寺家ふるさと村
散策:2003年11月中旬
【里山散歩】 寺家ふるさと村
概 要 寺家ふるさと村のある寺家町は、横浜市の北端、鶴見川の源流部に位置する集落で、 旧来からの農村の行事や習慣が今でも息づいています。 水田と山林が織りなす美しい田園景観に恵まれた区域で、横浜市の緑の7大拠点の一つに位置づけられ、 ふるさと村の奥には「寺家ふるさとの森」もあります。
起 点 横浜市 鴨志田団地バス停
終 点 横浜市 鴨志田団地バス停
ルート 鴨志田団地バス停…四季の家…陶芸舎…からんこ山…居谷戸池…三樹園…のむぎ里の家…甲神社…鴨志田の板碑…ふるさとの森…熊野神社…熊野池…くまの橋…むじな池…大池…水車小屋…下三輪横穴古墳群…新池…郷土文化館…鴨志田団地バス停
所要時間 3時間40分
歩いて... 谷戸には水田が一面に広がっています。訪れたのは晩秋だったので、稲の刈り取りは既に終わっていました。 ふるさとの森の雑木林も色付きはじめ、昔ながらの里山の風景に出会えました。 散策路で石焼いもを売っていたので一つ買い、懐かしい味を楽しみながら散策を続けました。
関連メモ 寺家ふるさとの森
コース紹介
鴨志田団地(かもしだだんち)バス停
青葉台駅(東急田園都市線)から、[青30]寺家町循環バス,または,[青31]鴨志田団地行きバスにて9分、 1時間に5本から8本程度の便があります。
寺家町循環バスに乗れた場合は、次の四季の家バス停で下車してもいいでしょう。 いずれにしても大して離れてはいません。
バスを降りて、バス道路をそのまま進んでいくと五叉路があります。 側の駐車場にはふるさと村の案内図があります。
ふるさと村憲章
自然や農業は私たちにとって宝物だ。 遠い昔からこの土地にはすべての生命をいつくしみ、 重んじていくことの素晴らしさが根付いている。 人も同じ生き物だから、思いやりとやさしい気持ちを忘れずにいたい。
1.田おこしから刈り入れが終わるまで、田や畦に入るのはやめましょう。
2.動物は観察が終わったら、もとの場所に放してあげましょう。
3.植物採集はやめましょう。
4.ゴミはすべて持ち帰りましょう。(ゴミ箱は置いてありません)
5.自動車は四季の家横の駐車場を利用して下さい。
6.ため池での魚釣りは禁止されています。
7.犬は必ずつないで散歩させましょう。
 (総合案内所 四季の家)
犬はつないで散歩してください
犬の糞は持ち返りをお願いします
横浜市・動物の愛護及び管理に関する条例第七条で、 動物の飼い主が遵守しなければならないことが定められています。
 (横浜市緑政局)
四季の家
五叉路を右折して少し行くと、寺家ふるさと村の総合案内所にもなっている四季の家があります。 寺家町の小動物,草花,昆虫などの自然や、庶民の生活道具などが展示されています。 また、「寺家町の農業について」の展示もありました。 四季の家で散策マップをもらって、ふるさと村の散策へ向いましょう。 里のコースと森のコースが紹介されていますが、 折角だから両コースとも歩くことにしましょう。 先ずは里のコースから訪ねてみます。
ご案内
「四季の家」開館時間:午前9時30分〜午後5時
「レストラン四季」営業時間:午前11時〜午後7時30分
毎週火曜日は休館
里のコース
遺跡、畑、たんぼ、せせらぎ、農場、家並み、そして小鳥のさえずり・・・。 寺家の里を巡るコース。梨や柿、野菜など里の恵みを求めての散策もお奨めです。
森のコース
寺家ふるさと村の西に位置する里山、ふるさとの森を中心とした林間コース。 山林と水田がひとつの風景となって広がり、四季折々の自然をたっぷりと味わうことができます。
寺家(じけ)の地名の由来
寺家という地名からは、寺院との関係が連想されます。 この地名は日本の各地にあり、吉田東伍著「大日本地名辞書」には都筑郡の寺家は 採録されていませんが、伊勢、播磨、讃岐、安芸、能登、越中、伊豆など八ヶ所(七ヶ所はジケ、一ヶ所はジゲ) を載せており、地名の由来については「かつて寺院の所領となっていた地域」、「寺院が存在していた地域」の 二つを記しています。 また、「邦訳日葡辞典」によると「寺家」とは、「坊主の寺院であって、 同じ境内にその寺院を取り巻いて僧堂あるいは僧坊のあるもの」とあります。 これからすると都筑の寺家も「寺領」、あるいは「寺院」の存在という二つの可能性のどちらかであろうと思われます。 まつて寺家には大正11年に王禅寺に合併するまで、王禅寺の末寺である臨水山桂月院東円寺という寺院がありました。 「新編武蔵風土記稿」によると、この寺院の創建年代は不明ですが、 天正年間(1573〜1592)に中興されたとあるので、当然創建時代はそれ以前と考えられます。 しかし、この寺院が寺家の地名と関連があるものかはわかっておらず、 「本来の意味は別で、単に音を当てただけ」という可能性も全くないわけではありません。
陶芸舎
四季の家から五叉路に戻り右折していきます。 T字路を左折したすぐの所の坂道を登っていくと、左手に民家風の陶芸舎があります。
Open Gallary 陶芸舎
作品展示販売
10:30〜17:00
火曜定休
ふるさと村の陶芸舎は、当組合が設置し、運営しているものです。 施設を見学される場合は陶芸教室受講者に迷惑をかけないようにお願い致します。 また施設内では管理責任者の指示に従って下さい。
  (寺家ふるさと村体験農業振興組合)
ナザレ幼稚園からんこ山
坂道を降っていく途中に、ナザレ幼稚園からんこ山があるので、 ちょっと立ち寄っていきましょう。 木製の人形が指し示す登り口から明るい雑木林が続いています。 ほんの少し登っていくと頂上に着きます。 そこには小さなおもちゃの家がありました。 散策路の周囲には、園児が作った樹木の案内板が各所に設置されていました。 鳥の巣箱もいくつも掛けられていました。
居谷戸
坂を降っていくと居谷戸に出ます。谷あいには田んぼが続いています。 実った稲穂は刈り取られ、残った切り株からはまた青い芽がでていました。
居谷戸池
寺家町の集落の家並みが続く谷戸の奥に、湧水を集めた居谷戸池があります。 池の真ん中に浮かぶ小さな弁天島が印象的です。
居谷戸遊水池
この池は、水田の灌漑用水として利用していますが、 大雨のときには雨水を一時貯留して、下流へ少しずつ流し、 河川の氾濫を防ぐ大切な役目をしています。
 (横浜市下水道局河川管理課)
おねがい
この池で、魚をとらないで下さい。 みんなが魚をとると、いなくなります。
居谷戸の田んぼに、脱穀した後の稲藁が立ててありました。 同じ神奈川県内でも、このように円錐形に立てている所と、円筒形に積んでいる所があります。
三樹園
谷戸から里へ向うと、民家の一角を展示室にした三樹園があります。 書画や竹細工などの手作り品が多く展示されていました。 即売もしているようです。
どうぞ自由に見て下さい。
この奥
平和のバラ(のむぎ)
里から山麓へ向っていく途中にバラ園がありました。
アンネ
ベルギーの育種家デルフォルゲ氏が、アンネのお父さんのオットー氏の 依頼を受け、作り出したバラ。 アンネと同年齢でナチスの占領を経験したデルフォルゲ氏が戦争に反対し、 平和を願う心を込めて作りました。 赤いつぼみが黄・オレンジ・ピンクへと変化する花には、 失われた少女の才能が途中で奪われなければ多様に開花しただろう、 との思いがこめられています。
カズエ
1977年9月27日、のむぎのすぐ近くの横浜市青葉区(当時は緑区)荏田で 「米軍機墜落事故」が起こり、林和枝さんと4才と1才の息子さんが亡くなりました。 このバラは、事故の犠牲者である和枝さんのお父さんが、二度とこんなひどいことを 起してはいけないという願いを込めて作りました。 この「事故」や「バラ」のことは、映画や絵本にもなりました。
ピース
フランス人のフランシス・メイランド氏が作り出したバラ。 1945年に連合軍がベルリン入場の際に平和がヨーロッパによみがえるのを記念して 「ピース」と命名して発表されました。 日本には、1949年に横浜で開かれた貿易博覧会にサンフランシスコのバラ協会から 神前の印として送られました。 横浜市の花にもなっています。
のむぎ里の家
バラ園の側にはのむぎ里の家がありました。 練習をしていたのでしょうか、家の中からは太鼓の音が響いていました。
のむぎ地域教育文化センター
・のむぎOCSアカデミー
・のむぎOCS高等部・中等部・小等部
・のむぎ学級
・のむぎ幼稚園どろん子
里では野菜畑が広がっていました。 色々な野菜が栽培されていました。 キャベツ畑にはチョウが舞うのが似合うのですが、 訪れたのが秋だったのでチョウは見かけませんでした。
里の田んぼでは、刈り取って干した稲の脱穀作業をしていました。 脱穀し終えた藁束が山になっていました。
私の実家も農業でしたが、家の中の土間で脱穀をしていました。 籾は俵に詰め、畳をあげた居間に積み上げていました。 稲藁は保存しておき、縄を作る材料にしました。 余った藁は、買取業者が廻ってきて、各農家から買い取っていきました。 トラックに藁を山積みにして運んでいきました。 この藁の山を見かけて、子供の頃のそんな光景を思い出しました。
甲神社
里を南へ歩いていくと甲神社があります。
甲神社由緒沿革
祭神 日本武尊
創立年代不詳であるが、戦国時代と伝えられ、新編武蔵風土記稿に記載されている 境内地後方続きに土手数丁あり、此地を腰巻といわれ、此所より種々の土器が出土し、 往古の城跡であると古老の伝説がある。 御神体は石剣に似ているので、祭神日本武尊・社名甲神社と称したのも、 武士の尊崇が篤かったことが推察出来る。 爾来鴨志田町の産土神として篤く崇敬されている。
一、神社境内に車を駐車する事を禁止する。
一、神社境内でみだりに焚火する事を厳禁す。
 (甲神社氏子中)
鴨志田の板碑
民家の建ち並ぶ中の墓地の一角に、鴨志田の板碑があります。
板碑(寛元銘)
青葉区鴨志田町529-8集合墓地内に所在する本板碑は、昭和54年まで「念仏堂跡」と 呼称された、この地に造立されていましたが、土地区画整理事業に伴い、 整備された本集合墓地内に新たに設置されたものです。 下部をコンクリートで固められているため総高は不明ですが、 高さ133cm、上幅47.5cm、中幅49.5cm、下幅52cm、厚さ8cmを測ります。 材質は秩父産と考えられる緑泥片岩で、阿弥陀如来一尊種子板碑です。 碑面には、圭頭部下の横線は見られませんが、側面に二条の深い切り込みを 施し、上半部中央には阿弥陀如来をあらわす種子「キリーク」が大きく薬研彫りされ、 更に下半部左右には紀年銘が刻され、右側に「寛元第二□(年か)」左側に 「七月廿□(四又は五か)」の文字が刻まれています。 本碑の性格は、「念仏堂跡」地に所在していた状況が、河原石の三つの小山が 南北に並ぶ中央に碑面を東方に向けて設置され、碑の前面には大石の埋設と、 その下部約50cmには瀬戸の瓶子と思われる蔵骨器が、六から七個の河原石に 取り囲まれている状態で出土したことが確認されていることから、 墓碑的性格を有する板碑で、さらに、本地域の中世墳墓としての実態が把握される 貴重な資料と考えられます。また、本碑の存在は、中世社会において石材生産地より 当地にいたる交易の路が開けるほどの流通と、それを購入し得る経済力が この地にあったことを窺わせるとともに、現在、県内において確認がなされる最古の板碑であり、 中世の信仰を解することができるものとして、重要な価値を有しています。
 (横浜市教育委員会)
山田谷戸
斜面林に挟まれた浅くて細長い谷間を利用して作られた谷戸田です。 寺家ふるさと村の谷戸田は奥が深く静かで美しく、自然と人との程よい関わりの空間になっています。
みんなの川をきれいにして生物を育てよう。
この小川の生物を捕らないで下さい。
貝のカワニナはホタルのエサになります。
生物を大切に育てて、夏には皆さんでホタルを観賞しましょう。
 (寺家ふるさと村振興組合、横浜市青葉土木事務所)
寺家ふるさとの森
田んぼの中の道を進んでいくと、こんもりとした山が見えてきます。 ここが、横浜市民の森の一つになっている寺家ふるさとの森です。 入口には立派な標識が立っています。
ふるさとの森は、民有地を整備しているものです。この美しい緑の環境も 寺家町の人々が昔からずっと農業を営む生活の場として守り育ててきたものです。
田んぼや畑に入ったりして迷惑をかけないよう、また草花を掘り取ったり、 動物たちをいじめたりしないよう、みんなで注意しましょう。
ふるさとの森にはゴミ箱はありません。ゴミや犬のフンは必ず持ち帰りましょう。
熊野神社
ふるさとの森の標識の左手の坂道を登ると熊野神社があります。 師岡(港北区)の熊野神社を分社して建てられたと伝えられており、 古くから地元で親しまれています。 1年半ほど前に来た時には改修工事中で封鎖されていましたが、 今回は工事も終わっていて、新しくなった社殿を拝めました。
熊野神社御案内
地鎮祭、上棟祭、竣工祭、交通安全祈願祭、七五三祝祭、初宮詣、 厄除祈願祭、長寿祈願、方位除祈願、冠婚葬祭
 (宮司)
<かながわの名木100選 寺家の熊野神社のモミ
神社の森に小高く垂直に伸びて、その姿は実に美しく、 樹勢も旺盛で、平坦部ではたいへん貴重である。 横浜市の名木古木に指定されている。
  樹高 25メートル  胸高周囲 2.5メートル  樹齢 約150年(推定)
モミは、秋田県から屋久島の照葉林帯に分布する常緑の針葉高木で、 幹は直立し、太い枝を水平に張り出し、美しい円錐形となる。 樹高45メートル、胸高周囲5.4メートル、樹齢約500年に達するものもあると言われている。
 (神奈川県)
熊野谷戸
熊野神社の前には谷戸が続いています。 撤去された自動販売機の跡には、往時の注意書きだけが残っていました。
一、よごすまいこの道路
一、緑を大切にしよう
一、田んぼの中に入らないこと
一、空カンや空ビンを投げすてないこと
一、弁当ガラ等ゴミは持ち帰ること
一、この自動販売機には防犯設備が設置されております
 (地権者)
熊野池
釣り堀「熊野池」について
寺家ふるさと村区域には、農業用水用のため池が、この熊野池の他に、 むじな池、大池、新池、居谷戸池があります。 お米づくりには多量の水を必要とするため、田圃のつづく各谷戸の奥に、 昔の寺家村農民が努力して築いた人工の池で、現在の大切に管理、利用されています。 池での遊びは楽しいものですが、危険も伴い、大池では学童が水死するという不幸な事故もありました。 釣り堀として公開したこの熊野池の他は、すべて立入を禁止しています。 利用マナーを守り、多くの人に愛されるふるさと村となるよう、ご協力をお願い致します。
 (寺家ふるさと村体験農業振興組合)
熊の池はへら鮒釣り専門の池です
へら鮒は魚の習性を利用して一定の場所に魚を寄せておき、水深や餌の硬さや粘り具合などを 魚に合わせ調整しながら釣っていきます。 一般の鯉釣りとは釣り方が異なりますので、初心者、釣り方がわからない方は事務所までお問い合わせ下さい。 尚、水深が2.5メートルと深いため、10歳未満の子供は事故防止のため入場できませんので 予めご了承ください。 へら鮒釣りのルールを守り楽しく釣りましょう。
 (寺家ふるさと村 熊の池)
くまの橋
ふるさとの森の真ん中にくまの橋があります。 切り通しの道と尾根道とが交差している所です。 この横から階段を登っていくと、尾根道に出ます。
寺家ふるさとの森は明るい雑木林に囲まれ、その中を広い尾根道が続いています。
寺家ふるさとの森
 所在地 横浜市青葉区寺家町834外
 面 積 11.7ha
 標 高 約30〜65m
寺家ふるさとの森は、土地所有者の方のご協力により、 豊かな自然を保全し、市民の皆様に憩いの場を提供しているものです。 利用にあたっては、下記のことに注意してご利用ください。
・散策路、休憩所以外のところには入らないでください。
・草花や生物を捕ったりしないでください。
・ゴミは持ち帰りましょう。
・犬のフンは飼い主が片づけ、持ち帰ってください。
 (横浜市緑政局北部農政事務所、緑政局緑政課)
むじな池
ふるさとの森にある三つの溜池(大池、むじな池、熊野池)のうちの一つです。 稲刈りが終わった時期には、コガモ、オシドリ、オナガガモなどが訪れるとのことです。 奥の方には、池に突き出すようにして東屋があります。
柵の中には、入らないでください。
池にごみを捨てないでください。
 (横浜市北部農政事務所、寺家ふるさとの森愛護会)
この池で魚を釣らないで下さい。
 (寺家ふるさと村体験農業振興組合)
大池
山田谷戸の奥に大池がありますが、この時は改修工事中のため立ち入り禁止になっていました。 この写真は、1年半ほど前に訪れた時のものです。
水車小屋
その名のとおり実物のコットン水車が展示されています。 新池から水を引き、コットンコットンと米をつく音が響いていた、 昔ながらの村の姿に触れることができます。
下三輪横穴古墳群
水車小屋の左手の道を5分ほど登っていくと、下三輪横穴古墳群があります。 ここは東京都と神奈川県の都県境になっています。
都旧跡 下三輪横穴
玉川南岸の多摩丘陵の台地縁には横穴の小群集が各所に見られる。 これらをとくに「南武蔵式横穴」と名付けている。下三輪横穴もその一つであるが、 内部壁面に彫刻があり貴重なものである。横穴は大体南に向って四個相並んでおり、 左から第一号および第三号横穴に彫刻が見られる。 第一号横穴は羽子板状をなし、羨道と玄室との区別がなく、左の側壁の一部は 関東大震災の時剥離した。奥壁の高さは125.8センチあるが、 ここに上代切妻式屋根を表現したと思われる彫刻が見られる。 第三号横穴には四注式屋根を表現したと思われる彫刻があり、死者がなお現世にあるという 古代人の未来観によるのもではないかと考えられている。
 (東京都教育委員会)
新池
水車小屋の奥には新池があります。 周りは柵で被われていて、湖面には近づけないようになっています。
ここは養殖魚用池です。
・魚つりや小動物の捕獲、勝手な放流は禁止します。
・柵の中に入らないでください。
 (寺家ふるさと村)
注意
危ないので、フェンスを越えて中に入ってはいけません。
 (寺家町内会、横浜市、緑警察署)
この池で魚を釣らないで下さい。
 (寺家ふるさと村体験農業振興組合)
郷土文化館
木戸をくぐって石段を登っていくと、郷土文化館の茶室「白心庵」と喫茶「青山亭」があります。 この時には、白心庵で可児一広作陶展が催されていました。 青山亭は、飲み物・甘味のほか、食事もできる和風喫茶で、 高台から寺家ふるさと村を眺めながらの食事も乙なものです。
鴨志田団地(かもしだだんち)バス停
青葉台駅(東急田園都市線)まで、青葉台駅行きバスにて9分、 1時間に5本から8本程度の便があります。
鴨志田団地バス停の手前に四季の家バス停があるので、そこから乗車してもいいでしょう。 しかし、鴨志田団地バス停発の便の方が多いので、 大して離れてはいないので、ここまで歩いてきましょう。