ぎていくと、幅の広い横木の階段が現れます。 土が少し抉れていて歩き難い思いをしながら降っていくと、 大磯町・月京バス停から秦野市・南平橋バス停まで続く 関東ふれあいの道鷹取山・里のみち」に出ます。 霧降りの滝から40分ほどで到着しました。 角には「関東ふれあいの道」,「これより湘南平・霧降り渓流のみち」と刻まれた石標が立っています。 右手には「湘南平・霧降り渓流のみち」の案内図もあります。 道標も立っていて、右手の道は「七国峠5.3km、妙円寺(銭洗弁天)3.3km」、 左手の道は「鷹取山0.5km」、今降ってきた道は「霧降りの滝1.5km、松岩寺2.2km」となっています。 ここから道標「鷹取山」に従って左折し、尾根筋に続く簡易舗装された関東ふれあいの道を鷹取山へと向っていきます。
簡易舗装された尾根道を緩やかに1分ちょっと登っていくと左手へと坂道が分かれていますが、 そのまま尾根道を直進していきます。 少し降ってから登り返していくと植林帯を掠めていきます。 鷹取山までには軽いアップダウンが何回かありますが、 傾斜はそれ程ではないので息が切れるようなことはありません。 右手にあるゴルフ場からの音などを聞きながら進んでいきます。
山火事注意 火の用心!
たきび・たばこは確実に消して!
 (大磯町消防本部)
みんなで注意!ふせごう山火事。たばこの投げ捨てやめましょう。
 (大磯町消防本部)
鷹取山 (標高219m)
次第に道幅が広がってくると、鷹取神社のある鷹取山に着きます。 妙円寺分岐から10分ほどで到着しました。 周りは樹木に囲まれていて展望は得られませんが、 境内にはテーブルやベンチが設置されているので、ここでひと休みしていきましょう。
後日に三角点を確認しました。 鷹取神社の北側の小広くなった所のすぐ先の左側に僅かな高みがあり、 その中ほどに「三等三角点」と刻まれた石標がありました。
鷹取神社御由緒と沿革
鎮座地大磯町生澤1401
祭 神木花咲夜姫命
境内地277坪
保安林2,400余坪
鷹取神社は、生澤地区の鎮守氏神様として鷹取山 (218.98m)の山頂に鎮座し、御創建は天長3年(826)3月と 伝えられる。御創建当時の名称は「直下社」と言われた。 鎌倉時代の文献東鑑によると「建久2年4月27日相模国生澤直下社神主清包 地頭土屋三郎云々」と見える。これによると当神社は鎌倉時代には 専住の神主が在住し、執事していた事が知られ大変賑わいを見せた神社であったと思われる。 小田原北条氏も信仰が篤く、多くの社領の寄進があり、一説には300貫と言われる。 鷹取山の名は、古くは栗原山等の名があったが、 現在の名は、徳川家康が平塚の中原で鷹狩りを行なった時、その愛鷹が この山までにげてきて捕えた事から名付けられた。江戸時代の始め寛文元年 3月の当神社棟礼には、鷹取直下社造営と見える。 天正19年徳川家康公より社領2石の御朱印があり、御祭神が富士浅間社と 同じであることから、江戸中期から明治の始め頃までは鷹取浅間社と言われるように なったが、明治6年鷹取神社と現在と名称になり、同年指定村社に列せられた。 木花咲夜姫の神様は大山祇神と言う尊い神様の御子神であ、木の花(桜の事)の 咲くような美しい姫神様です。湧水を司さどられ豊作物の豊作の守護神であり、 又助成の方は熱心に参拝祈願をすると少しづつより美人となっていくという 御神徳の高い神様です。
この附近の樹木
鷹取山の自然林】  山頂一帯は、大きなタブ、スダジイなどの常緑広葉樹におおわれた県内有数の自然林で、 神奈川県の自然環境保全地域と大磯町の文化財に指定されています。
自生している主な樹木】  タブ、カゴノキ、スダジイ、ヤブニッケイ、ヤブツバキ、モクレイシ、アオキ、 カラタチバナ、トベラ、ヒサカキ、テイカカズラ、ツルグミ
どんないきものとふれあえるかな】  この道を歩いてみるといろいろないきものに出会うと思います。 かれらがどんな生活をしているかそっと観察してみましょう。
貴重な自然を大切にしよう!!
 (環境庁、神奈川県)
神奈川県指定天然記念物 鷹取神社の社叢林
鷹取神社の周辺は、うっそうとしたスダジイやタブノキなどの 常緑広葉樹林で囲まれて、深山に鎮座する神社の風格を思わせています。 最も発達した樹林は、鷹取神社西側にみられ、胸高直径12 5センチのタブノキの老木を伴うタブノキの優占する林で、林高は27m、 高木層の植被率は90%に達して斜面を被い、これらの樹木が斜面崩壊を防いでいます。 神社東側のゆるやかな傾斜地にはタブノキとともに、木肌が鹿 の子模様にはがれるカゴノキがみられます。さらに、参道の周辺 にはスダジイ林が帯状に残され、傾斜地の尾根部を占めています。 また、参道下部や急斜面部には胸高直径が90cmのカラスザ ンショウや、オオシマザクラ、アカメガシワ、エノキなどの混生した夏緑広葉樹林がみられます。 林内にはアオキ、シロダモ、ヤブニッケイ、ヤブツバキなど常緑 の亜高木や低木が優占し、神奈川県の中部を北限とし、沖縄まで 分布するモクレイシが混生しています。林床にはカブダチジャノヒゲ、 キヅタ、ツルマサキ、ヤブコウジ、ヤブランなどど、県下では 比較的固体数の少ないカラタチバナがみられます。 鷹取神社の樹叢は、近くにある高麗山の樹林とともに、神奈川県の 郷土の森を代表する樹叢として景観的に貴重であるだけでなく、 この地の原植生の面影をとどめる学術的にも貴重な樹叢であります。
かながわの名木100選 鷹取神社の大タブノキ
鷹取山頂の一角にそびえ、幹に裂目を生じているが、樹勢は旺盛な古木である。 周辺の自然林を含めて大磯町の天然記念物に指定されている。
樹高:18m 胸高周囲:5.0m 樹齢:約400年(推定)
タブノキは、本州から沖縄に分布する常緑高木で、照葉樹林の代表的な木である。 樹高25m、胸高周囲10m、樹齢約700年に達するものもあると言われている。
 (神奈川県)
鷹取山の自然林(町指定)
鷹取山には、スダジイ・タブを主体にした、 この地方本来の自然植生が保存されています。 特に鷹取神社境内一帯は、カゴノキ・モクレイシが 自生しているほか、スダジイ・タブ等には高麗山をしのぐ巨大樹も認められます。 また、モミが多数生存しているなど注目に値する点も多く、 1haにも及ばない小面積の中に密度の濃い貴重な自然林を形成しています。
お願い  この天然記念物を、伐採したり荒らしたりしないで、大切に保護してください。
 (神奈川県教育委員会、大磯町教育委員会)
鷹取神社の正面にある短い石段を降ってその先へと進んでいきます。 「鷹取山自然環境保全地域」の三本柱の標識を過ぎていくと小祠があります。 そこから傾斜の増してくる坂道を左手へと降っていくと、程なくし横木の階段が始まります。 かなり傾斜のある斜面をジグザグに折れ曲がりながら降っていくと、 鷹取神社から5分ほどで鳥居の立つ踊り場のような所があります。 テーブルとベンチが設置されていますが、見晴らしがいい訳ではありません。 脇には関東ふれあいの道の里程標が設置されていて、 この先の道は「月京2.8km」、今降ってきた道は「下大槻6.1km」となっています。 野鳥の解説板などを眺めながらひと休みしたら、鳥居の先に続く横木の階段を更に降っていきます。
鷹取山自然環境保全地域
草木を大切に。 ゴミは必ず持ち帰りましょう。
 (神奈川県湘南地区行政センター環境部)
この附近の野鳥
シジュウカラ 全長約14.5cm。ツツピーツツピーと鳴く。
頭は黒くほおは白い、のどから胸、腹にかけてネクタイのような黒い縦すじが一本ある。
メジロ 全長約11.5cm。チーチュルチーチュルチチルチチルと鳴く。
体の上面は暗黄緑色で、喉は黄色く目のまわりは白い輪になって見える。
エナガ 全長約13.5cm。ジュルリ、ジュルリ、チーチーチーと鳴く。
体は白く翼と尾は黒く、背に赤紫色がある。 長い尾を振りながら活発に行動し、木の幹にとまり樹液をのむこともある。
コゲラ 全長約15cm。ギィーッ、ギィーッキッキッキッと鳴く。
背は褐色と白の横じまで、最も小さなキツツキ。 木の幹にたてにとまり、虫などを食べる。
カワラヒワ 全長約14.5cm。群れて行動し、かわいらしい声で、キリリコロロと鳴く。
体は緑褐色、背と尾のつけねに黄色斑が目立つ。
ウグイス 全長約15cm。ホーホケキョ、ケケケケケキョ、ケキョと鳴く。
体は茶褐色で淡い眉斑があり、体の下面が少し淡い。 体を左右に活発に動かしながら枝移りする。
貴重な自然を大切にしましょう!!
 (環境庁・神奈川県)
横木の階段が1分ほどで終って緩やかな道になると、笹竹の生い茂る道がしばらく続きます。 6分ほど進んで植林帯の脇を過ぎていくと、再び笹竹が生い茂るようになります。 道幅もあって歩きやすい尾根道を進んでいくと、鳥居のあった所から9分ほどで分岐があります。 角に立つ道標によると、左手に戻るようにして続く道は「国府本郷2.0km、月京2.3km」、 今来た道は「鷹取山0.7km」となっています。 正面にも尾根道が続いていましたが、道標には何も示されてはいませんでした。 ここは道標に従って左折し、簡易舗装されて歩きやすい坂道を降っていきます。
正面の尾根道の数10m先には送電線の鉄塔が立っていて、そこで行止まりになっています。 この分岐のすぐ先から右手へ分かれていく道もありますが、谷戸川の近くの住宅地へ降りていけます。
(「大磯鷹取山」を参照)
小さな火 "まさか"がおこす 山の火事
 (神奈川県)
あっ!その火が山を灰にする。私たちの自然を守りましょう。
 (大磯町消防本部)
雑木林から植林帯へと続く坂道を降っていきます。 左手に竹林が現れると、関東ふれあいの道の路傍サインの先で小さな畑地のような所に降り立ちます。 正面には小田原厚木道路が通っています。 右手にあるトンネルをくぐって道路の向こう側へ抜け、竹林の中をS字に曲がりながら進んでいきます。
民家のある所に突き当たって右手へと曲がっていくとT字路があります。 右手へと曲がって竹塀沿いに進んでいくと十字路があります。 角に立つ道標「月京1.9km」に従って右折していきます。
竹林のある民家の脇を過ぎていくと県道63号に出ます。 そばに立つ道標によると、車道を渡ってその先へと続く道は「国府本郷1.4km」となっています。 関東ふれあいの道は正面の道へと続いていますが、 今回はここを右折して生沢バス停へと向っていきます。
生沢(いくさわ)バス停
十字路を右折して車道を100mほど進んでいくと生沢バス停があります。 鷹取神社から30分ほどで降りてこられました。
平塚駅(JR東海道線)まで、平塚駅北口行きバスにて30分、1時間に1本程度の便があります。
 土曜日 ...12:19 13:19 14:04 15:19 16:19 17:19 18:19 18:39 ...
 日曜日 ...12:19 13:19 14:19 15:19 16:19 17:19 18:19 19:19 ...
道路の向かい側のバス停からは、二宮駅(JR東海道線)まで、 二宮駅南口行きバスにて12分、1時間に1本程度の便があります。
 土曜日 ...12:42 13:27 14:42 15:42 16:47 17:47 18:07 18:47 ...
 日曜日 ...12:42 13:27 14:41 15:42 16:47 17:47 18:47 19:42 ...
東の池
生沢バス停の道路向かいには「東の池」があり、その中の小島には厳島神社があります。 バスが来るまでの間、ちょっと訪ねてみましょう。 左手から太鼓橋を渡っていくと、赤い鳥居の先に小振りの社殿が建っています。 池にはハスが一面に生えていて、夏本番とあって大きな葉を広げ桃色の花を沢山咲かせていました。
東の池
江戸時代に、付近五町歩余(約50,000u)の農業用水として当地の皆川氏が掘削し、 農業振興に大なる貢献をしたと伝えられている。 池の広さは約四反歩(約4,000u)で、その頃の用水池築造としては、大変卓越したものであったといわれている。
厳島神社(弁天社)
ここにある神社が厳島神社である。 祭神は多岐都売命で、御魂は蛇の木造である。 例祭は従来四月初巳日とされていたが、第二次大戦後は八月十三日に神事が行われている。
注意事項
この池は、管理及び危険防止の為、次の禁止事項を必ず守って下さい。
一 池の周囲と北側空き地に許可なく駐車する事を禁止する。
二 池で魚釣りする事を禁止する。
三 フェンスを越えて中に入る事を禁止する。
四 池の中に入る事を禁止する。
五 蓮の葉・蓮の花・黄菖蒲・マコモ等を許可なく採る事を禁止する。
六 自分のゴミは持ち帰りましょう。
 (生沢東水利組合)