鎌倉アルプス
散策:2004年11月下旬
【低山ハイク】 鎌倉アルプス
概 要 鎌倉アルプスは、鎌倉の街を取り巻くように聳える標高150mほどの山々です。 今回は、鶴岡八幡宮から西御門を経て半蔵坊を訪ね、そこから尾根筋を一巡りして、十二所へと降るコースを歩きます。 頂上の天園からは、鎌倉の海や箱根や富士山までも一望できる景色が広がっています。
起 点 鎌倉市 鎌倉駅
終 点 鎌倉市 十二所神社バス停
ルート 鎌倉駅…段葛…鶴岡八幡宮…来迎寺…八雲神社…大覚池ハイキングコース…回春院…半像坊…勝上献展望台…十王岩…覚園寺分岐…大平山…天園…天園休憩所…岩場…鎌倉宮分岐…貝吹地蔵…十二所分岐…十二所神社バス停
所要時間 3時間50分
歩いて... 今回は尾根道への登りと降りに静かなコースを選んでみました。 尾根道は広くてしっかりしていますが、岩肌がむき出しになっている所もかなりあるので、 雨が降った後などには滑らないように注意をしながら歩きましょう。 この日は天候に恵まれて、頂上からは綺麗な富士山を見ることができました。
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コース紹介
鎌倉(かまくら)駅
鎌倉駅(JR横須賀線)の東口から歩いていきます。
改札口を出て、正面の道を真直ぐに進んでいくと若宮大路に出ます。 そこを左折して鶴岡八幡宮へと向かっていきます。
二ノ鳥居
若宮大路を100mほど進んでいくと、道路の真ん中に大きな赤い二ノ鳥居が立っています。 車道はその両側へ分かれていき、道の真ん中には「段葛」が鶴岡八幡宮まで続いています。
若宮大路(わかみやおおじ)
治承4年(1180)鎌倉に入った源頼朝はこの地を政治の中心地とし、 鎌倉幕府150年の基礎を築き、翌々年、八幡宮と由比ガ浜を結ぶ道を一直線に 改修しました。それが若宮大路の始まりだといわれています。 大路の中央部は「段葛(だんかずら)」と 呼ばれる一段高い参詣路となっており、頼朝が 妻政子の安産祈祷のためにつくった貴重なものです。 中世の都市計画によりつくられた若宮大路は、時代の推移とともに改修・補修が行われ、 今なお古都鎌倉のシンボルロードとして行き続けています。 若宮大路とその周辺地区は、神奈川県の「うるおいあるみちづくり事業」や 鎌倉市の「洋風建築物保存事業」などにより、優れた都市景観が形成されていることが評価され、 平成5年度の都市景観大賞を受賞しました。
段葛
段葛は鶴岡八幡宮の参道になっていて、両側に桜の並木やツツジの植え込みが続く土盛りされた道です。 20mほどの間隔で石灯篭も建っています。 春の桜、初夏のツツジ、8月のぼんぼり祭りと、綺麗に彩られる所でもあります。 鎌倉時代に造られた当初は、鶴岡八幡宮から二ノ鳥居の800mほど由比ヶ浜よりの大鳥居辺りまで続いていたのが、 明治時代になってニノ鳥居以南はなくなったとのことです。
段葛
段葛(だんかづら)一ニ置石ト称ス 嘉永元年三月頼朝其ノ婦人政子ノ平産祈祷ノ為鶴岡社頭ヨリ由比海濱大鳥居邊ニ亙リテ之ヲ築ク 其ノ土石ハ北條時政ヲ始メ源家ノ諸将ノ是ガ運搬ニ従ヘル所ノモノナリ 明治ノ初年ニ至リ二ノ鳥居以南其ノ形ヲ失ヘリ
 (鎌倉町青年会)
お願い
この提は段葛と云って、鎌倉時代から八幡宮の参道として由緒ある史蹟です。 提に上がったり紙くずを散らしたりしないで下さい。
八幡宮参道・段葛
植込立入、ゴミ捨て禁止
三ノ鳥居
500mほどの段葛が終わると、正面に大きな赤い三ノ鳥居が立っています。 横断歩道を渡って鳥居をくぐっていくと、鶴岡八幡宮の境内になります。
鶴岡八幡宮
三ノ鳥居の先には円い形の太鼓橋がありますが、現在は通行止めになっています。 その両側には源氏池・平家池があります。 広い参道を進んでいくと舞殿があり、その先の石段を登っていくと本宮があります。 参道の脇に大きな「史跡鶴岡八幡宮境内案内図」があるので参考にしましょう。 この他にも見所はまだまだありますが、 本宮にお参りしたら神社を後にして、鎌倉アルプスへと向かっていきます。
鶴岡八幡宮
御祭神 応神天皇、比売神、神功皇后
当宮は源頼義公が前九年の役平定後、康平6年(1063)報賽のため由比郷鶴岡の地に八幡大神を勧請したのに始まる。 治承4年(1180)源頼朝公は源氏再興の旗を挙げ、父祖由縁の地鎌倉に入ると、 まず由比郷の八幡宮を遥拝し「祖宗を崇めんが為」小林郷北山(現在地)に奉遷し、 京に於ける内裏に相当する位置に据えて諸整備に努めた。 建久2年(1191)大火により諸堂舎の多くが失われたが、頼朝公は直ちに再建に着手し、 大臣山の中腹に社殿を造営して上下両宮の現在の結構に整えた。 以来当宮は武家の守護神として北条・足利・後北条・徳川各氏も社領等の寄進、社殿の修造を行い篤く尊崇した。
鶴岡八幡宮
鎌倉に八幡宮を祀ったのは、八幡大神が清和源氏の氏神であり、源頼義、義家、頼朝らが鎌倉を根拠地としたからです。 治承4年(1180)源氏再興の旗を上げた源頼朝は、直に社頭の整備に取り掛かり、御台所政子の安産祈願のため、 由比ヶ浜に至る参拝道を(現在の段葛)を造りました。 建久2年(1191)には、今日まで続く上・下両宮の姿となり、頼朝の征夷大将軍の任命拝受が神前にて執り行われました。 境内は国の重要文化財を擁する史跡として、史都鎌倉にて四季折々繰り広げられる数々の行事の中心となっております。
鶴岡八幡宮境内に於いて左の行為を禁止いたします。
一、車輌を乗入れること
一、魚鳥を捕獲すること
一、樹木を折取すること
一、歩行喫煙すること
一、夜間(午後9時)以降立入ること
 (社務所)
神社を出たら左手の道を進んでいきます。 宝戒寺の前のT字路を左折して更に進んでいきます。 道が右手にカーブしていく所にある2軒目のコンビニのすぐ先に大学前バス停があります。 バス停の先にある理容店を過ぎた所に横断歩道があり、その左手に続く路地へ入っていきます。 はっきりとした目印がないので、うっかりして通り過ぎないようにしましょう。 次の岐れ道バス停まで行ってしまうと行き過ぎなので、引返しましょう。
鎌倉中学校・小学校のグランドの脇に続く道を真直ぐに進んでいきます。 電柱には「来迎寺500m先」の看板がくくり付けてあります。 「頼朝の墓300m」の道標のあるT字路を直進していくと、「西御門」の石碑が建っています。 そばには「西御門周辺観光案内図」や「西御門自治会」の地図があるので参考にしましょう。 来迎寺やその側にある八雲神社のある方向へと進んでいきます。
西御門
西御門ハ法華堂西方ノ地ヲ謂フ 大蔵幕府西門ノ前面ニ当レルヲ 以テ此名アリ報恩寺保寿院高松 寺来迎寺等此地ニ在リ今高松来 迎ノ二寺を存ス
 (鎌倉町青年団)
すぐ先にある右側と左側のT字路を見送って真直ぐに進んでいきます。 左手からの道を合わせて更に進んでいきます。 鎌倉中学校の運動場を過ぎていくと、カーブミラーのあるT字路があります。 鎌倉アルプスへはこのまま直進していくのですが、 右手に少しいくと来迎寺や八雲神社があるので、ちょっと立ち寄っていきましょう。 右手の塀の袂に「右 来迎寺」と刻まれた小さな石標がありますが、 目立たないので見落とさないようにしましょう。
鎌倉風致地区
この土地において建築物・工作物の新築・改築・増築、土地形質の変更・木竹の伐採等の 行為をするときは許可がいります。
来迎寺
路地の先にある石段を登ると来迎寺があります。 鎌倉観音第五番札所、鎌倉地蔵第三番札所、鎌倉十三佛第十番札所と記した石柱が立っていました。 本堂の扉は閉まっていました。 仏像へ参拝するにはインターホンを通してお願いするのだそうです。
来迎寺
満光山来迎寺と号し、開山は一遍上人です。 客仏の如意輪観音像は、もともと法筆堂の本尊であったと伝えられ、 衣に鎌倉地方特有の美しい土紋がついています。 地蔵菩薩は胎内紙片によると宅間浄宏作といわれ、南北朝の優作です。
 (時宗)
八雲神社
来迎寺の石段の左手には八雲神社があります。 境内には、市指定有形民俗資料の庚申塔もありました。
西御門八雲神社
祭神 須佐男命
建立は定かではありませんが、「風土記稿」に因れば、字大門の天王社がもとだと考えられます。 現在の社殿は天保3年の建造だと言われています。 須佐男命は「古事記」「日本書紀」でも知られる神様で、 特に須佐男命は乱暴で天照大神が怒って天の岩戸に隠れた神話や八岐大蛇を退治した伝説はよく知られています。
元の道に戻って先へと進んでいきます。 左手への分岐を見送って真直ぐに進んでいくと、道は登りになってきます。 正面にはこれから向かう鎌倉アルプスへと続く森が見えています。 小さな畑地の先の分岐を左手へ進んでいくと、道の傾斜が次第に急になってきます。 ゆっくりと歩いても息が切れてしまいます。 歩行者としては階段にしておいて欲しいところですが、 非常に急傾斜ながらも自動車が通れるよう坂道になっています。 やがて正面に現れる石垣の所を左手に曲がっていくと、民家の先から山道が始まります。
大覚池ハイキングコース
民家の玄関先の白い塀の右手から、細い山道が森の中へと続いています。 小さなマウンドを越えて、杉林の森へと谷筋を降っていきます。 西御門から回春院へと続くこの道は大覚池ハイキングコースというようです。 横木の階段を降って4分ほどで森を抜けると、正面に民家が現れます。 そこを左手に進んでいきます。
回春院
小さな池(大覚池)を見ながら進んでいくと山門があります。 その奥にあるのが回春院です。
回春院
建長寺廿一世玉山徳施(1255〜1334)仏覚禅師の塔所。 本尊の文殊菩薩座像は南北朝から室町時代の作とされる。
大覚池復興賽銭箱
大覚池(建長寺開山蘭渓道隆禅師号大覚禅師)
「新編鎌倉誌」によると、大亀常に居すというと伝えられています。
回春院から石段を降っていくと、正面に竹林のあるT字路に出ます。 道標「半僧坊」,「勝上献展望台」,「天園ハイキングコース」に従って、右手の石畳の道を進んでいきます。 鳥居をくぐり大きな石灯篭を過ぎていきます。 二つ目の鳥居の先から半僧坊へと続く石段を登っていきます。
幅の広い石段を左右に折れ曲がりながら登っていきます。 紅葉した樹木を愛でながら5分ほど登っていくと、半像坊の真下に着きます。 少し広くなっていて、ベンチも設置されていてます。 正面の斜面にはカラス天狗の像が沢山立っています。
歴史的風土保存区域・風致地区・近郊緑地保全区域図
この色分けした区域は、歴史的風土保存区域・風致地区・近郊緑地保全区域です。 これらの区域内で建築物等の新築・増改築・土地形質の変更・木竹類の伐採・土石類の採取等を行なう場合は、 事前に県知事の許可を受けるか、又は、届出をしなければなりません。 なお詳細については、次のところへ連絡して下さい。
 (神奈川県横須賀三浦地区行政センター環境部、鎌倉市役所)
半像坊
左手にある石段から半像坊へ登っていきます。 ひと際大きなカラス天狗を両側に見ながら石段を登っていくと半像坊に到着します。 右手にある御祈祷受付所の横はヨシズ張りの屋根になっていて、ベンチも幾つか設置されています。 手前の樹木に邪魔をされて展望は今ひとつですが、ちょっと腰掛けて休んでいきましょう。
鎌倉建長寺半像坊縁起
建長寺半像坊は今から五代前の住職 膏貫道老師がある夜、 お坊さんのような叉俗人とも思える白髪の老人と山中で出会い、 「私を関東のいずれかの清浄な所に招いて下さるなら、その所いよいよ栄え、ありがたい事がたえる事がない」 と告げ、姿を消してしまった霊夢を見られました。 その姿こそ半像坊の真姿で建長寺の鎮守に相応しいと、早速住職自ら静岡県奥山方広寺に出むき、 御分身を願われ、明治23年5月、建長寺の内で最も景色の良い勝上嶽に安置され、 直ちに勝上教会を作り、お堂創建の許可を得て、折柄の好景気により、莫大な建築資金も信者の浄財で集まり、 立ちどころに創建されました。 当時、信者分布は一都二十数県、講社数百十余社、信者数五万余人を数える盛況でありました。 ここ半像坊は霊験あらたかで、家内安全・商運隆昌・厄災消除・大漁祈願・交通安全・合格祈願等々の 御利益はまことに尽大なものがあります。
 (大本山建長寺 鎌倉半像坊)
勝上献展望台 (標高145m)
半像坊の右手にある鳥居をくぐって石段を登っていきます。 鎖の手摺りが付いているかなり急な石段を2分ほど登っていくと、鎌倉アルプスの尾根筋に着きます。 谷側にせり出すようにして木製の勝上献展望台が設置されているので、 素晴らしい展望を楽しんでいきましょう。 そばには大きな「建長寺」の案内図もあり、ここから総門までが図示されていました。
建長寺縁起
建長寺は、臨済宗建長寺派の大本山であり、鎌倉五山の第一位に位する。 建長5年(1253)後深草天皇の勅を奉じ、 北条時頼(鎌倉幕府五代執権)が国の興隆と源氏三代並びに北条家の菩提の為に建立し、 中国の名僧蘭渓道隆を招き開山とした。 創建当時は中国宋の時代の禅宗様式七堂伽藍を有し、一時は四十九院の塔頭を擁する厳然たる天下の禅林であった。 度重なる火災によりその威容を今日見ることはできないが、 梵鐘(国宝)開山蘭渓道隆頂相(国宝)など数点が今に伝えられ、当時を偲ばせる。 現在の伽藍は江戸時代以後、将軍家の寄進等により復興されたものである。 また、建長寺は日本で初めて純粋禅の道場を開き、 往時は千人を越す雲水が修行していたと伝えられる我が国初の禅寺である。
勝上献展望台の西側が開けていて、湘南地区の街並みや相模湾の向こうに、 箱根の山々や伊豆半島が一望できる素晴らしい眺めが広っています。 左手には鎌倉の街や海が、眼下には建長寺が見えます。 この日は天候に恵まれ、裾野が少し霞んではいたものの、冠雪した富士山も綺麗に見えていました。
展望台からの展望を堪能したら、尾根筋に続くハイキングコースを天園へと歩いていきます。 道標「瑞泉寺・覚園寺方面(天園ハイキングコース)」の道標に従って、右手の道へと進んでいきます。 両側に笹竹が生い茂る道を進んでいきます。 岩がむき出しの所もあったりもしますが、広くてしっかりとした道が続いています。 左手の樹木が途切れて景色が広がる所もあったりします。
十王岩
5分ほど進んでいくと、小高い岩場へ登る小道が左手に分かれています。 この岩場にあるのが十王岩です。 道端には「かながわの景勝50選 鎌倉十王岩の展望」と刻まれた石碑があります。 この石碑がなければ、うっかりしていると見過ごしてしまいそうです。 十王岩には、かなり風化が進んでいるものの、三体の像が彫られています。 判りにくくはなっていますが、閻魔大王をはじめとする冥府の十王が彫られているのだそうです。 十王岩のそばの岩場からは、石碑にもある「鎌倉十王岩の展望」が広がっています。 鎌倉の街や海を見渡せますが、手前の樹木が少し邪魔をしていて、 先ほどの勝上献展望台よりは狭い範囲の見晴らしになります。
十王とは
十王経に説く「冥府で死者を裁くという王」、すなわち、 秦広王・初江王・宋帝王・伍官王・閻魔王・変成王・太山府君・平等王・都市王・五道転輪王のことです。 中有の死者が冥府に入り、初七日に秦広王の庁に至り、 以下順次に、二七日・三七日・四七日・五七日・六七日・七七日・百箇日・一周年・三周年に 各王の庁を過ぎて娑婆でした罪の裁断を受け、これによって来世の生所が定まるのだそうです。
 (出典:広辞苑第五版)
この美しい自然をいつまでも大切に
ごみは持ち帰りましょう。
 (鎌倉市観光協会)
十王岩を後にして、しっかりとした尾根道を4分ほど進んでいくと、道が断層のようになった所があります。 狭い石段が岩に刻まれているので、滑らないよう注意しながら降りていきます。
歴史的風土建長寺・浄智寺・八幡宮特別保存地区
この地区内において、建築物の新築・改築・増築・土地形質の変更・木竹の伐採等の 行為をするときは許可がいります。
覚園寺分岐
2分ほど進んでいくと、尾根筋から右手に分かれていく道があります。 尾根道はその先へも続いていそうな感じがしますが、 道標「覚園寺・天園」に従って、右手の道を進んでいきます。 更に2分ほど進んでいくと、小さな鞍部になった十字路があります。 左手は今泉台方面(住宅地)、右手は覚園寺への道で、天園へは、道標「瑞泉寺」に従って、 正面の尾根道をそのまま進んでいきます。
犬猫のフンの後始末、迷惑なペットの放し飼い、 全て飼い主の責任です。
 (鎌倉市)
所々で大きな岩がむき出しになったりしている尾根道を進んでいきます。 道はしっかりとしていて傾斜も余りなくて、快適に歩いていけます。 送電線の北鎌倉線16番鉄塔の脇を過ぎていきます。 樹木が道の上に覆い被さって、緑のトンネルのようになっている所もあったりします。 やがて杉の木が目だつようになってきます。 次第に登り坂になっていく尾根道を進んでいきます。
大平山 (標高158m)
最後に岩場をひと登りすると、正面に金網が現れます。 そこを右手に曲がっていくと、大平山とも呼ばれている岩場の上に着きます。 この先の天園の所を大平山としている地図もあって、どちらが正しいのかはよく分りません。 二つのピークの間の鞍部も含めた総称としての名前なのでしょうか。 金網越しには、横浜の街並みを見渡せる景色が広がっています。 この日は天候に恵まれたのか、みなとみらい地区にあるランドマークタワーもよく見えていました。
天園へは、岩場の下にある広場を通って、フェンス沿いに先へと進んでいきます。 広場の左手にはゴルフ場の大きなクラブハウスが建っていて、何だか雰囲気が壊れてしまいそうです。 広場からの展望は余りありませんが、これまでの尾根道から開放されたようで、晴々とした気分になれたりします。 この広場でシートを広げてひと休みしている人達もかなり見かけたりします。
この先200m→天園・六国峠山頂です
(現在位置、大平山) 見晴しが良く、涼しい所で食事が出来ます。 茶店では自動販売機にて缶ジュース、冷たいビール、アイスクリーム、おでんなど用意してお待ちしております。
この上、約150m先が天園・六国峠山頂です
TV・ガイドブックで紹介されている峠の茶屋がこの上にありますので、是非御立寄り下さい。 尚付近で買った空缶等持ってきても受取れませんので御了承下さい。
 (店主)
豊かな緑を火災から守ろう
 (横浜市栄消防署)
来たときよりも美しく ゴミみつけたら拾ってね
 (鎌倉凧の会)
天園 (標高159m)
公衆トイレの先の坂道をひと登りしていくと天園の頂上に到着します。 天園は、またの名を六国峠とも言います。 ここから、安房・上総・下総・武蔵・相模・伊豆の六つの国が見渡せるので、 「六国峠」の名前がついたと云われています。 頂上には「峠の茶屋」があり、ヨシズ張りの天井になっています。 昔風の駅舎にあるような「鎌倉天園」,「六国峠」の看板もあって、 何だか雰囲気も盛り上がってきます。
持ち帰ろう 古都の香と あなたのゴミを
 (鎌倉市観光協会、鎌倉史跡パトロール隊)
お客様へ
自分で持ってきたべんとのゴミ他のメーカーのジュースカン持って帰って下さい!
頂上の南西側が開けていて、鎌倉の街並みや海が見渡せる景色のいい所です。 おでんでも食べながら、このすばらしい景色を堪能しましょう。 先ほどの勝上献展望台よりも見渡せる角度が狭く、富士山は手前の樹木に隠れて見えませんでした。
峠の茶屋からは道が二手に分かれます。 茶屋の左手からは、鎌倉市と横浜市の市境からいっしんどう広場へと続く緩やかな尾根道が続いています。 茶屋の右手からは、瑞泉寺・浄明寺・十二所方面へと降っていく尾根道が続いています。 今回は右手の道を歩いていきます。 尾根道を50mほど降っていった所にある分岐の左下すぐの所に天園休憩所があります。
天園休憩所
天園休憩所は山頂から少し低い所にあって樹木に覆われているため展望は得られませんが、 やさしい店の方や人馴れした多くのネコ達が出迎えてくれる雰囲気のいい休憩所です。 柑橘類の大きな木が二本植えてあります。 季節がら沢山の実が生っていて、いい香りが漂っていました。
自然の中で天然のおいしさをどうぞお楽しみ下さい
◎自然薯…山中に自生している芋で、栽培芋とは、香り・ねばり・こく…すべて違います。
  ・すりおろし…すりおろしたそのものを、のり・ネギ・卵黄と共に和風だれで…
  ・和風あえもの…乱切りした芋をネギ・かつおぶしと共におろし入り酢じょうゆで…
◎煎りたて銀杏…宝石の様なみどり色・芳ばしい香り・もちもちした食感をどうぞ…
  ・おみやげ用として、自然薯・生銀杏ございます。
その他、おでん・焼おにぎり・田楽・あまざけ・ビールなど
 (かまくら天園休憩所)
岩場
天園休憩所の先の竹林の中へ続く道を進んでいくと、 峠の茶屋からの道と合流していっしんどう広場へと続いていますが、 今回は元の尾根道に戻って左手へと進んでいきます。 尾根道を歩いていくと、すぐ先にちょっとした岩場があります。
山歩く 心にいつも 火の用心
 (神奈川県)
岩場の前方が開けていて、鎌倉の街並みや海が見渡せる景色が広がっています。 先ほどの峠の茶屋からの眺めとは角度が少し違うので、ここからは富士山が綺麗に見えていました。
鎌倉宮分岐
岩場を下った所に十字路があります。 左手は天園休憩所の脇からいっしんどう広場へ続く道です。 右手は谷筋を経て鎌倉宮への道で、歩き始めにかなり急な降りがあります。 滑りやすい道なので十分な注意が必要ですが、鎌倉の住宅地へ降りるには一番の近道になっています。 今回は道標「瑞泉寺」に従って、正面の尾根道を進んでいきます。
杉林や雑木林の中に続く尾根道を進んでいきます。 5分ほど進んでいくと、むき出しの岩の先で道が二手に分かれています。 どちらもしっかりとした道ですが、右手の道は巡視路なので見送り、 そばにある道標「瑞泉寺 約20分」に従って、左手の尾根道を進んでいきます。 この前に来た時には壊れかけた道標があっただけでしたが、 今回は新しく造り直されたようで、以前のよりもずっと立派な道標になっていました。
右手の道は、途中にある分岐を右手に進んでいくと、 天園から獅子舞地区へ降り始めた角から分かれていく小径へ続いています。 (「鎌倉アルプス」を参照)
貝吹地蔵
雑木林の中の緩やかな尾根道を6分ほど進んでいくと、岩の裂け目のような所があります。 その岩の間を抜けて降っていくと、左手に貝吹地蔵があります。 地蔵は上半身しかないように見えます。 下半身は土中に埋まっているのでしょうか、それとも元々上半身だけしかない像なのでしょうか。 仔細はよく分りませんでした。
貝吹地蔵
新田義貞の軍に攻められ(1333年)自害した北条高時の首を守りながら敗走する北条氏の部下たちを助けるため、 貝を吹き鳴らしたという。
 (瀬谷文化協会)
十二所分岐
よく踏まれてしっかりとした尾根道を緩やかに降っていきます。 10分ほど降っていくと、道の両側に笹竹が生い茂るようになります。 その中を進んでいくと、左手に戻るようにして分かれる分岐に着きます。 よく歩かれている尾根道はこのまま真直ぐに進んでいき、 この先すぐの所で瑞泉寺への道と明王院への道に分かれていますが、 今回はこの分岐を左折して降っていきます。
歴史的風土保存用地
地番 鎌倉市二階堂639-1外5筆
面積 22,094u
この土地は「古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法」に基づき、 歴史的風土を長く保存するため、昭和54年度及び55年度に神奈川県が買い入れたところです。 歴史的風土を協力して保存しましょう。
 (神奈川県横須賀三浦地区行政センター)
これまでの道に比べてかなり細い山道を谷筋へと降っていきます。 あまり歩かれていないのか、少し荒れた箇所もあったりしますが、 道はしっかりと続いているので、迷うようなことはありません。 6分ほど降っていくと正面が開けて畑地の脇に出ます。 その先にある民家の脇を抜けていくと、十二所地区の舗装された道路に降り立ちます。 角にある「瑞泉寺・天園」の道標がこの道を指しているので、こちら側から登る場合には目印になります。 舗装道路に降りたら右手へと進んでいきます。
民家の間に続く舗装道を進んでいきます。 小さな橋を渡って緩やかに降っていくと、吉沢川に架かる短い御坊橋があります。 御坊橋を渡って右手に行くと、すぐに県道204号(金沢街道)に出ます。 そこを左折して100mほど進んでいくと、赤い前掛けをしたお地蔵様の立つ信号の所に十二所神社バス停があります。 鎌倉駅方面のバス停は道路の向かい側になります。
砂防指定地 吉沢川
この土地の区域内において宅地造成・家屋の新築・土採取等の行為をする場合は、 神奈川県知事の許可が必要ですから藤沢土木事務所に御相談下さい。
 (神奈川県)
十二所神社(じゅうにそうじんじゃ)バス停
鎌倉駅(JR横須賀線)まで、鎌倉駅行きバスにて13分、 1時間に3本から4本程度の便があります。
バス道路から50mほど入った所に十二所神社が見えているので、 バスが来るまで少し待つようなら、立ち寄っていきましょう。