荒崎・潮騒のみち
散策:2002年09月中旬
【関東ふれあいの道】 荒崎・潮騒のみち (神奈川県3番コース)
概 要 荒崎の岩礁に砕ける白波と和田長浜の砂浜が対象的な、相模湾の海岸をたどるコースです。
起 点 三浦市 矢作入口バス停
終 点 横須賀市 少年工科学校前バス停
ルート 矢作入口バス停…円徳寺…和田・長浜海岸…佃嵐崎…城山展望台(荒崎公園)…荒崎バス停…長井漁港…荒崎入口…少年工科学校前バス停
所要時間 4時間00分
歩いて... 砂浜から磯浜へと変化に富んだ景色を楽しめます。 和田長浜海岸から荒崎海岸の間は海が迫った磯歩きになるため、 しっかりとした靴を履き、足元に注意して歩きましょう。 高波の時には無理をせず、迂回コースを選びましょう。
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コース紹介
矢作入口(やはぎいりぐち)バス停
三崎口駅(京浜急行久里浜線)から、 [三12][三22]荒崎行きバス,[三13][三21]長井行きバス, [三10][三11][三24]横須賀市民病院行きバス,または, [須6][須7][須8]横須賀駅行きバスにて5分、1時間に5本程度の便があります。
荒崎・潮騒のみち
このみちは県下17コースの一つで、三浦市矢作入口バス停から 和田長浜海岸に出て海岸づたいに荒崎まで、海とのふれあいを 十分に楽しむことができます。そこから市道を通り国道134号の 少年工科学校前バス停までの全長7.7kmのみちのりです。 見どころは、円徳寺・和田長浜海岸・荒崎海岸・長井漁港などです。 なお、磯や岩盤地帯においては、特に高波・足元に十分注意して歩いてください。
矢作入口バス停のすぐ先を左へ曲がり、幅3m程の道を進んでいきます。 学童ひまわりクラブを過ぎ、やがて円徳寺を示す看板が見えてきます。 初音小学校の児童が詠んだ川柳の看板が道標の側にあります。
きれいな心 小さな親切 つたえたい
初音っ子 大きな声で ごあいさつ
看板の所を右へ曲がり、幅2m程の道に入っていきます。 途中、右手に神明宮があります。 散策の無事を祈っていきましょう。 道が二又になったところを右へ曲がると、正面に円徳寺があります。
円徳寺
本寺は日蓮宗鎌倉本覚寺末寺で、近浦山円徳寺と呼びます。 開山は大善院日範上人で、永仁2年(1294)この地に建立されました。 その後、元禄の大地震のとき本堂は流され、享保6年(1721)再建されましたが、 大正の大地震に再度倒され、昭和3年に新しく竣工しております。 日範上人は法華経の布教に大いに務めましたが、その布教場の一つ「妙法経窟」が寺の近くにあります。
六地蔵
円徳寺の入口に六地蔵があります。
六道における苦しみを救う地蔵菩薩
地蔵菩薩は、釈迦仏の入滅後、次の仏の弥勒仏が現れるまでの無仏の世界で、 人々を救済するとされてきました。 六道とは、人間およびそれ以下の苦しみの世界を六つに分けたもので、 地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天を指します。 そして、六地蔵とは、その六道における苦しみを救う六種の地蔵のことをいいます。
 (円徳寺)
円徳寺の住職宅の前を横切っていくと赤辺稲荷があります。
赤辺稲荷
寺内に祀られている赤辺稲荷にまつわる話が伝えられています。 昔、里の漁師が、こざらし網(夜鰯を捕る網)に出かけましたが、 折り悪く風が出て大時化となり、家族や里人は心配して船の無事を この赤辺稲荷に夜を徹して祈り続けました。 すると、明朝あらしが静まった浜へ全員が無事に戻ったということです。 里人たちは、赤辺稲荷の無限の加護を信じ、一層信仰するようになりました。
 (三浦市)
赤辺稲荷の先を右へ曲がっていくと、すぐに海岸へでます。 海水は思いのほかきれいで、底まで透けて見えます。 和田・長浜海岸まで、潮風を受けながら岩混じりの砂浜を歩いていきます。
注意
1. 此の海は漁業権区域内です。
サザエ、アワビ等魚貝類・海藻・餌虫等の一切の採取を禁じます。
2. 海岸の周辺は常に清潔を保ち、ゴミ等を捨てたり汚染の原因となる行為は行わないこと。
尚、ゴミは必ず持ち帰ること。
※此の規定を厳守し、海岸及び海岸自然の保護に十分心掛けて下さい。
これらの規定が守られない場合、法律によって処罰されます。
 (神奈川県 三崎警察署 初音漁業協同組合)
和田・長浜海岸
和田・長浜海岸は、夏には海水浴客でいっぱいになりますが、 季節を過ぎた海辺には人影もありません。
関東ふれあいの道
「関東ふれあいの道」と名付けられた首都圏自然歩道は、 神奈川県をはじめ、関東一都六県(東京都、埼玉県、群馬県、 栃木県、茨城県、千葉県、神奈川県)を一周する長距離自然歩道です。
本県内を通る、198kmを17コースに分け、より多くの人々が利用できるよう 日帰りコースとして整備されて、それぞれの起終点が鉄道やバスと連絡しています。 ここの「荒崎・潮騒のみち」は、矢作入口バス停から和田長浜海岸、荒崎、長井漁港を 経て国道134号少年工科学校前バス停までの全長7.7kmの道です。
なお、海岸づたいの歩行については、高波時など危ないので充分注意してください。 また、足場の悪い所もありますので足元に注意してください。
 (環境省・神奈川県)
海岸を利用される皆様へ
この付近は、とても美しい公共海岸です。 いつまでも美しい海岸にするために、又動植物保護のために、 車両の乗り入れはご遠慮下さい。
 ・ゴミは持ち帰って下さい。
 ・ボートを放置することは禁止されております。
 (海岸管理者 神奈川県横須賀土木事務所)
 (神奈川県横須賀三浦地区行政センター 三崎警察署 三浦市)
トビに注意
手に持った食べ物をトビが狙って空から襲ってきます。
トビに餌をあげてはいけません。
餌をもらったトビは、人の食べ物を狙うようになります。
トビにかぎらずハトやカラスなどの野生生物に餌を あたえることはやめましょう。
 (神奈川県横須賀三浦地区行政センター環境調整課 横須賀市)
和田・長浜海岸の右手から荒崎に向かって、砂混じりの磯を歩いていきます。
海浜を利用する皆様へのお願い
皆様にこの海浜を安全・快適に利用して頂く為、
また海亀の産卵を保護する為、車輌の乗り入れはご遠慮下さい。
 (横須賀市観光協会 神奈川県横須賀土木事務所)
 (神奈川県横須賀三浦地区行政センター)
注意
1.この付近の海(漁業権区域内)で貝類(あわびやさざえ等)や海藻類をとらないで下さい。
2.水中銃・アクアラング等を使って魚・貝・海藻類を取ってはいけません。
3.薬品等を用いて餌むし(いそめやごかい等)を取ってはいけません。
4.ジェットスキーの航行はご遠慮下さい。
違反者は法令により処罰されます。
 (横須賀警察署 神奈川県長井町漁業協同組合)
佃嵐崎
次第に砂が減って岩が多くなってきます。 やがて岩峡の向こうに佃荒崎が見えてきます。 海に突き出た岩礁の上はちょっとした高台になっており、荒崎海岸が一望できる眺めのよい所です。
佃嵐崎からは磯づたいになり、やがて栗谷浜漁港が見えてきます。 海岸から離れていく道を進むと、「荒崎まで1km」を示す道標があります。 道を横切って直進します。
直進してすぐの所で、右手の細い階段を登っていきます。 登り口は草深くて道標もないので、分かりにくいかも知れません。 階段を登りきったら正面に溝のような狭い階段があるので、そこを降っていきます。 階段を降りると、芝のある別荘風の建物があります。 正面には海岸が広がっていて、まるでプライベートビーチといった雰囲気です。
磯づたいに更に進んでいきます。 海がなかり迫っていて、波が高い日には歩けません。
やがて、コンクリートで整備された道になります。 通行止めになっている岩のトンネルが見えてくると、荒崎に到着です。
荒崎海岸
ここの海岸の特徴は、白い頁岩と黒い凝灰岩が層を成す海蝕台と海蝕洞にあります。 (海蝕とは、波浪などの海水の運動により海岸や海底を浸食する作用のことです) 海中に細長く突き出した台地を城山といい、展望台となっていて眺めは、眼下に 松の青と砕ける波の白さが調和し、遠く相模・伊豆の連山や富士の容姿がすばらしい。 また城山西方の小さな丘を荒崎山といい、嘉永3年(1850)頃、彦根藩が台場を築いた所です。 シーサイドハイキングコースは、潮の香が満ちあふれ、どんどんびき、十文字洞などを 見ながらお仙が鼻・佃嵐崎を経て長浜まで磯歩きを十分に楽しむことができます。 ※落石や足元に十分注意して歩きましょう。
 (環境省・神奈川県)
荒崎の奇勝と歴史
このあたりの海岸の岩石は、数千万年前、まだ三浦半島が海底であった頃に 堆積した黒くて硬い凝灰岩と、白くて柔らかい砂岩・泥岩の層により形成されています。 またこの二種類の岩石の層は洗濯板のような凸凹をした特殊な地形となっています。 これは、岩石の硬軟の差により起こる水や風などの外的は力による差別侵食ばかりでなく、 水分を吸収して膨張収縮しやすい砂岩・泥岩層が、水分を吸いにくい凝灰岩層との間で 長い年月をかけて変化してきたためと考えられています。 右手にある海中に突き出した小高い岩山は城山と呼ばれ、頂上にわずかの平地を残し 周囲は絶壁となっています。
かってここは、鎌倉幕府創設に貢献のあった三浦一党の荒次郎義澄の居城跡といわれています。 また幕末の頃には幕府の命により彦根藩が台場を築いた所でもあります。 ここから長浜に出るシーサイドハイキングコースの終点に近い山腹には、 古代の下級豪族の墓である横穴古墳群があり、昭和32年に横須賀市博物館が発掘調査を したところ、人骨や副葬品と思われる土器や金属器などが多数出土しました。 このことは当時、この近くにかなり大きな集落があったことを物語り、古代から生活するのに 適した所であったことが想像できます。 潮騒が快いこの海岸からは、相模湾越しに右手から丹沢山塊、箱根連山、霊峰富士、 伊豆半島、大島と遠望することができ、特にあかねに染まった夕景は、筆舌に 尽くしがたい美しさです。
 (横須賀市)
城山展望台(荒崎公園)
海岸から離れて右へゆるい坂を少し登ると荒崎公園です。 荒崎公園の西の「潮風の丘」の道標の所を登っていくと城山展望台があります。 展望台からは相模湾が一望できます。
荒崎公園
荒崎公園では公園を利用される皆様が安全で快適に利用して いただくため、次の事項を守ってくださるようお願いいたします。
1.キャンプについて
・事故や騒音等の問題が発生しますので、公園内でのキャンプは禁止しています。
2.バーベキューについて
・バーベキューを行う場所は、海際の砂地などで行ってください。
 夕日の丘、ピクニックの丘、潮風の丘、芝生広場等の芝生のある所は、
 芝が焦げる恐れがありますので禁止しています。
・火災の危険があるため直火は禁止しています。
・バーベキューができるのは日没までで、夜間のバーベキューや
 パーティーは火災や騒音等の原因になりますので禁止しています。
3.花火について
・芝生の無い、広い場所で水等を用意してやってください。
・夜間の花火は騒音等の問題もありますので禁止しています。
荒崎公園からは海沿いの車道になります。 道なりに進んでいくとやがて荒井漁港が見えてきて、荒崎バス停に到着します。
荒崎バス停
ここには、横須賀市の「荒崎シーサイドハイキングコース」の案内板があります。 このハイキングコースは、ここまでの関東ふれあいの道のコースと重複しています。 ここから、三崎口駅行きバスまたは三崎東岡行きバスの便が1時間に2〜3本程度あります。 荒崎バス停からすこし進むと熊野神社があり、境内に長屋町飴屋踊りの案内板があります。
長井町飴屋踊り
長井町の新宿地区に江戸時代末期ごろ安房上総より伝えられたという踊りである。 この踊りは、粉屋踊り、万作踊りとも呼ばれ、かつては関東一円にあったといわれ、 頭に丸い板台を乗せ、太鼓を叩きながら面白おかしく飴を売っていた飴売りのしぐさを、 地域の人が自分たちの踊りに採り入れたものといわれている。 踊りは、若衆によって演じられるのが一般的で、地域の祭礼や祝い事のたびに 幾晩にもわたって演じられていたが、戦後一時期途絶え、昭和48年頃から 小中学生の女子が踊り手になり復活した。 お年寄りのはやしに合わせ、手に傘を持ったあねさんかぶりの少女たちが演じる郷土芸能である。 踊りには手踊り(みんながそろいの手振りで踊る)と段物(せりふが入り物語風の踊り)の二種類あり、 演目は「ねんねこ踊り」「白枡粉屋」など20種類ある。
 (横須賀市教育委員会)
海沿いのバス道路を、漆山湾・新宿湾と進んでいくと、やがて長井漁港に着きます。
◆長井漁港
古くから発達した漁港で、三崎漁港が遠洋漁業と基地であるのに対し、 こちらは沿岸漁業の基地として200海里時代を迎えた我が国にとっては貴重な漁港です。 所属船数は330隻以上、水揚量は10,000トン以上です。 主な漁種は、いわし、かつお、うまずらなどです。
長井漁港から更にバス道路を進んでいきます。 長井郵便局の先の十字路を右へ曲がっていきます。 やがて、左の海側に富浦公園があります。 公園には前田夕暮の文学碑があります。
前田夕暮の文学碑
大正12年2月1日、前田夕暮は、東海道線の車中で偶然北原白秋と出会い、 そのまま連れ立って三崎へ行き、城ヶ島に遊んだ。帰路この地長井に立ち寄り、 「藤屋」に宿泊している。 その間二人は即詠競作して、この時の詩を「詩と音楽」3月号に発表するとともに、 夕暮は昭和3年刊行の第6歌集「虹」に収録している。碑の歌は、この歌集の 「長井村に泊る」から一首を選んだものである。
宵あさき 長井往還 行きにつつ 村湯の明り なつかしみけり
夕暮は、明治16年7月27日、神奈川黒大住群大根村(現秦野市)に父久治、 母イセの長男として生まれ、本名は洋造という。 筆名の「夕暮」は、青年時代を過ごした大磯町の鴫立沢にちなむ西行の有名な和歌、 「こころなき 身にもあはれは 知られけり 鴫立沢の 秋の夕ぐれ」 からとったといわれる。 夕暮は、その作歌生涯において数度にわたる作風の転換をしている。 それは「明星」浪漫主義から出発し若山牧水と並び称された自然主義歌風、 画壇における後期印象派の影響ともいわれる外光派的世界への転進、 更に自由律運動への突入、そして定型への復帰である。 近代短歌の開拓者としての夕暮は、鮮やかな詩性を短歌に盛り上げるとともに、 優れた詩的散文の創始者としても、革新と実験の文学行路を歩んだ。 歌集に「収穫」「生くる日に」「原生林」「夕暮連歌集」、 文集に「緑草心理」「烟れる田圃」「雪と野菜」等がある。 昭和26年4月20日、東京・荻窪の自宅「青樫草舎」で逝去、享年67歳であった。
 (横須賀市)
小田和湾と御幸浜
湾の富浦公園に接した海面は、のりの養殖場となっており、 約11万uの海域に何万本もの「のりひび」が描き出す幾何学模様はすばらしいです。 また、湾の最奥部一帯を御幸浜といい、かつては松並木の美しい海岸で、 大正天皇が行幸されたことから生まれた名称です。 昭和17年に横須賀第二海兵団が、20年に米軍が、33年以降自衛隊が使用し、 現在、陸上自衛隊第一教育団、少年工科学校、海上自衛隊横須賀教育隊の 施設が建ち並んでいます。
荒崎入口
富浦公園から300mくらい進むと、国道134号にでます。 荒崎入口の三叉路を左へ進んでいく、ほどなくして少年工科学校前バス停に着きます。
少年工科学校前(しょうねんこうかがっこうまえ)バス停
横須賀中央駅(京浜急行本線)まで、横須賀駅行きバスにて30分、 1時間に5本程度の便があります。
逗子駅(JR横須賀線)まで、逗子駅行きバスにて40分、 1時間に2〜3本程度の便があります。
逆方向には、 三崎口駅(京浜急行久里浜線)まで、三崎口駅行きバスまたは三崎東岡行きバスにで15分、 1時間に5本程度の便があります。