愛名緑地
散策:2006年07月下旬
【低山ハイク】 愛名緑地
概 要 愛名緑地は、丹沢大山の東側に続く標高150mほどの低い丘陵にある緑地です。 東屋のある山頂の緑地からは丹沢大山を望むことができる景色が広がっています。 今回は南側にある小町緑地から御幸山とも呼ばれる高松山へ登り、 その北側の丘陵にある愛名緑地へと続く高松山ハイキングコースを歩きます。
起 点 厚木市 小野宮前バス停
終 点 厚木市 八ッ橋バス停
ルート 小野宮前バス停…小町緑地…果実の森分岐…小町神社…果実の森分岐…多目的広場分岐…秋葉神社…鞍部分岐…十字路…高松山…七沢森林公園分岐…坂道分岐…愛名緑地…谷筋分岐…小ピーク分岐…尾根筋分岐…森の里…本照寺…八ッ橋バス停
所要時間 2時間30分
歩いて... 小町緑地から愛名緑地へと続く低い丘陵には雑木林が葉を伸ばしていて、雰囲気のいい散策ができました。 秋葉神社から先は道標が少なくなりますが、分岐道は見送って尾根筋を進んでいけば大丈夫です。 息が切れる程の急登もなくて、歩きやすい尾根道が続いていました。
関連メモ 七沢森林公園, 下古沢尾根
コース紹介
小野宮前(おのみやまえ)バス停
本厚木駅(小田急小田原線)の北口から海老名寄りへ少し行った所にある厚木バスセンターから、 [厚33][厚34]上谷戸行きバス、[厚38]広沢寺温泉行きバス、[厚39]神奈川リハビリ行きバス, または,[厚40]小野行きバスにて14分、1時間に2本程度の便があります。
[厚33][厚34]上谷戸行きバスは、2006年12月のバス停の名称変更により「七沢行き」になりました。
バスを降りると、道路の向かい側にガソリンスタンドとレストランがあります。 その間にある路地へと入っていきます。 畑地を過ぎていくとクリーニング店の先にT字路があります。
小町緑地
T字路を左折して1分ちょっと進んでいくと、右手に小町緑地があります。 入口の所に「小町緑地案内図」があるので参考にしましょう。 正面の石段を登った所にある駐車場の先の浅い谷筋には、児童広場や小広場・多目的広場があります。 右手の丘には東屋や樹林があり、左手の丘には果実の森があります。 果実の森の更に左手には小町神社があり、小町緑地の丘の頂上には秋葉神社があります。 散策コースとして、30分の「がんばりコース」と15分の「おてがるコース」が設定されているので、 時間があれば散策してみましょう。 今回は小町緑地の散策は省略して、左手から秋葉神社のある頂上へと向っていきます。 道標「高松山ハイキングコース・小町神社へ」に従って、 「旧玉川」と題した石標を後にして、石段の左手から続く坂道を登っていきます。
旧玉川
旧玉川は、大山の東側が源で、農業用水として大きな役割を 果たしましたが、関東大震災後は、降雨のたびに河床が高くなり、 たびたび氾濫して被害が続出した。 かっては、美田を潤した川が人命を奪う魔の川となったので、 昭和19年に新玉川が造られた。
緑地内では次の事を守りましょう
・樹木や植物を採取したり傷つけたり、施設を破損したりしないでください。
・紙くず、空かんなどは持ち帰りましょう。
・たき火や炊事、花火など、火の使用は禁止されています。
・鳥獣類に投石したり、捕獲しないでください。
・立ち入り禁止区域等への立ち入りはやめましょう。
・市民の緑地です。大切にしましょう。
 (厚木市)
果実の森分岐
坂道はすぐに階段へと変わっていきます。 駐車場からの道を合わせてその先へと登っていくと分岐があります。 角に立つ道標によると、正面の道は「果実の森」、左手の道は「小町神社」となっています。 少し遠回りにはなりますが、今回は左折して小町神社に立ち寄っていきます。
あなたです 山を守るも 火をだすも
 (厚木消防署南毛利分署、厚木市消防団)
山火事に注意 火の用心
 (厚木市消防本部)
分岐を左折して階段を登っていくと、「小町神社」の扁額の架かる鉄製の鳥居があります。 鳥居をくぐって更にジグザグに登っていきます。
丁度花の時期だったようで、白い大きな花を咲かせたヤマユリが斜面の此処彼処に沢山生えていました。
盗掘・花の持ち帰りはおやめください
ここ小町山にはヤマユリが多く自生・生息しています。 現在は里山の会会員等がユリの管理・移植を行っております。 みなさんで可憐なヤマユリを可愛がってください。
 (小町里山の会)
小町神社
鳥居を過ぎて2分ほど登っていくと、こんもりとした小高い丘に着きます。 山頂には小奇麗な小町神社が建っています。 ベンチも二つほど設置されていますが、周囲の樹木に阻まれて展望は余りよくありません。 以前来た時には社殿の前に背の低い樹木が二列になって参道のようにして植えられていたのですが、 今回は綺麗になくなっていました。 この時は社殿の扉が開帳されていて、中にある木製の小祠を見ることができました。 山頂には、小町山桜植樹記念碑や小町塚・片葉松跡などもありました。
小町神社
平安初期の歌人として、また美人として有名な、小野小町の出生地と言われています。 これが小町姫を祭る小町神社です。毎年4月21日が祭日になっていて、 かつては近在からの人出で大いに賑わったようです。 鎌倉時代、源頼朝の側室丹後の局は頼朝の子を身ごもったことから、 政子に恨まれて諸兄されそうになりました。 それを命じられた畠山重忠(鎌倉初期の武将)の家人本田次郎が心をひるがえして局を連れて、 難波(大阪)へ逃げるという事件が起こりました。しかし、一説では、地元の豪族愛甲三郎季隆が 局をかくまって、この山里に住まわせたと言い伝えられています。 丹後の局は政子の恨みのためか、精神的苦しみからか、今までの黒髪が一夜にして 老婆のような白髪に変ってしまいました。非常に悲しんだ局は小町神社の祭神の 小町姫にお願いをして数日間祈願を続けたところ、不思議なことに、 白髪がまた元のように黒髪に戻りました。それ以来、小町神社には絵馬をあげ、 いろいろな願いをこめて参詣する女の人が多くなりました。
 (厚木らしさの創造推進事業玉川地区協議会)
小町神社縁起
この小町神社は、その昔鎌倉時代、丹後の局という世にもまれな美人がおり、 ひそかに源頼朝のご寵愛を受け、終に局はみごもりました。 これを知った夫人政子は大変ねたみ、畠山重忠に局を由比ガ浜で首をはねよと命じました。 重忠は下臣の本多次郎に命じ、局を浜へ伴い殺そうとしましたが、 局の身を哀れみ、身代わりを立て、その場をつくろい、乳兄弟で小野の住人川上酒匂の 屋敷にかくまい、局を助けました。然し、いつとはなく、その事が政子の耳に入り、 その怒りは骨髄に徹する程激しく、局は俄かに白髪の姿になってしまいました。 局は心を静め考えた末、「俤のかわらで年の積れかし、たとえ命に限りあるとも」という 古歌を短冊に書き、身心を清め、17日間一心に小町姫を祈った処、 満願の日に元の黒髪に戻りました。局は霊験の尊さを感じ、小野の林中に小町神社を 建てました。それ以降30歳以下の男女で白髪の人が心厚く小町神社へ祈ると黒髪に変り、 遠方の人々も参詣に来る様になりました。その後、局は泉州住吉で玉の様な男子を産みました。 その子が後の薩摩の島津家の先祖だと人々は伝えています。
 (伝者 別当 小野山宮野院)
小野小町の七不思議
小町の片葉松、小町海苔、業平竹の自生、化粧塚、小町の化粧池、小町の竹橋、小町の石橋(一説には小町井戸)
果実の森分岐
小町神社の右手から続く広くてしっかりとした尾根道を進んでいきます。 雑木林の中を緩やかに降っていくと分岐があります。 角に立つ道標によると、右手から登ってくる道は「果実の森」、 正面の尾根道は「秋葉神社」となっています。 先ほどの分岐を直進してくると、果実の森を経てここまで続いています。
果実の森で見られる植物
コムラサキ クマツヅラ科。 秋に美しい紫色の果実をつけますが、名前のようにムラサキシキブよりも葉も実も小型です。 秋の庭に風情をそえる木で、実生によりふやします。 花や実の白いももはシロシキブです。
ヤマボウシ ミズキ科。 和名は、丸いツボミの集っているようすをぼうず頭にみたて、 白い4枚の総苞(ソウホウ)を頭巾にみたてたことによるらしい。 初夏の山々を花で飾ります。
コブシ モクレン科。 この花の咲くころ、各地のあちこちで田仕事がはじまります。 幼児のこぶしのような形の実が割れると、赤い種子が白い糸を引いてさがります。
スモモ バラ科。 英語でプラムとよばれるこの木の仲間は、セイヨウスモモと中国産のスモモの2種に大別できます。 品種が多いのですが、どれも春早く白い花をつけます。
オリーブ モクセイ科。 ハトがこの木の枝をくわえて飛んでいる姿は平和をあらわしています。 オリーブ油は食用・化粧用・薬用などに使い、小豆島は有名な栽培地です。
ザクロ ザクロ科。 イランやトルコの原産国から中国、朝鮮を経て日本に伝えられました。 日本では果樹というよりも花の美しい観賞用樹木として多くの品種がつくられています。 わい性種や八重咲きもあって庭木や盆栽にも利用します。
 (厚木市)
多目的広場分岐
分岐を直進していくと横木の階段を現れます。 短い階段を登って斜面に続く雑木林の中の山道を進んでいきます。 少し登るようになると、果実の森分岐から3分ほどで浅い鞍部になった尾根筋に出ます。 ここはK字路になっています。 角に立つ道標によると、右前方へ降っていく道は「多目的広場」、正面の尾根道は「秋葉神社」となっています。 左手にも戻るようにして尾根道が伸びていますが、道標には特に何も示されてはいませんでした。 また、左前方へも細い山道が降っていましたが、余り歩かれていない様子でした。
育てたい 山へのマナー 火の始末
 (厚木消防署南毛利分署)
秋葉神社へは正面の尾根道を進んでいくのですが、 左手の尾根道もしっかりとしていたので、その先はどうなっているのかと思って少し歩いてみました。 登り気味に進んで小高い所に着くと、広い尾根道はそこで行き止りになっていました。 西側が開けていて、丹沢の山並みを見渡すことができました。 雲がかかっていて余りはっきりとは見えなかったのが残念でしたが、 よく晴れていると丹沢大山が見えそうな景色でした。
先ほどの多目的広場分岐まで引き返して、広くてしっかりとした尾根道をその先へと進んでいきます。 登り気味の尾根道を進んでいくと横木の階段が現れます。 横木の階段を2分ほどで登り切ると、秋葉神社のあるピークに着きます。
秋葉神社
登り着いたピークには大きな木の脇に小さな祠が建っていて、ベンチも設置されています。 共同視聴用でしょうか、VHFとUHFのテレビアンテナも立っていました。 小町緑地の中では標高が一番高い所になりそうですが、周りの樹木に邪魔をされて見晴らしは余りよくありません。 祠の中には小さな白木の社がありましたが、「秋葉神社」という文字は見当たりませんでした。 ここで道が左右に分かれています。 祠の前に立つ道標によると、右手へ降っていく横木の階段は「見晴らしの丘0.15km」、 左手へ続く尾根道は「高松山0.7km、愛名緑地1.0km」、 今登ってきた横木の階段は「小町神社0.3km」となっています。
注意
カスミ網の使用は禁止!
 (神奈川県)
秋葉神社から左手へと続く尾根道を緩やかに降っていきます。 よく歩かれている道なのか、幅も広くてしっかりとした道が雑木林の尾根に続いています。 青々とした葉を伸ばした樹木が木陰を作っていて、暑い夏の日差しを遮ってくれます。
発砲危険!
ここはハイキングコース 銃猟危険!
 (神奈川県)
鞍部分岐
植林帯の中へ入って更に進んでいくと、秋葉神社から5分ほどで浅い鞍部に着きます。 ここで右手から道が合流してきます。 道標などは見当たりませんでしたが、このまま正面の尾根道を進んでいきます。 鞍部を過ぎていくと、再び雑木林の中を進むようになります。
やがて道の両側に笹竹が生い茂るようになると、道の脇にベンチがひとつ設置されている所がありました。 その脇には、厚木市が設置した「緊急時位置確認表示板」が立っています。 この表示板は、小町緑地の入口から続くハイキングコースに沿って点々と設置されています。
小町緑地の入口にあるのがNo.13で、秋葉神社へ登る道にNo.14〜No.16があり、 秋葉神社のあるピークにはNo.9があります。 高松山へ向う尾根道にはNo.8〜No.6があり、高松山の山頂にあるのは番号が飛んでNo.3になります。
緊急時位置確認表示板
高松山コースNo.7
緊急時は、携帯電話でコース名、番号を119番又は110番に通報して下さい。
 (厚木市)
十字路
雑木林の中に続く尾根道を更に進んでいきます。 途中には斜面を横切る所や木の根がむき出しになった階段状の所もあったりしますが、 それほど歩き難いことはありません。 広くてなだらかになった道を進んでいくと、正面にこんもりとした高みが見えてきます。 この高みが高松山になります。 手前で道が左右に分かれています。 この道はお中道になっていて、高松山をぐるりと一周しています。 先ずは正面の石段を登って高松山の頂上へと向います。
山火事注意 火の用心!
たばこ・たきびは確実に消そう!
みどりとのふれあいでリフレッシュ
 (森林共済セット保険、神奈川県)
石段を登っていくと、藤棚のある広場になっています。 アジサイやツツジの木も植えられていて、この時には咲き終わったアジサイの花がまだ少し残っていました。 広場の周囲は樹木に囲まれていて展望は得られませんが、 テーブルやベンチが幾つか設置されていて、ひと休みするにはいい場所です。 高松山の山頂は、この広場の奥の短い階段を登った一段高い所にあります。
鷹舞ふや 山河ひかりを 荒くせり
ここは高松山緑地保全地域です。 あじさいとつつじが植えてあります。 皆さんで大切に育てましょう。
植樹 平成4年12月13日
 (愛名友話会)
高松山 (標高146.5m)
広場の奥の階段をひと登りすると高松山の頂上に着きます。 秋葉神社から15分ほどで到着しました。 頂上には「天皇行幸之地」の石碑と「高松大明神」の石柱が建っています。 ベンチも二つほど設置されていますが、頂上はそれほど広くはありません。 達筆過ぎて無学の私にはほとんど読めませんでしたが、 天皇行幸之地の碑には、明治天皇がこの山に来られたことが記されているようです。 そのため、この高松山は別名「御幸山」とも呼ばれているようです。 高松大明神は1645年に麓の愛名地区へ遷座されたようで、石柱にはそのことが記されていました。
高松大明神
御祭神 健御名方命
正保2年(1645)山頂より愛名153に遷座、社号を諏訪神社と改称する。
右手の方からは急な石段が登ってきています。 麓の愛名地区からこの高松山にあった高松大明神へと登っていく参道のように思われます。 石段の先の樹木越しには、厚木の街並みが見渡せる景色が広がっていました。 高松山からの景色を堪能したら、一段低い所にある先ほどの広場まで引き返してひと休みしていきましょう。
後日に右手の石段を登ってきました。 (「下古沢尾根」を参照)
ひと休みしたら広場の手前にある十字路まで引き返して、 高松山を時計回りに巻いていく道を愛名緑地へと向っていきます。 山頂を取り巻く道を半周ほどしていくと、尾根道は高松山から分かれて左手へと曲がっていきます。 山頂を取り巻く道は更に右手へと続いていますが、愛名緑地へは左手の尾根道を進んでいきます。
お中道
尾根道から分かれて更に右手へ進んでいくと、斜面を横切る細い道になってきます。 あまり歩かれていないようで、道が斜めになっていたりします。 1/4周ほどすると、山頂から降ってくる石段の所に出ます。 石段の下からは横木の階段が更に下へと降っていっていました。 石段を横切って更に山頂を回っていくと、最初の十字路まで戻っていきます。 全体では高松山の山頂を一周するお中道になっていますが、その内の1/4ほどは歩きにくくなっていました。 また、山頂の「高松大明神」の石柱の右手から僅かな踏み跡が降っていました。 山頂から広場へ引き返さずにその踏み跡を降っていってもこの辺りに降りて来られそうでしたが、 確かめてはいません。 3年半ほど前に来た時には冬枯れの季節だったこともあって踏み跡がもう少しはっきりとしていたようで、 その道を降っていったような淡い記憶もあるのですが定かではありません。
七沢森林公園分岐
雑木林の中に続く緩やかな尾根道を進んでいくと、3分ほどで森を抜けて開けた草地に着きます。 ここで道がX字形に分岐しています。 「高松山コースNo.4」の表示板も設置されています。 角に立つ道標によると、左手の広めの道は「若宮公園、七沢森林公園」、 正面の道は「愛名緑地」、今来た道は「高松山、小町緑地」となっています。 右手に戻るようにして降っていく横木の階段もありますが、道標には何も示されてはいませんでした。 左手の道を進んでいくと森の里地区を経て七沢森林公園へと続いていますが、 今回は道標「愛名緑地」に従って正面の草地を進んでいきます。
草地の右手が開けていて、厚木の街を見渡すことができました。 草地にある資材置き場や作業小屋などを過ぎていくと、 突き当たりから右手へと曲がって簡易舗装路が降っていきます。 道標などは見当たりませんでしたが、愛名緑地へはその簡易舗装路ではなくて、 突き当たりの左手から続く山道へと入っていきます。
坂道分岐
すぐに左手からの山道を合わせていくと、植林帯の中に続く横木の階段が始まります。 雑木林と植林帯を分ける横木の階段を1分ほど登っていくと分岐があります。 左手は緩い坂道になっていて、正面は横木の階段が更に続いています。 道標が見当たらずどちらへ行ったものかと暫く考えていましたがいい考えが浮かばず、 ここはそのまま正面の横木の階段を登っていくことにしました。
雑木林の中に右・左と小刻みに折れ曲がりながら続く横木の階段を2分ほど登って尾根筋に着くと、 左手からも道が登ってきていました。 確かめた訳ではありませんが、先ほどの分岐から左手の坂道を進んでくるとここまで続いていたのかも知れません。 登ってきた横木の階段は少し傾斜があったので、その坂道のショートカットになっていたのかも知れません。
愛名緑地
右手へと続く緩やかな尾根道を1分ほど進んでいくと、 大きな木の脇に「ここから先 愛名緑地」と書かれた太い四角柱の標識が立っていました。 その少し先の「高松山コースNo.5」の表示板を過ぎて短い横木の階段を登っていくと、 東屋が建つ小広くなった高台に着きました。 この辺りが愛名緑地になるようです。 高松山から13分ほどで到着しました。
山火事注意 火の用心!
たきび・たばこは確実に消して!
 (森林共済セット保険、神奈川県)
東屋の左手が開けていて丹沢の山並みを見渡すことができました。 曇り勝ちで余りはっきりとは見えなかったのが残念ですが、丹沢大山方面かと思われます。 この愛名緑地の解説板だったのでしょうか、大きな木の脇には四角い枠だけになったものが立っていました。
東屋からその先へと続く尾根道を進んでいきます。 雑木林の中を少し進んだ所に「(2)さがして見よう近くの樹木」と題した解説板が設置されていました。 各樹木の葉・果実・幹などが写真付きで紹介されていました。 掲載されている内容からすると同様の解説板の(1)と(3)もあるようですが、今回は見かけませんでした。 解説板の先からは傾斜の少し増した降りになります。
(2)さがして見よう近くの樹木
愛名緑地の丘陵は沢山の樹木があります。 このあたりの木を観察してみましょう。 葉っぱや、どんぐり、木はだの違いがわかったら、きみはもう"樹木はかせ"だ。
アラカシ(ぶな科)葉長5〜13cm、花4〜5月、どんぐり1〜1.3cm
イヌシデ(かばのき科)葉長4〜8cm、花4月、果実、果序
エノキ(にれ科)葉長3〜8cm、花4月、果実
ケヤキ(にれ科)葉長4〜10cm、花4〜5月、果実0.5cm
クヌギ(ぶな科)葉長10〜20cm、花4〜5月、どんぐり直径2.5cm
コナラ(ぶな科)葉長7〜15cm、花4〜5月、どんぐり1.6〜2.3cm
上の中で冬でも葉を茂らせている木はどれですか?答は解説板(3)に
解説板(1)の答え:ヤマザクラ
 (厚木市)
谷筋分岐
坂道を降り切って小さなアンテナ施設を過ぎて軽く登り返していくと、 横木の階段が右手へと分かれて降っていく所がありました。 両側に太い柵の設置されたしっかりとした道だったので、 最初の小町緑地から続いてきた「高松山ハイキングコース」はこの谷筋へと降っていくのかも知れませんが、 今回はこのまま正面の尾根道を進んでいきました。
小ピーク分岐
階段を見送って雑木林に続く尾根道を1分ちょっと進んでいくと、道が二手に分かれています。 右手の道はちょっとした高みへと続いていて、左手の道はその巻き道になっているようです。 道標などは見当たりませんでしたが、今回は右手の道を登っていきました。
軽く登っていって高みに着くと、東屋の手前にあったのと同様の 「愛名緑地はここまで」と書かれた太い四角柱の標識が立っていました。 裏面を見ると「ここから先 愛名緑地」となっていたので、 先ほどの標識の裏面にも「愛名緑地はここまで」と書かれていたものと思われます。 高みを過ぎて降っていくと尾根道に降り立ちます。 左手からくる道は、高みの手前にあった分岐を左手に進んできた道だと思われます。 少し細めだったことを考えると、今回歩いた高み越えの道の方が多く歩かれているように思えました。
尾根筋分岐
尾根道を右手へと更に進んでいきます。 尾根の右肩を降って更に進んでいくと、先ほどの標識のある高みから3分ほどで分岐があります。 尾根筋は左手へと続いているようだったので少し歩いてみましたが、 次第に夏草や笹竹が生い茂るようになってきたので、それ以上進むのは諦めてここまで引き返してきました。 夏草が生い茂っていない季節だと分かりやすい道なのかも知れませんが、 今回は右手の道を進んでいきました。
後日に左手の道を歩きました。 (「下古沢尾根」を参照)
緩やかに降り気味の道を進んでいきます。 途中で右手から山道が2度ほど合流してきますが、道なりにそのまま進んでいきます。 夏の青々とした樹木や草などが生い茂っていて、気分のいい散策が続きます。
森の里
雑木林の中の道を更に降っていくと、やがて正面が明るくなってきます。 森から出ると、右手には「特別擁護老人ホームケアーセンター森の里」がありました。 東屋のある愛名緑地から20分ほどで降りてこられました。 これで山道は終わりになります。 蒸し暑い中を歩いてきて汗びっしょりだったので、 門を入った所の脇にあるベンチに腰を掛けてひと休みしていきました。
門の前を左手へ曲がっていくと舗装道路が緩やかに降っています。 その20mほど進んだ所から右手へ分かれていく道があります。 このまま舗装道路を降っていってもいいのでしょうが、 今回は右手に分かれていく道を進んでいきました。
本照寺
右手の道を進んでいくと、すぐに「森の里」の脇に出ます。 その左手には墓地が広がり、下の方には寺院が見えています。 墓地の中に続く道を道なりに降っていきます。 左手に曲がって墓地の中を更に降り、焼却炉のそばから続く石段を降った先に本照寺があります。 境内には日蓮聖人の大きな像や観音像などがありました。 また真新しい鐘楼もあって、自動的に鐘が撞かれる仕組みのようでした。 お寺の謂れなどを記したものは見当たりませんでしたが、 身延山十一代行学院日朝上人の開山の日蓮宗の寺院で、大荒行秘妙五段・開運祈祷・倶生霊神符とのことです。 また、人事百般・人生相談なども行われているようです。
日蓮大聖人遺訓
孝とは厚なり 地厚けれ共 孝よりは厚からず
孝とは高なり 天高けれ共 孝よりは高からず
聖賢の二類は 孝の家より出でたり
寿量観音
この観音様は、難波晴信氏が病いが重く、医師の力も及ばなかった時、 護符の御守護で恢復して五年の寿命を延ばし、九十三才で亡くなりましたが、 その時に御礼として奉納されたものです。 その為に「命を延ばしてくれた御礼の観音様」ということで「寿量観音」と命名して、 この地に御祀りしたのです。
午前6時、午後6時に鐘が自動的に撞かれます。 自動鐘撞き機械の音はしますが、前ぶれ無く撞かれますので、午前6時、午後6時前は危険です。 鐘には近づかないようお願いいたします。 (冬は午前7時、午後5時)
鐘楼の横から続く石段を降っていきます。 右手に「本照寺」、左手に「常栄山」と刻まれた大きな石柱を過ぎ、 「常栄山」の扁額の架かる山門を過ぎていくと、赤い門の脇に降り立ちます。 道は左右へも延びていますが、正面に続く道を進んでいきます。
(写真は振り返って写したものです)
日蓮上人のおことば
南無妙方蓮華経と申すは一代の肝心たるのみならず、法華経の心なり、体なり、所詮なり。
左手への分岐を見送って真っ直ぐに進んでいきます。 突き当たりを右手へ曲がっていくと、右手にある駐車場の先には田んぼが続き、 その向こうには、これまで歩いてきたと思われる丘陵が続いていました。
八ッ橋(やつはし)バス停
駐車場を過ぎて少し左手へと曲がっていく道を道なりに進んでいくと県道63号に出ます。 県道を左手へと進み恩曽川に架かる八ツ橋を渡っていくと、 県道に出てから100mほどの所に八ッ橋バス停があります。
本厚木駅(小田急小田原線)まで、厚木バスセンター行きバスにて13分、 1時間に1本程度の便があります。
 土曜日 ...12:04 13:05 14:04 15:04 16:04 17:05 18:04 19:04 20:04
 日曜日 ...12:34 13:05 13:34 14:34 15:34 16:34 17:05 17:34 18:34 20:04
また、本数は極めて少ないものの、愛甲石田駅(小田急小田原線)までの便もあります。
 土日曜 5:51 7:11 16:37 18:12