霞丘陵
散策:2004年09月中旬
【低山ハイク】 霞丘陵
概 要 霞丘陵は青梅市の北側に広がる低い丘陵です。 季節になると全山に咲き誇る見事なツツジやアジサイで有名な古刹の裏手から、 ほとんど起伏のないなだらかな尾根道を通り、笹仁田峠から七国峠を経て、岩蔵温泉郷へと降っていきます。
起 点 青梅市 東青梅駅
終 点 青梅市 岩蔵温泉バス停
ルート 東青梅駅…青梅六万薬師…光明寺…師岡神社…妙光院…宗泉寺…塩船観音寺…展望広場…愛宕山グランド…笹仁田峠…七国峠…湯之権現…岩蔵温泉バス停
所要時間 3時間50分
歩いて... 起伏もほとんどなく、緩やかな尾根道が丘陵地帯に続いています。 訪れた日は気温も高くはなかったので、汗をかいたり息が切れたりすることもなく、快適な散策ができました。 奥多摩地方で最も美しいと云われる古刹は、花の季節にも訪れてみたいものです。
関連メモ 今のところ、関連メモはありません。
コース紹介
東青梅(ひがしおうめ)駅
東青梅駅(JR青梅線)から歩いていきます。
北口を出て、正面にある銀行の左手の道を進んでいくと、すぐに変則的な五叉路があります。 横断歩道を渡り、正面右手にある自動車修理工場の前の道を進んでいきます。
青梅六万薬師
街路を3分ほど進んでいくと、信号のある十字路があります。 その左手の角には、地元の人たちに親しまれている青梅六万薬師があります。
青梅六万薬師縁起
開創
天正18年(1591)6月、当村師岡城楽没尓后近隣大ニ疫病流行の際、 天寧寺八世正翁長達和尚、栖除ノ祈願及戦死追福ノ為ニ宗内ノ浄侶ヲ聘シ、 法華経六万部ヲ読誦書写シ滋ニ一宇ヲ創立スト云。 尓后宝暦年間祝融ノ災ニ罹リ悉皆鳥有ト為シヲ、明和年間一空休心庵主発起ニテ、 再建スト云ドモ該記録ヲ失ス。今ニ字ヲ六万部と称ス。 明治16年1月3日、近傍火災ニ遭遇シ、復皆灰トナリ、又明治17年1月、 中村内信徒山崎孫七仝仙助仝愛三ガ余名ト計画シ之ヲ再英ス
 (本寺矢寧寺記録より)
本尊
薬師如来(中央)、日光月光両菩薩(中央)、地蔵菩薩(向って左)、十二神将(向って右)
光明寺
信号を左折して市役所六万通りを進んでいきます。 小さな城前橋を渡っていくと、薬師から5分ほどでT字路に出ます。 正面には光明寺があり、その裏山には墓地が広がっています。 コースは右折していくのですが、ちょっと立ち寄っていきましょう。
師岡神社
光明寺の左手の短い石段を登っていくと師岡神社があるので、 これからの散策の安全をお祈りしていきましょう。 境内には天然記念物に指定されている大きなシイの木もあります。
その昔、この地に勝沼城があり、古くより産業文化交通の中心地で、 昭和になり街は区画整理事業で立派な道路公園が出来る。 昭和元禄と云われ、今日東京オリンピック、明治百年、大阪で万国博と日本国全体が豊かである。 この幸と平和な時代を後世へ。
 (宮司)
師岡神社のシイ
関東から西の地方に自生し、各地に巨木が多い。 市内にも大木が見られるが、このシイは千ヶ瀬神社のものに次いで大きい。 一般にシイは防火・防風林として植えられ、材は建築・器具・薪炭材にするほか、 シイタケ栽培の原木としても使われている。 また実は食用ともなる。
和名 スダジイ ブナ科
幹の太さ 530センチメートル、430センチメートル
 (青梅市教育委員会)
妙光院
光明寺を後にして進んでいきます。 妙光院バス停を過ぎていくと、青梅六丁目東の交差点があります。 その手前の左の路地を入っていくと妙光院があります。 境内には、赤い帽子と前掛けをした六体のお地蔵様が並んでいました。
ここは「東京における自然の保護と回復に関する条例」に基づいて指定された勝沼城跡歴史環境保全地域です。 鎌倉時代末期の山城の遺構とみどり豊かな自然を守るため、ゴミを捨てない、虫や草木をとったりしないよう、 ご協力ください。
 (東京都)
「お地蔵さま」ご真言
おん かかかび さんまえい そわか
三回お唱えし、お参りいたしましょう。
宗泉寺
青梅六丁目東の交差点を左折して車道を進んでいきます。 民家の間には農地が広がるようになります。 吹上しょうぶ園入口バス停を過ぎていくと、交差点から5分ほどで宗泉寺があります。 立派な鐘楼と、天然記念物の大きなカヤの木があります。
鐘楼堂屋根替改修記念碑
宗泉寺の梵鐘は、今より278年前、五代徳川綱吉の時代(寛永3年晩秋)に造られたものである。 住職は、当山五世却外春隻大和尚、願主は一通宗閑居士吹上塩野氏、作者は片岡伊右衛門である。 第二次世界大戦の末期には国家の要請を受け供出し、以来、十数年間梵鐘は吹上の里に響くことが無かった。 しかし、昭和35年5月12日、檀信徒の発願により再び奉納され現在に至った。 一方、鐘楼堂は長年の風雨に耐え老朽化が著しく、此の度改築する運びとなった。 従来の入母屋造りの様式を変える事なく、茅葺より銅板に葺き替える事ができた。 屋根の葺き替えに際して、吹上の塩野繁一氏の篤志を受け、又、建物の補修に際しては、 檀信徒の皆様の御協力を得、晴れて完成の運びとなった。 伏して願わくは、四恩総て報じ、三有斉しく資け、法界の有情と、 同じく種智を円かにせんことを冀う所は、檀信徒家門繁栄、子孫長久、災障消除、諸縁吉祥ならんことを。
宗泉寺のカヤ
目通り幹囲4.3メートル、高さ約24.5メートル、宗泉寺境内の北東部に直立し、 枝は樹頂付近で傘状に開き、下部の枝はいちじるしく垂下している。 昭和30年9月の台風により大枝が落ちたが、その枝の年輪は約130年位であったという。 都内既指定のカヤの木に次ぐ大木で、樹勢は旺盛である。 カヤはイチイ科に属する常緑高木で、本州宮城県以南、四国・九州に分布する。 樹皮は滑らかで青味がかった灰色。材は淡黄色で香りがあり、 耐久性が高く、碁盤・将棋盤をつくる。
 (東京都教育委員会)
宗泉寺を後にして更に城山通りを進んでいきます。 4分ほど進んでいくと、道路が右へ曲がっていく所にクリーニング工場があります。 その右手に「塩船観音寺 この先700m」の案内板が立っています。 霞丘陵自然公園・文化財と花の寺とのことです。 この「観音通り」へ入り、吹上天平運動広場を右手に見ながら進んでいきます。
畑地を過ぎていくと、道は次第に登りになってきます。 やがて民家も途絶え、ちょっとした峠を越えていきます。 竹林や石垣が続く道を降り、左に特別養護老人ホームを見ながら畑地の間を進んでいきます。
坂道を降りきった所にあるT字路を右折して畑地の間を更に進んでいきます。 何の木なのでしょうか、側の畑に生えている木から大きな葉がひらひらと舞い落ちてきました。
塩船観音寺
駐車場を過ぎていくと、左手に塩船観音寺があります。 入口の所に大きな「塩船観音寺山内図」があるので参考にしましょう。 広大な境内は東京都の史跡にも指定され、奥多摩地方で最も美しい寺院とも云われているようです。
塩船観音寺の歴史
真言宗醍醐派の別格本山で、大化年間、若狭の国の八百比丘尼が紫金の千手観音像を奉安したことに始まり、 周囲の地形が船の形に似ているところから、仏が衆生に救おうとする大きな願いの弘誓の船になぞらえて、 天平年間、僧行基が塩船と名づけたと伝えられている。 貞観年間には僧安然が12の坊舎を建て、興隆をきわめたと伝えられています。 寺歴1300年の寺で、金子十郎や平将門の末えいとして、青梅地方の豪族三田氏の帰依をうけて、 大悲山塩船観音寺と称して、現世利益の祈願寺として今日に至っております。
花の見頃
つつじ:4月中旬〜5月中旬、あじさい:6月下旬、はぎ:9月中旬
大杉
重要文化財に指定されている仁王門をくぐって境内へ入っていきます。 彼岸花の咲く参道を進んでいくと阿弥陀堂があります。 その左手へ行くと天然記念物の大杉が出迎えてくれます。
塩船観音の大スギ
観音堂登口の両側に立っており、左側のスギは目通り幹囲6.96メートル、高さ38.6メートルある。 右側のスギは目通り幹囲5.86メートル、高さ41メートルで、 ともに境内樹叢の中心の位置を占めている。 スギはスギ科に属する常緑樹で、幹は直立し、高さ40メートルにも達するものがあり、 この二本のスギはともに都内にあるスギの巨樹である。
 (東京都教育委員会)
本堂
薬師堂を過ぎて石段を登っていくと、茅葺の本堂があります。 屋根には草も生えていて歴史を感じる建物ですが、 引きがなくて全体を写せなかったのが残念ではあります。
本堂(圓通閣)縁起
大化年間、若狭の八百比丘尼此の地に来り、千手観世音の尊像を奉安したのが初めと云われ、 其の後天平年間、僧行基、堂舎を再興し、この地を塩船と名づけた。 其の後、清和天皇御宇、叡山の僧安然和尚、夢想により来山し、七社権現を勧請し、 阿弥陀堂・薬師堂・12の僧坊を建立し、盛大を極めた。 永正9年、大檀那、三田弾正忠■氏宗・政定父子等一門、再興に営すと古文書にあり。
 (観音寺 当代)
別格本山 塩船観音寺
当山は真言宗醍醐派の別格本山で、大悲山塩船観音寺と称す。 当山開創は大化年間(約1300年前)、若狭の八百比丘尼この地に来たり、 紫金の千手観音像を奉安したのが始めと云われ、 其の後天平年間(約1200年前)、僧行基が堂宇を再興し、この地を塩船と名づけた。 其の後貞観年間(859〜877)に叡山の僧安然が夢告により来山し、 諸堂と12の坊舎を建立し盛大を極めたと伝えられる。 本堂は木造寄棟造り茅葺で、内陣中央の本尊を安置する厨子は極めて精巧な作りである。 本尊千手千眼観自在菩薩は鎌倉時代の造立で、慈悲あふれる温容の秘仏(御開扉年四回)である。 本尊の御名は衆生の求願を聞くのではく、その声を自在に観ることが出来る。 又一度に千の願いを観て一度に千の手を以て願いを叶えること故に千手千眼観自在菩薩と云う。 本尊の眷属である二十八部衆は、現存数カ寺で全国2番目の歴史を持つ貴重な尊像である。
本尊御真言 オン バザラ タラマ キリク
 (当山)
鐘楼
本堂の左手の道を進んでいくと、除災開運の鐘楼があります。
招福の鐘
此の大梵鐘、鐘楼は当山大檀越山際由三氏の発願で嗣子国允氏の奉献によるのもです。 この梵鐘はあなた方一人一人が幸福になるように祈りながら撞いていただくために建立いたしたものです。 天井の経文は光明真言といって、諸々の災厄・病気等、あなたのなやみを消滅してくださいます。 南無観世音菩薩と念じながらゆっくりと撞いてください。 あなたを必ずご守護してくださいますでしょう。
午前6時前と午後4時過ぎは鐘撞禁止
鐘撞 奉納料 百円也
境内はかなり広くなっていて、この他にも多くの建造物がありますが、訪れるのは又の機会にして、 今回は鐘楼の右手の石段から霞丘陵ハイキングコースへと向っていきます。 すぐに土の尾根道に変わりますが、松や桧が両側に生えた道は緩やかで、とても歩きやすくなっています。 左下の境内を取り巻く山腹には一面にツツジが植えられ、花の季節の見事な眺めが想われます。
ゴミは捨てずにお持ち帰り下さい
つつじの枝を折らないで下さい
タバコの投げ捨て山火事の元
展望広場
緩やかな尾根道を4分ほど進んでいくと展望広場に着きます。 広場とはいっても、それ程の広さはありません。 以前には東屋もあったようですが、この時にはなくなっていました。 しかし、テーブルやベンチが幾つか設置されているので、 眼下に広がる塩船観音寺の境内やその向こうの青梅の街を眺めながら一息入れていきましょう。
山火事注意
たき火・たばこのあとしまつ
 (青梅市、青梅消防署、青梅市消防団)
空カン・ゴミはお持ち帰り下さい
展望広場からは、道標「展望休憩所、霞丘陵ハイキングコース」に従って、尾根道を進んでいきます。 境内との境界になっている金網を抜けていきます。
一、酒に酔い、騒ぎまわらぬこと
一、犬を引き入れたり、はなさぬこと
一、草・木・土等をいためぬよう、持ち帰らぬこと
一、夜間の立入りは、なさらぬこと
一、火の用心のため、くわえたばこ・たき火等は、なさらぬこと
一、文化財は大切に、境内はよごさぬこと
これより観音寺境内ですから、右の事、かならずお守りください。
 (観音寺 山主)
展望休憩所
左手にゴルフ場を見ながら、広くてなだらかな尾根道を進んでいくと、4分ほどで展望休憩所に着きます。 ベンチが幾つも設置され、コンクリート製の東屋風のものも幾つかありました。 周りにはアジサイが沢山植えられていました。
尾根道を更に3分ほど進んでいくと分岐があります。 道標「七国峠方面、霞丘陵ハイキングコース」に従って、尾根道を直進していきます。 ここまで車が来るのでしょうか、車止めが設置されていました。
緩やかな尾根道を少しいくと、ゴルフ場から延びる道が左手から迫ってきます。 その道へは行かずに、右手の細い山道を進んでいきます。
植林帯に入ると分岐があります。 道標「七国峠、岩蔵温泉」に従って、左手の道を少し登るようにして進んでいきます。 植林帯から出た所にT字路があります。 左は「この先通行できません」と書かれていました。 先ほどのゴルフ場からの道がここまで来ているのでしょうか。 道標「七国峠、岩蔵温泉」に従って、右手の道を進んでいきます。
少し行った所にあるY字路を、道標「七国峠、岩蔵温泉」に従って左へ進んでいくと、 熊笹の生い茂る横木の階段が現れます。 階段を降って登り返すと、また緩やかな尾根道になります。
次第に狭くなっていく道を5分ほど進んでいくと、正面に金網が現れます。 金網を抜けると舗装道路に出ます。 道標「岩蔵温泉、七国峠」に従い、右手へ進んでいきます。
道路でのスケートボード・ローラスケート等、その他の遊びは危険ですから止めて下さい。
愛宕山グランド
舗装道路を少し行くと、正面に広い愛宕山グランドがあります。 道標「岩蔵温泉、七国峠」に従い、その手前を鋭角に左折し、車止めを越えて進んでいきます。
立正佼成会、管理地構内に付き、関係車両以外の通行を禁止いたします。
 (青梅練成道場、青梅警察署)
犬はつないで散歩しましょう。
フンは飼い主が持ち帰りましょう。
 (立正佼成会)
この道は一般車通行止めになっています。平坦で広い舗装道路が続いています。 道の両側には並木が植えられ、何だか大学のキャンパスのような雰囲気もしてきます。 こんなに広い車両通行止めの道路がどうしてここにあるのか不思議な気がします。 何か事情でもあるのかも知れません。
このハイキングコースは、地主の方のご協力により設置しました。 利用者はゴミを持ち帰り、山火事には十分注意してください。
 (青梅市観光協会)
平坦で広い道路も10数分で終り、再び車止めが現れます。 正面の茶畑を回り込むようにして道路がU字形に分かれていますが、 青梅市観光協会が設置した案内板に従って、右手の道を降っていきます。
境内地につき、関係車両以外の通行はご遠慮ください。
 (立正佼成会 青梅練成道場)
笹仁田峠
舗装道路を緩やかに降り立正佼成会のゲートを抜けていくと、岩蔵街道の笹仁田峠に着きます。 ここは変則的な四叉路になっています。 「岩蔵温泉・七国峠ハイキングコースは道路反対側右上が入り口」の道標に従って、道路の向こう側へ渡ります。 10mほど右手に「七国峠」を示す道標が立つ坂道があるので、そこを登っていきます。
桧林の中を登っていくと、やがて緩やかな尾根筋に変わります。 道端の各所に「××の森」と記された標識が立っていました。 彩の森、ふれあいの茂里、みやの森、永遠の森、未来の森、ひむかの森、守礼の森。 標識の作成者の名前なのか、教会等の名前も併記されていました。
この森林は只今育林中です
森林は木材を供給するほか災害を防ぎ、水資源および自然の風致を保つために、 重要な役割をはたしています。 林内でのたき火・たばこ等、火のあつかいには十分気をつけて下さい。 緑を大切にしましょう。
 (立正佼成会)
山火事に注意
たばこの投げ捨てやたき火は火事のもとです。 注意してください。
 (青梅消防署、青梅市消防団)
七国峠 (標高238m)
正面が開けてくると、笹仁田峠から10数分で七国峠に着きます。 七国峠は小さな広場になっていて、林道が左右に通っています。 手前には草地が広がっていて、秋の虫達がキチキチキチと羽音をたてながら飛び交っていました。 防火用水を置いた場所にハイキングコース案内図があるので参考にしましょう。 その昔には、相模・駿河・甲斐・武蔵・上野・下野・常陸の七つの国々が見渡せたことから、 七国峠と云われているとのことです。
正面のこんもりとした高みに三等三角点があります。 少し左手から山道を登っていくとすぐに着きますが、残念ながら展望は得られません。 林道の左手にベンチが二つほど設置されているので、腰掛けて休憩していきましょう。
スズメバチにご注意ください!!
スズメバチが飛び回っていたり、集団でかたまっているのを見かけた場合は、刺される恐れがあります。 急に動いたりするとハチが興奮しますので、刺激を与えないよう静かにお通りください。
七国峠からは、左手の林道を進んでいきます。 滅多に車は通っていきませんが、林業関係者が利用することもあるので注意しましょう。 軽い登り降りはあるものの、全体的にはなだらかな道が続きます。 途中で3ヶ所ほど分岐があります。いずれも飯能への道ですが、道標「岩蔵温泉」に従って直進していきます。
三つ目の分岐を過ぎていきます。 樹木が途切れた所からは青梅方面を望むこともできます。 七国峠から25分ほど進んでいくと、ベンチが幾つか設置された場所があります。
山火事防止
たばこの投げすてはやめましょう
 (立正佼成会)
オートバイ等の林内への乗り入れは禁止します。
道幅が次第に狭くなり降るようになってきます。 数分進んでいくと、左へ直角に曲がる所があります。 尾根道はこの先にも続いていますが、 道標「岩蔵温泉」に従ってここで左折し、幅の広い横木の階段を降っていきます。
小さな火 "まさか"がおこす 山の火事
 (森林国営保険、東京都、東京消防庁)
桧林の中の坂道を降っていくと、左上に白い建物が見えてきます。 やがて正面が開けてくると、尾根から7分ほどで舗装道路に出ます。 これで山道は終りになります。 道標「岩蔵温泉」が、左手数mの所から正面に降っていく道を指していますが、 この時は工事中で通行止めになっていました。
道標「岩蔵街道」に従い左折して100mほど進んでいくとT字路があります。 角には「鍋屋旅館5分、司翆館5分」の道標が立っています。 そこを右折して降っていきます。 小さな橋を渡り動物病院の脇を過ぎていくと、岩蔵街道に出ます。
湯之権現
岩蔵街道を右折して進んでいくと、鍋屋旅館の先に岩蔵温泉の儘多屋があります。 そばには小さな社の「湯之権現」がありました。
岩蔵鉱泉
日本武尊(ヤマトタケルノミコト)東征の折、この温泉で身をきよめて天神地祇を御嶽神社にまつり、 岩をたたみあげた蔵へ鎧一領を納めたので岩蔵という名がついたとの伝説がある。 「新編武蔵風土記稿」には、「温泉 北の方小名岩倉にあり、相伝ふ此所は古之一村なりしといへど、 さる證もなし、民戸二十七軒許あり、此傍より水流出て、至て冷水なり、 疝気の病にてなやめるか、或は骨をくだき身を打たるの類を治すこと、甚効験在りといへり。 風呂場にして湯壷三尺廻りあり」とある。 また、小曽木一丁目市川家所蔵の市川家日記にも湯治場として利用されていたことが記され、 近郊からの湯治客が多く、古くから岩蔵の湯の名で知られた。 明治5年頃漢方医儘田長松氏により旅館として開業されて以来、 明治17年6月、神奈川県からの正式許可を受け(当時は神奈川県下)、 数軒の旅館による岩蔵温泉郷として現在に至っている。 湯井は深さ130センチメートル、直径125センチメートル、その上には湯之権現がまつられている。 アルカリ性単純泉で泉温約12度である。
 (青梅市教育委員会)
湯場橋を渡っていくと小曽木街道に出ます。 交差点を右折して20mほどいくと岩蔵温泉バス停があります。
岩蔵温泉(いわくらおんせん)バス停
東青梅駅(JR青梅線)まで、都営バスと西武バスの便があります。
都営バス:河辺駅北口行きバス、青梅駅行きバス,または,青梅車庫行きバスにて25分、 便はあまり多くはありません。
 土曜 ...12:27 13:38 15:33 16:37
 日曜 ...12:07 13:39 15:29 16:37
西武バス:河辺駅南口行きバスにて25分、1時間に1本程度の便があります。
 土日曜 ...12:51 14:11 15:19 16:34 17:51 18:59 20:29