野毛山公園
散策:2005年10月下旬
【街角散策】 野毛山公園
概 要 野毛山公園は桜木町の西側の小高い丘にある公園です。 園内には緑地や広場の他に動物園もあって、獣や鳥などの多くの動物と出会うことができます。 広場にある展望台の上に登ると、桜木町から関内にかけての街並みを見渡せる景色が広がっています。
起 点 横浜市 日ノ出町駅
終 点 横浜市 野毛山動物園前バス停
ルート 日ノ出町駅…野毛山遊園地…野毛山貯水池…展望台…サンクガーデン…芝生広場…ロケット広場…野毛山動物園…野毛山動物園前バス停
所要時間 1時間50分
歩いて... 1951年に開園した当初は「野毛山遊園地」と呼ばれていたようです。 遊園地の地下に配水池が出来たため、今では遊戯機械はなくなって静かな広場になっています。 散策地区もあって、都会の中のオアシス的存在の公園です。
関連メモ 野毛山公園
コース紹介
野毛山遊園地
日ノ出町駅(京浜急行本線)の改札を出ると、左手の先に日ノ出町交差点があります。 そこを左へと続く横浜駅根岸道路を進んでいくと再び信号があります。 そこを左折してその先の左手に続く野毛坂を登っていくと野毛山公園に着きます。 公園の中央に野毛山動物園が、東側には緑地帯が、南側には展望台や広場などがある野毛山遊園地があります。
野毛山公園発祥の由来
野毛山公園は野毛の浦(芒の浦とも書く)一帯を含む戸部村に属し、 地勢は複雑で変化に富んだ丘陵地を占め、その周囲は約1,700米、面積93,000平方米であった。 藩政時代は神奈川奉行領地で、その後、本市の巨商茂木惣兵衛(野沢屋)、原富太郎(亀善)氏が競って 別荘を構えたところであるが、関東大震災のため潰滅をしたので、 隣接の市水道浄水池、市公舎、病院跡などを併合し国費をもって施行した公園である。 大正14年6月22日起工、大正15年9月18日開園したもので、回遊式日本庭園、 優美な沈床花壇をもつ洋風庭園、展望台のある折衷庭園と三区三様の特徴ある都市公園であった。 戦後は22年まで接収され、23年から旧日本庭園の部分に動物園施設を、旧洋式庭園に児童遊園が造営され、 この二地区を併せて野毛山遊園地として広く県内の幼少児童のメッカとして親しまれていた。 なお公園内には第4回国体夏季大会会場として、天皇・皇后両陛下の御臨席をいただいた市営野毛山プールがある。
 (西区観光協会)
野毛山動物園
野毛山公園の中央部には昭和26年(1951)に開園した動物園があり、 24のコーナーに別れて、キリンやライオンや猿など親しみのある動物をはじめ、 は虫類や鳥類など色々な動物が飼育されています。 日本特産のミヤコタナゴも飼育されていて、この春に生まれたという稚魚が水槽で沢山泳いでいました。 小動物と触れ合える広場もあって、家族連れで賑わっていました。
ミヤコタナゴ
ミヤコタナゴは、わが国特産の体長3〜5cmほどの淡水魚で、 丘陵地帯や平野部のきれいなわき水が流れる川や池に生息しています。 オスは産卵期になると、体側は赤紫色の輝きを増し、 ヒレはだいだい色に黒の縁取りがはっきりするという特徴があらわれます。 4月から7月にかけてが産卵期で、メスは卵をマツカサガイなどの二枚貝の中に産みつけふ化させ、 稚魚は1ヶ月ほど貝の中で生活します。 関東地方の千葉県・栃木県・埼玉県などの一部の地域にのみ生息が確認されていましたが、 各種開発による環境の悪化によって生息場所は狭められ、 昭和49年に天然記念物として種の指定が行われました。 横浜市内でも昔は小川や池でよく見られましたが、すでに絶滅したものと考えられていました。 昭和51年、港北区勝田町の権田池(ごんたいけ)で発見されましたが、 この池は宅地開発のため埋め立てられましたので、ミヤコタナゴを別の場所に移し保護飼育をしてきました。 市民の皆様に施設の完備したこの動物園で公開することになり、 自然に近い状態で放流出来るように試験中です。