衣張山
散策:2003年11月下旬
【低山ハイク】 衣張山
概 要 衣張山は鎌倉市の南部にある小高い山です。 頼朝時代に開かれたという衣張山に至る尾根は、鎌倉の街なみと富士山などの 眺めの素晴らしい散策コースになっています。
起 点 逗子市 ハイランド西友ストア前バス停
終 点 鎌倉市 鎌倉駅
ルート ハイランド西友ストア前バス停…子ども自然ふれあいの森…展望所…展望地…衣張山…報国寺…釈迦堂切通…安養院…八雲神社…鎌倉駅
所要時間 3時間20分
歩いて... 衣張山は低い山ですが、鎌倉の街や海などを一望できる眺めの素晴らしい所です。 晴れて空気の澄んだ日には富士山も望めるとのことなので、 天候を見ながらタイミングを見計らって出かけるのがいいかも知れません。
関連メモ 鎌倉大町, 衣張山, 鎌倉回峰, 巡礼古道, 巡礼古道, 衣張山, 衣張山, 巡礼古道, 名越切通, 衣張山
コース紹介
ハイランド西友(せいゆう)ストア前バス停
逗子駅(JR横須賀線)から、[逗22]ハイランド循環バスにて15分、 1時間に2本程度の便があります。
melon館
バス道路を引返し、住宅街の桜並木の坂道を100mほど登っていくと、右手にmelon館があります。 懐かしい味のメロンパンが人気のパン屋さんです。 もちろんメロンパン以外のパンも売っています。 昼食用に焼きたてのパンと飲み物を買って出かけましょう。
当店は年中無休で営業いたします。毎週火曜日定休日を無くしました。
ただし、メンテナンス及び清掃の為、臨時休業する時はお知らせいたします。
Open10:00〜Close18:00
 (メロン館)
melon館の10mほどバス停寄りの十字路を左手(バス停から見て)に曲がり、 坂道を登っていきます。
岩殿寺碑文
かつてこの山頂より北(鎌倉二階堂)にかけて巡礼の古道があった。 征夷大将軍源頼朝は当山(岩殿寺)の観音様を守り本尊とされ、 鎌倉での政権を執っていた時代は毎月18日の観音様の縁日には、 必ず月詣をこの古道よりされたと「吾妻鏡」は伝えている。 しかしこの由緒深き古道も時代の波というより逗子市の団地開発という 政策によりあえなく消え去ってしまった。 古道には多くの路傍の石仏が祀られていた。 わずか一里の道として素晴らしく巡礼者の心を慰めた。 いまここに多くの消滅した石仏をはじめ緒霊を供養する心を尊んで、 心を同じくする善男善女の方々と正教観音塔を造立した。
 (逗子ハイランドの環境を守る会)
注:岩殿寺は、鎌倉逗子ハイランドの南の山麓にあります。
さくら歯科医院の手前の十字路を右折すると、すぐの所に石垣と植え込みで囲まれた スポーツ広場があります。ここを左折して更に登っていきます。
大切にしよう 私たちの水道施設!
安心して飲める水をお届けしています。
ここには、大切な飲料水がたくわえてあり、重要な施設がありますので、 無断でこの中に入らないでください。
 (神奈川県企業庁水道局)
大きく右にカーブする道を登りつめると、浄明寺こなら公園があります。 この辺りが、逗子市と鎌倉市の境界になります。 公園の角を左折するとT字路があります。
子ども自然ふれあいの森
T字路を右手に曲がると、かまくら幼稚園の裏手に出ます。 この辺りは「鎌倉市子ども自然ふれあいの森」になっています。
この森は、子どもたちが自然やお年寄りをはじめとする人々とのふれあいを通して、 さまざまな体験ができる場として整備したものです。 みんなで仲良く、大切に使いましょう。
きまり
1.樹木や野鳥をかわいがりましょう。
2.火の使用はやめましょう。
3.騒音など、近所に迷惑となるようなことは、やめましょう。
4.ゴミは持ち帰りましょう。
5.犬の糞は、飼い主が始末しましょう。
6.危険なことは、やめましょう。
7.施設は、大事に使いましょう。
 (鎌倉市教育委員会 青少年課)
目の前が開けていて、紅や黄に色づいた樹木の森を一望できます。
尾根筋の散策路を右手に進んでいきます。 周囲には樹木が綺麗に紅葉していました。
犬のリードは必ず着けましょう。 犬の放し飼いは条例で禁止されています。
 (鎌倉市)
チョウの食草
春から秋にかけて、浄明寺緑地ではいろいろなチョウを観察することができます。 特にキチョウ・ヤマトシジミは9月〜10月にかけて多く見ることができます。 これはそれぞれのチョウの食草であるハギ(キチョウ)やカタバミ(ヤマトシジミ)が たくさんあるからです。このように、さまざまなチョウを呼び寄せるにはそのチョウの 幼虫が好んで食べる草や樹木(食草)を植える必要があります。 私たちは、この広場にさまざまな食草を植えてみました。 一度じっくりと観察してみませんか。きっと幼虫を見つけることができるでしょう。 ただし、幼虫たちのまわりにはハチ・クモ・鳥などの天敵が沢山います。 あなたが見つけた幼虫もこれらの天敵からのがれて、やっと大きくなったのです。 あたたかく見守ってあげましょう。なお、成虫(チョウ)が好む花や幹から甘い液のでる樹木を 植えたり、水分を補給する事のできる水場も作ってみました。こうした場所も観察してみましょう。 この緑地で見ることのできる主なチョウを紹介します。このほかにもチョウはたくさん飛んできます。 図鑑で食草とチョウの姿を調べてみましょう。
冬芽の観察
冬は、四季のうちてもいきものにとっては最も厳しい季節です。 雑木林の木々はいろいろ工夫をこらした冬芽を作って冬を越します。 木の芽を良く観察すると茶色をした魚のうろこのようなもので包まれた芽が多く見られます。 これは、葉や葉の一部が変形したもので鱗片葉(芽鱗)といい、これが芽を寒さから保護しているのです。 りん片葉の数や作りは木の種類によってさまざまです。 コナラ・ヤマザクラ・イヌシデのように20枚以上のりん片葉におおわれているもの、ホウノキのように 1〜2枚のりん片葉にすっぽりとつつまれているもの、コブシ・ハクモクレンのように 表面に細かい毛が密生したのも、またトチノキのようにりん片葉の表面にねばねばした樹脂を分泌するもの などがあります。このりん片葉は春になり芽が出ると役目を終えて落ちてしまいます。 また、りん片葉におおわれておらず、小さな葉がむき出しになっている芽もあります。 これを裸芽といい、ムラサキシキブ・ハクウンボクなどに見られます。 ここで紹介した樹木は、このまわりに植えました。同じように他の樹木も観察してみましょう。
衣張山登り口
散策路のY字形分岐を左・左と進んでいくと、衣張山への登り口があります。 「衣張山12分」を示す道標に従い、左手の山道を登っていきます。
あなたの注意により、緑は守られます
 (鎌倉市消防本部)
よく整備された山道が続きます。 街に近いというのに、結構深い森の雰囲気を残しています。
4分ほど登っていくと尾根筋に着きます。 衣張山へは尾根筋を左へ進んでいきますが、 右手に展望所があるので、ちょっと立ち寄っていきましょう。
展望所
右手にほんの10mほど行くと、樹木の間にぽっかりと開いた所があります。
先の方へ出てみると、今歩いてきたハイランドの街なみや、 「鎌倉市子ども自然ふれあいの森」が眼下に見下ろせます。 その向うには、遥かに逗子の海も見渡せます。
展望を楽しんだら、引返して尾根道を進んでいきます。 よく踏まれた緩やかな道が続きます。
展望地
尾根道を5分ほど進んでいくと小ピークに着きます。 ここが衣張山の山頂かとも思える程の広い場所です。 ベンチも設置されているので、ひと休みしていきましょう。
このピークの名前は「浅間山」との情報もありますが、 この200mほど北側にあるピークと合わせて、両方とも「衣張山」と云うようです。 衣張山はほぼ同じ高さのピークが二つ並んだ双耳峰になるようです。 パノラマ台の東側の水道設備がある通称「水道山」と呼ばれているピークが 本来の浅間山なのだそうで、間違われるのは「浅間山の位置取り違え事件」が根底にあるようです。
西側が開けていて、すばらしい展望が得られます。 鎌倉の街並みや由比ヶ浜の向うに、江の島が望めます。
展望地の真ん中にある木の袂には、石仏と石塔が佇んでいました。 毛糸のマフラーをしてもらって温かそうでした。 周りにはお願い事などを書いた丸い石がたくさんありました。
すばらしい展望を堪能したら、大きな樹木の生える尾根道を更に進んでいきます。
最後に横木の階段を登ると、展望地から4分ほどで衣張山の頂上に着きます。
衣張山 (標高120m)
衣張山の山頂は、先ほどの展望地よりも広くなっています。 緑に囲まれた鶴岡八幡宮の屋根の先に大船観音が遠望できます。 その南側には鎌倉の海が広がっています。 天気がいい日には富士山も望めるとのことですが、この日は生憎と曇っていて 見ることはできませんでした。 ベンチも設置されているので、melon館で買ってきたパンを頬張りながら、 景色を堪能しましょう。
歴史的風土 妙本寺・衣張山特別保存地区
この地区内で建築・木竹の伐採・土地形質変更等を行なう場合は、事前に許可が必要です。
 (神奈川県横須賀三浦地区行政センター)
大きな木の袂には、先ほどの展望地と同じような石仏と石塔がありました。 石仏1つに石塔が2つ、数まで同じですが、何か意味でもあるのでしょうか。 衣張山一帯には、鎌倉時代の史跡が多く残っています。
山頂からの展望を堪能したら下山しましょう。 木に括り付けてある「展望コース」と書かれた小さな道標に従って、 急な階段を降っていきます。
少し降っていくと、石切り場跡の洞穴がありました。
山頂からの降りは、登りに比べてかなり急な道になります。 植林帯の中にシダに覆われた林床が続きます。 湿気が多いのか、道が濡れていてすべり易い所もあるので、 足元に注意して降っていきます。 欝蒼とした森は、どことなく深山の趣きがあります。
10分ほどで住宅街に出ます。 住宅街を4分ほど進んでいくと十字路があります。 この道は「田楽辻子のみち」と呼ばれているようです。
田楽辻子(でんがくずし)のみち由来
鎌倉時代に呼ばれていた小路で、路名の由来は、路ぞいの釈迦堂前に 田楽師が住んできたためと伝える。 辻子は通りぬけのできる小路のことで、十字路を辻という。 「吾妻鏡」などの田楽にまつわる記事に基づいて現在の道筋をたどると 筋替橋を起点として宝戒寺裏から滑川を渉り、大御堂ヶ谷・釈迦堂ヶ谷の 入口をへて宅間ヶ谷に出て六浦を合流する小路と考えられる。
報国寺
十字路を右折して右手の山沿いに4分ほど進んでいくと報国寺があるので、 ちょっと立ち寄っていきましょう。 手入れのゆき届いた庭に禅寺の雰囲気を感じられる境内が広がっています。
報国寺
功臣山報国寺と号し、開山は仏乗禅師です。 開山は13才で当時の高僧無学祖元について得度し、円覚寺第一座になりました。 寺宝の重要文化財は鎌倉国宝館に寄託させ、開山自筆と伝える詩集「東帰集」、 天岸慧広木印、弘安9年(1286)の度戒牒などがあり、 裏庭、並びに竹の庭が有名です。
−臨済宗−
石段を登った所の本堂の左手に竹林があるので、訪れてみましょう。 竹林の奥に抹茶を楽しめる茶席があります。 「三脚の使用はご遠慮下さい」とありますが、こっそり使っている人がいました。 ダメですよぉ。
拝観料は200円です。 抹茶を希望の方はここで申し出て下さい。 一服500円です。
由来記
報国寺は建武元年(1334)に創建された、臨済宗・建長寺派の禅宗寺院です。 開山は天岸慧広(仏乗禅師)、開基は足利家時(足利尊氏の祖父)です。 本尊は釈迦如来坐像で、仏師宅間法眼作と伝えられています。 他に開山仏乗禅師像1347年作や、迦葉尊者像などを御堂に安置し、 さらに、開山の著書「東帰集」や、開山使用の木印や聖観世音菩薩像は、 鎌倉国宝館に保管されています。 休耕庵という塔頭の跡に孟宗竹が生え、現在の「竹の庭」になりました。 どうぞ心静かに御参拝下さい。
 (報国寺)
報国寺を後にして先ほどの十字路まで戻り、更にその先へ進んでいきます。 2分ほど行った所のT字路を左折すると、 笹の塀に囲まれた民家風のCOFFEE&CAKEの店「古典派」があります。
民家の間を4分ほど行くとT字路があります。 舗装道路は右折していきますが、正面の土の道を進んで行きます。 分岐には「釈迦堂ケ谷」の解説板が立っています。
釈迦堂ケ谷
釈迦堂ケ谷の名は、元仁元年(1224)11月、第3代執権北条泰時が、父義時の菩提を 弔うため、ここの谷に釈迦堂を建てたことに由来しています。 その場所はいまだにわからず、幻の寺といわれています。 ただ、そのご本尊といわれる清涼寺式釈迦如来立像(重要文化財)は、 現在、東京都目黒行人坂の大円寺にまつられています。
 (有志)
釈迦堂切通
3分ほど進んでいくと車止めがあります。 その先には大きな岩盤に開けられた釈迦堂切通があります。 この切通は、鎌倉時代に浄明寺の屋敷町から大町・名越の商業地区を結ぶために 造られたとのことです。
切通を抜けて、民家の間を降っていきます。 道なりに緩く右に曲がりながら進んでいきます。
逆川ふるさといきものの里
ホタルやモクズガニなどの水生小動物が生息しています。 川の自然をみんなで大切に守りましょう。
 (鎌倉市、鎌倉ホタル保存会)
お願い
この周辺は、鎌倉市の数少ないホタルの生息地です。 これまで増やすのに10年かかりました。 皆さまが、来年も美しいホタル(寿命は1週間)の光を 観賞できるよう、次のことを守って下さい。
1.ホタルは絶対にとらないこと。
2.コンクリートや壁のアクを流さないこと。
3.空カン、ゴミ等を捨てないこと。
4.カワニナの餌のセリを育てましょう。
 (大町自治会)
後日に歩いた時には、「大町六丁目案内図」に次のような説明文が書かれていました。
釈迦堂ヶ谷 俗称「しゃかんど」と云っています。 これは元仁元年、北条泰時が亡父義時のために、釈迦堂を建てて供養したので、この地名がついています。 当時は立派な釈迦堂がたっていたことでしょうが、 今は岩をくりぬいたトンネルの中の小さなほこらに、五輪の塔がすえてあるだけです。
衣張山 衣張山というのは源頼朝が大蔵の屋敷に住んでいたころ、夏の暑い日、この山に白いきぬをはらせ、 雪の降りかかる冬の景色に見せかけ涼んだのでこの名がおこったと云い伝えられています。 頼朝の権勢がすばらしかったことをのちの人が想像し、こんないい伝えが起ったのでしょう。 標高は121.6mで、鎌倉でも高い山の一つです。
唐糸やぐら 衣張山の中腹に「唐糸やぐら」があります。 このやぐらは木曽義仲のけらい手塚太郎光盛の娘唐糸が義仲の廻し者と、頼朝に見破られ この土牢に入れられたと云はれています。 「やぐら」というのは、鎌倉時代から室町時代にかけての有力な武将たち一族の墓所であったとこです。 唐糸やぐらもその一つですが、おそらく唐糸の伝説とやぐらと結びつけて唐糸やぐらはできたものでしょう。
黄金やぐら 衣張山の南面山すそにある鎌倉時代の横穴墳墓で、武士や僧職などの死者を葬ったところです。 岩をくりぬいた室内は幅4m、奥行6m、高さ1.5mの大きさのもので、 ヒカリモがはえ黄金色に光ったためにこの名がついたものでしょう。
8分ほど行くと短い花咲橋があります。 変則的な四叉路ですが、左前方の道を進んでいきます。
6分ほど行くと、県道311号にでます。 ここからは鎌倉の街の中の道になります。 右折して、鎌倉駅を目指して進んでいきます。
安養院
数分いくと右手に安養院があるので、立ち寄っていきましょう。 境内には、当山開山の尊観上人お手植と伝えられる天然記念物の槇の木があります。 樹齢約700年の立派な大木でした。 また山門や境内にはツツジが植えられ、季節になるとツツジの花で飾られます。 本堂の裏手には、浄土宗名越派開祖尊観上人の墓と伝えられる塔と、 安養院開基の北条政子の墓と伝えられる塔があります。
安養院
祇園山長楽寺安養院と号し、開山は願行房憲静で、開基は北条政子です。 最近では田代寺などとも呼ばれています。 本尊は阿弥陀如来です。ここの田代観音は坂東33ヶ所観音霊場の第3番の札所です。
−浄土宗−
八雲神社
安養院を出て数分いくと、右手の路地を入った所に八雲神社があります。 本殿のそばにあるイチョウの黄葉が綺麗でした。
社殿の右手に「祇園山ハイキングコース」の登山口があります。
八雲神社略記
祭神
須佐之男命、稲田比賣命、八王子命、佐竹氏の霊
由緒
永保年中、新羅三郎源義光公の勧請と伝う。 室町時代、関東官領足利成氏公は、公方屋敷に渡御した当社の神輿に奉幣を行うを例とした。 戦国時代、小田原城主北条氏直公は、祭礼保護の「虎印禁制状」を下賜し、 慶長9年、徳川家康公は、永楽五貫文の朱印地を下賜された。 古くは祇園天王社と称したが、明治維新に八雲神社と改称された。
祭礼
例祭の神輿渡御に伴う「天王唄」や「鎌倉ばやし」の神事芸能を伝え、 正月6日には「湯花神楽」が行われる。
鎌倉(かまくら)駅
JRの踏切の手前を右折して線路沿いに進んでいくと若宮大路に出ます。 若宮大路を300mほどいくと鎌倉駅です。 鎌倉駅(JR横須賀線)から家路に着きましょう。 藤沢方面の方は、七里ヶ浜の景色を楽しみながら、江ノ電でゆっくりと帰りましょう。