塚山公園
散策:2005年11月上旬
【低山ハイク】 塚山公園
概 要 塚山公園は、横須賀港の南西1kmほどの所にある自然公園です。 按針塚のある塚山公園は桜の名所にもなっていて多くの桜の木が植えられています。 今回は葉山町の不動橋から畠山へ登り、そこから横浜横須賀道路をくぐって塚山公園を経て田浦駅へと続くコースを歩きます。
起 点 葉山町 不動橋バス停
終 点 横須賀市 田浦駅
ルート 不動橋バス停…畠山登り口…大沢山分岐…畠山…乳頭山分岐…大谷戸橋分岐…39番鉄塔…横浜横須賀道路…石畳道…按針塚…塚山公園…見晴台…港の見える丘…富士見台…鹿島台…十三峠…十三峠配水池…薬師寺…ながかまトンネル…田浦駅
所要時間 3時間30分
歩いて... 畠山は訪れる人も少ないのか、飾り気のない山頂になっています。 塚山公園にある見晴台からはぐるりと見渡せる景色が広がっていました。 条件がいいと富士山も望めるようですが、残念ながらこの日には見えませんでした。
関連メモ 畠山, 畠山, 乳頭山, 十三峠, 乳頭山, 畠山, 乳頭山
コース紹介
不動橋(ふどうばし)バス停
逗子駅(JR横須賀線)から、[逗15]衣笠駅行きバスにて22分、 1時間に2本程度の便があります。
バス停から逗子方向へ100mほど引き返していくと不動橋交差点があります。 その先の下山川に架かる不動橋を渡ってすぐ右へ曲がっていきます。 曲がってすぐの所にある葉山町消防団第一分団の建物を巻くようにして左手に曲がっていきます。 道の左側にある小さな「畠山」の道標に従って、その先へと続く緩やかな坂道を登っていきます。
畠山登り口
民家が散在する緩やかな坂道を6分ほどで登り切ると、右手から細い山道が始まっています。 正面の道は民家へと続いていて行き止りです。 角にある小さな道標「畠山」がこの道を指しています。 矢印が若干変な向きになっていますが、この右手の山道を登っていきます。
抉れてU字形になった山道を登っていくと、2分ほどで竹林の中に入っていきます。 この春に生え出たと思われる竹の子もすっかり大きくなっていました。 林の中に立つ小さな道標「畠山」のある所で左へ曲がっていきます。
竹林を数分で抜けると雑木林へと変わっていきます。 樹木の間から時々見える三浦アルプスの稜線を眺めながら山道を登っていきます。 よく踏まれていてしっかりとした道が続いています。
大沢山分岐
登り口から15分ほど登っていくと分岐があります。 辺りを見回してみても道標類は見当たりません。 左手の道は小ピークへ登っていくように感じます。 右手の道は少し降り気味に続いていて谷筋へ降りていってしまうようにも感じますが、 畠山へは右手の道を進んでいきます。
大沢山…
左手の細い道を6分ほど登っていくと小広くなったピークに着きます。 周りは樹木に囲まれていて展望は得られません。 測量用と思われる小さな石標があります。 場所の名前などを記した標識は見当たりませんが、幹に「大沢山」と刻まれた木があります。
谷筋へ降りていくように思えた道もすぐになだらかになって山腹を進むようになります。 やがて正面の樹木越しに山頂が見えてきます。これから目指す畠山なのでしょうか。 小さなアップダウンを繰り返しながら次第に登っていきます。 草が道を被っている所もあったりしますが、踏み跡はしっかりと続いています。
大沢山分岐から10分ほど登っていくと、小広くなった草地に着きます。 ここで道が二手に分かれています。 木のそばに立つ道標によると、左手は「塚山公園・田浦緑地・二子山」となっています。 正面の道は何も書かれてはいませんが、すぐそこで行き止りになります。
火気に注意
 (神奈川県)
畠山 (標高205m)
分岐の正面すぐの所の草が刈り取られていました。 標識などは見当たりませんでしたが、ここが畠山の山頂だと思われます。 麓の登り口から25分ほどで到着しました。 山頂には三角点と小さな円いテーブルがひとつ設置されていました。 石仏も一体ありました。顔が三つある石仏だったので馬頭観音でしょうか。 横面に刻まれた文字によると明治の頃に造られたもののようです。 以前に来た時には石仏の前に小銭がお供えされていましたが、今回は見当たりませんでした。 観音様がお受け取りになられたのでしょうか。
畠山の山頂は樹木に覆われていて展望はほとんど得られませんが、 樹間から僅かに海が見えていました。 方角からすると横須賀港なのでしょうか。 先ほどの分岐の辺りも含めて、この一帯が畠山の山頂になるようです。 草が生い茂ってさえいなければ、結構広い山頂のように思えます。
山歩く 心にいつも 火の用心
 (神奈川県)
乳頭山分岐
先ほどの分岐まで引き返し、道標「塚山公園・田浦緑地・二子山」に従って尾根道を進んでいきます。 3分ほど進んでいくと分岐があります。 角に立つ道標によると、右手の道は「山中町・安針塚」、左手の道は「仙元山・田浦緑地・(二子山)」となっています。 左の道を45分ほど進んでいくと、仙元山から乳頭山へと続く三浦アルプスの南尾根に出ますが、 今回は道標「山中町・安針塚」に従って右手の道を進んでいきます。
左手の道を進んでいくと…
ここから左手の道を45分ほど進んでいくと、三浦アルプスの南尾根にある小さな鞍部に着きます。 双耳峰になっている乳頭山の二つの峰の間にある鞍部で、そこから右手へ3分ほど登ると山頂に着きます。 手元の地形図では、畠山から三浦アルプスの南尾根へ向う道は、 標高200mほどの北西側のピークに直接続いているように描かれていますが、 実際には南東側の211m峰と北西側のピークとの間にある鞍部に着きます。 (「畠山」, 「畠山」, 「乳頭山」を参照)
大谷戸橋分岐
雑木林の中の緩やかな小径を3分ほど進んでいくと分岐があります。 どちらへ行けばいいのかと辺りを見回していると、右手に白く塗られた板の案内書きがありました。 それによると、今歩いてきた道は「畠山・田浦梅林・森戸川林道・二子山/上山口・東逗子/三浦アルプス」となっています。 右手の道はマジックで消されていて読めませんでしたが「・・方面」と書かれていて、 その横に「大谷戸橋」と添えられていました。 左手の道は何も示されてはいません。 これでは目指す按針塚や塚山公園はどちらへ行けばいいのか分りません。 更に辺りを見回していると、左手の少し先の方の木に括りつけられた道標を発見しました。 それによると、右手の道は「畠山城跳橋・不動橋・大谷戸橋・木古庭へ」、 今来た道は「畠山へ、二子山・乳頭山 分岐右へ」となっています。 左手の道は「十三峠・山中町・塚山公園」となっていて、こちらが目指す道のようです。 道標に従って、傾斜の増した左手の坂道を降っていきます。
右手の道を進んでいくと…
後日に右手の道を歩いてみましたが歩きやすい道が続いていました。 (「畠山」を参照)
20分ほどで下山川に架かる大谷戸橋へ降りて行かれました。 「大」という字が付いてはいますがほんの小さな橋です。 道標にある「畠山城跳橋」は、その大谷戸橋の左手数10mの所にありましたが、 「畠山城址橋」となっていました。 大谷戸橋から右手へと下山川沿いに進んでいくと、 県道27号(横須賀葉山線)にある不動橋バス停に出ます。
かなり傾斜のある降り坂で、脇には黒と黄色のトラロープが張られていました。 しかし広めの道で踏み跡もしっかりとしているので、歩きにくくはありません。 程なくして傾斜が緩やかになってくると、左手に杭が一本立っていました。 それには「矢落の松」と書かれていました。 何か謂れのある松のようですが枯れてしまったのか、辺りを見回してもそれらしい松は見当たりませんでした。
39番鉄塔
先ほどの大谷戸橋分岐から5分ほど降っていくと、送電線の鉄塔「大矢部線No.39」があります。 鉄塔を過ぎていくと、金網でできた階段を降っていきます。 かなり長い降り坂で、降りきるまで2分ほどかかります。 横木の階段とは違って土が流れ出て抉れてしまうこともないので、歩きやすい階段になっています。
緩やかになった道を進んでいくと、U字型のコンクリートで補修された沢が現れます。 沢沿いの道を緩やかに降っていきます。
横浜横須賀道路
沢沿いに2分ほど進んでいくと正面が開けて、横浜横須賀道路が見えてきます。 金網の階段を降りてその先のトンネル「横須賀1」を抜けていきます。 トンネルを出て左手へ曲がっていくと、再びトンネル「横須賀IC1」があります。 この辺りは横須賀インターチェンジになっていて、道路が交錯しています。
トンネルを抜けて道なりに右手へ曲がっていくと民家の横に出ます。 左手に畑地や民家などを見ながら真直ぐに進んでいくと車止めがあります。 そのすぐ先で道が二手に分かれています。 道標などは見当たりませんでしたが、左手の坂道を降っていきます。 正面の道を少し進んでいくと「←塚山公園」の道標が立っていて、そこから階段を降りても同じ所に出ます。
発砲厳禁!
ここは銃猟禁止区域です!
 (神奈川県)
短い橋を渡って道なりに進んでいくと、ほどなくして道路の高架の下を行くようになります。 小さな山中橋を見送ってその先へと進んでいくと、道路の左手に道標が立っています。 正面の道は「塚山公園」となっていますが、ここから左の山へ道が分かれていて、 「塚山公園(石畳道)」となっています。 どちらの道を進んでいっても塚山公園へ行けるようですが、 今回は左手の石畳道を歩いていくことにしました。
(正面の道は「十三峠」を参照)
石畳道
U字型になった所に続く間隔の広い横木の階段を登っていきます。 山腹を進むようになると石畳の階段も混じるようになります。 道幅は充分にあって傾斜もそれほどはないので、苦労することもなく登っていくことができます。
登り口から5分ほど登っていくと緩やかな道になります。 ここで左手に道が分かれていきますが、その先にある送電線の鉄塔への道のようです。 右手の高みには馬頭観音が一体佇んでいました。 馬頭観音にお参りしてから、広くなった正面の道を進んでいきます。
山腹に続く緩やかで広い道を進んでいくと、U字型になった所を過ぎていきます。 少し登って竹林を過ぎ、その先にあるV字型になった切り通しのような所を過ぎていくと、 道の真ん中に小さな赤い鳥居が立っていて、「不法投棄禁止」と書かれていました。 その先がT字路になって、この辺りから塚山公園になります。 角に立つ道標によると、左手の道は「JR田浦駅」、右手の道は「大楠山」となっています。 正面の高みに按針塚があるので、先ずは立ち寄っていきましょう。
ポイ捨て禁止!
・缶、びん、たばこの吸い殻、紙くず、ガムのかみかすなどのポイ捨てでみんなが迷惑しています。
・ポイ捨てや犬のふんの放置は「ポイ捨て防止及び環境美化を推進する条例」で禁止されています。
・違反すると罰則があります。
 (横須賀市)
按針塚
お椀を伏せたような丸い高みの上に按針塚があります。 ウィリアム・アダムス(三浦按針)とその夫人の墓です。 そばには一畳ほどの大きな石碑も立っていましたが、旧字の漢文体で刻まれていて、 無学の私には意味が分りませんでした。 現代風に造り直すことはできないまでも、現代文に翻訳した解説板を設置するなどして頂けると、 私のような無学の者にも分るようになるのにと思ったりします。
横須賀風物百選 三浦按針夫婦墓
墓石は、江戸期の宝篋印塔で、国指定の史跡となっています。 右が按針の墓で、左がその妻の墓です。 三浦按針は、本名をウィリアム・アダムスと言い、1564年にイギリスのケント州ジリンガムで生まれました。 少年時代の12年間を造船工として働き、成長して海軍に入り、航海長や船長をつとめました。 のちに、オランダのファン・ハーヘン会社の東洋探検船隊に加わり、 リーフデ号の航海長として1598年に東洋へ向いまいた。 慶長5年(1600)、台風に遭い、生き残った乗員24名と共に豊後国(大分県)臼杵に漂着しました。 徳川家康は、三浦按針を高く評価し、政治・外交顧問として重く用い、 江戸日本橋に屋敷を、この地逸見村に250石の領地を与えて厚遇しました。 三浦の姓は、この三浦の地を領地としたことにより、按針の名は、 水先案内人を当時按針と称していたことによります。 この頃の按針は、家庭的にも恵まれ、江戸日本橋大伝馬町の名主馬込勘解田の娘を妻とし、 ジョセフとスザンナの一男一女をもうけました。 家康の亡きあとは不遇となり、元和6年(1620)5月16日に平戸の豪商木田弥次右衛門宅で病死しました。 享年57歳でした。 この地に供養塔が建てられたのは、「我死せば、東都を一望すべき高敞の地に葬るべし、 さらば永く江戸を守護し、将軍家の御厚恩を泉下に奉じ奉らん」との按針のことばに従ったものと言われています。 毎年4月8日、按針の威徳をしのび、国際色豊かな記念式典が行なわれます。
国指定史跡 三浦安針墓
三浦按針は、本名ウイリアム・アダムスという英国人である。 オランダ東印度会社が東洋に派遣した艦隊の水先案内となり、 マゼラン海峡を過ぎ太平洋を横断し、モルッカ島に向かって航行中、大風にあって九州に流れ着いた。 のち徳川家康の信任を得、外交顧問となった。 また、航海術、天文学、造船術にもすぐれ、伊豆伊東で西洋帆船を造った。 三浦郡逸見村に250石を与えられ、三浦按針とよばれた。 按針とは、水先案内人のことである。 按針は、元和6年(1620)長崎県平戸で亡くなった。 この墓は按針と妻女をとむらうもので、遺言によってこの地に建てたと伝えられている。 この墓石の形態は宝篋印塔といい、凝灰岩でできている右塔が按針の墓、 安山岩でできている左塔が妻の墓である。
 (横須賀市教育委員会)
史跡の永久保存
1. 私達は、ウイリアムアダムス、日本名「三浦按針」とその妻の墓を永久保存するため、 西暦1996年(昭和41年)に塚山公園保存会を設立して以来、清掃奉仕を継続しています。
2. 毎年4月には、横須賀市主宰の四大国際式典である三浦按針祭が盛大に開催されます。 日英両国民の友好の証しとして、この史跡を大切にしてください。
 (横須賀市西逸見町、県立塚山公園保存会)
塚山公園
按針塚から石段を降っていくと塚山公園が広がっています。 見晴台・港の見える丘・富士見台・鹿島台などがある広い公園です。 また桜の名所にもなっていて、シダレザクラ・ソメイヨシノ・サトザクラ・ヤマザクラ・オオヤマザクラ・オオシマザクラなど、 多くの桜の木が植えられています。 毎年4月上旬には「さくら祭」が催されるようです。 この公園は、かながわの景勝50選「塚山公園」としても選ばれているようです。
県立 塚山公園のさくら
シダレザクラ
(枝垂桜)
落葉の高木で、小枝が枝垂れます。葉は開花後に展開し、若芽は常緑茶色です。 花序は散形状で数花からなります。3月下旬〜4月上旬に白色一重の花を開きます。
ソネイヨシノ
(染井吉野)
江戸染井村の植木屋から広まったので、この名前がつきました。 エドヒガンとオオシマザクラからできた品種といわれ、成長が早いので、明治末には全国に広まりました。
サトザクラ
(里桜)
ふつうヤエザクラというとこのサトザクラのことで、仲間全体をさしていう名前です。 八重がいっしょに咲きます。
ヤマザクラ
(山桜)
陽当りのよい山の斜面などに生えるヤマザクラは、春、若葉と同時に白い花を咲かせます。 昔から吉野山のヤマザクラは勇名です。樹皮は細工物や薬に利用します。
オオヤマザクラ
(大山桜)
落葉の高木で樹形は広卵状または球状となります。4月上旬に淡紅色で一重の花を咲かせます。 四国山脈などにも分布しますが、通常関東以北に自生します。
オオシマザクラ
(大島桜)
伊豆地方特産のサクラで白い花をつけます。この葉を塩づけして桜モチをつつみます。 じょうぶで生長も早いので他のサクラの台木に使います。
見晴台
先ずは見晴台に登って景色を楽しみましょう。 こんもりとした高みに向かう階段を登っていくと、石畳になった見晴台に着きます。 ベンチも幾つか設置されているので、景色を眺めながらひと休みしていきましょう。 真ん中にある案内図によると、東には猿島・走水・房総半島が、南には大楠山・横浜横須賀道が、 西には富士山が、北には横浜市金沢区・長浦港が見えるとのことですが、 残念ながらこの日は富士山は見えませんでした。
港の見える丘
公園の先の方には港の見える丘があります。 花壇の先にはベンチが幾つか設置されていて、正面には横須賀港などを見渡すことができます。 「丘」といっても特に高くなっている訳ではありません。 横浜市中区にある「港の見える丘公園」と名前がよく似ていますが、もちろん別物です。
富士見台
富士見台もこんもりとした高みになっていて、西側を見渡すことができます。 畠山や森戸川を取り巻く東尾根の辺りなのでしょうが、詳しくはよく分りませんでした。
鹿島台
塚山公園からは、京浜急行の安針塚駅や逸見駅へ降る方が近いのですが、 今回は田浦駅(JR横須賀線)まで歩いていくことにしました。 道標「JR田浦駅」に従って舗装された広くて緩やかな道を進んでいくと、 左手にこんもりとした鹿島台があります。 横木の階段を登っていくと、小さな広場になっていましたが、 ベンチなどは設置されていませんでした。 周りにはサクラの木が植えられていて、解説板も設置されていました。 周りの樹木が邪魔をしていて眺めはそれほど良くはありませんが、 横須賀港を見下ろすことができました。
十三峠
尾根筋の高台に緩やかな道が続いています。 作業場や野菜直営所や電波塔などを過ぎていくと、竹林のある辺りで山道が左手に分かれていく所があります。 標識などは見当たりませんでしたが、地図に載っている十三峠はこの辺りになるのでしょうか。 その山道を少し覗いてみると、しっかりとした山道になっていて谷の方へと降っていくようでした。 横浜横須賀道路の辺りへ降りて行けるのかも知れません。
左手の道
後日に左手の道を歩きました。 尾根を越えて谷筋へ降り、畠山から降りてきた道と合流して、山中町の横須賀ICへと続いています。 (「十三峠」を参照)
火の用心
山火じをなくそう。  (北消防署)
十三峠配水池
この辺りは陽当りがいいのか、沿道の畑にはみかんが栽培されていました。 それらが季節の野菜などと一緒に直売所で売られていたりします。 美味しそうだったので一つ買っていきました。 右手に横須賀の街並みや海などを眺めながら少し進んでいくと、左手の上に長浦3丁目公園があります。 遊具などが設置された小さな公園です。 「東長浦自治会 十三峠防災庫」というのもありました。 先ほどの山道のあった辺りはやはり十三峠という名前のようです。 公園を過ぎて緩やかに降っていくと、左手の高台に横須賀市水道局の十三峠配水池があります。 水色の特異な形をした設備がありましたが、柵がしてあってそばへ近づくことはできませんでした。
薬師寺
配水池を後にして少し降っていくとT字路があります。 そのすぐ手前に薬師寺があります。 入口にはロープが張られていて入ってはいけなくなっていました。 覗いてみると「相模国東山長誠院 薬師寺」という看板が掛かっていました。 鐘楼や仏像などもありましたが、今では使われなくなったのかひっそりとしていました。
T字路を左手の方へと進んでいきます。 右手に横須賀の海などを眺めながら坂道を降っていきます。 「田浦泉町26・39方面」への分岐を見送って更に降っていくと、道が二手に分かれています。 道なりに左手へ降っていっても田浦駅へ行けそうでしたが、 手元の地図によると、右手の道の脇にある細い道を進んでいくと、 尾根筋を通って田浦駅のそばまで道が続いていそうだったので、その道へ入っていきました。
(左手の道は「十三峠」を参照)
竹林を過ぎ畑地のそばを過ぎて細い道を降っていくと、民家の前で道が二手に分かれています。 正面の道が田浦駅まで続いているのだろうと思って進んでいくと、民家に庭先へ出てしまいました。 残念ながら尾根筋を通る道は諦めて、この右手に続く階段を降っていきました。
結構急な階段で、手摺りも設置されています。 切り通しのような所を過ぎていくと民家の脇を降るようになります。 2分ほど降ってくと長浦町五丁目の住宅地へ降り立ちます。
ながかまトンネル
すぐ先を左折して住宅地を50mほど進んでいくと、左手に「ながかまトンネル」があります。 このトンネルを通って、長浦町から田浦町へと抜けていきます。 かなり長いトンネルですが真直ぐなので出口が見えていて安心して歩いていけます。 車止めがしてあるところをみると、歩行者専用のトンネルなのでしょうか。 しかしトンネルの向こう側には車止めはありませんでした。
トンンルを抜けた先にあるT字路を右折して住宅地の中に続く道を進んでいきます。 200mほど進んでいくと、国道16号の上り車線に出ます。 この付近では、国道16号は上り車線と下り車線とが別々の道路に分かれています。 右手のすぐ先にある田浦駅バス停を過ぎた所にT字路があります。 その道に入って真直ぐ進んでいきます。
田浦(たうら)駅
国道16号の下り車線の田浦駅入口の信号を渡った先に田浦駅(JR横須賀線)があります。