泉の森
散策:2005年01月下旬
【街角散策】 泉の森
概 要 泉の森は、相模湾へ流れ込む引地川の源にある自然公園です。 その昔には川に沿って谷戸田が広がっていましたが、 今では池や湿生植物園や古民家などが整備されて、四季折々の自然観察などができる憩いの場になっています。 園内には散策路が幾つも巡っていて、森の中の散策も楽しめる所です。
起 点 大和市 鶴間駅
終 点 大和市 大和駅
ルート 鶴間駅…泉の森入口…こもれび広場…野外教室広場…水源地…泉の森売店…郷土民家園…水車小屋…しらかしのいえ…緑のかけ橋…湿生植物園…しらかしの池…台湾亭 …ふれあい広場…緑の見本園…親水広場…プロムナード…大和駅
所要時間 3時間20分
歩いて... 東名高速道路を挟んで、北側には泉の森が、南側にはふれあいの森が広がっています。 季節になると、桜やアジサイや菖蒲などの花が綺麗に咲くところです。 花の季節に合わせて訪ねてみるのがいいかも知れません。 野鳥やメダカなどにも出会うことのできる自然が一杯ある所です。
関連メモ 今のところ、関連メモはありません。
コース紹介
鶴間(つるま)駅
鶴間駅(小田急江ノ島線)から歩いていきます。
西口の階段を降りて左手へ進んでいきます。 すぐ先にあるタクシー乗場に「泉の森ガイドマップ」があります。 泉の森までの道が記されているので参考にしましょう。 マップによると、鶴間駅から泉の森までは20分とのことです。 タクシー乗場の先のT字路を右折して、旧国道246号を進んでいきます。
車道をしばらく進んでいくと、「矢倉沢往還」と刻まれた御影石の石柱が立っていました。 この旧国道246号は、その昔には往還として使用された重要な道だったようです。 矢倉沢往還は奈良時代に開かれ、箱根越えの東海道が出来るまでは官道の役割をしていたようです。 同じような石柱は、この先にも数個設置されていました。 西鶴間交差点を過ぎて更に真直ぐに進んでいくと、西鶴間歩道橋があります。 その左手の袂にひと際大きな矢倉沢往還の石碑が立っていました。 説明文はそれまでのと同じ内容ですが、往還のルートが描かれた図も載っていました。 鶴間駅の東側からこの先にある泉の森入口の先の辺りまでが、旧国道246号とルートが重なっているようです。
矢倉沢往還
この道路は矢倉沢往還と呼ばれた古道であり、江戸時代には東海道の脇往還として重要な交通路となっていました。 東京都港区青山を起点とし、南足柄市関本・矢倉沢・足柄峠へと至る街道です。 また、大山街道とも呼ばれ、江戸時代中期以降は大山信仰や富士信仰の行者が利用する道として栄えました。
この石は、全国の「大和」という市町村で構成している「まほろば連邦」の加盟国である茨城県大和村より 産出されている御影石(花崗岩)を使用しています。
石柱を後にして更に真直ぐに進んでいくと、西鶴間五丁目のT字路があります。 角には「泉の森入口」と描かれた看板が立っています。 上の方には「泉の森600m→」の看板も架かっていました。 その交差点を左へ曲がっていっても泉の森へ行けるということなのでしょうが、 今回はこのまま真直ぐに進んでいきました。 2分ほど進んでいくと、道路の右手に「←泉の森散策道」の案内標識が立っていました。 木を模した形になっていて、小鳥の人形も2羽止まっていました。 ここから左手に続く小道へ入っていきます。
泉の森入口
住宅地の路地を進んでいくと、右手に金網が続くようになります。 道なりに3分ほど真直ぐに進んでいくと、その金網も終わりになります。 その先の所で道が二手に分かれています。 正面にあるのは子安3号公園で、右手の道のすぐ先が泉の森の入口になります。 右手には「泉の森ガイドマップ」が設置されているので参考にしましょう。 森の中に幾つもの散策路が巡っていますが、今回は園内の真ん中辺りだけを歩いていきます。
自然の中での約束
・たき火や火遊びはしない。
・木やカンバン、施設等に、落書きやいたずらをしない。
・犬ははなさない。ふんの後始末をすること。
・植物や昆虫を大切にし、採取しないこと。
・散策路からそれて、林内に入らない。
泉の森鳥獣保護区
この区域は鳥獣の捕獲が禁止されております。 鳥獣の保護にご協力をお願いします。
 (神奈川県)
この区域は、都市緑地保全法による緑地保全地区に指定されています。 緑地保全地区内においては、樹木の伐採、土砂の採取その他の土地の形質の変更について 都道府県知事の許可を要します。 違反行為をした場合は、行為者が罰せられる場合があります。
 (大和市)
園名石
右手のすぐ先で、道がY字形に分かれています。 その角に「泉の森」と刻まれた大きな園名石があります。
園名石に使用されている石は、全国の「大和」という市町村で構成している「まほろば連邦」の加盟国である 茨城県大和村より産出されるみかげ石です。 建物の壁面、敷石、墓石等に数多く使用されています。
 (寄贈 茨城県大和村)
園名石
全国で「大和」と名のつく市町村で構成する「まほろば連邦」の茨城県大和村より寄贈された御影石で建立しました。 石には、当時の県知事長洲一二氏の直筆による「泉の森」の名称が刻まれています。
 (重さ17t、高さ2.4m、幅2.4m、奥行1.5m)
こもれび広場
園名石の右手には、こもれび広場があります。 吉屋信子の代表作「安宅家の人々」の舞台になった場所なのだそうです。
安宅家の人々
−神奈川県高座郡大和町…小田急の沿線鶴間駅… 積木の家のように可愛い小駅の傍らに荒物屋薬舗電気器具店、低い屋根を連ねて (町)がひとつかみぽつんと置いてある。
という書き出しではじまる小説「安宅家の人々」は女流文学者吉屋信子の代表作の一つで、 昭和26年から27年にかけて毎日新聞に連載された。 作中の安宅養豚場は旧三菱財閥の創始者岩崎弥太郎の甥輝弥により、 昭和16年から29年にかけて、この地で営まれた「子安農園立川養豚場」をモデルとしてえがかれた。 豚舎・倉庫・飼料室・管理棟などが広大な敷地に設けられ、 信子は昭和25年4月8日にここを訪れている。 「鶴間の岩崎農園へドライブ、幻の高島農園をあの松林に描かんと心決す」と日記に記し、 そしてその情景を
門内の小道の左右に高くのびた杉の木立が陽をさえぎる。 根元に羊歯が密生し、ひやりとして杉林がさながら冷房装置だった。 「まるで軽井沢ですね、あの道から入るとこの涼しさは!」
と主人公の夫譲二に語らせている。 没落しつつある安宅家の兄弟夫婦四人を中心としてえがいた家庭小説ではあるが、 主人公雅子へ、作者自身が熱い思い入れを込めて綴り、 ヒューマニズムを追求した作品ともいわれている。 昭和32年フランス・デンマークで翻訳出版。ヨーロッパにおいても高い評価を得た作品で、 作者信子も愛着をもっていた。
子安農園立川養豚場
同農園には、三菱財閥の創始者岩崎弥太郎の甥にあたる輝弥が経営していた。 はじめは東京の立川に開いたが、立川飛行場の拡張に伴い敷地を買収されたため、 昭和16年、高座郡大和村(現、大和市)の当地に新たな土地を求めて移転。 29年に小田急に売却するまで、種ブタを生産していた。 農園の敷きは約20haもあった。その一角を切り開き、鉄筋コンクリート造りの豚舎6棟のほか、 倉庫、飼料室、管理棟、従業員宿舎などが建っていた。 豚舎には運動場と水浴び場があり、飼料室とを結ぶトロッコの線路が農園の中を走っていた。 ブタのえさを煮るためのボイラーも設置され、その煙突のてっぺんは林の上に顔を出し、 遠くからでも養豚場の位置がわかったといわれる。
こもれび広場には、滑らかな曲線を描いた幅の広い丸太の椅子(ベンチ?)が幾つか設置されていました。 暑い夏場などには、この上に寝ころんでの昼寝が楽しめそうな、何とも絶妙な曲がり具合をしています。
あなたには愛犬、他人には猛犬
犬はなすこと禁ず!!
フンの始末を忘れずに!!
守れない人見かけたらお互いに注意しあいましょう。
 (泉の森管理事務所)
園名石の右手に伸びる道を進んでいくとT字路があります。 角に立つ道標によると、右手は「森のはらっぱ・アセビの道」となっています。 先ほどの入口にあったガイドマップによると、 こもれび広場の西側には森のはらっぱ・アセビの道・山野草の道・観察の森などがあるようですが、 今回は、左手の「自然観察センター(管理事務所)、売店・郷土民家園・キャンプ場」への道を進んでいきます。
自然の中でのお約束
・散策路からはずれて林内に入らないようにしましょう。
・犬を手綱からはなさないようにしましょう。
・ゴミは必ず持ちかえりましょう。
・生き物のために、公園の自然を守りましょう。
守ってください 自然の約束
) 生きものたちにも思いやり。
) ずるい人です、めずらしい植物などを取る人。
) みんなで注意、約束の守れない人。
) のぞいて見るだけ、泉の森の自然。
) 持って帰ろう、思いでとゴミ。
) 林内は野鳥達の住みか、静かにそーっと。
野外教室広場
右手に金網が続く道を進んでいくと、柵で閉ざされた水道施設への道が右手に分かれていきます。 その道は見送って正面の道を少しいくと「泉の森ガイドマップ」が設置されています。 その右手の林の中へ入っていくと野外教室広場があります。 広場には大きな円盤状の木製のステージのような物がふたつありました。 腰掛けとしても使えるのでしょうが、それならこんなに大きくなくてもいいはずです。 結局は何に使うのかは分りませんでした。 その先には泉の森野外教室があり、ベンチも幾つか設置されていました。 当に野外にある教室という感じになっていました。
水源地のしくみ
泉の森の「泉」:水源涵養林
低い丘の谷間に湧くこの泉の水は飲料水として用いられると共に、引地川の源流ともなっています。 雨水は木々をつたい、落葉や土の中に蓄えられ河川の流量を調節し洪水や渇水を防ぎます。 このことを目的とした林のことを「水源涵養林」といいます。 泉の森はそこに棲む生き物たちだけではなく、私たちにとってもかけがえのない大切な自然のひとつなのです。
生き物たちのつながり
自然の中の生き物たちは、生きていく為にそれぞれの種族が食べたり食べられたりする関係をもっています。 木の実や草を食べた小動物はさらに大きな動物に食べられ、それらの死んだ体は養分となり土へ帰り、 また植物を育てる役にたちます。 このことを「食物連鎖」といいます。 この森の中でどんな生き物たちのつながりを見ることが出来るでしょう。
水源地
野外教室の裏手は水源地になっています。 この水源地には大池・小池などがあるようですが、周囲は金網で囲われていて、中には入れないようになっています。 手前には「泉の森 引地川水源地」と刻まれた黒光りする石碑が設置されていました。
(この写真は、金網の間にカメラレンズを入れて、その向こう側を写したものです)
引地川
大和市上草柳字篠山の「泉の森」に源を発し、藤沢市内を流れ相模湾に注ぐ二級河川。
延長約21km、流域面積約67ku
水源地からは、細い流れが外へと向かっています。 ここが引地川の始りの場所なのかと思うと、何だか感慨深いものがあったりします。 水鳥が数羽、流れの中に浮かんでいました。 柵があっても水鳥には関係なくて、自由に出入りできるのですね。
流れ始めの引地川に架かる小さな橋を渡っていきます。 せせらぎ広場を右手に見ながら流れに沿って進んでいくと、散策路は国道246号の下をくぐっていきます。 道路の下にはベンチが幾つか設置されていて、休憩している人が沢山いました。
泉の森売店
国道246号の下を過ぎていくとトイレがあり、その隣には売店があります。 売店の前は少し広くなっていて、この時は新鮮野菜直売所ができていました。 直売日は土・日曜日と祝日だけとのことでした。 売店の周りでは猫を数匹見かけたりしました。 ドライフードを皿に入れてもらって食べていました。 この公園に住み着いている地域猫なのでしょうか。 この売店で「泉の森マップ」,「ふれあいの森自然観察マップ」,「泉の森周辺案内図」などをもらえるので、 散策の参考にしましょう。
売店の左手からは浅い谷戸へと降りていく道が分かれていますが後で訪れるとして、 先ずは正面の道を進んでいきます。 左手に並ぶキノコの原木やテーブルのある広場などを見ながら進んでいくと、すぐにT字路があります。 左手は「自然観察センター(管理事務所)、売店・トイレ・緑のかけ橋」への道ですが、 先ずは右手の「郷土民家園・木製遊具・ふれあいキャンプ場」への道を通って、郷土民家園を訪ねてみます。
郷土民家園
左手に駐車場を見ながら進んでいきます。森の中にある十字路を直進していくと、 やがて竹垣で囲まれた郷土民家園があります。 門をくぐって中へと入っていきます。 すぐ左手には管理事務所があってパンフレットなどが置いてありました。 この民家園では季節に応じた行事などが行われるようで、この時には、 翌週に獅子舞と餅つきがあるとの案内が貼り出してありました。
大和市郷土民家園
当民家園には市指定の重要有形文化財「旧北島家主屋」・「旧小川家主屋」が移築復元されています。 わたしたちの往時の生活を偲んでください。
開園時間 午前9時〜午後4時30分(7月21日から8月31日の夏季機関は午後5時まで)
休園日 毎週月曜日(月曜日が休日に当たる場合はその翌日)
行事 年末年始、季節に応じた行事を行っています。詳しくは係員にお尋ねください。
入園料 無料
利用上の注意 1.火災防止のため、園内はすべて禁煙です。
2.園内での飲食はできません。
3.ペット類を伴っての入園はできません。
その他 大和市の文化財関係の本を販売しています。
 (郷土民家園管理事務所)
旧小川家主屋
江戸時代中期に建てられた大和市最古の民家。 もとは上和田の久保集落の一軒として現存していましたが、昭和59年に解体保存しました。 民家そのものの外観や内部の間取り、梁組など建築空間をご覧ください。
旧北島家主屋
江戸時代末期に建てられた代表的な養蚕民家。 もとは下鶴間の公所集落の一軒として現存していましたが、昭和61年に解体保存しました。 建物の構造にみられる養蚕に備えての工夫(通風と採光)をご覧ください。
門をくぐった所に、小さな竹カゴに入れられて春の七草が置いてありました。 一つひとつに草の名前を書いた名札が添えられ、説明が書かれた小さな栞も付いていました。
春の七草
古い中国の習慣が日本に伝わり、醍醐天皇の延喜11年から正月7日に七種の若菜を調達することが公式化され、 「枕草子」にも「7日の菜を6日に人がもて騒ぐ」の記事があるように、 これら春の七草をお粥に入れてたきこむ七草粥は古くから伝わり知られています。 秋の七草が野辺に咲く美しい風情のあるものがえらばれるのに対して、 これら春の草々は、凍てつくような真冬の大地に根をおろし、 寒さにもめげずに育つその強靭な性質にあやかって、 年の初めに食してその年を元気にすごそうというものです。
旧小川家
茅葺屋根で土壁で出来た家です。 庭には早くも梅の花がほころび始めていました。 縁側には、お手玉・独楽・竹とんぼ・羽子板などの往時の遊び道具が置いてあり、 子供たちがそれを使って遊んでいました。 家の中の囲炉裏にはチロチロと火が燃えていました。 高い天井からは自在鉤がぶら下がっていました。 土間には、土製の竈や稲藁で縄を綯う機械もありました。 何だか生れ育った昔の実家を思い出したりしました。
物心ついた頃、実家には囲炉裏があって、高い天井からは自在鉤が下がっていたのを微かに覚えています。 それに鍋をかけ、薪で焚いて煮炊きをしていました。 冬場になると、体の前は囲炉裏の火で暖かいのですが、背中は寒くてゾクゾクしながら暖を取っていました。 昔の家は建て付けもしっかりとはしていなかったのか隙間風が入ってきて、更に寒い思いをしたのでした。 照明も白熱電球のほんのりとした明るさでした。 何だか貧しいようですが、家族のふれあいはしっかりと取れていて、心の中は暖かなのでした。
旧小川家住宅
この住宅は江戸時代中期(18世紀半ば)上和田の久田集落に建てられました。 市内に残っていた最古の住宅です。 屋根は茅葺きの寄棟造り、棟は杉皮をまいて竹で押さえる竹簣の子巻きです。 屋内は3室からなり、手前の広い板の間はザシキ、右奥の畳敷きの間はデエ(デイ)と呼ばれる接客の間、 左側はヘヤで寝室です。 ザシキとドマの境には1間ごとに3本の柱が立ち、いずれもチョウナ(手斧)で仕上げてあります。 柱の表面を見ればわかるように、表側に一本は丸刃のチョウナを使っています。
自在鉤(オカギサマ)
囲炉裏は暖をとり、明かりをとるほかに、煮炊きをするという重要な設備で、家族の食事、団欒の場所でもあった。 囲炉裏の火で物を煮るには、鍋や釜を上から吊す方法が古くからあった。 上に置く鍋や釜の高低で、煮物のできぐあいを調整する方法として生み出されたのが自在鉤という便利なものである。 はじめ鍋・釜は梁から下げた縄の端に鉤形になった木の枝をくくりつけ、それに掛けたのであったが、 この鉤を棒につけて竹の筒の中を通し、調節用のテコ木をつけて、 それでとめながら上下させるように工夫した。これが自在鉤のもっとも簡単なもの。 テコ木になる横木も、扇子形のもの、打出の小槌、鯛や鯉などの魚形のものなど縁起物が多い。 扇子や小槌は我が家に福をもたらせてくれるようにという庶民の願いがこめられている。 また、魚を横木の彫り物にするのは魚は水に因んで火の用心を意味した一種の呪具でもあった。
旧北島家
旧小川家よりも少し新しい時代に建てられたということで、その造りも若干新しい様式に感じました。 この家にも囲炉裏や自在鉤がありました。 暖かそうな日差しに誘われたのか、縁側で日向ぼっこをしている方を見かけました。 何だかゆっくりとした時間が流れているようでした。 旧小川家よりは私の昔の実家に近い感じがしました。
私の実家にも縁側がありました。 幼い頃、祖母と縁側に並んで、よく日向ぼっこをしていたものです。 その祖母に、いつもお菓子をおねだりしていたのを思い出します。 「もう、こんだきーだで」と言ってはくれていました。 そんな祖母が亡くなったのは、私の幼稚園の入園式の前日でした。 両親は葬儀で忙しいので、翌日の入園式には母の姉に付き添ってきてもらいました。 そんな伯母さんも、私が中学生の時に他界していまいました。
旧北島家住宅
江戸時代末期(19世紀半ば)に建てられた住宅で、下鶴間の公所集落にありました。 屋根は茅葺きの入母屋造りで、妻側の軒を高く切り上げてあります。 屋内は4室からなり、手前の板の間はイロリのある方がザシキ、座りナガシのある方がオカッテ、 畳敷きの2部屋は左側はオク、右側がナンドと呼ばれます。 北島家では建築技術の発達により、小川家にはなかった大黒柱と差鴨居が発生して、柱の立つ間隔が広くなります。 また、屋根裏は養蚕業に対応して二層に設計され、妻側には風通しや採光のための窓がつけられています。
大和の生業
市域では畑作を中心とした農耕が、主な生業でした。 境川・引地川といった河川沿いの低地には水田がみられますが、 台地の上では麦作・オカボ(陸稲)・粟・大豆等の畑作が行われていました。 また、明治中頃から養蚕が急速に広まりました。 養蚕は農家にとって大切な現金収入源となり、ほとんどの家で行っていました。
この出入口のことを大戸口(おおどぐち)といいますが、大和しないではトバグチ、トンボグチ、 トンブグチなどと呼んでいます。 大戸口の敷居は「その家の主(あるじ)の額(ひたい)」とも言われ、 敷居をふむとその家の主人をふむことになります。 今日、この民家を訪れたみなさん、ぜひこの敷居はふまずにまたいで お入りくださるようお願いします。
 (大和市郷土民家園)
民家園から売店の所まで引き返して、浅い谷戸へと降っていきます。 先ほどの水源地から流れ出た引地川が小さな滝のようにもなっていて、「泉の滝」と刻まれた石もありました。
泉の森
美しい水の湧き出る引地川の源、大和水源地一体の森は生きものたちの楽園です。 水源を守るために保全されたクヌギ、コナラ等の繁る雑木林には、ドングリが葉陰から顔をのぞかせ、 マユミ、ゴンズイ、ムラサキシキブの実が優美な色をたたえています。 また、相模野台地の昔の景観を今に残す県指定天然記念物「シラカシ林」、そして幹の美しいスギ、ヒノキの針葉樹林、 その林の下には四季おりおりの貴重な植物が数多く見られます。 イチリンソウ、キツリフネ、ウバユリの群生、水辺にはガマ、タコノアシ等の湿生植物がみられ、 清澄な水辺と豊かな緑は生物たちのオアシスです。 そこには、ギンヤンマ、アゲハチョウ等多くの昆虫が生息し、 カワセミをはじめ50種類以上の野鳥を観察できます。 大和市では、水と緑の豊かな泉の森(42ha)の自然を保全するため、 この地域を、法によって守られる「緑地保全地区」と、市民が自らの手で守る「トラスト緑地」に指定し、 市と市民が一体となり泉の森の保全に取り組んでいます。
上草柳調整池の沿革
ここはかつて、引地川に沿って谷戸田がならび、稲作が行われている土地でした。 しかし、流域の都市化が急速に進んだため、雨水などの流入量が多くなり、 水害が発生するようになってしまいました。 そこで昭和57年に、貯水池の機能をもたせてつくられたのが、上草柳調整池です。 この調整池の治水機能はそのままに、湿地の特性や、周辺樹林地が一体となった水辺空間を活かし、 多くの市民が生きた自然の姿をさまざまに学べる場、あるいは 自然への親しみを生活にとりもどす場として利用できるよう、整備しました。
 (大和市)
谷戸の中ほどには引地川の細い流れが続いています。 綺麗な水のためか、ここにはホタルが棲んでいるのだそうです。
川にすんでいる生物
きれいな川はみんなの願い
きれいなところにいる生物 ヘビトンボ、プラナリア、サワガニ、カワゲラ、ハヤ、アユ
ややきれいなところにいる生物 ヒラタドロムシ、トビケラ、カゲロウ、コイ、フナ
ややよごれたところにいる生物 ミズムシ、ヒル、ハゼ、ドジョウ
よごれたところにいる生物 サカマキガイ、イトミミズ、ユスリカの幼虫
 (大和市)
ここはホタルのための小川です。
「ホタル」とそのエサとなる「カワニナ」は環境の変化に弱いと言われており、 その生育には水系が安定し、水草と日照が確保される場所が必要です。
 (大和市)
水遊びについての注意
川の水は絶対に飲まないようにしましょう。
川で遊んだあとは、せっけんで手足をきれいにあらいましょう。
子供たちが遊ぶ川なので、ガラスなど危険なものは投げ入れないようにしましょう。
 (大和市)
この川は子供達が遊ぶ小川です。 危険ですから、ガラス・空カンなどはぜったいに投げすてないで下さい。 また、犬などの動物を近すけないで下さい。
 (泉の森管理事務所)
水車小屋
せせらぎに沿って少し進んでいくと水車小屋がありました。 水を受けて元気よく回っていました。
大和の水車
近世後半の村々では、水車を動力とした杵臼で精米、精麦、製粉などを行っていました。 市内の東部を流れる境川の用水を利用した水車は、深見地区では江戸時代の終わり頃まで、 上和田地区では関東大震災頃まで使われており、水車を持っている家のことを「車屋さん」と、 屋号で呼んでいました。 また、下和田地区には共同水車があり、「番車(ばんぐるま)」と呼ばれていました。
自然観察センター・しらかしのいえ
水車小屋の脇から広場に出て左手へ少し進んでいくと、 自然観察センターの「しらかしのいえ」があります。 泉の森の管理事務所にもなっていて、泉の森や大和の植物や昆虫・野鳥などがパネルなどで紹介されています。 ガイドマップ付きのパンフレット等ももらえるので参考にしましょう。
開館時間 午前9時から午後5時まで
休館日 毎週月曜日・年末年始(月曜日が祝日の場合はその翌日)
泉の森
泉の森は、引地川の源である大和水源地を中心に広がる、大和市の自然の核として位置づけられている森です。 かながわトラスト緑地に指定され、神奈川県・大和市・(財)かながわトラストみどり財団の三者で 豊かな自然の保全が図られています。 樹林地と水辺空間が特色である生態系を形づくり、約450種の植物や約50種の野鳥をはじめ、 生き物たちが生息しやすい環境を育んでいます。 四季折々、生き物の自然観察に最適な場所です。
ふれあいの森
ふれあいの森は、泉の森を水源とする引地川沿いに広がる豊かな自然と、 大和駅から続くプロムナードの賑わいとの接点に位置し、 水と緑と花にふれあうコミュニティーの核となる森です。 「近自然工法」と呼ばれる手法で復元された引地川では、柳と草と木々におおわれ、 川遊び、魚とりもできるようになっています。 その他、水と緑と花をテーマとしたさまざまな施設があります。
緑のかけ橋
「しらかしのいえ」の前には緑のかけ橋があります。 谷戸に架かる歩道橋になっていて、橋からは谷戸に広がる湿生植物園などを見渡すことができます。
緑のかけ橋(木製斜張橋)
この橋は、泉の森を東西に結ぶ木製斜張橋で、永さにおいては日本に実例がなく、 「泉の森のシンボル」として周辺の自然となじむと同時に、橋を渡りながら花ショウブをはじめ、 湿生、水生植物やホタル、野鳥等が観察できます。
  等級:歩道橋 支間距離:13m+27m+13m 形式:木製の斜張橋 床版の高さ:4.0m
  材質:米松集成材 高欄の高さ:1.1m 延長:53.0m 橋脚の高さ:11.9m、2脚(支間27m)
  幅員:2.0m ケーブル:太さ32mm、合計16本
この橋の形式は斜張橋といって、普通の吊り橋が空中に張られたケーブルから橋桁を吊るすのに対し、 塔から斜めに張ったケーブルで橋桁を支える構造になっています。 したがって、力学的にみても吊り橋とは異なった性質をもっています。 斜張橋は吊り橋と同じように、経済性、架設の容易さが利点とされています。 しかしその最大の特徴は美観にすぐれている点であり、ケーブルの本数や配列、塔の位置や形状などを変えることによって、 自然景観によく調和した美しい橋をつくることができます。
名前の由来
美しい水の湧き出る引地川の源、大和水源地一帯が泉の森です。 この泉の森(42ha)の貴重な自然を永久的に保存するため、都市緑地保全法に基づく「緑地保全地区」の指定と、 地権者や市民が自らの手で身近な自然環境を守る「トラスト緑地」の指定をし、 緑の保全に取り組んでいます。 この橋の名は、まさに市民と市が厚い志を一つにし、緑を守るかけ橋としての思いをこめて命名されました。
東舟翁の碑
かけ橋を渡って右手に続く小道を進んでいくと、左手に短い石段があります。 その上に東舟翁の碑がありました。
東舟翁の碑
山口家の墓地の中央には、大正10年に建てられた「東舟翁之碑」という頌徳碑があります。 その碑文により東舟翁の人となりをうかがうことができます。 山口寛一は天保7年(1836)上草柳村の生まれで、号を東舟といいました。 家は代々名主を勤めるほどの素封家で、幼少より学問を好み、 嘉永6年(1853)18歳の時に江戸に遊学し、長井岷峨の漢学塾に学び、 さらに幕府の最高学府である昌平坂学問所に学びました。 安政4年(1857)22歳のとき村に帰り、父の職を継いで名主となり、 その後、明治6年から12年にかけて神奈川県学区取締の要職につき、 この間、政治面でも戸長として活躍しています。
 (大和市教育委員会)
ここの場所 まむしに注意!!
泉の森は、貴重な自然形態を保全しているところです。 湿地や遊水地がありますので、まむし等にご注意ください。
湿生植物園
東舟翁の碑の直前にある分岐を戻るようにして右手に進んで谷戸に出ると、湿生植物園が広がっています。 今回は冬枯れの時期だったので花は咲いていなくて寒々としていましたが、 季節になると花菖蒲などが咲き乱れて綺麗な眺めになるようです。 小川を流れる水の中を見ていると、何やら小さな魚が群れを成して泳いでいました。 メダカなのでしょうか。 そんな光景を眺めていると、何だか小川や田んぼの畦道などで遊んだ子供時代を思い出してしまいました。
湿生植物園のご案内
湿生植物園は、湿地や水辺を好む植物を観察するために造られました。 田んぼや河川の土手などがなっくなってきた大和市内において、 湿地や水辺の貴重な植物が残されている場所です。 このような環境を維持し、みなさんがいつも観察できるように、 これらの植物に適する水質・水温・水深を創る保全管理をしています。 小さい花や、目立たない花をつけるものが多いですが、 普段道端では見ることができない変わった形の花や葉に気づいてください。 みんながいつまでの楽しめるように動植物を大切にしましょう。
水辺の植物たち
キショウブ 開花時期:5月。 ヨーロッパ原産の植物で、日本には黄色い花をつけるアヤメの仲間がないため、観賞用に導入されました。 繁殖力が強く、今では湿地で自生状態となって生えています。
ハンゲショウ 「半夏生」とは太陽の黄経が100度になる日(夏至から11日目)です。 この頃に花をつけることからこの名前になりました。 穂のようになっているのが、実は花の集りです。
チダケサシ 開花時期:7-8月。 チダケというきのこをこの草の茎に刺して持ち帰ったことからついた名前だそうです。 湿った場所を好んで生えます。
ミソハギ 開花時期:8月。 「みそはぎ」は「みそぎはぎ」を略したものと言われる説があります。 ちょうどお盆の時期に花を咲かせることから、別名「お盆花」,「精霊花」などとも言われます。
ヘラオモダカ 開花時期:7-8月。 葉がヘラのような形なのでこの名前がつきました。 夏に白い小さな花をたくさん咲かせます。
タコノアシ 開花時期:9-10月。 花の形がタコの足のように見えるので、この名前がつきました。 10月頃には紅葉し、「ユデダコ」のように赤くなります。
 (大和市)
花菖蒲
薄むらさきに染め抜きし 誰を待つやら花菖蒲 蛇の目の傘に身を寄せて 一人たたづむ細き肩
微笑みの心優しき面影を 露草に見る春のしずくよ 雨に濡れたるこの花に 似たる思いの我が心
 (橘 雨香)
お願い
・しょうぶ田の中に入らないでください。
・八つ橋デッキ上からザリガニや魚を釣ったり、その他の動植物を採らないでください。
・魚つり、ザリガニつりは、指定の場所でお願いします。
 (大和市)
この場所は、ハナショウブやタコノアシ、ハンゲショウが咲く「湿生植物園」として、 また、「遊びの小川」として皆さんに水に親しんで頂いています。 しかし、本来は大雨のときに引地川に流れ込む雨水を一時的に溜めておく「調整池」として整備されました。 その貯水量は約7万5千トンになります。 台風などの大雨で調整池の水位が上がると「池から離れてください」という放送が流れますので、 この放送を聞いたら速やかに池から離れてください。
湿生植物園の先へと進んでいくと、道に三脚を立てて望遠レンズ付きカメラで何やら狙っている人たちを見かけました。 レンズが向けられている先を見ても細い樹木が生えているだけで、他には何もありません。 何を写しているのだろうと思ってしばらく様子をみていると、そのうちに何羽もの小鳥が樹木に集ってきました。 なるほど、この小鳥たちを写そうとしていたのですね。 それにしても、何の特徴もありそうにもない樹木に、どうして沢山の小鳥が集ってくるのでしょうか。 この泉の森は、野鳥や植物などを観察するのにいい場所のようでした。
しらかしの池
湿生植物園の先には「しらかしの池」があります。 蘆などが生えた池になっていて、多くの水鳥や鯉などが泳いでいました。 池に突き出るようにしてある「ふれあいステージ」からは、 水鳥たちを間近に見ることができます。 この池は上草柳調整池というのが本来の名前のようです。
水辺の鳥図鑑
しらかしの池付近で見られる野鳥たちが、写真付きで紹介されていました。(詳細は省略)
カイツブリ、アオサギ、コサギ、カルガモ、パン、カワセミ、ハクセキレイ、 コガモ、マガモ、ヒドリガモ、オオパン、ホシハジロ、キセキレイ、キンクロハジロ
上草柳調整池
この調整池は、大雨の時、雨水を一時貯留し、少しづつ下流へ流す大切な役目をする施設です。 この調整池内では、次の事はかならず守って下さい。
1.雨の日には調整池内へ入らないこと。
2.警報が鳴ったら調整池の外へ出ること。
3.広場や園路以外には立入らないこと。
4.車・オートバイ・自転車は進入禁止。
 (大和市役所河川対策課)
カモやコイにエサをやる時のおねがい
みんなが気持ち良く公園を利用する為と、野生動物が自然の中で生きていく為に、ご協力をお願い致します。
1. あげるエサは麦かお茶殻か食パンにして下さい。 カモたちは草食です。 油や塩分は体によくないので、なるべく自然のものをあげてください。 スナック菓子やおせんべいはあげないでね。
2. パンは小さくちぎって水の中に投げ入れて下さい。 カモ達には歯がありません。 かみちぎることが出来ないので、水でふやかしてあげてください。
3. あまりあげすぎないように調節して下さい。 カモ達にも食べすぎは良くありませんし、残ったエサが水を汚してしまいます。 又、池には自分達で取れるエサもたくさんあります。 合言葉は「腹八分目」!
4. ビニールや入れ物はちゃんと持ちかえろう! 池に落ちたビニール袋やゴミを間違って食べてしまう可能性があります。 カモ達の安全や池を汚さない為にもゴミはちゃんと持ちかえりましょう!
 (大和市自然観察センター・しらかしのいえ)
しらかしの池の右手から回るようにして、 かながわの美林50選に選ばれている「しらかし林」沿いの道を進んでいくと、展望デッキがあります。 東屋やベンチも設置されていて、しらかしの池を眺めるのにはいい場所になっています。 デッキの横では、石焼き芋屋さんが「いしや〜きいもぉー」というあの元気な売り声をテープで流していました。
守ろうみどりのふるさと泉の森
自然の恵みを、みんなの努力で次の世代に引き継ぎましょう。
泉の森は、引地川の源、大和市上草柳大和水源地を中心とした、 相模野台地の数少ない貴重な樹林地と水辺空間が一体となった緑地です。 緑地面積約42ヘクタールにはシラカシの自然林、クヌギ、コナラ、ヒノキ等が植生し、 良好な自然環境を形成しています。 この地域は、財団法人みどりのまち・かながわ県民会議が地権者のご協力により、 かながわのナショナル・トラスト緑地として保存しております。
ナショナル・トラスト運動とは…
身近な自然や歴史的環境を守るため、住民が自らの手で緑地、建物などを取得し、 保存管理するイギリスで発祥した運動です。
 (財団法人 みどりのまち・かながわ県民会議)
しらかし林
上草柳に生育するシラカシ林は、良好な林床植生を伴うシラカシの純林で形成されており、 人間の手によって開発された現在では、相模野台地の昔の景観を今に残す貴重なものとして、 昭和42年7月21日に神奈川の天然記念物に指定されました。
水は生命の源
川をきれいにしましょう。
 (大和ロータリークラブ)
展望デッキから更に先へと進んでいくと、「手づくり郷土賞記念碑」があります。 そこを過ぎていくとすぐ車道に出ます。 その左手すぐの所にある横断歩道を渡り、その先へと続く引地川沿いの道を進んでいきます。 歩道の入口には大きな「泉の森」の看板が立っています。
手づくり郷土賞記念碑
上草柳多目的利用調整池は、平成5年度建設省主催の手づくり郷土賞「自然とふれあう水辺づくり」において、 多くの市民が水と緑豊かな自然とふれあえる場を評価され、認定されました。
 (大和市)
アジサイが植えられた引地川沿いの小道を進んでいきます。 川向こうに釣り堀が見えてくると、東名高速道路の手前に小さな橋が現われます。 その橋を渡ってすぐ右手にある「横浜19」と記されたガードをぐぐって、 東名高速道路の向こう側へと進んでいきます。
台湾亭
ガードを抜けて更に引地川沿いに進んでいくと十字路があります。 ふれあいの森はそのまま正面の引地川沿いに続いていますが、 右手の上草柳4号橋を渡った先に台湾亭があるので、ちょっと立ち寄っていきましょう。
台湾亭志
第二次世界戦中、1943年から翌年にかけて戦力補充のため、台湾の青少年約8400余名が、 この大和市に新設された高座海軍工廠に集結し、一部は実□を経て各軍需工場に配属され、 終戦まで航空機生産の一端を担い続けた。 その間、米軍による本土空襲、多数の犠牲者も出、戦後そのまま在留した者以外、 大部分は台湾に帰国したが、混乱の戦後を乗り越え、漸く落ち着きを取り戻した時、 若き日の夢を託した大和市が第二の故郷として大きく胸に育まれた。 1987年、台湾高座会が発足、1993年、日本高座会による50周年記念大会に1300余名の会員が参加し、 半世紀ぶりに旧地で再会の喜びに浸りあった。 ここに両地の親善交流を記念するとともに、世界平和への祈願をこめて台湾亭を大和市に寄贈し、 変わらざる友誼のシンボルとする。
 (台湾高座会)
ふれあい広場
十字路へ戻って、引地川沿いに進んでいきます。 泉の森とふれあいの森のガイドマップが描かれた案内板もあるので参考にしましょう。 レンガ造りの小道の先がふれあい広場です。 桜の木も沢山植えてあって春にはお花見が楽しめそうです。 こんもりとした花壇や簡単な遊具もあったりして、のんびりとした休日を過ごせそうな広場です。
護岸の今と昔
引地川は、上草柳の泉の森に源を発し、大和市と藤沢市を縦断して相模湾にそそぐ全長約21kmの河川です。 この広場の護岸は、水辺で遊ぶことの少なくなった今日、水辺に近づき楽しめる機会をもてるようにと、 自然に近い昔ながらのせせらぎを取り戻すように整備しました。 整備以前はほとんど生息していなかった魚や鳥、小動物も、将来植物が復元していくと共に戻って来ることでしょう。 この水辺で多くの皆さんが、楽しみながら川を感じ、水環境への関心をもっていただけるとともに、 ここが皆さんの憩いの場になれば幸いです。
 (大和市)
注意事項
・周辺住民に迷惑がかかる夜間(18:00〜)の集会及びバーベキューは禁止します。
・ゴミ、空き缶は持ち帰ってください。
・テーブル上でのコンロ使用禁止。
・直火によるバーベキュー禁止。
・木の枝を利用しての照明、音響設備、テント等の取付禁止。
公園の管理上支障のある行為は禁止されています。 これらの行為を行うと罰せられる場合たあります。
 (公園管理者、大和市長)
緑の見本園
広場沿いを道なりに進んでいくと十字路があります。 右手には車道の下をくぐるガードがありますが、 正面左手にある緑の見本園に立ち寄っていきましょう。 庭木の手入れ方法などの実習を行えるような、 見本生垣・ボタン園・ツバキ園・バラ園・野草園・ハーブ園など約270種2万2千本の 植物が植えられているのだそうです。 しかし、訪れたのが冬枯れの時期とあって、この時には花はあまり咲いてはいませんでした。
親水広場
車道下のガードを抜けていくと親水広場があります。 すぐの所に大きな風車がありました。 何に使われているのかの説明板は見当たりませんでした。 この広場のシンボルなのかも知れません。 風車の先には公園の案内図があるので、これからの大和駅までのルートを確認しておきましょう。
藤棚のような形の小さな橋を渡っていくと、左手に小さな滝がありました。
この滝は、おおよそ4メートルの高さがあります。 落ちると危ないから入ってはいけません!!
 (しらかしのいえ)
危険ですので滝に上らないでください。
 (大和市みどりのまちづくり振興財団)
春には全面にシバザクラが咲く誇ると言われる丘を登っていきます。 サイフォンの考え方を利用して時間とともに深さが変わるようになっている3つの池を見ながら登っていくと 十字路に出ます。角に立つ道標「大和駅」に従って、右手の道を進んでいきます。
プロムナード
少し登って左へ曲がっていくと車道に出ます。 そのまま真直ぐに進んでいくと、信号のある十字路があります。 そこから、道の真ん中に広いプロムナードが大和駅まで続いています。 両側には大きな樹木が植えられていますが、冬枯れの時期のため、すべて葉を落としていました。
まほろば連邦
宮城県大和町(ダイワチョウ)
茨城県大和村(ヤマトムラ)
岐阜県大和町(ヤマトチョウ)
島根県大和村(ダイワムラ)
福岡県大和町(ヤマトマチ)
鹿児島県大和村(ヤマトソン)
新潟県大和町(ヤマトマチ)
山梨県大和村(ヤマトムラ)
広島県大和町(ダイワチョウ)
山口県大和町(ヤマトチョウ)
佐賀県大和町(ヤマトチョウ)
神奈川県大和市(ヤマトシ)
大和(やまと)駅
再び信号を渡ってその先に少しいくと、大和駅(小田急江ノ島線)に着きます。 正面のビルの右手と左手の両方に改札口があります。