湯坂路
散策:2004年12月下旬
【低山ハイク】 湯坂路
概 要 湯坂路は鎌倉幕府によって開かれた鎌倉古道のひとつで、 箱根湯本から浅間山・鷹ノ巣山を経て芦之湯へ至る箱根越えの道として整備されたものです。 今回は、宮ノ下駅から浅間山へ登り、湯坂路を通って箱根湯本へと降るコースを歩きます。
起 点 箱根町 宮ノ下駅
終 点 箱根町 箱根湯本駅
ルート 宮ノ下駅…浅間山踏切…富士見台…富士浅間神社…千条の滝分岐…浅間山…大平台分岐…湯坂城跡…旭橋…箱根湯本駅
所要時間 3時間30分
歩いて... この日は雲が出ていて、残念ながら山頂からの眺めは今ひとつでした。 湯坂路は広くて緩やかになっていて、快適な尾根歩きを楽しむことができました。 逆コースだと湯本から浅間山まで登りが続くことになりますが、 その先の鷹ノ巣山から芦之湯までの湯坂路の全行程を歩くのにはいいかも知れません。
関連メモ 鷹ノ巣山
コース紹介
宮ノ下(みやのした)駅 (標高448m)
宮ノ下駅(箱根登山鉄道)から歩いていきます。
標高26mの小田原駅から標高448mの宮ノ下駅まで、登山電車にゴトゴトと揺られながら登ってきます。 カーブが多いので、大きなモーターの音をたて車輪を軋ませながらゆっくりと登っていきます。 綺麗に紅葉した樹木が沿線にはまだたくさんあって、紅葉を愛でながらの短い旅です。 傾斜が急なので、途中でスイッチバックを3回しながら、やっとのことで宮ノ下駅に到着します。
箱根を走る登山電車の特色
線路について
1.小田原〜箱根湯本間は小田急電車が乗り入れているため3本のレールが敷かれております。
2.箱根湯本〜強羅間の大部分が1,000分の80の急勾配のため途中3ヶ所でスイッチバックを行ないます。
3.山の中腹を巡って走っているため半径30米という非常に小さい曲線が6ヶ所あります。
4.電圧は小田原〜箱根湯本間が1,500ボルト、箱根湯本〜強羅間が750ボルトと異っております。
車輌について
1.急勾配を運転するため1台の車輌に105馬力のモーターが4個備え付けられております。
2.下り急勾配を運転するため一般のブレーキの他にレール圧着ブレーキ(非常用)が装備してあります。
3.曲線が多いため車輪とレールの摩擦による抵抗を防ぐため水を散きながら走っております。
4.急な下り勾配を運転するのに電気ブレーキを常用しております。そのために屋根の上に大きな抵抗器が取り付けてあります。
 (箱根登山鉄道)
改札口を出て左手の坂道を降っていくと、すぐに左手へ小径が分かれていきます。 角には「浅間山、浅間公園」の案内標識も立っているので、この小径を登っていきます。 浅間公園は線路と道路に挟まれた所にある小さな公園で、その案内板も立っていました。
この遊歩道で見られる樹木
ケヤキ ホウキを逆にしたような雄大な姿と秋の紅葉がみものです。 昔からオワンやウスを作るのに利用します。 今では山の大きな木は少なくなりました。
アジサイ ガクアジサイの花がすべてかざり花となった品種です。 ハイドランジアは欧米に渡り改良された品種です。
ヤマツツジ 全国の山野に広くはえるツツジで、平地でもじょうぶに育ちます。 五月ごろ赤い花をいっぱいつけ、北海道などの寒い地方では冬に落葉します。
イワタバコ 滝や渓流沿いなどの湿り気の多い岩場などに着生し、葉がタバコの葉に似ているのでこの名前がつきました。 夏に紫色の美花を開きます。
ヒメシャラ 関東から西の山林に生える落葉高木。幹がつるつるなのでサルスベリ、サルナメリの地方名もあります。 寺や茶庭などに植えられ、樹皮と花を観賞します。
サザンカ 秋から冬にかけてさくツバキの仲間。ツバキとちがって花弁が細長く、一枚ずつ分かれてちります。 原種は四国、九州、沖縄に野生しています。
この附近で見られる鳥たち
カケス 山地の林で普通。ハト位の大きさで、冬は平地にも移動する。 ごま塩頭で黒と白の翼の一部が青い。ジェージェーと鳴く。 他の鳥の鳴きまでもうまい。
ウグイス やぶやササの中にいて、姿はあまり見せない。 スズメ位の大きさで、地味な茶褐色の体。 繁殖期にはホーホケキョと鳴く。冬の地鳴きはチャッチャッ。
ニホンキジ 草原や明るい林、農耕地などに見られる。 尾が長く大型で、主に地上で生活する。 繁殖期に雄は、ケッケーッと鳴き、翼をはばたいて羽音をたてる。 日本の国鳥。
イカル 林のすむ。スズメより大きくムクドリ位。 くちばしは黄色く太い。冬は平地に降りることもあり、群れで行動する。 キョコキー、キョコキーとさえずる。木の実を好む。
 (箱根町)
石段を登っていくと線路の脇に出ます。 そこから線路沿いに続く道を進んでいきます。 右手には明星ヶ岳が間近に聳えています。 東屋の裏手から続く横木の階段を登り、その先の石段を過ぎていくと、小さな水道施設があります。 その先で道が十字に分かれています。 角にある道標は、今歩いてきた道だけを示していますが、 ここから左手に戻るようにして登っていく道を進んでいきます。
山火事注意
貴重な自然を火災から守りましょう。
 (箱根町消防本部)
浅間山踏切
坂道を登っていくと、すぐに小さな踏切があります。 遮断機は設置されていないので電車に十分注意しながら踏切を渡り、その先から始まる山道を登っていきます。
一旦停止 踏切注意
でんしゃにちゅうい
雑木林の中に続く山道を登っていきます。 かなり傾斜が急な道で、右・左とジグザグに曲がりながら高度を稼いでいきます。
富士見台
踏切から25分ほど登っていくと、正面にコンクリート製の富士見台が現れます。 ベンチが設置された東屋になっているので、正面に広がる景色を眺めながら一息入れていきましょう。
左手から中ほどには駒ヶ岳などの中央火口丘が、右手には金時山から丸岳にかけての外輪山の稜線が見渡せます。 ここに登ってくるまでは樹間から富士山が大きく見えていたのですが、 急に増えてきた雲に覆われて、この富士見台に着いた時にはすっかり隠れてしまいました。 この時にも、電波塔のある丸岳の向こう側に富士山が微かに見えていたのですが、 写真にはうまく写ってはいません。
富士見台から更に先へと進んでいきます。 しばらくは緩やかな道が続きます。 数分して杉林が現れると、再び傾斜が増してきます。
緑は森呼吸 山火事注意
たばこ・たき火はよく消そう!
 (神奈川県、森林国営保険)
富士浅間神社
富士見台から8分ほど登っていくと、杉木立の中に小さな浅間神社がありました。 木製の鳥居の先には「富士浅間神社」と刻まれた石碑があり、 その前にはザルに入れられた小銭がお供えしてありました。 そばに掲示されていた「富士浅間神社建立協力者氏名」によると、 今の社は昭和60年に建立されたもののようです。 造られてから20年ほど経っていて、少々傷みが目だつようになっていました。
杉林の山道を更に登っていきます。 12分ほどして尾根筋に着くと、傾斜も緩やかになってきます。 木立の間からは、目指す浅間山の頂上が垣間見えるようになります。 杉林から松が混じる雑木林へと次第に変わっていきます。
山火事予防
 (箱根町消防本部)
緩やかになった広い尾根道を進んでいきます。 道の両側には、次第に熊笹が生い茂るようになってきます。
千条の滝分岐
熊笹が生い茂る尾根道を進んでいくと、富士見台から25分ほどで分岐に着きます。 角に立つ道標によると、正面の道は「千条の滝20分」で、 浅間山へは道標「浅間山5分」に従って、左手の道を進んでいきます。 右手にも細い道が続いていますが、道標には特に何も示されてはいませんでした。 この辺りは「温泉小学校学校林」にもなっているようです。
火気に注意
 (神奈川県)
熊笹が生い茂る小さな坂を越えていくと、その先は浅い鞍部になっています。 広くて緩やかな快適な道が続きます。 両側に笹竹が生い茂る鞍部を過ぎていくと、ちょっと登り気味になります。
登り気味に進んでいくと、防火用水の先にベンチが設置された場所に着きます。 ここが浅間山の頂上の一角で、右手から左手にかけて芝が生えた開けた場所になっています。
右へ少し行った所に道標が立っています。 それによると、右手の道は「鷹ノ巣山25分、芦之湯55分」で、 浅間山の頂上へは、道標「大平台50分、湯本100分」に従って左手に進んでいきます。 芝生の中に続く道を進んでいくとすぐに着きます。
浅間山 (標高804m)
浅間山の頂上は芝生の尾根続きにあります。 宮ノ下駅から1時間30分ほどで到着しました。 テーブルがひとつと解説板が設置されています。 振り返ると、箱根の中央火口丘の連なりを望むことができます。 解説板では804mとなっていますが、802mとなっている地図もあります。 まあ、2mくらいはどうってことはないのですが、どちらが正しいのでしょうね。 少し早いですが、景色を愛でながら、ここで昼食タイムにしました。
浅間山(804m)
古くは前鷹ノ巣山とも呼ばれ、鷹ノ巣城があったのは、この山ともいわれています。 江戸時代、富士山への振興から浅間志向が盛んとなり、 富士山の見えるこの山の中腹に浅間神社を祭るようになってから、浅間山と呼ばれるようになりました。
 (箱根町)
湯坂路
浅間山からは、その先へ続く尾根道を降っていきます。 最初の短い急坂を降ると、あとは緩やかな尾根道になります。 この尾根道は湯坂路といって、鎌倉幕府によって開かれた鎌倉古道のひとつです。 箱根湯本から浅間山・鷹ノ巣山を経て芦之湯へ至る箱根越えの道として整備されたものだそうです。
たき火・たばこに注意
 (神奈川県)
大平台分岐
広くて緩やかな尾根道を8分ほど進んでいくと、急に降る坂道が現れます。 20mほどの坂を降っていくと、防火用水のある大平台分岐に着きます。 道標によると、左手の道は「大平台40分」で、今回は「湯本90分」に従って、正面の尾根道を更に進んでいきます。 道標には「湯坂路コース案内図」も付いているので参考にしましょう。 この先の湯坂城跡まで70分、湯本までは更に20分とのことです。
緑は友だち 山火事注意
自然を守りましょう。
 (森林国営保険、神奈川県)
湯坂路コース案内図
コースタイムは、健康な成年男子の標準時間です。 あくまで参考として休憩時間を含めた十分に余裕のある計画をお立てください。
ここから先は自然が相手です。 雨具、防寒具や山道用の靴など十分な装備で、安全なハイキングを楽しみましょう。
草木を折ったり、持ち帰ったりしないようにしましょう。
自分で出したゴミは必ず自分で持ち帰りましょう。
 (箱根町)
湯坂路の両側にはたっぷりと広さがあって、快適に降っていくことができます。 思わず小唄が口をついて出てきそうになります。 声に出して歌うのも何なので、心の中で声高に歌います。 木立の間から見える中央火口丘などを眺めながら、緩やかな尾根道を足取りも軽く降っていきます。
大平台分岐から10分ほど降っていくと、正面に送電線の鉄塔が現れます。 鉄塔の側を過ぎて更に進んでいきます。
鉄塔を過ぎて12分ほどすると、小さなギャップの手前に道標が立っていました。 それによると、湯坂城跡まで30分、湯本まで60分とのことです。 左手には大きな看板が倒れていました。 この広い尾根道は防火帯にもなっているようです。
防火線(山火事延焼防止帯)
尾根ぞいの木の無いところは山火事の延焼を防ぐため設けた防火線です。 入山者の皆様、美しい自然を守るため山火事の防止に御協力下さい。
 (神奈川県県有林事務所)
更に10分ほど降っていくと防火帯から外れて、右手の笹竹の生い茂る狭い道へと入っていきます。 狭い道もすぐに終わって、植林帯の中を進むようになります。
7分ほど進んでいくと、丸太がベンチ代わりに横になっている所がありました。 周りの樹木にはまだ綺麗に紅葉しているものもありました。 浅間山の頂上から55分ほど降ってきたので、丸太に腰を掛けてひと休みしていきましょう。
桧林を抜けて雑木林に変わると、石畳の道になってきます。 石の上には落葉が積もっていて、濡れていなくても滑りやすくなっているので、 注意して降っていきましょう。
湯坂城跡
石畳の道が終わって少し進んでいくと湯坂城跡に着きます。 浅間山の頂上から1時間15分ほどで到着しました。 今では解説板が立っているだけで、往時の面影はほとんど残ってはいません。
湯坂城跡
湯坂城は、室町時代、御厨(御殿場地方)から西相模一円に勢力をはった、大森氏が築城した城である。 この大森氏は、明応4年(1495)相模支配を狙う伊勢宗瑞(北条早雲)に滅され、 代って箱根山は、後北条氏の支配下になった。 天正後年、豊臣秀吉と、後北条氏の角質が激しくなると、 後北条氏は、秀吉との対決を予測し、小田原防衛のため箱根山に多くの山城を築くが、 湯坂城もその時整備されたものと思われる。 その規模については不明の点も多いが、残された土塁から当時の山城の姿がしのばれる。
 (箱根町)
小さなマウンドを越えて、その先へと進んでいきます。 「湯本20分」の道標を過ぎていくと、再び石畳の道になります。 ここからは少し傾斜が増してジグザグに降るようになります。 石畳が壊れて歩きにくくなっていたり、落葉が積もったりして滑りやすくなっているので、 滑って転んだりしないよう気をつけながら、慎重に降っていきます。
湯坂城跡から15分ほど降ってくると、川の流れや自動車の音が大きくなってきます。 突き当たりにある民家の塀から左に戻るようにして降っていきます。
金網やガードレールが続く坂を降っていくと、国道1号に降り立ちます。 浅間山の頂上から1時間35分ほどかかりました。
国道1号へ降りた所に、「湯坂路(鎌倉古道)」の標柱と、 「ハイキングコース登り口(湯坂路)」の道標が立っています。 「湯坂路コース案内図」もありました。 浅間山まで130分、芦之湯まで185分とのことです。 一部判読不能でしたが、そばには「湯坂山登山道入口」と刻まれた石標も立っています。
湯坂山登山道入口
浅間山、鷹ノ巣山ヲ経テ蘆之湯ニ至ル二里
湯坂山(通称城山)登山道ハ鎌倉時代ニ唯一ノ箱根道ニシテ □□□□往来スルヲ以テ山海ノ景色双□ノ裡ニアリ
 (箱根振興会)
旭橋
早川に沿って国道を右手に進んでいきます。 すぐに旭橋を渡っていきます。 上流にある小さなダムからは、大きな音をたてて水が流れ落ちていました。 旭橋を渡った少し先に「旭日橋跡」の解説板がありました。
旭日橋跡
古写真に見る旭日橋が架かっていた所です。 木橋ながら箱根では初めての洋風の吊り橋で、明治18年(1885)9月に開通しました。 時の太政大臣三条実実が渡り初めをしています。 渡り終えた実実は「ゆもとなる新橋を渡りて祝いの心を」の詞書で、 「早川に ねたせる橋の 千代かけて 内外の人や つとひとくるらん」 と詠んでいます。 実実は、我が国最後の太政大臣です。 橋は、明治26年(1893)、新道の付け替えで、少し上流の現在の場所に移されました。
 (箱根町)
箱根湯本(はこねゆもと)駅 (標高108m)
湯本の街中の国道を道なりに進んでいくと、国道へ降り立ってから7分ほどで 箱根湯本駅(箱根登山鉄道)に着きます。