鼠坂実りの丘
散策:2003年01月上旬
【里山散歩】 鼠坂実りの丘
概 要 鼠坂(ねんざか)実りの丘は、相模湖の南側、ピクニックランドの西側にあります。 鼠坂実りの丘から石老山表参道入口までの道は、果樹園や田畑や深い森と変化に富み、趣があります。 表参道には巨岩や奇岩が続きます。
起 点 相模湖町 ピクニックランド前バス停
終 点 相模湖町 診療所前バス停
ルート ピクニックランド前バス停…鼠坂関址…広小路…顕鏡寺…診療所前バス停
所要時間 2時間50分
歩いて... 鼠坂実りの丘から石老山表参道入口までの道は、 果樹園や田畑や深い森と変化に富み、趣があります。 表参道には巨岩や奇岩が続きます。
関連メモ 石老山, 石老山
コース紹介
ピクニックランド前(ぴくにっくらんどまえ)バス停
相模湖駅(JR中央線)から、[湖21]阿津経由三ヶ木行きバス、 または[湖22]帝京大学・阿津経由三ヶ木行きバスにて10分、 1時間に2本から3本程度の便があります。
道路の右側に鎌倉街道の石碑があり、その脇に鼠坂関址の説明板があります。
2010年3月に、「ピクニックランド前」から「プレジャーフォレスト前」に名前が変更されました。
鼠坂関址
八幡神社の左側に続く道を「相模湖休養村キャンプ場」の看板が示す方向に 200m程行くと鼠坂関址があります。 道路の左側に「鼠坂関址」、右側に「甲州路」の石碑が建っています。
この関所は、寛永8年(1638)9月に設置された。 ここは、小田原方面から甲州に通じる要塞の地で、 地元民の他、往来を厳禁し、やむを得ず通過しようとする者は、 必ず所定の通行手形がなければ通れなかった。 慶安4年(1651)には、由井小雪、丸橋忠弥の陰謀が発覚し、 一味の逃亡を防ぐ為、郡内の村人が総動員し、 鉄砲組と共にこの関を警固したという。
鼠坂関址から少し戻った所にある顕鏡寺への道標に従って進みます。 暫く行くと東海自然歩道の案内図があり、この散策コースがその一部であることが分ります。 「石老山」や「顕鏡寺」への道標が各所に設置されているので、 それらに従って、石老山の中腹にある顕鏡寺を目指します。
笹竹が生い茂り、雰囲気のある道が続きます。
林道に出て暫くいくと、切り出された木材が置いてありました。 木の香りがほのかに漂い、里山の雰囲気が高まります。
私の実家にも所有する山が何ヵ所かあり、 「私が大きくなった時にきっと役に立つ」ということで、親がスギやヒノキを植林していました。 しかし、世の中の変化によって木材の需要が減ってしまい、今では放置したままになっています。
しっかりした林道が続きます。先日からの積雪と昨夜からの冷え込みのため 路面が凍結していて、とても歩きにくかったです。 滑って転ばないよう、自然と歩幅が狭くなってしまいます。
交通規制
この林道は指定車許可車以外の通行が禁止されています。
事故が発生しても責任を負いません。
 (管理者 相模湖町役場)
林道が終って山里にでると、畑から煙が立ち昇っていました。 枯れ枝や落葉などを燃やしているのでしょうか。 以前はどこにでも見られた光景ですが、 焚火もままならない時代になってしまいました。
広小路
山里の道を進んでいくと、やがて「石老山表参道入口」の看板が見えてきます。 短い石段を登ると、記念碑のある広小路です。 広小路から表参道を登っていきます。 色々な巨岩や奇岩が続きます。
ここは昔、顕鏡寺の総門があった場所で、登山者、参拝者の休憩所でもあった。 記念碑「石老山」は、昭和10年に横浜貿易新報社(現在の神奈川新聞社)が、 神奈川の名勝史蹟を募集して、入賞した石碑で、 これは県下名勝史蹟55佳選の記念碑である。
滝不動
岩屋の前の大石の上に絞龍の石像があり、 悪魔を降伏させるような顔相である。 この石像に岩上から滝がふりかかるので、これを滝不動という。 昔は水量も多く参詣人がこの滝の水を浴び身を清め 祈願したといわれている。 今は、絞龍の石像はこわれ、顔相だけになっている。
屏風岩
この岩は、一見住居の屏風を思わせるところから屏風岩という。 中央より左右に割れて並び、その間が通路になっているところから 別名「切通し」ともいう。 岩の大きさは、高さ約4.5m、横幅約7mである。
仁王岩(阿呼岩)
平面に傾斜している巨岩と右側少し入ったところに直立した巨岩がある。 左右相対して一対の岩となり、これを「仁王岩」または「阿呼岩」という。 この場所は昔、仁王門があった場所ともいわれ、仁王岩の名がついたと思われる。 左側の巨岩は、高さ約9m、横幅約12.5m、右側の巨岩は、高さ約7m、横幅約9mである。
駒立岩
この駒立岩は山中最も有名な巨岩で伝説も秘めている。 石老山顕鏡寺建立の始まりで、京都高家の宮人三條殿の若君武庫郎と 八條殿の姫君が、今から1000年の昔、名馬にまたがり住居とする 岩窟を探す時、この岩で休憩したといわれ、岩上には馬の蹄や寝た跡がある。 岩の大きさは、高さ約11m、横幅約17mである。
力試岩
大きい岩の上に直立した小さい岩が「力試岩」である。 大きい岩が「男岩」で、周囲約3.5m、高さ約1.6m、 小さい岩が「女岩」で、周囲約2m、高さ約1.6mである。 昔、力持ちの人達が力試しをしたと伝えられている。
文珠岩
右側にある大きい岩を「文珠岩」といい、 岩のように重い罪も文珠の知恵はこれを救うといわれて、 参拝者はこの岩肌にさわってあやかるのである。 岩の大きさは、高さ約12m、横幅約17mである。
顕鏡寺
今から千百年余り昔のこと。当時の宮人、三条貴丞卿の若君武庫郎と 八条殿の姫君の子として生まれた男の子は、岩若丸と名付けられ、 若君は子供との再会の証として、鏡を割って一片を渡し、 道志法師となって諸国行脚に出た。 その後成長した岩若丸は父母の再会。 岩若丸は僧となって源海上人と号し、古い石の山から寺の号を石老山といい、 鏡から顕鏡寺と呼んだといわれています。
 (神奈川県)
津久井の名木「蛇木杉」
科目:すぎ科スギ属 樹高:40m 樹齢:推定400年
特徴:常緑高木。巨大なスギの根が二本露出しており、 その姿があたかも大蛇が寝そべっているかのように見えることからこの名がつけられた。
 (津久井地区推進協議会、相模湖町)
かながわの名木100選「顕鏡寺のイチョウ」
幹がまっすぐに高く伸び、樹高では県内で最も高いイチョウである。
樹高:42m 胸高周囲:5.4m 樹齢:約400年(推定)
イチョウは、中国原産の落葉高木で、その仲間は古生代から中生代にかけて栄え、 日本にも化石が産出する。1科1属1種の雌雄異株の裸子植物である。 樹高45メートル、胸高周囲14メートル、樹齢約2000年に達するものもあると言われている。
岩窟
この岩窟は、「道志法師」、「源海法師」が住居とし、これを道志岩窟という。 岩窟の中に「福一満虚空蔵尊」が安置されており、顕鏡寺の寺宝とされている。 顕鏡寺で行う小児虫留加持はこの虚空蔵尊の霊験といわれている。 岩の大きさは、高さ約7m、横幅約12mで、 岩窟の中は、奥行約5m、横幅約5m、高さ約2mである。
減反政策により、作らなくなって放置されたままの田圃が目立ちます。 食生活の変化により米の需要が減ったことがその要因なのでしょうが、 工業原料だけでなく食糧までも輸入に頼り切っている日本は、 この先も安泰なのでしょうか?ふと心配になったりします。
診療所前(しんりょうしょまえ)バス停
相模湖駅(JR中央線)まで、相模湖駅行きバスで15分、 1時間に2本から3本程度の便があります。