朝比奈切通
散策:2004年06月中旬
【低山ハイク】 朝比奈切通
概 要 朝比奈切通は鎌倉七切通しの一つで、鎌倉市十二所と横浜市金沢区六浦を結ぶ道にあります。 現在では少し北側に車道ができているので、鎌倉時代に開削されたこの道を通る人も殆どいなくなり、 往時の姿を色濃く残した国史跡として保存されています。
起 点 鎌倉市 十二所神社バス停
終 点 横浜市 朝比奈バス停
ルート 十二所神社バス停…十二所神社…泉橋…梶原太刀洗水…朝比奈切通入口…石仏…朝比奈峠…熊野神社分岐…拝殿…熊野神社…熊野神社分岐…朝比奈切通出口…朝比奈バス停
所要時間 1時間40分
歩いて... バス停からほど近い所にあって歩きやすく短いコースなので、思い立ったら手軽に訪れることができます。 岩盤を開削して造られたという切通を歩いていると、何だか鎌倉時代にタイムスリップしたような感じがしたりします。
関連メモ 池子の森, 池子の森, 十二所果樹園, 朝比奈切通, 鎌倉アルプス, 鎌倉アルプス, 朝比奈切通
コース紹介
十二所神社(じゅうにそうじんじゃ)バス停
鎌倉駅(JR横須賀線)の東口にあるバスセンターから、 [鎌23]鎌倉霊園正門前太刀洗行きバス,または,[鎌24]金沢八景駅行きバスにて13分、 1時間に3本から4本程度の便があります。
十二所神社
バス停の10mほど金沢八景寄りに、信号のある十字路があります。 角に「十二所神社100m」と書かれた道標があります。 左手へ曲がったすぐそこにあるので、ちょっと立ち寄っていきましょう。 鳥居をくぐって10数段の石段を登ると本殿のある境内です。 弘安元年(1278)の創建で、かつては熊野十二所権現社と呼ばれ、 ここから400mほど南にある光触寺の境内に祀られていたようです。
十二所神社御祭神
天神七代
 ・国之常立神(くにのとこたちのかみ)
 ・豊雲野神(とよくもののかみ)
 ・宇比地邇神・須比知邇神(うひぢにのかみ・すひぢにのかみ)
 ・角杙神・活杙神(つのぐひのかみ・いくぐひのかみ)
 ・意富斗能地神・大斗乃弁神(おほとのぢのかみ・おほとのべのかみ)
 ・淤母陀琉神・阿夜訶志古泥神(おもだるのかみ・あやかしこねのかみ)
 ・伊邪那岐神・伊邪那美神(いざなぎのかみ・いざなみのかみ)
地神五代
 ・天照大御神(あまてらすおおみかみ)
 ・天忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと)
 ・彦火瓊々杵尊(ひこほのににぎのみこと)
 ・彦火々出見尊(ひこほほでみのみこと)
 ・鵜苅葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)
地震が来たら近づかないで!
社殿、神楽殿、玉垣・石垣、石段、大木・崖地、鳥居、水舎、灯籠、狛犬、石碑等
 (神奈川県神社庁)
神棚に 朝一番の ごあいさつ 神社本庁「家庭のまつり」標語優秀作品
みんなで毎日 神棚まいり
感謝のこころをつたえたい
家族の願いをつたえたい
神棚には伊勢神社のおふだ(神宮大麻)と氏神さま(あなたの町の神さま)のおふだをおまつりします。
先ほどの十字路まで戻り、赤い帽子と前掛けをしたお地蔵様の立つ横断歩道を渡り、 「朝比奈切通し550m」の道標に従って、その先にある道を進んでいきます。
滑川
歩き始めてすぐの所の右手に小さな橋が見えたので、ちょっと覗いてみました。 朝日を浴びて滑川の川面が綺麗に輝いていました。
泉橋
すぐにあるT字路を左にとって、バス道路の下に続く道を進んでいきます。 滑川に沿って進んでいくと泉橋があります。 道は滑川沿いに左手へと続いていますが、ここで分かれて泉橋を渡っていきます。 そばには「朝比奈切通し400m」の道標が立っています。 道標を写そうとして、被っていた木の枝を払い除けると、その枝にカタツムリがいました。 目を高くあげ体を一杯に伸ばして元気そうに這っていました。 もうそんな季節になったのですね。
泉橋からは、滑川から分かれた太刀洗川に沿って進んでいきます。 川沿いに民家が点々と並んでいて雰囲気のいい所です。
砂防指定地 太刀洗川
この土地の区域内において、宅地造成・家屋の新築・土採取等の行為をする場合は、 神奈川県知事の許可が必要ですから、藤沢土木事務所に御相談下さい。
 (神奈川県)
「コーポ朝比奈」を過ぎた辺りから土の道に変わります。 最後の民家を過ぎていくと、両側から山肌が迫ってきて、散策の雰囲気も盛り上がってきます。 太刀洗川を左手に見ながら進んでいきます。 崖から水が流れ落ちている所も何ヶ所かあったりします。
高い崖を左に見ながら進んでいきます。 右手の崖にはシダ類や苔類がいっぱい生えていました。 狭い谷筋に、しっとりとした雰囲気の景色が続きます。
梶原太刀洗水
崖を過ぎていくと、太刀洗川の向う側の岩肌にある竹筒から水が流れ落ちていました。 これが梶原太刀洗水なのでしょうか。 その上には岩肌をくり抜いたような所があります。 石仏もあるとのことですが、草が邪魔をしていて確認はできませんでした。 この崖の上の方にでもあるのでしょうか。
寿永2年(1183)、梶原景時が上総介千葉広常を討ってその太刀を洗った所と云われ、 鎌倉五名水の一つとされている。この付近の地名に「太刀洗い」の名が残っている。
 (鎌倉市ホームページより抜粋)
朝比奈切通入口
梶原太刀洗水の少し先で道が分かれています。 正面に登っていく道は十二所果樹園への道です。 10分ほど登っていった所にある果樹園の開園期間は、 7月1日〜8月20日及び10月21日〜5月10日となっています。 訪れた時は閉園中で、中に入ることは出来ませんでした。 朝比奈切通はここから左手に続いています。
(十二所果樹園は、後日に訪ねた時には通年開園になっていました)
史跡 朝比奈切通
文化財をたいせつに
車止めを過ぎたすぐ右手に小さな滝がありました。 訪れたのが豆台風の過ぎた翌日とあって、水が勢いよく流れ落ちていました。 滝のそばには「朝夷奈切通」の記念碑が建っています。 「朝比奈」は「朝夷奈」とも書くようです。
朝夷奈切通
鎌倉七口ノ一ニシテ鎌倉ヨリ六浦ヘ通ズル要 衝ニ当リ大切通小切通ノニツアリ土俗ニ朝夷 奈三郎義秀一夜ノ内ニ切抜タルヲ以テ其名ア リト伝ヘラルルモ東鑑ニ仁治元年(皇紀一九 〇〇)十一月鎌倉六浦間道路開削ノ議定アリ 翌ニ年四月経営ノ事始アリテ執権北条泰時其 所ニ監臨シ諸人群集シ各土石ヲ運ビシコト見 ユルニ徴シ此切通ハ即チ其当時ニ於テ開通セ シモノト思料セラル
 (昭和十六年三月建 鎌倉市青年団)
滝をあとにして、朝比奈切通を進んでいきます。
緩やかに登っていくその道は、岩盤を開削して造られたようで、 崖に囲まれて幅の広い岩畳がずっと続いています。 しっとりとした場所なので、崖にはシダ類や苔類が沢山生えていました。
歴史的風土特別保存地区
昭和63年6月17日から、この地区は、歴史的風土特別保存地区になりましたので、 建築物、工作物の新築・増築・改築、土地形質の変更、木竹の伐採、土石の類の採取、 建築物、工作物の色彩の変更、屋外広告物の表示又は、掲出及び水面の埋立又は、 干拓の現状変更行為をするときは、許可がいります。 違反すると刑罰に処せられます。 なお行為の申請、質問等の申出は下記へ。
 (神奈川県横須賀三浦地区行政センター、鎌倉市役所)
小さな流れを渡っていくと、幅が狭まって先が途絶えてしまいそうになってきます。 一瞬「あれぇ行き止まり?」とも思えますが、 石ごろごろの所を過ぎていくと、また直ぐに道が広くなってきます。
岩畳の道が更に続いています。 両側にある崖や道の岩畳を見ていると、 岩盤を開削して造られたというのがよく分かります。
石仏
傾斜が少し増してきた所に石仏が一体佇んでいました。 いつの頃からここに立っているのでしょうか。 長い間風雨に晒されて、傷だらけのようです。 優しそうな顔を見つめていると、何だか癒されそうな気持ちになります。 この切通しを行き交う鎌倉時代の武士達も祈っていったのでしょうか。
やがてシダが一面に生えている所があります。 ここまでくると、峠はもうすぐそこです。
朝比奈峠
シダの林を過ぎていくと峠に着きます。 今回のコースの中での最高地点になりますが、 大した登りだった訳ではないので、標高はそれほど高くはないのでしょう。
右手の崖が大きくくり抜かれていて、その壁には等身大の仏像が一体彫られていました。 いつの頃に彫られたのでしょう。朝比奈切通ができた鎌倉時代からあったのでしょうか。
高い崖の間を抜けていきます。 ここは鎌倉市と横浜市の市境になっていて、ここから先は横浜市になります。
朝夷奈切通
落石に御注意ください。
 (横浜市金沢土木事務所)
熊野神社分岐
少し行った先にある岩場を降りきると分岐があります。 朝比奈切通の道は左手へ続いているのですが、 右手に少しいくと熊野神社があるので、ちょっと立ち寄っていきましょう。
「熊野神社」と記された大きな石碑と案内板の間の山道を進んでいきます。 山道とはいっても神社の参道になっているのでしっかりとしていて、 傾斜も殆どなく平坦で歩きやすい道です。
朝比奈町鎮守 熊野神社
御祭神 速玉男之命、伊邪那岐命、伊邪那美命
御由緒 古傳に曰、源頼朝鎌倉に覇府を開くや、朝比奈切通の開削に際し、 守護神として熊野三社大明神を勧請せられしと、 元禄年中地頭加藤太郎左衛門尉之を再建す。 里人の崇敬亦篤く、安永及嘉永年間にも修築を加え、明治6年村社に列格、 古来安産守護に霊験著しと云爾
緩やかな道を3分ほど進んでいくと分岐があります。 左前方へと続く道もしっかりとしていますが、標柱「右 熊野神社」に従って、 右手の道を進んでいきます。
左前方の道を進んでいくと…
後日に左前方へ続く道を歩いてみました。 尾根道を緩やかに降っていくと高台にある畑地に出ます。 畑地の中を降っていくと、ここから13分ほどで朝比奈地区の浅い谷筋にある畑地に降り立ちます。 左手へと道なりに集落の中を降っていくと、程なくして県道23号に出ます。 県道に出て左手の少し先の所に朝比奈バス停があります。
杉木立の中の緩やかな道を進んでいくと、右手に鳥居が見えてきます。 鳥居をくぐって石段を登っていきます。
境内制札
一、社殿をいためぬこと
一、樹木をいためぬこと
一、鳥獣をとらぬこと
一、たき火をせぬこと
 (熊野神社)
拝殿
石段を登った所の鳥居の先には、熊野神社の拝殿があります。 これを本殿と間違える人がいる為なのでしょうか、 「此の上に本殿が有ります」と書かれた小さな案内板がありました。
境内はきれいにしましょう。
ごみは捨てずに持ち帰って下さい。
建物内への無断立入禁止
 (熊野神社)
熊野神社
拝殿の右手にある小さな祠の脇から続く石段を登っていくと、熊野神社の本殿があります。 手前には玉砂利が敷き詰められていました。 境内には大きなシイの木や歌碑などもありました。 本殿は先ほどの拝殿の真上に位置していて、 拝殿の後ろ側から本殿まで真直ぐに続く石段もありました。 拝殿の後ろの扉を開いて本殿を仰ぎ見ながらお祈りするのかも知れません。
此のしき石をもちさらないで下さい。
 (熊野神社)
熊野神社分岐
先ほどの熊野神社分岐まで戻り、朝比奈切通の道を右手へと降っていきます。
4分ほど降っていくと、狭い切通しの間を抜けていきます。 両側には、シダ類が繁茂した高い崖がそそり立っています。
森はみんなのたからもの
やめよう火あそび たばこの投げすて!
 (金沢消防署、金沢火災予防協会)
朝比奈切通出口
横浜横須賀道路の下をくぐっていくと、朝比奈切通の出口になります。 庚申塔のそばに解説板がありました。
国史跡 朝夷奈切通
鎌倉幕府は、仁治元年(1240)六浦津との重要交通路として、 路改修を議定、翌年4月から工事にかかりました。 執権北条泰時自らが監督し、自分の乗馬に土石を運ばせて工事を急がせたといいます。 当時の六浦は、塩の産地であり、安房・上総・下総等の関東地方をはじめ、 海外(唐)からの物資集散の港でした。 舟で運ばれた各地の物資は、この切通を越えて鎌倉に入り、六浦港の政治的・経済的価値を倍増しました。 また、鎌倉防衛上必要な防禦施設として、路の左右に平場や切岸の跡とみられるものが残されています。 鎌倉市境の南側には、熊野神社がありますが、 これは鎌倉の艮(鬼門)の守りとして祀られたと伝えられています。 鎌倉七口の中、最も高く険阻な路です。
 (横浜国際観光協会、横浜市教育委員会文化財課)
舗装道路に降りて左手に進んでいきます。 鉄工所や朝比奈町内会館を過ぎていくと県道23号(環状4号)に出ます。 この右手50mほどの所に朝比奈バス停があります。
後日に来てみると、鎌倉駅や大船駅方面の乗り場は、県道に出た左側に移動していました。
朝比奈(あさひな)バス停
手前のバス停からは、 鎌倉駅(JR横須賀線)まで、[鎌24]鎌倉駅行きバスにて20分、 1時間に2本程度の便があります。 大船駅(JR東海道線)まで、[船08]大船駅行きバスにて25分、 1時間に1本から3本程度の便があります。
横断歩道を渡った向かい側のバス停からは、金沢八景駅(京浜急行本線)まで、 [金24][金25][金26][金28][船08][鎌24]金沢八景駅行きバスにて9分、 1時間に4本から6本程度の便があります。