熊野神社市民の森
散策:2004年01月中旬
【横浜市民の森】 熊野神社市民の森
概 要 熊野神社の森と天神山の森の二つから成っていて、貝塚や筒粥行事などが残る歴史のある森です。 住宅地に囲まれた小さな森で、気軽に訪れることができます。
起 点 横浜市 表谷戸バス停
終 点 横浜市 大倉山駅
ルート 表谷戸バス停…杉山神社休憩所…天神平広場…十字路…桧台休憩所…見晴台休憩所…熊野神社…権現山広場…いの池休憩所…大倉山駅
所要時間 1時間40分
歩いて... 散策路は概ね平坦で、息が切れるような所はありません。 住宅地に囲まれた小さな森ですが、自動車の音もほとんど聞えず、静かな散策を楽しめます。
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コース紹介
表谷戸(おもてやと)バス停
鶴見駅(JR京浜東北線)西口のバスターミナルから、[鶴02]新横浜駅前行きバスにて18分、 1時間に3本程度の便があります。
鶴見駅(JR京浜東北線)入口バス停から、[14][104]新横浜駅前行きバスにて18分、 1時間に4本程度の便があります。
新横浜駅(JR横浜線)から、[鶴02]鶴見駅西口行きバス、[14]新子安駅西口行きバス, または,[104]鶴見駅西口行きバスにて16分、 1時間に7本程度の便があります。
バス停の先にある信号を右折していきます。 角には「師岡熊野神社入口」という看板が立てられています。 真直ぐに進んでいくとT字路があります。 そこに「師岡熊野神社参道300m」という看板が立っていますが、 その左手5mほどの所にある路地に入っていきます。
杉山神社休憩所
民家の間を少し進んでいくと、正面にコンクリートの壁が見えてきます。 その右手に続く道をいくと杉山神社があります。 ここが市民の森の東側の入口になります。 本殿へ登っていく石段の右手にベンチが一組設置されています。
ベンチの右手にある道標「天神平広場」に従い、神社横の山道を登っていきます。 最初から急な横木の階段が続きますが、それも1分ほどで終わってなだらかな尾根道になります。
足元注意
樹木は動けません。 あなたが避けてください。
 (横浜市)
ゲートボール場
尾根道を1分ほど進んでいくと開けた場所に着きます。 運動ができるほどの広さで、よく整地されています。 ゲートボール場として使われているようです。 周りにはベンチがいくつも設置されていました。
ここは熊野神社市民の森のゲートボール場です。 有効に利用しましょう。
 (熊野神社市民の森愛護会)
天神平分岐
ゲートボール場のすぐ先で、道が三手に分かれています。 正面は天神平広場、左は桧台休憩所・七曲通りへの道です。 左前方の垣根が途切れている所に入っていく道は直接七曲通りへいく道です。
とってよいのは写真だけ。 残してよいのは足跡だけ。
 (横浜市)
天神平広場
天神平広場はかなり広い場所です。 ベンチがいくつも設置されていました。 この日は天気が良くて、親子連れが楽しそうに凧揚げをしていました。 ここに市民の森の案内板があります。
市民の森を利用するみなさまへ
市民の森は、山林所有者の方々と契約し、市民の憩いの場として、整備、開放しているものです。 使用される方はこのことをご理解いただき、下記のことに注意して大切に利用して下さい。
・歩行中の喫煙等火災の原因となる行為はやめましょう。
・空き缶などのゴミは持ち帰りましょう。
・犬はクサリ等につなぎ、フンは飼い主が責任を持って始末しましょう。
・風紀を乱したり、他人の迷惑になる行為はやめましょう。
・生物や植物を大切にしてください。
 (熊野神社市民の森愛護会、横浜市北部農政事務所)
十字路
天神平広場の先から、民家の裏に続く細い道を進んでいくと十字路があります。 左右の道が市民の森を横切っていく一般道路で、散策路は正面の尾根道を進んでいきます。
桧台休憩所
天神平分岐の左手にはちょっとした広場があります。 その先の右手に続く竹混じりの林の道を進んでいくと、 道端にベンチが二つ設置された小さな桧台休憩所があります。 竹や樹木の被われていて、展望はまったくありません。 ここから更に林の道を進んでいくと民家のある七曲通りにでます。 そこを降っていき、左に曲がる所にある短い階段を登ると、 天神平広場から直進してきた所にある十字路に着きます。
火気厳禁
喫煙は所定の場所で!
見晴台休憩所
十字路から横木の階段を登っていくと直ぐに緩やかな尾根道になります。 尾根道を少し進んでいくと、左手が開けた見晴台休憩所に着きます。 辺りを見回してみましたが、ここが見晴台休憩所であることを示す道標はありませんでしたが、 これまでの案内板や道標から判断して、ここが見晴台休憩所なのだと思います。
見晴台休憩所からは、師岡町の街並みが広がっていました。
見晴台休憩所の先には、広くてなだらかな尾根道が続いています。 この日は天気が良くて風もなく、陽だまりでのんびりとできました。
ここは熊野神社市民の森です。
がけに注意
植物採取禁止
 (熊野神社市民の森愛護会)
広い尾根道の先にある横木の階段を登りきると、見晴らしのいい小ピークがあります。 ここからは、正面に見える住宅街を目指して階段を降っていきます。
熊野神社市民の森鳥獣保護区
この区域は鳥獣の捕獲が禁止されております。 鳥獣の保護に、ご協力をお願いします。
 (神奈川県)
師岡町花の家
住宅街に降りて、正面の道を真直ぐに進んでいきます。 最初のT字路はやり過ごし、次の十字路を左折していきます。 途中の分岐を見送って、真直ぐに小さな丘を越えていくと、 花が植えられたプランターが一杯置かれた家がありました。 薄紫色の花が咲いていて、とても綺麗でした。
環境美化推進 花の家
花を見ている 花も見ている
花と緑のみどころ 師岡町花の家
 (横浜市緑の協会)
花の家から坂道を少し下った所に、熊野神社の裏口があります。 ここから神社の境内へ入っていきましょう。
熊野神社
訪れたのが新年になって間もない日だった為か、境内は参拝の人で一杯でした。
師岡熊野神社略記
御祭神
 伊邪那美尊・事解之男命・速玉之男命
御由緒
当神社に伝わる熊野山略縁起によると、この神社は第45代聖武天皇の神亀元年(724年)に 全寿仙人によって創建され、和歌山県熊野三社の御祭神と一体である。 全寿は、この地に不思議な霊威を感じ、御神木梛の大木のうろに住み日夜祈り続けた。 ある暁、夢枕に熊野大神が立たれ、お告げに従って大和国春日明神に参籠、 神霊を感得してこの地に帰り、熊野大神を祀ったのである。 仁和元年7月には光孝天皇の勅使六条中納言藤原有房卿が此地に下向され、 「関東随一大霊験所熊野宮」の勅額を賜り、それ以来、 宇多、醍醐、朱雀、村上天皇の勅願所として社僧17坊が附せられた。 数多くの古神事の中に、現在続行されて居る筒粥神事は天暦3年より1千数十回にもなる。 観応2年6月17日雷火のため社殿は焼失したが、神体・社宝は無事であり、 特に貞治3年記の熊野山縁起は現存して神社の故事を伝えて居る。 例えば勅使着用の大口袴は大口の地名に残り、供奉者の足を洗った子安足洗川、 顔を清めた西寺尾町字面滝、馬の鐙を納めた鐙宮(阿府神社)、参向儀式の行われた式坂、 更に、いの池、のの池、ちの池の伝説等、枚挙にいとまがない。 室町期に北条早雲公、慶長4年徳川家康公、寛永19年家光公、 寛文5年家綱公より御朱印地を戴いたのを始め、代々の将軍家の崇敬極めて篤く、 神社への御朱印は幕末まで続けられた。 明治元年、神仏分離の際、熊野神社と法華寺とに分割され、 明治3年懸社に列格したが氏子の陳情する所あって、明治6年三十三ヶ村の郷社に列した。 当社は、関東地方における熊野信仰の根拠地として、 又、横浜北部の総鎮護の宮として古代より現代に至るまで広く篤い崇敬を受けている。
横浜市指定無形民俗文化財 師岡熊野神社の筒粥
保存団体 筒粥行事保存会
行われる時期 1月14日
行われる場所 熊野神社境内
筒粥とは稲作民族の間で行われる粥占・粥だめしの一種で、 竹筒や芦の筒を入れて粥を煮、筒の中に入った米粒の数で作柄・豊凶や天候を占う年占です。 師岡熊野神社では毎年1月14日に行い、粥粒の量により農作物の作柄などをそれぞれ五種に分け占札に記入し、 氏子区域に配布します。農家では、これを参考にして種蒔きをしました。 また、粥は参詣者に供せられ、これを頂くと風邪をひかぬといわれています。 社伝によれば、この行事は村上天皇の天暦3年(949年)以来1千余年継続しているとされ、 由緒も古く、農作にまつわる重要な民俗行事です。
 (横浜市教育委員会)
のの池
本殿の左手から山道を登っていくと、のの池があります。 周りには竹囲いがしてありました。 直径1.5mほどの小さな池です。
神池 のの池
御神域につき立入り禁止
のの池の左手にある明神社の小さな祠の横を抜け、横木の階段を登っていきます。
神奈川県指定天然記念物 師岡熊野神社の社叢林
この樹林はアカガシを中心とした常緑広葉樹林である。 アカガシ、スダジイ、ケヤキ、コナラ、ヤブツバキ、モチノキ、ヤブニッケイ、 イロハモミジ、シロダモなどが高木層と亜高木層に生育している。 アカガシの胸高直径は1.2メートルに及ぶ生育の良い大木である。 低木層と草本層の種類は少ないが、アカガシ、アオキ、ヤブツバキ、ヒサカキ、ヤブニッケイ、 オオイタチシダ、テイカカズラ、ジャノヒゲ、オモト、ヤブラン、ヤブコウジ、マンリョウなどの ヤブツバキクラスの種群がほとんどを占めている。 針葉樹の植栽もみられず、各階層に常緑広葉樹の種群がバランスのとれた形で生育している。 市街地の中に残された極めて自然に近い林は、郷土林として学術的にも価値の高いものである。
注意
この天然記念物を許可なく、伐採したり荒したりしますと罰せられますのでご注意ください。
 (神奈川県教育委員会、横浜市教育委員会)
市民の森全域
・火気厳禁
・歩行喫煙禁止(吸い殻はお持ち帰りください)
 (横浜市北部農政事務所)
ここは「みくまの通り」
植物採取禁止!
自然保護の為、散策道外立入禁止!
権現山広場
横木の階段を少し登っていくと権現山広場のある頂上に着きます。 山頂からは、樹木に遮られながらも、大曽根や樽町の街並みを見渡すことができます。
横浜市指定史跡 師岡貝塚
師岡貝塚(別称 師岡熊野神社山内或は権現山貝塚)は、鶴見川中流の右岸丘陵上にあり、 北西へ張出す半島状台地の基部から北東に分岐した舌状台地南半部に所在し、 標高は約43メートルです。貝塚の規模は東西約20メートル、南北約15メートル以上と推測され、 ハイガイは主体を占め、他にハマグリ・アサリ・シオフキ・オキシジミ・アカニシなどからなる 海水性のものから構成されています。 本貝塚は縄文海進によって形成された古鶴見湾岸に分布する縄文時代前期貝塚群のうちで 保存状態が良好な貝塚として、さらに市域での類例の少ない中期前半の貝塚として貴重です。
 (横浜市教育委員会)
ここは熊野神社市民の森です。
下は民家につき、物を投げないようにしましょう。
 (熊野神社市民の森愛護会)
いの池休憩所
熊野神社の表参道の石段を降り鳥居をくぐっていくと、いの池があります。 池の真ん中に突き出すようにして弁天社もあります。 池に数羽のカモがいましたが、羽をバタつかせたり水に潜ったりして賑やかに動き回っていました。 体に小虫でもついて痒かったのでしょうか。 ここにも市民の森の案内板があります。
横浜市地域史跡 いの池 (い・の・ちの池の一つ)
池の中央に水神社がまつられており、例年8月、水神祭りが行われている。 また、毎年正月に苗代田の祭である水口祭が行われるなど、 「いの池」と熊野神社には、農耕にちなんだ儀礼がいくつか伝えられている。 この池は、古くから利用されてきた灌漑用の溜池であったと思われる。 熊野神社のある丘陵の南側には沖積低地が広がり、この池の周辺には早くから水田が開けていた。 「市の坪」などの地名は、条里制の存在を示すものである。 また、「いの池」には片目の鯉の伝説も伝えられている。 熊野神社社殿の裏に「のの池」があり、神社の神事の際にその水が使用される。 さらに、「いの池」の西方、約500mのところに「ちの池」と呼ばれる溜池があった。 今は埋め立てられて大曽根第3公園となっている。 この三つを「いのちの池」と呼んでいるのは、 かっての時代の人々の水に対するかかわりの深さをよくあらわしている。
 (横浜市教育委員会)
いの池の片目鯉
何時の頃よりか熊野神社いのち池の第一、いの池の鯉が片目であるという伝説が有る。 古昔、熊野の大神が此の地を開拓される時に土地の蛮人と戦い、目を矢で射抜かれたが、 社前のいの字の池の鯉の片目を引き抜き、これに代えたという。以来、いの池の鯉は片目と言う。
弁天様と雨乞い
弁天社 祭神 市杵島姫神…産業文学芸能神
縁起に依ると、承安4年旱魃の時、延朗上人に雨乞祈念あるべき由、 勅命ありて12の龍頭(現存)を作り、八大龍王を勧請したところ、 忽ち霊験有りて3日3晩雨が降り止まなかったという。
大倉山(おおくらやま)駅
熊野神社を出て右手に進み、綱島街道に出たら左折していきます。 大倉山交差点を右折し、新幹線の下をくぐっていくと、 熊野神社から10分ほどで大倉山駅に着きます。
大倉山駅(東急東横線)から家路に着きましょう。