太田和の里
散策:2003年10月下旬
【里山散歩】 太田和の里
概 要 大楠山の南側には、長坂の里から太田和の里にかけて緩やかな丘陵地帯が広がっています。 宅地化が進む中にもまだまだ里山風景に出会うことができます。
起 点 横須賀市 佐島入口バス停
終 点 横須賀市 竹川バス停
ルート 佐島入口バス停…無量寺…関口牧場…沢山池…太田和緑地…三浦正八幡宮…栄林寺…竹川バス停
所要時間 3時間20分
歩いて... 舗装道路を歩くのが大半ですが、両側には田畑が広がっていて、昔懐かしい里山風景に出会えます。 宅地化が進む以前にはもっと風情があったのでしょうが、これも時代の流れなのでしょう。 太田和緑地を訪れるのは、ツツジが一面に咲く頃がいいでしょう。
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コース紹介
佐島入口(さじまいりぐち)バス停
逗子駅(JR横須賀線)から、[逗5]大楠芦名口経由横須賀市民病院行きバス、 [逗6]横須賀市民病院経由長井行きバス、または 、 [逗7]大楠芦名口経由佐島マリーナ入口行きバスにて30分、 1時間に5本程度の便があります。
バス停から少し戻った所の信号を右折していくと、 宅地化の波に押されながらも、道路の両側にはまだまだ畑が残っています。
美しい自然 きれいな環境 美味しい野菜の産地はここです
 (よこすか葉山農協青年部壮年部、横須賀市経済部農林水産課)
長柄の里を歩いていると、花と緑の総合園芸センターがありました。 小さな鉢植えの花がたくさん売られていました。
無量寺
園芸センターの向かい側に無量寺がありました。 無量寺の山門は茅葺の屋根になっていて、静かな里山の寺の趣きがあります。 本堂はこの奥にあります。境内には大きなクスノキがありました。
別れても また会える 日のくる み仏の国
畑には色々な野菜が栽培されていました。 どことなく落ち着く光景です。
ここは よこすか 環境美化街道
 (よこすか葉山農協青年部壮年部、横須賀市経済部農林水産課)
畑の脇に野菜直売所がありました。 人を信じきれないとできないことです。 このような商売形態が存続していて喜ばしいかぎりです。 外国にも同じ様なものがあるのでしょうか。 写真を撮ろうとしていたら、自動車でやってきた人が野菜を買っていきました。
売店の野菜はすべて横須賀長坂産です
代金は下のパイプに入れて下さい
刈り取った稲が稲木に干してありました。 田んぼの中に棒を1本横にしたものに干しているのをよく見かけますが、 このように何段にも重ねて干すのは神奈川県では初めて見ました。
私の故郷では、このように何段にも重ねた稲木が普通でした。 子供の頃、刈り取った稲を干す手伝いをよくしたものです。 稲束の真ん中から穂の辺りを持ち、切り株の方を向こう側にして、 稲木に登って待っている親に投げ上げたのを思い出しました。 下段のうちは手渡す程度ですが、上にいくにつれて力一杯投げ上げないと届きません。 手だけではダメなので、足腰の反動を利用して投げ上げました。 たまには届かずに落ちてしまうこともありました。
今は荒地になっていますが、以前は畑や田んぼだったのでしょうか。 あちらこちらから、色々な秋の虫の鳴き声が聞えてきました。
私の子供の頃には、このような原っぱで暗くなるまで遊んだものです。 しかし、ここには子供の姿は見られません。 時代の変化なのかも知れませんが、何か寂しい気持ちがします。
道の横の緩やかな丘陵には田畑が広がっていました。 宅地化の波が押し寄せるなかにも、まだまだ里山の光景が残っていました。 このような景色を見ていると、なぜか心落ち着くものを感じます。
緩やかな坂道を登りきった所に庚申塔がありました。 上の祠には、阿弥陀如来と長谷観音が祀ってありました。 このような庚申塔は、ほかにも何ヶ所かで見かけました。
関口牧場
坂道を下った所に牧場がありました。 持続型草地畜産展示牧場とのことです。 牛、ロバ、ヤギ、羊、カモ、鶏、ウサギなどが飼育されていました。 健康そうで人見知りしないネコにも出会えました。
酪農体験を安全で楽しく行うために
牧場とは…
酪農家が牛に愛情を注ぎ、大切に育て、牛乳を生産している場所です。
牧場では…
・やさしい気持ちで動物に接しましょう。
・なかよく、気持ちよくすごしましょう。
・約束を守って、楽しく体験しましょう。
牧場での約束
1.牛舎に入ったり、機械にふれる場合は、牧場の人に声をかけてから行いましょう。
2.牧場の人の話をよく聞いて、わからないことは進んで質問しましょう。
3.牛のまわりでは大きな声をだしたり、走り回ったりしないようにしましょう。
4.勝手に牧場の動物にえさを与えないようにしましょう。
5.牛やその他の動物にさわったり、石けんで手を洗いましょう。
6.牧柵にさわったり、立ち入り禁止場所に入ったりしないようにしましょう。
7.ゴミは自分で持ち帰りましょう。
 (中央酪農会議、酪農教育ファーム推進委員会)
刈り取った稲が田んぼの畦道に並べてありました。 籾がまだ付いていたので干しているようにも思えますが、うまく乾くのでしょうか。
長坂公園を左に撒くように進んでいくと、石を積み上げたものがありました。 これも道祖神などの類なのでしょうか。 それにしても、よく倒れずに立っているものです。 石同士が固定されているのかも知れません。
萩野川に架かる新谷戸橋を渡った左手に続く道を行くと沢山池があるので、 ちょっと立ち寄っていきましょう。 小さな沢山橋を渡ると、笹竹の回廊がありました。 ここを過ぎてゲート右側の細い道を進んでいくと、沢山池に着きます。
沢山池
沢山池にはほとんど水がなく、湿地のようになっていました。 以前には「池」と言える程度の水があったのでしょうか。 樹木も進出していて、年々狭くなってきているようでした。 シロサギの群棲地とのことで、今回も数羽を見かけました。 足元がしっかりしなくて危険なのでしょうか、池の周りには柵がしてあって、 水辺まで降りていくことは出来ませんでした。 奥まった谷戸にあるので人間などもほとんどやって来ないのでしょう。 鳥にとっては天国かも知れません。
キケン
入らないで下さい。
火災防止のため、たばこのポイ捨てはやめよう
 (横須賀市南消防署、横須賀警察署)
道路脇の田んぼには、まだ黄金色の稲が刈り取られずにありました。 今年は夏の天候が不順だったので、作柄も平年以下だったとか。 すこしでも収穫を増やそうと、刈り取りの時期を調節しているのかも知れません。
農業をしていた私の実家では、長さ150cm・幅70cm程の小さな舟を田んぼに浮かべ、 刈り取った稲をそれに乗せて畦道まで運んでいました。 水を落として乾いた田んぼではもちろん舟は使いません。 その年の天候などにより、水の量を調節していたのでしょうか。
清水橋を過ぎて少し行った所に、左側に降りていく道がありました。 そこを降って小さな山田橋を渡っていくと、数軒の集落がありました。 辺りには畑の脇のちょっとした空間に、小さな田んぼがありました。 その昔には米の収穫をすこしでも増やそうと必死の努力をして開拓していたのに、 今では減反政策のもとで、どんどん田んぼがなくなってきています。 食生活の変化のためなのでしょうか、それとも・・・。 何か釈然としないものを感じます。
坂道を越えて降っていくと、右手に太田和緑地の入口があります。 立派な石の標識が立っていました。
ごみは捨てずに持ち帰りましょう!
樹木を大切にしましょう。
 (クリーンよこすか市民委員会、横須賀市)
太田和緑地
太田和緑地は、山の斜面に広がっていて、ツツジの木が一面に植えられています。 その中を整備された散策路が続いていますが、 背が高くて壁のようになったツツジに囲まれていて、周りが見えないほどです。 ここはツツジの名所としても知られており、 約5万本もあるというツツジの花が咲く頃に是非訪れてみたい所です。
太田和緑地には、所々に東屋やベンチなどが設置されています。 ゆっくりと花を楽しんでもらおうという配慮なのでしょうか。
緑地の頂上からは、眼下に街並みが見渡せます。
三浦正八幡宮
太田和緑地を出た先の左手に三浦正八幡宮があるので立ち寄っていきましょう。
三浦正八幡宮
祭神 誉田別尊
境内社 山神社、神明社、姥神社
例祭日 10月15日
御神徳
八幡社は古来武運を守護し、健康を司り、土を愛し、稔を扶け給う神として、 崇敬最も厚く、村人其他参拝多く、御神徳の弥高く在りますを偲ばしむる。 天文五丙申年9月14日、時の領主北条九郎為昌より鎌倉鶴ヶ岡八幡宮社領として、 当太田和郷を寄進せられたと鎌倉鶴ヶ岡八幡宮古文書にある。
沿革
勧請 慶長17年壬子8月22日、鎌倉鶴ヶ岡八幡宮を当村に分祀勧請し、 小田和の真言宗安養院(今の蓮宗本住寺)の境外地に鎮座した。 当時安養院の住僧が別当に任じた今の宮畑と称する地が宮地であったとのことである。
再建 元禄4年未年11月15日、落成の社殿再建に当り、村人御造営を謀りし折、 12羽の丹頂、鶴ヶ宮の屋の棟に現れ、忽ち舞上りて北に進みて飛翔し、 今の鶴巻田の辺りにて三度舞を巻き、 更に北に進みて西の谷の小高き丘の森に舞降りて神跡をたれたので、 今の宮地に社殿の造営は成ったとある。
現社殿 文久2壬戌年10月、里庄浅葉仁右衛門は、僅かの基金に多額の私財を投じて社殿を造営せられた。 即ち、今の社殿がそれである。旧本殿は里人高木造営なる者願主となり、 字林中尾に不動尊を祀り其の堂となって居る。
御社号 篆額
文久4甲子年2月、人皇第121代孝明天皇宸筆の御社号を賜る。 相三浦神社正八幡宮の篆額がある。 沿革書の記事は、鎌倉鶴ヶ岡八幡宮古文書、相模国風土記、浅葉家所蔵の文献、 本住寺古文書により記す。
 (宮司 豊浦喜代男 謹書)
栄林寺
相武幼稚園を過ぎて車道を右折していくと、こじんまりとした栄林寺があります。 境内には、水子供養の観音様が建っていました。
水子観世音菩薩
母の胎内に命が授かりあと数ヶ月でこの世に生まれることが出来た子供が、 不幸にも水子と成り、霊界をさまよう。 このような時、母の悲しみを取り除き迷える水子を救済するのが、 水子観世音菩薩様です。 合掌
慈眼視衆生 福海聚無量
 (栄林寺)
栄林寺の正面にある道を進み、三浦縦貫道路をくぐっていきます。 右手に笹竹や樹木を見ながら進んでいきます。
左折して竹川ハイムの中の広い道を抜けていくと、 正面に焼き鳥屋がありました。 おでん等も扱っていて、いい匂いが辺りに漂っていました。 ここを右手に進んでいくと、県道26号横須賀三浦線に出ます。 左折して少しいくと竹川バス停に着きます。
竹川(たけがわ)バス停
横須賀中央駅(京浜急行本線)まで、横須賀駅行きバスにて20分、 1時間に5本程度の便があります。
この日は道路が渋滞していて、横須賀中央駅まで40分もかかりました。