天王森
散策:2003年02月上旬
【里山散歩】 天王森
概 要 天王森は、旧横浜ドリームランドの西側に広がる森です。 近くには和泉川が流れ、田畑が広がる昔懐かしい風景が残っています。 かつては風光明媚な農村が流域の谷戸に点在し、 湧水を利用して製糸業がさかんに行われたという天王森周辺には、 懐かしい風情が残っています。
起 点 横浜市 下飯田駅
終 点 横浜市 ドリームハイツバス停
ルート 下飯田駅…赤坂橋…天王森泉公園…王天森泉館…湧水の森…見晴らしの丘…くわくわ森…ドリームハイツバス停
所要時間 2時間20分
歩いて... かつては風光明媚な農村が流域の谷戸に点在し、湧水を利用して製糸業がさかんに行われたという 天王森周辺には、懐かしい風情が残っています。木漏れ日のそぞろ歩きも楽しみです。
関連メモ 天王森泉公園, 境川遊水地公園
コース紹介
下飯田(しもいいだ)駅
下飯田駅(横浜市営地下鉄)から歩き始めます。
ゆめが丘駅(相模鉄道いずみ野線)も300m程の所にあるので、そこから歩いてもいいでしょう。 また、もう少し戻って、いずみ中央駅(相模鉄道いずみ野線)から和泉川沿いを 1kmほど散策してくることもできます。
下飯田駅から広めの道路を横切り、民家が続く道を進んで行きます。 やがて少し降り坂になり、和泉川に着きます。
散策路のそばにネギ畑がありました。 以前にもこの辺りをよく歩きましたが、最近では道路がやたらと出来てしまい、 田畑も減って雰囲気がずいぶん変ってしまいました。
川の両岸はブロックで整備され、きれいな散策路が続いています。 横浜市内にある河川の周りには、右図のような動物が描かれた看板をよく見かけます。 横浜市下水道局のマスコットキャラクタ「カバのだいちゃん」です。 「みんなの川だよ きれいにね」と呼びかけています。
あぶない!
大雨のときは、川が増水しますので、川の中には入らないで!!
やめよう!
川にゴミを捨てないで下さい。
 (横浜市下水道局)
天王森までは、区役所が設置した道標が導いてくれます。
この道標は、区役所で制定した「区内一周プロムナード」モデルルートのうち、 歩きやすく整備されている和泉川沿いの区間(区役所から天王森泉公園まで)に 設置しています。
 (横浜市泉区役所)
赤坂橋
湘南台駅までのバスが通っている道路と交わるところが赤坂橋です。 この橋から先は雰囲気が変り、開発の手がまだ届いていない長閑な風景が広がります。
和泉川
この辺りでは、自然らしさが残るような護岸工事がされていて、 一見して人の手が加わっているようには感じません。 時が経つにつれてさらに自然らしさが増してくるのでしょう。 とてもいい保護手法だと思います。
季節になるとカワセミも飛来し、地元ではちょっとしたバードウォッチングのメッカになっています。 川辺には、何ヵ所かに鳥のえさ台が設置されています。
水田が一面に広がっています。 ここでも減反政策のためか、畑に転用された水田が目立ちます。
水田の一角に、下和泉土地改良区事業完成記念碑があります。 「甦れ大地」というタイトルが付けられています。 関係者らの熱い思いが伝わってきます。
甦れ大地
当地は横浜市の最南四端の位置し昔より水に恵まれたのどから農村地帯であった。 明治後期よりその水を利用しての製糸工場も営まれた。 又、畑作を利用しての養蚕事業も盛んになり昭和初期まで続いた。 水田の地形は谷戸田敵な形態を有し、道路幅も狭く水田の形状も小さく、 農作業にも大変な不便を来していた。特に和泉川の水害には大変な苦労をし、 毎年一度は堤防の決壊を受け、水田一面は汚海化し、その被害は惨憺たるものであった。 この難を克服するため土地改良事業を実施すべく昭和35年より測量に入り、 同40年には、地権者53名の同意を得、代表者16名により発起人会を設立し、 昭和41年より本格的な整備事業に入った。工事施工に着手するも、 その心苦には計り知れないものもあったが、組合員一同一丸となり、 この苦難を克服し32年に及ぶ事業も、ここに完成した。 この事業により、河川の改修、道路網と農地の基盤は整備され、 この地における農業経営の合理化と近代化は進んで来た。 又、地域の発展に寄与することも大であった。 顧みれば本事業はこの地における一大事業である。 この完成にあたり今までの歩みの一端を記し、後世に伝えるものとす。
天王森泉公園
記念碑を過ぎてしばらく行くと、天王森泉公園があります。 公園内には、湧水の森、見晴らしの丘、くわくわ森があります。
和泉川沿いに広がる水田、それを縁どる斜面緑地が昔懐かしい農村の 面影を今に伝える泉区の南部。 台地の崖線から湧く豊富な湧水をいかして、流域には20に上る製糸場が営まれた歴史を持ちます。 清冽な湧水にはホタルも棲息し、かつては谷戸中を乱舞したと聞きます。 その一角に雑木林を主体とした面積約35,000uの本公園があります。 正面には製糸場の本館が再生され、涸れることのない湧水が自慢です。
天王森泉館(てんのうもりいずみやかた)
天王森泉公園の入口には、旧製糸場を再現した天王森泉館があり、 公園のパンフレットがもらえます。
 開館時間 午前9時〜午後5時
 休館日 毎月第4火曜日(祝日の場合はその翌日)
 年末年始(12/29〜1/3)
この建物は、1911(明治44)年5月に清水一三氏によって興された 清水製糸場の本館として建設されました。その後、昭和6年頃に 本館の左側半分が約500m北から現在の敷地に移築され、個人の住宅として 利用されていました。平成9年に公園整備に際して、製糸場本館当時の姿を再現し、 「天王森泉館」として名づけ拠点施設として活用しています。 清水製糸場は、大正7年には釜数128を誇り、神奈川県下45社の中でも5番目の規模の 製糸場でした。和泉川沿いには豊富な湧水を活かして20に上る製糸場が営まれ、 中和田村(現在の泉区)には市内最古で規模も大きい持田製糸場をはじめ8社がありました。 しかし、大正時代にピークを迎えた製糸産業は関東大震災(1923年)や大恐慌(1929年)で 打撃を受け、ナイロンの開発も重なりその勢いは急速に衰えました。 建物の一階の間取りは明治期の横浜近在の農家に見られた四ツ間取りの流れをくんでいますが、 玄関を入った所にある帳場が商いの場として特徴的です。当時はこのような本二階建てが 好まれ、二階には接客の場として使われた三ツ間続きの座敷があり、 総掃き出しの開放的な作りです。晴れた日には富士山も望めます。 豊富な湧水と、農業生産力を背景に成り立った旧清水製糸場の本館は、 当時の新興産業資本家層の住宅の典型を示しています。 平成10年1月、横浜市歴史的建造物に認定されました。
 (お問い合せ 天王森泉館、中部公園緑地事務所)
湧水の森
泉区は横浜市の中でも特に湧水が多く見られ、区名の由来にもなっています。 明治時代から大正時代にかけて和泉川流域で市内では珍しく20社の上る製糸工場が 操業していたことは、いかに湧水が豊富だったかを物語っています。 湧水とは、降った雨が地中にしみ込み地下を流れて地表に現れたものです。 地中にはいく層もの地層が重なっています。火山の爆発で灰が降り積もったり、 川が運んできた土がたまるなど、その成り立ちは多様です。地層は土や砂、礫(小石)の 粒径や固さにより水のしみ込み易さが異なり、水を通しやすい地層を「透水層」、 水を通しにくい地層を「難透水層」と呼びます。 地下水は、基本的には砂層や礫層のような「透水層」の中を流れ、 粘土層などの「難透水層」の上に集まり、主に地層の傾斜に沿って流れます。 そして、その様な地層が崖によって露出しているような場所で湧水となって地表に 現れます。見方を変えると、地下水は降水時は雨水を地下に溜め、平常時はにじみ出して 川の流量を確保する「天然のダム」の役割を果たしていると言うこともできます。
湧水の森では、きれいな湧水を利用して、わさびが栽培されています。
竹林の中では、シイタケの体験栽培も行われていました。 菌を入れた木が多く立てかけてありました。
見晴らしの丘
ここは本公園の中で一番の眺望を誇る、まちと自然の出会いの小広場です。 棚田のように柔らかな斜面のしつらえと、 遠くからでも目印となるような「天王森の桜(ヤマザクラ)」が特徴です。
ご来園の皆様へ
天王森泉公園は、緑豊かな樹林の中に数多くの草花や昆虫が生息しています。 ご来園の皆さんが、楽しく散策出来る様、ご協力をお願いします。
一、公園の柵内には入らない。
一、草花や昆虫は取らない、持ち帰らない。
一、公園内で大声を出さない(特に夜間)。
一、火気は厳禁(タバコの投げ捨てなど)。
一、ゴミは捨てない。
一、ハチやヘビにも気をつけて。
 (天王森泉公園運営委員会、中部公園緑地事務所)
くわくわ森
夏は涼しく冬は明るい雑木林。 クヌギやコナラの樹液を求めてたくさんのクワガタムシが見られ、 「くわくわ森」と呼び親しまれてきました。 身近な自然を大切に、森の空気を味わって下さい。
雑木林
本公園の斜面緑地の大半は、クヌギやコナラなどの落葉広葉樹で構成される 雑木林で占められ、かつてはどこにでも見られる樹林でした。 石油やガスが行きわたるまでは樹木の成長に応じて数年から十周年ごとに伐採し、 薪や炭などに活用したことから薪炭林と呼ばれることもありました。 伐採後の切り株からは新たな芽(「ひこばえ」と呼びます)が生え成長し、 十数年たち再び伐採の時期を迎えます。これが繰り返されました。 雑木林はこの他にも多様に利用され、特に農地との関わりも密接でした。 林床の笹などを刈り取る「下刈り」や「落ち葉かき」によって集められた落ち葉や 枯れ枝を、家畜の糞と混ぜ合わせて発酵させ堆肥を作り田畑にまきました。 さらに、幹はシイタケのホダ木に、ツル植物は籠細工に、木の実やキノコは食用に、 というように人の暮らしと深い関わりを持っていました。さらに、雑木林に特有の 多種多様な動植物が四季を彩り、春の野草や夏の昆虫、秋の紅葉、冬場の野鳥というように 身近な生き物の宝庫とも言えます。 雑木林は人がつくりあげた貴重な自然環境です。
食用 雑木林の中には微妙な地形や土壌、日照、水分の変化に対応して 多種多様な植物が見られます。 ドングリやキノコをはじめ新芽や葉、根に至るまで、 食べられるものがたくさんあります。 但し、公園内の植物はひとり占めせず、みんなで大切にしましょう。
肥料 「落ち葉かき(落ち葉を集める作業)」と「下刈り(低木や草を刈取る作業)」により 集められた有機質を、家畜の糞などと混ぜ合わせて発酵させ、 堆肥を作りました。その結果手入れの行き届いた雑木林の地面は 低い草花だけが見られます。
燃料 成長の早い樹木を植えた雑木林を、数年から十数年の間隔で定期的に伐採して 薪や炭を作りました。樹林全体をいくつかに分け、順に伐採することで 常に安定した量をまかないました。燃やした灰は肥料やアク抜きに用いるなど、 最後まで無駄なく活用しました。
工芸 下刈りで集めた笹やツルを利用して籠を編む「目籠作り」や草花の煮汁で 糸や布を染める「草木染め」など、雑木林は工芸材料の宝庫です。
こんなにきれいに整備されてはいませんでしたが、私の故郷も雑木林に囲まれていました。 シイの実を採ったり、セミやカブトムシを捕ったりして遊びました。 基地を造るのだといって、裏山の斜面をスコップで掘ったりもしました。 そおっとやっていたつもりでしたが、下からは音がよく聞こえるようで、 すぐに見つかってしまいました。
横浜に残された数少ないゲンジボタルの生息地もあります。
私の子供の頃には実家のすぐ近くにホタルが一杯いました。 初夏になると、家の裏を流れる小川の辺りに小さな光が点滅してとても綺麗でした。 実を収穫してカラカラになった菜の花を竹の先に括り付け、 それでホタルの飛んでいる辺りをスゥーと動かして捕ったものです。 その小川には蟹や小魚たちもいたのに、今ではコンクリートの護岸工事を施され、 生き物のいない死んだ川になってしまいました。
この地域は横浜に残された数少ないゲンジボタルの生息地です。 ふるさとのホタルの里を大切にしましょう。
市民の皆様が毎年6月に美しいホタルの光を鑑賞できるよう、 次のことを守ってください。
一、ホタルを絶対にとらないよう。
一、柵内に立ち入らないよう。
一、水源をよごさないよう。
 (横浜市、戸塚区、泉区、戸塚ホタル研究会)
ホタルの仲間
・世界で約2,000種いる。幼虫時代を水中生活するのは4種。
・日本には43種いる。ゲンジは日本のみ。ヘイケは日本その他アジアのごく一部にのみ生息する。
・横浜には、ゲンジ、ヘイケ、クロマド、オバ、ムネクリイロ、カタアカホタルモドキが生息する。
産卵(6月上旬) 水ゴケなどに卵を生む。 産卵数は約500個。
ふ化(6月中旬) 約25日でふ化し、2mmの幼虫になる。 ふ化するとすぐに水中に入る。
幼虫 カワニナを食べて成長する。 脱皮を6回くり返し約2.5cmの幼虫になる。
上陸(4月下旬) 雨の夜、発光しながら上陸する。
さなぎ(5月) 土の中4〜5cmの所に土マユをつくる。 40日〜50日で羽化し成虫になる。
成虫(6月上旬) 夜露のみをすう。 卵から成虫になる割合は1%にすぎない。 体長は平均、オス1.4cm、メス1.6cm。 メスはほとんど飛ばず、オスが活発に飛ぶ。 およそ3〜4日間生きる。 一番よく光るのは午後3時前後である。
ドリームハイツバス停
戸塚駅(JR東海道線/横須賀線)まで、戸塚バスセンター行きバスにて17分、 1時間に8本程度の便があります。
大船駅(JR東海道線/横須賀線)まで、大船駅西口行きバスにて16分、 1時間に2本程度の便があります。
湘南台駅(小田急江ノ島線/横浜市営地下鉄/相模鉄道いずみ野線)まで、 湘南台駅東口行きバスにて17分、1時間に2本程度の便があります。