鷹落場
散策:2006年06月上旬
【低山ハイク】 鷹落場
概 要 鷹落場は箱根連山と丹沢山塊に挟まれた所に聳える山です。 この辺りでは矢倉岳に次ぐ標高がありますが、地形図にも名前が載っていない静かな山です。 尾根筋からは丹沢や富士山も望むことができます。 今回は足柄万葉公園から山伏平を経て鷹落場へ登り、その北側から平山地区へと降るコースを歩きます。
起 点 南足柄市 足柄万葉公園バス停
終 点 山北町 山北駅
ルート 足柄万葉公園バス停…足柄万葉公園…ふれあい広場分岐…地蔵堂分岐…矢倉沢分岐…山伏平…鷹落場分岐…鷹落場…鷹落場分岐…押立山…大窪…近野山分岐…林道終点…平山地区…(酒水の滝)…足柄橋…川村土功之碑…山北橋…河村城址分岐…山北駅
所要時間 4時間40分
歩いて... 訪れた日が曇天だったので、所々から見渡せる山並みはぼんやりとしていました。 山伏平から林道へ出るまでの間はハイキングコースとして整備されている訳ではありませんが、 赤いテープやペンキで樹木に目印が付けられているので、それを頼りに歩いていけます。 方向を確認するためにも磁石を持参した方がいいようです。 また草に覆われてしまうと踏み跡が分かり難くなってしまうので、 夏草が生い茂る季節は避けた方が無難です。
関連メモ 酒水の滝, 矢倉岳, 矢倉岳, 足柄峠, 鷹落場, 矢倉岳
コース紹介
足柄万葉公園(あしがらまんようこうえん)バス停
大雄山駅(伊豆箱根鉄道大雄山線)の改札口を出た右手にある関本バスターミナルからバスに乗っていきます。 足柄万葉公園までの直通バスは朝方に1本(土日曜8:25発)だけしかありません。 このバスに乗れなかった場合は、地蔵堂まで行ってそこから乗り継いでいきます。
地蔵堂まで、地蔵堂行きバスにて20分、朝方には1時間に2本程度の便があります。
 土日曜 8:10 8:25 8:43 9:19 9:55 10:20 10 59...
地蔵堂から足柄万葉公園まで、足柄万葉公園行きバスにて10分、1時間に1本程度の便があります。
 土日曜 8:45 9:10 9:45 10:20 11:25 13:20 13:55 14:30
地蔵堂バス停にあった時刻表によると、 地蔵堂から足柄万葉公園までのバスは、3月18日から12月15日の期間だけの運行とのことです。
バス停のそばには「足柄万葉公園案内図」がありましたが、擦れてしまっていて余りよく見えませんでした。 裏面には足柄峠の解説も記載されていましたが、実際の足柄峠はもう少し南の方にあるようです。 案内図の左手にある「南足柄市」と「足柄万葉公園」と刻まれた石の脇から続く道を登っていきます。
足柄峠
古代、足柄峠は都と東国とを結ぶ要路であった。 大和朝廷の昔、日本武尊が東征の帰路この峠に立ち、弟橘姫をしのんで「あづまはや」と叫んだという記述が 古事記にある。奈良時代、東国の任地に赴く役人たちが、ここで都に最後の別れを告げ、 また防人の任におもむく東国の農民たちも、この峠で故郷に残した肉親を思い、心の叫びを詠じている。 こうした万葉人の痛切な声は、時代を越えて今もなお私たちの胸をうつ。 ここ足柄峠は標高759メートル、当時の旅人たちは畏怖のあまり思わず 「足柄の御坂かしこみ」と峠の神に手向けせずにはいられなかったというが、 往時の森厳さと神秘感寂寥感は今もその名残りをとどめている。
 (南足柄市)
足柄万葉公園
緩やかな道を登っていくとすぐに東屋が建っています。 足柄万葉公園には万葉集にある詩歌を書いた解説板や歌碑などが各所に数多く設置されています。 この東屋の脇にも歌碑と解説板がありました。 左手には「通り尾砦跡」の解説板もありました。
足柄の 御坂畏み 曇夜の 吾が下這へを 言出つるかも(巻14-3371)
(大意) 足柄の神の御坂を越えて行くとき、峠の神に手向けして、恐れかしこまるのあまりに、 人に秘さねばならない恋人の名までつい告白してしまった。 人にいうべきじゃないことだのに。 当時は恋人の名前を口に出してはならないとされていた。
通り尾砦跡
足柄峠は、神奈川県と静岡県の県境に位置しており、 戦国時代には、小田原の北条氏によって足柄城を中心として、国境防備の城砦群が形成されていた。 この通り尾砦もそのうちの一つである。
金時山−猪鼻砦−足柄城−通り尾砦−古楢尾砦−阿弥陀尾砦−浜居場城
公園をその先へと進んでいくと、雑木林の中を降るようになります。 車道の脇を掠めていくと、 「矢倉岳・酒水の滝・21世紀の森」や「地蔵堂・万葉ファミリーコース」の道標が立っています。 道標が指す坂を登ったところで道が二手に分かれています。 角に立つ道標によると、左手の道は「万葉広場」、右手の道は「矢倉岳ハイキングコース」となっています。 足柄万葉公園は左手の尾根筋に続いていますが、今回は公園の脇を通る右手の道を進んでいきます。
自然環境保全地域
自然を大切にしましょう。 建築物の新改増築、土地の形質変更等は届出が必要です。
 (神奈川県)
ふれあい広場分岐
左手に足柄万葉公園を見ながら緩やかな道を進んでいくと、程なくして分岐があります。 角に立つ道標によると、右手に降っていく道は「ふれあい広場」となっていますが、 道標「矢倉岳」に従って正面の道を進んでいきます。 分岐のところに「万葉ハイキングコース案内板」があり、 この少し先の所から谷筋へと分かれて地蔵堂まで続くハイキングコースが図示されていました。
わが背子を 大和へ遣りて まつしたす 足柄山の 杉の木の間か(巻14-3363)
(大意) 私の夫を大和への長い旅へ送り出したあと、 くる日くる日も私は足柄山の杉の木の間から駿河あたりを見つつ待っています。 いったいいつまで待ったらお帰りになるのか。 難解の「まつしだす」はいろいろ説があるが、「待ちつつ五つか」としてみたい。
地蔵堂分岐
左手へ分かれていく万葉広場への小道を三度ほど見送って、 道標「矢倉岳」に従って真っ直ぐに進んでいきます。 ふれあい広場分岐から4分ほど進んで植林帯の中へと入っていくと、すぐに分岐があります。 角に立つ道標によると、右手に降っていく道は地蔵堂へと続く「万葉ファミリーコース」とのことです。 先ほどのふれあい広場分岐にあった案内図に示されていたルートのようです。 今回は道標「矢倉岳・21世紀の森・酒水の滝」に従って、正面に続く道を進んでいきます。
植林帯と雑木林を分ける緩やかな山道を進んでいきます。 程なくして「山伏平」を指す道標を過ぎていくと、やがて植林帯を少し降るようになります。 植林帯を抜けて雑木林の斜面に続く山道を進んでいくと、 地蔵堂分岐から5分ほどで樹木が低くなって矢倉岳を望むことが出来る所がありました。 矢倉岳の手前には雲がかかっていました。 前日に降った雨が水蒸気になって空へと登っていくのでしょう。 何だか幻想的な光景に、しばらく足を止めて眺めていきました。
自然環境保全地域
自然を大切にしましょう。
 (神奈川県)
小さな山襞を過ぎ大きな岩が露出した所を過ぎていくと、ふたたび植林帯へと入っていきます。 丸太の小さな木橋を渡って更に進んでいきます。 少し降っていくと、前方がぼんやりと霞んでいました。 先ほど見えていた低い雲がこの辺りにもかかっているのでしょう。 気温も高くて何だか蒸し暑く、傾斜はそれ程はない山道ですが汗が噴出してきました。
分岐
植林地を出た先でも矢倉岳を望むことができる所がありましたが、 相変わらず低い雲が立ち込めていて余りはっきりとは見えませんでした。 植林帯の中へと入って少し進んでいくと尾根筋に出ます。 尾根道を1分ほど進んでいくと道標が立っています。 この先の道は「矢倉岳・酒水の滝」、これまで歩いてきた道は「足柄万葉公園・足柄峠」となっています。 右手にも道が分かれて降っていましたが、道標には何も記されてはいませんでした。
矢倉沢分岐
尾根道を更に進んでいきます。 小さなアップダウンはありますが、それほど急な傾斜ではありません。 「神奈川県森林公社分収造林地」の看板を過ぎていくと、登りの傾斜が少し増してきます。 熊笹の生い茂る脇を過ぎていくと、先ほどの道標から10分ほどで分岐があります。 角に立つ道標によると、正面へ降っていく道は「地蔵堂矢倉沢」、 左手へ登っていく道は「矢倉岳・酒水の滝・21世紀の森」、今来た道は「足柄万葉公園・足柄峠」となっています。 正面の道を進んでいくと地蔵堂や矢倉沢林道へと降っていけますが、今回は左手の道を登っていきます。
山伏平
傾斜の増した山道を1分ちょっと登っていくと、右手へ曲がっていく角に道標が立っています。 右手へと曲がっていく道は「矢倉岳・21世紀の森」、今登ってきた道は「足柄峠・地蔵堂」となっています。 道標の脇から左手へと降っていく小道も分かれています。 道標には特に何も記されてはいませんが、この小道が鷹落場へと続く山道の入り口になります。 足柄万葉公園バス停から45分ほどで到着しました。
(右側の写真は道標を行き過ぎてから振り返って写したものです)
右手へ曲がっていった10mほど先の所にも分岐があって、 「21世紀の森・酒水の滝」への道と「矢倉岳」への道が分かれています。 この辺りが「山伏平」という所のようです。 ここから20分ほどで着く矢倉岳の頂上まで登って富士山を眺めようと思っていたのですが、 この日は展望が期待できそうにもなかったので登るのは止めておきました。
道標の脇から続く小道を左手へと降っていきます。 ここから鷹落場までは雑木林の尾根道が続いています。 多少のアップダウンはあるものの、息が切れるほどの傾斜の所はありません。 1分ほど降っていくと浅い鞍部に着きます。 そこから緩やかに登っていきます。 ハイキングコースとして整備された道ではないので道標などは設置されていませんが、 踏み跡もしっかりとしているし、要所要所には樹木の幹や枝に赤いテープやペンキで目印が付けられているので、 それを頼りにして進んでいけば大丈夫です。 山伏平から10分ほど進んでこんもりとした高みの辺りまでくると、 根元から枝分れした樹木が茂るようになります。
根元から枝分れした樹木の茂る尾根道は8分ほどで終りになります。 雑木林に続く尾根道を更にその先へと進んでいくと、左手の樹木が低くなって見晴らしのいい所がありました。 よくは分らないのですが富士山なのでしょうか、遠くには台形の姿をした山が頭を覗かせていました。
更に2分ほど進んでいくと、道の両側には熊笹が生い茂るようになります。 熊笹の道を2分ほどで抜けて雑木林に続く緩やかな尾根道を進んでいきます。 浅い鞍部を過ぎて登り返していくと、再び熊笹の生い茂る道が4分ほど続きます。
鷹落場分岐
熊笹の道が終ってその先へと緩やかに登っていくと、10分ほどでちょっとした高みに着きます。 この時には夏草が伸びていて道が分かり難くなっていましたが、ここはT字路になっています。 角に生えている樹木に赤いテープが巻きつけてあり、右手の先の樹木にもテープが巻きつけてありました。 尾根道はこの正面へと続いていますが、 ここを右手へ進んでいくと鷹落場の山頂があるので往復してきましょう。
(右側の写真は分岐から右手の道を写したものです)
鷹落場 (標高819.2m)
なだらかな道をほぼ真っ直ぐに2分ほど進んでいくと鷹落場の山頂に着きます。 山伏平から40分ほどで到着しました。 山頂には二等三角点が設置されています。 「大切にしよう三角点」の木柱・「水源の森林」の標柱や 「神奈川県水源の森林づくり契約地」の看板も設置されていて、 「鷹落場」の名前も載っていました。
神奈川県「水源の森林づくり」契約地(水源協定林)
所 在 地南足柄市内山字鷹落場2945
土地所有者南足柄市・山北町・開成町・一部事業組合
森林整備者神奈川県
契 約 面 積9.63ヘクタール
水資源を大切にしましょう。
 (神奈川県環境農政部水源の森林推進課、神奈川県足柄上地区行政センター森林保全課)
基本測量 二等三角点 大切にしよう三角点
 (建設省国土地理院)
鷹落場の山頂の周りは樹木に囲まれていて展望はほとんど得られませんが、 樹木の間から北側を望むことができました。 特定することはできませんでしたが、西丹沢の峰々でしょうか。 天候に恵まれると、樹木の間から富士山も少し望めるようですが、 この日は生憎の曇り空だったためよく分りませんでした。
鷹落場はこの付近では矢倉岳(870m)に次いで2番目に高い山で、足柄平野からもよく見えるようです。 丹沢山塊と箱根連山に挟まれた所にあって、一般には余り知られた山ではないようです。 この一帯は万葉集の時代には「八重山」と呼ばれていたそうです。 現在では国土地理院の地形図には「鷹落場」の名はなく、 この山の少し北側にある「鳥手山(665m)」が記載されているだけです。
鷹落場分岐まで引き返して、その先へと進んでいきます。 「水源の森林」の標柱を二つほど過ぎて雑木林の中を緩やかに降っていくと、 鷹落場の山頂から6分ほどで正面に植林帯が現れます。
押立山
少し右へ曲がって、雑木林と植林帯との間に続く道を更に降っていきます。 2分ほど降っていくと浅い鞍部に着きます。 そこから緩やかに2分ほど登っていくと、なだらかな高みに着きます。 この辺りの高みが押立山という所のようです。 鷹落場から10分ほどで到着しました。 手元の地形図によると、標高770mほどはあるようです。 お昼にはまだ少し早かったのですが、伐採された樹木に腰を降ろして、 ここで昼食タイムにしました。
押立山の先の方へ進んでいくと、道がはっきりとはしなくなります。 そこで左手の雑木林の中へと入っていくと、 樹木に赤いテープやペンキで目印がしてある山道が続いていました。 この山道は、押立山の手前で植林帯が現れた辺りから、左手の雑木林の中にずっと続いていたのかも知れません。 尾根は東の方向へと伸びていますが、山道はしばらく東へ向ってから北の方角へと降っていきます。 そのまま東の方向へと続く踏み跡もありますが、あらぬ方へ行ってしまうので注意が必要です。 磁石で「北」へ向っていることを確かめて、 要所要所にある赤いテープやペンキの目印を頼りにしながら降っていくのがいいように思います。
雑木林の斜面に続く細い踏み跡を右・左と曲がりながら2分ほど降っていくと、小道が合流している所がありました。 角の樹木には「7」と書かれた白いゴムの板切れが赤いテープで付けられていました。 どういう意味なのかは分りませんが、今後もずっとここに付いているのなら目印になりそうなので載せておきます。
根元から枝分かれした樹木が生い茂る林の中を降っていくと、やがて少し登るようになります。 少し降るようになって赤いペンキで円印がふたつ付けられた太めの樹木を過ぎていくと、 樹木越しに稜線が続いているのを望むことができる所がありました。 雲が立ち込めていて何処の山なのかはよく分りませんでしたが、丹沢の峰々なのでしょうか。 その先へと更に進んでいくと、正面にこんもりとした高みが見えてきます。 前後の関係からすると、手元の地形図にある鳥手山(665m)のように思われます。
大窪
雑木林の中を更に降っていくと鞍部に着きます。 ここが大窪という所のようです。 押立山から30分ほどで到着しました。 太めの樹木に「たき火・たばこに注意」の看板が括り付けてありました。 ハイカーのために設置されているのでしょうか、 一応は「道」として認められたルートを通っているように思えて、何だかホッとした気分になったりもします。 ここからの道は、先ほどから見えていた正面の鳥手山へとは続いておらず、左斜面を巻くようにして続いています。 新編相模国風土記稿にも「トテヤマ」として登場するようなので訪ねてみたいとも思いましたが、 夏草が伸びていて踏み跡も余りはっきりとは確認できない状況だったので、今回は止めておきました。
たき火・たばこに注意
 (神奈川県)
植林帯を少し登ってから、鳥手山の左側の斜面を緩やかに進むようになります。 雑木の生い茂る所を抜けていくと、植林帯の中に広がった道を降るようになります。
近野山分岐
広くなった道を3分ほど降っていくと、大窪から20分ほどで「造林地」の看板が立っていました。 この辺りの右手から近野山(595m)へと登っていけるとのことですが、 はっきりとした道は見当たりませんでした。 ここでも生い茂る夏草のために近野山へ登るのは諦めて、正面に続く山道を進んでいきました。
南足柄市山北町開成町一部事務組合官行造林地
一、森林を愛しましょう。樹木は皆んなの資源です。
一、山ではたき火に注意しましょう。
一、たばこは歩きながらすわないようにしましょう。
一、山のエチケットを守りましょう。
 (平塚営林署)
近野山は、山北町史では「金比羅山」と仮称されているようです。
近野山分岐から1分ほど進んでいくと、左手の樹木が途切れて見晴らしのいい所がありました。 生憎の曇天で余りはっきりとは見えなかったのが残念ですが、 西丹沢の山並みが幾重にも折り重なるようにして続いていました。
更に進んでいくと植林帯へと入っていきます。 最初はしっかりとしていた道も、次第に斜面に続く細い道になってきます。 夏草が生い茂っているかなり幅の狭い所もあって足元がよく分らず、 道を踏み外して谷側へ滑り落ちそうになったりもしました。
神奈川県「水源の森林づくり」契約地(水源協定林)
所 在 地足柄上郡山北町平山字長坂895-1外15筆
森林整備者神奈川県
契 約 面 積10.53ヘクタール
水資源を大切にしましょう。
 (神奈川県環境農政部水源の森林推進課、神奈川県足柄上地区行政センター森林保全課)
林道終点
道幅の狭い所を過ぎていくと、再び樹木が途切れて見晴らしのいい所があって、西丹沢の山並みが続いていました。 牧場になっている大野山の山頂もよく見えていました。 見晴らしのいい所を過ぎていくと、道は次第にしっかりとしてきます。 植林帯の中を進んでいくと、程なくして林道の終点に着きます。 近野山分岐から18分ほど、大窪から40分ほどで到着しました。 右手からは山道が降ってきていました。 先ほどの近野山から降ってきた道だと思われます。 左手には作業小屋が建っていました。 ここで山道は終って、ここからは小型車1台が通っていける幅のあるしっかりとした林道になります。
分岐
林道の左手にある作業小屋を過ぎていきます。 植林帯の中に歩きやすい林道が続いています。 最初はなだらかな道ですが、次第に少し降るようになります。 林道終点から9分ほど進んでいくと、左手へと降っていく道が分かれていく所があります。 左手の道も小型車1台が通っていけそうな幅があって、林道のような感じがしました。 道標などは見当たりませんでしたが、ここは正面の林道をその先へと進んでいきます。
分岐
分岐から2分ほどして浅いU字形に窪んだ感じになってくると、 中ほどがコンクリート舗装された道になってきます。 傾斜が増してきた林道を更に進んでコンクリート舗装された部分の幅が広がってくると、 先ほどの分岐から15分ほどで再び分岐があります。 右手には土の林道が登り気味に続いていますが、 コンクリート舗装された林道は左手へとS字形に曲がりながら降っていきます。 ここにも道標は見当たりませんでしたが、左手へと降っていきます。
道全体がコンクリート舗装された林道を6分ほど降っていくと、右手が開けた所がありました。 眼下には酒匂川が流れ、その左手の方には山北の街並みが続いていました。 酒匂川に架かる手前の水色の橋は足柄橋で、 その奥にあるこんもりとした山は河村城址公園になっている城山のようです。
平山地区
梅林の横を過ぎ植林帯の中を過ぎていくと、水道施設のようなものがありました。 山並みや街並みなどを眺めながら更に降っていくと、ミカン畑の先にT字路があります。 そこを左折して降っていくと、山北町の平山地区に降り立ちます。 降りたすぐの所にある左への分岐を見送って直進していくとT字路があります。 そこを左折して突き当たりを右へと曲がりながら道なりに降っていくと県道726号に出ます。 林道終点から50分ほどで降りてこられました。 県道726号を右手に2分ほど進んだ所の橋を右折していけば、 「神奈川県の名勝」にも指定されている酒水の滝があります。 50分もあれば滝まで行ってここまで戻って来られるので、時間があれば訪ねてみましょう。
神奈川県指定名勝 酒水の滝
洒水の滝は足柄上郡山北町にあって、平山の滝、又は灑水の滝といわれていたが、いまは一般に洒水の滝と呼ばれている。 その水源は西北を限る800メートル及び500メートルの連嶺の東南方山地の水を集めて流れるものである。 附近一帯の地質はよく磨かれた大小の礫を含む礫岩層で第三紀の足柄層と呼ばれている。 この足柄層の隆起に伴って生じた裂線を浸蝕する瀑流が、 標高300メートルから200メートル位の間で三段の瀑布となっている。 その高さは三の滝29.7メートル、二の滝16メートル、一の滝69.3メートルあって、以下滝沢川となって酒匂川に合流する。 浸蝕谷の入口平山から滝壷までの間には礫岩層が至る所に横たわって滝沢川不断の浸蝕によって滝口が後退し、 現在の絶壁に東面してかかっている滝は関東屈指の名爆である。
 (神奈川県教育委員会)
今回は時間に余裕があったので酒水の滝も訪れましたが、その散策の詳細は省略します。 滝を訪ねてここまで戻ってくるまでの時間も、本コースの所要時間には含めていません。 夏に起きた落石のために「名水百選酒水の滝」から先は通行止めになっていましたが、 朱塗りの橋の手前から、勢い良く流れ落ちる雄大な姿を望むことができました。
足柄橋
左折して県道726号を進んでいくと、すぐに松田警察署の共和駐在所があります。 その先へと更に2分ほど進んでいくと、林道の途中から見えていた酒匂川に架かる水色に塗られた足柄橋があります。 「水神」と刻まれた石碑を右手に見ながら足柄橋の側道を渡っていくと、 車道の先には樋口橋交差点があって、国道246号が左右に通っています。 樋口橋交差点を渡って正面の県道76号を進んでいってもいいのですが、 今回は足柄橋を渡った所から別れて右手へと降っていく坂道を進んでいきました。 降り口にある「←駅」と書かれた案内板に従って右手へと降っていき、 国道246号の新樋口橋の下をくぐっていきます。
足柄橋について
この橋は古くは木造の吊橋でした。 昭和24年(1949)には鋼製のワーレン式トラス橋となり、その後40年以上経過して老朽化が進み、 交通量の増加や車輌の大型化により、平成11年(1999)に架け替えられました。 新しい橋は、橋長125mの本橋と130mの取付け橋から成り、川に架かる部分は、 周囲の地形や景観との調和をはかるため、アーチ型の中路式鋼ローゼ橋を採用しました。 橋梁は、夜間の照明により、近くにある「酒水の滝」の水が飛び散るイメージを演出するなど、 地域の新たなシンボルとしての役割を担っております。
周辺の史跡
山北町は古くから「河村郷」と呼ばれ、江戸時代には相模国に属し、大井庄川村山北、苅野庄平山村など14か村に分かれていました。 当時は近くに、駿河・甲斐への奥山家古道が開かれて、東海道の箱根関所の裏関所として「川村関所」が置かれました。 元禄16年(1703)の大地震による土砂崩れと宝永4年(1707)の富士山の大噴火による降灰で皆瀬川が氾濫をくりかえし、 瀬替えをするため「山を堀割る」治水工事が行われました。 のちにその功績を後世に伝えるため「川村土砂功之碑」が建てられました。
 (神奈川県松田土木事務所)
川村土功之碑
新樋口橋の下をくぐって少し登り気味に進んでいくと、樋口橋交差点を直進してきた県道76号に出ます。 県道に出た所に樋口橋バス停があり、 足柄橋にあった解説板「周辺の史跡」にも記載されている川村土功之碑がその向かい側にありました。
川村土功之碑
碑は、明治26年7月建立、大磯の漢学者伊藤希元氏が撰文、裏面に発起人6人、賛成人89人の 氏名が刻まれている。元禄16年(1703)の大地震、宝永4年(1707)の富士の噴火で山北地方潰滅状態に陥った。 その救済・訴願に鈴木、湯山両名主の働きは言語に絶した。 湯山氏は訴願を重ね、皆瀬川の瀬替が実現した。しかし、その為水不足が生じ、 堅岩に斧さくして川入堰が完成、また幕府の許可で川村関所遣水・付堰の御普請も成った。 瀬替より70年後の安永8年(1779)瀬戸堰工事開始、寛政年間に岸村分水も成り、水田造成も一段と進んだ。 今堅岩に斧さくの跡を見、酒匂川左岸に遺る素堀・取水口も移り、 皆瀬川を渡る大架槽も堅固な鉄管に変わり、それ等の堰を流れる水は、山北の灌漑・生活用水として利用されている。 湯山氏祖孫七世、140余年に亘り災害復旧に、灌漑用水の整備に心血を注いだこの工事が いかに困難を極めたかを知ると同時に、その恩澤を永久に記念する為、川村土功之碑が建立された。
 (山北町教育委員会)
県道76号を右手へと進んでいくと、すぐに皆瀬川に架かる樋口橋があります。 橋を渡って国道246号の横を掠めて左手へと道なりに降っていくと、JR御殿場線の上に架かる山北橋があります。 山北橋側道橋を渡った所に山北橋バス停があります。 その脇には道標が立っていて、線路に沿って続く右手の道は「山北駅」、 今歩いてきた道は「酒水の滝1.5km・大野山5.2km」となっています。 このまま県道を直進していってもいいのですが、 線路沿いの道の方が雰囲気があるので、今回は右折していきました。
JR御殿場線の線路は道路よりも低い所を通っています。 線路の上には人道橋や中橋などの橋が架けられています。 ちょっと橋の中ほどまで行ってみると、線路の両側には大きな桜の木が並木を作っていて、 花の季節には綺麗な眺めが楽しめそうな所でした。
河村城址分岐
中橋を見送ってその先へと線路沿いに進んでいくと三良橋があります。 その角には道標が立っていて、右手の三良橋は「河村城址」、正面の道は「山北駅」となっています。 「河村城址ハイキングコース入口」の看板もありました。 今回はここを直進して山北駅へと向っていきます。
山北(やまきた)駅
三良橋を見送って1分ほど進んでいくと、線路沿いの道は終わりになります。 突き当たりを左折していくと「山北駅前大通り」に出ます。 そこを右折して山北町商工会館を過ぎて山北の街を進んでいくと、 「山北駅前大通り」のゲートをくぐった先に山北駅(JR御殿場線)があります。 平山地区に降り立った所から30分ほどで着きました。 国府津駅(JR東海道線)までの便が1時間に2本程度あります。
電車の時刻表を写していると、駅員さんが「時刻表ありますよ」と声をかけてきて、 小さな折り畳みの時刻表を手渡してくれました。 折角なので有りがたく頂いておきました。