本牧山頂公園
散策:2006年01月上旬
【街角散策】 本牧山頂公園
概 要 本牧山頂公園は横浜市中区の小高い丘にある公園です。 平成14年に開園した総合公園で、緩やかな尾根沿いに広がっています。 中ほどにある見晴らし山からは、横浜の街や港の向こうに、 三浦半島や房総半島や丹沢などを見渡せる360度の眺めが広がっています。 条件がいいと富士山も望むことができます。
起 点 横浜市 本牧宮原バス停
終 点 横浜市 和田山口バス停
ルート 本牧宮原バス停…琴平神社…天徳寺…天徳寺口…であいの交差点…ひざくらの丘…和田山の丘入口…和田山の丘…センター広場…まきばの丘入口…見晴らし山…まきばの丘…まきばのデッキ…さくら広場…もちのき広場…キャンプのできる広場…どんぐりの丘…本牧神社…マイカル本牧口…和田山口バス停
所要時間 2時間10分
歩いて... 開園してまだ4年ほどの新しい公園です。 訪れたのは新春でしたが、陽が高くなるにつれて多くの人たちが散策にやってきました。 公園の麓にある本牧神社では笛や太鼓のお囃子や獅子舞も奉納されていて、正月ムードに満ちていました。 訪れたのは風が強い日で、凧が元気よく大空に揚がっていました。
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コース紹介
本牧宮原(ほんもくみやばら)バス停
桜木町駅(JR根岸線)の国道16号線沿いの桜木町駅前バス停から、 [101]根岸駅前行きバス,または,[105][106]本牧車庫前行きバスにて20分、 1時間に12本程度の便があります。
バス停から桜木町駅方向に少し引き返した所にある横断歩道を渡り、 その先にある「本牧せせらぎ公園」の左手に沿って続く道を進んでいきます。 人工のせせらぎを眺めながら真っ直ぐに進んでいくと、 突き当たりに本牧山頂公園の「せせらぎ公園口」があります。 正面の階段を登っていってもいいのですが、右手の坂道を登っていくと琴平神社や天徳寺があるので、 ちょっと立ち寄っていきましょう。
琴平神社
坂道を少し登っていくと、天徳寺の門の手前に琴平神社があります。 小さな鳥居の先の短い石段の上に小振りの祠が建っています。 正月らしく、鳥居には竹と松が飾り付けてありました。 この琴平神社は海の守護神で、海上安全・大漁満足・渡航安全の神様なのだそうです。
琴平神社由緒
御祭神 金山彦命、大物主命
由緒 当神社は、小田原北條家に属せし、橋本伊賀守がその守護神として奉斎し、 正親天皇の御代天正4年(室町時代)に創建された神社と言われている。 天徳寺の持神社であった琴平神社が、明治政府の神仏分離政策に基ずき、 お寺より離れて、神社として祭祀を行う事と成った。 大正12年9月の関東大震災で総欅権現造りの社殿を始め、 社務所・石鳥居・六十九段の石段等が倒壊したが、 昭和3年の昭和天皇御大典を記念して、社殿・社務所を再建し、更に昭和6年に木造鋼板張の鳥居及び 堅石造りの石段をも復活させて、旧来の神社の姿に蘇がえった。 その御神徳は顕著にして、本牧・根岸の地元は基より、遠く房総方面からも参拝者が有り、 特に漁業関係者の信仰が厚かった。 しかし乍ら、昭和20年5月29日の横浜大空襲に依り、社殿を含む一切の建物、工作物が消失し、 更には終戦後、進駐軍が境内地を含む附近一帯を接収した為に、神社の再建が出来ず、 仮に中区西之谷に鎮座する北方皇太神宮に、奉斎して祭祀を行っていた。 平成元年に接収解除に伴なう、横浜市の区画整理事業も終了し、 戦前の鎮座地(中区本牧字天徳寺708番地)が山頂公園計画地の内に含まれる為、 その近くの現在地に換地され、平成3年5月に45年振りに、社殿・社務所等を再建して、 仮鎮座地の北方皇太神宮より遷座し現在に至っている。
例祭日 春の大祭:5月10日、 秋の大祭:10月10日
鎮座地 横浜市中区和田山1番地の5
天徳寺
琴平神社の右手の門を入っていくと天徳寺の境内になります。 由緒書きなどはないかと見回してみましたが、それらしいものは見当たりませんでした。 琴平神社の由緒書きにもあるように、その昔には天徳寺と琴平神社とは一体になっていたようです。
天徳寺口
天徳寺と琴平神社の間に本牧山頂公園の「天徳寺口」があります。 階段の側に立つ石標には「本牧山頂公園周辺案内図」があるので参考にしましょう。 公園には「ひざくらの丘」、「和田山の丘」、「センター広場」、「まきばの丘」、「どんぐりの丘」などがあります。 先ほどの「せせらぎ公園口」を始めとして、この公園には出入口が10数箇所と沢山あります。 園内の各所に同様の案内図が設置されているので、迷うことなく散策することができます。
本牧山頂公園周辺案内図
本牧山頂公園はユニバーサルデザインの理念に基づき、全ての公園利用者が通行しやすい園路づくりを目指しています。
車いす利用者やベビーカーを伴なった方、足腰の弱い方に対しては、 「らくらくルート」、「チャレンジルート」という比較的緩やかな勾配のルートを設定しています。
視覚障害者に対しては、マイカル本牧口からアメリカ坂口に至る主園路を、縁石と誘導ブロックでつなぐくとにより、 主園路を基軸とした通行が可能となるように配慮しています。
出入口や公園内の主要分岐点に記号を付けることで、外国人や視覚障害者にも公園内の位置関係が 分りやすいように配慮しています。例えば、分岐点AからはA1〜A5の出入口に行くことができます。
ご利用にあたっては、次の事項を守って下さい。
・犬の放し飼いはやめましょう。
・まわりの人が迷惑になるような遊びはやめましょう。
・ゴミは持ち帰るようにしましょう。
・花をとったり、木を折ったりするのはやめましょう。
 (横浜市、南部公園緑地事務所都心部公園担当)
であいの交差点
「天徳寺口」から短い階段を登っていくと駐車場に出ます。 その奥の方へと進んでいくと、道が二つに分かれています。 左手へ降っていく道は下の駐車場へと続いています。 右手の道を進んでいくと、「であいの交差点」があります。 この左手へ登っていくと「観山広場」のある「ひざくらの丘」へ、 右手へ登っていくと「和田山の丘」などへと続いています。 先ずは左手の「観山広場」を訪ねてみましょう。
ひざくらの丘
左手の道を少し進んでいくと「ひざくらの丘」があります。 丘にある「観山広場」はかなり広い空間になっていて、周囲にはベンチも沢山並んでいました。
ひざくらの丘
ひざくらの丘は、広がりのある芝生広場を中心としています。 かつてここに近代日本画の巨匠・下村観山が居を構えていたことから「観山広場」と名付けられました。 観山をたたえる碑や、濃い紅色の花を咲かせる横浜緋桜(ひざくら)の原木があります。 また、ここは軽運動やイベントを行ったり、避難場所として使えるように計画されています。
ひざくらの丘周辺で見られる主な生き物
ツグミ、ハクセキレイ、ムクドリ、キチョウ、ヤマトシジミ
 (横浜市緑政局)
横浜緋桜の原木を見ながら広場の先の方へと進んでいくと、下村観山のモニュメントが建っています。
横浜緋桜(原木)
これは横浜緋桜の原木です。 中区制70周年を記念して植樹されました。 横浜緋桜は、市内港北区の桜愛好家、白井勲氏が長年にわたり研究を続け、 寒緋桜と兼六園熊谷桜との交配により1970年代初頭に作り出した品種です。 他の品種に比べ花の数が多く、葉が出る前に開花します。 また、濃い鮮やかな紅色が特徴です。 開花時期は4月上旬です。
原木:品種登録された最初の木です。
 (中区制70周年記念事業実行委員会)
日本画の巨匠下村観山は岡倉天心、横山大観とともに日本美術院創立者であり、 大正2年(1913)原三渓の招きで、ここ和田山にアトリエを構えた。 当時は、白帆の舟が行き交う本牧の海を望む景勝の丘で、 国の重要文化財に指定された代表作『弱法師』(よろぼし)などを描いている。 昭和5年(1930)57才で死去。
 (下村観山先生顕彰碑建立実行委員会)
和田山の丘入口
「であいの交差点」まで引き返して、その先の坂道を登っていくと「和田山の丘入口」があります。 ここから右手に少し戻るようにして続いている坂道を緩やかに登っていくと「和田山の丘」があります。
和田山の丘
坂道を登ってCATV受信設備を過ぎていくと木道になってきます。 すぐ先で木道が二手に分かれていて、その間にデッキがあります。 ほんの少し小高くなってはいますが、周りの樹木が邪魔をして見晴らしは良くありません。
和田山の丘
和田山の丘という名称は、かつてこの辺りが和田山と呼ばれていたことに由来します。 この丘には、タブやミズキの大木が育った緑濃い森があり、沿岸性の照葉樹林の面影を残しています。 またカラスザンショウやクスノキもあるので、アゲハチョウなども多く生息しています。 森の地形や植生をできるだけ保全するために、木製の浮きデッキによる園路を設けています。
和田山の丘周辺で見られる主な生き物
アオジ、シジュウカラ、メジロ、アオスジアゲハ、キアゲハ、モンキアゲハ
 (横浜市)
センター広場
「和田山の丘入口」まで引き返してその先へと進んでいくと「センター広場」があります。 広場にはレストハウスがありますが、この時は休業中でした。 階段を登って屋上へ出ると、本牧の街並みが広がっていました。 左手の方にはベイブリッジの塔の先端部が見えていました。
まきばの丘入口
「センター広場」の屋上からその先へと続く道を緩やかに登っていくと「まきばの丘入口」があります。 この右手には「見晴らし山」や「まきばの丘」が続いています。
見晴らし山 (標高45.5m)
東屋のすぐ先にこんもりとした「見晴らし山」があります。 左手から螺旋状に続く坂道を登っていくと頂上に着きます。 低い山ですが周りは開けていて、360度の展望が得られます。 ここから見える範囲が図示された円盤が設置されていて、 東側には東京湾の先に房総半島・鋸山が、南側には八聖殿や三渓園の先に三浦半島が、 西側には根岸の丘の先に箱根・丹沢・富士山が、北側には山手の丘の先に ランドマークタワー・マリンタワー・ベイブリッジ・横浜港・本牧埠頭などが望めるようです。
この日は近くの横浜の街並みはよく見えていましたが、 三浦半島や房総半島は少し霞んでいました。
丹沢山塊の稜線もはっきりと見えていましたが、 その向こうには雲がかかっていて、残念ながら富士山の姿を望むことはできませんでした。
まきばの丘
「見晴らし山」の奥には緩やかな「まきばの丘」が続いています。 この辺りはかつては牧場として利用されていたようです。
まきばの丘
まきばの丘という名称は、かつてこの一帯が牧場であったことに由来します。 この丘は芝生の間にさまざまな草が茂り、バッタやチョウなどの格好のすみかとなっています。 また果樹や実のある木も多く、たくさんの鳥もやってきます。 見晴らし山からは、ベイブリッジやランドマークタワーをはじめ、 晴れた日には富士山や房総半島など、360度の眺めを楽しむことができます。
まきばの丘周辺で見られる主な生き物
ヒヨドリ、カワラヒワ、キタテハ、ベニシジミ、ウラギンシジミ
 (横浜市)
まきばのデッキ
「まきばの丘」の先へと進んでいくと、右下にぽっかりと空いた空間があります。 周囲には木製のデッキが螺旋状に続いています。 下へ降りると芝生の広場になっています。 何に使われていたのかは分りませんが、 周囲が囲まれた形になっていて、ドッグランのような感じになっていました。
さくら広場
「まきばの丘入口」まで戻ってその先へと進んでいくと、すぐに「さくらの広場」があります。 散策路の両側には桜並木が続いていました。
もちのき広場
「さくら広場」から更にその先へと進んでいくと「もちのき広場」があります。 ベンチが幾つか設置された開けた場所になっています。
「もちのき広場」から少し右手へ折れ曲がって坂道を緩やかに登っていくと、 「キャンプのできる広場」への入口があります。
キャンプのできる広場
入口の右手すぐの所に開けた芝生の広場になっている「キャンプのできる広場」があります。 この時は親子連れが凧揚げをしていました。 強い風に乗って空高く揚がり、風を受けながら右に左にとバタバタと音をたてながら揺れていました。
愛犬家の皆さんへ
公園内での犬の散歩は、必ず引き綱をつけて飼い主が犬を放さぬようにしましょう。 また、フンも放置せず責任をもって始末し、持ち帰りましょう。
 (横浜市南部公園緑地事務所)
どんぐりの丘
「キャンプのできる広場」の先には「どんぐりの丘」があります。 雑木林や熊笹の生い茂る中に散策路が続いていました。
どんぐりの丘
どんぐりの丘は、どんぐり拾いが楽しめる雑木林の広がる丘です。 かつて米軍住宅地だったころに庭木として植えられた樹木を残しながら、 クヌギやコナラのほか、ヤマザクラやエゴノキなどを徐々に植え、 現在ではクワガタやタテハチョウが生息する雑木林となっています。 また、青少年団体のキャンプ体験ができます。
どんぐりの丘で見られる主な生き物
キジバト、コゲラ、スジグロシロチョウ、ダイミョウセセリ、ルリタテハ、モンシロチョウ
 (横浜市)
「キャンプのできる広場入口」まで引き返してその先へと進んでいくと「アメリカ坂」から公園の外へと出られますが、 今回は「センター広場」まで引き返していきました。 右下からは何やら笛や太鼓の賑やかなお囃子が聞こえてきました。 何だろうとその音のする方へと降りていきました。 坂道を降っていくと、やがて長めの階段が現れます。
本牧神社
階段を降り切ると、そこには本牧神社がありました。 正月とあって、初詣の人々が沢山列を作っていました。 本牧神社の境内には、摂社として六社が祀られています。
本牧神社御祭神
主祭神 大日霊女命(天照大御神)
相殿 須佐能男命、大山津見命、木花咲耶姫命
摂社 正一位宇気の稲荷社 「宇気」は「豊受」の「ウケ」で、五穀豊穣をつかさどる「保食の稲荷大明神」の意。 また「宇気」は「有卦」であり、「有卦に入る」という言葉のように、 陰陽道で「吉兆」を啓示し《素晴らしい人物や金運にめぐり逢える》とも言われる。 気学では、「宇」は「家の屋根のひさし」を意味し、「宇気」は「家に《気》が満ち満ちているさま」を具現し、 商売繁盛・社業繁盛・五穀豊穣・開運招福にご神徳あらたかと伝えられる。
本牧天神社 学問の神様といわれる「菅原道真」公をまつり、 横浜の名園「本牧三渓園」に間門より移築されている「間門天神」と同様、 京都の来たの天満宮よりご分霊をいただいている。 特に受験生などに合格祈願・学業成就のご神徳を慕われている。
本牧水天宮 横浜には珍しい水天宮は、安産の守り神として名高い。 懐妊五ヶ月目の戌の日に参拝し、「壽」と書いた岩田帯を締め、安産のうちにすこやかな赤児を授かるように祈念する。
縁切熊野神社 速玉之男神をまつる。日本書紀によれば、 イザナギノミコトが黄泉国の醜さを嫌ってイザナミノミコトに対し族離れ(別離宣言)をなされたとき、 振り払った衣の裾からお生まれになった神。 「悪しき縁を断ち、けがれを祓う」ところから、転じて「良縁にめぐり逢い、相整う」という。
阿夫利神社 大山阿夫利神社より分霊を受け、大山祇神をまつる。 森林・山岳の神であると共に、大山が、相模湾・東京湾の漁師に好漁場を知らせる目安(山アテ)であることから、 大漁満足・航海安全のご神徳で知られる。
若宮八幡宮 「若宮」とは本宮のご分霊を奉斎しているの意。 京都・石清水八幡宮より受けている。 誉田別尊(應神天皇)、比賣神、息長帯姫命(神功皇后)を併せまつり共に軍神、武勇の神として源氏をはじめ、 その流れを汲む武将(新田・足利、戦国時代の武田・佐竹・里見・小笠原・南部・徳川・池田・蜂須賀等)に崇拝されてきた。
お願い
終戦直後の米軍接収により、六つの摂社が本殿に合祀されたままです。 戦前のように、六つの祠(ほこら=小さなおやしろ)を建立し、 それぞれ独特のご神徳をより強く発揚いただきたく、氏子崇敬者、皆様のご協力をお願い致します。
 (社務所)
境内では、赤い毛氈を敷いた上で笛や太鼓でお囃子を奏でていました。 獅子舞も出てきて、初春のお目出度さを盛り上げていました。
本牧神社本殿遷座に際し
本牧神社(旧称・本牧十二天社)は、旧来、本牧岬の先端(本牧十二天1番地)に張り出した出島の中に鎮座し、 巨古木蒼然たる杜に囲まれ、鳥居の脚元には波濤打ち寄せる風光明媚な鎮守様でありました。 その様子は江戸名所図会にも「本牧塙十二天社」として描かれ、 江戸湾を往来する廻船からは航海安全、地元民からは守護神と崇められ、 本牧十二天の地に八百年以上も鎮座してあつい信仰を受けていたのです。 しかし、先の大戦の終戦直後の昭和21年、この本牧地区は23万坪に及ぶ進駐軍の強制接収に遭い、 以来、平成5年までの47年間、神社は本牧町2丁目に仮遷座を余儀なくされ、 多くの氏子共々、苦難の時期を過ごしておりました。 伝記には、建久2年(1192)、源頼朝公が鎌倉幕府を開くにあたり、 鬼門(北東の方角)守護を祈念して平安時代から存せる神殿に朱塗厨子を奉納した、とございます。 また、鎌倉将軍維康親王より社領の寄進、中頃、両管領よりも同様に社領寄進。 天正年間には徳川家康公の関東御入国に際し、高十二石免御朱印の下置、 以来、徳川十五代将軍より御代々頂戴−とあり、 方除け、厄除けにご神徳が顕然(あらたか)として、武家や庶民からあつい信仰を受けてきたのです。 また、室町時代の永禄9年(1566)から400年以上も地元住民に受け継がれて来た当神社の「お馬流し」神事は、 「ハマの奇祭」として神奈川県指定無形民俗文化財、県民俗芸能五十選であり、 毎年8月上旬に現在も斎行され続け、郷土の祭りとして保存されております。 芸郡の接収解除とともに、変換地域一帯は横浜市による区画整理事業が施行されました。 産業道路の直線整形、消防署の建設などの公共事業計画に伴い、 当神社の社有地は従前地の「本牧十二天1番地」ではなく、この「本牧和田」の新天地に換地されました。 この新社地は、表通りに続く前面も、後背地の丘も公園であり、 境内地全面が南向きの雛檀形状という、鎮守様をお祀りするには絶好の境内地であります。 47年間、仮遷座を忍ばれておられた大神様に、氏子崇敬者の総意による赤誠を捧げ、 浄財を募って建立されたのがこの新神殿でございます。 権現造りの神殿は、総銅板葺きで、唐破風と千鳥破風の二重破風、屋根坪は百坪を超して横浜最大を誇ります。 本牧地区住民の敬神の念のあつさ、郷土愛の深さを如実に現すとともに、 広く慕われるご神威、ご新徳の賜物でございます。 本牧地区の目覚しい再開発とともに、大神様に新しいご社殿、すがすがしい聖域の境内にご鎮座いただくことは、 更なる御新徳の発揚をたまわり、私達が祖先から連綿と受け継いで来た「郷土・本牧」の、 住民一同の「心の寄りどころ」として、また、明日を担う子供達には幼き日に懐かしいふるさとの思い出となる、 と強く確信致しております。 氏子崇敬者の皆様の、弥栄のご発展とご隆昌を祈念申し上げますとともに、 本牧神社のご神威を弥増しに増すために、今後も展開される神社の諸事業に、 更なる強いお力添えを賜りますよう、衷心より重ねてお願い申し上げる次第です。 再拝
 (本牧神社復興奉賛会、本牧神社氏子総代会、本牧神社社務所)
マイカル本牧口
本牧神社から本牧山頂公園まで引き返して、「センター広場」から「和田山の丘入口」を経て、 元の「であいの交差点」まで戻っていきます。 そこから駐車場を左下に見ながら、「マイカル本牧」の横へと続く公園橋を進んでいきます。
この先、坂が急になっています。足下に気を付けてください。
最近、ころぶ人が多くなっています。気をつけてください。
 (横浜市南部公園緑地事務所)
和田山口(わだやまぐち)バス停
公園橋を進んで車道の上に来た所から下へ降りていくと、和田山口バス停があります。
桜木町駅前行きや横浜駅前行きバスが1時間に8本から10本程度あります。