綱島市民の森
散策:2003年12月中旬
【横浜市民の森】 綱島市民の森
概 要 宅地化の波に押され、住宅地の中にポツンと取り残されたようにして佇む小さな森です。 以前にはひと続きの森だったと思われる綱島公園も近くにあり、思い立った時に気軽に出かけられる所です。
起 点 横浜市 綱島駅
終 点 横浜市 綱島駅
ルート 綱島駅…桃の里広場…大北谷神社跡…四丁目出入口…ひのきの森広場…綱島台出入口…市民の森飛地…綱島公園…綱島駅
所要時間 1時間50分
歩いて... 住宅地に囲まれた小さな森ですが、静かな落ち着いた所です。 駅から市民の森へいく道には標識がないので、道を間違えないようにしましょう。 帰りには、市民の森の飛地を経て綱島公園まで足を伸ばしてみましょう。
関連メモ 今のところ、関連メモはありません。
コース紹介
綱島(つなしま)駅
綱島駅(東急東横線)の西口から歩いていきます。 西口の左前方の飲食店が立ち並ぶ商店街を進んでいくと五叉路があります。 市民の森へは左前方の道を進んでいくのですが、 右前方の道を少し行くと東照寺があるので、ちょっと立ち寄っていきましょう。
東照寺
小僧さんとお地蔵さんに出迎えられて道を進んでいくと東照寺があります。 石段のそばには大きな布袋尊の石像があります。 いま通ってきた飲食店街の賑やかさとは対照的に、ひっそりとした佇まいのお寺です。
東照寺の歴史
当寺は慶安2年(1649)、大曽根の大乗寺第三世生外意鉄大和尚が創建された。 本尊は薬師如来で伝えるところでは行基作という。 12年寅年の4月にしか扉を開かないという秘仏である。 宗派は禅宗で曹洞宗に属し、本山は永平寺、総持寺である。 七福神の中の布袋尊をまつり、正月の初まいりはにぎやかである。 この方は中国の禅僧であったという。この寺にまつられている仏さまは他に 高祖承陽大師、太祖常済大師、達磨大師、大元菩薩、十六羅漢、観世音菩薩、 毘沙門天等があり、境内には如意輪観音、地蔵尊、山門には六地蔵、青面金剛がまつられている。 本堂正面には薩摩藩主嶋津斉宣公の筆による額がある。 この外古い掛け軸や書物等が保管されている。 当寺は薩摩出身の住職が多く、薩摩との往来が盛んであり、 嶋津公の信仰をえていたことをうらづける文物が少なくない。 また江戸との往来もさかんであって、この寺から江戸の泉岳寺等へうつられた方も多い。 境内の石段数石は文化元年(1804)のものであり、手洗石は江戸商人の寄進による。 それぞれ当山二十二世寛山袋容大和尚のころの作である。 境内の四地蔵は山門入口の六地蔵の下から掘出されたものである。
これより佛の道に入る
自分の心をととのえることで、悪魔(まよい)をよせつけない。 そこにさとり(やすらぎ)があります。 人間が生きているかぎり、何か問題があります。 いつもそれに直面しつつ自分の最善の努力をし、 つとめはげむ中にやすらぎがあるのです。(ブッダの心)
 (曹洞禅宗 東照寺)
東照寺を後にして、先ほどの五叉路を進んでいくと、県道106号の交差点があります。 そこを右折して進んでいきます。 別所バス停を過ぎていった先の信号のある交差点を右折していきます。
ひとつ目のT字路を左折して、民家の間に続く狭い道を進んでいきます。
クランク型に左・右・右・左と曲がり、更に左前方を目指して右・左と進んでいくと、 やがて正面に山肌が見えてきます。 駅からここまでは道標がないので、道を間違えないようにしましょう。
正面の「桃の里広場」の道標に従って右折すると、市民の森に着きます。 ここに市民の森の案内図があるので参考にしましょう。 こじんまりとした小さな森です。
綱島市民の森
[概要]
綱島公園と尾根を連ねた山林で、市内で19番目の市民の森です。 森内の植生はスギ・ヒノキの植林、クヌギ・コナラの雑木林とモウソウチクで構成されています。 また、このあたりは明治末から昭和20年代にかけて桃の栽培が盛んな地であったことから、 ハナモモを中心とした花木を植えています。
[地番・面積]
港北区綱島台1291番ほか 6.1ha
[管理団体]
綱島市民の森愛護会
[みんなできれいな市民の森に]
市民の森は、市内の緑を守り育てるとともに、皆さんの憩いの場としてご利用いただくため、 山林所有者の方々のご好意により山林を使用させていただくものです。 市民の森の管理は、地元の方々でつくった市民の森愛護会が行なっています。 愛護会の管理には限度がありますので、利用者のみなさんできれいな市民の森となるよう 心がけて下さい。
 (横浜市北部農政事務所、横浜市緑政局緑政課)
桃の里広場
市民の森の案内図の裏手に桃の里広場があります。 東屋もひとつ設置されています。 小高くなった所にはハナモモが植えられています。
マナーを守ってサワヤカ散歩!
フンの放置はみんなの迷惑
散歩の前に排泄するようしつけましょう。 散歩中にフンをしたら必ず持ち帰って始末しましょう。 公園の植え込みや砂場は犬のトイレではありません。
やめてください 放し飼い
散歩の時は必ず引き綱をつけてください。 公園や空き地でも犬を放すのはやめましょう。 犬を怖いと思っている人もいることを忘れずに!
 (横浜市北部農政事務所、市民の森愛護会)
桃の里広場を出て右手の山道を登っていくと、展望所があります。 ベンチも設置されているので、展望を楽しんでいきましょう。 先ほどの桃の里広場や綱島の街が見渡せます。
展望所の先にある広くてなだらかな山道を進んでいきます。
市民の森全域
・火気厳禁
・歩行喫煙禁止(吸い殻はお持ち帰りください)
 (横浜市北部農政事務所)
大北谷神社跡
少し進んでいくと大北谷神社跡に着きます。 現在では草に覆われていて、それほどの広さは感じられません。
この広場の中央には、大北谷(おおぎたや)神社と呼ばれる神社がありました。 この神社は、慶長4年(1599)に飯田家の祖先飯田助太夫によって建てられたもので、 ここには、天神七代の第六代にあたる面足尊(おもだるのみこと)・惶根尊(かしこねのみこと)が 祀られていました。いずれも開墾や新田開発などを司る神様で、周辺集落(武蔵国橘樹郡大綱村字北谷)の 人たちは、この神様を守り神として開墾や耕作に勤しんできました。 春には五穀豊穣の祈願、秋には収穫に対する感謝と、それぞれ祭礼行事が昭和25年(1950)ごろまで 行われていました。社殿は約40平米、天井には地元の画家、猿渡北泉作といわれる勇壮な龍の絵が 全面に描かれ、また、入口には左右一対の狛犬を配するなど威容を誇っていました。 平成2年(1990)12月、綱島市民の森として利用するにあたり、老朽化もはげしかったため社殿を取り除き、 広場として整備しました。
大北谷神社跡の先で道が二手に分かれています。 正面の道はひのきの森広場へ続いていますが、 ちょっと寄り道をして、左手の道を綱島西四丁目の住宅街へと降ってみましょう。 降り始めには石段があります。そばには狛犬だったらしいものが一体と 石碑がひとつありました。ここに神社があった頃の表参道の名残なのでしょう。 石段は綺麗に掃き清めてあり、落ち葉のひとつもありませんでした。 愛護会の方か神社の氏子の方なのでしょうか、ご苦労様です。
注意
足下に注意して階段を降りて下さい。
 (北部農政事務所、綱島市民の森愛護会)
タバコのポイ捨て 火事の元
欝蒼とした森を抜けていくと、道が二手に分かれています。 散策路は右へ続いているのですが、正面にも道らしい跡があります。 かつては道として使われていたのでしょう。 5mほど先に注意書きがありますが、遠くてよく見えません。 どうせならもっと近くに設置しないと…。
散策路は右です。(綱島西4丁目方面)
 (綱島市民の森愛護会、北部農政事務所)
この先はあぶないですから、立ち入らないで下さい。
 (綱島市民の森愛護会)
四丁目出入口
森が開けて明るくなった横木の階段を降っていくと、 やがて市民の森の出入口に着きます。 ここにも市民の森の案内図があります。
市民の森を利用するみなさまへ
市民の森は、山林所有者の方々と契約し、市民の憩いの場として、 整備、開放しているものです。利用される方はこのことをご理解いただき、 下記のことに注意して大切に利用して下さい。
・歩行中の喫煙等火災の原因となる行為はやめましょう。
・空き缶などのゴミは持ち帰りましょう。
・犬はクサリ等につなぎ、フンは飼い主が責任を持って始末しましょう。
・風紀を乱したり、他人の迷惑になる行為はやめましょう。
・生物や植物を大切にしてください。
 (綱島市民の森愛護会、横浜市北部農政事務所)
出入口から尾根まで引返し、ひのきの森広場へ進んでいきます。 少し行くと、道が二手に分かれています。 右はひのきの森広場のまき道で、広場へは左の階段を登っていきます。
ひのきの森広場
短い階段を登るとひのきの森広場に着きます。 ヒノキが多く生えていて「広場」という雰囲気がしないのが玉に傷です。 それでも林床はよく整備されていて、ベンチやテーブルなども設置されています。 先の方へ行くと、綱島の街並みも見渡せます。
綱島台出入口
広場の右手の道を行くと、先ほどのまき道と合流します。 左折して少し行くと市民の森の出入口につきます。 ここにも市民の森の案内図があります。
森が泣きます。 ゴミを捨てないで。
マンションのそばを通り、少し左にカーブしていく住宅街の中の道を進んでいくと、 白い柵と市民の森の案内図があります。 ここを左へ降りていくと、市民の森の飛地があります。 以前はひとつに繋がっていたのでしょうか。
自転車・バイクは必ず降りて通行して下さい。
 (港北土木事務所、綱島市民の森愛護会)
市民の森飛地
柵のある散策路が続いています。 山の北斜面にあるためか、なんとなくヒンヤリとしています。 道の脇には熊笹がびっしりと生えていました。 樹木も欝蒼としていて、小さな場所にしては深い森の雰囲気を残しています。
火の用心
ポイ捨てやめましょう
元の住宅街の道へ戻り、その先のヘアピンカーブを曲がった所に、 左手に入っていく路地があります。 その道から階段を登っていくと、綱島公園の一角に着きます。
あなたの小さな気づかいが公園をきれいにします。
ごみは持ち帰りましょう。
 (横浜市北部公演緑地事務所)
綱島公園
綱島公園は小高い丘にある広いところです。 今では市民の森と綱島公園とは住宅地で分断されていますが、 かつてはひと続きの森だったのでしょう。
綱島公園こどもログハウス モッキー
公園の広場にあるログハウスでは、子供たちが元気な声をあげて遊んでいました。
モッキーの規則
利用時間 午前9時〜午後5時
休館日 原則として毎月第3月曜日、年末・年始12月29日〜翌年1月3日
利用できる人 小学生、中学生、お父さんお母さんの付き添いを必要とする幼児
5つのおやくそく
・受付で「利用者表」に○印を必ず書いてからあそびましょう。
・利用時間を守りましょう。
・食べ物、飲み物を持ち込まないようにしましょう。
・遊び道具はきちんと元の位置に返しましょう。
・危険な遊びや、みんなに迷惑をかけるような事はやめましょう。
プール脇の坂道を降っていくと、道が二手に分かれています。 右手の道を降っていくと中央出入口に着きますが、左手の道を登って行きましょう。 正面のこんもりとした高みがどんぐり山です。
綱島古墳
舗装された道から右手の山道に入っていくと、ベンチがいくつか設置された広場があります。 ここは綱島古墳があった所のようで、解説板が設置されていました。
市指定史跡 綱島古墳
綱島古墳は、鶴見川北岸の南北に細長く広がる標高30mほどの台地の南端部に位置しています。 古墳は、径約20m、高さ約3mの円墳と考えられるもので、平成元年5月に築造時期、性格、形状などを 明らかにする目的で学術発掘調査が行われました。 発掘調査の結果、墳丘の頂部で木棺直葬(墓壙の中に棺を直接埋葬した施設)と考えられる埋葬施設内から 鉄刀、刀子、鉄鏃などの副葬品が発見され、また、古墳の周辺からは破砕された状態の須恵器甕や、 土師器拑・坏・円筒埴輪などの遺物が出土しました。 これらの出土遺物よりこの古墳は、5世紀後半から末葉に造られたことが明らかになり、 鶴見川の流域に現存し、その築造時期を知ることの出来る数少ない古墳であることがわかりました。 綱島古墳は、地域の首長の墓と考えられ、古墳文化の展開過程を知る上で貴重な古墳として、 平成元年12月25日市史跡に指定され、さらに平成2年度には保存整備が行われました。
 (横浜市教育委員会)
どんぐり山
どんぐり山の頂上には雑木林が広がっていて、東屋も建っていました。 訪れたのは初冬だったので、木々の紅葉も終わりかけていました。
雑木林を考える 綱島公園どんぐり山
クヌギ・コナラ・ソロなどの落葉樹が中心になってできている林を雑木林といいます。 昔は、雑木林から薪や炭などの燃料にする木を切ったり下刈りをしたり、肥料にするための 落ち葉を集めたりしていました。雑木林は、このように人間が切ったり(間伐)下刈りをしたり、 落葉かきをしたりの手入れをくりかえして成り立っていました。 もし、人の手を加えないで放っておくと、しだいにシラカシなどの木(陰樹)が入り込んできて、 暗い常緑樹林に変わっていきます。こうした移り変わりを遷移といいます。
さて、綱島公園の雑木林はどうでしょうか。妻島公園では、クヌギ・コナラが大きく育ち、 数十年も間伐していないので、暗い林になっています。人がはいりこんで地面をふみかためているので、 下草が生えないでつるつるしてすべりやすくなっています。また、雑木自体も老いたり、 枯木などがめだっています。そこで、今回、雑木林の間伐(更新)を行ない、林の中を明るくし、 下草を生やしたり、植栽したりして、秋には、落ち葉をしきつめた状態にしていきます。 そして昆虫や鳥が生息する健全な林にしたいと思います。
綱島公園東口出入口
山道を進んでいくと先ほどの舗装された道に出ます。 そこを右に降っていくと、綱島公園の東口出入口に着きます。 ここに綱島公園の案内図があります。(中央出入口にも案内図があります)
綱島(つなしま)駅
綱島の街を道なりに進み、 交差点の左前方にあるバスターミナルの後ろ側(線路下)を進んでいくと、 綱島駅(東急東横線)の北口に着きます。