せきれいの道
散策:2003年09月上旬
【街角散策】 せきれいの道
概 要 せきれいの道は、横浜市都筑区のニュータウンの中の散策路です。 早渕公園からせせらぎ公園を経て茅ヶ崎公園へと続いています。 豊かな緑陰風景と街並み景観が望める変化に富んだ緑道です。 今回は早渕公園からせせらぎ公園や茅ヶ崎公園などを経て、センター南駅へと向かっていきます。
起 点 横浜市 北川橋南バス停
終 点 横浜市 センター南駅
ルート 北川橋南バス停…早渕公園…やまどり公園…せせらぎ公園…茅ヶ崎公園…自然生態園…れんげ公園…なのはな公園…正覚寺…センター南駅
所要時間 4時間10分
歩いて... 住宅街の中に残された自然を利用しやすいように整備された緑道です。 散策路の傍まで住宅が迫っている所もありますが、 古民家や自然生態園をはじめとして、各所に昔ながらの風景を発見できる緑道です。
関連メモ ささぶねの道, くさぶえ・ふじやとの道
コース紹介
北川橋南(きたかわばしみなみ)バス停
仲町台駅(横浜市営地下鉄)から、[302]新北川橋行きバス,[302]港北ニュータウン車庫行きバス, [302]センター北駅行きバス,まはた,[303]新北川橋行きバスにて7分、 朝夕は1時間に3本程度、日中は1時間に1本程度の便があります。 バス停のそばに案内図があるので参考にしましょう。
この辺りは武蔵野の台地を切り開いて新たに宅地化された地域のためか、 公園という形でかなり多くの緑が残されています。 今回の「せきれいの道」もそういった緑の中のひとつです。 開発で取り残された緑をうまく整備して、利用しやすい憩いの場所となっています。
バス停の50mほど先にあるT字路を左折していきます。 この道路の先はまだ建設途上で行き止まりになっているためか、 自動車はまったく通りません。 100mほど進んでいくと陸橋があります。 陸橋を過ぎた所に左手に戻るようにして登っていく階段があります。
階段を登った所が、今回のせきれいの道のスタート地点です。 赤い色をした柱のモニュメントがあります。 コースは正面に続く赤レンガ敷きの道を進んでいくのですが、 右手のこんもりとした丘の早渕公園にちょっと立ち寄って行きましょう。
早渕公園
モニュメントの右手にある道を少し進んで下った所を、左へ戻るようにして登っていきます。 金網フェンスが続く道を登っていくと丘の上にでます。 早渕公園は丘から谷へと続く斜面に広がっていて、ここがその丘にあたる場所です。 周囲の街並みがぐるっと見渡せます。
赤い柱のモニュメントを過ぎて、眼下に広がる運動広場を見ながら階段を降りていきます。 下まで降りて右手にいくと、竹林の中を谷筋へと降りていく道があります。
谷筋には畑や花壇やベンチがありました。 谷筋を過ぎると、また竹林の中の道を登っていきます。
しばらく行くと、先ほどの赤いモニュメントがある出発地点に戻ります。 石でできた案内図もあるので、これからのコースを確認しておきましょう。 同じ様な案内図はコース途中にも何ヶ所かにあります。
せきれいの道
茅ヶ崎公園、せせらぎ公園、早渕公園を結ぶ緑道がせきれいの道です。 豊かな緑陰風景と街なみ景観が望める変化に富んだ道です。
オートバイ乗り入れ禁止
犬のふんは持ち帰りましょう 犬は放さないで下さい
 (横浜市緑政局西部公園緑地事務所)
資生堂の研究所の裏手を過ぎると、先ほどの丘の上から見えていた運動広場があります。 広場を右に見ながら、快適な道を進んでいきます。
出発地点から5分ほどの所に広場があり、少年野球の練習をしていました。 そばには母親らしい女性も何人か応援に来ていました。
樹木に覆われたレンガ敷きの道が続きます。
マナーを守ってサワヤカ散歩!
フンの放置はみんなの迷惑
散歩の前に排泄するようにつけましょう。 散歩中にフンをしたら必ず持ち帰って始末しましょう。 公園の植え込みや砂場は犬のトイレではありません。
やめてください放し飼い
散歩の時は必ず引き綱をつけてください。 公園や空き地でも犬を放すのはやめましょう。 犬を怖いと思っている人もいることを忘れずに!
 (都筑区役所)
やまどり公園
広場から5分ほど行くとやまどり公園があります。 テニスボールを打ち合っている親子連れを見かけました。 親子のふれあいがしっかりと保たれている家族のようです。
公園を後にして更に進んでいくと、すぐの所に春雨橋があります。 二股に分かれていますが、右下へ降りていく道は見送って正面の道を進みます。
春雨橋を渡った所にちょっとした休憩所があります。 日除けやベンチも設置されています。
休憩所からも快適な道が続きます。 この辺りから大きめの樹木が増えてきます。 左手には小さなせせらぎもあり、子供が何やら取って遊んでいました。
せせらぎ公園
休憩所から7分ほどで目の前が開け、せせらぎ公園に着きます。 せせらぎ公園は、港北ニュータウン事業の中で整備された公園で、 大きな池と池に続くせせらぎが潤いのある快適な空間を作っています。 池には鯉や亀がたくさんいました。 池の左手に古民家があるので、立ち寄っていきましょう。
主家(旧内野家住宅)
この建物は、もともと緑区(現・青葉区)荏田町にあったものです。 港北ニュータウンの開発の際に内野家より寄贈を受け、 昭和55年に当公園内に当初の形式に近い形で移築復元されたものです。 建設年代は江戸時代中期〜後期と推定されます。 復元された間取りは「広間型三間取り」と言い、当時の農家の特徴が伺えます。
開館時間午前9時〜午後5時まで
休館日毎月第1木曜日(ただし祝日の場合は翌日)
年末・年始(12月29日〜1月3日)
土間には炊事設備や農機具、広間には囲炉裏がありました。 何か昔懐かしい感じがします。
せせらぎ公園「古民家」利用の皆様へ
室の中では走ったりしないで下さい。 床にはワックスが塗ってありますので滑りやすくなっています。
囲炉裏には屋根の茅葺を守るため常に火を燃やしています。 囲炉裏の灰をいじらないで下さい。 小さなお子様づれの方は火に充分気をつけて下さい。
この施設は市民の皆様に開放されているものです。 ルールを守ってお気軽に見学して下さい。
民家の縁側には、農家の模型が展示されていました。 80cmほどの大きさで、細かい所までよく出来ていました。
合掌造り「日本の農家」
私の生まれ育った家もワラぶき屋根の農家で、四季折々の農村風景が 今も脳裏に焼きついて離れません。この作品もそんな郷愁から作りました。 以前市販品の茶室を制作し、その精巧さに感激しました。 この作品を作る上での良き経験を活かすべく極力隅々まで細かく作ったつもりです。 例えば畳、障子、各部屋の間仕切、屋根裏部屋への階段や電灯、農具も部屋内に配置してあり、 台座は回転する様にしました。この家にどんな人達が住んでいるのだろう。
 (制作者 小山敏明)
長屋門(旧小杉家長屋門)
この門は、東京都目黒区にあったものです。 安政6年(1859)に長屋門として建設されました。 港北ニュータウンに縁の深い当主により、昭和54年に寄贈を受け、 長屋門の長屋である脇部屋を除いた門部分だけが移築復元されました。
古民家を後にして、せせらぎ公園内を進んでいきます。 池の向うにある陸橋「せせらぎ橋」をくぐっていくと分岐があります。 左手には藤棚の広場があります。 綺麗な花で彩られる季節に訪れてみたい所です。
分岐にある休憩舎の右手の道をまっすぐに進んでいきます。 小さなせせらぎが続いています。 虫取りをしている親子づれを見かけました。 せせらぎの右手の上には大きな運動広場があり、サッカーの練習をしている人がいました。
住宅がそばまで迫っている緑道を進み、美四季橋を渡っていきます。 せせらぎ公園から8分ほどで茅ヶ崎公園に着きます。
茅ヶ崎公園
茅ヶ崎公園には池や広場をはじめ、自然生態園などもあります。
注意
・犬を放してはいけません。
・犬のフンは飼主の方が持ち帰って下さい。
・公園内で許可なく火の使用はできません。
・ゴミは各自で持ち帰りましょう。
・ルールとマナーを守り大切に利用しましょう。
 (横浜市西部公園緑地事務所)
右折して広場や池を左手に見ながら進んでいくとT字路に出ます。 コースは右側へと続いているのですが、 左へ進んで、茅ヶ崎公園内にある自然生態園を訪れていきましょう。
分岐から5分ほどいくと、左手に降りていく道が分かれています。 そこを少しいくと、柵で囲まれた自然生態園の北口があります。
生態園は、地域に住む人達がふるさとの風景を感じる場所の一つとして整備されたもので、 将来を担う子供達が豊かな自然にふれあい、そして自然から学ぶ楽しさを味わえるようにという 願いが込められています。 同時に郷土の生き物や野草など(元からあった里山としての自然)を蘇らせることを目指し、 誰からも愛される生態園にしたいという願いを目的としています。
開園時間(夏期) 土、日、祝日 10時〜16時
 (茅ヶ崎公園自然生態園管理運営委員会)
自然生態園
北口から生態園へ入っていきます。
ここは横浜の原風景である「里山」の自然環境を保全している場所です。 許可のない立ち入りはできません。 また、池へ外来種を放流しないで下さい。(ブラックバス、ブルーギル、アメリカザリガミ、ミドリガメなど) 利用したい方は下記までお問い合わせください。 ふるさとの景観を守るため、皆様のご協力をお願いします。
 (茅ヶ崎公園自然生態園管理運営委員会)
自然生態園は、昔からの自然をそのまま公園に残した所です。 植物、鳥、魚、昆虫・・・貴重な生き物がたくさん棲んでいます。 遠い将来にも、この生き物たちが棲み続けられるように、約束を守って利用しましょう。
次のことはできません。ご協力お願いします。
 ・犬などペットを連れて入ること
 ・自転車の乗り入れ
 ・園道以外の所に入ること
 ・生き物(草花、虫、魚など)の採集
 ・持ってきた魚、カメなどを放すこと
 ・喫煙
開園時間(夏期) 土・日・祝日 10時〜16時
 (茅ヶ崎公園自然生態園管理運営委員会)
少し進んでいくと御手洗池に出ます。 ここに生態園の地図があります。 生態園には、御手洗池のほかに、谷戸田の湿地やトンボ池などがあり、 里山の中には散策路(西ルート、南ルート、北ルート)が続いています。
御手洗池
御手洗池は、昔まわりの水田に水を送るため池でした。 そこにはトンボ・ホタルなどの生き物がたくさん見られ、 人々はこのような身近な自然とうまく付き合いながら暮していました。 この自然生態園はかつてのように人と自然が末永くふれあえる場所とすることを 目的としてつくられました。
 (横浜市緑政局西部公園緑地事務所)
御手洗池を左に見ながら、沢沿いの道を西門に向かってまっすぐに進んでいきます。 西門に着くと、その左手前に、丘へ登っていく西ルートの入口があります。
弥生の丘
丘の上に登って少し降ると「西山 弥生の丘」です。 カブトムシの棲家として、板で囲まれた1uほどの広さの「カブトの家」がありました。 中には枯れ木や枯れ葉が一杯入っていました。
弥生の丘から降っていく途中に、竹製のベンチがありました。 「大切に使ってネ」という注意書きも竹製の文字で書かれていました。
中央広場
明るい森を降っていくと中央広場に出ます。 広場には炭焼き窯やベンチがあります。 左手には谷戸田の湿地が広がっています。
谷戸田の湿地
中央広場の先に、南ルートの入口があります。 横木の階段を登り山道を進んでいきます。
いつの間にか北ルートになり、やがて谷戸田の湿地に出ます。
釣り禁止
御手洗池では、昔からいた小魚やヌカエビ、トンボのヤゴを保護しています。 それらを食べてしまうブラックバスやブルーギル、ザリガニなどの駆除に努めています。
 (茅ヶ崎公園自然生態園管理運営組合、横浜市緑政局西部公演緑地事務所)
北口から自然生態園を出て、来た道を茅ヶ崎公園のT字路の所まで戻ります。
右手にせせらぎが続く道を進んでいきます。 少し行くと石橋が架かっていました。 その先には竹林が広がっていました。 最初の早渕公園にも竹林がありましたが、この辺りには昔から竹林が多かったのでしょうか。
茅ヶ崎公園から4分ほど行くと正面に陸橋「茅ヶ崎貝塚橋」が見えてきます。
陸橋をくぐって快適な散策路を更に進んでいきます。
れんげ公園
陸橋から3分ほどで、左手にれんげ公園があります。 住宅街の中のちょっとしたオアシスといった感じです。
れんげ公園から2分ほど行った所に、左手に分かれていく道があります。 先ずはこのまま直進してせきれいの道のゴール地点まで行き、 そこから引返してきて、ここの分岐道を進んでいきます。
数分進んでいくと、これまで散策路に沿って続いてきたせせらぎも終わり、 円い導水口へと流れ込んでいきます。
導水口のすぐ先がせきれいの道のゴール地点です。 ここにも案内図があるので、戻り道の確認をしておきましょう。 先ほどの分岐から「なのはな公園」を経由してセンター南駅まで行きます。
なのはな公園
分岐から5分ほど行き「あいわのぞみ幼稚園」を過ぎると、なのはな公園があります。
正覚寺
公園の左手の道を渡った所に正覚寺があるので、ちょっと立ち寄っていきましょう。 山門をくぐると、赤い前掛けをしたお地蔵様たちが迎えてくれます。
境内には庭園や池があり、住宅街の中にあっても静寂な雰囲気を留めています。 本堂・鐘撞き堂のほかに大鷲神社もありました。神仏習合の名残なのでしょうか。
寺誌
当山は天台宗にて長窪山総泰院と号す。日吉金蔵寺末である。 境内五萬七千除坪地。村民清左衛門が先祖の起立する所なり。 文禄年中に僧快栄上人が開基以来今日まで二十代の住職が承継している。慶安二年徳川幕府から寺領五石一斗の 御朱印を賜わる。本尊は満願虚空蔵大菩薩を奉祀する。座像にて御丈一尺二寸春日の作と伝えられている。 脇本尊薬師瑠璃光如来と十二神将が安置されている。恵心僧都の作と伝えられている寅年薬師尊御開扉霊場である。 近在十二ヶ寺都筑橘樹十二薬師と称する。当山は第七番札所である寺に入り、正面山上に山王山日吉神社がある大鷲 大明神が合幣祀されている。文化年中に本堂庫裡書類等消失した。現在の本堂は文化八年に再建され今日にいたる。 寺宝太閤秀吉の制札一枚あり。天正十八年豊臣秀吉が小田原征討のとき境内乱暴禁止の制札を賜わる。 大正十二年の関東大震災に本堂庫裡が半潰となり帝室御料林製材参石余を御下賜戴き修復を行なった。現在の庭 園の池は昭和八年に第十九世が造ったものである。大東亜戦争が激しくなり昭和十九年八月より昭和二十年九月 まで横浜市立子安国民学校児童四十五名を学童疎開の宿舎に本堂を提供した。 昭和二十一年の農地改革により当寺所有地貮町六段壱畝の田畑を開放した。第一期正覚寺改築計画により三十七年 本堂旧来の草萱屋根を瓦屋根に改修する。昭和四十二年港北ニュータウン事業に当り当寺所有の土地の買収に協力 昭和四十九年第二期事業として本堂を一メートル総上げして土台の大修理と荘厳具のの改装と庫裡の新築をする。 第三期事業として昭和五十六年、五十七年に亘り港北ニュータウンの中央センターの造成のため茅ヶ崎町内に点在せ る私有墓地を境内地に移設改葬し宿願の寺所有墓地の造成を行なう。第四期事業として昭和六十一年比叡山開創千 二百年と寅年薬師瑠璃光如来の御開扉の記念として山門塀を新築し境内の環境整備を行なった。 四期に及ぶ三十余年に亘る造営事業によって新しい都市の寺院として整い完成することができたことは檀信徒総 代の指導力と檀信徒の絶大なる御協讃によるものである。
 (昭和61年4月吉日 長窪山正覚寺)
集団疎開児童が使用した井戸
境内に「集団疎開児童が使用した井戸」というのがありました。 その横には歌碑が建っています。 戦争で心が傷ついた子供達に生きる希望を与えようという気持ちが伝わってきます。
生命の泉 ここにありき
 子安国民学校学童集団疎開者飲料用水跡地
 坂本満 書
生命の泉
一、 人の世の苦しみに泣いたおかげで  人の世の楽しみに心から笑える
打たれ踏まれ唇を噛んだおかげで  生まれてきた事の尊さがしみじみ分かる
醜い世に思わず立ちあぐんでも  見てごらんほらあんなに青い空を
皆が何ももっていないと嘲けても  皆が知っている美しい本当に尊いものを
愛と誠と太陽に時々の雨さえあれば  あとはそんなに欲しくない
二、 丈夫な体とほんの少々のパンがあれば  上機嫌でニコニコ歩きたい
それから力一杯働こう  そして不平は言わず
決してひるまずに進んで行こうよ  何事も相手の身になって物事を考えよう
何処かに不幸な人がいたら  どんな事でも力になってあげよう
すっかり自分を忘れてしてあげられたら  もうそれできっと嬉しくてたまらないだろう
三、 朝お日様が昇る時挨拶に  今日もやりますと叫びたい
夕べお日様が沈む時は  夕焼雲をじっと見つめて坐っていたい
心にはいつもささやかな夢を抱いて  小鳥のようにそっと眠り
暇があったら古い詩集を紐といて  一人静かに思いにふけりたい
幸せは自分の力で見出そうよ  真珠のような涙と太陽のような笑いの中で
今日も明日も進んで行こうよ  きっといつの日か振り返って  静かに微笑めるように
 (平成3年8月27日 後藤厳)
正覚寺の山門を出て、なのはな公園の前の道を進んでいきます。 赤レンガが敷きつめられた広い歩道が続きます。
5分ほど進み、茅ヶ崎城址歩道橋を渡るとセンター南駅に到着です。
センター南(せんたーみなみ)駅
センター南駅(横浜市営地下鉄)は丘陵地にあり、駅の周辺は広々としています。 手前には広いバスセンターがあります。
駅舎に入ると、女性3人のグループが、ピアノとバイオリンの演奏会をしていて、 多くの人が立ち止まって聞いていました。