逗子小坪
散策:2004年08月上旬
【海辺散策】 逗子小坪
概 要 鎌倉市の南部から逗子市の小坪地区を経て逗子駅までを歩いていきます。 神社仏閣や公園の他に、材木座海岸・逗子マリーナ・逗子海岸などがあって、 潮風に吹かれながらの海辺の散策を楽しむことができます。
起 点 鎌倉市 光明寺バス停
終 点 逗子市 逗子駅
ルート 光明寺バス停…光明寺…秋葉大権現…良忠上人御廟…内藤家墓地…材木座海岸…逗子マリーナ…小坪漁港…天照大神社…大崎公園…披露山公園…浪子不動ハイキングコース…浪子不動…浪子不動園地…逗子海岸…逗子駅
所要時間 4時間40分
歩いて... 訪れたのが真夏とあって、鎌倉や逗子の海岸ではウィンドサーフィンや海水浴を楽しむ人達で賑わっていました。 高台にある公園からは鎌倉や逗子の海を一望できます。 光明寺では、運がよければ人馴れした猫たちに出会うこともできます。
関連メモ 材木座
コース紹介
光明寺(こうみょうじ)バス停
鎌倉駅(JR横須賀線)東口のバスターミナルから、 [鎌40]小坪経由逗子駅行きバス,または,[鎌41]小坪行きバスにて9分、 1時間に3本程度の便があります。
光明寺
バス停のすぐ先にあるT字路を左へ曲がると、正面に光明寺が見えています。 総門の手前に「浄土宗大本山光明寺案内図」があるので参考にしましょう。
光明寺
天照山蓮華院光明寺と号し、開山は然阿良忠で、開基は四代執権の北條経時と伝えられています。 浄土宗の大本山で、もと関東総本山と称しました。 この寺で毎年10月12日から15日まで行われるお十夜法要は、植木市などがたち、有名です。
 (浄土宗)
山門
総門をくぐり広い境内を進んでいくと立派な山門があります。
山門(三門)
弘化4年(1847)に再建された鎌倉に現存する最大の山門です。 建築は和様と唐様の折衷様式で、江戸時代後期の重厚な風格を備えています。 「天照山」の扁額は永亨8年(1436・当初の建築年)の裏書きのある後花園天皇の御宸筆です。 楼上には次の諸尊が安置されています。
・釈迦三尊像
・四天王像
・十六羅漢像
(いずれも江戸時代後期作のすぐれたお像です)
 (大本山 光明寺)
大殿
山門をくぐって更に進んでいくと大殿があります。 「ご自由に参拝下さい」とのことなので、靴を脱いで上がっていきます。 畳が敷き詰められた広い大殿には大きな仏像が燦然と輝いていました。 宗教心の乏しい私ですが、仏像の正面に正座してしばらく佇んでいました。 なんだか荘厳な気持ちになってきたりします。
ご案内
この寺は、天照山蓮華院光明寺と称し、浄土宗の大本山で、 「お十夜さんの寺」として多くの方々に親しまれています。 その十夜法要は、明応4年(1495)当山第九代観誉祐崇上人が後土御門天皇の勅許により、 つとめられたのを始めといたします。
光明寺の御歌
出る日も 入る日とともに 南無阿弥陀 佛の光り うけぬ日ぞなき
大殿(本堂)
本尊阿弥陀如来と脇士観音・勢至両菩薩を安置する当山の中心の御堂です。 元禄11年(1698)、当山第五十一世白玄上人の代に建立されたものです。 十四間四面の大建築で、現存する木造の古建築では鎌倉一の大堂です。 建築は数度の改修で一部建立当初の形を変えていますが、 内部の円柱・格天井・欄間の透彫など、建立当時の荘厳さを今に伝えています。 大殿の左側には小掘遠州の流れをくむ蓮池として有名な記主庭園、右側には三尊五祖の石庭が配してあります。
大殿内の主な諸尊
・本尊 阿弥陀三尊像
・善導大師像
・宗祖 法然上人像
・如意輪観音像
・和賀江島弁財天像 など
 (大本山 光明寺)
大殿の左手には記主庭園があり、立派な蓮が池一面に咲いていました。 池には鯉や亀も沢山泳いでいました。 境内にはこの庭園のほかにも、開山堂・稲荷大明神・三尊五祖の石庭・善導大師像・鐘楼・延命地蔵尊などがあります。 また、運がよければ、人馴れした猫たちに出会えたりもします。
人類の誓い
私たちはよくおちついて本当の自己(仏性)にめざめ、あわれみ深い心をもった人間となり、 各自の氏名に従ってそのもちまえを生かし、個人や社会の悩みとそのみなもとを探り、 歴史の進むべき正しい方向を見きわめ、 人種国歌貧富の別なく、みな同胞として手をとりあい誓って人類解放の悲願をなしとげ、 真実にして幸福なる世界を建設しましょう。
 (大本山 光明寺)
大殿の右手に、「良忠上人御廟所、北條経時公墓所」や 「秋葉大権現参道」と記された看板の立つ路地があったので、 ちょっと足を伸ばしてみることにしました。 光明寺の裏手を巻くようにして少し進んでいくと、分岐のある舗装道路に出ます。
秋葉大権現
分岐を左手に進み、民家を2軒ほど過ぎていくと鳥居があります。 その鳥居をくぐって石段を少し登っていくと、秋葉大権現がある広場に着きます。 光明寺の裏手にある小高い所ですが、周りに樹木が生い茂っていて展望は得られません。
秋葉三尺坊大権現の由来(伝記)
天照山光明寺第三十二世傳察上人は、当山の鎮護と火防の守護神として秋葉大権現を念じ給う御年80の時、 傳察上人は生身を天狗と現われて天照山の頂上に飛び、吾れ当山の火防の神となりて守護すべしと曰いてその姿は消え、 やがて空中に声ありて『われは秋葉三尺坊大権現なり、全市全町の火災を防ぎまた盗難を除かん、 吾を念ずる者には火の災いをのがれしめ、願いある者はその願いを成就せしめ、 各家無病息災ならしめん、生業繁盛し家栄え家内安全を守護せん』と曰う。 この日以後数百年、当秋葉講は江戸時代、江戸の人々も参詣したのでしたが、 当今は地元の我々がお祭をして居り、鎌倉近辺の方々が講員となられ、 講員数も1000余家と相成り、年々御賛同御入講下さる方も多くなりつつあります事は、 誠に御同慶の至りと存じます。 なにとぞ一層皆々様の御支援と御協力の程を切にお願い申し上げます。
良忠上人御廟
先ほどの分岐まで引返して右手へ少し進んでいくと、「良忠上人御廟参道」と記された石柱が立っています。 その路地へ入っていき、最後に短い石段を登っていくと御廟があります。 角張った普通の墓石とは違って、円い形をした墓石が並んでいました。
御廟から引返して、舗装道路を先へと進んでいきます。 中学校の先で道が二手に分かれていますが、右手の短いトンネルを通って降っていきます。 この辺りは「かながわの景勝50選 光明寺裏山の展望」に指定されているようですが、 樹木が育ってしまっていて、残念ながら景勝といえるような展望は得られませんでした。 それでも、樹木の間からは、材木座海岸や由比ヶ浜海岸やその奥の方には江の島の先端部も見えていました。 以前にはこれらが一望できるすばらしい景色だったのでしょう。
内藤家墓地
トンネルを抜けて少し降っていくと分岐があります。 鋭角に右手に曲がった所に内藤家墓地があります。 大きな墓石やお地蔵様が沢山並んでいました。あまり見かけない形の墓石でした。 なにやら不思議な雰囲気が漂っていました。
鎌倉市指定史跡 内藤家墓地
日向延岡の城主内藤家の歴代墓地で、江戸時代初期以来、代々のものが一墓地に建立されている。 高さ3mに及ぶ大宝筺印塔などが多く、他に笠塔婆、仏像形、五輪塔形、各塔婆形がある。 これに加えて灯籠、手水鉢があり、宝筺印塔と共に大名墓地の時間的変化を知ることができる好資料である。 江戸時代初期以降代々にわたる墓碑をよく保存する大名の墓地ちして貴重である。
墓碑五十八基(宝筺印塔四十基、笠塔婆十二基、仏像形四基、五輪塔形一基、角塔婆形一基)、 灯籠百十八基、手水鉢十七基、地蔵尊等九基
 (鎌倉市教育委員会)
内藤家墓地の入口を過ぎていくと、左手に降っていく短い階段があります。 その階段を降ってその先に続く路地を進んでいきます。 ウィンドサーフィンスクールの青い建物が近づいてくると車道に出ます。 左折して車道を少し進んでいくと、国道134号の陸橋があります。 逗子マリーナへはこの先にある小坪海岸トンネルを通っていくのですが、 陸橋の袂の右手すぐの所が材木座海岸なので、ちょっと立ち寄っていきましょう。
材木座海岸
陸橋からほんの少しで材木座海岸へ出ます。 出た所には「和賀江嶋」と記された石碑が建っていて、 少し沖合いにはその和賀江嶋(わかえじま)が波間に浮かんでいました。 訪れたのが真夏とあって、ウィンドサーフィンをする若者達や海水浴や砂浜で遊ぶ人達で賑わっていました。 遠くには江の島も見えていました。
国指定史跡 和賀江嶋
現存する最古の築港遺跡である。 材木座海岸は鎌倉時代に和賀江嶋と呼ばれ、諸国から鎌倉に入る船で大いに賑わったが、 遠浅で荷の上げおろしが不便で風波が強く難破する船も多かったところから、 往阿弥陀仏が築島を思いたち、貞永元年(1232)に幕府に申し出て認められ、 執権北條泰時らの協力で同年7月15日に着工し8月9日に完成した。 嶋は、まず大きな根石を置き、その上に丸石を積みあげて作られていたらしく、 現在でも所々に根石と思われる相当大きな石がみられる。 石材から相模川、酒匂川、伊豆海岸など遠くから運ばれてきたものと考えられ、 その膨大な量とともに大土木工事であったことが推測される。 その後、破損に伴い着岸する船から関銭をとって極楽寺忍性が修繕することを始め、 極楽寺長老がその任をついだ。
注意
この史跡の現状をみだりに変更し、滅失、き損、衰亡等、保存に影響を及ぼす行為は禁止されております。
 (神奈川県教育委員会)
逗子マリーナ
ナトリウム灯で照明された小坪海岸トンネルを抜けていくと、逗子マリーナの一角に着きます。 正面の分岐の所に逗子マリーナの地図があるので参考にしましょう。 逗子マリーナを散策したら、図の左下に記してある「至 逗子」の道から出ていきます。
ヨットハーバー
ヤシの木が植えられて南国ムードが漂う道を進んでいくと、 その先の方にはヨットハーバーがあり、沢山のヨットが係留されていました。
ZUSHI MARINA Cruising
ショートクルージング 葉山沖コース、江の島沖コース
お一人様\3,500 所要時間約30分 出港時刻12:00,13:00,14:00
その他にも貸切チャータープランなどもご用意しております。
 (逗子マリーナハーバー事務所)
防波堤の上に座って、しばらく海を眺めていました。 打ち寄せる波が消波ブロックに砕け散り、潮の香りが一面に満ちています。 向こう側に見えているのは、逗子湾にある葉山マリーナのようです。
この付近で礒のアワビ、サザエ、トコブシなどの貝類、 わかめ、ひじき、てん草などの海藻類の採取は禁止されております。
違反者は法令により処罰されます。
 (逗子警察署、神奈川県、逗子市、小坪漁業協同組合)
小坪漁港
逗子マリーナの南側を海沿いに進み、小坪海浜公園を過ぎていくと小坪漁港があります。 漁港を眺めていると、ちょうど仕立船が帰港してきました。 そばにあった看板によると、ここには十数隻の乗合・仕立船があるようです。
危(あぶない)険
サーフィン等でこの場所からの海面利用は漁船等が通過するため、 特に危険ですので止めてください。
 (逗子市)
防波堤の上で釣りをしたり遊んだりしてはいけません。
 (逗子市)
魚市場
漁港を右手に見ながら進んでいくと車道に出ます。 右折してすぐの所に小さな魚市場がありました。 この小坪漁港で揚がった魚貝類を扱っているのでしょうか。 車を止めて買っていく人が何人もいました。 この辺りは逗子八景のひとつ「小坪の帰帆」にあたるようです。 昭和25年頃の写真付きの説明板がありました。 松林の向こうに、江の島や富士山がくっきりと見える眺めの素晴らしい所だったようです。
小坪の帰帆
逗子八景
披露山の暮雪、浪子不動の秋月、神武寺の晩鐘、小坪の帰帆、田越川の夕照、桜山の晴嵐、沼間の落雁、山の根の夜雨
 (逗子市観光協会)
地震が発生したときは、津波をさけるため高台へ
 (小坪区会)
魚市場のすぐ右手にある路地へ入っていきます。 多少曲がってはいますが道なりに進んでいくと、「天照大神社」と記された石柱が立っています。 そこから急な石段が神社へと続いています。 道は右手へと続いていますが、ちょっと神社へ立ち寄っていきましょう。
保存樹林指定標識
この樹林は、所有者のご協力により保存樹林として市が指定するものです。 「みどりが息づくコンフォート・エコタウンをめざして」残された貴重な緑をみんなで守りましょう。
 (逗子市)
山火事注意
・吸いがらの投げ捨てを禁ず。
・無断で火を焚くことを禁ず。
 (逗子市消防署)
天照大神社
急な石段を登り切ると天照大神社の境内に着きます。 鳥居のすぐ先には拝殿とそれに続く本殿がありますが、 境内一杯に建てられていて、全体を写せるだけの引きがありませんでした。 横からだと何とか全体が入るのですが、正面からだとこんな感じです。 拝殿の中から本殿を写したものです。
参拝の作法
心を込めてお参りしましょう。
二拝(深い礼を二度します)
二拍手(拍手を二度します)
一拝(深い礼を一度します)
神社の右手にある参道を降っていくと、住宅地に出ます。 左へ続く広い道を進んでいきます。 右へ曲がってしばらく行くと十字路があります。 角にある道標によると、披露山公園へは左手の道を行くのですが、 右手の坂道を登っていくと大崎公園があるとのことなので、立ち寄っていくことにしました。
大崎公園
右手に逗子マリーナを見下ろしながら坂道を登っていくと大崎公園に着きます。 小高い所にある公園で、一面に草地が広がっていました。 東屋も一軒ありました。 ウサギの形をした泉鏡花の文学碑もありました。
泉鏡花文学碑
泉鏡花は、明治39年から41年まで逗子に住み、作品中に逗子の様々な土地が紹介されています。
 (逗子市教育委員会)
大崎公園ご利用の皆さんへ
1. この付近の道路は駐車禁止です。 公園を利用される方は披露山公園の駐車場(利用時間は午前8時30分から午後4時30分まで)をご利用ください。
2. 夜間のご利用は、ご近所の皆様のご迷惑にならないようにお願いします。
3. 危険のおそれのある行為、人の迷惑となるような行為等、公園の管理に支障がある行為を禁止します。
車とバイク進入禁止
 (逗子市)
自然環境保全地域
自然を大切にしましょう。
建築物の新改増築、土地の形質変更等は届出が必要です。
 (神奈川県)
披露山・大崎 自然環境保全地域
この自然は、県民共通の貴重な財産として、子孫に伝えるかけがえのない宝物です。
草や木や、矢正の動物を大切に。 ゴミは必ず持ち帰りましょう。
 (神奈川県)
大崎公園の先の方にある展望所へ出てみると、逗子湾や葉山マリーナなどを一望できる景色が広がっていました。 しかし、手前の樹木が邪魔をしていて、ちょっぴり残念でした。
大崎公園から先ほどの十字路まで戻って、正面の広い道を緩やかに登っていきます。 100mほど行った坂の途中に十字路があります。 道標は見当たりませんでしたが、右折して真直ぐに続く道を降っていきます。 広い庭園のような中にゆったりとした住宅が点在していました。 この位ゆったりとした街並みだと、住んでいても、さぞや心広々とした気分になれることでしょう。
U字形に大きく左へ曲がっていくと、右手に石段があります。 道標「披露山公園」に従って、この石段を登っていきます。 石段はすぐに終わってなだらかな道になります。
2分ほど進んでいくと再び分岐があるので、道標に従って右折していきます。 コンクリート舗装された道がしばらく続きます。 明るい雑木や草が生い茂る道を登っていきます。
お願い
この梅と夏みかんの木は逗子ロータリークラブが植樹したものです。 大切に育て、実った梅と夏みかんは、社会福祉施設に寄贈しておりますので、 絶対に穫らないで下さい。
披露山公園
4分ほど登っていくと披露山公園に着きます。 園内には、猿舎や小動物舎などがあり、 ニホンザル、ホロホロチョウ、インドクジャク、ウサギ、モルモット、ウズラ、セキセイインコ、 ナゴヤコーチン、クジャクバト、ウコッケイ、クサガメ、ミドリガメ、チズガメなどを見ることができます。 レストハウスもありますが、中にあった売店は営業をやめたとのことでした。
披露山公園
披露山は、逗子市の西側に位置する、高さ100mほどの台地です。 ここからは、東に逗子湾、北西には相模湾に浮かぶ江の島、背後に富士山や伊豆箱根連山、 南には伊豆大島を望む素晴らしい景勝地となっています。 披露(ヒロ)の名は「ひらきあらわす」という、めでたいこと、良いことを公表する意味があり、 鎌倉時代将軍に献上物を披露した所、あるいは献上の品物を披露する役人が住んでいた所ともいわれています。 披露山公園は、昭和33年(1958)6月7日に開園しました。 敷地面積は5.8ha、公園の広場は第二次世界大戦時に海軍の高射砲陣地があったところで、 三つの高射砲砲座(直径12m)と監視所の地下室が残されていました。 これらを利用して、砲座を展望台ち円形花壇及び猿舎に、監視所跡にはレストハウス等を設けています。 駐車場内には、終生逗子で過ごした「憲政の神様」と言われた政治家、尾崎行雄の記念碑があり、 「人生の本舞台は常に将来に在り」と刻まれています。
付近の見どころ
【大崎公園】
相模湾に突き出した岬の頂上にあり、そのながめの素晴らしさから、 平成4年度の「かながわの公園50選」に披露山公園と共に選定されました。 園内には、泉鏡花直筆の俳句「秋の雲 尾上のすすき 見揺るなり 鏡花」と 刻んだ泉鏡花文学碑があります。泉鏡花は明治39年から3年間逗子に住み、 その時期に「春昼」、「春昼後刻」、「婦系図」等の作品を発表しました。 大崎公園まで徒歩約15分、トイレ施設あり、駐車場施設なし。
【浪子不動(高養寺)】
披露山公園から「披露山・浪子不動ハイキングコース」を逗子海岸へ降りる途中に浪子不動があります。 お堂は徳富蘆花の小説「不如帰」の舞台となり、小説のヒロイン「片岡浪子」の名から浪子不動と呼ばれるようになりました。 お堂の前の海岸には、不如帰の碑が建てられており、碑の下には蘆花が用いた筆と硯がおさめられています。
【披露山・浪子不動ハイキングコース】
公園駐車場から往復約30分
 (逗子市)
公園にある展望台からは、手前の住宅地の向こうに、鎌倉の海や江の島などが見渡せます。 この披露山公園からの眺めは「かながわの景勝50選」にも選ばれているようです。
浪子不動ハイキングコース
レストハウスの右手にある坂道を降っていくと駐車場に出ます。 その右手には「浪子不動ハイキングコース」の案内板が立っていました。 不動尊・不動園地を経て逗子海岸へ続いているとのことなので、降っていくことにしました。
谷筋に続くハイキングコースを降っていきます。 よく歩かれているコースなのか、道は緩やかでとても歩きやすくなっています。 谷筋のため展望はありませんが、小さな沢を渡ったり渡り返したりしながら降っていきます。
火気に注意
 (神奈川県)
浪子不動
10分ほど降っていき、正面に逗子の海が見えてくると、ハイキングコースも終わりになります。 国道134号に降り立つすぐ左手前に、浪子不動の高養寺があります。 徳富蘆花の小説「不如帰」の舞台になった所だそうです。
浪子不動園地
不動尊の下は浪子不動園地になっていて、その前には逗子の海が広がっています。 園地には「さくら貝の歌」の歌碑があります。 また、海の中には不如帰の碑が建っています。 この辺りは逗子八景のひとつ「浪子不動の秋月」にあたるようです。 昭和25年頃の写真付きの説明板がありました。 荒波の海の中に立つ不如帰の石碑が夕日に映えて素晴らしい眺めの所だったようです。
浪子不動の秋月
逗子八景
披露山の暮雪、浪子不動の秋月、神武寺の晩鐘、小坪の帰帆、田越川の夕照、桜山の晴嵐、沼間の落雁、山の根の夜雨
 (逗子市観光協会)
「さくら貝の歌」歌碑 土屋花情 作
「さくら貝の歌」の作者、土屋歌情氏は、逗子の浜辺から詩想を得て創作しました。 またラジオ歌謡として愛唱されました。
 (逗子市教育委員会)
さくら貝の歌
うるわしき さくら貝ひとつ 去りゆける 君に捧げん この貝は こぞの浜辺に われひとり ひろいし貝よ
ほのぼのと うす紅染むるは わが燃ゆる さみし血汐よ はろばろと 通うかおりは 君恋うる 胸のさざなみ
ああ なれど わが想いは はかなく うつし世の 渚に果てぬ
 (土屋花情)
園地の左手から新宿13号地下道を抜けていくと海辺に出られます。 砂浜になっている逗子海岸とは違って、ここは磯浜になっています。 遠浅になっていて、50cmほどの深さで10数mほど先まで続いているようでした。 一組の親子連れが海水浴をしていました。 「砂浜とは違い、砂が飛んできたり衣服などに入ったりすることもなくて、ここは穴場だ」とか話し合っていました。
逗子海岸
国道134号の歩道を逗子海岸へと進んでいきます。 所々に国道の下をくぐる地下道があります。 その中のひとつを通って浜辺へ出てみました。 真夏とあって、ウィンドサーフィンや海水浴を楽しむ多くの人達で賑わっていました。
逗子(ずし)駅
逗子海岸の中ほどで国道134号から別れ、逗子駅へ向って真直ぐに進んでいきます。 東郷橋を渡っていくと逗子海岸入口交差点に出ます。 そこを左折したすぐ先にある三叉路を右折して銀座通りを進んでいくと、 逗子駅(JR横須賀線)に着きます。