最明寺史跡公園
散策:2005年04月下旬
【低山ハイク】 最明寺史跡公園
概 要 最明寺史跡公園は丹沢の南西にある高松山の東側にある公園です。 緩やかな丘陵が続くこの一帯は松田山とも呼ばれていますが、 緩やかなコースにはこれといったピークはありません。 コースの途中からは丹沢の峰々を始め、相模湾から箱根・富士山を見渡せる素晴らしい景色が広がっています。
起 点 松田町 新松田駅
終 点 松田町 田代向バス停
ルート 新松田駅…籠場交差点…最明寺史跡公園登り口…ゲート…チェックメイトカントリークラブ…六夜の松明…林道最明寺線分岐…最明寺史跡公園…高松地区…375番鉄塔…最明寺史跡公園分岐…寄自然休養村…田代橋…田代向バス停
所要時間 4時間50分
歩いて... 舗装道路を歩く部分がかなりありますが、自動車はほとんど通ってはいきません。 息が切れるような箇所もなくて、気分も爽やかに散策を楽しむことができます。 この付近は桜の名所にもなっているようで、沿道には沢山の木が植えられていました。
関連メモ 高松山北尾根, 最明寺史跡公園
コース紹介
新松田(しんまつだ)駅
新松田駅(小田急小田原線)の北口から歩いていきます。
JRにて…
松田駅(JR御殿場線)も隣接しているので、電車の本数は少ないですがJRで来ることもできます。
改札口を出た先にあるJR御殿場線のガードをくぐっていくと十字路があります。 角に花屋さんがあるので目印にしましょう。 ここを右折して民家の間に続く道を進んでいきます。
4分ほど進んでいった所にある十字路を直進していくとT字路があります。 T字路の右手すぐの所に小田急の線路をくぐるガードがあります。 その手前から左手へ続いている道へと入っていきます。
籠場交差点
国道255の高架の下をくぐって真直ぐに進んでいくと、正面に東名高速道路の高架が見えてきます。 県道72号に出た所に籠場交差点があります。 横断歩道を渡って、その先へ続く国道246号を進んでいきます。
ちょっと寄り道…
東名高速道路の高架をくぐっていくと、すぐ左手にゴルフ練習場への道が分かれていきます。 ここが最明寺史跡公園への登り口なのかと思って入っていきました。 坂道を登っていくとゴルフ練習場の駐車場があり、その右手から登っていく坂道が続いています。 坂道を登っていくとやがて細い山道へと変わってしまいました。 その先へも続いているように思えましたが、今回は国道まで引き返してその先へと進んでいきました。
最明寺史跡公園登り口
川音川沿いに続く国道246号を5分ほど進んでいくと、左手に広い道が分かれていきます。 道の上には「7km←最明寺史跡公園」の案内標識が架かっています。 角には「チェックメイトカントリークラブ入口」の看板もあります。 ここから広い道をカントリークラブを経て最明寺史跡公園へと登っていきます。 広くてしっかりとした道ですが、通っていく自動車は殆どありません。
広い道を5分ほど登っていくと、右手に曲がっていくと所に工務店の作業所への道が左手に分かれていきます。 試しにこの道へ入っていくと、谷筋にある作業所の前を通ってその先へと続いていました。 先ほどのゴルフ練習場の右手から続いていた道とつながっているのかも知れません。
山火事用心!
 (足柄上消防組合)
広い道を15分ほど登っていくと「チェックメイトあと3km」の看板があります。 その先の「最明寺史跡公園5km」の道標を過ぎていくと、樹木の間からは丹沢の山々が見えるようになってきます。 更に8分ほど進んでいくと、右手が開けた場所があります。 丹沢の峰々を見渡すことができるので、しばらく眺めていきましょう。 この辺りの沿道には桜の木が沢山植えられています。 花の季節は過ぎていましたが、満開になると綺麗なことでしょう。
「チェックメイトあと2km」の看板を過ぎ、大きく左へ曲がりながら登っていきます。 「最明寺史跡公園4km」の道標を過ぎていくと、再び樹木が途切れて景色が広がっている所がありました。 丹沢の山々の手前には、頭高山から渋沢丘陵へと続く山並みを見渡すことができました。 その向こうには相模湾や江ノ島や三浦半島までも見えていました。
ゲート
左手に渋沢丘陵などを眺めながら広い舗装道路を更に進んでいくと、車止めのゲートがあります。 ここからがカントリークラブの敷地ということなのでしょうか。
ご案内
PM7:00⇒AM7:00
上記時間は閉鎖されますのでご注意下さい。
 (チェックメイトカントリークラブ)
発砲厳禁!!
ここは銃猟禁止区域です!
 (神奈川県)
山桜などが咲く道を更に進んでいくと、ゲートから7分ほどで道がなだらかになってきます。 右手にはゴルフコースが広がっていました。 その先には丹沢の山々が広がり、左手には冠雪した富士山も頭をのぞかせていました。 上空ではハングライダーが幾つも大空を舞っていました。 トビが上昇気流に乗って舞うように、気持ち良さそうに大空に円を描いていました。
立入禁止
関係者以外の立ち入りはご遠慮下さい。 事故等につきまして当方は一切責任を負いません。
 (チェックメイトカントリークラブ)
チェックメイトカントリークラブ
コースの池を過ぎ、金網沿いの平坦な道を進んでいくと、チェックメイトカントリークラブのクラブハウスがあります。 国道246号にあった最明寺史跡公園登り口から1時間20分ほどで到着しました。 クラブハウスへ入っていく道の手前で、最明寺史跡公園への道が左手に分かれていきます。 角には「最明寺史跡公園←入口2km」の道標が立っています。
最明寺史跡公園 開園時間
日曜祝日5月〜10月 9時〜18時
11月〜4月 9時〜16時
平日10時〜16時
※臨時に休園することもあります。
クラブハウスの手前から最明寺史跡公園を目指し、広い道を更に進んでいきます。 少し降り気味の道を数分進んでいくと左手の視界が開けてきて、箱根などを見渡すことができるようになります。 10分ほど先の右手へカーブしていく所からは邪魔するものが少なくて、素晴らしい眺めが広がっています。 左手には小田原の街の向こうに相模湾や真鶴半島が、正面には箱根の山々が広がっていました。
右手の奥には冠雪した富士山の雄姿を望むことがでました。 この日は天候にも恵まれて久しぶりに見た綺麗な富士山の姿に、 時の経つのも忘れて何枚も何枚も写真を写したのでした。 箱根外輪山越しに見る富士山というのもまたいいものです。
六夜の松明
素晴らしい景色を堪能したら、広い舗装道路をその先へと進んでいきます。 数分ほど進んでいくと、この地区に伝わる「六夜の松明」の由来を記した石碑が道路の脇にありました。 松明に寄せる人々の篤い想いが伝わってくるようです。
松明の由来
雲の峯が崩れ、夏も終わりに近づく頃、松田山の頂きに夜空を焦がして108体の松明が灯される。 いつの頃、誰が、どういう理由で始めたか、それは定かではない。 松田城主と家臣が落城のとき、農民が道案内に送り火を焚いたとか、 害虫を山頂に集め、西郡(今の足柄平野一帯)四万石の五穀の豊饒を願う農民の素朴な祈りが篭められていたとか。 小田原藩主が城楼から望んで暑気を払ったとか、度重なる酒匂川の出水による犠牲者慰霊のためとか、 いづれにせよ108という数が仏教の108煩悩に関連し、8月26日の晩景に彩りを添える「六夜の松明」には、 人々の心の奥にものの哀れを訴えずにはおかれないものがあります。 私達は、今日まで長い間に亘り、この美しき伝統を松田の誇りとして永々と心を籠めて守り続けてまいりました。 願はくばこれを後世に伝え、六夜の灯が夏の夜空の松田山の頂きから絶えることの無きよう、 後に続く人々の有ることを信じ心より祈るのであります。
 (松田庶子六夜会)
石碑を後にしてその先へと進んでいくと、道は緩やかに降っていくようになります。 10分ほど進んでいくと、左手に曲がっていく角に「寄自然休養村」の道標が立っていて、細い山道が分かれていきます。 その山道は見送って、道標「最明寺公園」に従って、道なりに広い道を曲がっていきます。
林道最明寺線分岐
綺麗に咲いた山桜を愛でながらS字形に曲がる道を降っていくとT字路に出ます。 角に立つ道標によると、左手は「自然館3.5km 50分」、右手は「最明寺史跡公園0.3km 10分」となっています。 案内板によると、左右に続く道は林道最明寺線というようです。 右手にある小さな駐車場の左手から降っていく道を進んでいきます。
(左手の道は「最明寺史跡公園」を参照)
利用者の皆さんへ
この道路は森林施業を行うためにつくられた林道です。 森林関係者以外の車両の通行は遠慮して下さい。 林道は、安全施設が完備されておりませんので、利用者は次の事を厳守し、安全走行を心掛けて下さい。
・走行速度は時速20km以下で走行して下さい。
・降雨時等の走行は避けて下さい。
・ゴミの投棄や土石、植物の採取をしないで下さい。
※事故等については一切責任は負いません。
 (松田町)
最明寺史跡公園
山桜の咲く坂道を緩やかに降っていくと、左へ曲がっていく角に最明寺史跡公園の管理事務所があります。 そこから最明寺史跡公園へと入っていきます。 クラブハウスへの分岐から40分ほどで到着しました。 公園に入ってすぐ右手には古代の瓦焼窯の跡がありました。
(左手へ降っていく道は「最明寺史跡公園」を参照)
からさわ古窯跡群
古代瓦焼窯跡
これは、今から1200年位前(奈良時代)の屋根瓦を焼いた松田町庶子にあった、からさわののぼり窯です。 昭和43年東名高速道路新設工事の際発見されましたが、再び57年より、上り3車線の高速道路拡幅工事のため、 取りこわされることになりました。 こののぼり窯は町の指定文化財であるので再調査したところ四基発掘されました。 神奈川県内でも大変珍しいのぼり窯であり、永く保存したいという願いから、 道路公団の協力を得て第三号窯を移築したものです。 一番下の所は焚口で燃料を燃やすところです。 (おそらく松の木が多く使われたと思われます) 奥の方は階段になっていて、九段あり、そこに瓦を置いて焼いたわけです。 中央の天井の部分は、自然にくずれ落ちたものですが、中が見えるように修復はいたしません。 一番上には穴があり煙突の役目を果たしたと思われます。 全体の長さは約7メートル、幅は約2メートルです。 のぼっていく角度は45度位あります。 窯の規模からして1回に屋根瓦を150枚から200枚位は焼くことが出来たと思われます。 この窯跡から発見された瓦と同じ瓦がここから約8キロメートル離れた小田原市千代の奈良時代に建てられたおいう 廃寺の跡から発見されているので、その寺をつくる時の屋根瓦をからさわで焼いたことがわかります。 運搬するには舟で酒匂川を利用したと思われます。 発掘された遺物は松田町教育委員会に保存されています。
 (松田町教育委員会、東海自動車道改築松田町内遺跡調査会)
公園に入った所に最明寺史跡公園案内図があるので参考にしましょう。 公園内には幾つかの散策路が巡っていますが、 今回は桜林から展望地を経て、寄自然休養村へと向かっていきます。 公園には池があったり、色々な花木が植えられていて綺麗に彩られていました。 丁度昼時になったので、ベンチに腰掛けて昼食タイムにしました。 桜の季節は過ぎていましたが、公園内では何組かの花見客が宴を催していました。
最明寺跡
人里離れた山中で、密教の奥義を追求する真言宗の名刹として鎌倉時代の承久3年(1221)、 松田郷を治めていた大庭平太景義がこの地に招いた源廷という僧侶が、現在地(海抜447m)に 建立したものである。(当時・西明寺) その後、文明元年(1469)隣りの大井町金子に移転しており(現・最明寺)、なぜ移転したかなど謎も多い。 毎年4月10日には、庶子地区の信徒により「最明寺祭り」(供養の行事)が盛大に行なわれ、 極めて仏縁の深い地である。 現在では、うっそうと茂る山林の中で石碑や不動尊が静かに往時のたたずまいを残している。
 (松田町役場都市計画課)
池のそばの短い石段を登っていくと最明寺の由来を記した石碑が建っていました。
最(西)明寺跡の由来
伊豆山の別当浄連上人源延は、夢のお告げを受け 信州善光寺の一光三尊全光寺如来の尊像を模写して 越前の仏師海縄にたのんで金銅の仏像を鋳造して 承久3年(1221)松田の郷庶子山に安置し、寺を 西明寺といった。 源延は源頼朝の重臣加藤左衛門尉実長斎といい、 出家して、天台の澄憲の門に学び、のちに伊豆山の 別当となって活躍した。第二世覚阿上人円淨の時に 最明寺入道北条時頼は、善光寺如来を深く信仰し 寺領一千五百石を寄進したので、この時寺門は隆盛 であったと伝える。 大陣・文明の戦乱にため西明寺は次第に衰えた。 文明年間、鎌倉八正寺宮尊賢親王は、弟子の賢昌を 住持として寺の復興を計ったが、山道険しく、人馬 ともに困難であるため、寺を全予の郷に移した。 庶子山西明寺の旧地は、庶子村の信徒にまもられ 数百年の間、毎年4月10日の施餓鬼会と善光寺如来 の戸ごとの巡行供養が行なわれきた。 その後、松田町庶子戸主会、現在の庶子自治会が 継承して昭和の今日に至っている。
 (松田町教育委員会)
池の右手から続く散策路を進んでいくと、突き当たりに「松田山みどりの風自然遊歩道」の案内板がありました。 最明寺林道からこの公園を経て寄自然休養村までのコースが紹介されています。 ここから寄自然休養村までは90分とのことです。 今回歩いてきたコースも枝コースとして図示されていました。
松田山で見られる野鳥と野草
ホトトギス さえずり:キョッキョキョキョキョキョ
カッコウ類でツツドリよりも小さく、胸の横縞は太くて粗い。 目は褐色で周りは黄色で雌に希に赤色型がある。 平地から松田山や寄の山中までのいろいろな林に生息するが、繁殖記録は少ないという。
アオバト さえずり:アオーアオー
キジバトと同じくらいのハト類で、頭から胸は緑色みのある黄色。 背から尾にかけては暗褐色。腹は白く、脇から下尾筒に暗色の斑がある。 くちばしと目の周りは青い。雄は雨覆がブドウ色で、雌は緑色をしている。
メジロ さえずり:チィチィチュチィーチィーチィー
目の周りに白いアイリングがある小鳥。 のどは黄緑色、上面は暗い黄緑色でスズメよりも小さい。 平地から松田山や寄の山中までのいろいろな林に生息する。
ホオジロ さえずり:チョッチョッスチョホイック
体のわりには尾が長く、体は茶色っぽく黒い縦すじがある。 顔は白く、雄は目先から頬に至る部分と喉に黒い線がある。 雌は褐色である。明るい林や河原のススキ原などに生息する。
ヒヨドリ さえずり:ヒーヨヒーヨ
全滝的に濃淡のある灰色をし、頬の部分が赤っぽく、頭羽がぼさぼさしている。 秋冬にはツバキなどの花の蜜を吸ったり、モチノキなどの木の実や、キャベツ、ハクサイ、 春夏にはセミやトンボなどの小動物も食べる。
コゲラ さえずり:ギィーッ、ギィーッ
スズメくらいの大きさで、体は黒褐色と白のまだら模様で、腹側は白い。 雄には顔の後ろに小さな赤斑があるが、野外では見分けにくい。 他のキツツキ類と同様に「タラララ」と木を叩く。
カワラヒワ さえずり:キリキリキリコロコロ、ビィーン
雄は全身が緑褐色で、太い肉色のくちばしと翼の黄色い模様が目立つ。 雌は全体に色が薄く、茶色っぽい。雄が雌に給餌する。 市街地の街路樹にも営巣し、酒匂川の河原や公園で群れをなして採餌している。
ホオノキ 落葉高木で高さは20mぐらい。葉は互生し、枝先に集り長さ30cm以上になる。 若い葉は帯紅色で美しい。花は晩春、香りが高く径15cm程度。
クサイチゴ 草のように見えるイチゴの意味で、高さ20〜60cmの山野の縁などにはえる低木。 花は晩春、径4cm。果実は食用となり味と香りがよい。 葉は冬でも多少残し緑色。
ホウチャクソウ 丘陵の山地にはえる多年草。高さ30〜50cmで、葉の長さは7〜11cm。 花は春1〜2個垂れて正開しない。球状の液果は果熟する。
タチツボスミレ 山地や野原にはえる有茎性の多年草で、茎は高さ20cmぐらいになる。 花は春、葉とともに開く。 花の色や形態に変化が多く、多数の変種がある。
ノアザミ 山野に普通にはえる多年草。 茎は高さ50〜100cmで全体に白毛があり、上部で分枝する。 葉の基部は茎を抱く。花は春から夏で、時には白色花もある。
ニワトコ 山野に普通に見られる落葉低木。 葉は対生、葉状複葉は長さ15〜30cm。 花は春、新芽と同時に開く。若葉は食用、民間薬となる。
アケビ 落葉つる低木で、花は春に新芽とともに開く。 若葉や果実は食べられる。 植物を指すときにはアケビカズラと呼ぶのが正しい。
桜の木が沢山植えられた斜面を登っていくとT字路があります。 道標「寄自然休養村3.1km 1時間40分」に従って左手へ進んでいくと、再び道が分かれています。 角に立つ道標によると右手に登っていく道は「寄自然休養村」となっていて、 左手の道は特に何も示されてはいません。 公園に入った所にあった案内図に示されていたのは左手の道のように思えて、 今回は何も示されていない左手へ進んでいきました。
展望地
なだらかな道をしばらく進んでいくと、ベンチが設置された場所がありました。 左手の見晴らしがいい所で、公園の入口にあったのと同じような「最明寺史跡公園案内図」がここにもありました。 それによるとここが「展望地」のようで、ここからの眺めも図示されていました。
酒匂川が流れる足柄平野の向こうには相模湾、その右手には明神ヶ岳や金時山が見えるとのことです。 東屋も書いてありますが、この周辺には見あたりませんでした。
ハイキングコース
・寄自然休養村(田代向)へ徒歩55分
・山北町高松へ徒歩15分
・松田町内及びバス停(国道246号)へ徒歩55分
広くて歩きやすい土の散策路を進んでいくと、やがて桧林に着きます。 公園の散策路はここから左手に折れていくのですが、 角にある道標「寄自然休養村1時間20分」に従って、ここで公園と分かれて右手の森の中へと入っていきます。
森の中の山道を緩やかに降っていきます。 途中には樹木が途切れて丹沢の山並みを見渡せる所があったりします。
山道を10数分進んでいくと、道が二手に分かれています。 左手には石仏が立っています。 道標がなくてどちらへ行けばいいのか迷いますが、ここは正面の道を降っていきます。
神奈川県「水源の森林づくり」契約地(水源分収林)
水資源を大切にしましょう。
 (神奈川県農政部水源の森林推進室、神奈川県足柄上地区行政センター森林保全課)
少し広くなった道を降っていくと、公園から20分ほどで民家の前に出ます。 そこにある道標「寄自然休養村50分」に従って、右手へ続く坂道を降っていきます。
高松地区
集落を左下に見ながらS字形に降って少し進んでいくと変則的な十字路があります。 左右に続く道は高松地区の中を通っている道で、左手に行くと尺里へと続いているようですが、 角に立つ道標「寄自然休養村1時間10分」に従って、正面の坂道を左手へと登っていきます。 先ほどあった道標より所要時間が20分も増えていますが、余り気にしないことにしましょう。
坂道を登っていくと右手に分かれていく道がありますが、そのまま真直ぐに進んでいきます。 緩やかになった道沿いには菜の花が咲いていました。 花の香が漂ってきて、何だかいい雰囲気の道が続きます。 左手には富士山が見えるようになってきます。
集落の車道から8分ほど進んでいくと、道が二手に分かれています。 そばにある道標によると、左手の道は「高松山1時間」、右手の道は「寄自然休養村50分」となっています。 道標に従って右手の道を進んでいきます。
作業場の脇を過ぎてS字形に登っていくと、見晴らしが一段を良くなってきます。 山並みの向こうには富士山も綺麗に見えていました。 しばらく足を止めて、本コース最後の富士山の姿を満喫していきましょう。
少し先にX字路がありますが、道標「寄自然休養村40分」に従って直進していきます。 チップ置場を過ぎていくと、先ほどの高松山への分岐から10数分で、左手へ曲がっていく所に分岐があります。 道標「寄自然休養村・大六天30分」に従って、左手へと登っていきます。
手元の地図では「第六天」となっていますが「大六天」とも書くのでしょうか。
375番鉄塔
坂道を登っていくとすぐに送電線の鉄塔「田代幹線375」の袂に着きます。 ここで道が二手に分かれています。 そばにある道標によると、正面の広めの道は「大六天30分」、 鉄塔の右手に続く細い山道は「寄自然休養村30分」となっています。 寄自然休養村の方の道標は壊れて道に落ちていました。 ここで広めの道と別れ、鉄塔の右手に続く山道を降っていきます。
雑木林と杉林の間の山道を5分ほど降っていくと分岐があります。 木の幹に括り付けられた「マスつり場」の板切れに従って、左手へと進んでいきます。
火気に注意
 (神奈川県)
最明寺史跡公園分岐
10分ほど降っていくと、道標の立つ分岐があります。 右手の道は「最明寺史跡公園2.6km1時間50分」、左手の道は「寄自然休養村0.6km10分」、 いま降ってきた道は「山北町高松」となっています。 公園の展望所の手前にあった寄自然休養村への分岐を進んでいくと、この右手の道に降ってくるのでしょうか。 麓まではもうひと息ですが、ベンチも設置されているのでひと息入れていきましょう。 誰が置いていったのか、道標の上には赤い帽子が被せられていました。
小さな沢筋を渡って植林帯を抜けていくと、8分ほどで簡易舗装された道に降り立ちます。 そばには小さな沢も流れていて、「なかとがわキャンプ村」という看板も立っていました。 角にある道標「寄自然休養村」に従って右へ曲がっていくと、小さな橋の先に建物が見えてきます。
自然環境保全地域
自然を大切にしましょう。
建築物の新改増築、土地の形質変更等は届出が必要です。
 (神奈川県)
寄自然休養村
建物の脇を過ぎていくと、寄自然休養村にある駐車場に着きます。 高松地区から1時間ほどで到着しました。 右手には中津川が流れていて、魚釣りをしている人もいました。
お願い
木炭・まき・ドラム缶・鉄板の持ち込みは禁止です。
駐車場での事故・盗難等に付きましては、当組合は一切の責任を持ちません。
 (寄養魚組合)
田代橋
寄養魚組合会館やふれあい動物村などを過ぎていくと、虫沢川に架かる谷戸口橋があります。 橋を渡って民家が続く道を真直ぐに進んでいくと分岐があります。 左手は宮地山・シダンゴ山ハイキングコースへと続いていますが、 右手の中津川に架かる田代橋を渡っていきます。 橋を渡って真直ぐに進んでいくと県道710号に出ます。 その左手すぐの所に田代向バス停があります。
環境庁認定 ホタルの里 寄
・この川にはホタルがすんでいます。
・ホタルやカワニナなどをとらないで下さい。
・川をきれいに自然を守りましょう。
・ホタルをみんなで育てましょう。
 (寄自然休養村「ホタルを育てる会」)
田代向(たしろむかい)バス停
新松田駅(小田急小田原線)まで、新松田駅行きバスにて18分、1時間に1本程度の便があります。