小川の里
散策:2003年03月上旬
【里山散歩】 小川の里
概 要 小川の里は、鶴見川の支流である恩田川沿いの里です。 宅地化の波に押されながらも、まだまだ素朴な田園風景が残っています。 まっすぐに伸びる農道は地域の子供たちの通学路にもなっています。 道草をしながらわいわいガヤガヤ・・・そんな昔ながらの光景に出会えます。
起 点 横浜市 中山駅
終 点 横浜市 十日市場駅
ルート 中山駅…萬代堰…園芸センター…杉山神社…十日市場駅
所要時間 2時間20分
歩いて... 春は菜の花畑、初夏には田植え、晩夏にはたわわに実った梨の香り、 秋には稲穂の黄金色の波と収穫、冬には野焼き。 以前にはどこの農村でも見られた光景が、市街地に近いここにもまだ残っています。
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コース紹介
中山(なかやま)駅
中山駅(JR横浜線)から歩き始め、 隣の十日市場駅までの短めの散策コースです。 JR横浜線の東側に沿うようにして恩田川が流れています。 中山駅の下流のところで鶴見川と合流しますが、今回は逆の上流へ向かって進みます。
中山駅北口を出て駅前の広い道を進み、恩田川に架かる中山大橋を渡ると、 左手に田園風景が広がっています。
私の実家では畑よりも水田の方が多くあったこともあり、水田に親しみを感じていました。 そのため、水田が広がる光景に出会うと子供の頃の記憶が呼び起こされ、 懐かしい思い出が湧き上がってきます。 苗代から刈取まで、様々な姿を見せてくれたものです。
萬代堰
畑の側に改修記念碑がありました。
改修記念碑
本堰ハ江戸中期ヨリ青砥及ビ佐江戸ニテ築キ永ク灌漑 ニ寄与セシモノナルガ大正十二年ノ大地震ニテ被害ヲ 豪リ翌十三年当時近代式ニ築造萬代堰ト命名ス。 然乍ラ時代ノ推移ニ伴イ昭和廿九年捲キ上式ヲ以テ之 ヲ改修用水ニ万全ヲ収メツツアリマル所。 今般恩田川ノ改修ニ伴イ堰ノ移動トナリ九百ニ十余万 円ノ巨費ヲ投ジ近代装備ノ枠ヲ蒐メタル自動堰ガ現在 地ニ竣工ヲ見ル。近隣其ノ類ヲ見ズ実ニ万代不易永ク灌 漑ニ支障ナカルベク慈ニ沿革ノ一端ヲ記シテ後世ニ傳ウ。
 (昭和29年4月竣工 神奈川県知事)
梅の木が畑一面に植えられ、白い花を咲かせていました。
この里には園芸センターがいくつかあります。 休日とあって、多くの人が訪れ、想い想いのものを買い求めていました。
園芸センター
センター内はかなり広く、花や観葉植物の鉢植えや園芸用品などが販売されています。
春植えジャガイモ栽培方法
収穫の喜びを得るために育ててみませんか?
 ・冷涼な気候を好み、15〜20℃の気温でよく育ちます。
 ・高温に弱く、29℃以上になるとイモを形成しなくなります。
 ・低温にも弱く、霜が降ると枯れます。
 ・土寄せが不十分だといもが地表に出て緑化し、品質を損ねます。
 ・早生種の「男爵」、中生種の「メイクイン」が育てやすい品種です。
1.種イモ 種苗店で種イモ用として売られているものを使います。 芽が少し伸びはじめた状態のものを選び、100g以上の大きさのものは4つ切りにして 使います。また、40〜60gなら2つ切りに、それより小さいイモは1個ずつそのまま植えつけます。
2.畝の準備 植えつけの2週間前に、1u当たり50gの苦土石灰をまいて耕します。 1週間前になったら幅60cmの畝をつくり、幅15cm、深さ15cmの植え溝を掘り、 そこに1u当たり堆肥3kgと、化成肥料100gを入れ、4〜5cmほど土をもどしておきます。 芽が出てきたら腐葉土かもみ殻をかけて晩霜から守る。
3.植えつけ ふつう2月下旬〜3月に植えつけで6月に収穫しますが、 とくに温暖な地方では8月下旬〜9月上旬に植えつけて11月から収穫します。 種イモを芽が出ているほうを上にして、植え溝に30cm間隔に置き、 土を5〜6cmかぶせておきます。
4.芽かき 植えつけ後、10から20日すると地上に芽が出てきます。 その後、1〜2週間して草丈が10cmほどになったら、元気のよい芽だけ 2本残して、あとはかき取ってしまいます。 芽かきをするときは、種イモごと抜かないように、根元を押さえて、 かき取る芽を倒すようにしながら取り除きます。
5.追肥 草丈が15〜20cmになったら、カリ分の多い肥料を畝の肩にまき、 軽く耕して土寄せします。 その1〜2週間後に2回目の追肥と土寄せを行います。
6.土寄せ 追肥のたびに土寄せし、蕾が開いたらさらに3回目の土寄せをします。 新イモは種イモの上につくので、土寄せを怠ると、新イモが地上に出てしまいます。 ただし、一度に土をかけると地温の上昇を防げ、新イモの発育が阻害されてしまうので、 土寄せは数回に分けて行います。 土寄せは新イモが地表に出ないように数回に分けて行う。
7.収穫 開花後、葉が黄色く枯れてきたら収穫時期です。 最初にひと株引き抜いて、新イモの育ち具合を試し堀りをして確かめてから収穫します。 収穫は晴天の日に行い、外皮が乾くぐらい畑に置いてから取り込むようにします。
恩田川流域には田畑や果樹園が多く見られます。 春は菜の花畑、初夏には田植え、晩夏にはたわわに実った梨の香り、 秋には稲穂の黄金色の波と収穫、冬には野焼き。 以前にはどこの農村でも見られた普通のサイクルが、 市街地に近いここ恩田川沿いにもまだ残っています。
向こうには東名高速道路が走っています。 伝統と現代の文化が同居しているよくある光景ですが、 何か不自然さを感じずにはいられません。
杉山神社
延喜式内社 武蔵総社六之宮 杉山神社
御案内
初宮、七五三、家内安全、厄除、交通安全、 商売繁昌、安産、病気平癒、長寿安全、方位、冠婚葬祭、 地鎮祭、上棟祭、竣工式、工事安全、家の祓、井戸祓、樹木祓
大国魂神社宮司 猿渡盛文拝書
祭神
五十猛命、配祀、大日霊貴命、素盞鳴命、太田命
由緒
当神社は武蔵国の総社大国魂神社の六ノ宮である。 続日本後紀承和5年(838)2月庚戌の條に武蔵国都筑郡杉山神社領之官幣以霊験也とある。 さらに同書承和15年(848)5月庚辰の條にも、奉授武蔵国元位杉山名神従五位下とある。 六所武蔵国の総社、大国魂神社の成立に、人皇12代景行天皇41年、都筑郡杉山神社は六の宮として西殿に祭られた。 「武蔵総社誌」上巻に、六所宮東西の御殿に鎮座し、六所大神等は、 東御殿に、一の宮小野大神、二の宮小河大神、三の宮氷川大神、以上三所鎮座す。 西御殿に、四の宮秩父大神、五の宮金佐奈大神、六の宮杉山の大神、以上三所鎮座す。 件の六所を総称して六所宮と称す。 この六ノ宮に該当する神社が西八朔鎮座の杉山神社である。 「風土記稿」に「慶安文中社領の御朱印を賜って、其の文左にのす」 武蔵国都筑郡西八朔村、極楽寺杉山明神社領、同村之内5石6斗事、仕先規寄附之訖全可収納、 並境内山林竹木諸役等免除如、有来永不可有相違者也。慶安2年(1649)8月24日御朱印。 以上の事実によって当神社こそ式内社の由緒深きものである。
社格
明治6年12月被列郷社との辞令神奈川県庁より御下附あり。 大正9年9月10日神奈川県告示第1262号を以て神撰幣帛料供進すべき旨仝県知事より指定あり。 昭和28年8月1日神奈川県指令第399を以って宗教法人杉山神社として仝県知事より認証された。
社殿
境内地昭和57年11月3日改築遷宮祭執行。境内地1463坪
 (杉山神社宮司 文謹書)
神社の側では、立派な紅梅が伸び伸びと枝を広げていて、 その長い歴史を主張しているようでした。
畑の中に紅梅が一塊植えてありました。 遠くからだと密集した感じに見えたのですが、 そばまで行ってみると結構まばらで、向こうまで透けてみえます。 こんな所で行う春の宴というのも雅びな感じがして、 また乙なものなのでしょう。
十日市場(とおかいちば)駅
田畑の広がる所から少し小高くなると十日市場駅(JR横浜線)に着きます。 ゆで卵がサービスでついてくるそば屋で軽く腹ごしらえをして家路につきます。