三浦富士
散策:2005年12月上旬
【低山ハイク】 三浦富士
概 要 三浦半島の先端近くにある武山・砲台山・三浦富士を結ぶハイキングコースを歩きます。 武山の手前にある見晴台からは、空気の澄んだ日には富士山を望むこともできます。 武山の展望台からは、東京湾と相模湾越しに房総半島・伊豆大島・伊豆半島などを一望できます。
起 点 横須賀市 一騎塚バス停
終 点 横須賀市 YRP野比駅
ルート 一騎塚バス停…一騎塚公園…武山登り口…武山高区配水池…武山富士山見晴台…武山…武山不動院…展望台…砲台山分岐…砲台山…見晴台…オレンジルート分岐…三浦富士…長沢・野比分岐…若宮神社…三浦富士登り口…みのり橋…天照大神…野比消防前交差点…YRP野比駅
所要時間 3時間30分
歩いて... 散策した日は少し雲が出ていて、遠くの方は霞んでいました。 人気のあるコースとあって、多くのハイカーとすれ違いました。 200mほどの低い山なので、思いたったら気軽に出かけることができます。
関連メモ 武山, 三浦富士, 武山, 三浦富士, 武山, 武山
コース紹介
一騎塚(いっきづか)バス停
衣笠駅(JR横須賀線)を降りて右手へ少し行った所から、線路沿いに続く商店街を進んでいきます。 商店街を抜けた所にある衣笠架道橋の下をくぐった先にある衣笠小学校入口の信号を渡った所に 衣笠十字路バス停があります。 そこから、[衣2]三浦海岸駅行きバス、[須3][衣3]横須賀市民病院行きバス、[須4][衣4]大楠芦名口行きバス、 [須5][衣5]長井行きバス,または,[須8][衣6]三崎口行きバスにて12分、 1時間に5本から10本程度の便があります。
横須賀駅(JR横須賀線)や横須賀中央駅(京浜急行本線)からも、 [須3]横須賀市民病院行きバス、[須4]大楠芦名口行きバス、 [須5]長井行きバス,または,[須8]三崎口行きバスの便が、1時間に6本程度あります。
バス停から10mほど引き返した所にあるY字路を右折していきます。 角には「武山ハイキングコース」の案内図が設置されているので参考にしましょう。 長年の風雨に晒されて少し擦れ気味ですが、 一騎塚バス停から武山・砲台山・三浦富士を経て津久井浜駅までのコースが紹介されています。 一騎塚バス停…(40分)…武山…(20分)…砲台山…(40分)…三浦富士…(50分)…津久井浜駅、 合計2時間30分のコースになっています。 今回は、三浦富士から分かれてYRP野比駅の方へと降るルートを歩きます。
一騎塚公園
Y字路を右折して少し進んでいくと、左手に登っていく坂道が分かれています。 道標などは見当たりませんでしたが、その坂道を登っていくとすぐに一騎塚公園があります。 丘の斜面にできた小さな公園で、この一騎塚を詠んだ石田波郷の文学碑もありました。 一騎塚の解説板もありました。 擦れていて読み難い文字もあったので、誤読している箇所があるかも知れませんが載せておきます。
横須賀市指定史跡及び有形民俗文化財 一騎塚
一騎塚の名は、鎌倉時代健保3年(1213)和田合戦の時、 義盛に加勢した武次郎義国が、ただ一騎この地から鎌倉に馳せ参じて戦い、 討ち死にしたのを里人が哀れんで塚を築いて霊を弔ったという伝説に発するとされる。 史跡として指定された一騎塚は、江戸時代から地域住民の信仰結衆の聖地として信仰されていたことが、 塚上・塚裾に建立されている石造文化財によってわかる。 国土安穏・五穀豊穣・村中息災・家運繁栄を祈願する地域住民の庚申供養塔、 家業の繁栄を祈願する左官・大工等の職人衆の聖徳太子塔、武山不動の前不動としての不動明王像、 富士登山信仰を擬する女人・老者の富士信仰地蔵尊像、疫病閑息を祈願する疫神碑がそれである。 このうち、庚申供養塔七基、聖徳太子塔、富士信仰の開闢興樗地蔵尊像、 疫神碑が庶民信仰を物語る有形民俗文化財に指定された。 このように、ここは民俗文化史の上でも貴重な地域住民の信仰の地であるとともに、 造立された石造物により佐島石工の作品としての地域文化を後世に伝える所でもある。
 (横須賀市教育委員会)
一騎塚公園
公園でみなさんが気持ちよく利用するために次のことを守りましょう。
・公園内でバットの使用はやめましょう。
・公園で犬は離さないでください。フンの始末をしましょう。
・公園内の木や施設を大切にしましょう。
・公園内にオートバイを乗り入れないでください。
 (横須賀市)
一騎塚公園を過ぎて坂道を降っていくと、すぐにT字路があります。 そこを左折して1分ほど進んでいくと道が二手に分かれています。 ここにも道標は見当たりませんでしたが、左手の坂道を登っていきます。 富士見小学校を左手に見ながら坂道を登っていきます。
武山登り口
左手に分かれていく道を見送って坂道を登っていくと、やがて道は緩やかになります。 街並みや山並みを左手に眺めながら進んでいきます。 レンタカーの店を過ぎていくと、道は少し登り坂になってきます。 2分ほど進んでいくと、道が二手に分かれています。 左手の道は降りで、右手の道は登りになります。 角に立つ道標「武山 ここから2000歩」が右手の道を指しているので、 道標に従って右手の坂道を登っていきます。
此の附近で猫に餌をやらないで!! 糞害で困って居ます。
これまでよりも傾斜が増した坂道を登っていきます。 簡易舗装された坂道を5分ほど登っていくと尾根筋に出ます。 正面にある畑地へ降っていく道には柵がしてあって入ることはできません。 右手へと続く道を緩やかに登っていきます。 不法投棄をしていく人が後を絶たないのか、道沿いには不法投棄禁止の看板が幾つも設置されています。
武山高区配水池
右手へ曲がってすぐの所に、横須賀市水道局の武山高区配水池がありますが、 柵がしてあって中に入ることはできません。
きけん
この中に入ってはいけません
 (横須賀市水道局)
山火事注意
火の始末 山に来るたび 歩くたび
タバコの投げ捨てはやめましょう
 (横須賀市)
左手にある畑地などを眺めながら進んでいきます。 配水池から4分ほど進んでいくと、作業場のような所があります。 この辺りから傾斜が増してきて、爪先上がりの登り坂になります。 道沿いにはツツジの木が植えられていました。 この時は初冬だったので花は咲いてはいませんでしたが、春には綺麗に彩られるのだろうと思います。
注意
この区域一帯は、武山都市緑地保全地区に指定されています。 この区域内では、緑地の保全に支障を及ぼす行為は禁止されています。 この区域内で、樹木の伐採・土地形質の変更等を計画している方は、 必ず事前に下記まで問い合わせてください。 許可なく行為を行うと法令の規定により処分される場合があります。
 (横須賀市緑政部緑化推進課)
武山富士山見晴台
作業場から6分ほど進んでいくと、大きな木の手前にある武山富士山見晴台に着きます。 見晴台と云っても、特に広くなっている訳でも展望台がある訳でもありません。 道端にベンチがひとつ設置されているだけですが、右手が開けていて街並みの向こうに海が広がっていました。 正面の海は大和田湾のようです。 条件がいい日にはこの写真の右手の辺りに富士山が見えるようですが、この時は霞んでいて見えませんでした。
三浦半島(横須賀市)からの富士
長井海の手公園「ソレイユの丘」、立石海岸、武山・富士山見晴台
この地点、国土交通省「関東富士見百景」の一つに選定されました。
〜富士山の見えるまちづくり〜
三浦半島からの富士として、一体的に選定することで、横須賀市の1次選定された箇所とともに 相互に連携を図ることで、さらなる景観保全、観光振興を期待したい。
 (神奈川県、横須賀市)
見晴台を過ぎて、更にその先へと進んでいきます。 次第に森の雰囲気がしてくる道を進んでいくと7分ほどで庚申塔が立っていました。 その奥へと山道が続いているようでしたが、簡易舗装された道をそのまま進んでいきます。
横須賀都市計画武山近郊緑地特別保全区域
首都圏武山近郊緑地保全区域
緑色の地区は、都市計画法に基づく風致地区です。 オレンジ色斜線区域は、首都圏近郊緑地保全法に基づく近郊緑地保全区域です。 紫色の地区は、近郊緑地特別保全地区です。 これらの区域内で、建物の新築、増築、改築、石積、よう壁、屋外広告物等の工作物の設置、 宅地や農地の造成、土石類採取等、土地形質の変更、木竹類を切る場合は、 あらかじめ市長の許可を受けるか届出が必要です。
 (横須賀市緑政部緑化推進課)
武山 (標高200m)
庚申塔を過ぎていくと、ほどなくして「武山不動院」の看板の架かる石造の門が立っています。 ここが武山の山頂になります。 道標「武山 ここから2000歩」があった武山登り口から30分ほどで到着しました。 武山の山頂には、武山不動院をはじめとして電波塔や展望台などがあって、かなり広い場所になっています。 先ずは門の左手にある武山不動院へ参拝しましょう。
武山不動院
子安地蔵尊の先の石段と坂道が並行している所を過ぎていくと武山不動院があります。 正面の柱には、右手に「東国花の寺 百ヶ寺」、左手に「干支守霊場 西歳の寺」と書かれた看板が付いていました。 境内には、武山稲荷大明神や身代り不動尊、筆塚などもあります。
横須賀風物百選 武山初不動
初不動は、例年1月28日で、縁日商人や近在の善男善女でにぎわっています。 ここに至る参詣道は、南武、一騎塚、須軽谷、北下浦と四方にあります。 それらの登山口には、必ず前不動と呼ばれる不動明王像が立っていて、参詣人の案内役を勤めます。 不動明王は、大日如来が一切の悪魔を払うために変身された姿で、 災害を覗き財宝を得る功徳があると言われています。 とくに、武山不動尊は、航海安全の浪切不動として広く知られ、漁業関係者から厚く信仰されています。 沿岸漁業者にとっては、この山頂が魚場を定める基準として、あるいは、 港の方向を知る標準として欠かすことのできないお山であったことも信仰を深めた一因と思われます。 「武山の不動さん」と親しまれているこの寺院の正式名称は、「龍塚山持経寺武山不動院」で浄土宗です。 ここの安置される不動尊は、後小松天皇の御代、応永4年(1397)に奈良東大寺の 沙門万務大阿闍利が、諸国行脚の途中に、現在の南武にあった持経院に立ち寄り、 高さ三尺九寸(約117センチメートル)の不動尊を彫刻して本尊としたものです。 その後、修験僧讃与見随が、この山頂に移したと伝えられています。 この山頂には、オオムラサキ、博多白、妙義山のツツジが約2000本あり、 毎年4月下旬に「武山つつじ祭」が行われます。また、この山頂は、一騎塚から現在地を経て 砲台山、三浦富士、津久井に至るハイキングコースの一拠点でもあります。
武山子安地蔵尊
お地蔵さまは、左手に宝珠、右手に杓杖をもち、衆生を救い、 慈悲の心の大切さを教えられている菩薩さまであります。 賽の河原で童子の救主として有名であります。 この子安地蔵尊は、子授、安産、また幼なくして他界された霊の菩提をとむらい、 子供のすこやかなる成長を願って建立されたものであります。 合掌
身代り不動尊由来
江戸末期文化の頃、豪雨の中、本堂脇のオオキの大木に落雷。 大木は真二つにさけ、焼焦げとなりました。 御本尊、御本堂も無事なるを見た人々は、御身代りと唱えました。 その大木、年代を経て芽を吹き、青き葉、枝をささえ、その旺盛なる力に感動し、 参拝の有信者が手を合わせ、身代の不動尊と唱え、これをまつりました。
筆塚由来
人は皆筆により智を幸を知る。その筆に感謝し、成長することを念じ、 ここに筆塚を信者の賛同御寄附を得て建立されました。 合掌
武山不動院から広場まで引き返していくと、左手には電波塔が、右手には展望台があります。 ここに「公共施設案内」があって、武山ハイキングコースが紹介されているので参考にしましょう。 モデルルートとして4コースが紹介されています。 一騎塚バス停の所にあったコースは(4)に相当しますが、所要時間が一致していないようです。
武山ハイキングコース
(1)津久井浜駅を起終点に3山をめぐる一般ルート。 2時間10分
   津久井浜駅-(20分)-津久井浜観光農園-(30分)-武山-(20分)-砲台山-(20分)-三浦富士-(40分)-津久井浜駅
(2)津久井浜駅から3山をめぐりYRP野比駅を結ぶルート。 1時間45分
   津久井浜駅-(20分)-津久井浜観光農園-(30分)-武山-(20分)-砲台山-(20分)-三浦富士-(15分)-浅間神社バス停
   *浅間神社バス停からYRP野比駅まで徒歩で20分
(3)オレンジルートを利用したルート。果実狩りも楽しめます。 2時間
   津久井浜駅-(20分)-津久井浜観光農園-(30分)-砲台山-(20分)-武山-(30分)-津久井浜観光農園-(20分)-津久井浜駅
(4)一騎塚バス停を起点にしたルート。つつじの頃は最高。 2時間
   一騎塚バス停-(40分)-武山-(40分)-三浦富士-(40分)-津久井浜駅
展望台
右手の一段高い所にある展望台へ登ってみましょう。 コンクリート製の建物で、二階建てになっています。 この建物の名前なのか、外壁には「AZALEA HOUSE」の文字がありました。 一階はガランとしていて、ベンチが設置されている以外には何もありません。 壁一面には、この辺りの自然などに関する資料が沢山掲示されていました。 一階の上には小さな建物があって、その上まで登ることができます。
ディスカバリー 武山の森クラブ
「武山の森」は、神奈川県・神奈川新聞社が主催した「かながわ未来遺産100」で、 三崎のマグロについで、第70位に選ばれました。 開山600年の歴史を誇る緑豊な武山山頂からの眺望は、眼下のIT先端技術を開発している NTT横須賀研究開発センターを初め、ランドマークタワー、ベイブリッジ、房総半島、伊豆半島等を望むことができます。 このような環境に恵まれた武山の森には、あなたが発見することができる秘密がたくさん埋蔵されています。 さあ、宝探しにチャレンジしよう。
温暖化を防ぐための取り組み
温暖化を防ぐためには、石油などの化石燃料の使用などで排出される二酸化炭素を減らしていかなければなりません。 このために、京都議定書など世界的な取組みが各国で始まっています。 日本では、2010年の二酸化炭素など温室効果ガスの排出量を1990年比6%削減することに取り組んでいます。 神奈川でも「新アジェンダ21かながわ」を策定し、温暖化防止への取組みを進めています。 深刻な温暖化を防ぐために、一人ひとりが問題意識を持ち、今できることから始めることが必要なのです。
展望台からは360度の大パノラマを堪能できます。 海に突き出すようにして伸びる三浦半島の左手には東京湾が広がり、 その奥には房総半島がすぐそこに見えています。 こうしてみると、意外と近い所にあるようです。 右手には相模湾があり、その沖には伊豆大島が見えています。
眺めを堪能したら、砲台山へと進んでいきます。 電波塔と展望台の間に道標が立っています。 右手の道は「津久井観光農園」、左手の道は「三浦富士・砲台山」となっています。 道標に従って、電波塔を囲む金網のそばの道を進んでいきます。 すぐに現れる横木の階段を降っていくと分岐があります。 角にはキノコ型をした可愛い道標があります。 同じような道標はハイキングコースに沿って要所に設置されています。 道標によると、右手の道は「津久井浜」、左手の道は「三浦富士」となっています。 右手の道は、武山の展望台から右手へ降っていく道の途中に続いていますが、 道標に従って左手の尾根道を進んでいきます。
すぐに横木の階段を降るようになりますが、2分ほどで終わりになります。 緩やかになった尾根道を進んでいくと、大きな木の生えている先で道が二手に分かれています。 角にあるキノコ型の道標によると、正面の尾根道は「三浦富士」となっています。 左手に降っていく道は何も示されてはいませんが、広めの道になっていました。
後日に左手の道を歩きました。(「武山」を参照)
広くて緩やかな尾根道を進んでいきます。 人気のあるコースのようで、歩きやすい道が続いています。 この日は休日とあって多くのハイカーとすれ違います。
山歩く 心にいつも 火の用心
 (神奈川県)
砲台山分岐
やがて現れる横木の階段を登ってその先へと進んでいくと分岐があります。 分岐点の真ん中には大きな石があって目印になっています。 そばにはベンチもひとつ設置されています。 道標によると、左手に戻るようにして続く道は「砲台山」、正面の道は「三浦富士」となっています。 ここから砲台山までは片道5分とはかからないので、ちょっと往復してきましょう。
緩やかに登っていく道を少し進んでいくと、右手に登っていく細い道が分かれています。 このまま広い道を進んでいっても砲台山へと続いていますが、この右手の道の方が近道になっています。 広い道は戻りに歩くとして、先ずは右手の細い道を登っていきます。
砲台山 (標高204m)
細い道を登っていくとすぐに砲台山に着きます。 武山から20分ほどで到着しました。 砲台山とはいっても、先の大戦の頃に設置されていた大砲の台座の跡の大きな窪みがあるだけです。 山頂には第三管区海上保安本部の武山中継所の施設とアンテナがあり、こちらの方が目立っています。 ソロバンの玉のような形のアンテナが各方角に向けて沢山取り付けられています。 今回のコースの最高地点になりますが、周りは樹木に囲まれていて展望は得られません。
後日に来て見ると、南側が切り開かれて眺めが広がるようになっていました。 (「武山」, 「武山」を参照)
電波塔の先から左手へ回り込むようにして続く広い道を降っていくと、コンクリート製の柱が二本立っていました。 現在では使われていないようですが、先の大戦の頃の施設の一部だったのでしょうか。
見晴台
先ほどの砲台山分岐まで引き返し、道標「三浦富士」に従って、左手に続く広い尾根道を進んでいきます。 分岐から1分も歩かないうちに見晴台に着きます。 右手が開けていて、三浦半島の先端部やその先の房総半島や伊豆大島などを一望できます。
ゴミや空カンなどを崖下に投げたり、まわりに捨てないようにしましょう。
 (横須賀市)
オレンジルート分岐
見晴台を過ぎて3分ほど進んでいくと、少し広くなった場所に着きます。 ここに「武山オレンジルート観光案内図」があります。 右へ降っていく山道がオレンジルートで、「観光農園案内所 至る津久井浜駅」の標柱も立っています。 三浦富士へはこのまま広い尾根道を進んでいきます。
(右手の道は「武山」を参照)
武山オレンジルート
津久井浜の自然を生かしたハイキングコースが出来ました。 名付けて「オレンジルート」。農園の四季をみなさまでお楽しみ下さい。
収穫シーズン
・みかん狩り10〜11月
・さつまいも堀り9〜10月
・落花生堀り9〜10月
・津久井浜メロン7月
・じゃがいも堀り5〜6月
・いちご狩り1〜5月
 (横須賀市)
4分ほど進んでいくと、道が二手に分かれています。 広い道は左手へと曲がっていき、細めの山道が正面へと続いています。 どちらへ行けばいいのかと辺りを見回していると、細めの道の先に道標が立っていました。 その道標によると、正面の山道が三浦富士への道のようです。 左手へ曲がっていく道は何も示されていませんでしたが、麓の「通研通り」へと降っていくようです。 砲台山までは広い道になっていて、小型車なら通っていけそうな幅があります。 武山中継所を建設した時の資材を運ぶために造られた道なのでしょうか。
右手の方で何やらガサガサと音がしました。 何だろうと思って音の主を捜していると、なんとニワトリがいました。 茶色の羽をして赤い鶏冠をした立派な鶏でした。 こんな所に野生の鶏がいるとも思えないし、近くに民家でもあるのでしょうか。
火の用心 Stop The Fire
 (南消防署)
正面の山道を1分ほど進んでいくと、右手が開けていて海を見渡せる所があります。 短い横木の階段を登ってその先へと進んでいくと、 何やら幹の表面が滑らかな樹木が続くようになります。 海洋性の樹木なのでしょうか、普段はあまり見かけない雰囲気の木です。
広くなった尾根道を進んでいくと、やがて左手へ少し降るようになります。 左手の樹木越しに街並みなどを見ながら進んでいくと少し登っていきます。 緩やかになった先で横木の階段が現れますが、1分ほどで登ることができます。
三浦富士 (標高183m)
横木の階段を登り切って緩やかになった尾根道を2分ほど進み、 最後に坂道をひと登りすると三浦富士に着きます。 砲台山から30分ほどで到着しました。 山頂には「津久井村社 浅間神社奥宮」と記した石碑や、「三浦富士」と記した看板が立っています。 大きな木の袂には、石造の小さな祠が建っています。 これらが浅間神社奥宮のようです。 山頂はそれ程広くはありませんが、少人数ならシートを広げて弁当を食べられる程度はあります。 丁度昼時になったので、ここで昼食タイムにしました。
以前には山頂の周りの樹木がもう少し低くて、 東京湾から房総半島・伊豆大島などの広大な眺めが広がっていたようですが、 今では手前の樹木が邪魔をしていて、眺めは今ひとつの状況です。 それでも樹木越しに何とか四方を望むことができます。
三浦富士の山頂にもキノコ型の道標があるので参考にしましょう。 山頂の右手から降っていく階段は「津久井浜駅、観光農園」、 祠の右手から左へ降っていく道は「野比」となっています。 今回はここから左手へと降る道をYRP野比駅へと向かっていきます。
長沢・野比分岐
急な横木の階段を降っていくと、右手が開けて見晴らしのいい所がありました。 山頂より樹木が低くなっていてよく見渡せます。 山頂から3分ほど降っていくと道が二手に分かれています。 小さなベンチもひとつ設置されていて、登ってきた時にひと休みしていくのには良さそうです。 真新しい道標によると、左手の道は「野比駅」となっています。 板切れの道標もあって、右手の道は「京急長沢駅」、左手の道は「野比」となっています。 古くなった標柱も立っていて、右手の道は「京浜長沢駅に至る」となっています。 左右の道のいずれも急な降り坂になりますが、右手の長沢駅への道の方がしっかりとしているように思えました。 今回は、YRP野比駅へ向けて左手の道を降っていきます。
(右手の道は「三浦富士」, 「三浦富士」を参照)
ロープが張られた急坂を降っていきます。 かなり傾斜があるので足の置場を選びながら、滑り落ちないよう注意しながら降っていきます。 3分ほど降っていくと横木の階段が現れます。 右・左とS字形に曲がりながら降っていきます。
若宮神社
横木の階段を4分ほど降っていくと谷筋に降り立ちます。 小さな沢に沿って右手へ曲がり、細い山道を更に降っていくと若宮神社があります。 神社とはいっても小さな石の祠です。 それでも一般の神社のように、祠の前には石灯篭が幾つか並び、その先には狛犬も控えていました。 どういう謂れの神社なのかを記した解説板などは見当たりませんでした。
ご注意!
毎年11月15日から2月15日まで、この付近では銃猟をすることがありますので注意して下さい。
 (神奈川県・市町)
三浦富士登り口
若宮神社の先には住宅地が迫ってきています。 物置のような建物の脇を過ぎていくと、ほどなくして工務店のそばの道路に出ます。 これで山道は終わりになります。 三浦富士の山頂から15分ほどで降りてこられました。 振り返ると、「三浦富士ハイキングコース」と書かれた看板や標識が設置されていました。 ニワトリの鳴き声がしきりに聞こえていました。 この近くに養鶏場でもあるのでしょうか。
歩きやすくなった坂道を降っていくと、3分ほどで車道に出ます。 この車道は「通研通り」という名前のようです。 角には「浅間神社」と刻まれた大きな石碑が建っていて、そばにはキノコ型の道標も設置されています。 今降ってきた道は「三浦富士」、右手の道は「野比駅」となっています。 車道を右手へと曲がっていくと、すぐに浅間神社バス停があります。 YRP野比駅まで、土曜日は1時間に4本程度、日曜日は1時間に1本から2本程度の便がありますが、 今回は歩いていくことにしました。
浅間神社
三浦富士浅間神社奥宮登山道一合目のしるべとせんが為、茲に社号標を建立する。 この立地場所は鈴木己代子氏(まごえむ)の寄贈である。
 (天照大神宮司、氏子総代長、副総代長、氏子総代)
みのり橋
自動車販売店を過ぎ、米の自動販売所を過ぎていきます。 長沢中学校を過ぎて左手へ曲がっていくと、長沢川に架かる「みのり橋」があります。 橋を渡った所に「長沢総鎮守 天照大神」と刻まれた大きな石柱が建っていました。 赤い幟が幾つも並んでいました。 どんな所なのかと思って、ちょっと立ち寄っていくことにしました。
初詣のご案内
一、大祓い式 大晦日23:00より
一、矢・絵馬・お守・神札等 正月三ヶ日
一、豚汁・甘酒(元旦のみ)・御神酒等用意してお待ち致します。
 (長沢天照大神氏子総代会)
石柱の所の路地を左手に入っていくとT字路があります。 角にある「天照大神参道」の案内標に従って左手へ曲がっていきます。 程なくして再びT字路があります。 角にある「天照大神」の案内標に従って左手へ曲がっていくと、 正面にこんもりとした森が見えてきます。 これが天照大神のある通称「お伊勢山」の森になります。 道なりに進んでいくと石段の前に着きます。 社殿へと真っ直ぐに登っていく石段は「おとこ坂」、右手から坂道を登っていく道は「おんな坂」となっています。 今回は、正面の石段「おとこ坂」を登っていきました。
天照大神
幟が並ぶ石段を登って鳥居を三つほどくぐっていくと天照大神の境内に着きます。 総鎮守の名に相応しく立派な社殿でした。 江戸時代に勧請されたそうですが、平成になって社殿が建替えられたようです。 狛犬も大振りで、何だか威厳を感じたりします。
碑文
当社は、天照大神(あまてらすおおみかみ)を主祭神とし、当地の口承に依れば、 江戸時代のお伊勢詣りの盛んな頃、里人の三家(げんぜむ、きゅうぜむ、さんぜむ)が、 長沢小字峯の通称お伊勢山のこの地に伊勢の神宮より御分霊を勧請し、 長沢の鎮守さまとして奉斎したのがその始まりと伝えれらています。 以来、祖孫、村人、相承け、朝に夕に、広大なる御神徳を仰いで、 心の安まる神域として、人々の生活の中心として、共に歩んできた長い歴史を有しております。 しかし、最近に至って、本殿、拝殿の老朽甚だしく、氏子総代並びに関係者一同恐縮して、 之が改築の議を決し、天照大神大修理及び境内整備事業奉賛会を結成し、 責任役員奉賛会会長山田邦雄氏を始め、関係者各位、日夜魂を傾けて、この推進に力を尽くしました。 幸いに、氏子はもとより、崇敬者八百名の御協賛を戴き浄財を奉献せられ、 総額伍千四百六十六萬九千円に及びました。 斯くして、拝殿の屋根を銅板に葺き替え、正面を唐破風づくりに改築し、幣殿を新築し、本殿と継きました。 更に、裏参道を造成し、玉垣の新設、境内の整備、記念碑の建立等々その諸事業がことごとく、 神明の御加護によって、完成致しました。 平成11年風薫る5月23日、竣工奉祝大祭を関係者多数の御参列の下に盛大に斎行し、 稚児50名をはじめ保護者等300名の稚児社参を致しました事は、 氏子総代役員関係者一同誠に感慨に堪えません。 今、ここに緑深き境内に空高く社殿を仰いで、愈々、神威の弥高を拝し、 只管国の隆昌と世界の共存共栄と氏子並びに崇敬者の弥栄を祈念して、事業の概要を刻し記念と致します。
 (平成11年5月吉日 天照大神宮司、氏子総代長、副総代長、氏子総代、協力委員)
長沢総鎮守 天照大神大修理及び境内整備事業資金 募金趣意書
我が国に鎮座する約八万の神社の総親神さまと仰ぐ伊勢神宮は、 垂仁天皇の二十六年(紀元前四年)に創建されて二千年の歴史があります。 我が長沢の総鎮守、天照大神は江戸時代の中頃に、この由緒深い伊勢社宮の御分霊を里に居住する人々の総意によって、 お伊勢山に勧請し、小さな社殿が建てられました。 その後、幾度かの修理改築がなされ、最近は昭和二十一年に氏子及び崇敬者の方々のご協力を得て、 現在の本殿と拝殿が造営されました。 その間、歴代の氏子役員による部分的な補修も行われて来ましたが、長年の風雨により、社殿のいたみもひどく、 この際、境内の整備も含めて総合的な見地に立って改修の手を加えることが必要であるとして、 この事業を行うことを計画致しました。 近年、世の中のあらゆる場面で、様々な変化が起きています。 長沢にもまもなく新しい町「光の丘」に時代の先端を行く我が国の除法通信研究の中枢となる、 横須賀リサーチパークが出現します。 この社会の余りに急激な変化に対して、天照大神はいつの時代にも変わりなく、 厳然として地域社会に存在しています。 そして、毎年繰り返される祭を通じ、伝統を継承し、社会秩序の安定に寄与し、 人の和、地域の和を広げ、そのきづなを固くつよくして下さいます。 私どもの祖全が幾百年同じ心で参拝し、今の世においても我々が幼少の頃より親しんで参りました天照大神は、 改めて申すまでもなく、長沢の「鎮守さま」「氏神さま」としての心のよりどころであり、 この平成の世にお互いが無事幸福に過ごし得るのも、ひとえに神さまのおかげによるものと日頃感謝申し上げ、 当社を永く後までも守り伝へたく存知ます。 なにとぞ、皆様の深いご理解とご協力を心からお願い申し上げる次第でございます。
御参詣各位 (天照大神)
天照大神へのお参りを済ませたら、社殿の右手から続く「おんな坂」を降っていきます。 谷戸には田んぼや畑が広がっていて、昔懐かしい雰囲気を残していました。 この辺りは日当りがいいのかミカン畑もあって、色付いた実が沢山ついていました。 ここでもニワトリの鳴き声がしきりに聞こえていました。 この地区では鶏を沢山飼っているようです。
野比消防前交差点
先ほどの「みのり橋」まで引き返して、その先へと進んでいきます。 三浦しらとり園入口の信号を直進して坂道を緩やかに登っていきます。 長沢台バス停を過ぎていくと、次第に降り坂になってきます。 火ヶ口橋バス停を過ぎていくと、野比消防前の信号があります。 右手にはコンビニがあって目印になります。 ここを右折していきます。
YRP野比(わいあーるぴーのび)駅
横須賀野比郵便局を過ぎて真っ直ぐに4分ほど進んでいくと、左手にYRP野比駅(京浜急行久里浜線)があります。
【YRP】
YRPとは「Yokosuka Research Park」の略で、 40ほどの会社や研究所などが集って研究開発を推進している地区の名称です。
YRPは自然と人が共生する、大規模テレコム研究都市です。 研究機関を中心に、情報通信技術の研究開発を進めることにより、 国内及び国際的な情報通信技術の発展に寄与するとともに、 21世紀の高度で豊かな社会の構築に貢献いたします。
 (横須賀リサーチパーク推進協会、京浜急行電鉄株式会社)