歴史と緑の散歩道
散策:2005年08月下旬
【街角散策】 歴史と緑の散歩道
概 要 歴史と緑の散歩道は、横浜市鶴見区の駒岡町の兜塚から獅子ケ谷市民の森にかけての丘陵の尾根に続く4.5kmほどの散歩道です。 かつては「鎌倉街道下の道」ともいわれ、周辺では貝塚や古墳なども発掘されている歴史の道でもあります。
起 点 横浜市 上末吉バス停
終 点 横浜市 菊名駅
ルート 上末吉バス停…兜塚…浅間神社…四辻…梶山橋…五輪供養碑…三ッ池公園…庚申塔…駒岡稲荷社…駒岡不動尊…常倫寺…二ッ池…下谷広場…庚申塔…下明神社…光明寺…本覚寺…上明神社…旭台広場…地蔵尊…宗泉寺…菊名駅
所要時間 3時間50分
歩いて... 散歩道の周りはかなり宅地化が進み、往時の面影も薄れがちだったのが少し残念でした。 今回は、全部で23ある散策ポイントの中の15ポイントを訪ねることができました。 近くには三ッ池公園や獅子ヶ谷市民の森もあるので、一日かけてゆっくりと散策するのもいいでしょう。
関連メモ 獅子ヶ谷市民の森, 三ッ池公園, 駒岡中郷市民の森, 三ッ池公園, かぶと塚ふれあいの樹林
コース紹介
上末吉(かみすえよし)バス停
鶴見駅(JR京浜東北線)の東口から、[13]綱島駅前行きバス、[13]新横浜駅前行きバス, または,[13][42]一の瀬行きバスにて13分、バスの便は頻繁にあります。
バス停の先にある上末吉歩道橋の下を過ぎていくと、 真ん中に石段の付いた坂道が左手へと登っていきます。 ここが「歴史と緑の散歩道」の起点になります。 そばには大きな「解説板」が設置されています。 散歩道のコース図も載っているので、勉強がてら一読していきましょう。 この「歴史と緑の散歩道」は駒岡町の兜塚から獅子ケ谷市民の森にかけて、 緑多い丘陵の尾根をたどる全長約4.5kmの散策路で、 かつては「鎌倉街道下ノ道」とも呼ばれた重要な街道だったようです。 コースの周辺にある史跡や寺社など23ポイントが紹介されていますが、 今回は散策コースに近いポイント(太字の箇所)を中心に訪ねました。
1.兜塚、2.浅間神社、3.駒岡八幡神社、4.正行寺、5.梶山遺跡、6.四辻の地蔵、7.五輪供養碑、
8.庚申塔、9.駒岡稲荷社、10.横穴古墳、11.長松寺、12.駒岡不動尊、13.常倫寺、14.光明寺、
15.庚申塔、16.下神明社、17.長屋門、18.上神明社、19.車地蔵、20.本覚寺、21.地蔵尊、
22.宗泉寺、23.八幡神社
「3.駒岡八幡神社」と「4.正行寺」は後日に訪ねました。 (「かぶと塚ふれあいの樹林」を参照)
坂道を登り始めると、「歴史と緑の散歩道」の案内標識が右手に立っています。 周辺のコース地図と解説文が書かれています。 同じような案内標識がコースに沿って要所に設置されているので、確認しながら歩いていきましょう。
鶴見川から尾根道へ
ここから三ッ池公園の脇を通り、獅子ヶ谷市民の森へかけて、丘陵をのぼりおりしながら、 そのたびに新しい風景をくりひろげてくれる尾根道が続いています。 今わたしたちが立っているところは、その一方の入口になります。
道標の上のこんもりとした緑の中に、浅間神社と兜塚があります。 古墳からは縄文・弥生式土器や、竪穴住居址が発見されています。 また、兜塚という名には伝説があります。 江戸城を築いた太田道灌は、ある夜、白鷲が彼の兜をさらっていった夢をみたため、 その時泊まった加瀬での築城を思いとどまりました。 その夢の中で白鷲が兜を落とした場所が兜塚と呼ばれるようになりました。 兜塚にあがると、鶴見・川崎の街並みがひらけてきます。 そこには、鶴見川がゆるやかに流れています。 この川は、わたしたちの瀬勝に深いかかわりをもってきました。 豊かな水の流れは、昔は両岸にひろがっていた田畑をうるおし、 今はわたしたちの心をやわらげてくれます。 水面にはねる魚や、空を舞い岸をつたう野鳥が目を楽しませてくれます。 兜塚から続く雑木林の下には駒岡八幡神社があり、そこから緑にそって歩くと、正行寺があります。
兜塚
案内標識を過ぎた少し先で、右手に登っていく横木の階段があります。 そばには「兜塚」と刻まれた石柱も立っています。 階段を登っていくと、ほどなくして兜塚があります。 塚が外向きに立っていてなかなかうまく写せませんでしたが、何とか全体を収めることができました。
兜塚古墳跡
兜塚は、外形が兜の形をした古墳で、高さ5.8メートル、直径30メートルあり、 副葬品などから古墳時代後期(6世紀)頃のものといわれています。 昭和6年(1931)頃、長慶天皇(1368〜1383)の陵墓だという説がおこり、 県当局よりの指示で、石野瑛、山田寅元、池谷健治らが、発掘を試みたところ礫床を発見し、 瑪瑙の勾玉・水晶の切子玉・青銅渡金の金環など数点が発見されました。 その後、昭和26年と40年にも調査をしています。
兜塚伝説
長禄元年(1457)、太田道灌が江戸城を築き、江戸を中心とした支城を構築するため、 各地をみて回った時、加瀬の台(川崎市幸区)にも城を築こうとして一夜を過ごしました。 その夜、夢の中で、どこからともなく飛んできた鷲が、道灌の兜をさらって飛び去り、 この丘の上に落として行きました。道灌はこれを不吉として加瀬の台に城を築くのをあきらめ、 後にこの地を夢見ヶ崎と名づけました。 鷲が兜を落とした丘に兜を埋めたので、兜塚といわれるようになったと伝えられています。
 (鶴見区役所)
浅間神社
兜塚から戻るようにして伸びる小尾根に続く階段を進んでいくと、ほどなくして浅間神社があります。 社は小振りの木造でしたが、鳥居の先にある狛犬は真新しそうでした。 社の裏手は樹木が途切れていて、鶴見の街並みを見渡すことができました。
このこんもりとした森は「かぶと塚ふれあいの樹林」になっていて、 長さ250mほど、面積1.5haほどの小さな森です。 ガケ崩れのため道路へ一端降りてまた登っていくことになりますが、この先の富士見の丘まで続いています。 駒岡八幡神社はその懐に包まれるようにして鎮座していますが、今回は訪れずにおきました。
駒岡・梶山緑地保全地区について
当地区は下末吉台地に位置する丘陵地で、市街地の中に遺された貴重な緑として、 平成8年に約2.9haが「緑地保全地区」に指定されました。 兜塚古墳など歴史的文化遺産も豊かであり、 市ではこの樹林を地域のみなさんのふれあいの場として活用していただくため 「ふれあいの樹林」としても指定しました。 みんなで美しい樹林に育てていきましょう。
 (横浜市)
かぶと塚ふれあいの樹林
この樹林は土地所有者のご厚意により、横浜市がお借りしているものです。 ゴミを捨てず、みんなで美しい樹林に育てましょう。
 (かぶと塚ふれあいの樹林愛護会、横浜市)
森から元の坂道に降りてその先へと緩やかに登っていきます。 左下に企業のグランドを見ながら2分ほど進んでいくと、道が左手に曲がるようになります。 道が降るようになる所にあるY字路を、右手へ真っ直ぐに進んでいきます。 分岐の少し手前には「歴史と緑の散歩道」の案内標識が立っていますが、 解説板が剥がれていて図や文字は何もありませんでした。
真直ぐに5分ほど進んでいくと、左手に送電線の鉄塔「島崎線No.9」が立つ分岐があります。 最初にあった案内図によると、この左手の辺りに梶山遺跡があるはずだがと思って少し探ってみましたが、 結局見つけることは出来ませんでした。 諦めて右前方へ続く道を進んでいくと、右下に戻るようにして降っていく石段を見送った先で 道が二手に分かれています。 角には「歴史と緑の散歩道」の案内標識が立っています。 その案内図に従って左手の道を真直ぐに進んでいきます。 ここから四辻までは分岐が沢山あって分り難いので、ここにある案内図をよく覚えておきましょう。 メモ帳に書いたりデジカメで写しておくと参考になります。
野の草花と昆虫
春、あたたかな陽ざしを受けてやわらいだ土が匂いたつ頃、 畑には、大根・キャベツ・春菊の花が咲き、 畑の道では、春の七草に数えられるナズナ・ハコベ・ホトケノザなどが可憐な花をつけます。 農作業をする人の影が揺れる陽炎の中を、モンシロチョウやモンキチョウが舞いはじめます。 さなぎで冬を越したものが新しく生まれたのです。 この頃から、小さな昆虫がたくさん姿をみせるようになります。 あたりの緑が青空にくっきりと映えるようになると、もう夏。 シオカラトンボやムギワラトンボが飛びかいます。 草むらから、トノサマバッタやナナホシテントウムシが飛びたち、キリギリスの鳴き声も聞こえてきます。 秋には、特にたくさんの虫の鳴き声が聞かれます。 コオロギ・ウマオイ・クサヒバリ・カネタタキなどです。 雑木林では、ミズキ・クヌギ・シラカシ・シロダモなどの木が葉をおとし、 季節の移りかわりを教えてくれます。 季節の中で、多くの生きものたちが、草や木と深くかかわって生きているのです。 わたしたちのまわりにある残された緑はかけがえのないものです。 付近の寺社には、イチョウ・スダジイ・イヌツゲ・ツガキなどの木が、 名木古木として昔から大切に守られつづけています。
左手への分岐を見送って直進していくと右手から道が合流していきます。 その先で左手から道が合流してきます。 その分岐を右前方へ緩やかに登っていくとすぐに道が二手に分かれています。 そこを左手へ入って100mほど進んでいくと変則的な十字路があります。 少し戻るように伸びている左手の道へ曲がっていきます。
50mほど先にあるT字路を右折して100mほど進んいくと少し降るようになってきます。 緩やかに右へ曲がっていく角に左手へ分かれていく道があるので、そこへ入っていきます。 その道の右手の電柱には「駒岡三丁目3番地」、 左手の石垣には「梶山一丁目6番地」の番地表示があるので確認しておきましょう。
四辻
少し登り気味の坂道を進んでいくと、中央に手摺りのある石段が現れます。 その石段を降っていくと四辻があり、その左手には地蔵様が立っています。 ここにも「歴史と緑の散歩道」の案内標識が立っているので参考にしましょう。
石の仏たち
道のかたわらにひっそりと立つ石の仏たち。 見すごしがちな石仏たちも、よく見るとさまざまな表情をしています。 やさしい顔、おだやかな顔、ほほえんでいる顔、怒った顔。 ひとびとはどんな思いをこめて、こうした石仏をたてたのでしょうか。 今も、ひとびとの思いを、石仏たちが静かに語りかけてくるかのようです。 わたしたちがよく見かける石仏には、地蔵尊、庚申塔、馬頭観音などがあります。 地蔵尊は、死者を供養するため、また、苦しみから救われることを祈願してたてられたものです。 昔は、村のはずれは街道のかたわらに立って、村人や旅人を静かに見守っていました。 庚申塔は、病魔を掃い除くといわれています。 本尊は青面金剛(しょうめんこんごう)といいます。 ほとんどは足下に三猿が刻まれています。 馬頭観音は、頭上に馬の頭をいただいています。 馬の保護神として、特に農村で信仰されました。 散歩道の近くには、今もいくつかの石仏たちがたっています。 長い年月、風雨にさらされてすりへってしまった地蔵。 胸に子供を抱いて、しっかりと立っている地蔵。 草むらの中で足を組んで、静かにすわっている阿弥陀像。 石仏たちの前には季節の花が供えられ、心やさしいひとびとの手で、今も守りつづけられています。
梶山橋
四辻からの正面の緩やかな坂道を登っていきます。 真直ぐに進んでいくと、環状2号(県道17号)の上に架かる梶山橋があります。 橋を渡り左手に送電線の鉄塔「新-大11号」を見ながら坂道を登っていきます。
五輪供養碑
右手に曲がっていくと、左手から道が合流してきます。 道を合わせて右手へと進んでいきます。 右手の畑地の先には鶴見の街並みが広がっていました。 橋を渡ってから200mほど進んでいくと、左手には五輪供養碑が並んでいました。
五輪供養碑の由来
仏教で宇宙萬象を生成する地水火風空五種の要素で五大を現した供養碑である。

この五輪供養碑は旧上末吉村字梶山の住人山田弥衛門の建立した供養碑で、 旧鎌倉街道ぞいに残る数少ない遺跡のひとつで、鶴見区役所の行った歴史と緑の散歩道の 整備の一環として鶴見土木事務所の御協力により整備完成したものである。
 (施主 山田樹造)
三ッ池公園
五輪供養碑を後にしてその先へと入っていくと、三ッ池公園の一角の「あそびの森」に着きます。 少し先にある自由広場に案内図があるので参考にしましょう。 広場や遊び場などがある広い公園で、多くの家族連れなどが思い思いの休日を楽しんでいました。 「花と香りの滑り台」は子供たちには大人気のようで、順番待ちの長い列が出来ていました。 三ッ池公園は文字通り三つの池を中心とした公園です。 あそびの森の下にはその中の一つである「中の池」があるので降りていってみました。 池の向こうには赤と白に塗られた塔がありました。 形が東京タワーに似ていて、「あれ?どうしてここに東京タワーが…」などと一瞬思ってしまいました。 かなり広くて風情がありそうな公園なので彼方此方と散策してみたいところですが、 今回は三ッ池公園の散策が目的ではないので、余り長居はせずに後にしました。 公園の出口にも「歴史と緑の散歩道」の案内標識が立っていました。
三ッ池公園
道沿いにつづいている林は三ッ池公園です。 ここからは広大な緑を一望することはできません。 ちょっと立ち寄ってみましょう。 木立ちをぬって細い坂道をくだると、池のほとりに出ます。 ここから見渡すと、公園全体がすりばちのようになっているのがわかります。 その底に、豊かな樹林に囲まれて、三つの池が心和む静けさをたたえています。 "三ッ池"はその昔、水田の灌漑用水池としてつくられたものです。 公園内には百数十種の樹木が茂り、中でもサクラは1500本を数え、 春には、一面の花でかすみがかかったようになります。 この池には、ツツジ、ハナモモ、ツバキの種類が特に多くあります。 また、花だんには四季折々の花が咲き、公園には花の絶える時がありません。 ここはまた、野鳥の楽園にもなっています。 池をめぐるジョギングコースや林の中の歩道を歩いていると、 木の間を飛びかう小鳥の鳴き声を耳にします。 春から初夏にかけては、ウグイス・シジュウカラ・メジロの美しい声が聞かれます。 秋から冬にかけては、ツグミ・ホオジロ・ハクセキレイなどが、 一年を通しているモズ・オナガ・ムクドリに混じって、にぎやかに鳴いています。 冬になると、マガモ・カルガモ・オナガガモの群れが渡ってきて、のんびりと池で憩う姿がみられます。
公園を出た所にある変則的な十字路を真直ぐに進んでいくと、道が少し狭まってきます。 軽く下った先にあるT字路を右折して坂道を降っていくと、道がカーブしている角に降り立ちます。 ここを右手へ曲がっていきます。
庚申塔
50mほど進んでいった所にある駒岡内町第二公園の先を左手へ曲がり、 その直ぐ先にあるT字路を右折していきます。 少し先で左手に分かれていく道を見送って真直ぐに進んでいくと再びT字路があります。 角には祠に入った庚申塔がありました。 道の右手には「稲荷社」と刻まれた石柱と鳥居が立っているので、ちょっと立ち寄っていきましょう。
駒岡稲荷社
鳥居をくぐり、その先の短い石段を登っていくと駒岡稲荷社の社殿があります。 こじんまりとした境内に静かに佇んでいました。
元の道へ戻ってその先へ進んでいくとすぐにT字路があります。 そこを左折して真直ぐに進んでいくと県道111号(鶴見獅子ヶ谷通り)に出ます。 ここにも「歴史と緑の散歩道」の案内標識が立っています。 そこを右折して100mほど先の交差点を直進していくと、 すぐに「駒岡不動尊」と刻まれた石柱が立つ分岐があります。
信仰にまつわる伝説
駒岡歩道橋をわたり、右に進むと長松寺があり、まっすぐに進むと常倫寺が見えます。 長松寺の裏山には、山海行者の碑がのこされています。 伝えられるところによると、幼い頃から仏道にはいった山海行者は、 60歳を過ぎて修行をしたあと、はるばる長松寺にやってきました。 そして、境内の古い穴の中で、16日間念仏を唱えつづけて即身仏になったということです。 長松寺の大日堂は、山海行者の遺言によって建立されたものといわれ、 駒岡では今も大日講がおこなわれています。
常倫寺参道の江戸時代の石橋を渡って山門をくぐると、いちょうの大木がそびえたっています。 その昔、駒岡村を治めていた旗本の家に子供が生まれましたが、母親は乳が一滴も出ず、 子供はやせ細っていきました。そこで両親は常倫寺に詣で、乳の出るように一心に祈りました。 すると、いちょうのこぼから乳が滴りました。 毎日この乳を飲んだ子供は立派に成長したということです。 以来、このいちょうは乳母いちょうと呼ばれ、信仰をあつめました。 常倫寺本堂の廻廊に梵鐘がつりさげられています。 最近まで、付近の農家では、この鐘の音で農作業の時間を知ったといいます。 常倫寺のならびに駒岡不動尊があります。 二匹の小さな犬の石像が置かれています。 また、常倫寺につづく山林に端には、駒岡神明社があります。
駒岡不動尊
その道へと入っていくと、コンクリート壁を割って続く石段があります。 その石段を登っていった所に駒岡不動尊がありました。 引きがなくて正面からでは全体が収まらないので、斜めから写しました。
常倫寺
駒岡不動尊の境内を左へ進んでいき、その先の石段を降りると、常倫寺の境内に着きます。
常倫寺の史跡と伝説
久志本氏歴代の墓碑  久志本氏は、今の三重県度会郡久志本の出身で、 元は神主でのちに徳川家康の侍医として召し抱えられました。 宝永3年(1706)久志本常勝は、五代将軍綱吉の病気を治療し、 武蔵国橘樹郡、都築郡のうち八百石の采地(領地)を賜わり、総知行高二千石となりました。 久志本氏歴代の墓所は、本堂左手の急な照光坂を昇った所にあります。 墓域に立って、大きな常倫(常勝の父)の墓を中央に、一列に建ち並ぶ墓碑を見ますと、 江戸時代中期からこの地を治めてきた殿様のお墓ということが感じられます。
梵鐘  本堂の回廊に吊り下げられている梵鐘は、元禄6年(1693)2月、 時の地頭小田切土佐守直利が、父美作守須猶の追善供養のために寄進したものです。
乳母銀杏  境内の乳母銀杏には次のような伝説があります。 江戸時代に久志本左京亮常倫の妻が身ごもって、一子常勝を産みましたが、お乳が一滴も出ませんでした。 思い余った夫婦は、この寺に詣で、乳の出るよう一心に祈願しました。 すると、銀杏の木の乳房のように垂れ下がった先端から、真っ白な乳がしたたり落ち、 この乳を飲んで常勝はたくましく成長しました。 それ以来、この銀杏は乳母銀杏と呼ばれ、乳の出ない母親は、この銀杏に祈るようになったということです。 なお、現在この銀杏は、横浜市の名木古木に指定されています。
 (鶴見区役所)
二ッ池
山門をくぐって石段を降り、「常倫寺」と「駒岡不動尊」と刻まれた石柱を過ぎていくと、先ほどの県道111号に出ます。 そこを左折してその先の交差点を直進していきます。 先ほど県道111号へ出てきた路地を見送ってその先へと進んでいくと、 交差点から400mほど行った所の正面に二ッ池があります。 魚でもいるのでしょうか、子供たちが何人かで糸を垂らしていました。 その少し手前にも「歴史と緑の散歩道」の案内標識が立っています。
二ッ池の水鳥
二ッ池はもともと、灌漑用水池としてつくられたもので、 池の水は長い間、駒岡・獅子ヶ谷の田畑をうるおしてきました。 豊かな水をたたえる池には、バン・コアジサシ・オオヨシキリ・ササゴイなどの水鳥がやってきて、 わたしたちの目を楽しませてくれます。 バンはハトより少し大きく、黒みがかった体と茶色の羽をしています。 特徴は、美しいかっ色のくちばしと黄緑色の長いあし、葦の近くに見えかくれします。 コアジサシは、黄色いくちばしと足が、白い体によく映える鳥です。 長い翼でひらひらと飛び、時おり、水面に急降下してえさをつかまえます。 オオヨシキリは声を聞いてみましょう。 葦の穂先で、ギョシギョシとにぎやかにさえずっています。 ササギも飛んできます。サギの仲間です。 カラスより少し大きめで、灰色の体をしています。 これらの鳥は、いずれも4月から10月に見かけられる夏鳥です。 一年中姿を見せてくれるものには、カイツブリとアヒルがいます。 カイツブリはのんびりと水面を行き来し、時折、ちゃばんと音をたてて水にもぐったりしています。 ひとなつっこいアヒルは、あたりをよちよち歩きまわったり、泳いだりしています。
池を眺めながら右手へと曲がっていくと、もう一つの池があります。 こちらの池には葦が一面に生えていました。 すぐ隣にあるのに先ほどの池と随分と様子が違うものです。 そばにあった看板によると、緑化事業としてハナミズキが植えられているようで、 この二ッ池は獅子ヶ谷池とも呼ぶようです。
危険
池の中に入ってはいけません。 ゴミ類を捨てないでください。
 (獅子ヶ谷池管理者、鶴見警察署、鶴見消防署)
水はいきているものにとって大切なものです。 でも、人のいのちをうばうこともあります。 みんなで注意しましょう。
 (鶴見消防署、獅ヶ谷管理者)
池の先の二ッ池交差点を左折していきます。 二ッ池バス停を過ぎていくと、右手に坂道が分かれていきます。 角にあるゴルフ練習場を見ながら、この急な坂道を登っていきます。 この登り口にも「歴史と緑の散歩道」の案内標識が立っています。
水辺の生きもの
水辺には、アシ・ガマ・オモダカなどの水草が生えています。 春になると、水中でくらしていたトンボの幼虫のヤゴが、水辺の草にはいあがって羽化しはじめます。 すると、かわしらしいイトトンボが姿をあらわし、やがて、トラフトンボ・シオカラトンボ・コシアキトンボ・ ギンヤンマなども見られるようになります。 トンボのとびかう水辺を、カエルが元気にはねたり泳いだりしています。 カエルは両生類といって、水中でも陸でも生活しますが、 子供のオタマジャクシは池の中で育ちます。 目を池の中に向けてみましょう。 コイ・フナ・ウナギなどの魚といっしょに、水の中にも昆虫がくらしています。 水の中でくらす昆虫も酸素を呼吸をするので、からだには空気をとり入れておくしくみがあります。 ゲンゴロウは腹がふくらんでいて、うしろ足が大きく、水中生活に適した体をしています。 ガムシは水中でくらしながら、泳ぎがうまくないという変わった虫です。 水面をチョロチョロと、すばやく泳ぎまわるミズスマシもゲンゴロウの仲間です。 長いあしで、スイスイと水面を泳ぐのはアメンボです。 水辺には、このほかにもたくさんの動物がくらしています。
ゴルフ練習場と老人ホームの間にある急坂を登り切って左手へ曲がっていくと、 すぐに右手の森の中へと降っていく階段があります。 角には「階段を下り下谷広場へ」と書かれた道標が立っています。
獅子ヶ谷町光明寺地区急傾斜地崩壊危険区域
この区域内で、のり切、掘削、伐採等を行なう場合は、知事の許可が必要ですから、 左記へ問い合わせて下さい。
 (神奈川県横浜治水事務所)
防ごう がけ崩れ災害!!
このようながけは危ないです。
・はりだしている  ・割れ目がある  ・浮き石がある  ・雨水が集中する  ・わき水がある  ・傾斜30度以上
県ではがけ崩れの防止工事を行っています。
 (神奈川県横浜治水事務所)
階段を降って森を抜けて民家の間を進んでいくとT字路があります。 ここにも「歴史と緑の散歩道」の案内標識が立っています。 それに書かれた案内図によると、散策路はここを左手へ曲がっていくのですが、 右手に少し行くと庚申塔や下明神社があるようなので、立ち寄っていくことにしました。
獅子ヶ谷市民の森
このあたり一帯に広がる森は、獅子ヶ谷市民の森です。 マツ・スギ・ヒノキ・エゴノキなどの樹木の茂る間をぬっていくつかの小道がめぐっています。 緑のうっそうとした坂道、木もれ陽のゆれる平らな道、田園風景の開ける尾根道がつづいています。 夏は森がいちばんにぎやかな季節です。 木は緑の葉をひろげ、花ばなが咲きみだれ、たくさんの昆虫が活発に動きまわります。 ふりしきるようなセミの大合唱の中を歩いていくと、目の前を、 ミドリシジミやウラナミアカシジミなどの蝶が飛び、あたりの花にとまったりします。 花には、ほかにもタテハチョウや、カミキリムシ・コガネムシなどもやってきます。 樹液の出る木には、カブトムシ・クワガタムシ・カナブンなどが群がってしるを吸っています。 夕方には、道の上をいったりきたりするオニヤンマの姿を見られるかもしれません。 近くの下明神社の草はらには、たくさんの野草が生い茂っています。 一面のヤブカンゾウとともに、ヒガンバナ・ノギク・ヒメジョン・ススキ・ウド・オオマツヨイグサ・ オオバコなどが咲きみだれます。
下谷広場
右折して100mほど進んでいくと、左手には獅子ヶ谷市民の森の一部の下谷広場があります。 森から散策路が降ってきていて、降り立った所が下谷広場になっています。 テーブルやベンチが設置されていて東屋もあります。 小さな池のそばにはトイレも設置されています。
獅子ヶ谷市民の森鳥獣保護区区域図
この区域は鳥獣の捕獲が禁止されております。 鳥獣の保護にご協力を御願いします。
 (神奈川県)
庚申塔
下谷広場をやり過ごしてそのまま直進していくと、左手に曲がって角に庚申塔が立っています。
下明神社
庚申塔の左手から奥へと続く草原を直進していくと鳥居があります。 その鳥居をくぐり短い石段を登っていくと、赤い色をした下明神社があります。 社殿の前は短い夏草で覆われていました。
参拝の作法
心を込めてお参りしましょう。
二拝(深い礼を二度します)
二拍手(拍手を二度します)
一拝(深い礼を一度します)
 (神奈川県神道青年会創立五十周年記念)
光明寺
先ほどのT字路まで引き返してその先へと進んでいくと、右手に曲がった所に光明寺があります。 短い石段を登り山門をくぐっていくと本堂があります。 境内には六地蔵などもありました。 境内には芝生が敷きつめられていて綺麗になっていました。 板で出来た黒猫の人形が各所に置いてありました。 猫の屎尿避けなのでしょうか。
犬・猫を捨てないで下さい
大切な命です。 最後まで飼ってあげましょう。
光明寺を出てその先へと坂道を登っていくと、舗装道路は終わって山腹へ向かって石段が始まります。 そばに案内標識などはありませんでしたが、この石段を登っていきます。 石段を3分ほど登っていくと住宅地へ出ます。 出た所にある左右へ伸びる道を右手へ曲がっていきます。
30mほど先にあるT字路を左折し、その先を右へ曲がっていきます。 畑地や民家の点在する丘の上の道を進んでいきます。 獅子ヶ谷市民の森の展望台への道を右手に分けて、更にその先へと進んでいきます。 坂道を緩やかに降っていくと、先ほどの石段を上がってから500mほどの所に十字路があります。 ここは獅子ヶ谷市民の森の尾根筋の真ん中辺りになり、獅子ヶ谷市民の森の案内板も立っています。 右手の道を降っていくと下神明社がありますが、このすぐ左下に本覚寺があるので先ずは訪ねていきます。
市民の森利用者のみなさまへ
市民の森は、山林所有者の方々と契約し、市民の憩いの場として整備、開放しているものです。 利用される方はこのことを御理解いただき、下記のことに注意して大切に利用してください。
・歩行中の喫煙など、火災の原因となる行為はやめましょう。
・空き缶などのゴミは持ち帰りましょう。
・犬のフンは飼い主が責任をもって始末しましょう。
・風紀を乱したり、他人に迷惑になる行為はやめましょう。
・住宅に隣接した道や広場もありますので、大きな音を立てるなど周辺の住宅に迷惑のかかる行為はやめましょう。
・生物や植物を大切にしてください
 (横浜市緑政局、獅子ヶ谷市民の森愛護会)
本覚寺
左手の坂道を降っていくとすぐに本覚寺があります。 境内には大きな地蔵菩薩もありました。 お地蔵さんの写真を撮っていると、本堂の扉が開いて「こんにちは」との声が…。 本堂の掃除をされていたらしい御かみさんが声をかけてくれたのでした。
天台宗 本覚寺
称号真如山 成就院 本覚寺
本尊大日如来木坐像
開創天和3年(1638)
開山権大僧都法印 尭弁和尚
開基獅子ヶ谷村 名主 横溝五郎兵衛
宗派天台宗(天台法華円宗)
総本山滋賀県 比叡山 延暦寺
祖師高祖(中国)天台大師 智禅師
宗祖(日本)伝教大師 最澄上人
教義一隅を照らそう(伝教大師御聖訓より)
経典法華経を主とし総ての大乗経典を敬う
被災昭和20年5月29日以来仮堂
再建昭和63年5月29日落慶
祈願世界平和
 (當山 住職、檀信徒)
天平和地蔵大菩薩
一、釈迦牟尼如来の付属を受けて
二、此の世に出でし地蔵尊
三、地獄の責苦を代わりに受けて
四、飢えに苦しむ餓鬼共救う
五、あわれ畜生みちびき給い
六、わめき争う阿修羅をさとす
七、生死に迷う人間助け
八、清浄世界の天人を度す
九、南無地蔵願王尊、合掌礼拝み名唱え
十、此の世次の世しあわせにみつ
南無地蔵願王尊(三回くり返し)
真言(おん、かかか、びさまえい、そわか)
この六地蔵の下は、お地蔵様にお守りされながら
安らかに永眠出来る共同のお墓です。
當山代々住職が永代供養をいたします。
 (真如山 本覚寺)
先ほどの十字路まで戻ってその先へと降っていきます。 左手に分かれていく道を見送って進んでいくとY字路があります。 左手の道を緩やかに降っていき、その先の竹林を回り込むようにして右手へ曲がっていくと、 民家の脇に石段があり、その先には鳥居が見えてきます。 石段を登っていくと、その鳥居のそばに「明神社」と刻まれた石柱が立っていました。 鳥居の先には三体のお地蔵さんが並んでいました。 真ん中のお地蔵さんには以前には頭の部分が乗っていたようですが、この時にはなくなっていました。
上明神社
鳥居の先にある石段を更に登っていくと上明神社がありました。 「この先の公道 行き止まり(Uターン出きません)」の標識が立っていますが、 先ほどのY字路の右手の道を進んでいくと、直接この境内に来ることもできます。
旭台広場
元の十字路へ戻り、道標「新池広場へ」に従って、その先へと尾根道を進んでいきます。 すぐの所に「歴史と緑の散歩道」の案内標識が立っていましたが、 解説板が剥がれていて図や文字は何もありませんでした。 暫く進んでいくと、右手の森へ降っていく道があります。 そばにある道標によると「灰ヶ久保広場へ」となっていますが、 道標「旭台広場へ」に従ってそのまま真直ぐに進んでいきます。 民家を過ぎ畑地を過ぎていくと、獅子ヶ谷市民の森の南端にある旭台広場に着きます。 ここにも大きな「解説板」があります。 この散歩道の最初の起点にあったのと同じ内容が書かれています。 また「歴史と緑の散歩道」の案内標識も立っていました。
森の野鳥
森の中へ細い道がつづいています。 市民の森をめぐる小道です。 森には四季おりおりの野鳥が訪れ、季節の移りかわりをいきいきと感じさせてくれます。 このあたりでは、特に秋から春にかけて、たくさんの野鳥が姿を見せます。 メジロ・モズ・ハクセキレイ・ホオジロ・カシラダカ・ツグミ・タヒバリ・ウグイス・アオジ・ シジュウカラ・コジュケイ・オナガなどが、葉を落とした樹木の間に、近くの畑にと飛びかいます。 メジロは全身緑色の小型の鳥です。 おたがに仲良く協力しあっていて、えさをうばいあうようなことはしません。 木の枝に肩を寄せあって並んで、楽しそうに押しあっていることもあります。 また、甘いものが好きで、先まで細長いくちばしをじょうずに使って、 冬に咲いているツバキの花の蜜をなめてまわる姿を見かけることもあります。 モズは、秋になるとともに、キョンキョンキリキイと鋭い声で、あたりの静けさを破ります。 小さい生き物をつかまえて食べるモズは、冬の間のえさをたくわておくため、 つかまえたバッタ・コオロギ・トカゲなどのえさを、木の枝などに串ざしにしておくことがあります。 ハクセキレイは、もともとは水辺の鳥ですが、この森もえさ場になっているのでしょうか、 時おり姿を見かけることがあります。
案内標識に書かれたコース地図に従って、旭台広場の先へと進んでいきます。 灰ヶ久保広場への道を見送って、獅子ヶ谷市民の森の外側を回り込むようにして5分ほど進んでいくと、 右手に畑地が広がるようになります。 その手前にあるT字路に「歴史と緑の散歩道」の案内標識が立っています。 この標識が、今回の散策で見かけた最後の「歴史と緑の散歩道」の案内標識になります。 これまでにはなかった色付きの案内図もありました。 ゴール地点の菊名駅までのルートが示されていますが、 今回は宗泉寺を訪れていくので、少し違う道を歩いていきます。
うけつがれてきた風景
丘陵一面をおおう段々畑では、古くから大根が栽培されてきています。 春には白い素朴な花をつけ、美しい緑の縞模様をおりなします。 野菜の取り入れが終わり、秋になるとたちのぼる煙や色づいた柿の実が、 静かな山里のたたずまいをみせてくれます。 段々畑と反対側の道を進み、坂をくだると宗泉寺が見えてきます。 入口に「不許葷酒入門内」の碑をかかげるこの寺は、あたりの静かな環境に囲まれて、 落ちついたふんいきをたたえています。ここにもいくつかの石仏があります。 大きな、古い狛犬のすわっている八幡神社へは、宗泉寺から上の宮中学校の脇道をのぼります。 さて、この道標から左手に進むと、もうすぐ港北区にはいります。 区境の道を右に折れて、環状2号線を越えると熊野神社があります。 古くは周辺の広い地域にわたって信仰され、長い参道があったといわれます。 たくさんの古木につつまれてうっそうとした境内には、いかにもふさわしい、神聖なふんいきがただよっています。 歴史と緑の散歩道は、この道標から、段々畑を左にのぞみ、 獅子ヶ谷市民の森へ、さらに、三ッ池公園方面へ、新しい風景をくりひろげながらつづいています。
地蔵尊
案内標識ではすぐ左手に道があるように書かれていますが、実際にはこの畑地の先に分岐があります。 「灰ヶ久保広場」への道を見送り、道標「菊名方面へ」に従って真直ぐに進んでいきます。 畑地の端っこまでくると、十字路に地蔵尊が立っています。 これまでにあった案内標識によると、ここが「歴史と緑の散歩道」の終点になるようです。
十字路を左折していくと、正面には塀に囲まれた区域に樹木が沢山生えた所が見えてきます。 これが宗泉寺になりますが、入口はここを右手から回っていった先にあります。 塀沿いに進み車止めを過ぎていくと、道は降るようになります。 小さな「上の宮雨水調整池」のそばを過ぎていくとT字路に出ます。 その左手すぐの所に宗泉寺があります。
猫が他人に迷惑をかけないよう、飼い主はきちんとしつけをして飼育しましょう。
 (横浜市)
宮雨水調整池
この池は、大雨のとき、雨を一時貯水して、下流へ少しずつ流し、 河川の氾濫を防ぐ大切な役目をします。
きけんですから、なかへははいらないでください。
 (環境創造局 水・緑管理課、鶴見土木所)
宗泉寺
石仏が建ち並ぶ石段を登っていくと宗泉寺の本堂があります。 境内はかなり広くなっていて、「宗泉寺マップ」というのがありました。 それによると、本堂以外にも客殿・庫裡、書院、茶室、羅漢庭園、観音堂、水子・子育地蔵などがあるようです。 また本堂の前には御影石でできた摩尼車がありました。 廻すとご利益があるとのことなのでちょっと廻してみました。 あっ、「念仏を唱えながら…」というのを失念していたので、ご利益の方はお預けでしょうか。
摩尼車
摩尼宝珠は世界を明るく照らし出し、それを持つ者の願いのままにどのような宝物でも出してくれるばかりか、 病や苦しみさえも取り除く力をもつといわれ、衆生救済のシンボルとされている摩尼車です。 ナムアミダブツと唱えながら静かに廻して下さい。
 (縁峯山主)
ほほえみを 心に持てたら 顔に出せ
顔に出せたら 言葉にも 出してぼらんよ
家だって 明るくなるよ 世の中も
宗泉寺から引き返して先ほどのT字路を進んでいきます。 左へ曲がってその先の十字路の正面にある坂道を登っていきます。 200mほど進んでいった所のT字路を左折していくと、住宅の間に細い階段があります。 その階段を降って真直ぐに150mほど進んでいくとT字路があります。 そこを左折してその先の十字路を右折していくと広めの道に出ます。 そこを左手に進んでいくと県道2号に出ます。
菊名(きくな)駅
信号を渡って正面の道を少し進んでいくと菊名駅(東急東横線)があります。 階段を登ってその先へ降っていくとJR横浜線の菊名駅もあります。