北鎌倉
散策:2006年04月下旬
【街角散策】 北鎌倉
概 要 北鎌倉駅のすぐ側にある円覚寺を散策します。 禅寺の境内は広くなっていて、多くの庵・院・堂などがあります。 季節になると花などが沢山咲いて綺麗に彩られる所でもあります。 天候に恵まれると、境内の上の方にある見晴台からは富士山を望むこともできます。 今回はそんな円覚寺をぶらりと散策してみました。
起 点 鎌倉市 北鎌倉駅
終 点 鎌倉市 北鎌倉駅
ルート 北鎌倉駅…円覚寺…北鎌倉駅
所要時間 1時間30分
歩いて... 境内の奥の方の藤棚には淡い紫色の房が垂れ下がり、大きな牡丹も綺麗に咲いていました。 境内にある見晴台からは富士山も望めるようですが、この時は生憎の空模様のため見えませんでした。
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コース紹介
円覚寺内見晴台
北鎌倉駅の鎌倉寄りの改札口から出ると、すぐに左手に「臨済宗大本山円覚寺」の石柱が立っています。 石段を登って総門をくぐって入口から入っていくと、正面に大きな「円覚寺境内配置図」があります。 境内にある庵・院・堂などが載っているので参考にしましょう。 立派な三門の右手の方にある石段を登っていくと、弁天堂の脇に茶店が併設されています。 正面が開けていて見晴台にもなっています。 天候に恵まれると富士山を望むこともできるようですが、この時は曇天のためまったく見えませんでした。 福ところてんなども商われていて、景色を眺めながらひと休みしていくのには良さそうな所です。
円覚寺案内
当山は、臨済宗円覚寺派の大本山にして弘安5年(1282)の開創。 開山は中国(宋)より渡来の仏光国師無学祖元。開基は鎌倉幕府の執権北条時宗公。 国師は時宗公の熱心な招請に接し弘安2年来朝。 初め建長寺に住し、時宗公はじめ鎌倉の武将を教化し、多くの門弟を育てた。 時宗公は弘安4年再度の蒙古の襲来を撃滅した後、翌5年正法を興隆し、 師恩に報じ、また文永・弘安の両役に戦死した敵味方両軍の菩提を弔うための当山を建立した。 国師の流派を世に仏光派と称し、弟子に仏国国師、孫弟子に夢窓国師が出て、 室町時代には国師の法孫は天下に満ち、五山の学僧の主流となった。 江戸時代やや衰微していたが、江戸末期に中興誠拙禅師が出、 明治に至って今北洪川、釈宗演の二大禅師出世され、再び関東禅界の中心となり、 禅風を門外に宣揚した。  (円覚寺)
黄梅院・法堂跡
境内の奥の方へと進んでいくと、黄梅院では藤棚に淡い紫色の房が幾つも垂れ下がっていました。 法堂跡では牡丹の花が植えられていて、 、赤・桃・白などの色をした大きな花が綺麗に咲いていました。 日除けのためなのでしょうか、各々の花には傘がさされていました。 閻魔堂では袴姿で神聖な雰囲気の中、幾人もの方が弓道の練習をされていました。 桂昌庵の横から伸びる道を進んでいき、幼稚園を過ぎた先の雲頂庵から石段を降っていきます。 線路脇に出て、駅ホームに並行して続く小径を左手へと進んでいくと、元の北鎌倉駅に着きます。 少し先の踏切を渡って右手へと曲がっていくと改札口があります。 丁度昼時になって小腹が空いたので、駅前のソバ屋へ入って食べていきました。
水のように素直に流れてゆこう。 雲のように身軽に生きてゆこう。  (坂村真民詩集より)