毘古コラム(2)
毘古コラム (散策していて興味を引かれた事などを綴っています)
沼津機関区
沼津駅の南口で見かけた、往年のC58の窯の正面部分と車輪です。
 ○明治19年:沼津機関庫が開設される。
 ○明治22年:東海道本線の国府津-静岡間が開通し、沼津駅が開業する。
 ○大正3年:一大蒸気機関車基地となる。
 ○昭和5年:沼津機関庫担当の超特急「燕」が運転を開始する。
 ○昭和9年:丹那トンネル開通、蒸気機関車から電気機関車への接続基地となる。
 ○昭和24年:静岡の電化が完成し、中間基地となる。
 ○昭和43年:御殿場線の電化が完成する。
トンネルに入るとき、窓を一斉に閉めたことを思い出したりしました。
森の水車
三浦半島の低山を散策していて見かけました。
自転車の車輪を利用して作られた水車のようです。
竹で引いてきた水を受けて、元気よく回っていました。
車輪には人形が2体くくりつけられていて、
回りながらカラカラと心地よい音を沢筋に響かせていました。
何だか心和むものを感じたりしますが、何故こんな処にあるのでしょう。
作者の遊び心なのかも知れませんね。
森のお巡りさん
奥多摩の山を散策していて見かけました。
フクロウの種類はほとんど知らないのですが、
かなり特徴的な姿をしたフクロウです。
スラッと伸びた眉毛、首元のふさふさした繊毛、
短い羽毛のお腹などからすると、カンムリズクでしょうか。
トイレの前で「綺麗に使おう」と呼びかけていました。
凛々しい姿を見ていると、何だか森のお巡りさんのように思えてきます。
まるこめ地蔵
鎌倉の山の道端に佇むお地蔵様です。
まん丸な顔をしてちょっと首を傾げています。
何を思っているのでしょうか。
前には一円玉や五円玉がお皿に入れてお供えしてあり、
ツバキの花一輪も添えられていました。
何だかマルコメの小僧さんのように思えてきたりもします。
障子張り灯籠
鎌倉のお寺で見かけた石灯籠です。
自然石をくり抜いて造られているようです。
くり抜いた部分には障子を模した覆いが取り付けてありました。
勿論、紙貼りではなくてプラスチック製ですが、
ちょっと見には障子のように見えて、なかなか風情があります。
夜になって障子から漏れ出る蝋燭の光が想像されます。
ちょっとした物にも心が込められていて、何だか好感が持てます。
笑うお面
道路脇の看板に取り付けられていました。
方10cm,厚さ3cmほどの小さな木製の面です。
どういう経緯で取り付けられることになったのかはよく分かりませんが、
看板の内容とは、特に関連はないようでした。
人生を笑って暮そう、という事なのでしょうか。
眺めていると、なんだかゆかいな気分になってきます。
遥かな富士
石老山の山頂から望む富士山です。
 ○あの山は富士山ですよね。
 ◇ええ、あの位置であの形ですから、そうだと思います。
 ○そうだよね、あの形は他にはないからね。
 ○雲っているのに意外とはっきり見えるよね。
 ◇そうですね、今日はよく見えますね。
山頂で出会った年配の方と、しばらく話をしていました。
この日は空気が澄んでいたのか、遠くまではっきりと見渡せました。
秋の磯辺
秋の海辺で見かけたシーンです。
子供たちが磯で戯れていました。
「ねえ、泳いでもいい?」と親に確認していました。
小麦色に日焼けして、みんな健康そうでした。
もう秋だというのに、寒くはないのでしょうか。
猛暑だった夏休みの余韻がまだ続いているのかも知れません。
眺めていると、何だか自分の子供時代を思い出したりします。
湖面のテント
散策していて見かけた湖でのひとコマです。
湖面にはたくさんの釣舟が浮かんでいました。
釣り人たちは思い思いに日除け対策をしているようでした。
傘を舟の縁に括り付けている人がほとんどでしたが、
この方は風避けも兼ねてのことなのか、舟の上にテント張りです。
じっくりと腰を据えて釣ろうということなのでしょうか。
なんだかゆっくりとした時間が流れているようでした。
山頂の鹿
丹沢大山の山頂で見かけました。
茂みの方からガサガサと音が聞えてきました。
なんだろうと思っていると、立派な角の生えた野生の鹿でした。
人間に危害を加えられたことがないのでしょうか、
手が届く程の距離まで近寄っても逃げようとはしません。
周りに生えている笹の葉を無心に食べていました。
こんな間近で野生の鹿を見るなんて、初めての体験でした。
平和の祈り
街を見下ろす丘の上の小さな広場に建っていました。
両手を合掌した珍しい形の慰霊碑です。
先の大戦とそれに続く苦難を「忘れてはならない記憶」として残すため、
「共に生きる」社会をめざして建てられたものなのだそうです。
物が豊かで平和な暮らしを営んでいる現代社会も、
大きな犠牲の上に築かれたものであることを忘れたくないものです。
平和の尊さを噛みしめながら、珍しい形の「祈り」をしばらく眺めていました。
ひょうたん島
里山を散策していて見かけた案山子です。
谷戸の田んぼの畦道に仲良く並んで立っていました。
懐かしい人形劇「ひょこりひょうたん島」の面々です。
サンデー先生、ダンディー、ドン・ガバチョ、トラヒゲ、ハカセ、ライオン君。
まるで今にも動き出しそうなほど、よく出来ていました。
♪波をちゃぷちゃぷ ちゃぷちゃぷ かきわけて…チャプ,チャプ,チャプ…。
ワクワクして観ていたあの頃を思い出しながら、しばらく眺めていました。
竹の手洗い
散策していて見かけた神社の手洗い場です。
手洗い場としては、余り見かけない形のものでした。
横に渡した竹の底に開けた穴から、幾筋もの水が流れ落ちています。
そばには水を受ける柄杓も置いてありました。
なかなか清涼感があって、いいように思います。
手と一緒に「心」も洗ってからお参りしましょう。
蝉のブローチ
光明寺の裏山での出来事です。
秋葉大権現への山道を歩いていると、蝉が飛んできて私の胸に止まりました。
体はちょっと小さめですが、お腹の形からするとミンミンゼミでしょうか。
大権現から私への贈り物だったのでしょうか。
服にしっかりと付いたまま離れようとはしません。
まるで生きたブローチみたいで、ちょっと恰好いいかも…。
珍しい事もあるものだと思って、しばらくはそのままにしておきました。
森のマシュマロ
いろはの森で見かけたキノコです。
大きな木の幹に数個が生えていました。
表面には一面に雫がついていました。
キノコの中から染み出てきたエキスなのでしょうか。
それとも、森の霧滴がついたのでしょうか。
ふっくらとしていて、まるで白いマシュマロのようでした。
森の小さな贈り物に、しばらく足を止めて眺めていました。
まさかりが淵
横浜市の宇田川にある「まさかりが淵」です。
雨の降らない日が続いて水量は少なめですが、水音を轟かせて滝壺へ流れ落ちていました。
夏の強い日差しを浴びて、滝壺がキラキラと輝いていました。
ここには「樵が淵に斧を落とし、その滝壺にはお姫様がいて…」という民話が残っています。
それほど深い淵のようにはみえませんが、民話の元になるようなことがその昔にあったのですね。
流れの中から滝を見ていると、何だか遠い民話の世界へ入っていくような気がしてきます。
湖畔の休日
白丸調整池の畔で見かけました。
エメラルドグリーンの湖畔で、ハンモックに揺られていました。
丁度木陰になっていて、湖面を渡る風も心地よく、
のんびりとした時間が流れているようでした。
日頃の雑事からちょっと離れて、心の洗濯でもしているのでしょうか。
何だか私も揺られてみたい気持ちになってきました。
切通の石仏
朝比奈切通で見かけました。
十二所と六浦を結ぶ峠に近い路傍に、ひっそりと佇んでいました。
いつの頃からここに立っているのでしょうか。
長い間の風雨に晒されて、傷だらけのようです。
石仏の優しそうな顔を見つめていると、何だか癒されそうな気持ちになります。
切通を行き交う鎌倉時代の武士達も祈っていったのでしょうか。
枝落ちの木
散策しているときに見かけました。
何やら小さなものがたくさん集まったように見えます。
枝を切り落とした跡なのかとも思えますが、
それにしては幹に比べて大き過ぎるような感じがします。
他のところも似たようなことになっていて、何だかよくわかりません。
大自然は色々なものを生み出すものです。
心洗の少女
神社の手洗い場で見かけた「手水のつかいかた」です。
 ○まず 左手を洗います。
 ○つぎに 右手を洗います。
 ○おわりに 左手に水をうけて口をすすぎます。
 ○つぎに 左手を洗います。
最後の句は後から追記されたようで、少し色が違っていました。
どこの神社にもある手洗い場ですが、こんな子に教えられると何だか素直になれそうです。
手と一緒に「心」も洗ってからお参りしましょう。