三戸海岸
散策:2006年03月中旬
【海辺散策】 三戸海岸
概 要 三戸海岸は相模湾に面した海岸で、三浦半島の先端の方にあります。 民宿なども数軒あって、夏には海水浴場として賑わう所です。 今回は三崎口駅から小網代の森を経て三戸海岸へと向かいます。 岩場の先にある海に突き出た黒崎の鼻からの素晴らしい眺めを楽しんでから、 元の三崎口駅へと戻っていきます。
起 点 三浦市 三崎口駅
終 点 三浦市 三崎口駅
ルート 三崎口駅…法務局入口交差点…Y字路…97番鉄塔…小網代の森…98番鉄塔…谷筋…十字路…99番鉄塔…谷筋…100番鉄塔…小網代の森出口…H字路…小網代湾…小網代の森入口…白髭神社…小網代の森…霊川寺…三戸海岸…上諏訪神社…黒崎の鼻…延壽寺…三崎口駅
所要時間 4時間10分
歩いて... 訪ねた時は運良く干潮時だったのか、三戸海岸の岩場を難なく歩いていくことができました。 今回は小網代の森を経て黒崎の鼻までを歩きましたが、小網代の森の散策は省略して、 小網代湾から三戸海岸を経て、その先の佃嵐崎や荒崎へと続く海岸線を歩くのもいいかも知れません。
関連メモ 三浦七福神, 小網代の森
コース紹介
三崎口(みさきぐち)駅
三崎口駅(京浜急行久里浜線)から歩いていきます。
改札口を出て、正面にあるバスターミナルに沿って左手へ進んでいくと、三崎口駅前交番交差点があります。 信号を左折して国道134号を進んでいきます。
法務局入口交差点
三戸入口交差点を直進して国道を真っ直ぐに進んでいきます。 ラーメン店を過ぎていくと、三崎口駅から15分ほどで法務局入口交差点があります。 角に立つ鉄柱の上の方にある「横浜地方法務局三崎出張所」の看板が右手の道を指しています。 この信号を右手へと曲がっていきます。
Y字路
信号を曲がってすぐの所で、道が幾手にも分かれています。 手前では左右に細い道が分かれていて、正面ではY字形に左右へ分かれていきます。 左手の道は小網代の森の谷筋へと続いていますが、 今回は右手の道から小網代の森を横断するルートを歩きます。
(左手の道は「小網代の森」を参照)
97番鉄塔
右手の道を進んでいくとすぐに横浜地方法務局三崎出張所があります。 そこを過ぎて民家が続く道をまっすぐに道なりに進んでいきます。 やがて畑地が広がるようになります。 最後の民家を過ぎて緩やかに降るようになると、法務局入口交差点から7分ほどで、 畑地の先に送電線の鉄塔「三崎線No.97」が立っています。 その10mほど手前の左手に続く笹竹の中へと入っていく細い道があります。 道標などはありませんが、これが小網代の森横断ルートへの入口になります。
小網代の森
入口から入って少し降っていくと緩やかな道になります。 両側に生い茂る笹竹の間を抜けていくと、小網代の森の雑木林へと入っていきます。 道幅もあってしっかりとした道が続いています。
98番鉄塔
やがて笹竹がトンネルのようになった所を抜けていくと、送電線の鉄塔「三崎線No.98」が立っています。 鉄塔の左脇を過ぎて、笹竹の生い茂る道をその先へと進んでいきます。
谷筋
雑木の混じる笹竹の林の中に続く道を進んでいくと、やがて降るようになります。 坂道を降り切ると、横断ルートの入口の所から6分ほどで浅い谷筋に出ます。 湿地になっていてぬかるんでいるため、谷筋には鉄製の橋が渡されています。 少し錆びていたりして何だか頼りない感じのする鉄板の上を進んでいきます。
十字路
枯れススキなどを見ながら2分ほど進んでいくと、左右に通る小道を横切っていきます。 この小道を右手へ行くと小網代湾の入江の奥にある白髪神社の手前の所へ、 左手へ行くと法務局入口交差点を曲がった先のY字路の所へ出ます。 今回はそのまま鉄板の上を直進して、その先の小川を渡っていきます。
(左右の道は「三浦七福神」, 「小網代の森」を参照)
99番鉄塔
小川を渡っていくと道幅が広がってきます。 最初は緩やかだった道も次第に傾斜がきつくなってきます。 両側に笹竹が生い茂る急坂を登っていくと、小川から4分ほどで尾根の背に着きます。 左手の少し奥まった所に送電線の鉄塔「三崎線No.99」が立っています。
尾根の背を過ぎていくと急傾斜の降り道になります。 幅は広くていいのですが、階段状にはなっていなくてとても滑りやすくなっています。 左右の笹竹に掴まったりして滑り落ちないように注意しながら降っていきます。
谷筋
やがて急坂も終ると山腹を横切るように降っていきます。 左手の樹木が薄くなって陽も差すようになると、再び浅い谷筋へ降り立ちます。 先ほどの谷筋から8分ほどかかりました。 この谷筋にも先ほどの谷筋にあったのと同じ鉄製の板が渡されています。 鉄板の上を歩いて谷の向こう側へと進んでいきます。
小川に架かる短い丸太の橋を渡っていくと急坂が始まります。 黒色と黄色のトラロープも張られていたりしますが、それほど長くは続かないので大丈夫です。 急坂を登り切ると、その先は傾斜が少なくて歩きやすい道になります。 道の両側には相変わらず笹竹が生い茂っています。
100番鉄塔
緩やかになった道を3分ほど進んでいくと、送電線の鉄塔「三崎線No.100」が立っています。 今回歩いてきた97番から100番までの鉄塔が並んだ道は、送電線の鉄塔の保守用の道なのでしょうか。
鉄塔を過ぎていくと傾斜も更に緩やかになり、ぐっと歩きやすくなってきます。 雑木林の中によく踏まれて快適な尾根道が続くようになります。 何と言う名前かは分りませんが、幹の表面がツルっとした海洋性の樹木が生えていたりします。
小網代の森出口
鉄塔から6分ほど進んで大きな岩の右手を過ぎて左正面にコンクリートの壁が見えてくると、 小網代の森の横断ルートも間もなく終りになります。 金網柵のある民家を過ぎて短い林を抜けていくと集落の中の道に出ます。 97番鉄塔の手前にあった入口から35分ほどで到着しました。 手前には電機会社の建物が建っていました。 道路に出た所の左手には「小網代区防災隊器具庫」と書かれた小さな倉庫がありました。
さてここは何処なのだろうと手元の地図を眺めて見ましたがよく分りません。 送電線の鉄塔が続いていたので、地形図にある送電線に沿って歩いてきたようにも思えます。 そうすると「塚ノ越」と書かれた辺りなのでしょうか。
H字路
集落の中に続く道を右手へと進んでいきます。 畑地が広がるようになると、こんもりとした塚のようなものが二つある所を過ぎていきます。 再び民家が続くようになる道を道なりにまっすぐに進んでいくと、 森の出口から10分ほどでH字形の分岐があります。 左手から油壺行きバスが通っていきました。 再び手元の地図を眺めて現在地を確認しました。 どうやら「長畑」と「大米」の間にある分岐のようです。 今回はこの右手の道を通って小網代湾へと降っていきました。
小網代湾
右手の道を進んでいくと降り坂になってきます。 右手に小網代湾や集落などを見ながら坂道を降っていくと、やがて小網代湾の脇の道路へ出ます。 波静かな小網代湾には沢山のヨットが係留されていました。
小網代の森入口
小網代湾沿いに右手へ進んでいくと、小網代の森への道が右手へと分かれていきます。 角には「かながわの探鳥地50選」の解説板があります。 右手に広がる小網代の森の散策路が示されているので参考にしましょう。 再び小網代の森を抜けて三戸海岸へと向う前に、まずは正面すぐの所にある白髭神社へ参拝してきましょう。
フィールドの約束(や・さ・し・い・き・も・ち)
 ()野外活動は無理なく楽しく
 ()採集はしないで自然はそのままに
 ()静かにそーっと
 ()一本道、道から外れないで
 ()着るものにも一工夫
 ()持って帰ろう、思い出とゴミ
 ()近づかないで、野鳥の巣
 (神奈川県環境部自然保護課)
白髭神社
鳥居を過ぎて石段を登っていくと、両側の大きな木の先に白髭神社があります。 小網代の森を出てから20分ほどで到着しました。 この白髭神社には寿老人が祀られていて三浦七福神のひとつになっています。 社殿の奥には円い鏡がありましたが、寿老人のお姿は確認できませんでした。 その代わりなのか、巻物を持った白い顎鬚を生やした老人と立派な角を生やした鹿の絵が架けてありました。 境内には叩くと金属性の音がする「鳴石」もあったりします。
長安寿老人 白髭神社
この白髭神社は、小網代湾が昔から廻船寄航地、また三崎の避難港として全国的に知られていた関係上、 航海安全、大漁満足の神としても古くから崇拝されてきました。 天文年間、当村の漁夫の夜網にかかった霊光こうこうたる束帯姿の御神体をお祀りしたと伝えられますが、 祭神は海上安全の神の中筒男命、別名白髭明神、南極星の化身ともいわれています。 長頭老人のこの寿老神は長寿を授けるというので、 信仰する人が昔からまことに多かったといわれています。 社殿の前にある石な鳴石といい、打てばかんかんと金属性の音がするので一名「カンカン石」とも呼ばれますが、 これは「きこいかり」という錨のおもりで、海上安全のために 昔攝津の船頭が明神様がその石がほしいというので社に奉納したものと伝えられています。
 (三浦市)
神社の手前にあった先ほどの分岐から小網代の森へと進んでいきます。 浅い谷間に幅2mほどの平坦な土の道がしばらく続きます。 「小網代の森を散策される方へ」の看板を過ぎて小さな木橋を渡っていくと、道は次第に狭くなってきます。 分岐から5分ほど進んでいくと、道が二手に分かれています。 道標は見当たりませんでしたが、右手の道は最初の谷筋にあった十字路の所へと続いていますが、 今回は樹木の間から水面が見えている左手の坂道を降っていきます。
(右手の道は「小網代の森」を参照)
小網代の森を散策される方へ
小網代の森は、海、干潟、河口から湿原、さらには源流域の森林が自然状態のまま一体として残り、 豊かな生態系とともに、こうした環境は関東、東海地方ではこの小網代に残るだけだと言われています。 わたしたちにとって、こうしたすぐれた自然環境にふれあうことは大変貴重な体験ですが、 この小網代の森の土地は、道路や水路などの公有地を除いて、すべて私有地です。 そのため、散策などで小網代の森を訪れる方は、優れた自然を守るために 次のことがらに注意して保全にご協力を願いします。
《ご注意いただきたいこと》
この森の中は水路と道路を除き、ほとんどが私有地です。 水路や道路以外の林などには、所有者の承諾なく入らないでください。
この森の中にゴミ箱はありません。 ゴミは各自で責任を持ってお持ち帰りください。
森の周辺では、農家の方が農業を営んでいます。 農地に入ったり、ゴミを捨てたりする行為はやめてください。
この森は、様々な動植物の棲みかでもあります。 動植物の採取などで、自然環境を破壊するようなことはしないでください。
保安管理上の観点から火の使用は避けてください。
この森は、マムシやスズメバチなど危険な生物も生息していますので、十分注意してください。
散策にあたっては、注意看板や案内看板の指示に従って、安全に通行してください。
 (神奈川県、三浦市、(財)かながわトラストみどり財団)
小網代の森を火災から守りましょう!
たばこの投げ捨て厳禁
 (三浦市、三浦市消防本部)
小網代の森
坂道を降って、両側に笹竹の生い茂る道を進んでいくと、小川に架かる小さな木橋があります。 ここは小網代湾の入江の奥になります。 左手には小網代湾へと続く干潟が広がり、右手には小網代の森へと続く湿地が広がっています。 コンクリート製の堰のようなものもあるので、湿地と湾を仕切る堰の役目も果たしているのでしょうか。 橋を渡った所に、先ほどのと同じような「小網代の森散策される方へ」の看板が立っています。
小網代の森を散策される方へ〜「秩序ある自然観察のお願い」
小網代の森は、海、河口から湿原、さらには源流域の森林が自然の状態のまま一体として残り、 豊かな生態系とともに、こうした環境は関東、東海地方ではこの小網代に残るだけです。 わたしたちにとって、こうした優れた自然環境にふれあうことは大変貴重な体験ですが、 この小網代の森の土地は、道路や水路などの公有地を除いて全て私有地です。 そのため、散策などで小網代の森を訪れる方は、優れた自然を守るために 次のことがらに注意して保全にご協力を願いします。
《ご注意いただきたいこと》
水路と道路以外は私有地です。特に、林のなかには地主の方の承諾なしには入らないでください。
ゴミは必ず持ち帰ってください。また、裸火の使用は避けてください。
地形や生物を大切にしてください。また、暖かい季節は、マムシやスズメバチの危険があります。注意してください。
不案内や無理な観察会の実施は、かえって自然環境の保全につながりません。秩序ある賢明な利用をお願いします。
お願い この看板は、小網代の森を守る会が、(財)かながわトラストみどり財団の委託を受けて管理しています。 看板に破損等があった場合には、小網代の森を守る会までご連絡いただければ幸いです。
看板の先の笹竹の間に続く道を進んでいきます。 左手に曲がっていくと、道の両側にはススキが生い茂るようになります。 小さな別荘を過ぎていくと林に突き当たります。 そこを右手へと曲がっていくと、先ほどのと同じ看板が立っています。 そばには「小網代の森 生き物マップ」と題した大きな案内図があって、 小網代の森の水系や道なども記されていました。 かなり多くの道が描かれていますが、そのすべてが歩きやすく整備されているのかどうかは分りません。 先ほど横断してきた時にあった97番から100番の鉄塔も記されていますが、 それを辿るルートは示されてはいませんでした。 やはり鉄塔保守用の道だったのでしょうか。
この森をいつまでも
・森の宝は後の人のためにそっとしておいて。
・長ぐつをはいてたのしみましょう。
・現状保護のため踏み跡以外は歩かないで。
・カニの子供は海で育ちます。もちさらないで。
・かながわトラストみどり基金で森と干潟の保全を。
 (小網代の森を守る会)
別荘の玄関を過ぎて笹竹の中の道を進んでいくと、 整備中のため立ち入り禁止になっている「アカテガニビオトープ」が見えてきます。 更にその先へと登り気味に進んでいくと、笹竹が道の上まで覆ってトンネルのようになってきます。 登り坂が始まる所で細い道が左手へと分かれていきます。 この道は先ほどの案内図にあった「イギリス海岸」へと続いているようです。 どういう状況になっているのかと歩いていってみましたが、 谷筋へ降りるとぬかるんでいて、その先へは行けない状況でした。 しかし靴跡は付いていたので、もっと潮が引いた時などにはその先へと歩いていけるのかも知れません。 当初はこの「イギリス海岸」を経て海辺沿いに三戸海岸まで歩いていこうと考えていたのですが、 残念ながら歩ける状況ではありませんでした。 仕方がないので今回は引き返して、この右手に続く広い方の道を登っていきました。
両側に笹竹の生い茂る坂道を登っていくとやがて緩やかな道になります。 分岐から5分ほど進んで小網代の森を抜けると、高台にある畑地の脇に出ます。 畑地の左手の方は造成中のようでした。 その向こうには相模湾が広がっていました。 広くなった道を更にその先へと進んでいくと、再び高台にある畑地へ出ます。 畑の中に続く簡易舗装された道を進んでいくとT字路があります。 右手の道を2分ほど進んでいくと、最初の97番鉄塔の所へ行けますが、 今回はこのT字路を左折して三戸海岸へと向っていきます。 白髭神社からこのT字路まで25分ほどで到着しました。
小網代の森及びその周辺で狩猟を行う方へ
自然環境保全活動や自然観察、森林浴などを目的に多くの方がこの森を訪れます。 狩猟を行う際は十分注意をしてください。
この森の周辺には、多くの農地があります。 猟犬が入り込んで、農地を荒らしてしまうことがないよう適正に管理してください。
 (神奈川県、三浦市、(財)かながわトラストみどり財団)
高台に続く簡易舗装された緩やかな農道を進んでいきます。 畑を見ながら3分ほど進んでいくと、左手に道が分かれていきます。 手元の地図によると、この辺りから入道込地区へと続く道があるように描かれています。 当初はこの道を通っていこうと予定していたのですが、「工事中のため通行止め」の看板が立っていました。 仕方がないので、このまま農道を先へと進んで遠回りしていくことにしました。
高台の畑では冬季の大根栽培から春季のキャベツ栽培へと替わろうとしている時期で、 大部分の畑は既にキャベツが植えられていました。 大根が残っている畑もありましたが収穫作業が行われていて、 間もなくすべてキャベツ畑へと替っていくようでした。 突き当たりまで来ると、正面の広い所一面が造成中で、 そのまま真っ直ぐに続いているはずの道はなくなっていました。 代わりに右手へと続く舗装道路が緩やかに降っていっていました。 ここでも思わぬ遠回りを強いられることになりました。 広々として眺めのいい道を進んでいくとT字路に出ます。 広い車道になっていて、国道134号の三戸入口交差点から曲がってくる車道になります。 ここを左折して広い車道を進んでいきます。
右手の丘へ向っていく坂道が途中で幾つか分かれていますが、 それらは丘の上の畑地へ続いている道になります。 車道をそのまま進んでいきます。 神田入口バス停を過ぎていくと、右手の高台が途切れた辺りで、右手へ降っていく道が分かれています。 道標などはありませんが、この道を降っていきます。 キャベツ畑を見ながら道なりに真っ直ぐ進んでいくと十字路があります。 正面のカーブミラーの袂に看板が立てられていて、三戸海岸へは右手の道である旨が図示されています。
霊川寺
十字路を右折していくと右手に石段があります。 その石段を登って仏像群や大きな木の間を過ぎていくと、右手に霊川寺があります。 小網代の森を抜けてから30分ほどで到着しました。 こじんまりとしたお寺の境内には小さなお堂があって、 赤い帽子と前掛けをしたお地蔵さんが安置されていました。 「いぼとり地蔵」というのだそうで、願いが成就すると、 数珠つなぎにした貝殻をお供えするのだそうです。 この時にもお地蔵さんの前には貝殻が沢山お供えされていました。
いぼとり地蔵
当山は元和年代(1623)凶作にみまわれ餓死する者多く、その冥福を弔うため運心上人を開山と仰ぎ、 澤村吉左衛門氏が発起となり建立された。 初め地蔵菩薩を本尊としたが、後ち阿弥陀如来を本尊とした。 人々は無病息災を願いつつ地蔵参りをし、死者の霊を弔った。 いつの頃よりか「いぼとり地蔵」として願掛けを行うようになった。 線香の灰をいぼに塗り、大願成就の暁には貝殻を数珠つなぎにしてお供えし、お禮参りをした。 現在の地蔵堂は澤村吉雄氏、澤村一雄氏の寄贈により改築されたものです。
 (霊川寺)
三戸海岸
霊川寺の前にある坂道を降っていくと十字路があります。 角に立つ看板に、三戸海岸へは正面の道である旨が図示されています。 民宿などの間に続く道を真っ直ぐに進んでいくと海沿いの車道に出ます。 道路の向かい側の細い路地を抜けていくと、目の前には三戸海岸が広がっていました。 遠浅の砂浜なのでしょうか、海水浴場にもなっているようです。 この時は春浅い時期でしたが、小舟で海へ出ている人を見かけました。 魚でも釣っていたのでしょうか。
海のルールのお知らせ
この海は漁業権が設定されています。 一般の方がアワビ、サザエ、トコブシなどの貝類やワカメ、ヒジキなどの海藻類、 イセエビやタコなど、漁業権で指定された水産物は採ることが禁止されています。 また、指定のない水産物についても、次の行為は禁止されています。
1.水中めがねをかけてイソガイやヤスを使用したり、水中銃、潜水器具を使用して、魚や貝、海藻類を採ること。
2.魚や貝、海藻類に有害なものを海に捨てたり流したりすること。
3.電流や薬品を使用して魚や貝、海藻類を採ること。
違反した人は法令により処罰されることがありますので注意してください。
 (神奈川県横須賀三浦地域県政総合センター、神奈川県警、海上保安庁、漁業協同組合)
上諏訪神社
砂浜を少し右手へと歩いてみましたが歩きづらいので車道へと戻っていくと、 正面に「上諏訪社」の扁額の架かる鳥居がありました。 鳥居をくぐってその先へと進んでいきます。 短い石段の上にある鳥居を更に過ぎていくと本殿があります。 解説板などは見当たらなかったので、どのような由緒なのかは分りませんでした。 境内には、何故だか沢山の人形や仏像などがありました。 供養しているのでしょうか。恵比須様や大黒様に混じってキューピー人形もあったりします。
海沿いの車道へ戻って右手へと進んでいきます。 道なりに右へ曲がっていき、二つ目のカーブミラーの所のT字路を左折していきます。 角には民宿の看板が掲げられています。 左折した先のY字路を更に左手へと進んでいきます。
民宿への分岐を直進して道なりに進んでいくと、海沿いの細い道に出ます。 正面には三戸海岸が広がり、右手にはこれから向う「黒崎の鼻」の奥に荒崎海岸も見えていました。 苫屋などが続く海沿いの道を進んでいくと右手へと曲がっていきます。 金網沿いの笹竹の廻廊を抜けていくと十字路があります。 角に掲げられた「BEARCH-BUM ビーチバム」や「Surf Side Village」への看板に従って左手へと曲がっていきます。
「日本一夕陽が美しい」との触れ込みのビーチバムを過ぎて更に進んでいくと、左手には海が近づいてきます。 大学のヨット部の合宿所を過ぎていくと道端にはヤシの木も植えられていて、何だか南国ムードが漂ってきます。 学生でしょうか、季節はまだ早春だというのにヨットに乗って海へ出ていました。
右手に海を眺めながら真っ直ぐに進んでいくと、こんもりとした小山の手前で道は終りになり、 その先からは岩場が続くようになります。 引き潮の時間帯だったのでしょうか、この時には海沿いの磯を難なく歩いていくことができました。
注意
1.此の海は漁業権区域内です。サザエ、アワビ等魚貝類・海藻・餌虫等の一切の採取を禁じます。
2.海岸の周辺は常に清潔を保ちゴミ等を捨てたり、汚染の原因となる行為は行わないこと。
  尚、ゴミは必ず持ち帰ること。
※此の規定を厳守し、海岸及び海岸自然の保護に充分心掛けて下さい。 これらの規定が守られない場合法律によって処罰されます。
 (神奈川県、三崎警察署、初声漁業協同組合)
所々に砂地もある磯浜を進んでいきます。 時々大きめの波もあって、磯へ打ち寄せては白波になっていました。 海の香りを胸一杯に吸いながら歩いていきます。 やがて、右手の小山が草原状になってくると、目指す「黒崎の鼻」が見えてきます。 海に突き出たカヤトになっていています。 景色も広がってきて、何だか気分も爽快になってきます。
やがて、右手の方に青い柱が立っています。 近づいてみると「地震を感じたら津波に注意しましょう(三浦市)」や 「この地点の標高は海抜5.0メートルです(神奈川県)」と書かれた標柱です。 その脇から正面のカヤトへと続く坂道があります。 そばには「三浦ぶらぶら散歩コース」と書かれた看板が立てかけてあり、 その坂道を指していました。 ここから「黒崎の鼻」へと向っていきます。
枯れススキや笹竹の中に続く細い道を登っていくと、少し曲がってはいますが十字路になった鞍部に着きます。 先ほどあったのと同じような「三浦ぶらぶら散歩コース」の看板が左手の道を指しています。 その他の道には何も示されてはいませんが、 笹竹の中に続く右手の坂道を登っていくと丘の上の畑地へと続き、 正面の坂道を降っていくと海辺へと降りていきます。 まずは、左手の道を「黒崎の鼻」へと向っていきます。
この写真は十字路から右手へ少し登った所から振り返って写したものです。 左にある小ピークを越えていきます。
黒崎の鼻
笹竹の覆われた細い道を進んでいくと小さな踊り場のような所があります。 踊り場からの展望を楽しんでから、その先の笹竹の中に続く細い道を進んでいきます。 小ピークを越えて少し降っていくと広くなった場所に着きます。 冬枯れてはいましたが芝生の広場になっているようです。 先の方へ進んでいくと、中年女性の3人グループが座って笑談しているところでした。 場所を示す標識のようなものは見当たりませんでしたが、 この海に突き出た所が「黒崎の鼻」になるようです。 広場の下には岩場が延びていて、磯釣りをしている人がいたりもしました。 360度見渡せる素晴らしい景色が広がっていました。 右手の方には佃嵐崎から荒崎にかけての海岸が続き、 沖の方には帆をはった小型ヨットが幾艘も浮かんでいました。
黒崎の鼻から先ほどの鞍部にある十字路まで引き返して、左手へと降っていきます。 短い急坂を降っていくと磯に降り立ちます。 正面には佃嵐崎から荒崎にかけての海岸が間近に見えています。 磯に沿って右手の入江の奥へと進んでいきます。
ここは子どもたちの自然観察コースです。 草花を大切に、ごみは持ち帰りましょう。
 (三浦市教育委員会、三浦の自然を学ぶ会・サークルいそぎく)
磯を少し進んでいくと正面に岩場が現れますが、その先は有刺鉄線で閉ざされています。 手前の右手に揚げられたボートの間に看板が立っていて、山側の道へ迂回するように書かれています。 その脇から続く細い山道を登っていくと直ぐに平坦になり、 その先の雑木林の中を降っていきます。
この先通り抜けできません。山側の道へ回って下さい。
 (初声漁業協同組合、西武不動産販売)
笹竹の間を抜けていくと、すぐに道路に降り立ちます。 倉庫のような建物や小舟などを見ながら右手へと進んでいくと、簡単な鎖の車止めがあります。 この辺りで入江も終わりになります。 車止めを過ぎてその先の簡易舗装された道を進んでいくと、民家が散在するようになります。
海岸を利用する方へ!
ここはごみ捨て場ではありません。 海はみんなのものです。 ごみは、必ず持ち帰って下さい。
 (三浦市環境事業課)
「三浦ぶらぶら散歩コース」の看板を見ながら道なりに進んでいくとT字路があります。 角の電柱には「鬼子母神 三浦七福神 寿福大黒天 延壽寺 ここ入る」と書かれた看板があり、 その袂には「三浦大黒天 延壽寺 入口」と書かれた標柱も立っていました。 何だか見覚えのある所だと思っていると、2ヶ月ほど前に歩いた三浦七福神巡りのルートに合流したのでした。 ここを曲がって延壽寺を訪ねてから、元の三崎口駅へと戻っていきます。
延壽寺
T字路を右折して路地を進んでいくとすぐにY字路があります。 そこを右手へ進んでいくと延壽寺があります。 石門から境内に入り、その先の石段を登ると本堂があります。 更に石段を登っていくと本堂の入口になります。 自動ドアになっていて、何だか趣きが感じられませんでした。
三浦七福神 寿福大黒天(延壽寺)
ここ寿福山延寿寺は、日蓮聖人門第九老僧の一人、大善阿闍梨日範上人の開基で、延慶3年(1310)3月に建立されました。 日範上人は120余才の長寿を保たれて、元応2年7月22日、眠るがごとき大往生を遂げられました。 現在は惜しくも枯れてはおりますが、上人お手植の松が境内に保存されております。 山号の寿福山延寿寺は、上人の長命を寿ぎまして名づけられました。 本尊釈尊、日蓮上人自作の開運鬼子母神を祀り、立正安国法華経弘通の道場として700有余年続く名刹です。 当寺の寿福大黒天は、日範上人の門弟日龍上字とが一刀三礼の儀をもってお刻みになったもので、 甲子の日がご縁日で、富貴、長寿、特に豊かな食生活が約束されるという、まことにめでたい大黒天です。
 (三浦市)
延壽寺を後にして三崎口駅へと向っていきます。 門を出て右手へ曲がっていくとすぐにT字路があります。 そこを左折して実相寺を左下に見ながら坂道を登っていきます。 登り切って右手へと曲がっていくと丘の上に出ます。 なだらかな丘にはキャベツ畑が一面に広がっていました。 突き当たりのT字路を左折して畑地の中に続く農道を真っ直ぐに進んでいきます。 手元の地図で確認してみると、この農道を右手の方へ進んでいくと、 黒先の鼻の手前の鞍部から右手へ登っていった辺りに続いているような感じもしますが確認はしていません。 十字路を二つ過ぎていくと三つ目の十字路があります。 その先にも道は続いていますが行き止まりになるので、三つ目の十字路を右折していきます。
三崎口(みさきぐち)駅
十字路を右折して少し進んでいくと舗装道路に出ます。 そこを左折して坂を降っていくと国道134号に出ます。 そこにも「三浦ぶらぶら散歩コース」の看板がありました。 その他に、三戸浜海水浴場の民宿やBEACH-BUMの看板なども立っていました。 国道を右手へと進んでいくと、三崎口駅(京浜急行久里浜線)はすぐそこにあります。