いこいの森
散策:2004年07月中旬
【街角散策】 いこいの森
概 要 いこいの森は小田原市の中西部にある自然公園で、川遊びやバーベキューをしたりキャンプをしたりできます。 近くにはこどもの森公園や辻村植物公園もあって、家族連れでも一日中楽しめるところです。 童謡「めだかの学校」の古里の荻窪用水沿いに、いこいの森へと歩いていきます。
起 点 小田原市 小田原駅
終 点 小田原市 荻窪上バス停
ルート 小田原駅…めだかの学校…市方神社…荻窪駒形の水車…溜池跡…荻窪インター…辻村植物公園…こどもの森公園…いこいの森…坊所川…あそびの広場…ふれあいの丘…クヌギの広場…観察の森…やすらぎ広場…荻窪上バス停
所要時間 4時間10分
歩いて... いこいの森までのバスの便はほとんどないので、自家用車でいくか小田原駅から4kmほどを歩いていくことになります。 途中の荻窪上まではバスの便があるので、それを利用してもいいでしょう。
関連メモ 今のところ、関連メモはありません。
コース紹介
小田原(おだわら)駅
小田原駅(JR東海道線)から歩いていきます。
西口を出た所に「小田原市全域案内図」や「周辺案内図」があるので参考にしましょう。 めだかの学校を訪ねてから、辻村植物公園やこどもの森公園を経て、いこいの森へと向っていきます。
西口のバスターミナルの中ほどに、小田原にゆかりの深い北條早雲の大きな銅像が建っています。
北條早雲公略伝
北條早雲公(伊勢新九郎長氏のち宗瑞、早雲庵。法名・早雲寺殿天岳瑞公)は、 戦国時代に相模、武蔵、上総、下総、安房、常陸、上野、下野の関八州のほか、 伊豆、駿河に勢威を及ぼした小田原北條氏五代の祖である。 …中略… 菩提寺金湯山早雲寺は箱根湯本にあり、当初は早雲公、氏綱公のニ代をまつっていたが、 その後、氏康公、氏政公、氏直公をも加え、北條五代の霊を合祀している。
 (北條早雲像建立期成会)
200mほど進んでいくとT字路があります。 向かい側には「めだかの学校 550m左折」と記された案内板が右手を指しています。 案内に従って信号を右折して坂道を越えていきます。 かなり交通量の多い道を降っていくと小田原税務署西の信号があります。 その手前には「めだかの学校 左折60m」の案内板が立っています。
めだかの学校
信号を左折して少し行くと、荻窪西バス停のそばに「めだかの学校」があります。 童謡「めだかの学校」が生れたところです。 この童謡は、終戦間もない頃、作者がこの辺りで息子と交わした会話から誕生したのだそうです。 小さな公園になっていて、藤棚・歌碑・水車小屋などがあります。 そばを流れる荻窪用水から水を引き入れて、今でもゴトゴトと音をたてて水車が廻っています。
童謡「めだかの学校」のふるさと
日本全国で歌い親しまれている童謡「めだかの学校」は、昭和25年童話作家の茶木滋さんが この荻窪用水周辺を舞台に作詞されました。 平成8年5月8日開校となりました。
わたくしたちの名前はクロメダカです。 わたくしたちは音にとても敏感で、足音がするだけで隠れてしまいます。 歌詞にもあるとおり、そっとのぞいて見てください。
わたくしたちは、住んでいたふるさと(川)によって遺伝子が違います。 わたくしたちを捕まえたり、ほかの川の仲間たちを放したりしないでください。
わたくしたちは体が小さいので、学校に大きな魚(コイ、フナ、ブラックバス)などを放さないでください。 わたしたちが食べられてしまいます。
休憩小屋は、感応式のセンサーで、校歌「めだかの学校」のメロデーが流れます。
 (ODAWARA PUBLIC INFORMATION)
めだかの学校
めだかの学校は 川のなか そっとのぞいて みてごらん
  そっとのぞいて みてごらん みんなで おゆうぎ しているよ
めだかの学校の めだかたち だれが生徒か 先生か
  だれが生徒か 先生か みんなで げんきに あそんでる
めだかの学校は うれしそう 水にながれて つーいつい
  水にながれて つーいつい みんなが そろって つーいつい
 (作詞)茶木滋、(作曲)中田喜直
荻窪用水ものがたり
めだかの学校の横を流れる川のことを荻窪用水といいます。 江戸時代の荻窪村は、地震や富士山の噴火による影響で田畑は荒れ果て、作物がなかなか育ちませんでした。 寛延2年(1749)、足柄上郡川村岸(現在の山北町)の農家で、川口広蔵が生れました。 大工仕事が大変うまかった広蔵は、笹竹でカゴを作り、売り歩いて回り、荻窪村にも来ていました。 「水があればたくさん米が作れる。水がほしい」村人の願いを聞いた広蔵は、 水に困らないようにするにはどうすればいいか考えました。 測量や土木工事などの技術を知っていた広蔵は、荻窪村にも用水が引けないか調べました。 この結果、早川の水を湯本から引けば、豊かな水田が開けるという考えを持ちました。 工事は、短いものをふくめると40以上ものトンネルをほりぬくという大工事で、約20年にもおよびました。 享和2年(1802)湯本取水口から荻窪に至る7.2キロメートルの水路が完成し、 現在の荻窪用水となっています。
荻窪用水沿いに進んでいくと三叉路があります。 火の見前バス停のそばには、道標「水車小屋200m」が左手の道を、「市方神社」が右手の道を指しています。 辻村植物公園へは左手の道を進んでいくのですが、右折して市方神社に立ち寄っていきましょう。
市方神社
鋭角に右折して50mほどいくと、左手に道が分かれていきます。 角にある道標「市方神社」に従って左折していくと、正面に市方神社があります。 鳥居をくぐり短い石段を登っていくと社殿があります。 境内には多くの石碑がありました。
市方神社の石碑群
市方神社境内にはたくさんの石造記念物があります。左手の「川口廣蔵翁頌徳碑」は、 昭和32年に荻窪用水開発の功労者をほめたたえるために建てられました。 裏面には、川口廣蔵による救済事業であったという由緒が刻まれています。 この碑の隣にある「荻窪灌漑溝復興碑」は、昭和3年に現小田原税務署向かいの荻窪川北岸に建てられ、 道路改修にあたってこの地に移したものです。 碑の表面には、小田原藩主大久保候が開いた用水路が、関東大震災(1923)で破壊され、 その復興を達成した経緯が記されています。 右手には、念仏供養塔(1785)や馬頭観音(1801)、石橋供養塔(1853)、唯念名号塔(1854)、 六地蔵他があります。馬頭観音は七基集まっていますが、とても美しい石像が刻まれていますし、 他にも興味深い記念物が残されています。
 (小田原市教育委員会)
荻窪駒形の水車
元の道に戻って民家の続く道を進んでいくと、3分ほどで水車小屋があります。
荻窪駒形の水車
水車は流れる水の力を動力に変え、その力で精米、製粉、製糸、あるいは灌漑などに利用され、 昔から生活の一部として広く各地で利用されていました。 この水車は荻窪用水の水を受ける直径4メートルあまりの「たいこ」、それに力を伝える「心棒」、 「歯車」、そして玄米を白米に精米するたねの「杵」と「臼」で構成されています。 精米は、量に応じて3つの臼に玄米を入れ、杵でつき、1日から2日程度で出来上がります。 その間、水量を調整したり、玄米についていた「ぬか」が杵でつかれ、取れて臼に溜まるため、 それを「ざる」でこしたりといった手間がかかる作業であり、現在は利用する人も少なくなっています。 水車はここ荻窪地区を始め、数多くありましたが、市内ではこの水車を残すだけとなってしまいました。 先人たちが苦労して作り残した荻窪用水、そして水車を大事に守り、後世に伝えていきたいものです。
 (小田原市教育委員会)
水車小屋を過ぎて数分行くと、次第に民家もまばらになってきます。 坂上バス停のそばに農産物無人販売店がありました。 一袋100円とのことですが、それ以下の金額しか入れていかない人がよくいるようで、 苦言のメモが貼り付けてありました。
金額を正直に入れて下さる方には申し訳ありませんが、書かせていただきます。 毎日、ひと袋50円で、またはそれ以下の金額でたくさん持って行かれる方があります。 …中略… どうか生産者を悲しませないでくださいませ。お願いいたします。
 (店主)
溜池跡
次第に登り坂になってきます。 小田原厚木道路が正面に見えてくると、その手前に溜池跡がありました。
溜池跡
むかし荻窪村は水不足で水田も少なく、日照りの害をうけることがたびたびありました。 そこで、組頭久兵衛たちが、坊所川上流の湧水を水源ちしてトンネルで水を引き、 溜池に集めて利用する計画をたてました。 そして、宝暦7年(1757)にこれを完成し、記念に石燈籠を山神社(辻村植物公園の奥にある)にあげました。 溜池は寛政11年(1779)に荻窪用水ができてからも利用されていましたが、 後に水田となり、今では土堤跡が残るだけです。
 (小田原市教育委員会)
荻窪インター
溜池跡のすぐ先に荻窪インターがあります。 荻窪用水はインターの手前から左手へと曲がっていきますが、 今回は、高架をくぐって左折して辻村植物公園へと進んでいきます。 そばにある案内板によると、ここから辻村植物公園までは800mとなっています。
インターを過ぎていくと民家もなくなってきます。 大きく右へ曲がる坂道を登っていくと、小田原市街への道が左へ分かれていきます。 竹林が続く山間部の道を更に真直ぐに登っていきます。
辻村植物公園
再び竹林が現われると辻村植物公園の一角に着きます。 竹林を見送って更に進んでいくと、陸橋の手前に辻村植物公園があります。 入口に「辻村植物公園案内図」があるので、散策ルートを確認しておきましょう。 緩やかな傾斜地に広がる梅林と、それを取り巻くように桜などの林が続いています。
辻村植物公園の由来
この地は、以前辻村農園と呼ばれ、広い梅園を中心として、珍しい外国産樹木が散在する静寂な地でありました。 辻村農園は、明治末期辻村常助・伊助の兄弟によって開かれ、大正8年にこの地に移った。 もとの農園は、現在の小田原駅の地にあり、当時まだ珍しかった西洋の草花が栽培され、 小田原町民に親しまれていたが、鉄道熱海線(現在の東海道線)が国府津から小田原まで敷設されることとなり、 移転したものである。 辻村常助は、花卉園芸の先駆者の一人であり西洋草花、花木など我が国への導入に功績があり、 また外国産樹木の種子を輸入して、この地で試作し現在その一部が残り、 今や樹齢70有余年に達し、この地の景観に珍しさを添えている。 なお、伊助は登山家として知られ、スイス日記などの著書があるが、 関東大震災(大正12年)の山崩れによって、箱根湯本にいた伊助一家五人は禍合した。 昭和61年、小田原市はこの地を辻村克良氏から譲り受け、 自然の景観と貴重な植物の保全はもとより、これら特異な植物による教育性をも含んだ レクリェーションの場として辻村植物公園(面積4.7ヘクタール)を整備したものです。
 (小田原市)
園内には細長く続く池や噴水もあって涼しさを演出しています。
公園利用者にお願い
公園はみんなで自由に安全に楽しく利用するものです。 次のようなことは、禁止されておりますので、みんなで守りましょう。
1.公園の施設を壊したり汚したりすること。
2.動物や植物をいたずらをすること。
3.はり紙や皇国を表示すること。
4.ごみなどで公園を汚すこと。
5.指定場所以外の場所に車両を乗入れること。
6.許可なく火気を使用すること。
 (小田原市役所公園緑地課)
園内の奥の方にある東屋からは小田原の街や相模湾を遠望することができます。 東屋の下にもベンチが設置されているので、景色を眺めながら休憩するのにはいい場所です。
「こもれびのはし」を渡って車道の反対側へ行くと、 石がサークル状に並び、何処となく厳かな雰囲気が漂っていました。 古代の環状列石かとも思いましたが、 解説板などが見当たらないところをみると、 古代の遺跡という訳ではなく、最近になって作られたもののようです。
こどもの森公園
植物公園を出て、陸橋の下をくぐっていくと、すぐに小田原こどもの森公園があります。 エントランス広場、ふれあい広場、冒険の丘などがある自然がいっぱいの公園です。
わんぱくらんど
ここは「遊びに熱中できる感動と発見の公園」です。 自然の中でのびのびと遊んでみましょう。 テレビゲームなんかでは味わえないスリルと感動があるはずです。 そして家族や友達、ポニーたち生き物とのふれあいには、きっと大きな発見があるでしょう。
小田原こどもの森公園「わんぱくらんど」は、平成3年9月に建設大臣の指定を受けた全国15箇所の 「平成記念子供の森公園」の一つで、平成新時代の幕開けを記念し、 あわせて21世紀を担うこどもたちの健やかな成長に資するため、 緑豊かな活動の場となるよう計画されました。 この公園は、こどもたちが植物や動物とのふれあいを通じて心豊かに成長することを願い、 自由にのびのびと活動ができるよう自然を生かした整備を行い、 市制60周年に当たる2000年に開園しました。 「わんぱくらんど」という名前は、457件の応募の中から、市民アンケートなどを参考に決定しました。
 (小田原市)
園内には、SL型のこども列車「なかよし号」がエントランス広場と冒険の丘を結んでいます。 ふれあい広場ではヒツジやヤギなどの動物たちに出会うことができます。 ポニーに乗ったりすることもできます。 また、遊具なども沢山あって、多くの家族連れで賑わっていました。
「わんぱくらんど」を出たところにある二俣を、 道標「いこいの森500m」に従って左手に進んでいきます。 山並みが広がる中を緩やかに降っていきます。
いこいの森
いこいの森駐車場を過ぎていくと、いこいの森の入口に着きます。 道はこの先へも続いていますが、萩野林道になってるようです。 藤棚をくぐって森へと入っていきます。 入口にある管理棟ではパンフレットが貰えるので立ち寄っていきましょう。
本日はご来園頂きありがとうございます。 管理棟の中でひと休みしてはいかがでしょうか!
 (管理人)
本日はありがとうございます。 セルフサービスになっておりますので、 ご使用になった用具類はきれいに洗ってから元の場所に戻して下さい。
 (管理人)
管理棟の横に「小田原市いこいの森案内図」があるので、散策ルートを確認しておきましょう。 今回は、ふれあいの丘・クヌギの広場・観察の森・やすらぎの広場を巡っていきます。 その他にバードゴルフ場・キャンプ場・せせらぎの森・林間運動広場などもあります。
小田原市いこいの森案内図
小田原市いこいの森は、森林の大切さを身近に認識していただき、 木材の生産ばかりでなく、休養の場として活用してもらうために開設したものです。 いこいの森の豊かな自然ときれいな空気の中でやすらぎと明日への活力を求め、 健全な心身をつちかい、緑を通してふれあいを広めてください。
所在地小田原市久野4292番地の1ほか
面積27ヘクタール
施設総合案内(管理棟)、林間キャンプ場、林間広場、バードゴルフ場、林間歩道、駐車場、その他施設
森林のはたらき
森林は、
1.空気をきれいにしてくれます。
2.水を貯えてくれます。
3.洪水やガケくずれなどの災害を防いでくれます。
4.建築材料、パルプ、きのこ類など、いろいろな物を生産してくれます。
5.レクリエーションの場になります。
6.野生動物を保護してくれます。
 (小田原市)
いこいの森の真ん中を流れる坊所川へと杉林を降っていきます。
ゴミを捨てるのはあなたですか!
海・山・川 この自然を大切に!
小田原市では「ごみの持ち帰り運動」を行っています。
山歩く 心にいつも 火の用心
山火事注意
 (神奈川県、小田原市、いこいの森)
森林の現況
区分全国神奈川県小田原市
全面積37,781,866ha241,358ha11,406ha
森林面積25,146,000ha95,579ha4,287ha
森林の占める割合67%40%38%
これらの森林は、林業関係者の汗と地道な造林、保育作業によって守られています。
 (小田原市)
坊所川
川のそばはキャンプ場やベーベキュー場になっていて、多くの家族連れで賑わっていきました。 坊所川の流れの中では子供たちが歓声を上げて水遊びに興じていました。 何とも涼しげな光景です。
あそびの広場
小さな木橋を渡って対岸へいくとあそびの広場があります。 広場の横には体験交流センターが建っています。 ここから、ふれあいの丘・くぬぎの広場・やすらぎ広場にかけて、沢山の木製遊具がありました。 「丸太の遊具全体図」があるので参考にしましょう。
坊所川沿いに歩いていきます。 川を流れる水音や木々の緑が心地よさを添えてくれます。
ふれあいの丘
横木の階段をひと登りするとふれあいの丘があります。 大きなネットが広がっていました。 その上で子供達が楽しそうに転がっていました。
緑は友だち 山火事注意
自然を守りましょう。
 (森林国営保険、神奈川県)
ふれあいの丘の向こう側の杉林を降っていくと、再び坊所川に出ます。 川の水を手ですくって顔を洗いました。う〜ん、冷たくて気持ちがいい。 少し上流にある砂防ダムを流れ落ちる水の音が響き渡り、涼しげな雰囲気が漂っています。 円いコンクリート製の飛び石を渡って対岸へ行きます。
川を渡って少し登っていくと十字路があります。 右は林間運動広場を経て駐車場へ、左はせせらぎの森へと続いているようですが、 今回は正面の道をクヌギの広場へと向いました。
いこいの森区域内では、トイガンによるサバイバルゲーム等はできません。
山火事防止のため、歩行中禁煙
クヌギの広場
杉林を抜けていくとクヌギの広場に着きます。
クヌギの広場
クヌギは、この地域や秦野地方で多く植えられた樹木で、 この落葉を集めてタバコなどの苗床用として利用されてきました。 また、クヌギは硬くて重いので木炭用としても良質で、 「クヌギ炭」あるいは「サクラ炭」といわれて使われていました。 現在、家庭の炊事などの燃料用としての役割は終わりましたが、 茶湯やバーベキュー用として県下でわずかに生産されております。 この他、手ごろの太さのクヌギはシイタケの原木として使われています。
上の方にある東屋の左手の先にある道を進んでいくと、左手に戻るようにして道が分かれています。 ここを左折していきます。
小さな木橋を渡りながら杉林を進んでいくと分岐があります。 このまま真直ぐにいくと坊所川や久野へ続いているようですが、 道標「やすらぎ広場350m」に従って、右手の木橋を渡っていきます。
観察の森
谷筋を登っていくとオリエンテーリングのポストがあります。 その手前を左へ曲がり観察の森を通っていきます。
観察の森
この林は、もともとソダや薪を取るために手入れされていた雑木林で、 次のような樹木や草木で構成されていました。 今回、この雑木林を「観察の森」として整備しました。 若葉・緑化・紅葉そして冬枯れと四季の変化に富んだ郷土の樹木を観察しましょう。
区分樹木名
高木コナラ・クヌギ・エゴノキ・ヤマザクラなど
低木ムラサキシキブ・マメザクラ・クロモジなど
草本ノガリヤス・カンアオイ・ヤブランなど
やすらぎ広場
雑木林を登っていくと正面が明るくなってきます。 茶畑について左手に行くとやすらぎ広場があります。
広場から引き返して茶畑の中の小道を進んでいきます。 作業小屋の脇を抜けていくと車道に出ます。
車道を右手に進んでいくと、4分ほどでこどもの森公園に戻ります。 ここからは、元来た道を小田原駅へと戻っていきます。
荻窪上(おぎくぼかみ)バス停
小田原厚木道路の高架をくぐっていくと荻窪上バス停があります。 丁度いい具合にバスの便があったので乗って帰ることにしました。
小田原駅(JR東海道線)まで、小田原駅西口行きバスにて7分、 1時間に1本から2本程度の便があります。
 土日曜 ...12:17 13:22 14:02 14:42 15:22 16:12 16:42 17:17 17:52